Eumir Deodato / Bossa Nova Original Motion Picture Soundtrack (2000年)

シネマ・フィルム
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エウミール・デオダートのオリジナル・スコアとアントニオ・カルロス・ジョビンの既存の曲とで構成された本邦劇場未公開映画『愛のボサノバ』のサウンドトラック・アルバム

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Eumir Deodato / Bossa Nova Original Motion Picture Soundtrack (2000)

Today’s Tune : Suddenly

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ボサノヴァのコンピレーション・アルバムとしての機能を果たす1枚

 

 ついでと云ってはなんだが、エウミール・デオダートが音楽を手がけた映画のサウンドトラック・アルバムを1枚ご紹介しておこうと思う。前回はワーナー・ブラザース・レコードに所属していたころのデオダートのリーダー作『ナイツ・オブ・ファンタジー』(1979年)を採り上げた。クロスオーヴァー・サウンドとブラジリアン・テイストとが首尾よくディスコビートに載った、爽快なアルバムである。ところでその際、自室の棚にある彼のレコードやCDを片っ端から聴き直しているうちに、このサントラCDに行き当たった。恥ずかしながらぼく自身、その存在自体を失念していたのだが、これが存外、ボサノヴァのリズムとハーモニーが明るく爽やかな印象を与える、いかにも精神的に暑さをクールダウンさせるような内容で、この時季にピッタリな1枚だった。

 

 このCD、ブルーノ・バレット監督、監督の当時の奥さまでもあるエイミー・アーヴィング主演による『愛のボサノバ』(2000年)という映画のサウンドトラック・アルバムである。バレットはリオデジャネイロ出身の映画監督、アーヴィングはアメリカの女優で、あのスティーヴン・スピルバーグ監督のもとの奥さま。どうでもいいことだけれど、彼女はバレット監督とも2005年に離婚している。それはさておき、ぼくはこの映画をまだ観たことがない。日本では劇場未公開だが、過去にBSデジタル放送のスターチャンネルで放映されたことがある。ということで『愛のボサノバ』は、おそらく日本では知るひとぞ知る映画だから、そのサントラ盤を手にとるのは、ぼくのようにデオダートのファンくらいのものだろう。

 

 ちなみに『愛のボサノバ』は、ブラジルとアメリカとが合作したロマンティック・コメディ映画。リオデジャネイロを舞台に、英語教師のアメリカ人女性と弁護士のブラジル男性との恋模様が、ボサノヴァの音楽を背景に描かれたオシャレな作品。夫を亡くし、リオで英語教師をしているアメリカ人女性、メアリー・アン・シンプソン(エイミー・アーヴィング)は、周囲から新しい恋を勧められるものの、自分には縁がないと思っていた。生徒の中には、イギリスへの移住を控えたサッカー選手、アカシオ(アレクサンドル・ボージェス)や、ニューヨーク在住の芸術家、ゲイリーとのネット恋愛に夢中のテクノロジー好き、ナディーン(ドリカ・モラエス)などがいる。ある日、彼女の英語クラスに妻と別居中のハンサムなブラジル人弁護士、ペドロ・パウロ(アントニオ・ファグンデス)が入学してくる。

ボサノヴァをイメージしたブラジルの風景①

 メアリー・アンとペドロは惹かれ合うがすれ違いがあったり、太極拳のインストラクターのもとへ去ったペドロの妻の存在などに翻弄されたりする。このふたりの恋の行方を軸に、映画はペドロの娘の恋、ナディーンとゲイリーとのインターネットを通じたロマンス、プレイボーイのアカシオの恋など、複数のキャラクターが交錯する群像劇となっている。ネタバレになるので詳しくは記さないが、メアリー・アンとペドロとの関係、自信過剰でメアリー・アンを口説いたりするアカシオと、ペドロの法律事務所で働く魅力的なインターン、シャロンとの関係、ナディーンとゲイリー(その正体は?)との関係が注目される。いずれにせよこの映画は、リオの美しい景色とボサノヴァの心地いい響きをバックに、様々な愛の形が描かれた軽快でビタースウィートな作品とのこと。と、これは飽くまでにわか知識である。

