Ahmad Jamal / Jamal At The Penthouse (1959年)

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レギュラー・トリオにジョー・ケネディ指揮による15人編成のストリング・セクションを従えたアーマッド・ジャマルの上質のカクテル・ピアノ・アルバム『ジャマル・アット・ザ・ペントハウス』

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Ahmad Jamal / Jamal At The Penthouse (1959)

Today’s Tune : Ivy

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他の追随を許さないほど鮮烈な印象を与える快演「ポインシアナ」

 

 いやいや東京も秋雨前線と台風24号の影響から、先週は記録的な大雨となったけれど、今週の天候もまたスッキリしなさそうだ。まあ9月はもともと1年のなかでも、雨が多くなりやすい時期。秋霖と呼ばれる長雨の季節なのだから、致しかたないか──。ということで、心地いい音楽でも聴いて、せめて気持ちだけでもスッキリさせようと思う今日このごろである。なんとなく手にとったのは、アーマッド・ジャマルのアーゴ・レコード時代の1枚。20代のころ中古レコード店で、格安という理由だけで購入した輸入盤。そもそもこのレコード、日本で発売されたことがあるのだろうか?というのも、どう考えてもこのアルバム、一般的にジャマルの代表作と捉えられる機会はまずないだろうと思われるからだ。

 

 実を云うと、ぼくは購入する際にも、本盤のコンテンツにはあまり期待を寄せていなかったのだ。ジャマルはすでに好きなピアニストだったけれど、もし安価でなかったらおそらく、ぼくもこのレコードをレジカウンターにもっていくことはなかっただろう。ジャマルの代表作といえば、ほとんどのジャズ・ファンが認めるように、アーゴ盤の『バット・ノット・フォー・ミー』(1958年)であると、ぼくも思う。そしてこのアルバムに収録されている「ポインシアナ」でのジャマルのピアノ・プレイは、他の追随を許さないほど鮮烈な印象を与える快演。映画やミュージカルにたくさんの楽曲を提供してはいるものの、どちらかというと地味な存在のピアニスト、ナット・サイモンが作曲したこの曲を、有名曲に押し上げたのはジャマルと云っても過言ではないだろう。

 

 この演奏は1958年1月16日、アメリカはイリノイ州シカゴのサウス・サイドにあったパーシング・ホテルのラウンジにおいて実況録音されたものだが、ジャマルのグループは、1957年からそこのハウス・トリオだった。サイドメンを務めていたのは、お馴染みのイスラエル・クロスビー(b)とヴァーネル・フォーニア(ds)である。くだんの「ポインシアナ」では、ピアノのブロック・コードが奏でるエキゾティズム溢れるメロディック・ラインとハーモニー、ドラムスとベースとによる4拍目にアクセントをつけた軽快なリズム、ラテン・ミュージックの熱いムードのなかで、ニューオーリンズの伝統的なセカンド・ライン・ビートがひたすらつづいていく。そんな心地いいグルーヴに乗って、ジャマルは意識的に音数を少なくしていき、絶妙な“間”をつくることで、得もいわれぬ心地よさを生み出している。

犬のピアニスト&ストリング・オーケストラのイラスト

 いささか余談になるが、この「ポインシアナ」という曲、サブタイトルが「The Song Of Tree」というのだが、その名のごとくポインシアナとは、まさに花木の名前なのだ。マダガスカル原産の常緑高木じょうりょくこうぼくで、枝の先に赤、オレンジ、黄色などの花をつける。和名をホウオウボク(鳳凰木)というが、葉の形が中国の伝説の鳥、鳳凰の翼を彷彿させるところから、その名がついた。日本では、夏になると沖縄県の宮古島などで観られる。那覇では、市のシンボルにもなっているそうだ。たしかに「ポインシアナ」という曲は、たとえば熱帯の空気や貿易風をイメージさせるアップビートな魅力が溢れるナンバー。キューバの音楽、カンシオン・ボレロの形式にのっとった、ゆったりしたリズムが、なんとも心地いい。

 

 ついでに云うと、この曲について面白いエピソードがある。作曲者のサイモンは、ある日マンハッタンのブロードウェイにある、著名なイタリアン・レストラン、マンマ・レオーネズで食事をしていた。そのとき突然「ポインシアナ」のメロディが、彼の脳裏をよぎったのである。サイモンはとっさにテーブル・クロスにそのテーマのラフを書きとめた。そして店の好意でクロスを自宅に持ち帰った彼は、すぐさまメモした旋律をもとにピアノを使って曲を仕上げたという。さらにジャズ・スタンダード「夜は千の眼を持つ」の作詞で知られるバディ・バーニエは、フロリダから届いたばかりのポインシアナの絵葉書からインスピレーションを受け、およそ30分でこの曲の歌詞を書き上げたとのこと。いい曲は、神の啓示に導かれるように、瞬間的に創造されるものなのかもしれない。

