Michel Legrand / Les Demoiselles De Rochefort – La Version Orchestrale (1967年)

シネマ・フィルム
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ミシェル・ルグランのめくるめくオーケストレーションが際立つフレンチ・ミュージカルの楽曲を本人が新たに録音した『ロシュフォールの恋人たち オーケストラ・ヴァージョン』

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Michel Legrand / Les Demoiselles De Rochefort – La Version Orchestrale (1967)

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ドゥミとルグランとのコラボレーションによる新鮮なエクスプレッション

 

 ぼくは元来ミュージカルというと、その非現実的な表現方法から、どちらかというと及び腰になってしまうほうなのだが、フランスの映画監督、ジャック・ドゥミが手がけた『シェルブールの雨傘』(1964年)と『ロシュフォールの恋人たち』(1967年)は、好きな映画だ。特に前者は全編歌唱のみの通常のセリフが一切ないミュージカルで、当時の映画作品としては、画期的な形式だったと思われる。小学校高学年のころ名画座で観たとき、いままでに体験したことのない世界に触れて、すこぶる感銘を受けた。どちらもストーリーラインは大したことないのだけれど、とにかく作品がもつ軽妙洒脱な感覚に共感を覚えた。フランスのひとはなんて洒落っ気があるのだろうと、年端もいかないぼくでも、憧憬の念をさえ抱いたほどだ。

 

 そういえばドゥミ監督は、長編デビュー作『ローラ』(1961年)においても、ちょっとしたミュージカル・シーンを挿入していた。それはぼくの大好きな女優、アヌーク・エーメ演じるローラが酒場で歌って踊る場面。実際はシャンソン歌手のジャクリーヌ・ダノが吹き替えで歌っているのだけれど、エーメのコケティッシュな魅力も然ることながら、ラウンジ感覚溢れるルンバ風の曲「ローラの歌」がとても印象的だ。これには面白い裏話があって、このシーンでは、撮影時に曲が完成していなかったため、監督の奥さまであるアニエス・ヴァルダが即興で作詞し、エーメはその歌詞を口にしながら踊ったのだという。当初、音楽を担当するはずだったクインシー・ジョーンズが、1曲も書かずに急用でアメリカに帰国してしまったからだ。

 

 結局、ジョーンズのピンチヒッターとなった作曲家は、映像を見ながらエーメの唇にピッタリ合わせながら作曲、およそ2分ほどのシークエンスのレコーディングにまる一日かかったという。そんな離れ技をやってのけたのは、フランスが生んだ天才作曲家、ジャズ・ピアニスト、ミシェル・ルグランである。他愛のない日常やすれ違う恋を、“ヌーヴェルヴァーグの真珠”とまで云われたモノクロームの美しい映像と、反時代的な形式でもあるミュージカル・スタイルの導入とで、詩情豊かにおとぎ話のように描き出したドゥミ監督のセンスも素晴らしいが、超絶テクニックをもってして、しかもスウィートな音楽で映像に彩りを添えたルグランの世に稀な優れた才能に敬服させられる。やはりこのひと、天才と呼びたくなる。

エッフェル塔が見えるパリの風景(イラスト)

 この『ローラ』をぼくがはじめて観たのはずっとあとのことで、社会人になってからなのだけれど、まず驚かされたのは、この映画の物語が結果として『シェルブールの雨傘』の前日譚になっているという点。ローラの幼なじみで、彼女のことを初恋のひとと確信し求婚するものの、結局ふられてしまう青年、実は『シェルブールの雨傘』でカトリーヌ・ドヌーヴ演じるヒロイン、ジュヌヴィエーヴの結婚相手となる宝石商人、ローラン・カサールと同一人物なのである。しかもどちらの作品においても、カサールはマルク・ミシェルという俳優によって演じられている。確かに『ローラ』に登場する青年は、やや若々しくまだ口髭も生やしてはいないけれど、スラリとした長身といい端正なルックスといい、まさに『シェルブールの雨傘』のカサールそのひとである。

 

