幅広い分野で世界中を飛び回るドイツを代表するドラマー、ウォルフガング・ハフナーのオールスター・メンバーによる豪華なフュージョン・アルバム『アーバン・ライフ』
Wolfgang Haffner / Urban Life (2001)
Today’s Tune : Nightride
リップスティックからアルバム・デビューしたバンド、メトロのドラマー
ドイツ出身のジャズ・ドラマー、ウォルフガング・ハフナーはモダン・ジャズからスムース・ジャズまで幅広く、しかもワールドワイドに活躍するミュージシャンだ。むろんドラミングにおいては確かな技術をもっているのだが、コンポーザー、アレンジャー、そしてプロデューサーとしても才能を発揮している。膨大なディスコグラフィを抱えるハフナーは、これまた多数のミュージシャンとの強いコネクションをもっており、2000年代初頭にその人脈を頼り、オールスター・キャストとでも云いたくなるような豪華なフュージョン・アルバムを制作している。具体的には『アーバン・ライフ』(2001年)という作品で、初リーダー作『ウォルフガング・ハフナー・ジャズ・クァルテット』(1989年)から数えると、ハフナーにとっては8枚目のアルバムということになる。
このアルバム、もともとワーナー・ミュージック・グループの要人だったベルント・スキッベ、ザビーネ・バッハマンといったドイツの音楽プロデューサーによって、1999年にハンブルクで設立された独立系音楽レーベル、スキップ・レコードからリリースされた。その後本作は2002年、ニューヨーク市マンハッタン、グリニッジ・ヴィレッジに拠点を構えるダンス・ミュージック・レーベル、インスティンクト・レコードによってリイシューされた。US盤のほうは、ザ V.I.P. クラブというグループ名義で発売された。なお、すでにスキップ・レコードから発売されていたハフナーの7枚目のリーダー作『ミュージック』(1999年)もまた、やはりインスティンクト・レコードによってザ V.I.P. クラブのアルバム『ココナッツ・キッス』(2001年)として再編集されている。
それにしてもザ V.I.P. クラブとは、よくもまあ上手く命名したものである。実際この2作品のレコーディングには、ジャズ/フュージョン・シーンにおけるまさにヴェリー・インポータント・パーソンが多数参加しているのだ。アルバム・コンテンツにしても、まだスムース・ジャズが勢いがあった時期にもかかわらず、ラジオの放送フォーマットに準ずることなく、確たる主張をもった即興演奏がなされ、全体的なサウンドの響きとともにプレイヤー個々のパートもしっかり重視されたものだった。この点は、プロデュースも手がけたハフナーが振るった采配によるものだろう。トータル・サウンドはグルーヴィーかつスムースなものだけれど、そのパフォーマンスはけっこう骨太である。にもかかわらずこのアルバム、あまり話題にならないから不思議でならない。

ぼくがハフナーの存在を知ったのは、いまもはっきりと記憶しているのだけれど、1994年のこと。この年にドイツ、ケルンのフォーゲルザンガー通りに拠点を構えるジャズ/フュージョン系の音楽レーベル、リップスティック・レコードからアルバム・デビューしたバンド、メトロのドラマーがハフナーだったのである。ぼくがこのバンドに辿り着く経緯について、かいつまんでお話しさせていただくと、まず『プティート・ブロンド』(1992年)という作品について触れなければならない。これはやはりリップスティック・レコードからリリースされた、実力派のジャズ/フュージョ系プレイヤーが集結したスーパー・グループによるライヴ・コラボレーション・アルバム。1992年7月4日、ドイツ・ノイヴィート・ジャズ・フェスティヴァル、そして7月14日、ザ・ファブリック・ハンブルクの模様が収録されたものだ。
