スコット・ラファロを事故で失ったビル・エヴァンスが、新しいベーシスト、チャック・イスラエルを迎えた新トリオで録音した復活作『ムーン・ビームス』
The Bill Evans Trio / Moon Beams (1962)
Today’s Tune : Very Early
エヴァンスのアルバムのなかで唯一魅惑の美女が際立ったアートワーク
今回はビル・エヴァンスのバラード集『ムーン・ビームス』(1962年)をご紹介する。バラード集というと、20世紀のジャズ・ジャイアンツのひとり、サクソフォニストのジョン・コルトレーンのアルバム『バラード』(1963年)がすぐに思い出される。というか浅学非才の身であるぼくには、とっさにそれくらいしか思い浮かばないのだ。そのぶん、ぼくにとってこの2枚のアルバムは、双璧をなす名バラード集となっている。思えばぼくの場合、敢えてバラードばかりが収められたレコードをターンテーブルに載せる機会は、滅多にない。生来ひとつのことを長期的につづけるのが苦手なぼくにとって、たとえ40分程度の時間でも、スローテンポの曲ばかりに集中することは精神的な負担を伴うのだろう。まったく甲斐性のないことである。
タンブラー片手にジャズに浸るようなハイソな趣味をおもちのかたにとっては、バラード集は重宝するのかもしれないけれど、生憎ぼくには、親しい知己とならいざ知らず、ひとりでアルコール類をお供に音楽を楽しむような習慣がないのだ。ゆったりとしたテンポと心地いいスウィング感は、脳にアルファ波を促し極上のリラクゼーションや疲労回復をもたらすというから、愛飲家のかたの気持ちはよくわかるのだけれど──。そんなぼくでも最初から最後まで夢中になれるのだから、上記の2枚は没入感が非常に高いバラード集の名盤と云えるだろう。各々のアルバム・コンテンツは優劣をつけ難いほど素晴らしいのだが、正直なところ外観的には『ムーン・ビームス』のほうが上を行くように、ぼくには思えるのである。
この『ムーン・ビームス』のジャケットには見目麗しい女性のアップ写真があしらわれているが、このひとはドイツ出身のファッションモデル兼シンガーソングライターのクリスタ・ペーフゲン、通称ニコである。彼女はこのジャケットのモデルを務める直前に、フランスの映画俳優、アラン・ドロンとのあいだに子供を儲けている。それよりもなによりもニコといえば、のちにボブ・ディランの紹介でアンディ・ウォーホルの実験的映像作品に出演し、ウォーホルがプロデュースを務めるルー・リード率いるロック・バンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのファースト・アルバム『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』(1967年)において、リード・シンガーを務めたことが有名だ。むろんぼくにとっては、ずっとあとで知ったことである。

いずれにしても、この『ムーン・ビームス』のジャケットは、エヴァンスのアルバムのなかでは、ぼくの知る限り唯一の魅惑の美女が際立ったアートワークである。コルトレーンの顔が決してわるいわけではないけれど、レコードを手にとるとき音楽そのものだけでなく、ジャケットも作品のうちと考えるジャズ・ファンにとっては、やはり『バラード』よりも『ムーン・ビームス』のほうがありがたみが大きいのではなかろうか。ジャズの愛好家のなかには、存外ジャケ買いをする向きが多い。そもそもめくるめく美女ジャケは、男性中心の購買層に向けた有効なマーケティング手法によるものなのだが、視覚的な魅力で音楽の抽象的なイメージを補完し、リスナーの想像力を掻き立てるアートとして機能していることも確かだ。
ただこのジャケット、多くのファンのかたから顰蹙を買うかもしれないが、実はぼくにはエヴァンスのアルバムのジャケットとしては、いささか品性に欠けるようにも思われるのだ。というのも、エヴァンスのアルバムのなかでジャケットに女性の画像があしらわれたものといえば、屈指の名盤『ワルツ・フォー・デビイ』(1962年)がその頂点に君臨するから。黒と紫を基調に、女性の横顔とおぼしき朦朧としたシルエットを浮かばせた端正なデザインは、実に格調高いアートワークと云えるだろう。これは1950年代から1960年代にかけて、名門リヴァーサイド・レコードにおいて、数々の名盤のジャケット・デザインを手がけたグラフィックデザイナー、ケン・ディアドフによるもの。とはいってもこのシルエット、実はペーパーカッティングの手法で抽象的にデザインされた架空の女性らしい。