 さらに驚かされるのは、ルグランが『ローラ』のテーマ曲として作曲した「夢見るローラン・カサール」は、実は『シェルブールの雨傘』のなかの「カサールの求婚」と同一曲だったこと。翻案がお得意なニューヨーク出身の作詞家、ノーマン・ギンベルによって英語の歌詞がつけられ「ウォッチ・ホワット・ハプンズ」として広く知られるようになった、エレガントでブリージーなあの曲である。あとで知ったのだが『ローラ』のサウンドトラック盤は、映画が公開された1961年にフランスのシンフォニアというレーベルから、7インチレコードだがちゃんと発売されていた。前述の「ローラの歌」をはじめ「ミシェルと島々(チャチャ・ボレロ)」「ローラとエルドラド(自動ピアノ)」といった曲とともに「夢見るローラン・カサール」が収録されている。

 

 この『ローラ』のEP盤はなかなか入手が困難なのだが、2013年にユニバーサル ミュージックから発売された11枚組CDボックス・セット『ジャック・ドゥミ=ミシェル・ルグラン / リンテグラル ─ ザ・コンプリート・エディション』において、未商品化タイトルも含めてそのアンダースコアの全容が明らかにされた。もし「ローラの歌」「夢見るローラン・カサール」だけ聴ければいいというのなら、日本でも国内盤が発売された『ミシェル・ルグラン=ジャック・ドゥミ作品集』(2008年)がお薦め。企画倒れとなった『アヌーシュカ』をはじめ『ローラ』『天使の入江』(1962年)『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』『ロバと王女』(1970年)『モン・パリ』(1973年)『ベルサイユのばら』(1978年)『パーキング』(1985年)『想い出のマルセイユ』(1988年)といった作品の代表曲を聴くことができる。

 

 いずれにしても、ドゥミの色彩豊かな映像美とルグランの華麗でジャジーな美しい旋律とが重なることによって、フランス映画史に残る数々の名シーンが生み出されたことは確か。日常のささやかなセリフまで音楽にしてしまうという、ふたりのコラボレーションによるフレッシュなエクスプレッションは、後続の映画作品にも大きな影響を与えた。そして、その映像と音楽とが完全に融合した独特の美しさを孕んだ世界観は、ミュージカルがいささか苦手だったぼくをさえも夢中にさせたのである。幸いなことに『シェルブールの雨傘』は、日本でも2枚組のLPレコードが発売されていた。かたや『ロシュフォールの恋人たち』のほうは国内盤が見つからず、中古レコード店でようやく2枚組のフランス盤を手に入れた。それだけ、ルグランの音楽はぼくを魅了したのだった。

 

 前述のように少年時代に名画座通いをしていたぼくは、おなじころクラシック・ピアノの個人レッスンを受けながらポピュラー・ピアノも弾くようになった。むろん映画からの影響である。そして当時ぼくが影響を受けたフランス出身の映画音楽の作曲家といえば、ジョルジュ・ドルリューフランシス・レイ、そしてミシェル・ルグランだった。ドルリューやレイの音楽にはじめて触れたときも、いたく感動させられたけれど、ルグラン・サウンドとの出会いには、それをはるかに凌駕するインパクトがあった。さきにも述べたが『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』といったドゥミ作品は、ミュージカルというある意味で非常に現実離れした、情緒的で甘美な世界。それを違和感なく上手くもち上げているのは、ルグランの華麗なサウンドである。

 

 実はぼくは、かねてからルグランのことを天才的な山師と思っている。いささか云いかたはわるくなったが、彼の技巧が凝らされた豪華絢爛な音楽表現を目の当たりにすると、ついそんなイメージをもってしまうのだ。まだ小学生だったとはいえ、ピアノを弾くだけでは飽き足らず作曲や編曲にも興味をもちはじめていたぼくは、ルグランの書くスコアにすこぶる好奇心がそそられたもの。しかしながら実際には、ルグランのアレンジを真似しても絶対に上手くいかない。プロの音楽家においても、彼のマナーを模倣して失敗している例をしばしば見かける。ルグランはもっとも合理的かつ効果的にオケを鳴らす方法を知り尽くしていて、さらにそこから飛躍する。平たく云うと、ルグランという音楽家は実に要領よくハッタリを利かせるのである。