なによりも、このグループのメンバーを観ると、その錚々たる顔ぶれに驚かされる。それは、ミッチェル・フォアマン(key)、チャック・ローブ(g)、ヴィクター・ベイリー(b)、デニス・チェンバース(ds)、ビル・エヴァンス(ss, ts)といった、まさに当時のジャズ/フュージョン・シーンにおける名だたる面々である。ぼくにとってリップスティックは、セカンド・ラインが独特のドラマー、アイドリス・ムハマッドのリーダー作『マイ・ターン』(1991年)以来、目が離せないレーベルとなっていたので、この『プティート・ブロンド』も発売されるやいなや購入するに至った。フュージョンの愛好家だったら、その面子を観れば想像に容易いと思われるが、本作では彼らの緊張感と躍動感とに満ちた強力なインタープレイが披露されている。
ところでこのスーパー・グループは、上記のジャズフェスやライヴなどの特別な企画のために、臨時に結成されたもの。その場限りのセッション・バンドだから、その後彼らのアルバムが制作されることはなかった。個人的にはこのバンドの音楽性を価値の高いものと感じたので、このプロジェクトを幕引きにするのは勿体ないことと思ったもの。そんななかリップスティック・レコードがときを経ずして世に送り出したのが、メトロというバンドだった。おそらくバンド結成の契機となったのは『プティート・ブロンド』の成功だったのだろう、当初このグループのプランニングやプロデュースを中心となって担ったのは、ミッチェル・フォアマンとチャック・ローブだった。そしてこのプロジェクトに参画したのが、30歳目前の若き俊英、ウォルフガング・ハフナーだったのである。
いささか余談になるが、ぼくはこのころすでにチャック・ローブのファンだったのだが、そうなるキッカケは、毎年フランスのカンヌで開催される、世界最大規模の国際音楽産業見本市「ミデム」における1980年1月22日のライヴ音源を聴いたとき。このパーム・ビーチ・カジノの会場で実況録音されたRCA盤『ホワイト・ヒート – ジャズ・ガーラ 1980』(1980年)では、スタン・ゲッツ(ts)、アンディ・ラヴァーン(key)、チャック・ローブ(g)、ブライアン・ブロンバーグ(b)、ヴィクター・ジョーンズ(ds)による白熱するコンテンポラリー・ジャズを堪能することができる。このライヴ・アルバム、ゲッツのリーダー作としてはフュージョン期のものということで、かつて彼がクール・ジャズやボサノヴァを演奏していたころの作品を愛でる向きには、いまもまともに取りあってもらえないようだ。
それでもこのライヴでのゲッツのアパッショナートなプレイを高く評価するコアなファンもいるようで、何度となくリイシューされている。当時からフュージョンを好んで聴いていたぼくにとって、このアルバムは理屈抜きに楽しめるものだった。いまから思うとゲッツは、このライヴにおいてまだ無名だったローブをプレイヤーとして前面に出すばかりでなく、彼のオリジナル・ナンバーまで採り上げており、まったくもって懐の深い音楽家だった。そしてぼくはこの音源を聴いたとき、ローブの名前をその鮮やかなパフォーマンスとともにしっかり脳裏に焼きつけた。さらにその数年後には、ヴィブラフォニストのマイク・マイニエリを中心とするコンテンポラリー・ジャズ・バンド、ステップス・アヘッドのアルバム『モダン・タイムス』(1984年)において、ローブのクレジットを発見するのだった。
演奏以外にもコンポーザー、アレンジャーとして優れた才能を発揮