それはともかく、この『ワルツ・フォー・デビイ』はご承知のとおり、エヴァンスが1961年にヴィレッジ・ヴァンガードで行ったライヴ演奏が収録されたアルバム。一般的に『ポートレイト・イン・ジャズ』(1960年)『エクスプロレイションズ』(1961年)『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』(1961年)とあわせて“リヴァーサイド4部作”と云われているが、リリース的にはトリを飾る作品である。ピアノに対して高音域のカウンターメロディを繰り出す、交通事故により25歳という若さでこの世を去った天才ベーシスト、スコット・ラファロと、まるでエヴァンスに真っ向から向き合うかのようなブラシ&シンバル・ワークを展開するポール・モチアンを従えたトリオによる正式なアルバムは、この4枚だけである。
さらに云うと、この1961年6月25日、ニューヨークの名門クラブで行われた吹き込みのうち、ラファロのベース・プレイのフィーチュアリングが際立った音源は『ワルツ・フォー・デビイ』に先立ち『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』としてまとめられた。ライヴの11日後である7月6日にこの世を去ったラファロの追悼盤として、急遽発売されたというわけである。なおこのときの音源は、ラファロの生涯で最後の公式な録音となった。ときに残りのテイクからチョイスされた音源がまとめられたのが『ワルツ・フォー・デビイ』なのだが、結局『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』よりもエヴァンス寄りのカラーが強調されることとなった。抒情的なメロディック・ライン、緻密なハーモニー、そして洗練されたインタープレイと、どこをとっても極上と云える。
このように味わいが微妙に異なる2枚のアルバムを制作するという慧眼は、リヴァーサイドのプロデューサー、オリン・キープニュースのもの。もしこのときの音源が2枚組のライヴ・アルバムとしてリリースされていたら、それほど滋味豊かなものに聴こえなかったかもしれない。そして前述の『ワルツ・フォー・デビイ』の美麗なデザインのジャケットは、アルバム・コンテンツをそのまま表している。エヴァンスの世にも美しい音楽が、容易にイメージされる。とにもかくにも本作では、クラシックの技法の導入、洗練されたヴォイシングの確立といった小難しいことを理解しなくても、あたかも水晶のような音色と琴線に触れる流麗な旋律とを堪能することができるのである。このアルバムが、ふだんジャズを聴かないという若い女性からも人気があるというのも、大いに得心がいくというものだ。
エヴァンスの魅力は即興性に富んだトリオ間のインタープレイだけではない
エヴァンスのアルバムには、まあ例外もあるけれど、そんなに聴きにくいものはない。むろんジャズのいちばんの醍醐味といえば、インプロヴィゼーションと云える。その点、この『ワルツ・フォー・デビイ』でも素晴らしい成果が上げられている。というか、ここでのトリオによる即興演奏には、それだけに止まらないものがある。従前のピアノ・トリオといえば、各々のプレイヤーにソロ・パートが与えられる場合もあるけれど概ねピアノが主役で、ベースはボトムを支えることに、ドラムスはリズムをキープすることにそれぞれ徹していた。しかしながら、エヴァンス、ラファロ、モチアンの3人は対等に近い立場にあって、その場のコール・アンド・レスポンスで、確たる音楽を創造しているのである。
たとえ三者三様に歌いまくっていても、出来するサウンドは一体となって響いてくるのだから、これは魔法とでも云うしかない。ジャズでは演奏中にプレイヤー同士が会話するようにリアルタイムで反応し合い、新たな音楽を創り出す相互作用のことをインタープレイと云い、別段珍しいことではない。たとえば、だれかのアドリブ・ソロに対して、他のプレイヤーが合いの手を入れたり、フレーズを真似したりするのはごく当たりまえ。バッキングにおいても、ピアニストの演奏にインスパイアされて、サイドメンがリズムや音色を自在に変化させることは自然なことなのである。ところがエヴァンス・トリオのインタープレイでは、ピアノ、ベース、ドラムスが対等に絡み合うからスゴい。それはいわば、インタープレイの極致である。