 

 ところで、未見どころか海のものとも山のものともつかぬこの映画のサウンドトラック・アルバムを、ぼくが手にとった理由は、オリジナル・スコアを手がけているのがエウミール・デオダートであると知ったから。そしてさらに、このアルバムでは20世紀のブラジル音楽を代表する作曲家であり、ボサノヴァの先駆者でもあるアントニオ・カルロス・ジョビンの楽曲がフィーチュアされていることが、ぼくの気分を高めた。なお映画の資料を見ると、音楽の担当者としてリチャード・マルティネスがクレジットされている。彼はニューヨークを拠点に活躍する作曲家だが、数多くの映画音楽や舞台音楽を手がけている。おそらく『愛のボサノバ』ではアンダースコアを担当しているのだろうが、サウンドトラック・アルバムにマルティネスの楽曲は収録されていない。

 

 このサウンドトラック・アルバムはヴァーヴ・レコードからリリースされたのだが、アルバムのプロデューサーをバレット監督自身が勤めている。また、ミュージック・スーパーヴァイザーとして、アメリカの東西で活躍するコンポーザー、キーボーディスト、そしてプロデューサーのアラン・パランカーのクレジットが見てとれる。ボブ・ジェームスイリアーヌ・イリアスレニー・ホワイトなどの作品でお馴染みのひとだ。パランカーは、デオダートが唯一アトランティック・レコードに残したリーダー・アルバム『サムウェア・アウト・ゼア』(1989年)や、それ以前に彼がワーナー・ブラザース・レコードに吹き込んだ『ハッピー・アワー』(1982年)などで、キーボードやプログラミングを担当した。そのことからも、この映画でデオダートが起用されたのは、パランカーの肝煎りと思われる。

 

 さらにこのCD盤における楽曲の選曲、編集、そしてランニング・オーダーを、ヴァーヴ・レコードの音楽プロデューサー、リチャード・サイデルと、当時ヴァーヴ・ミュージック・グループの社長兼CEOを務めていたロン・ゴールドスタインが手がけている。以上のことを勘案すると、このサウンドトラック・アルバムは、サントラ盤としてよりもむしろ、ボサノヴァのコンピレーション・アルバムとしての機能を果たす1枚と捉えることができる。そのいっぽうで、デオダートの吹き込みとしても、さきに挙げた『サムウェア・アウト・ゼア』以来リーダー作の制作が途絶えていた彼だけに、当時はきわめて貴重なものに思われた。ついでに云わせてもらうと、この『サムウェア・アウト・ゼア』は、完全なヴォーカル・アルバム。この作品では、従来の軽快なインストゥルメンタルを堪能することはできないのである。

 

 実のところデオダートは、プレイヤーとしては15年ほど活動を休止していたのである。彼が復活するのは2001年のことで、この年からコンサートを中心に徐々に演奏活動を広げていく。そんななか、2007年4月3日および4日にリオデジャネイロのセシリア・メイレレス・ホールで行われたコンサートの模様が、実況録音盤としてリリースされたときは、ぼくも小躍りしたもの。このエウミール・デオダート・トリオ名義の『アオ・ヴィーヴォ・ノ・リオ』(2007年)では、大ヒットしたリヒャルト・シュトラウスの交響詩のパラフレーズ・ナンバー「ツァラトゥストラはこう語った」をはじめ、クロスオーヴァー時代の名曲たちが見事に再演されていた。さらにデオダートは2008年8月、丸の内のライヴ・レストラン、コットンクラブにて来日公演を果たし、以降もときおり日本を訪れていた。

 

活動休止中のデオダートによるボサノヴァにフォーカスしたスコア

 