 

 なおパーシング・ホテルでのライヴ・レコーディングでは『バット・ノット・フォー・ミー』に収録されたステージの翌日、1958年1月17日に行われた演奏も『アット・ザ・パーシング VOL.2』(1961年)として、およそ3年後にアーゴ・レコードからリリースされた。そしてCD時代にはヨーロッパのギャンビット・レコードが、この2枚のLPレコードをまとめた『コンプリート・ライヴ・アット・ザ・パーシング・ラウンジ 1958』(2007年)を発売している。このCDには2枚のレコードのすべての音源はもちろんのこと、1958年に45回転のEPレコードとしてリリースされた、およそ8分のオリジナルが3分に短縮された「ポインシアナ」のエディット・ヴァージョンも収録されているので、興味のあるかたはご賞味あれ。

 

 いずれにしても、アルバム『バット・ノット・フォー・ミー』は、当時のジャズのレコードとしては未曾有の大ヒットを記録。アルバム・チャートで2年間10位以内にとどまったほどだ。それまでジェリー・ウォルド楽団グレン・ミラーアーミー・エアフォース・バンドベニー・カーター楽団デヴィッド・ローズ楽団といった、スウィング・ジャズやライト・ミュージックのオーケストラよって頻繁に採り上げられた「ポインシアナ」ではあるが、一般的に大人気曲となったのはジャマルの演奏からだ。面白いのは、これを機に大金を手に入れたジャマルは、シカゴにアルハンブラというダイニングバーをオープンさせたこと(営業期間は1959年〜1961年)。抜け目なく『アーマッド・ジャマルズ・アルハンブラ』(1961年)というライヴ盤を吹き込んでいたりもする。

 

 むろん『バット・ノット・フォー・ミー』がジャマルの代表作と目されるのは、この「ポインシアナ」の人気からだけではない。このアルバムに収録されているライヴ・パフォーマンスが、概して味わい深いものだからだ。リラックスしたムードが横溢するラテン調の「バット・ノット・フォー・ミー」いささか物憂いムードを醸成しながら途中リリカルなワルツになる「ヴァーモントの月」シングル・トーンとブロック・コードが上手く使い分けられた軽快な4ビート「ミュージック、ミュージック、ミュージック」左手のコンピングがレッド・ガーランドのそれを彷彿させるものの、右手の単音による軽妙洒脱がアドリブがいかにもジャマルらしい「ノー・グレイター・ラヴ」メロディック・ラインに大胆に手が加えられ、寡言なアドリブとシンプルなリフで盛り上げられる「ウディン・ユー」──。

 

『バット・ノット・フォー・ミー』と『ポインシアナ・リヴィジテッド』

 

 さらには、かなり丁寧に弾きこまれた、ジャマルのバラード演奏へのコダワリが感じられる「ホワッツ・ニュー」など、とにかく『バット・ノット・フォー・ミー』には名演が満載なのである。一般的にもよく云われることだけれど、ここでのジャマルの演奏は、スペースを置くことに注力されたスタイル。とにかく弾く音が少ないので、結果的にクロスビーのベースも、フォーニアのドラムスも、音色と輪郭がハッキリ聴こえてくる。こういうサウンドは、耳の遣りどころをその都度かえることができるので、何度聴いても飽きが来ない。もしジャマルがそこまで計算していたのなら、彼は相当なしたたか者だ。いや、このアルバムをよく聴いてみるとわかるのだが、彼はときおりやたら弾きまくってもいる。聴衆に広く知られた楽曲にも、けっこう手を入れている。

 

 その点、ジャマルというひとは、案外茶目っ気のあるひとなのかもしれない。確かなのは、彼が侮ることのできないスゴいピアノのテクニックの持ち主であるということ。晩年はまるで宇宙人のように難解なプレイもしていたけれど、わかりやすい「ポインシアナ」は、安心して聴ける。そういう音盤だからこそ、ぼくも自然とことあるごとにターンテーブルに載せたくなるのである。そういう意味でも、やはり『バット・ノット・フォー・ミー』はジャマルの代表作と云えるし、実際にも時代を超えて評価されつづけ多くの場合、芸術的価値の高いピアノ・トリオ作品と称賛されている。では、この至高の逸品に次ぐジャマルのマスターピースとは、どのアルバムになるのだろう。実はぼくはそのことを考えると、あれこれと思い悩んだ末、結局なんとも云えなかったりするのである。