そんなわけで、この『ワルツ・フォー・デビイ』をはじめとする“リヴァーサイド4部作”は、押しなべて旧来のピアノ・トリオのスタイルを打ち破った傑作である。そういう革新的な側面をもちながら、そのいっぽうで日常生活のBGMの1枚としてセレクトすることもできるという特性が、名盤『ワルツ・フォー・デビイ』が多くの音楽ファンのこころを惹きつける所以であると、ぼくは思う。つまりエヴァンスの音楽は、彼がどんなにスゴいことを演っているかを理解しなくても、十分に楽しむことができるのである。レコードに針を落とすと間もなく、エヴァンスのピアノが「ト、トン」ラファロのベースが「ブォーン」モチアンのシンバルが「シャーッ」と鳴り出す。ビクター・ヤングによる名曲「マイ・フーリッシュ・ハート」だが、その響きだけでもリスナーに感動を与えるのだから、やはりスゴい。

以前にも触れたことがあるが、あらためてここにエヴァンスのプレイの特徴を記しておく。まずそのリズム感だが、きわめて流動的で広がりがある。彼は8分音符を敢えて均等に連ねず、3連符のようなニュアンスで弾く。その点、バップ系のプレイヤーのフレージングとは明らかに違う。しかも彼の場合、右手で3連符のラインを作りながら、左手のコンピングは2拍のコードをキープしていたりする。そのポリリズムが生み出す浮遊感が、一般的なスウィング感とはかなり違った印象を与える。しかもベースやドラムスとともに一定のリズムを刻まず、自由にリズムを崩しながら弾く場面が散見されるのだ。そんなタイム感はいわゆるブロークン・タイムというものなのだけれど、このスタイルを確立したのはエヴァンスと云ってもいいのではなかろうか。
さらにつけ加えると、エヴァンスはバップならではスタッカートの効いたアグレッシヴな奏法をほとんど用いることがなく、レガート・タッチで音を羅列する。しかもクロマティックなアプローチで、より滑らかなラインを形成させる。それが彼のピアノ演奏に抒情性が生み出される要因のひとつと、ぼくは観ている。右手がそんな感じで進行するなか、かたや左手のほうがときに単なる伴奏ではなく美しいメロディを奏でるときもある。これはヴォイス・リーディングという手法なのだけれど、クラシック音楽で云うところの対位法的なアプローチだ。そういえば細かいことだが、インプロヴィゼーションにおいて、トリルやターンといった装飾音が頻繁に鏤められるのも、エヴァンスのプレイにクラシックからの影響が感じられるところである。
クラシックからの影響といえば、エヴァンスが奏でる色彩豊かな印象派的なハーモニーには、それこそモーリス・ラヴェルやクロード・ドビュッシーのピアノ作品に通じるものが感じられる。そのエクスプレッションがなんとも幽玄な響きを生み出しており、どこか宙に浮いたような感じを与えながら、ところどころに美しいイディオムが交えられていくのだ。その空気感は、まさにフランスの印象主義音楽を連想させる。ひょっとすると、そういうエヴァンスの透明感のある繊細なタッチが、ふだんジャズを聴かないという若い女性のハートさえも、鷲掴みにしてしまうのかもしれない。ピアノを弾く立場の人間として云わせていただくと、エヴァンスのピアノ・テクニックはきわめて高度で難しい。しかしながら、彼が紡ぎ出す音楽は、複雑さよりも美しさのほうが際立つ。なんとも素晴らしい。
ここまでお伝えしたエヴァンスのピアニズムについては、彼の熱心なファンだったら百も承知のことだろう。それなのに、それをくどくど述べたのは、一般的にエヴァンスについて語られるとき、そのジャズ・スタンダーズの独創的な解釈とともに、“リヴァーサイド4部作”で披露された即興性に富んだトリオ間のインタープレイばかりが高く評価されることが多いからだ。確かにエヴァンスは、ピアノ・トリオの新しい方向性を示し、後続のジャズ・ピアニストたちに多大な影響を与えたけれど、たとえそのことをを考慮に入れなくても、不世出のジャズ・ピアニストであることに変わりはない。ぼくは、それを云いたかったのである。たとえば、彼の初リーダー・アルバム『ニュー・ジャズ・コンセプションズ』(1957年)をひとつとっても、そう確信するのである。
このアルバム、よく冒頭のコール・ポーターの名曲「アイ・ラヴ・ユー」でのエヴァンスのプレイがピックアップされて、そのピアノ・スタイルが未完成であるとか、バド・パウエルからの影響が強いとか云われる。しかも、そのことが根拠とされる機会は非常に多く、本作の一般的な評価は押しなべて低いと云える。しかしながらぼくには、エヴァンスの独自のピアノ・スタイルが、このアルバムにおいてすでに完成の域に達しているように思えるのだ。そもそも彼は、パウエルからほとんど影響を受けていないのではなかろうか。ぼくには、エヴァンスが単に当時のトレンドであるバップ・スタイルを弾いてみせただけのように、思われて仕方がない。というのも、次曲のオリジナル・ナンバー「ファイヴ」におけるポリリズムやリリシズムに、エヴァンスならではの新しい概念が感じられるからだ。