ローブはこのアルバムでは1曲のみのサポーターにとどまったが、次作の『マグネティック』(1986年)では、ヴィクター・ベイリーとともに正式メンバーとなっている。ベイリーにとっては、それまで在籍していたフュージョン・グループ、ウェザー・リポートの解散直後の出来事だった。ステップス・アヘッドには、それまでフュージョン系アーティストによるストレート・アヘッド・ジャズ志向のバンドといった風情があったが、このアルバムからよりフュージョン色の強いコンテンポラリー・ジャズに回帰している。そういうサウンド面での変化を遂げたこのバンドにおいて、ローブとベイリーの存在感はかなり強かった。とはいってもローブは、このバンドからすぐに離脱し、ドイツのレーベル、ジャズ・シティからリリースされた『マイ・シャイニング・アワー』(1989年)で、ソロ・アーティストとしてデビューを果たす。
ローブはこのデビュー・アルバムで、当時チック・コリア・エレクトリック・バンドのメンバーだった、ベーシストのジョン・パティトゥッチとドラマーのデイヴ・ウェックルとをリズム・セクションに迎え、ストレート・アヘッド・ジャズからコンテンポラリー・ジャズまでヴァーサタイルなギター・プレイを披露。彼がいかに鋭敏なセンスと卓越したテクニックとを併せもつミュージシャンであるかが、この1枚でわかる。その後ローブはDMP、シャナキー、ヘッズ・アップといったレーベルにおいて、晩年までコンスタントにリーダー作を発表していく。サウンド的には、フュージョンからスムース・ジャズへと変遷する。そのいっぽうで彼は、ソロ活動と並行して、ザ・ファンタジー・バンド、そしてメトロといったバンドでも旗手となりプレイした。
ザ・ファンタジー・バンドはスムース・ジャズ、メトロはハードコアなフュージョンと、各々もち味が出されたバンドである。実はローブの関わった音盤で、ぼくがもっともお薦めしたいのは、メトロのアルバムなのだ。なぜなら、コンポジションやギター・プレイにおいてもっともローブの音楽性がナチュラルに表れるのは、このバンドのレコーディングのときだから。そしてその独特のサウンドは、ときの移ろいにまったく左右されることはなかった。なおローブとメトロのキーボーディスト、ミッチェル・フォアマンとは、1970年代末から1980年代初頭にかけてスタン・ゲッツのバンドメイトだった。当時の演奏はゲッツのアルバム『ビリー・ハイ・ストリート・サンバ ’81』(1990年)で聴くことができる。またフォアマンは、前述のステップス・アヘッドのアルバム『マグネティック』にも参加している。

それはさておきメトロのアルバムといえば、リップスティック・レコードからリリースされた『メトロ』(1994年)『トゥリー・ピープル』(1995年)、ジャズやファンク、ヒップホップの垣根を越えたセッションやリミックス作品で知られる英国のレーベル、ヒップ・バップ・レコードからリリースされた『メトロカフェ』(2000年)『グレイプヴァイン』(2002年)、ミッチェル・フォアマンが設立したアメリカのインディペンデント・レーベル、マーシス・ジャズからリリースされた『ライヴ・アット・ジ・Aトレイン』(2004年)『エクスプレス』(2007年)、そしてドイツのレーベル、ジャズラインからリリースされた『ビッグ・バンド・ブーム』(2015年)といった都合7枚。なお『ビッグ・バンド・ブーム』は、ドイツ、ケルンの名門ビッグ・バンド、WDRビッグ・バンドとの共演盤である。
このメトロは基本的に4人編成のバンドだが、ミッチェル・フォアマン、チャック・ローブ、そしてウォルフガング・ハフナーの3人が、パーマネント・メンバー。ベーシストは、アンソニー・ジャクソン、ヴィクター・ベイリー、メル・ブラウン、ジェリー・ブルックス、ウィル・リー、ニコラス・フィズマンと変動した。個人的にもっとも好きなのは4枚目の『グレイプヴァイン』で、楽曲と演奏とのバランスが極めていいように思われる。このアルバムではベーシストを、メル・ブラウンが務めている。むろんそれ以外のアルバムもすべて申し分のない仕上がりで、いつも感じることなのだけれど、メンバーのだれもが、ソロ活動のときよりもメトロでプレイするときのほうが、表現力の振幅を大きくしている。その点に、とても惹きつけられるのである。