 

 雑誌などでよく採り上げられるのは、インパルス! レコードからリリースされた『ポインシアナ・リヴィジテッド』(1969年)だ。ジャマルのトリオは、パーシング・ラウンジ時代から、サイドはクロスビーとフォーニアで固定されていたが、アルハンブラの閉店を機に解散。彼は活動の拠点を、シカゴからニューヨークへ移した。率直に云うと、ぼくはシカゴ時代のジャマルがいちばん好きで、かつての名演「ポインシアナ」の再考&再演が試みられた『ポインシアナ・リヴィジテッド』は、甚だ苦手なアルバムである。ジャマルは1968年にインパルス!に移籍したが、それ以降はまるでレーベル・カラーに染まったかのごとく求道的な音楽を展開するようになっていく。まあ、それだけ時代の流れに敏感なひとだったのだろう、その後の彼は自己の演奏形態を大きく変えるのだった。

犬のベーシスト&ストリング・オーケストラのイラスト

 再演された「ポインシアナ」は、ひとことで云うとやり過ぎだ。ここには、当時全盛だったモーダル・ジャズに影響されたジャマルがいる。当然のごとく即興演奏においては、飛躍的に束縛から解き放たれている。スケールアウトもするし、逆に自由度が増したせいか、あの熱帯の風が吹いてくるような熱っぽいメロディック・ラインがまったく出てこない。サビに入ってようやく、ああ「ポインシアナ」だったのかと、ハッキリわかるような仕様だ。もちろん、モーダル・ジャスがわるいわけではないし、インパルス! レコードに罪があるわけでもない。ただ、シカゴ時代のジャマルに親しんでいたものからすると、モーダルなセンスを発揮し饒舌にアドリブしまくるジャマルの姿に、ぼくは驚きと戸惑いを覚えざるを得なかったのである。

 

 インパルス!時代のジャマルのアルバムでは、どちらかというと次作の『ジ・アウェイクニング』(1979年)のほうが、ぼくの好み。まるで鬼火のように静かで激しい情熱を燃やすような彼のプレイが、極めてクールに響くからだ。確かにジャミル・ナッサー(b)、フランク・ガント(ds)がサイドに据えられた当時のレギュラー・トリオによる三位一体の演奏はなかなかのものだし、現に『ポインシアナ・リヴィジテッド』に収められた、ニューヨーク市グリニッジ・ヴィレッジにあった伝説的なジャズ・クラブ、ヴィレッジ・ゲイトでのライヴ・パフォーマンスは、テンションも勢いも最高潮に達する。ジャマルのピアノ・プレイも、エレガントなコード・ヴォイシングと、推進力のある歯切れのいいタッチが際立っている。その点では、名盤と云えるのかもしれない。

 

 まあ、これは個人的な好みになるのだろうが、やはり弾きまくるジャマルよりも弾かない彼のほうが、ぼくは好きなのである。ということですっかりあとになったが、冒頭で触れた一般的に代表作と捉えられる機会がないとはいえ、ぼくにとっては名盤の誉れ高き『バット・ノット・フォー・ミー』とほぼ同等の頻度で針を落とす、大好きな1枚をご紹介する。むろんそこには、いつもと変わらないジャマルの素敵な演奏ぶりが収められている。そのアルバムとは、アーゴ・レコードから5番目にリリースされた彼のリーダー作『ジャマル・アット・ザ・ペントハウス』(1959年)。1959年2月22日から28日にかけて、ニューヨーク市にそびえ立つスタインウェイ・ビルの最上階にある、ノラズ・ペントハウス・スタジオにて吹き込まれたスタジオ・アルバムである。

 

 このアルバムはある意味で、ジャマルのリーダー・アルバムとしては異色作であり意欲作でもある。本作では、アーマッド・ジャマル(p)、イスラエル・クロスビー(b)、ヴァーネル・フォーニア(ds)といったトリオは健在だが、新たな試みとしてジョー・ケネディのアレンジとコンダクティングによる15人編成のストリング・セクションが加えられている。結論から云うと、そのサウンドは概して美しく、リスナーを飽きさせないだけの多様性があると、ぼくは思う。ケネディはペンシルヴェニア州ピッツバーグ出身のジャズ・ヴァイオリニストで、のちにアーゴ・レコードからリリースされた『リッスン・トゥ・ザ・アーマッド・ジャマル・クインテット』(1961年)では、ギタリストのレイ・クロフォードとともにプレイヤーとして参加している。