 

不世出の天才音楽家のバックグラウンド、マスターピースについて

 

 ルグラン・サウンドが、通常のオーケストレーションとひと味もふた味も違うのは、音楽上のアイディアに大きなブレークスルーが生み出されているというところ。パリ国立高等音楽院でピアノ演奏とともに和声学をしっかり学び、同校を首席で卒業したルグランだけに、楽器の組み合わせかたや演奏のさせかたに精通しているのは当然のこと。彼は一般的な音楽理論はもちろんのこと、汲めども尽きぬ知恵の泉をもってして、すべての楽器が渾然一体となった世界を創り上げる。惜しげもなく大きく展開されるルグラン・サウンドは、けっこう派手に聴こえるのだが、決して乱脈を極めることもなく心地よく響くから不思議だ。そんな劇的効果を出せるのは、世界広しといえども彼だけではなかろうか。ドルリューやレイの音楽も好きだけれど、彼らのサウンドに大胆な概念はない。

 

 またルグランの特徴として、ソングライティングにおいてモティーフ・ディベロップメントが多用されることが挙げられる。おそらくルグラン自身にとってはお茶の子さいさいな技法、というかもはや無意識にやっていることなのかもしれない。彼がピアノに向かい左手でコードをラフに進行させながら、右手でつぎつぎにメロディを展開させていく光景が目に浮かぶようだ。それもなんとなく鼻歌まじりにやっていそう。と、これは飽くまで音を聴いたときのぼくの妄想で、実際はちゃんと作曲しているのだろう。いずれにしても、ルグランの十八番とも云える、ひとつのモティーフを展開させるようなパターンには、楽曲を一聴したリスナーのハートに強く刻みつける作用がある。そんな点からも彼のことを、モーリス・ラヴェルではないが、音の魔術師と云いたくなる。

 

 さらにドルリューやレイにはないルグランの強みは、ジャズを素材として扱うのではなく本格的に演奏することができるということ。26歳のルグランは新婚旅行を兼ねてアメリカを訪れた際、マイルス・デイヴィス(tp)、ジョン・コルトレーン(ts)、ビル・エヴァンス(p)ほか、ニューヨークの敏腕ジャズメンたちとともに、名作『ルグラン・ジャズ』(1958年)を吹き込んでいる。ルグランはアレンジと指揮に徹しているが、彼らしくハープなども入れたりしてユニークなモダン・ジャズを披露した。曲目がジャズ・プレイヤーが好みそうな渋めのセレクションで、実に興味深い。その20年後の吹き込み『ジャズ・ルグラン』(1979年)では、全曲彼のオリジナルでまとめられている、ルグランならではのビッグバンド・サウンドが冴えわたる好盤だ。

凱旋門が見えるパリの風景(イラスト)

 ちなみに、ルグランはジャズ・ピアニストとしても何枚かアルバムを残している。1990年代には日本のレーベル、アルファ・ジャズからピアノ・トリオ作品をリリースして好評を得た。もっとも有名なのは、名門ヴァーヴ・レコードからの1枚『シェリーズ・マン・ホールのミシェル・ルグラン』(1968年)だろう。ピアノ・トリオでの吹き込みだが、レイ・ブラウン(b)、シェリー・マン(ds)といったサイドメンの人気からか、日本では評価が高い。ただルグランのピアノは、ちょっとデリカシーに欠けるきらいがある。これでもかというほど指を動かしているのだけれど、オーケストラのアレンジのときとは違い混沌たる音の氾濫に、思わず耳を覆いたくなる。やはりルグランの才気煥発の極みといえば、アレンジメントなのである。

 

