Patrick Williams’ New York Band / 10th Avenue (1987年)

スタジオのバンド
スポンサーリンク
スポンサーリンク

エミー賞、グラミー賞受賞歴をもつアメリカの作編曲家パトリック・ウイリアムズが東海岸のファーストコール・ミュージシャンとともに吹き込んだフュージョンの隠れ名盤、パトリック・ウィリアムズ・ニューヨーク・バンドの『10th アヴェニュー』

recommendation

Patrick Williams’ New York Band / 10th Avenue (1987)

Today’s Tune : Still Crazy After All These Years

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

アメリカでは著名な音楽家だが日本での知名度はきわめて低い

 

 1980年代の後半といえば、フュージョンの衰退期に当たる。1970年代からのブームの長期化にともない、いくつかの要因が重なって音楽ジャンルとしての勢いはかなり落ちていた。その理由のひとつとしてすぐに思いつくのは、サウンドの定型化である。コンポジションやパフォーマンスが徐々にスタイリッシュになっていくなかで、どのアーティストの楽曲も似たようなソフィスティケーテッドなサウンドになり、初期のスタイルに観られた先鋭的な新しさやスリリングな雰囲気はどんどん失われていった。このころ、マーケットはBGMとしてより聴き心地のいいスムース・ジャズへとシフトしていたし、テクニックを競うようなアグレッシヴな演奏が呼びものとなるフュージョンは、一部の愛好家に指示されるばかりのジャンルになっていた。

 

 さらに云うとフュージョンは、音楽トレンドの変化の煽りをもろに受けたと思われる。当時すでにグランジ・ロックやヒップホップ、アシッド・ジャズに代表されるクラブ・ミュージックなどが台頭しはじめていた。バブル崩壊後に至っては、若者たちの関心はすっかりそちらへ移り、彼らにとってフュージョンはダサい音楽となった。そんなときサウンドウィングスという新興レーベルが、わざわざ旧態依然としたフュージョン・アルバムを数枚リリースした。1986年から1988年にかけてのことである。このサウンドウィングスは1986年にアメリカ、カリフォルニア州サンタモニカで設立されたようだが、実はいまはなき日本のレコード会社、ファンハウスがディストリビューターとなり、同レーベルの作品をひっそりと国内発売していたのである。

 

 そのカタログを観てみると、サクソフォニスト、トム・スコットの『ワン・ナイト・ワン・デイ』(1986年)、トロンボニスト、ビル・ワトラスの『リフレクションズ』(1987年)、R&B系女性シンガー、ロニー・マーティンの『センセイション』(1987年)、ドラマー、ローランド・ヴァスケスの『ザ・タイムズ・オブ・タイム』(1988年)、キーボーディスト、スティーヴ・バックの『モア・ザン・ア・ドリーム』(1988年)、ラテン・フュージョン・バンド、マンテカの『ノー・ヒーローズ』(1988年)といった、ユニークなラインナップになっている。これらのうち、最初の3作では、コンポーザー、アレンジャー、コンダクターのパトリック・ウィリアムズがプロデュースを手がけている。実はこのウィリアムズ、サウンドウィングスの立ち上げにも関わっているのである。

ニューヨーク、タイムズ・スクエアの風景

 そしてウィリアムズ自身もサウンドウィングスから、パトリック・ウィリアムズ・ニューヨーク・バンド名義のリーダー作をリリースしている。それが今回ご紹介するアルバム『10th アヴェニュー』(1987年)である。ウィリアムズといえば、どちらかというと映画音楽やテレビの音楽の作曲家として知られるひと。サウンドトラック・アルバムのコレクターの間ではお馴染みの作曲家だ。ポップ・ミュージックのオーケストレーションも数多く手がけていて、アメリカでは著名な音楽家なのだが、日本での知名度はきわめて低い。ジャズ/フュージョン系のリーダー作も何枚か発表しているのだけれど、なぜかあまり話題にならない。たぶんわが国では、一部の熱心なフュージョンの愛好家を除いて、それらのアルバムの存在を知るリスナーは、なかなかいないだろう。

 