 

 さらにケネディは、マルチ・インストゥルメンタリストのベニー・カーター、ハーモニシストのトゥーツ・シールマンス、ピアニストのビリー・テイラー、それにモダン・ジャズ・クァルテットらとの共演でも知られるが、やはりジャマルとの関係が密接。考えてみればケネディは、ジャマルと同郷(ピッツバーグ)の士だった。ずっとあとにもバードロジー盤『ビッグ・バード〜ジ・エッセンス・パート 2』(1996年)や、WEA盤『アーマッド・ジャマル・ア・パリ』(1999年)といったジャマルのアルバムで、彼のクレジットを確認することができる。またストリングスのアレンジャー、コンダクターとしてもケネディは、カデット・レコードからリリースされたジャマルのリーダー作『ラプソディ』(1966年)において、再登板を果たしている。

 

世界でもっとも本作を再評価しているのは日本のジャズ・ファン

 

 ところが実は、ケネディが指揮するストリングスが擁されたことこそ、この『ジャマル・アット・ザ・ペントハウス』が長い間ジャマルの代表作と捉えられる機会を逸した原因と、ぼくには思われるのである。というのも、ピアノ・トリオにストリング・セクションが加えられたジャズ作品は、思いのほか多く存在すると思われるのだけれど、どうも一部の原理主義的なジャズ・ファンや辛口の批評家の間では、商業主義的過ぎるとかジャズ本来の魅力が薄れるとか云われて、忌避される傾向にあるからだ。確かに制作サイドには、イージー・リスニングやムード音楽のように、サウンドをジャズに馴染みのない一般大衆向けに聴きやすくするという狙いもあるだろう。また、事前にきっちり書かれた譜面に沿ったトリオのパフォーマンスにおいては、大なり小なりインタープレイの旨みが薄くなることは否めないのである。

 

 そういう理由から『ジャマル・アット・ザ・ペントハウス』は、いわゆるカクテル・ピアノ作品として手にとることすら躊躇われるのではなかろうか。確かに本作はそういう機能もしっかり果たす、リラックスした雰囲気を楽しむことができるピアノ・トリオ作品である。なおカクテル・ピアノとは、ホテルのラウンジ、レストラン、クラブなどで演奏される、さっぱりと洗練された感じの、洒落たピアノ演奏のこと。楽しい気分や心地いい空気を作り出し、その場を満たすことに主眼が置かれた音楽。端的に云ってしまえば、BGMだ。食事や会話の妨げになってはいけないので、当然のごとくハードなプレイはご法度。だから、そんなムードはあるけれど、そのぶんソフトでライトな響きは、スクェアなジャズ・ファンにはだいぶ物足りなく感じられるのだろう。

 

 ただし、たとえばレッド・ガーランドの演奏に象徴されるような、スウィンギーでディープな味わいのカクテル・ピアノもあることを、ご承知おきいただきたい。確信をもって云い切ってしまうけれど、ガーランドのピアノ・プレイは絶品だ。そしてそれには“引き算”と表現したくなるような、上品で優雅な美しさが感じられる。“引き算”とは、熱くなって力まかせに弾いたりせず、ゆとりのある寛いだプレイをするということを意味する。そんなガーランドのマナーは、テクニックやメソッドに違いはあるものの、前述のように意識的に音数を少なくしていき、絶妙な“間”をつくるジャマルのそれに通じるものがある。というかガーランドは間接的にではあるが、間違いなくジャマルから影響を受けているのである。

犬のドラマー&ストリング・オーケストラのイラスト

 ジャマルのシングル・トーンで音符を少なめに弾くスタイルが、モダン・ジャズの帝王、マイルス・デイヴィスに影響を与えたことは、あまりにも有名だ。ついでに云うとマイルスは、ジャマルのスペースをとる弾きかたに加え、軽妙なタッチ、小気味いいリズム感、出しゃばることのないさり気ない表現などが、たいそうお気に召していたよう。マイルスもどちらかというと吹きまくるタイプではないが、彼の音楽の美しさに関する独特の理念は渋くもあり鋭くもありで、やはりジャズ・ジャイアントと呼ぶに相応しい。ところでマイルスのアルバム『スティーミン』(1961年)に収録されている「飾りのついた四輪馬車」は、明らかに『バット・ノット・フォー・ミー』に収録されているジャマルのヴァージョンからヒントを得ている。そしてマイルスはサイドメンのガーランドに、ジャマルのように弾け!と指示していたのである。