すっかり長くなってしまったが本題に戻ると、ウォルフガング・ハフナーのことをアルバム『メトロ』で知って以来、ぼくはすっかり彼のファンになってしまったのだった。ハフナーのドラミングは決して手数は多くないのだけれど、楽曲全体をしっかりと支える非常にタイトでステディなリズム・キープがなんとも心地いい。とはいってもアンサンブル全体や他のプレイヤーが繰り出す音をしっかりと引き立てながら、硬軟織り交ぜたアプローチを展開する場面も頻繁に見られる。そういう柔軟で歌ごころのあるプログレッションは、ハフナーがもつ優れた演奏技術、豊かな表現力、そして深い芸術性すら感じさせる。さらに云えばハフナーは、ただ正確にリズムを刻むだけでなく、空間に心地いい高揚感とポジティヴなエナジーをもたらすグルーヴを構築するのである。
ハフナーは1965年12月7日、ドイツ南部バイエルン州の自然豊かなフィヒテル山地にある小さな街、ヴンジーデルに生まれたが(現在60歳)、父親は教会音楽監督の称号をもつカントル(キリスト教音楽の指導者)として広く知られる、ヴァルター・ハフナー。母親は著名人ではないが、音楽教師だった。そんな恵まれた環境で育ったハフナーは、7歳からドラムスとピアノを演奏していた。なおドラミングに関しては、主にドイツを拠点に活動しているオランダ、アーネム出身のロックおよびジャズ/フュージョン系ドラマー、エヴェルト・フラテルマンに師事している。いずれにしても、幼いころから音楽に親しんでいたハフナーは、プロ活動開始直後から単にプレイヤーとしてだけはでなく、コンポーザー、アレンジャーとしても優れた才能を発揮している。
たとえば前述の『グレイプヴァイン』において、ハフナーは「クリーム」というアンビエントな感覚に溢れたスロー・ナンバーを提供している。彼はセンシティヴなブラシ・ワークに徹しながら、ウォーム系のシンセサイザーを軸に据えたサウンドをクリエイトしている。レイジーでアーバンなムードが、こころを揺さぶるようなインスピレーションを与えるのだが、作曲者がドラマーとはちょっと想像がつかない。また同じくメトロのアルバム『トゥリー・ピープル』に収録されている「ザ・ジャーニー」という曲は、テンスな6拍子、スウィートかつジェントルなメロディック・ライン、そしてソフィスティケーテッド・コードが溶け合うようなナンバー。さらに途中のドラム・ロールが活かされた現代音楽風の展開も含めて、その鮮やかな意匠に感服させられる。
この曲はドイツ、ニュルンベルクに拠点を構えるジャズ・レーベル、ジャズ・フォーエヴァー・レコードからリリースされた、ウォルフガング・ハフナー・プロジェクト名義の『バック・ホーム』(1997年)でも採り上げられた。ハフナーにとっては、6枚目のリーダー作に当たる。この音源は1995年1月20日、ニュルンベルクにある有名な総合文化センター、ターフェルハレにおいてライヴ・レコーディングされたもの。ロベルト・ディ・ジョイア(key)、ペーター・ティーハイス(g)、クリスチャン・ディーナー(b)、ウォルフガング・ハフナー(ds)、マルシオ・ドクター(perc)とメンバーは地味だが、みなフレッシュでエキサイティングなプレイを披露している。なによりも曲目が、すべてハフナーのオリジナル・ナンバーで構成されているという点が、注目に値する。
都会的なプレイ・スタイルのドラミングも、しかと堪能できる名盤
18歳のときにドイツ、フランクフルト出身の伝説的なジャズ・トロンボニスト、アルベルト・マンゲルスドルフに見出されプロデビューを果たしたハフナーは、1984年から1989年までマンゲルスドルフ率いるダス・ドイチュ・フランツェージッシェ・ジャズ・アンサンブル(独仏ジャズ・アンサンブル)のメンバーとして活躍した。この国際的なビッグ・バンド・スタイルのジャズ・プロジェクトは、ドイツとフランスの若手ジャズ・ミュージシャンの育成と交流、現代ヨーロッパ・ジャズの発展に寄与したことで知られる。そのいっぽうでハフナーは22歳のとき自己のコンボを組み、1988年11月11日、ニュルンベルク近郊にあったアルトドルフ大学のライプニッツ・ギムナジウム講堂でライヴ・コンサートを開催した。