 ルグランはオーケストレーションの天才であり、しかもそのメソッドは異能異才と云える。ぼくはさきに彼のことを、ラヴェルの異名を拝借して音の魔術師と呼んだけれど、厳密には管弦楽の魔術師と云うほうが正解なのかもしれない。では、そんなルグランのマスターピースはなにかというと、ちょっと選ぶのが難しい。なぜなら、彼の手がけた音楽作品が、まあとにかく膨大な数に上るからだ。サウンドトラック以外の個人名義のアルバムだけでも相当ある。個人的なお薦めは、ベル・レコードからリリースされた『ブライアンズ・ソング』(1972年)と『トゥエンティ・ソングス・オブ・ザ・センチュリー』(1974年)、RCAレコードからリリースされた『パリの恋人たち』(1972年)と『ミシェル・ルグランの世界』(1976年)あたり。

 

 なかでもぼくが聴きこんだのは、2枚組の『トゥエンティ・ソングス・オブ・ザ・センチュリー』だ。収録曲はルグランの自作が「シェルブールの雨傘」のみで、残りの19曲は20世紀を代表する名曲のカヴァーとなっている。ルグランのアレンジのマナーを知るにはあつらえ向きの、エキサイティングなアルバムだ。たとえばヘンリー・マンシーニの「ムーン・リヴァー」やザ・ビートルズの「イエスタデイ」あるいはサイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」といった、すでにオリジナルの完成度が高い楽曲でも、まるでルグランの自作曲のように聴こえてしまう。ジョゼフ・コズマのシャンソン「枯葉」に至っては、あの有名な主題が見事に変奏され、まるで管弦楽のための音楽作品のような様相を呈しているのだから、まったく感服するばかりだ。

 

 そんな不世出の天才音楽家のバックグラウンドについて、いまさら不要かもしれないが簡単にメモしておく。ミシェル・ルグランは1932年2月24日、パリ20区メニルモンタンに生まれた。父親は指揮者で作曲家のレイモン・ルグラン、母親はアルメニア系で楽譜出版社を経営していたマルセル・デル・ミカエリアン。2歳年上の姉はのちにアカペラ・ヴォーカル・グループ、スウィングル・シンガーズのリード・ソプラノを務めることになるクリスチャンヌ・ルグラン。なお母親のマルセルは、シャンソンやフレンチ・ポップの黄金期を支えたバンドリーダー、ジャック・エリアンの姉に当たる。つまりルグランは、いわゆる音楽一家に育ったわけだ。幼少期からピアノを弾いていた彼は、11歳のときにパリ国立高等音楽院に入学し、ナディア・ブーランジェに師事した。

 

 ちなみにブーランジェは、印象主義音楽や原始主義音楽から影響を受けた作曲家であると同時に、20世紀のもっとも重要な作曲家や演奏家の数々を世に送り出したことで知られる音楽教育者でもある。たとえば、指揮者で作曲家のレナード・バーンスタイン、音楽プロデューサーでアレンジャーのクインシー・ジョーンズ、ジャズ・ピアニストのキース・ジャレット、ジャズ・トランペッターのドナルド・バード、アルゼンチン・タンゴの作曲家でバンドネオニストのアストル・ピアソラなどはみな、ブーランジェの門下生なのだ。そんな教え子たちのなかでもルグランは、12歳のときに上級ソルフェージュで、17歳のときには和声学で、それぞれ首席となった優秀な生徒。そして1952年、彼は20歳にして通常より4年も早く同音楽院を卒業しているのである。

 

 ところがそんな前途有為なルグランでも、クラシック音楽家としての職は得られず、1950年代は様々なシャンソン歌手のバックでアレンジと指揮を手がけた。そして1954年、映画界に通じていた父親のレイモンの紹介で、ルグランはアンリ・ヴェルヌイユ監督の映画『過去をもつ愛情』(1955年)のアンダースコアを担当する。映画にも出演しているポルトガル出身の女性シンガー、アマリア・ロドリゲスが歌唱した(カーコ・ヴェーリョ作曲、ダヴィッド・モーラン・フェレイラ作詞による)楽曲を、ルグランは流麗なオーケストラ・ヴァージョンにアレンジ。ポルトガル情緒を上手く醸し出した。映画のクレジットでは、音楽担当がリュシアン・ルグランとなっているが、実はこれはルグランが当時使っていたペンネームである。

 

ルグランの才気が遺憾なく発揮された、鑑賞用音楽として一級品の音盤

 