 かく云うぼくもそれほど詳しいわけではないのだけれど、わかる範囲でウィリアムズのリーダー・アルバムを挙げてみようと思う。ぼくが所持する彼のレコードでもっとも古いものは、キャピトル・レコードからリリースされた『スレッショルド』(1973年)。シンフォニックなサウンドが際立ったジャズ・ロックあるいはクロスオーヴァー作品といった印象を与える。レコーディング・メンバーは、マイク・メルヴォイン(key)、デニス・バディマー(g)、ラリー・カールトン(g)、ジム・ヒューアート(b)、ジョン・ゲラン(ds)、ラリー・バンカー(perc)、トム・スコット(fl, ss, ts)、マーヴィン・スタム(tp)といった、のちにフュージョン・シーンで名を揚げることになる腕利きミュージシャンで固められている。さらにホーンズ&ストリングスが加わるが、トータル・サウンドはけっこう革新的だ。

 

 このアルバムをはじめて聴いたとき、ぼくはミシェル・コロンビエのセカンド・アルバム『ウィングス』(1971年)を思い浮かべてしまった。コロンビエは映画音楽の作曲家であると同時に、ジャズ、フュージョン、ロック、ポップス、クラシック、それに現代音楽など、幅広いジャンルで活躍するフランス、リヨン出身の音楽家。ミュージック・シーンにおいて、コンポーザー、アレンジャー、キーボーディスト、そしてプロデューサーといった具合に、総合的に活動する音楽家は数多存在するけれど、ぼくにとってはボブ・ジェームス、デイヴ・グルーシンに次いで敬愛するミュージシャンだ。ただコロンビエのスコアは、ジェームスやグルーシンのそれよりもずっとシンフォニック。そういう意味では、ウィリアムズのスコアリングはコロンビエのそれに近いように思われる。

 

 トランペッターのハーブ・アルパートのプロデュースのもと制作された『ウィングス』は、アルパートの奥さまのラニ・ホール、ライチャス・ブラザーズのビル・メドレー、シンガーソングライターのポール・ウィリアムズ、シスターズ・ラヴのヴァーメッタ・ロイスターなどのシンガーがフィーチュアされながらも、オーケストラルなサウンドが際立つ一大組曲となっている。人気ポップ・シンガー、実力派のロック・ミュージシャン、そして歴史あるパリ国立歌劇場管弦楽団らを、コロンビエが見事にオーガナイズしてクリエイトしたサウンドは、画期的なポップ・シンフォニー、あるいは先駆的なロック・オラトリオと称されるもの。既成の枠にとらわれない実験的であり革新的な作品だ。そんな『ウィングス』との共通性という観点から、ウィリアムズの『スレッショルド』は再評価されるべきアルバムであると、ぼくは思う。

 

 それはともかく、ウィリアムズはつづいてドイツに本社を置くMPSレコードから『カム・オン・アンド・シャイン』(1978年)というアルバムをリリースする。リズム・セクションには、デイヴ・グルーシン(key)、ソニー・バーク(key)、スティーヴ・カーン(g)、ティム・メイ(g)、ジム・ヒューアート(b)、トニー・レヴィン(b)、グラディ・テイト(ds)、スティーヴ・シェーファー(ds)、ラリー・バンカー(perc)、トゥーツ・シールマンス(hca)といった錚々たる顔ぶれが並ぶ。やはりホーンズ&ストリングスが加えられているが、本作ではマルティ・マッコール、メリッサ・マッケイ、マーナ・マシューズといったバッキング・ヴォーカリストがフィーチュアされていて、サウンドにはソウル・テイストが濃厚に加味されている。

 

 さらにコロムビア・レコードからリリースされた『アン・アメリカン・コンチェルト』(1980年)では、ロンドン交響楽団が全面的にフィーチュアされており、クラシカルな重厚なオーケストレーションと、ファンキーなグルーヴ感やモダンなハーモニーとが組み合わされている。リズム・パートは、デイヴ・グルーシン(key)、チャック・ドマニコ(b)、グラディ・テイト(ds)、フィル・ウッズ(as)らが務めている。かたやアリージャンス・レコードからリリースされた『ドリームズ アンド テーマズ』(1986年)は、ウィリアムズのアルバムにしては珍しくスモール・グループによるフュージョン作。ドン・グルーシン(key)、ロベン・フォード(g)、ニール・スチューベンハウス(b)、ヴィニー・カリウタ(ds)、トム・スコット(fl, ts, lyricon)、チャック・フィンドレー(tp)、ビル・ワトラス(tb)らが参加している。