 デオダートはその後、イタリアのバンド、ノヴェチェントのメンバー(ニコローシ一家)の全面協力を得て、久々のスタジオ・アルバム『ザ・クロッシング』(2010年)を制作した。洗練されたフェンダー・ローズの音色、心地いいブラジリアン・ビート、ディープなファンク・サウンドが交錯するメロウ・グルーヴが際立った、往年のクロスオーヴァー・シーンにおける巨匠の面目躍如たる1作である。シンガーのアル・ジャロウ、ギタリストのジョン・トロペイ、ドラマーのビリー・コブハム、パーカッショニストのアイルト・モレイラといった、かつての僚友たちのアルバム参加にも驚かされた。ただこのアルバムは、どちらかというとCTIレコード時代の作品に代表されるクロスオーヴァー・サウンドへのオマージュと云える。

 

 それに対して『愛のボサノバ』のサウンドトラック・アルバムにおけるデオダートのスコアは、文字どおりボサノヴァにフォーカスしたものだ。前回もお伝えしたが、デオダートがスターダムにのし上がったのは、CTIレコードでハウス・アレンジャーとして働くようになってから。さきに挙げた、CTIレコードにおける彼の最初のリーダー・アルバム『ツァラトゥストラはかく語りき』(1973年)からシングルカットされた同名曲は、500万枚以上のセールスを上げた。しかしながら、その才能はそれよりもずっと以前に開花していたのである。デオダートは1967年にリオデジャネイロからニューヨークに移住したのだが、その時点ですでに、故郷のブラジルではコンポーザー、アレンジャー、キーボーディストとして、高い評価を得ていたのである。

 

 1942年6月22日、リオデジャネイロで生を受けたデオダートは、12歳でアコーディオンを手にする。14歳のときにピアノを弾きはじめると同時に、管弦楽法や指揮法を独学で習得。特にアレンジについては、ヘンリー・マンシーニの作法を通信教育で学んだという。その影響はブラジル時代のデオダートのアルバムに、色濃く反映している。そんなデオダートは17歳にして、プロのアレンジャーとしてのキャリアをスタートさせる。1960年代の初頭に自己のバンドを結成。メンバーは、セルソ・ブランド(g)、セルジオ・バローゾ(b)、ジョアン・パルマ(ds)、ウーゴ・マロッタ(vib)、アンリ・アクセルルード(fl)といった、錚々たる顔ぶれで占められている。このバンドには、のちにボサノヴァのパイオニア、ホベルト・メネスカルもギタリストとして参加する。

ボサノヴァをイメージしたブラジルの風景②

 デオダートが初リーダー・アルバム『無意味な風景』(1964年)を発表したのは、22歳のとき。アントニオ・カルロス・ジョビンの楽曲集で、デオダートの卓越したアレンジとクールなピアノ演奏を堪能することができる。その後も彼はCTIレコードで活躍するようになるまでの間に、数多くのアルバムを吹き込んでいる。ソロ名義のリーダー作には『イデイアス (着想点)』(1964年)『サンバ・ノヴァ・コンセプサォン』(1964年)『ペルセプサォン』(1972年)といった3作がある。なかでも面白いのは、ブラジルのロンドン・レコードからリリースされた『ペルセプサォン』で、なんと本作のレコーディングにデオダートは参加していないのだ。ブラジリアン・ジャズとシンフォニック・サウンドとの融合はいかにも彼らしいのだが、これはまあ、どうしたことか。

 

 これにはわけがあって、実はこのアルバムはデオダートがリオデジャネイロに残したスコアをもとに、本人不在のまま制作されたものなのである。すでにCTIレコードのハウス・アレンジャーとして活躍していたデオダートは、完成した音盤をニューヨークで受けとり、スコアの再現度の高さに感激したという。まあピアノやギターの演奏も即興ではなく書き譜によるものであるとのことだから、出来するサウンドがデオダートらしいのは当たりまえなのだけれど──。なお本作の冒頭に収録されている「ジア・ジ・ヴェラォン」という曲は、のちに『ツァラトゥストラはかく語りき』で演奏されたデオダートのオリジナル・ナンバー「スピリット・オヴ・サマー」の原曲。いずれにせよ本作では、CTIサウンドとはひと味もふた味も違うエレガントなオーケストレーションを味わうことができる。