 

 ということで本題に戻るが、ジャマルのアルバム『ジャマル・アット・ザ・ペントハウス』もまた、上質のカクテル・ピアノ作品と云える。むろんジャズ・ファンが忌避すべきものではない。ストリングスのサウンドは概して美しいが、過剰にスウィートなわけではなく、エスプリの効いた機微が織り交ぜられソフィスティケーテッドな印象を与える。ジャマルはそのアンサンブルに呼応するように、軽やかに浮遊しながら無駄を削ぎ落としつつも、緻密に構成された楽句および装飾音を重ねていく。アナログ時代には国内発売がなかったものの、2005年、2009年、さらに2024年と3度も国内盤CDとしてリイシューされたことから察するに、世界でもっとも本作を再評価しているのは他でもない日本であると思われる。これは個人的にも、嬉しいことである。

 

 アルバムの冒頭を飾るのは、アレックス・クレイマージョアン・ホイットニー夫婦の「コム・シ・コム・サ」で、ピッツィカートからデタシェまで軽やかに跳ねるストリングスに清々しい気分にさせられる。ポジティヴな空間を縫うようにジャマルのピアノが雅趣に富んだフレーズを綴っていく。決してそのテクニックが誇示されることはないのだが、しっかり機知に富んだエクスプレッションが繰り出されている。その適度にスウィングするタッチには、感服するばかりだ。つづくホーギー・カーマイケルの「アイヴィー」は、このアルバムのハイライトではなかろうか。弦楽器の代表的な奏法が連発されるものの、その使われかたにはまったく無駄がない。そんななかでトリオは、きわめて魅力的なラテン・グルーヴを確立させている。

 

 ジャマルは独特のシンコペーションが生み出す強い推進力に乗って、あたかも浮遊するように軽やかなフレーズを紡いでいく。そしてここでは、フォーニアのマレットを使った、音数を徐々に高密度化しリズムに疾走感を与えるプレイが随一だ。ジュール・スタインの「ネヴァー・ネヴァー・ランド」では、ジャマルの4ビートでのほどよくブルージーなソロ、チャチャチャ調になってからの華麗な駆け上がりと駆け降りが楽しい。ストリングスを背景としたクロスビーのベース・ソロも花を添えている。総じて肩の力の抜けた演奏が絶妙だ。ヴィクター・シャーツィンガーの「タンジェリン」では、軽快なマンボのリズムに乗ってジャマルの指が鍵盤の上を俊敏に動きまわる。ストリングスのバッキングも実に収まりがいい。レコードでは、ここまでがA面である。

 

 B面トップのジャマルのオリジナル「アーマッズ・ブルース」では、ゆったりとしたテンポのなか、ジャマルのフレージングに独自のブルース・フィーリングが横溢する。やはりジャマルの自作曲「セレリタス」では、ジャマルならではのリラクゼーションに富んだバラード演奏を堪能することができる。こういう曲でも艶やかさと軽やかさとが交錯するところが彼らしい。ストリングスのソツのないサポートも好感度が高い。リチャード・ロジャースの「アイ・ライク・トゥ・レコグナイズ・ザ・チューン」では、アップテンポに乗ってジャマルのピアノが小気味よく跳ねる。ストリングス挿入のタイミングも巧妙。そしてなんといってもフォーニアによる力強くも安定したビートの刻みが素晴らしい。ピアノとの4バースもクールだ。

 

 バド・エステスの「アイム・アローン・ウィズ・ユー」では、ロマンティックなストリング・セクションが大きくフィーチュアされる。ここでのジャマルはアンサンブルを引き立てるように控えめにプレイ。クロスビーによるベースのフィルインもいい塩梅だ。アルバムのラストを飾るジョー・ケネディセオドア・ベネットとの共作「ソフィスティケーテッド・ジェントルマン」もまた、ストリングスのアンサンブルに重点が置かれたナンバー。トレモロやポルタメントが出来する、ケネディの機知に富んだアレンジが見事。転調が上手く使われた浮遊感を与える都会的なバラードだが、弦楽器をセンターに据えたトリオは、情感あふれる演奏に徹するばかりだ。最後の2曲などは、いかにもカクテル・ピアノと云われて軽く扱われそうだが、叙情的で洗練された音楽として、じっくり味わいたいものである。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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