 

ウィリアムズのキャリアは1960年代の半ばからはじまった

 

 ほかにもウィリアムズは、パトリック・ウィリアムズ&ヒズ・ビッグ・バンド名義で、アメリカを代表するエンターテイナーのひとり、フランク・シナトラのヒット曲集『シナトラランド』(1998年)、自作曲集『オーロラ』(2010年)を制作。その後、サウンドウィングスからパトリック・ウィリアムズ&シンフォニー・オーケストラ名義で、クラシカルなアルバム『モーメンツ・イン・タイム』(2013年)を発表。さらにカリフォルニアのインディペンデント・レーベルBFM ジャズからビッグ・バンド・スタイルのアルバム『ホーム・スイート・ホーム』(2015年)をリリース。ちなみにBFM ジャズは、有力な独立系デジタル配信会社であるBFM デジタルによって2010年に設立されたのだが、スティーヴ・ガッド(ds)、レニー・ホワイト(ds)、エディ・ゴメス(b)など、大御所のアルバムも多数制作している。

 

 この『ホーム・スイート・ホーム』では、ウィリアムズが指揮するビッグ・バンドをバックに、デイヴ・グルーシン(p)、ピーター・アースキン(ds)、ダン・ヒギンズ(as)、トム・スコット(ts)、ボブ・シェパード(ts)、アルトゥロ・サンドヴァル(tp)、マイケル・スティーヴァー(tp)、アンディ・マーティン(tb)、パティ・オースティン(vo)、フランク・シナトラ・ジュニア(vo)、ティアニー・サットン(vo)といったスタープレイヤーたちがフィーチュアされるという、実に豪華なアルバムだ。あとウィリアムズの自主制作による『ア・ソング・フロム・ザ・ハート』(2024年)というアルバムがあるが、これはクリスチャン・ポップ・シンガー、エイミー・グラントが主演した、1999年のテレビ映画にちなんだオリジナル・スコア盤。厳密には、リーダー作ではない。

 

 ということで、駆け足でウィリアムズのリーダー作をご紹介してきたが、ぼくが実際に耳にしたものだけでも『ア・ソング・フロム・ザ・ハート』を除いて、都合9枚のアルバムが存在した。個人的に好きなのは、やはり『スレッショルド』『カム・オン・アンド・シャイン』『アン・アメリカン・コンチェルト』といった初期のオーケストラル・アルバム。ウィリアムズは楽器演奏をしないから、どうしてもコンポジションやアレンジメントが際立った作品に視線を注いでしまうのだ。それに異なる音楽の要素が溶け合うという意味で、もっともフュージョンと云えるのはこの3作ではなかろうか。さらに云えば、これもまた個人的なことになるが、リズム・セクションの陣容がもっとも好みなのは、この3作である。敬愛するグルーシンによるフェンダー・ローズの演奏も聴けるし──。

ニューヨーク、ブルックリン橋の風景

 補足すると、上記のアルバムのうち『スレッショルド』は1974年、グラミー賞の最優秀インストゥルメンタル・アレンジメント賞を受賞している。また『ドリームズ アンド テーマズ』に収録されている「トゥー・ヒップ・フォー・ザ・ルーム」という曲は、1983年のグラミー賞にノミネートした。さらに『10th アヴェニュー』は1987年のグラミー賞で2部門の候補となり、そして『シナトラランド』もまた1998年にグラミー賞の候補に挙がった。21世紀に入ってからも『オーロラ』と『ホーム・スイート・ホーム』が、合わせて3つのグラミー賞にノミネートされた。そんなわけでウィリアムズの作品は、アメリカにおいて現代のビッグ・バンド・スタンダーズとして位置づけられているのである。にもかかわらず、日本ではまったくと云っていいほど、話題にならないから不思議だ。

 