 

 上記のアルバム以外にも、デオダートはオス・カテドラーチコスというグループ名義の『インプルソ!サンバ』(1964年)『トレメンダォン』(1964年)『アタッキ』(1965年)『オ・ソン・ドス・カテドラーチコス』(1970年)『オス・カテドラーチコス 73』(1973年)、オス・ガトス名義の『オス・ガトス』(1964年)『オス・ガトス 2 (アケレ・ソン・ドス・ガトス)』(1966年)、オルケストラ・ロス・ダンセーロス名義の『ロス・ダンセーロス・エン・ボレロ』(1964年)といったアルバムを発表している。なお『オス・カテドラーチコス 73』では『ツァラトゥストラはかく語りき』に収録されている「カーリーとキャロル」の原曲「カルロッタとカロリーナ」そして『ラプソディー・イン・ブルー』(1973年)に収録されている「スカイスクレイパーズ」の原曲「摩天楼」を聴くことができる。

 

 この時代のデオダート・サウンドには、さながらボサノヴァ・ポップあるいはラウンジ・ボッサといった風情がある。そして『愛のボサノバ』のサウンドトラック・アルバムにおける彼のスコアには、そんな昔日を彷彿とさせるものがある。むろんそれは、以前よりコンテンポラリーな響きを奏でている。それでもぼくは、このアルバムでデオダートが採り上げている「無意味な風景」「ワン・ノート・サンバ」「あなたでなければならない」そして「平和な愛」といった、アントニオ・カルロス・ジョビンの楽曲が新たにアレンジされたトラックに耳を傾けていると、どうしてもノスタルジックな気分になってくるのだ。というのも、これらの4曲はすべて、前述のデオダートの初リーダー・アルバム『無意味な風景』に収録されている曲だからだ。その点、本盤は実に示唆に富んでいる。

 

 さきにも触れたが、この『愛のボサノバ』のサウンドトラック・アルバムでは、アントニオ・カルロス・ジョビンの楽曲がフィーチュアされている。全15曲中、デオダートによるスコアは8曲だが、残りの7曲はジョビンの既存のアルバムからの再収録である。その詳細は以下のとおり──。ジョビンは1994年12月8日、心臓発作のため67歳という若さでこの世を去ったが、彼の最後のスタジオ・アルバムとなった『アントニオ・ブラジレイロ』(1994年)から「ハウ・インセンシティヴ」がチョイスされている。このトラックでは、ジョビンとイギリスのロックバンド、ポリスのもとメンバー、スティングとが英語でデュエットしている。ホーンズとストリングスのアレンジは、ジョビンの息子でギタリストのパウロ・ジョビンが担当。ビタースウィートな味わいが絶品だ。

 

 ジャズ・テナー奏者のスタン・ゲッツと“ボサノヴァの父”と称されるシンガー兼ギタリスト、ジョアン・ジルベルトとの共作で、グラミー賞4部門を獲得した大ヒット・アルバム『ゲッツ/ジルベルト』(1964年)からは「イパネマの娘」と「クワイエット・ナイツ・オブ・クワイエット・スターズ(コルコヴァード)」の2曲がセレクトされている。アストラッド・ジルベルトが英語の歌詞を、アンニュイで飾らない表現で歌う。ジョビンは言の葉を紡ぐような美しいタッチのピアノ演奏を披露。むろんポルトガル語で詩を朗読するかのように歌うジョアン、歌唱の隙間に気怠くも甘いテナー・プレイで入り込んでくるゲッツも素晴らしい。本来のボサノヴァとは別モノという意見もあるが、このアルバムがアメリカにおけるボサノヴァ・ブームを決定づけたことは、紛うことなき事実である。

 

 

当時ヴァーヴ・レコード期待の新星だったクラウディア・アクーニャも参加

 