この『ニュー・ジャズ・コンセプションズ』を聴いただけでも、エヴァンスがきわめて有能で革新的なジャズ・ピアニストであるとわかる。しかも彼は、上記の「ファイヴ」をはじめ「ディスプレイスメント」「ワルツ・フォー・デビイ」「ノー・カヴァー・ノー・ミニマム」といった自作曲をもってして、作曲の才能も確かなものであることを実証している。とはいうもののこのアルバム、バップ・スタイルが導入されていることもあり、統一された音楽的個性に欠けているというのもまた事実。おそらくエヴァンスは、プロデューサーのキープニュースの意向に沿って、ビジネスライクに流行りのスタイルも採り入れたのだろう。あいにくレコードは、800枚程度しか売れなかったという。自分の信念を貫かったことに対する自責の念からか、エヴァンスはその後2年と3か月のあいだ、リーダー・アルバムを制作しなかった。
悲しみを乗り越え新しいメンバーでふたたび強固なトリオを結成した
自己批判的なエヴァンスが満を持して吹き込みに挑んだセカンド・アルバム『エヴリバディ・ディグズ・ビル・エヴァンス』(1959年)は、前作とは対照的に各方面から高く評価された。アルバム・ジャケットには、マイルス・デイヴィス、ジョージ・シアリング、アーマッド・ジャマル、キャノンボール・アダレイといった、エヴァンスに一目置く同時代のミュージシャンたちからの賛辞が掲載されている。エヴァンスがプロデューサーのキープニュースに「どうして母にもコメントを求めなかったの?」と、ジョークを飛ばしたことはあまりにも有名だ。そんなエヴァンス自身も出来栄えに満足したという本作では、彼らしさが全開している。ジジ・グライスの「マイノリティ」でのシャープなフレージングは、エヴァンス・スタイルの完成形と云っても過言ではないだろう。
そして『エヴリバディ・ディグズ・ビル・エヴァンス』の収録曲でなにかと取り沙汰されるのは、なんといってもエヴァンスのオリジナル・ナンバー「ピース・ピース」だろう。ソロ・ピアノで演奏されたこの曲、そのバラード演奏の静謐を湛えた美しさに、多くのリスナーが得も云われぬ心地よさを覚えると同時に、フランスの作曲家、エリック・サティのピアノ曲を連想したのではなかろうか。サティの作風を彷彿させるのは、旋法が扱われることで独特の清澄な雰囲気が醸し出されているから。その影響は、マイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』(1959年)に収録されている「フラメンコ・スケッチ」という曲に色濃く反映されている。というかこのマイルスの曲は、明らかにエヴァンスのアイディアに基づくものだろう。
ついでに云わせてもらうと、ぼくは『エヴリバディ・ディグズ・ビル・エヴァンス』のなかでは、ヴァーノン・デュークのバラード「ホワット・イズ・ゼア・トゥ・セイ」が大好きだ。研ぎ澄まされたタッチと繊細なハーモニーが描き出す透明感と憂愁に満ちた景色は、紛うことなきエヴァンスの音世界である。そしてこのトラックの特徴は、そのまま『ムーン・ビームス』の収録曲に直結するものでもあるのだ。そしてこの『エヴリバディ・ディグズ・ビル・エヴァンス』のあとにつづくのが、“リヴァーサイド4部作”のうち最初の吹き込みに当たる『ポートレイト・イン・ジャズ』である。4部作がジャズ・シーンに広げた波紋があまりにも大き過ぎて、前後の作品の魅力や価値が一段落ちて見えてしまうのも無理からぬことだが、ぼくは『ムーン・ビームス』も含めてどのアルバムにも、それぞれのもち味があると思う。

ということで、すっかりあとになってしまったが、ここからはエヴァンスの極上のバラード集『ムーン・ビームス』に集中する。ここでいま一度、本作のジャケットを眺めていただきたい。妖精ニコの写真に気をとられて見落としがちだが、このアルバムのジャケットには、バンド名が“The Bill Evans Trio”と定冠詞つきで表記されている。これには理由があって、実は天才ベーシスト、ラファロの急逝に伴う新体制トリオの本格的な始動を宣言するという、意味合いが込められているのだ。最良のパートナーの喪失に深いショックを受けたエヴァンスは1年ほど演奏活動を休止するが、その悲しみを乗り越え新しいメンバーでふたたび強固なトリオを結成。トリオの復活をアピールするが故に、敢えて“The”が冠された。なお、同日録音のアルバム『ハウ・マイ・ハート・シングス』(1964年)では、それが外された。