 またこれとおなじ年にルグランは、最初のオリジナル・アルバム、ミシェル・ルグラン・アンド・ヒズ・オーケストラ名義の『アイ・ラヴ・パリ』(1954年)を発表する。彼はこのときまだ22歳だったが、このデビュー作がスマッシュヒットとなり、国際的な音楽シーンに躍り出たのである。そのいっぽうでルグランはこのころ、俳優でシンガーのモーリス・シュヴァリエのレヴューにおいて舞台監督を2年ほど務めたのち、1956年にシュヴァリエ一座のアメリカ公演に同行。ルグランにとっては初の渡米になったわけだが、これを機に彼の名前はアメリカの音楽シーンにおいて周知されるようになっていく。後年、名盤の誉れ高い『ルグラン・ジャズ』が制作されたことは、すでに触れた。その後ルグランは、ジャズ・ピアニスト、ポップ・シンガーとしても活躍するが、一般的には映画音楽の作曲家として広く知られた。

 

 ルグランは2019年1月26日にパリ西部近郊ヌイイ=シュル=セーヌにおいて、86歳でこの世を去る前年まで映画音楽の仕事をつづけていた。具体的には、巨匠オーソン・ウェルズの未完の映画『風の向こうへ』(2018年)において、ウェルズの親友でもあったルグランは最後の力を振り絞ってスコアを書き上げた。サウンドトラック・アルバムもララ・ランド・レコードからリリースされたが、そのコンテンツは一聴でルグランの手がけたものとわかる。ただ、ダイナミックなオーケストラの演奏や、スタイリッシュなジャズ・プレイが展開されるなかにも、とき折アヴァンギャルドな面が窺われ、あらためてその感性の瑞々しさに驚かされた。20世紀後半のフランス映画音楽シーンをリードしつづけた音楽家の、まさに面目躍如たる仕事ぶりと云える。この傑出したフィルム・ミュージックが、ルグランの遺作となった。

 

 そんなルグランの音楽は、映像やストーリーラインがどうであろうと、いつも銀幕のなかで華となっている。ぼくには、そんなふうに思われるのだ。そういう特色がもっとも有益となった作品といえば、やはりドゥミ監督の『シェルブールの雨傘』と『ロシュフォールの恋人たち』ではなかろうか。この2作では、ある意味で音楽が主役だ。もしそこにルグランの音楽がなかったら、作品は無味乾燥で月並みなものとなっていたかもしれない。シノプシスだけを参照すると、かたや戦争という時代の流れに翻弄される若い男女の悲恋物語、かたや運命の恋を夢見るひとびとの交錯と、いささか陳腐なものに映る。そんな使い古されたストーリーの映画を時代を超えた名作に押し上げたのは、ドゥミ監督が書いた歌詞というか台詞に、一分の隙もなく華やかで優雅な旋律を載せた、稀代の音楽家ルグランの才覚と云える。

グランドピアノとエッフェル塔(イラスト)

 さきにも述べたが、この『シェルブールの雨傘』と『ロシュフォールの恋人たち』のレコード、ぼくは手に入れた当初はよく聴いていたのだけれど、いまはあまりターンテーブルに載せることがない。現代では多種多様のメディアやオンデマンド配信サービスが存在する。だが当時は映画を観る手段といえば、劇場に足を運ぶかテレビ放送を待つかしかなかった。日常的に映画音楽を楽しむには、レコードだけが頼りだったのである。いまならこれらのLPを手にとるくらいだったら、ミュージカル映画ということもあり、DVDや配信サービスで本編を観たほうが、その作品世界をより立体的に堪能することができるのだ。だからぼくは、前者に関してはサントラ盤よりも『交響組曲「シェルブールの雨傘」』(1979年)というアルバムのほうをよく聴く。

 