 ジョビンの5枚目のリーダー・アルバムであると同時に、CTIレコードが世に送り出した2枚目の作品でもある『』(1967年)からは、タイトル曲の「波」が選曲されている。ジョビンのアコースティック・ピアノが主軸に据えられたインストゥルメンタル・ナンバー。サウダージ感覚が溢れるメロディック・ラインとコーラスでの気持ちのいいモジュレーションが絶品。無駄が削ぎ落とされ美しさが際立った、ストリングスのメイン・メロディとカウンター・メロディ、フルートとホルンとのユニゾンが特徴的だが、当時CTIレコードのハウス・アレンジャーだった、ドイツ出身のクラウス・オガーマンのアレンジとコンダクティングによるものだ。さらに、ジョビンの初リーダー作『イパネマの娘』(1963年)からの「ノー・モア・ブルース(想いあふれて)」も、おなじコラボレーションによって生み出された名トラックである。

 

 この「ノー・モア・ブルース(想いあふれて)」は、最初のボサノヴァ・ソングとされる歴史的名曲。このトラックはインストゥルメンタルだが、もともとこの曲はヴィニシウス・ジ・モライスが作詞を手がけた、“サンバ・カンサゥンの女王”と称されるシンガー、エリゼッチ・カルドーゾのアルバム『想いあふれて(カンサゥン・ド・アモール・ジマイス)』(1958年)のために用意された歌曲。はじめて世に出たときは、ほとんど注目を浴びなかったが、1年後にジョアン・ジルベルトが歌ってスマッシュヒットとなった。なおジョビンのアルバム『イパネマの娘』は『ゲッツ/ジルベルト』と同様に、ヴァーヴ・レコードからリリースされた。この2枚と上記の『』は、CTIレコードの創設者、クリード・テイラーのプロデュース作品である。

 

 そして最後になったが、ブラジルでもっとも人気のある女性シンガー、エリス・レジーナとジョビンとの共演盤『ばらに降る雨』(1974年)から「ウォーターズ・オブ・マーチ(三月の雨)」と「無意味な風景」が選曲されている。前者はジョビン自身のペンによるズミカルな歌詞、レジーナとジョビンとのデュエットにおける絶妙な掛け合いが際立った楽しいトラック。後者はジョビンのリリカルかつブルージーなソロ・ピアノを背景に、レジーナの感情豊かで凛とした歌声が織りなすメランコリックな世界が、なんとも味わい深い。ジョビンのハミングによるセンシティヴなヴォーカル・オブリガートも絶妙。ブラジルのフィリップス・レコードからリリースされたオリジナル・アルバムは、いまもブラジル音楽史上もっとも高い人気を誇る1枚となっている。

ボサノヴァをイメージしたブラジルの風景③

 ということで、以上が既存のアルバムからのトラックである。残りの8曲は、デオダートによる書き下ろしのスコアとなる。レコーディングは、チリ出身のジャズ・ヴォーカリスト、クラウディア・アクーニャが歌ったメアリー・アンのテーマ「サドゥンリー」のみ、1999年12月16日にニューヨークのライト・トラック・スタジオで行われた。その際のパーソネルは、エウミール・デオダート(p)、ポール・メイヤーズ(g)、デヴィッド・フィンク(b)、ダルシ・セイシャス(perc)、エドソン・アパレシド・ダ・シルヴァ a.k.a. カフェ(perc)。残りの7トラックは、1999年6月におなじくライト・トラック・スタジオをはじめ、やはりニューヨークのアヴァター・スタジオ、クリントン・スタジオで録音された。

 