そのコンサートの実況録音盤こそが、さきに触れたハフナーの初リーダー作『ウォルフガング・ハフナー・ジャズ・クァルテット』である。このアルバムは、ジャズ・フォーエヴァー・レコードからリリースされたが、さらにハフナーは同レーベルにおいて、ウォルフガング・ハフナー・インターナショナル・ジャズ・クインテット名義の『ミスター・ブラム』(1990年)『ホワットエヴァー・イット・イズ』(1991年)、ソロ名義の『ムーヴィン・オン』(1992年)を発表。さらにジャズ・ロックの発展に貢献したことで知られる、かつてドイツ、ハイデルベルクに拠点を構えていたレコード・レーベル、ムード・レコードから『ラスト・エグジット』(1993年)をリリースしている。ここまでのアルバムでは、先進的ではあるけれど、どちらかというとニュー・メインストリームなジャズが展開されている。
ハフナーのアルバム・コンテンツが、ジャズのテクニックやインプロヴィゼーションに、ロックやファンクのストレートなビート、エレクトリック&エレクトロニック・インストルメンツを融合させた、云ってみれば、王道のフュージョン・サウンドに傾倒しはじめるのは、前述の『バック・ホーム』からである。このアルバムがライヴ・レコーディングされたのは、さきにも触れたとおり1995年の1月で、アルバム『メトロ』がリリースされた翌年のこと。このことからも、ハフナーがミッチェル・フォアマン、チャック・ローブらの音楽性に触発されたことは、想像に難くない。その後の彼は、メトロの活動を継続させながらスキップ・レコードに移籍し『ミュージック』(1999年)『アーバン・ライフ』(2001年)『ライヴ・アンド・リアル』(2002年)『ズーミング』(2004年)といったフュージョン・アルバムを発表した。

なお『アーバン・ライフ』のいくつかの楽曲は、ドイツのリキッド・ファンク/ドラムンベース系のプロデューサー兼ターンテーブリスト、DJ オレンジによってリミックスされ、EPアルバム『ジ・アーバン・ナイト・ライフ』(2002年)としてリリースされた。また、スキップ・レコードにおける最終作『ズーミング』では、フュージョンというよりもフューチャー・ジャズないしニュージャズと呼ばれるスタイルの音楽が展開されている。アコースティック・ジャズにエレクトロニカ、アンビエント、ドラムンベースなどの要素が繊細に溶け合った、広義の意味でのコンテンポラリー・ジャズ・サウンドは、その後ハフナーがドイツの著名な音楽プロデューサー、シーグフリード・ロッホが創設したレコード・レーベル、ACTミュージックで制作した、多彩な音楽性を孕んだ作品群に引き継がれている。
ということで、フュージョンは1970年代後半から1980年代前半にかけて隆盛を極めたが、その王道のスタイルをストレートに受け継ぐような作品は、ハフナーのリーダー・アルバムでは希少と云える。そして、上記のスキップ・レコードからリリースされたアルバムのなかでは、やはり『アーバン・ライフ』がもっとも意匠の凝らされた作品であり、圧倒的な完成度を誇る。冒頭でも述べたが、本作はオールスター・キャストとでも云いたくなるような豪華なフュージョン・アルバム。レコーディングも、アメリカ東西両岸、ドイツ、オランダなど、複数のスタジオで行われた。プロデュースとアレンジは、ハフナー自身とイタリア、ミラノ出身のジャズ・ピアニスト、ロベルト・ディ・ジョイアとが手がけている。ディ・ジョイアは、キーボード類のほかベースやギターもプレイし、ヴォーカルも担当している。