 実はウィリアムズのキャリアは1960年代の半ばからすでにはじまっていて、名門ヴァーヴ・レコードに『シェイズ・オブ・トゥデイ』(1968年)『シンク』(1968年)『ヘヴィ・ヴァイブレーション』(1969年)といったリーダー作も吹き込んでいる。これらのアルバムをぼくは所持していないが、この度インターネットを通じて試聴してみた。これら3枚のヴァーヴ盤は端的に云うと、イージー・リスニング寄りのビッグ・バンド作品である。ただ、1990年代のいわゆる渋谷系のリヴァイヴァル・ムーヴメントにおいて、イージー・リスニング、エキゾティカ、ボサノヴァなどが、おしゃれなラウンジ・ミュージックとして再評価されたが、ウィリアムズのアルバムもそういったトレンドに乗ってもおかしくないようなコンテンツをもつ。しかしながらいまだに、国内発売はおろかCD化さえ実現されていない。

 

 ついでに云うと、上記の3枚のヴァーヴ盤におけるウィリアムズのユニークなビッグ・バンド・スタイルは、当時モッド・ブラスと呼ばれた。最先端を行くブラスという意味なのだろうが、なんにせよウィリアムズがクリエイトしたのは、ポップ・ミュージックの影響を受けた現代的なブラス・サウンド。そんななか、チャック・レイニー(b)、ビル・ラヴォルニャ(ds)といったリズム隊が打ち出すソウルフルなグルーヴや、マーヴィン・スタム(tp)、ビル・ワトラス(tb)といったホーン・プレイヤーによるジャジーなアドリブ・プレイが、気っ風よくフィーチュアされる。ラウンジ・ミュージックとして捉えても、かなりラグジュアリアスかつクールなサウンドと感じられる。今後この3枚が、リイヴァリュエート&リイシューされることを期待したい。

 

 なお『ヘヴィ・ヴァイブレーション』の冒頭に収録されている「ゲット・バック」は、アメリカの伝説的なスポーツ専門のクイズ番組『スポーツ・チャレンジ』のテーマ曲として使用された。スポーツ実況界のレジェンド、ディック・エンバーグが司会を務めた、人気ロングラン・プログラムである。この番組は1971年から1979年にかけて、コンテンツが各地の放送局へ個別に供給されるブロードキャスト・シンジケーションという方式で、毎週放送された。1977年から1978年のシーズンでは一時的に別のテーマ曲が使われたものの、ウィリアムズの「ゲット・バック」は番組の開始から終了まで長きにわたり使用された。この曲、あまりにも有名なザ・ビートルズの楽曲が、ジャズ・ファンク調にアレンジされたインストゥルメンタル・ヴァージョンだが、ソウルフルなグルーヴとダイナミックなブラス・サウンドが痛快だ。

 

 ウィリアムズは40年近くにわたり、65本を超える長編映画の音楽を手がけ、100本以上のテレビ映画やミニシリーズの音楽を作曲した。とはいっても、そのフィルモグラフィを観ると、いわゆるブロックバスター・ムーヴィーや重厚な文芸作品はほとんどなく、興行的に大成功を収めた話題作も皆無に等しい。どちらかというと、だれもがカジュアルに楽しめるエンターテインメント作品が多いように思われる。アカデミー作曲賞においても、ピーター・イェーツ監督の『ヤング・ゼネレーション』(1979年)でのノミネートに止まる。その点、ウィリアムズはオールラウンダーな音楽家と思われる。もしかすると、たとえば超多作で知られる日本の映画監督、三池崇史のように、オファーがあれば基本的にどんな作品でも拒まないという姿勢の、ビジネスライクかつプロフェッショナルなミュージシャンなのかもしれない。

 

 いっぽうウィリアムズは、テレビ映画ではわが国でもたいへんな人気を博した『刑事コロンボ』(1968年 – 2003年)において、9作品のアンダースコアを手がけているが、彼の名前を記憶に留めた日本のファンはまずいないだろう。これは無理からぬことだ。というのも、このシリーズの劇伴の作曲者といえば、デイヴ・グルーシン、ギル・メレ、オリヴァー・ネルソン、ジョナサン・チューニックといった名だたる音楽家を挙げることができるが、彼らの卓越したスコアですら日本で一般に「刑事コロンボのテーマ」として知られる、ヘンリー・マンシーニが作曲した「NBC ミステリー・ムーヴィーのテーマ」のまえでは、霞んで見えるのだから。いずれにせよ、もしウィリアムズが、グルーシンやクインシー・ジョーンズのように印象的な映像作品の音楽を手がけていれば、その認知度はもう少し向上していただろう。

