Gene Harris / In A Special Way (1976年)

ピアノの鍵盤
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ザ・スリー・サウンズの人気ピアニスト、ジーン・ハリスがアース・ウィンド&ファイアのリズム隊をバックにアコースティック・ピアノを聴かせるブルーノートBNLAシリーズの1枚『イン・ア・スペシャル・ウェイ』

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Gene Harris / In A Special Way (1976)

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ハード・バップを上手くコマーシャルなポップ・ジャズに昇華させた

 

 前回はザ・スリー・サウンズのデビュー・アルバム『イントロデューシング・ザ・スリー・サウンズ』(1958年)をご紹介した。ザ・スリー・サウンズは云うまでもなく、名門ブルーノート・レコードが生んだ、不世出のピアノ・トリオ・スタイルのジャズ・アンサンブル。ハード・バップ、ファンキー・ジャズ、モーダル・ジャズ、あるいはフリー・ジャズなどが混沌とした1960年代において、常にフレッシュなリラクゼーションをリスナーに提供していた唯一のバンドである。肩肘を張らないプレイを展開するピアノ・トリオという点では、右に出るものはいないだろう。ソフィスティケーションやポップ性に関しても、同時代のピアノ・トリオのなかでも、もっとも先を行っていたように思われる。ブルーノートの社長、アルフレッド・ライオンも彼らを積極的にアピールした。

 

 そのサウンドが孕んだポピュラリズムは、一部の有識者からは批判を受けたが、一般的には広く歓迎された。どちらかというと硬派なレーベルという印象を与えるブルーノートにおいて、このトリオはひときわ異彩を放っている。彼らがプレイするのは、レイドバックでエンジョイアブルなモダン・ジャズ。おそらくブルーノートにおいて、これほど鷹揚で楽しげにスウィングするジャズを聴かせるアーティストは、このトリオをおいてほかにいないだろう。また当時のジャズ・シーンにおいて、オリジナル・チューンで勝負するアーティストが多いなか、逡巡せずジャズ・スタンダーズをまえ向きに演奏していたのもザ・スリー・サウンズだった。しかもそのサウンドは、ファンキーでありながらエレガントでもある。それゆえ彼らのレコードは、いま聴いてもとても新鮮に響くのだ。

 

 このブルーノート・レコードが輩出した、押しも押されもせぬモダン・ジャズの人気グループのメンバーは、ピアノのジーン・ハリス、ベースのアンディ・シンプキンス、ドラムスのビル・ダウディ。3人はみな確たる実力の持ち主だが、我田引水なプレイを展開するものはひとりもいない。そのサウンドは極端に偏ることがなく、3人の演奏は一様に過不足なく調和がとれている。そして、このバランスのとれたコンビネーションが、ジャズという音楽の楽しい部分を自然に引き出している。特に1958年から1962年までに吹き込まれたブルーノートの作品群は、どれも3人の構造的かつ機能的につながるプレイが際立った佳作揃い。いずれせよ、こういうピアノ・トリオは存外少なくて、ブルーノートがこのトリオを“ジーン・ハリス・トリオ”ではなく、敢えてグループ名義でデビューさせたのも、大いに得心がいく。

ライヴ演奏をする黒人ミュージシャンたちのイラスト(茶色)

 ちなみに、ザ・スリー・サウンズによるこの期間の吹き込みのブルーノート盤といえば、ルー・ドナルドソンスタンリー・タレンタインとのコラボレーション・アルバムや、あとから掘り起こしが行われ商品化された音盤を含めると15枚に上る。しかも驚くなかれ、アルバム収録曲のうちの40曲以上が、シングルカットされているのだ。これらのアルバムとシングルは、たった4年の間のレコーディング作品ということになるのだが、このいわばブルーノートきっての愉快な音楽隊が、当時からいかに人気ものであったかがよくわかる。ところが、そんなザ・スリー・サウンズも大手のヴァーヴ・レコードに引き抜かれ、1962年10月13日にアルバム『ブルー・ジーンズ』(1962年)のレコーディングを行うことになる。

 

 ザ・スリー・サウンズには、このヴァーヴをはじめ、マーキュリー、ライムライトといったレーベルにも吹き込みがあるのだけれど、どれもブルーノートでの諸作には到底およばない。それらの点を踏まえると、このトリオは異形でありながら、ブルーノート・レコードならではの存在とも云えるのである。結局ザ・スリー・サウンズは、上記のように所属レーベルを転々としたあと、1966年に古巣のブルーノートに舞い戻る。しかしながら、このころからドラマーがカリル・マディドナルド・ベイリーカール・バーネットと交替し、ベーシストもアルバム『ソウル・シンフォニー』(1969年)から、長年トリオのボトムを支えてきたシンプキンスに替わりヘンリー・フランクリンになる。復帰第1作に当たる『ヴァイブレーションズ』(1967年)は、これまでになくポップ・テイストが強調されたアルバムとなった。

 

 ザ・スリー・サウンズは、ライムライト時代からニュージーランド出身のピアニスト、ジュリアン・リーにアレンジを任せてイージー・リスニング風のサウンドを展開したり、当時流行っていたジャズ・ロックのリズムを採り入れたりして、コマーシャルなポップ・ジャズ路線を打ち出していた。つまり芸術性よりもレコードの売り上げや大衆性を最優先した作品を制作していたわけだが、それらに低俗に堕するようなところがないのは流石と云うしかない。その流れからさらに飛躍したのが、この『ヴァイブレーションズ』だったと、ぼくは思う。ハモンド・オルガンのオーヴァーダブや瞬発力のあるドラムスが打ち出す8ビートは、ひと言で云えばキャッチーだ。リズム・アンド・ブルース、映画音楽、それにクラシックのアダプテーションといった選曲も、実に楽しい。

 

 考えてみれば、ブルーノートの多くのアーティストがフリー・ジャズを探求していた時期に、それを他所に閉塞感が漂っていたハード・バップを上手くコマーシャルなポップ・ジャズに昇華させていたのは、ザ・スリー・サウンズだった。このブルーノート復帰第1作『ヴァイブレーションズ』はその嚆矢でもあり、現在もブルーノート発レア・グルーヴとしてジャズの愛好家以外にも重宝されている。そのキッカケを作ったのは、1980年代の英国ロンドンのクラブ・シーンで活躍した伝説的なジャズDJであり、音楽プロデューサーでもあるバズ・フェ・ジャズだった。ジャイルス・ピーターソンらとともに、クラブで踊るための新しいジャズ・スタイルを確立したことはあまりにも有名だが、彼がフロアを熱くするためにプレイしていたのがこのレコードだった。

 

 このアルバムもそうだけれど、1960年代の後半から1970年代の前半までのブルーノート作品のなかには、本来踊るための音楽として捉えられることのなかったジャズがレア・グルーヴとして発掘され、ダンス・ミュージックとして再評価されたレコードがいくつかある。アーティストで云えば、デューク・ピアソンリューベン・ウィルソンボビー・ハッチャーソングラント・グリーンルー・ドナルドソンハンク・モブレー、そしてドナルド・バードらのアルバムは、レア・グルーヴのムーヴメントにおいて特に重要視された。その先駆けとなったのが、まさに『ヴァイブレーションズ』と云えるのではなかろうか。ブルーノートのお抱えグラフィックデザイナー、リード・マイルスが手がけた、リズムに合わせて身体を動かしているかの如き女性があしらわれた、カヴァー・フォトも秀逸だ。

 

 そういうサウンドの変化とともに、ザ・スリー・サウンズでは、前述のように何度かメンバーチェンジが行われていく。1966年の2月に行われたシカゴの名門ジャズ・クラブ、ロンドン・ハウスでのライヴでは、ドラマーがすでにダウディからカリル・マディに替わっている。このときの演奏はライムライト・レコードからリリースされた『スリー・サウンズ・ライヴ・アット・ザ・ロンドン・ハウス(Today’s Sounds)』(1966年)において聴くことができるが、このころのハリスはまだアコースティック・ピアノの演奏のみに集中している。それでもこのライヴ・アルバムを聴いてみると、ザ・スリー・サウンズのレパートリーにはもちろんのこと、演奏のスタイルにももはやロックやポップスの影響が色濃く反映されていることがわかる。

 

時代の趨勢とともに装いが変わっていても出来損ないの作品は1枚もない

 

 ブルーノート復帰後のザ・スリー・サウンズは、さきにも触れたがハリスがハモンド・オルガンを弾いたり、オリヴァー・ネルソンモンク・ヒギンズらのアレンジによるオーケストラと共演したり、サウンド的にもソウル・ジャズへ傾倒する。作品のクオリティは決して低くはないのだが、かつてのコンビネーションの魅力はすっかり薄まったと云える。なおハリスはバンド名を冠した最後のアルバム『ザ・スリー・サウンズ』(1971年)を吹き込んだあと、ついに個人名義の純然たるソロ・アルバム『ジーン・ハリス・オブ・ザ・スリー・サウンズ』(1972年)を発表する。アルバム・タイトルには相変わらず“ザ・スリー・サウンズ”が付されているが、同グループのメンバーは一切参加していないので、まさしくハリスのリーダー作と捉えられる。

 

 このアルバムでハリスは、まだ4ビートを演っている。しかしながら本作のサウンドは、レコーディングに初期のモータウン・サウンドを支えたウェイド・マーカスがアレンジャーとして迎えられたこともあって、かなりソウル色が強くなっている。このアルバムがリリースされたあとの1973年、ついにザ・スリー・サウンズは解散。その後ハリスはソロ・アーティストとして、ブルーノートのBNLAシリーズにおいて、2枚組の『イエスタデイ・トゥデイ&トゥモロー』(1973年)をはじめ『アストラル・シグナル』(1975年)『ネクサス』(1976年)『イン・ア・スペシャル・ウェイ』(1976年)『トーン・タントラム』(1977年)と、順調にリーダー作を吹き込んでいく。そのサウンドは、ジャズ・ロックから次第にジャズ・ファンクへと変化していく。

 

 ザ・スリー・サウンズの演奏は1970年まで、そしてジーン・ハリスのソロ・アーティストとしての吹き込みは1998年まで音盤で聴くことができるのだが、ハード・バップ、ポスト・バップ、ソウル・ジャズ、ジャズ・ファンクと、時代の趨勢とともに装いが変わっていても、それらのなかに出来損ないの作品が1枚もないのに驚かされる。それは、ハリスの柔軟な音楽性に依るところが大きいのではなかろうか。彼は9歳からまったくの独学で、ピアノを弾きはじめた。ハリスの最初のアイドルは、伝説的ブギウギ・ピアニスト、アルバート・アモンズ、やはり超絶技巧のブギウギ・ピアニスト、ピート・ジョンソンだった。その後、エロール・ガーナーからも影響を受けたという。そういえばガーナーもまた、楽譜がまったく読めない独学のピアニストだった。

ライヴ演奏をする黒人ミュージシャンたちのイラスト(青色)

 いずれにせよ、ハリスのブルース・スタイルのピアノ・プレイの原点は、それらのピアニストから刺激を受けたものだったのかと、大いに得心がいく。ときにハリスは高校時代、同郷の士でありのちにザ・スリー・サウンズのドラマーとなる、ビル・ダウディとトリオを結成。地元のミシガン州ベントン・ハーバーのクラブで初舞台を踏んだ。1951年から1954年までアメリカ陸軍の第82空挺師団の軍楽隊で演奏し腕を磨いた。除隊したあとはふたたび地元で演奏活動を行い、1956年にフォー・サウンズを結成。メンバーには、ハリス、シンプキンス、ダウディのほかに、サクソフォニストのロニー・ウォーカーがいた。1957年にウォーカーがグループを脱退すると、残りの3人はまずワシントンD.C.に、次いでニューヨーク・シティに移動し、ザ・スリー・サウンズとして活動を開始した。

 

 ザ・スリー・サウンズが最初に契約を結んだのは、ブルーノート・レコードではなくオリン・キープニュースビル・グラウアーが設立したリヴァーサイド・レコードだった。初レコーディングは、奇しくも『イントロデューシング・ザ・スリー・サウンズ』のそれとおなじ1958年の9月のこと。コルネティストのナット・アダレイをリーダーとするセッションで、テナー奏者のジョニー・グリフィンとともにザ・スリー・サウンズが参加した。このときの音源はアダレイのアルバム『ブランチング・アウト』(1958年)としてリリースされた。このアルバム、発売されたのがなんと『イントロデューシング・ザ・スリー・サウンズ』とおなじ、1958年の12月のことである。アダレイとグリフィンとの刺激的なフロントラインも然ることながら、ザ・スリー・サウンズのファンキーなプレイが軽妙だ。

 

 ザ・スリー・サウンズは1958年、ニューヨークのオフビート・クラブに出演中、来店していたブルーノートの創設者、アルフレッド・ライオンに見初められた。なんとその場で、ブルーノートとの契約が成立。そしてその数日後には、早くもデビュー・アルバム『イントロデューシング・ザ・スリー・サウンズ』が吹き込まれたのである。なお、ザ・スリー・サウンズをライオンに薦めたのが、ホレス・シルヴァーだったということはあまりにも有名である。それはともかく、ハリスのピアノ・スタイルをひと言で云うと、それは中庸ということになる。ソウルフルではあるけれど、ラムゼイ・ルイスほどアーシーではない。ハッピー・フィーリングが際立つが、オスカー・ピーターソンほど弾きまくらない。また、しばしばブロック・コードを使用するけれど、レッド・ガーランドの弾きかたほどユニークではない。

 

 つまりハリスのピアニズムは、いま挙げた3人のように一極集中するようなことはなく、常に過不足がなく調和がとれているのである。それを無個性と云ってしまえばそれまでなのだが、3人のもつスピリットを兼ね備えたハリスのスタイルは、裏を返せばリスナーにモダン・ジャズの楽しさのエッセンスを満遍なく与えるものとも云える。その点、気軽にジャズを楽しめるというところが、最大の魅力となっている。そういうハリスの音楽性は、ザ・スリー・サウンズのもつ固有の性質にそっくりそのまま当てはまる。さらに云えば、そのプレイは風格さえ漂わせるのだが、それは間を活かしたコンセプト、軽快なタッチ、そして控えめなエクスプレッションから来るのだろう。そういうところは、ちょっとアーマッド・ジャマルを彷彿させる。そして、ハリスのソウル志向でありながらエレガントな雰囲気をもつピアノ・スタイルは、不思議なことにどんなジャンルにもフィットするのだった。

 

 そんなハリスだから、さきに挙げたBNLAシリーズに彼が残した6作品は、どれも全体的に観て出来がよく高い品質をもっている。BNLAはブルーノートがユナイテッド・アーティスツの管理下へ統合されたあと、1973年からカタログ番号に付されたもの。ただメインストリーム・ジャズをこよなく愛するファンからは、伝統的な4ビートやスウィングが重視されるが故、ザ・スリー・サウンズ時代のアルバムが一定の評価を得るいっぽうで、リズム・アンド・ブルース、ファンク、ソウルの要素が積極的に採り入れられたBNLAシリーズのハリスのソロ・アルバムはまったく無視されていた。それらをもっとも高く評価したのは、結局のところDJ/クラブ世代のリスナーになるのだろうが、リアルタイムでも、たとえば『イン・ア・スペシャル・ウェイ』をフュージョンの名盤に挙げる向きもあった。

 

 ただしそれは、フュージョンを単なる商業主義的ないし大衆迎合的音楽と観ない、フレキシブルな思考と多角的な視点でジャズを捉える、一部のクリティックに限られた。ちなみに、フュージョン・ブームを同時代体験したぼくは当時、ラムゼイ・ルイスのアルバムを手にとるときと同じような感覚で、ザ・スリー・サウンズとハリスのリーダー作とを並行して楽しんでいた。しかもBNLAシリーズのハリスのリーダー・アルバムにおいては、彼のソウルフルでブリリアントな鍵盤テクニックも然ることながら、どちらかというとトータル・サウンドのグルーヴやムードを満喫していたように思う。BNLAシリーズ1枚目の『イエスタデイ・トゥデイ&トゥモロー』では、まだ4ビートもプレイされていたが、エレクトロニクスの導入もありフレッシュな衝撃を受けたものである。

 

クセになるナンバーが満載のひとたび聴いたらハリスの沼にハマるアルバム

 

 ハリスがモダン・ジャズからすっかり離れたのは、次作の『アストラル・シグナル』から。星体信号とでも訳すのだろうか、そのアルバム・タイトルからロニー・リストン・スミス&ザ・コズミック・エコーズの諸作を思い浮かべる向きも多いだろう。明らかにスピリチュアリズムが意識されたタイトルだが、まあ当時はこういうのが流行ったのだろう。アルバム冒頭のアヴァンギャルドな短い導入曲に一瞬驚かされるが、その後、不安を煽られるような霊的なものはまったく感じられない。総じてそのコンテンツは、グルーヴィーなジャズ・ファンクとなっている。それまで4ビートを引き摺っていたハリスだが、このアルバムでの彼はすっかり吹っ切れた印象を与える。本作でハリスはアコースティック・ピアノだけでなく、モーグ・シンセサイザーをはじめとするエレクトロニックな鍵盤類を縦横無尽に駆使している。

 

 しかもこのアルバムには、リズム・セクションにデヴィッド T. ウォーカー(g)、チャック・レイニー(g)、ハーヴィー・メイソン(ds)、ホーン・セクションにアーニー・ワッツ(saxes)、オスカー・ブラッシャー(tp)、ジョージ・ボハノン(tb)といった具合に、ウェストコースト・フュージョンの名だたる面々が参加している。収録曲もファンク寄りで、スライ&ザ・ファミリー・ストーンクリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァルなどのカヴァーも然ることながら、女性コーラスが配されたアーバン・ソウル「ロサラミトスラティンファンク・ラヴ・ソング」がクール。マルチ・インストゥルメンタリストのジェリー・ピーターズのオリジナルだが、彼は本作のプロデューサー兼アレンジャー。そして、BNLAシリーズのハリス作品における立役者である。

 

 ピーターズはハリスのリーダー作以外にも、ブルーノートのBNLAシリーズにおいて、キーボーディスト、アレンジャー、ソングライター、プロデューサーとして多くのアーティストのアルバムを手がけている。いずれにしても彼は『アストラル・シグナル』以降も『ネクサス』『イン・ア・スペシャル・ウェイ』『トーン・タントラム』と、ハリスのブルーノート時代に華麗なジャズ・ファンク・サウンドで彩りを添えた。一般的に評価が高いのは『イン・ア・スペシャル・ウェイ』だけれど、個人的にもこのアルバムがいちばん好きだ。ただ繰り返しになるが、ザ・スリー・サウンズの作品も含めてハリスのアルバムには、たとえコマーシャルなことが繰り広げられていたとしても、噴飯ものの作品は1枚もない。ぼくにとっては、一部の冷たい視線などどこ吹く風である。

ライヴ演奏をする黒人ミュージシャンたちのイラスト(緑色)

 もっとも『ネクサス』では、ハリスはほぼ全編に渡り電子鍵盤楽器を操っている。むろんシンセサイザーでのプレイもわるくはないのだが、ハリスの場合、アコースティック・ピアノでの演奏がもっとも魅力的に映る。このアルバムでは、フィリー・ソウルの代表的グループ、ザ・スピナーズの「ラヴ・ドント・ラヴ・ノーバディ」でのピアノによる壮麗なバラード演奏が、もっとも印象的。また、ファッツ・ウォーラーの「ジターバグ・ワルツ」における、フェンダー・ローズによる流麗なソロも忘れ難い。ブルーノート最終作『トーン・タントラム』でも、一般的にはラルフ・ビーチャムのヴォーカルがフィーチュアされたスティーヴィー・ワンダーの「アズ」がトピックだが、やはりガブリエル・フォーレのパラフレーズ・ナンバー「ストレンジャー・イン・パラダイス」などでのピアノ演奏に胸が弾むのだ。

 

 なるほど、ハリスはアコースティック・ピアノのひとなのだろう。その点で『イン・ア・スペシャル・ウェイ』は、全体的にアコースティック・ピアノが多用されており、爽快で整然とした仕様となっている。そしてこのアルバムのもうひとつ特色としては、リーダーのモーリス・ホワイトこそ未参加ではあるが、1970年代を代表するファンク・グループ、アース・ウィンド&ファイアの人脈が活かされているということが挙げられる。具体的にはアル・マッケイヴァーディン・ホワイトフィリップ・ベイリーなどが参加しているが、彼らはEW&Fの正式メンバー。考えてみれば、本作のプロデュースを手がけたピーターズは、アレンジャー、ソングライター、キーボーディストとして、EW&Fの黄金期を支えたキーマンなわけで、この趣向はごく自然なことと云える。

 

 ちなみに当時モーリス・ホワイトが、45歳という若さでこの世を去った伝説的プロデューサー、アレンジャー、そしてコンポーザーのチャールズ・ステップニーと共同設立したカリンバ・プロダクションにおいて、ジャズ・ファンク作品を制作していたのがだれあろう、ラムゼイ・ルイスだった。当然のことながら『イン・ア・スペシャル・ウェイ』のサウンドスケープは、ホワイトが絡んだルイスの諸作におけるそれと相似する。ただおなじアコースティック・ピアノを主軸に据えた演奏であっても、ルイスがヴィルトゥオーソと呼びたくなるような格別な技巧や能力を発揮するのに対し、繰り返しになるが、ハリスは決して弾きまくったりはせず、間を活かしたコンセプト、軽快なタッチ、そして控えめなエクスプレッションで、ジャズ・ファンクにスムースに溶け込むのである。そこがいい。

 

 レコーディングは、ジーン・ハリス(key)、シャーロット・ポライト(key)、ジェリー・ピーターズ(key. vo)、リー・リトナー(g)、アル・マッケイ(g)、ジョン・ローウィン(g)、チャック・レイニー(b)、ヴァーディン・ホワイト(b)、ジェームス・ギャドソン(ds)、ハーヴィー・メイソン(ds, perc)、マユト・コレア(perc)、エイゾー・ローレンス(ts)、シドニー・マルドロウ(hrn)、マーニー・ロビンソン(hrn)、ジョージ・ボハノン(tb)、エド・グリーン(vln)、フィリップ・ベイリー(vo, perc)、メリー・クレイトン(vo)、エスター・ジェシカ(vo)、D. J. ロジャース(vo)、シギディ(vo)、ステファニー・スプライル(vo)、デニース・ウィリアムス(vo)らによって、1976年3月29日、4月1日、2日、7日、L. A.のトータル・エクスペリエンス・スタジオにて行われた。

 

 アルバムはソウル系ソングライター、スキップ・スカボロウのオリジナル「テーマ・フォー・レラナ」からスタート。ゆったりとしたスピリチュアルなイントロから軽快なシャッフル・ビートへの移行が鮮やか。ホルンを入れたアレンジも爽快だが、なんといってもハリスの歯切れのいいピアノが与える清涼感が随一。以降ピーターズのオリジナル(共作を含む)がつづく。ストレートなジャズ・ファンク「リバップ」では、ハリスによるダイナミックかつスムースなピアノ・プレイが煌びやかに展開される。ソウルフルでありながら上品なところが彼らしい。ボハノンのトロンボーンも小気味いい。ロジャース、ピーターズ、クレイトンによるヴォーカルが効果的な「ズールー」では、リズム・アンド・ブルースのリズムとビートが弾けるなか、ハリスのピアノが縦横無尽にファンキーなフレーズを綴る。その疾走感に胸がすく。

 

 A面ラストの「オールウェイズ・イン・マイ・マインド」は、ピーターズとシギディのヴォーカルがフィーチュアされたメロウ・ファンク。躍動感あるリズムと心地いいコード進行のなか、ハリスのピアノが淀みなくファンキーな楽句を紡ぎ出していく。ここまではどちらかというとジャズ・ファンク路線だが、B面ではクールでスタイリッシュなフュージョン・サウンドが繰り広げられる。コール・ポーターの「ラヴ・フォー・セール」では、スプライルとウィリアムスのヴォーカル、ストリングスが効果的なフィリー・ソウル風のサウンドが心地いい。ピーターズのキャッチーなアレンジ、ハリスのアンダーステイティドなプレイが、有名なジャズ・スタンダーズを見事に華麗なフュージョン・ナンバーに仕立てている。だれがなんと云おうと、ぼくはこのアレンジが好きだ。

 

 ポライト、ローウィンらの共作「イッツ・ユア・ラヴ」では、流麗なストリングス、甘く都会的なメロディック・ライン、そして躍動みなぎるリズムと、いかにもフィリー・ソウル風のサウンドが展開される。前曲とあわせて、爽やかさと軽やかさが継続される。ハリスのピアノも程よく弾ける。つづくN. ブラウンの「ソフト・サイクルズ」では、少し雰囲気が変わりリトナーのギターとピアノとが、アコースティックでリリカルな世界を描く。逆にポライトの「ファイヴ/フォー」は、エレクトロニックでスペーシーなサウンドのなかを、ピアノがエレガントに泳いでいくといった感じだ。アルバムのラストを飾るジョン・コルトレーンの「ナイーマ」では、寛いだアフロビートに乗って、テナー、ピアノ、ギターらがソロを繋いでいく。ソウルフルなフィーリングとメロウネスとが交錯する、クセになるナンバー。アルバム自体もそれと同様に、ひとたび聴いたらハリスの沼にハマる──そんな趣きがある。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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