新体制でのセッションは、1962年5月17日、29日、6月5日にニューヨークのサウンド・メーカーズ・スタジオで行われ、音源はスローテンポを中心とした落ち着いた感じの楽曲は『ムーン・ビームス』に、ミッドテンポ以上のスウィンギーなナンバーは『ハウ・マイ・ハート・シングス』に、それぞれ振り分けられた。後発の『ハウ・マイ・ハート・シングス』も、個人的には愛聴盤となっているので、機会があればご紹介したいと思う。なお、このときのセッションはのちにマイルストーン・レコードによって、2枚組LP『ザ・セカンド・トリオ』(1977年)としてまとめられたこともあるが、ご放念いただいても構わないだろう。ときに新生トリオは、ビル・エヴァンス(p)、チャック・イスラエルズ(b)、ポール・モチアン(ds)。新加入のイスラエルズは、ラファロと比べるとよりトラディショナルなベーシストだ。
エヴァンス・トリオにおけるイスラエルズのプレイは、ラファロのようにイノベーティヴネスに欠けるが故、過小評価されることがままあるが、メロディ、リズム、ハーモニーなどの選択において、きわめて自制的で無駄がない。アカンパニストととしてトップ・ベース・プレイヤーのひとりと云っても過言ではないだろうし、このセッションにおいても不要な要素を極力排除した彼のスタイルが、結果的にスポットライトをエヴァンスのピアノ演奏に一点集中させている。そのヴォイシングに華やかさはないかもしれないけれど、インタープレイも堅実に行われているのだ。これは余談だが以前、吉祥寺の老舗ジャズ喫茶、MEGのマスターで辛口の批評家でもある寺島靖国が、もっとも好きなエヴァンスのアルバムは『ムーン・ビームス』であると明言していた。寺島ファンのぼくは、いたく腑に落ちたものである。
アルバム冒頭の「リ・パーソン・アイ・ニュー」のタイトルは、直訳すると「わたしの知っていたひとについて」という変な意味になるが、これはプロデューサー、キープニュースの名前のアナグラム(Orrin Keepnews → “Re: Person I Knew” )。エヴァンスのオリジナルだが、センシティヴでリリカルな曲調とピアノが紡ぎ出す淀みのないラインが陶酔を誘う。エヴァンスの無駄のないフレージングと力強いタッチが素晴らしい。モチアンのグルーヴ感とイスラエルズのメロディアスなソロも絶妙。ジミー・ヴァン・ヒューゼンの「ポルカ・ドッツ・アンド・ムーンビームス」では、しっとりとしたルバートからインテンポする際の転調に胸がすく。愁いを帯びながらも爽やかな空気が作り出されているのは、曲のよさばかりでなくインタープレイの軽妙さに負うところもままあると、ぼくは思う。
ジューリー・スタインの「アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥー・イージリー」では、さりげない演奏のなかにもエヴァンスの細やかな表現が垣間見える。リリシズムが広がるなか、ブロック・コードが使われる箇所ではやや熱くなる。マッティ・マルネックとフランク・シニョレッリとによる「星へのきざはし」では、エヴァンスの特徴的なピアノのテクニックが次々に繰り出される。手垢のついたバラードだが、その斬新な解釈と流暢な語り口とがフレッシュな印象を与える。個人的には、この曲のアウトロが大好きだ。B面のトップはタッド・ダメロンの「イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ」だが、エヴァンスはこの曲をダメロンのリーダー作『ザ・マジック・タッチ』(1962年)でも演っていた。ここでは、もはやエヴァンスのオリジナルと見紛うばかりの、抑揚の利いた美しいバラードとして完成。名演である。
リチャード・ロジャースの「春の如く」では、わりと長めの演奏となっているが、終始リラックスしたムードがキープされる。主役は飽くまでピアノだが、そのきめ細やかなタッチと表現豊かなフレージングは、飽きるどころか一瞬も見逃せない。ジェローム・カーンの「イン・ラヴ・イン・ヴェイン」では、静謐を湛えた演奏では至高の一品。比較的地味な曲だが、エヴァンスのリリカルな表現とモーダルな味つけによって、名篇に押し上げられている。アルバムのラストを飾るエヴァンスのオリジナル「ヴェリー・アーリー」は、浮遊感のあるコード進行と心地いいトリプル・タイムが際立った名曲。これぞ、エヴァンス。これを聴かずして、エヴァンスは語れない。個人的には、地方都市のジャズ・バーではじめてリクエストというものを体験した、思い出の曲。ぼくは大好きなのである、この曲が──。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。







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