 

当時がフュージョンの衰退期でなかったらもっと注目された作品

 

 ウィリアムズは1939年4月23日、ミズーリ州ボンヌ・テールに生まれ(2018年7月25日、79歳没)、10歳のときににコネチカット州へ移り住んだ。同州のダリエン高校に在学中、クラシック・トランペットを学び、自らスウィング系のジャズ・バンドを率いた。その後1961年に、ノースカロライナ州ダーラムに位置するデューク大学で歴史学の学位を取得したが、在学中の最後の2年間には、同大学の学生主導のビッグ・バンド、デューク・アンバサダーズのバンド・リーダーを務めた。卒業後はニューヨーク市へ移り、コロンビア大学の大学院で作曲と指揮を学んだ。ウィリアムズは、1960年代初頭からアレンジャーとしていくつかのレコーディングに関わったが、トランペッターのクラーク・テリーが率いるセプテットのアルバム『ホワット・メイクス・サミー・スウィング!』(1964年)のアレンジにおいて、広く知られるようになった。

 

 なおこのアルバムのレコーディングでウィリアムズは、伝説的な音楽プロデューサー兼レコーディング・エンジニアであるフィル・ラモーンと出会っている。彼にとってラモーンはその後、長年にわたりジャズやポップスの名盤を共に作り上げることになる、きわめて緊密なコラボレーター。シンガーソングライター、ビリー・ジョエルの出世作となった歴史的名盤『ストレンジャー』(1977年)や、フランク・シナトラの晩年のヒット・アルバム『デュエッツ』(1993年)及び『デュエッツ II』(1994年)は、ふたりの共同作業としてはもっとも代表的な作品だ。またラモーンは、ウィリアムズのリーダー作でもバックアップすることが多いのだが、さきに挙げた最初期のアルバム『シェイズ・オブ・トゥデイ』において、すでにエンジニアを務めている。

 

 またウィリアムズは、音楽教育の分野でも重要な役割を果たしている。彼はヴァーヴ・レコードと契約する1968年から、すでに活動拠点をカリフォルニア州ロサンゼルスに移していたが、2001年から2006年までの5年間にわたり、プロの音楽家を目指す若手演奏家のための国内屈指の育成プログラムである、ヘンリー・マンシーニ・インスティテュートにおいて芸術監督を務めた。この音楽教育機関は当時、ロサンゼルスを代表するふたつの名門校、南カリフォルニア大学とカリフォルニア大学ロサンゼルス校との音楽部で運営されていたのである(2008年に拠点はフロリダ州のマイアミ大学へ移された)。さらにユタ大学やコロラド大学では客員教授およびコンポーザー・イン・レジデンスを務めたほか、母校であるデューク大学でも教壇に立った(どの大学からも名誉博士号を授与された)。

ニューヨーク、タイムズ・スクエアに佇む女の子

 ぼくがウィリアムズのことをはじめて知ったのは、当時ワーナー・ブラザース傘下にあったフル・ムーン・プロダクションからリリースされた『ブレードランナー』(1982年)というアルバムにおいて。云うまでもなく、リドリー・スコット監督による1982年公開のSF映画にちなんだレコードだ。実はこのアルバム、サントラ盤ではなく、ジャック・エリオットの指揮のもとニュー・アメリカン・オーケストラによって吹き込まれたオリジナル・スコア集。音楽を担当したギリシャの作曲家兼シンセサイザー奏者、ヴァンゲリスが、アルバム・コンテンツと自己の音楽性とにディレクションの相違を感じたことから、当初サントラ盤の発売を認めなかった(その後1994年にCD化された)。そういう事情から、彼が映画のために書いた楽曲はオーケストラ用にアレンジされ、オリジナル・スコア盤として商品化されたのである。

 

 実はこのアルバムのオープニングを飾る「ブレードランナー〜愛のテーマ」のアレンジを手がけたのがウィリアムズだった。ゴージャスなオーケストラをバックに、トム・スコットによるアーバンでセクシーなアルトが、なんとも深い味わいを醸し出している。リズム・セクションには、マイケル・ラング(key)、トミー・テデスコ(g)、ダン・ファーガソン(g)、ニール・スチューベンハウス(b)、スティーヴ・シェーファー(ds)、イアン・アンダーウッド(synth)といった、西海岸の一流スタジオ・ミュージシャンがズラリと並ぶ。圧倒的な存在感をもつヴァンゲリスのオリジナル音源には到底及ばないものの、純粋な音楽作品として捉えれば、ウィリアムズのアレンジとオーケストレーションによる演奏はなかなか力のこもったトラックと云える。