アルバムのトップを飾る「アーバン・ライフ」は、ハフナーとディ・ジョイアとの共作(残りの曲はすべてハフナーのオリジナル)。ホーン・セクションとシンセサイザーとを主軸に据えたディスコ・ブギー。ダンサブルなフォー・オン・ザ・フロアが打ち出されるなか、なんとジェームス・ブラウンのバンドの主要メンバーだった、フレッド・ウェズリーがファンキーなトロンボーン・ソロを披露。エディ・グリーンのヴォーカル、トム・ニコラス・ジュニアのラップもキャッチーだ。つづく「キープ・ゴーイング」は、ゆったりしたソウルフルなバウンス・ビート。やはりグリーンのヴォーカル、ニコラス・ジュニアのラップが挿入される。ドイツ、フィーアゼン出身の名手、ティル・ブレナーのフリューゲルホーンと、ハンガリーが誇るジャズ・プレイヤー、トニー・ラカトシュのテナーとが、格調の高いコール・アンド・レスポンスを展開する。
3曲目の「ザ・リアル・シング」は、ホーン・セクションとヴォーカルとが核をなす、ダンサブルな8ビートのファンク・ナンバー。クラヴィネットの音色が、ソウル色を強めている。ヴォーカルは、グリーンとディ・ジョイアが担当。ホーンズのほうではブレナーとラカトシュがアンサンブルに徹しているが、ジャズ、R&B、ファンクなど幅広いジャンルで活躍するスウェーデン出身のニルス・ラングレンが、スムースかつヴァーチュオシックなトロンボーン・ソロを聴かせる。つづく「ナイトライド」は、ソフィスティケーテッドなコード進行とシンコペーテッドなリズム感覚が心地いいスムース・ジャズ。スパイロ・ジャイラのリーダー、ジェイ・ベッケンスタインのソプラノ、そしてフュージョン・シーンの巨匠、ボブ・ジェームスのピアノが、エレガントかつコンシステントなソロを繋いでいくが、さすがのひとこと。
なおこの曲では、ベーシストのウィル・リーも含めて、ハフナー、ローブ、フォアマンといった、メトロのメンバーがバックを務めている。5曲目の「ライジング・サン」は、ポジティヴなフィーリングが弾ける軽快な8ビート。ローブのギターが、いつものようにジャジーなフルード・プレイングを見せる。ローブの奥さま、カルメン・クエスタのバッキング・ヴォーカルも相変わらずチャーミング。さらに、1980年代に日本でも人気を博したアイスランドのフュージョン・バンド、メゾフォルテのキーボーディスト、エイソール・ガンアーソンによるシンセ・ソロがマイルドな響きを奏でる。つづく「クリス・クロス」は、ソリッドなブラス・サウンドがクールなラテン・フュージョン。ジャズ・ファンク・ジィアンツ、ロイ・エアーズの超絶技巧のヴァイブ・プレイを、たっぷり味わうことができる。
7曲目の「タイム・アウト」は、ニコラス・ジュニアのラップも入るヒップホップ風ジャズ・ファンク。ドイツのギタリスト、マルティン・スケールズのサム・ピッキングによる温かなトーンと、スウィンギーかつブルージーなフレージングが素晴らしい。つづく独特の浮遊感と推進力をもったリズム感覚が光る「ロング・ウェイ・ホーム」では、ラカトシュのソプラノとローブのギターとが深沈たる熱情を込めながら絡み合う。アルバムを締めくくる「アフター・アワーズ」は、アンビエントな感覚に溢れたバラード。ウォームなサウンドを奏でているシンセはハフナーによるもの。フォアマンのピアノによるリリカルかつエモーショナルなソロも素晴らしい。以上、とにかくハフナーのコンポジションが、すこぶる魅力的。むろん、驚異的なグルーヴの安定感をもった、タイトでスムースなドラミングも顕在。本作はその都会的なプレイ・スタイルも、しかと堪能できる名盤である。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。







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