 このアルバムのコンテンツは、ルグラン自身がフィルム・スコアをピアノとオーケストラのための交響組曲にアレンジしたもの。演奏はロンドン交響楽団で、指揮とピアノ演奏はルグラン自らが担当。数々のミュージカル・ナンバーがほぼ映画の進行どおりに、豪華絢爛かつ響徹雲霄なシンフォニック・サウンドで再現される。ときにはビッグバンド・ジャズ風なパフォーマンスもあり、オーケストラにエレクトリック・ギター、ベース、ドラムスといったリズム・セクションも加わる。それこそ天才的な山師のごとき、ルグランのアレンジの妙技をたっぷり味わうことができる1枚だが、このブログでも過去にご紹介した。ということで、今回は最後に『ロシュフォールの恋人たち オーケストラ・ヴァージョン』(1967年)について触れておく。

 

 このレコードは、フランスのフィリップス・レコードからリリースされた、映画のアンダースコアをもとに再録音されたもの。レコーディングでは、サウンドトラックの録音に参加したミュージシャンがふたたび起用されたとのこと。プロデューサーは『アイ・ラヴ・パリ』をはじめとするルグランの作品を多く手がけている、ナット・シャピロ。この音源は、さきに挙げた『ジャック・ドゥミ=ミシェル・ルグラン / リンテグラル ─ ザ・コンプリート・エディション』にも全曲収録されているが、2017年に日本のユニバーサル ミュージックによって、世界初の単独オリジナル・フォーマットでのCD化がなされた。このCDのライナーのなかで、ルグラン研究の第一人者である濱田高志が、オリジナルLPに記載のなかったレコーディング・メンバーの一部を明らかにしている。

 

 それによるとメンバーは、ミシェル・ルグラン(p)、モーリス・ヴァンデール(p)、エディ・ルイス(org)、ダニエル・ユメール(ds)、ロジェ・ブルダン(fl)、レイモン・ギヨー(fl)、クリスチャンヌ・ルグラン(vo)、アン・ジェルマン(vo)など。ジェルマンは映画本編でカトリーヌ・ドヌーヴの吹き替えをしたひとだ。12の収録曲は、進行もアレンジも映画のそれらとは異なる。オープニングを飾るのは、クラシカルな「コンチェルト」で、いきなり劇的な印象を与える。ビル・エヴァンスの名演「ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング」で知られる「マクサンスの歌」では、感傷的なメロディを荘厳なクワイアとリトル・ビッグ・バンドとが歌い上げる。ピッツィカートによるイントロが印象的な「夏の日の歌」は、軽やかにメトリック・モジュレーションする4ビート。個人的にはいちばん好きな曲だ。

 

 メランコリックなバラード「シモンの歌」では、チェンバー・ミュージックとモダン・ジャズとのミクスチュアが独特の味わいを生み出している。アップテンポのジャズ・ワルツ「バラバラ事件の女」では、ストリングスとオルガンの跳ね具合がキャッチー。転調が効果的な「いつもいつも」では、降り注ぐようなストリングスに注目。ラテン調の「水夫、友達、恋人、または夫」では、木管楽器によるアンサンブルとストリングスによるオブリガートとがモダンな雰囲気を醸し出している。有名な「キャラヴァンの到着」の後半部分にあたる「めぐり合い」では、スウィンギーなコンボ演奏が展開される。なお前半部分にあたる「町から町へ」では、瀟洒なスキャットがフィーチュアされる。これら2曲の中間に位置する「デルフィーヌとランシアン」では、ワルツのリズムに乗ってソプラノ、ストリングス、コーラスが美しく絡み合う。

 

 これまた有名な「双子姉妹の歌」では、ある意味でハイライトとも云うべきビッグ・バンド・スタイルというかシンフォニック・ジャズが展開される。このサウンドはアルバムのラストを飾る「ソランジュの歌」にも引き継がれる。そしてこのアルバム、実際に聴いていただければよくわかるのだが、どの曲にもジャズの要素が盛り込まれている。それでいてオーケストラのサウンドは、西洋芸術音楽の系譜に連なるものだ。しかもルグランは、アンサンブルの各パートを華麗に展開させながらも、少しの違和感も与えることなく、それらを調和させ音楽の全体を整えているのだ。やはりぼくは、彼のことを音の魔術師と云いたくなる。そういう点でもこのアルバムが、ルグランの才気が遺憾なく発揮された、鑑賞用音楽として一級品の音盤であることは間違いない。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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