 レコーディング・メンバーは、エウミール・デオダート(p)、ホメロ・ルバンボ(g)、ジェイ・バーリナー(g)、ポール・メイヤーズ(g)、セルジオ・ブランドン(b)、ヘナート・ブラサ(ds)、ダルシ・セイシャス(perc)、マウロ・レフォスコ(perc)、コンラッド・ハーウィッグ(tb)。さらにフィーチュアリング・ヴォーカリストとして、リオデジャネイロ出身のバーバラ・メンデス、かつてセルジオ・メンデスのグループ・メンバーだったキャロル・ロジャース、そしてブラジル北東部アラゴアス州の首都マセイオ出身、MPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)シーンのスーパースター、シンガーソングライターのジャヴァンが参加している。むろんデオダートが、ジョビンの曲を除くスコアの作曲、すべての編曲、そして指揮を一手に担っている。

 

 アルバム収録順に8曲をご紹介していくと、トップを飾るのはジョビンの「無意味な風景」で、ここではデオダートのピアノ伴奏とメンデスのヴォーカルのみで演奏される。というかどちらかというとソロ・ピアノにヴォーカルが載っかっているような風情だ。デオダートのリリカルでブルージーなエクスプレッションがジョビンのそれを彷彿させる。やはりジョビンの「ワン・ノート・サンバ」は、メンデスのスキャットがフィーチュアされた軽快なボサノヴァ。歌詞は歌われない。シンプルかつエフェクティヴなストリングスとソフィスティケーテッドなリハーモナイゼーションがオシャレだ。つづいてデオダートの「サドゥンリー」とジョビンの「あなたでなければならない」とのメドレー。というかクレジットには記載がないが、イントロはジョビンの「太陽の道」だったりする。

 

 このメドレー、前半はゆったりした調子で「サドゥンリー」がインストゥルメンタルで演奏される。ホーン・セクションにホルンが使われているところが、デオダートらしい。短尺ながらハーウィッグのトロンボーンもソロをとる。その後テンポが上がって、ロジャースとジャヴァンとのデュエットによる「あなたでなければならない」となる。キュートな高音と深みのある低音がいい具合に溶け合っている。つづく「サドゥンリー」は、ヴォーカル・ヴァージョン。前述のアクーニャがフィーチュアされている。このトラックは、彼女のデビュー・アルバム『南風』(2000年)のレコーディングのおよそ1か月後に吹き込まれた。当時のアクーニャはダイアナ・クラークにつづくヴァーヴ・レコード期待の新星だった。彼女の起用は、リチャード・サイデルの采配によるものだろう。

 

 アクーニャのスモーキーで落ち着いたトーンの歌声が、ぼくは好きなのだけれど、ここでの彼女は緩やかなボサノヴァのリズムに乗って、エモーショナルかつエレガントなパフォーマンスを展開。デオダートのピアノ・ソロも、こころなし上品に聴こえる。この曲、アルバムの後半でギターの伴奏のみでロジャースも歌っているが、個人的にはアクーニャのヴァージョンのほうが好きだ。ロジャースの愛くるしくも活発なヴォーカルもチャーミングで好きなのだけれど、フレーズの繊細な変化、トーンの方向性という点で、今回はアクーニャのほうに軍配を上げたいと思う。なおこのメランコリックなナンバーの作詞は、ジョビンの楽曲をはじめとするボサノヴァの名曲の英語歌詞をたくさん手がけたノーマン・ギンベルによるものである。

 

 さらにアルバムは、デオダートの「ファンのテーマ」へとつづく。シネマティックなインストゥルメンタルだが、ストリングスのアンサンブルとピアノを主軸とした、いささか重苦しい雰囲気の曲だ。次曲がジョビンの「平和な愛」なのだが、こちらは爽快で瀟洒な感じ。前曲とのコントラストが鮮やかだ。ここではふたたびメンデスのスキャットがフィーチュアされるが、まさに一服の清涼剤といったところだ。アルバムのラストを飾るのは、デオダートによるインストゥルメンタル「ソウル・メイツ」だが、そのシンフォニック・サウンドのマナーは、前述の『ペルセプサォン』における彼のスコアを彷彿させる。後半コード進行が「無意味な風景」のそれになるのが、なんともこころ憎い。本作は、そんな爽やかなあと味も好印象を与える1枚である。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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