 

 このアルバムから数年後に手に入れたのが、パトリック・ウィリアムズ・ニューヨーク・バンドの『10th アヴェニュー』である。アレンジと指揮は、もちろんウィリアムズが担当。プロデュースはやはりフィル・ラモーンが手がけており、レコーディング・エンジニアは名匠ドン・ハーンが務めている。録音は1986年12月、ニューヨーク市のクリントン・レコーディング・スタジオにおいて、オーヴァーダブのないライヴ・デジタル・レコーディング形式で行われた。ホーン・セクションは金管楽器のみで、木管楽器や弦楽器の役割は複数のシンセサイザーが果たしている。そんなユニークなオーケストラと東海岸のファーストコール・ミュージシャンによるリズム・セクションとが織り成すサウンドは、まさにフュージョンと呼ぶべきものだ。

 

 レコーディング・メンバーは、リチャード・ティー(p, elp)、ジェイ・グルスカ(synth)、ケニー・アッシャー(synth)、ロブ・マウンジー(synth)、チャック・ローブ(g)、ネイザン・イースト(b)、スティーヴ・ガッド(ds)、ラルフ・マクドナルド(cg, perc)、デイヴ・ケアリー(perc)、ゴードン・ゴットリーブ(perc)、マイケル・ブレッカー(ts)、アラン・ルービン(tp)、ジョン・フロスク(tp)、マーヴィン・スタム(tp)、ランディ・ブレッカー(tp)、ボブ・カーライル(hr)、ジェリー・ピール(hr)、ラリー・ウェクスラー(hr)、ポール・イングラハム(hr)、ピーター・ゴードン(hr)、ビル・ワトラス(tb)、ウェイン・アンドレ(tb)、デヴィッド・テイラー(tb)、ポール・フォーリス(tb)、ハーヴィー・フィリップス(tub)となっている。

 

 オープニングを飾るウィリアムズのオリジナル・ナンバー「10th アベニュー」では、ガッド&マクドナルドによる躍動感溢れるリズム、ティーのゴスペル・タッチのバッキング、ローブの歪みサウンド、そしてシンセとブラスとによるソウルフルなアンサンブルが、アーバンな世界を描き出す。ポール・サイモンの「時の流れに」では、ティーのゴスペル・ピアノの深い味わいも然ることながら、ブラスの複雑なヴォイシングが素晴らしい。ウィリアムズらしい面目躍如たるアレンジだ。ウィリアムズの自作曲「ハー・ソング」では、美しいオーケストラ・サウンドをバックに、マイケル・ブレッカーがテナーで洗練されたバラード・プレイを披露する。ビリー・ジョエルの「ニューヨークの想い」では、バロック風のパートを交えたビッグ・バンド・サウンドがダイナミックに展開される、ブレッカーのテナーの鳴き具合もいい。

 

 ナット・アダレイの「ジャイヴ・サンバ」では、スタイリッシュかつファンキーなフュージョン・サウンドを背景に、スタムとブレッカーとがソロ・バトルを繰り広げる。クインシー・ジョーンズの「ザ・ウィッチング・アワー」では、ポップでソフィスティケーテッド、そして圧倒的にキャッチーなビッグ・バンド・サウンドが展開される。ワトラスのトロンボーンも、相変わらず卓越した演奏能力が発揮されている。ヴィクター・フェルドマンの「ザ・チャント」では、シャッフル・リズムに乗ってマウンジーによるブレス・コントローラを使ったシンセが弾ける。ガッドのソロも圧巻だ。ポール・マッカートニー&ウイングスの「夢の旅人」では、モダンなブラス・アンサンブルのノスタルジックな美しさと、ランディ・ブレッカーのトランペットの透きとおるようなトーンとが見事に溶け合い、深い余韻を残しながらアルバムを締めくくる。そんな本作、当時がフュージョンの衰退期でなかったら、もっと注目されただろうな──。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

コメント

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました