クリエイティヴかつアートオリエンテッドなサウンドを志向するボブ・ジェームスだからこそものすることができた、上質のスムース・ジャズ作品『ジョイ・ライド』
Album : Bob James / Joy Ride (1999)
Today’s Tune : Trade Winds
アヴァンギャルドでエッジの効いたプレイを披露していた時代
ボブ・ジェームスはデイヴ・グルーシンとともに、ぼくのもっとも敬愛する音楽家である。一般的にもコンテンポラリー・ジャズの大御所という意味合いで、ふたりはよく比較される。1970年代後半から1980年代にかけてのフュージョン全盛期には、よく東のジェームス、西のグルーシンという云われたかたをしたもの。確かにこのふたりには、そのキャリアにおいて共通する点がたくさんあるのだけれど、各々の音楽性には微妙な違いがあるように、ぼくには感じられる。グルーシンはどちらかというと、音楽ツールの進化と多様化の影響を受けながらも、いつの時代も自身のスタイルを貫いていたように思う。ところがジェームスのほうは、テクノロジーの進歩、社会情勢、聴取環境の変化にともない、積極的にサウンドの装いを変えてきた。
ジェームスはグルーシンと同様に、もともとはジャズ・ピアニストとしてキャリアをスタートさせたアーティストだ。ただグルーシンがモダン・ジャズの王道を行くようなピアニストだったのに対して、ジェームスはデビュー当時からアヴァンギャルドでエッジの効いたプレイを披露していた。むろんグルーシンもクリエイティヴィティを優先する音楽家だけれど、飽くまでナチュラルなサウンドを創出する。ソフィスティケーテッドな響きのなかにも、ある種ハリウッドの伝統を汲んだ音遣いが散見されるのだ。それに対してジェームスは、クリエイティヴであると同時に、常にアートオリエンテッドなサウンドを追求するひとという印象を与える。チャレンジ精神が旺盛というか、決してひとところに留まらず常に前進しつづけるミュージシャンだ。
1962年、まだ大学生だったジェームスは自己のピアノ・トリオで、ノートルダム・ジャズ・フェスティヴァルに出演し優勝を果たす。そのことが、あのクインシー・ジョーンズの目にとまり、マーキュリー・レコードにおいて、ロン・ブルックス(b)、ボブ・ポーザー(ds)とともにレコーディングを行うことになった。その音源をまとめたものが、ジェームスの記念すべき初リーダー作『ボールド・コンセプションズ』(1963年)である。そのタッチはレニー・トリスターノやデニー・ザイトリンを彷彿させる力強く硬質なもので、そのスタイルはプログレッシヴなイメージを与える。しかもこのアルバム、タイトルどおり大胆な着想が斬新な音世界として具現化されているのだ。それはひとことで云うと、現代音楽のエッセンスが導入されたジャズということになる。

どういうことかというと、たとえばジェームスはこのアルバムで通常のアコースティック・ピアノも弾いているのだけれど、ときとしてプリペアード・ピアノの手法を即興演奏に採り入れている。むろん、それだけではない。自身のオリジナル曲ではメンバーが三位一体となって、いわばライヴ・コンクレートのようなパフォーマンスを繰り広げている。特に使用されているパーカッション類が、実にユニーク。たとえば、テンプルブロック、ヒョウタン、ガラスや竹で出来たウィンドチャイム、さらに磁気テープまでもち込んでいる。ドラマーのポーザーに至っては、ドラム缶をマレット、ワイヤー・ブラシ、おはじき、ゴルフボールなどで叩いたり、鉄パイプをハンマーで打ったりしている。さらに彼は、スライドホイッスルやトーネットも拭いたりしているのだ。
具体的には「トリロジー」と「クエスト」という曲なのだが、アルバム中もっとも独創的な実験的技法が全面に出された楽曲となっている。どちらもシンプルなテーマが演奏されたあと、フリー・フォームの即興演奏が大胆に展開されて、ふたたびテーマに戻るという構成が組まれている。興味深いのは、この2曲のテーマのメロディック・ラインが、いかにもボブ・ジェームスらしいということ。そのパートだけをピックアップすると、それがのちのコンテンポラリー・ジャズ作品の楽曲を彷彿させることに、容易に気がつくのである。このことからも、時代によってスタイルこそ違えども、ジェームスのクリエイティヴィティとパーソナリティは一貫していることがわかる。彼はしっかり時流をつかんでいながらも、その音楽性において決して宗旨替えをするようなことはないのだ。
ジェームスの音楽活動は60余年にわたるわけだが、彼の音楽性を語るときこの時代の作品を決して見過ごしてはいけないと、ぼくは思う。彼は『ボールド・コンセプションズ』で実演した斬新で個性的なサウンドを、逡巡することなくさらに進化させる。ジェームスは驚くなかれ、オーネット・コールマン、ファラオ・サンダース、サン・ラらのアルバムで知られる、フリー・ジャズ、アンダーグラウンド・ロックの専門レーベル、ESPディスク・レコードからリーダー作をリリースしている。彼にとってセカンド・アルバムに当たる『エクスプロージョンズ』(1965年)は、ピアノ・トリオに音響および録音技術を使った電子音楽が導入された、いわば抽象芸術的な作品だ。前作に比べると、ジャズやブルースを象徴する4ビートによる躍動感は、ほんの一部でしか観ることはできない。
そういう意味ではこのアルバム、グルーヴを楽しむようなレコードではない。アブストラクトなパフォーマンスに、加工された環境音や電子音がミックスされた実験的な作品だ。サイドにはレギュラー・ドラマーのボブ・ポーザーに加え、エリック・ドルフィー、アーチー・シェップ、アッティラ・ゾラーといったフリー・ジャズ系のミュージシャンとの共演、自らのソロ・ベースによる即興演奏、デイヴ・ホランドとのコントラバス・デュオなどで知られるベーシスト、バール・フィリップスが参加している。いまのジェームスからは、ちょっと想像できない人選である。さらにジェームスは電子音楽の手法を採り入れるにあたり、前衛芸術の作曲家、ロバート・アシュリー&ゴードン・ムンマのコンビの協力を得ている。ということで本作は、より現代音楽、ことにミュージック・コンクレートに接近したような印象を与える。
なおジェームス自身がそのキャリアを振り返った映像作品で、ワーナー・ブラザース・レコードがリリースしたレーザーディスク『フォー・ザ・レコード』(1991年)において、ほんの一部だが当時のボブ・ジェームス・トリオのパフォーマンスを視覚的に楽しむことができる。1962年のモノクローム・フィルムだが「ジ・インターナル・トライアングル」「ジ・アイランド」といった、アルバム未収録のジェームスのオリジナル・ナンバーを聴くことができる、貴重な映像コンテンツである。このときのトリオは、ボブ・ジェームス(p)、ロン・ブルックス(b)、ボブ・ポーザー(ds)といった『ボールド・コンセプションズ』の顔ぶれだが、3人がいかにライヴ・コンクレートを行っているかが、この映像によって明らかになっている。
そしてさらに近年、1965年5月10日録音の『エクスプロージョンズ』のセッションの前後に行われたふたつのレコーディングが、レゾナンス・レコードによって掘り起こされた。レゾナンスは、主にジャズの歴史的な未発表音源を発掘しリリースする日本でも人気のレーベル。ビル・エヴァンス、ウェス・モンゴメリー、サラ・ヴォーンといった、ジャズ・ジャイアンツの貴重なスタジオ録音やライヴ音源を見つけ出し、高音質でリリースしたことは記憶に新しい。1965年の1月20日と9月9日に行われたレコーディングは、1枚のアルバム『ワンス・アポン・ア・タイム:ザ・ロスト 1965 ニューヨーク・スタジオ・セッションズ』(2020年)として発表された。音源はレゾナンス・レコードの創始者、ジョージ・クラビンが保管していたものだ。
ジャズを基調としたアーバンでポップなインストゥルメンタル作品を発表
アルバムは2部構成となっており、各々は異なるメンバーのピアノ・トリオによる異なるスタイルのパフォーマンスとなっている。アルバム前半の1965年1月20日のセッションは、ボブ・ジェームス(p)、ラリー・ロックウェル(b)、ボブ・ポーザー(ds)といったメンバーで行われたものだが、ストレート・アヘッドなプレイとアヴァンギャルドなアプローチが交錯する。例によってジェームスのプリペアード・ピアノを含む、ライヴ・コンクレートが展開される。面白いのは、本作のプロデュースを手がけたクラビンが、レコーディングが行われた当時、ESPディスク・レコードの設立者であるバーナード・ストルマンにこの演奏を聴かせたということ。つまりストルマンは、ここでのセッションに感銘を受けて『エクスプロージョンズ』の制作を決行したのである。
いっぽうアルバム後半の1965年9月9日のセッションは、ボブ・ジェームス(p)、ビル・ウッド(b)、オマー・クレイ(ds)といったトリオで行われた。こちらのトリオはメインストリームなプレイに終始するが、これはクラビンの提案を受けてのことだという。ソニー・ロリンズの「エアジン」で見せる力強く粒立ちのいい高速パッセージや、ヴィクター・ハーバートの「インディアン・サマー」での美しいハーモニーとリリカルなフレージングを目の当たりにすると、あらためてジェームスが優れたジャズ・ピアニストであると、ぼくは確信する。いずれにしても、このアルバムのフレッシュな魅力は、その後のジェームスによるコンテンポラリー・ジャズ作品を愛好するものにも、なにがしかの刺激を与えることは間違いない。未聴なら、ぜひ聴いていただきたい。
ついでにつけ加えておくと、マルチ・リード奏者のエリック・ドルフィーのリーダー作のなかに、ブルーノート・レコードが彼の没後に発売した未発表音源集『アザー・アスペクツ』(1987年)というアルバムがあるのだが、冒頭に収録されている「ジム・クロウ」という曲は1964年3月にミシガン大学で録音された音源である。ところでこの演奏でドルフィーのバックを務めているのが、実はボブ・ジェームス(p)、ロン・ブルックス(b)、ボブ・ポーザー(ds)といったトリオで、さらにフィーチュア・ヴォーカリストとしてカウンターテナーのデヴィッド・シュワルツが参加している。フリー・ジャズとクラシックとが融合したこのアヴァンギャルドな曲、レコードが発売された当初は不明だったが、のちにジェームスのオリジナル「ア・パーソナル・ステートメント」ということが判明した。

ということで、いまもジャズ/フュージョンあるいはスムース・ジャズ・シーンをリードするアーティストのひとりとして活躍するジェームスの原点について、長々とお伝えしてきた。そこで思うのだが、のちに高い人気を博すことになるジェームスのコンテンポラリー・ジャズ作品の数々が、常にクリエイティヴかつアートオリエンテッドなサウンドをもつのは、そこに既存の枠にとらわれない斬新な試み、前衛的で抽象的な美学、あるいは流行の最先端を超越するようなスタイルの具現化といった、彼の初期の音楽経験が活かされているからだろう。ボブ・ジェームスという音楽家は、その出発点からフレッシュな独創性を発揮していたのである。そういう意味で、さきに挙げた3枚のアルバムは、現在も止まることを知らない音楽家の貴重な記録と云える。
その後ジェームスは、1970年代の中ごろまでクインシー・ジョーンズのもとでアレンジャー、キーボーディストとして働いたが、ジョーンズのリーダー作『ウォーキング・イン・スペース』(1969年)のセッションに参加した際に、アルバムのプロデューサーを務めたクリード・テイラーに注目された。それを機にジェームスはテイラーが創設したCTIレコードのハウス・アレンジャーとなり、テイラーの目指すジャズのポピュラリゼーションにおいて一翼を担った。特にマテリアルとしてクラシックの楽曲や、同時代のソウル・ミュージックを積極的に採り上げ、オーケストラルなサウンドのインストゥルメンタルに改変するという作業においては、ジェームスのアレンジのセンスのよさが際立った。その点、彼はクロスオーヴァー・サウンドの先陣を切った音楽家のひとりとも云える。
ジェームスはCTIにおいて数多くのアーティストの作品に参加したが、なかでもエリック・ゲイル(g)、ガボール・ザボ(g)、ヒューバート・ロウズ(fl)、グローヴァー・ワシントン・ジュニア(ss, as, ts)、ハンク・クロフォード(as)などのリーダー作は、彼のブリリアントでゴージャスなオーケストレーションの恩恵にあずかったと云える。ただジェームスは、1973年からCTIに籍を置いたまま、すでにコロムビア・レコードにおいてプロデューサーとして働いていた。彼は1977年、CTIにおける最後のリーダー作『BJ4』(1977年)をリリースすると、ときを移さずコロムビア傘下でタッパン・ジー・レコードを設立。そしてタッパン・ジー時代のジェームスは、“ミスター・ニューヨーク”という異名をとることになる。
ジェームスのタッパン・ジーにおける最初のリーダー作『ヘッズ』(1977年)は、CTI時代の作品とはまったく趣きの異なる作風に仕上がっている。サウンドの質感ひとつとってみても、レコーディング・エンジニアがジャズの分野を中心に活躍したルディー・ヴァン・ゲルダーからフィル・ラモーンの薫陶を受けたジョー・ジョーゲンセンへバトンタッチされたことから、まるで違う印象を与える。なお『ヘッズ』はビルボード誌のジャズ・アルバム・チャートで堂々の第1位を獲得したが、それを機にジェームスはあたかも水を得た魚のごとく、次々にジャズを基調としながらもアーバンでポップなインストゥルメンタル作品を発表していく。しかもアルバムごとに異なるコンセプトが採用されていて、当時のぼくはいつも、彼の新作がリリースされるのを楽しみにしていたものである。
タッパン・ジーにおけるジェームスのリーダー作では、自己のレーベルからのリリースということもあり、どれも最新のアイディアとアプローチが遺憾なく縦横無尽に発揮されている。彼がプロデューサーとしてスゴいのは、コマーシャルな方向性をもった楽曲でも、ただビジネスライクに処理するのではなく、常にアートオリエンテッドな音楽に仕上げてしまうところ。そういうマナーは、若き日のジェームスが得た現代音楽的要素をともなったアヴァンギャルドな着想と、あながち無関係とは云いきれないように思われる。もっとも制約を受けることのなく制作されたであろうタッパン・ジー作品は、どれもいまもって色褪せて見えることはないし、むしろあらためて知的な面白さを感じさせる。そういう意味でもこのころは、BJサウンドの黄金時代と云えるのではなかろうか。
そんななか、ジェームスが従来のスタイルから大きく飛躍した作品といえば、一般的にあまり評価は高くないが『サイン・オブ・ザ・タイムス』(1981年)というアルバムだろう。ジェームスはこのレコーディングの半分のトラックにおいて、イングランド出身のキーボーディスト、ロッド・テンパートンをフィーチュアしている。テンパートンは多国籍ファンク・バンドのヒートウェイヴのメンバーだが、当時クインシー・ジョーンズのお抱えソングライターとして注目を集めていた。ジェームスはテンパートンに、全6曲中3曲においてソングライティングとアレンジ(リズム・トラック、シンセサイザー、ヴォーカル、一部のブラス)のイニシアティヴを譲っている。すなわち、ここでのジェームスは、テンパートンのプロジェクトのなかでプレイしているのである。
コンテンポラリー・ジャズというコトバでは収まり切らない音楽性
結果的にそこに出来した音景は、それまでのBJサウンドには観られなかったポップでライトなファンク感に富んだものとなった。こういう取り組みは、ジェームスがタッパン・ジー・レコードを閉鎖し、1985年にワーナー・ブラザース・レコードに移籍したあとに制作した作品にも散見される。ワーナー・ブラザースにおける最初のソロ名義のアルバム『オブセッション』(1986年)では、コンポーザーでシンセサイザー・プログラマーのマイケル・コリーナと、レコーディング・エンジニアのレイ・バルダニにプロデュース業務のほとんどが委託されている。シンセサイザーが駆使されたオーケストレーションが、アブストラクトかつポップなサウンドを生み出したが、コンテンポラリー・ジャズに収まり切らない独創的なインストゥルメンタル・ミュージックとして、いまも新鮮に響く。
さらに『モーニング・ヌーン&ナイト』(2002年)においてジェームスは、スクラッチやビート・ジャグリングのテクニックに定評のあるターンテーブリスト、ロブ・スウィフトを起用し、ヒップホップ・サウンドを背景に自らのピアノ・インプロヴィゼーションとDJプレイとを交錯させてみせた。またこのセッションでは、CTI時代のジェームスのリーダー作『はげ山の一夜』(1974年)に収録されている「フィール・ライク・メイキング・ラヴ」がサンプリングされているのだが、ファンの知的好奇心を刺激するような趣向である。そしてジェームスのヒップホップ・ミュージックへの関心は尽きることなく、近年も彼はアルバム『ジャズ・ハンズ』(2023年)の収録曲「モップヘッド」において、ブレイクビーツをベースに古典的な和声を絡ませながら、エレクトリック・ピアノでブルージーなソロを披露した。
またこのアルバムには、トランス・フォーマー・スクラッチを生み出したことで知られるターンテーブリスト、DJ・ジャジー・ジェフが大胆にフィーチュアされたトラックもある。UKブロークン・ビートの立役者、カイディ・テイタムによる弾力感に富んだシンセ・ベースも印象的だ。このコンビがSNSや口コミを通じてヒットした星野源の「喜劇」をリミックスしたことは、記憶に新しい。リミックス・ヴァージョンが配信されたのは、2022年の初夏のことだ。ところでジェームスは、ふたりが作り出すループとサウンドにフェンダー・ローズで応戦。気持ちよさげに、ファンキーなフレーズを繰り出している。具体的には「ザット・バップ」という曲だが、ダンスフロアを席巻するようなグルーヴ感に満ちたナンバーに仕上がっている。

加えてぼくが近年、もっとも驚かされたジェームスのアルバムというと、前作に当たる『2080』(2022年)である。ジェームスと自分の孫くらい若い、DJでエレクトロニック・アーティスト、サム・フランツとによるコラボレーション作品だ。このアルバムは、これまでのジェームスのどの作品とも違う音風景を呈していた。彼のミュージカリティとヒップホップ、エレクトロニカ、サンプリング・テクニックとが見事に融合し、きわめてモダンでシネマティックなムードが醸し出されている。それは、エキサイティングでありながらロマンティックで、ときにはアヴァンギャルドな一面すらのぞかせる。ジャズ/フュージョンという言語に依存することなく、自由自在にイノヴェイティヴな音楽を創造してしまうところが、いかにもジェームスらしい。
以上、長々とジェームスのコンテンポラリー・ジャズというコトバでは収まり切らない音楽性についてお伝えしてきたが、そんな彼の音楽作品も1990年代から、おしなべて当時ジャンル名として確立されたスムース・ジャズにカテゴライズされるようになっていた。実際はそのサウンドが、決してイージー・リスニング、ミドル・オブ・ザ・ロードの現在進行形ではないというのは、云うまでもないことである。ではジェームスのリーダー作のなかにスムース・ジャズと呼ぶに相応しい作品が皆無かというと、実は意図的にスムース・ジャズのフォーマットで制作された、聴き心地のよさに特化したアルバムが1枚ある。それはワーナー・ブラザース・レコードからリリースされた『ジョイ・ライド』(1999年)というアルバムだ。では最後に、この作品についてお伝えしよう。
このアルバムの興味深い点は、なんといってもプロデューサーとしても卓越した才能をもつジェームスが、全編プロデュースにおいて他者に下駄を預けているということ。それでもジェームスによるピアノとフェンダー・ローズが確たる存在感を放っているのだから、あらためて彼がオンリーワンの音楽家であると感じられるし、敢えてセルフプロデュースというスタイルを選択しなかったということも、スムース・ジャズという分野への積極的な挑戦と受けとられる。その内訳といえば、まずのちにフォープレイのメンバーとしてジェームスの僚友となるギタリスト、チャック・ローブがプロデュースした2曲。アーバン・ナイトを演出するような①「テイク・ミー・ゼア」では、ピアノにキム・ウォーターズのカーヴド・ソプラノが美しく絡む。
かたや④「スウィングセット」では、ゆったりシャッフルするリズムに乗ってピアノ、そしてローブのギターがメロウなソロを展開する。人気サクソフォニスト、ボニー・ジェームスを世に送り出した、名プロデューサー兼ギタリスト、ポール・ブラウンが手がけたのは3曲。②「レイズ・ザ・ルーフ」では、ピアノによるシンコペーションを効かせたグルーヴが心地いい。ボニーのテナーもフィーチュアされる。③「イッツ・オールライト」では、ノーマン・ブラウンによるギターとピアノとが共鳴するチルアウト・サウンドにリラックスさせられる。⑥「ホワッツ・アップ」では、スムース・ジャズの申し子のようなキーボーディスト、ブライアン・カルバートソンによるサウンド・メイキングが洒脱。ローズのソロが軽妙だ。
ジェームスのバンド・メンバーだったサクソフォニスト兼フルーティスト、デイヴ・マクマレイが手がけたのは2曲。⑧「ファースト・タイム」では、ソウル、ファンク、そしてヒップホップのエッセンスがミックスされて、ポップでややノスタルジックな空気が醸し出されている。⑩「スウィート・トーク・ミー・ナウ」では、スローテンポで、アトランタを拠点に活動する女性ラッパー、ラシーダのソウルフルなヴォーカルがフィーチュアされる。ドラマーのハーヴィー・メイソンの息子、ハーヴィー・メイソン・ジュニアがプロデュースした⑦「フライ・バイ」では、フォープレイのメンバーが中心となってダイナミックなプレイを展開。アルバム中もっとも気宇壮大なナンバーだ。マーセル・イーストのプロデュース作⑨「ストローリン」では、クリス・ボッティのミュート・トランペットがクール。兄のネイザンもベースで参加している。
残りの3曲では、前述したマイケル・コリーナがプロデューサーを務めている。唯一ジェームスが作曲した⑤「ジョイ・ライド」では、当然のことながらもっともジェームスらしい爽やかで軽快なピアノを聴くことができる。盟友のリー・リトナーも精悍なギター・プレイを披露している。⑪「トレイド・ウインズ」では、オリエンタルなメロディック・ラインとブラジリアン・グルーヴが見事に融合。ピアノ、そしてジョナサン・バトラーによるギター&スキャットが空間的な爽快感を生んでいる。⑫「ビッソ・ババ」では、リチャード・ボナのベースとヴォーカルが圧倒的で、西アフリカ特有の弾力感と躍動感とが交錯するリズムがなんとも魅力的だ。ということで本作は、ジェームスのアルバムでは、もっとも肩の力を抜いて聴くべきもの。しかしそれはさきに述べたように、クリエイティヴかつアートオリエンテッドなサウンドを志向するジェームスだからこそものすることができた、上質のスムース・ジャズ作品なのである。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。







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