神保正明 etc. / 悪魔の調べ – ミステリー映画の世界 – (1977年)

シネマ・フィルム
スポンサーリンク
スポンサーリンク

日本映画のサウンドトラックに新風を吹き込んだ横溝映画──その人気のコンピレーション・アルバム

recommendation

Album : 神保正明 etc. / 悪魔の調べ – ミステリー映画の世界 – (1977)

Today’s Tune : 本陣殺人事件のテーマ

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

空前の横溝ブーム──メディアミックスでさらに拡大

 

 1971年から1981年までの十一年間は、空前の横溝ブームだった。横溝とはもちろん、日本の(敢えてミステリーとは云わない──)探偵小説の巨匠、横溝正史のこと。発端となった1971年は、おなじみ金田一耕助シリーズの一編『八つ墓村』が、角川文庫版の一冊目としてリリースされた年である(発行日は4月26日)。そして、1981年12月28日は、横溝さんが79歳でこの世を去った日──。その間、角川文庫の横溝作品は、累計でおよそ5,500万部販売されたという。金田一のシリーズは終戦直後からスタートしているから、どれほどの艱難辛苦を経たかは著者のみぞ知る──であるが、執筆以来二十五年後に極まった隆盛と云える。

 

 この稀なケースの立役者は、当時の角川書店の青年社長、角川春樹氏。折からのオカルトブームとディスカヴァー・ジャパン的なムードが追い風となり、本格ミステリーに対する関心からというよりは、どちらかといえばホラー的な興味から、老若男女を問わず、多くのひとが横溝作品を歓迎した。もちろんそれだけではなく、どこか古い因習に終止符を打つようなストーリーと、おどろおどろしい空気のなかで謎解きに迷走する、どこか自然回帰的な探偵が、フレッシュな感覚で受け入れられたのだろう。いずれにしても、角川氏の事前に流行を見抜く見識と、それを確実に収益につなげる如才のなさには、尋常でないものが感じられる。

 

 そして、出版業の成功のみでは飽き足らず、映画産業への参入を狙っていた角川氏は、のちに繁栄を誇る角川映画の根幹に横溝作品を据えた。これには既存の映画会社も黙ってはおらず、つぎつぎと横溝作品の映画化権の買い取りに名乗りを上げた。結局『本陣殺人事件』(1975年ATG)、『犬神家の一族』(1976年角川春樹事務所)、『悪魔の手毬唄』(1977年東宝)、『獄門島』(1977年東宝)、『八つ墓村』(1977年松竹)、『女王蜂』(1978年東宝)、『悪魔が来りて笛を吹く』(1979年東映)、『病院坂の首縊りの家』(1979年東宝)、『金田一耕助の冒険』(1979年角川春樹事務所)、『蔵の中』(1981年角川春樹事務所)、『悪霊島』(1981年角川春樹事務所)と、前述の期間に11作品も公開されている。

 そのような状況下において、角川氏は、ただ原作本や映画で収益をあげるだけではなく、音楽メディアをそれらの向上を補完し相乗効果をあげる重要なファクターと見ていた。たとえば、サウンドトラック・アルバムや主題曲を収録したシングル盤は、たいがい映画の公開前に発売され、しかもそれらは常に単に劇伴を記録したものではなく、鑑賞用音楽として成立する作品に仕上げられていた。まえもってその上質な音楽を体験したひとは、映画への期待に胸を膨らませ、自然と劇場に足を運ぶというわけだ。これはまさに、消費者に「レコード=広告」という意識を持たせることなく、映画の宣伝効果をあげる──という、いわゆる「角川商法」である。

 

 このような手法は当初、メディアミックスの一環だったのだろうが、それが結果的に日本映画のサウンドトラックに新風を吹き込み、延いては商業音楽を高い次元にもっていく足がかりとなった。なにせ、それまでの日本の映画音楽といえば、撮影所以外のレコーディング・スタジオにおいてマルチトラック・レコーダーを使用して吹き込みが行われることなど、あり得なかったのだから──。なんとも明々白々であるが「角川商法」の影響力は、とても大きかった。奇しくも横溝映画の音楽のほとんどが、まるで競合するように、しっかりおカネと時間をかけて作り上げられており、とても充実した内容となっている。コンピレーション・アルバムまでリリースされるほどに──。

 

東宝レコードと横溝映画

 

 前記の映画のうち1977年までの5作品から、代表曲12曲がコンパイルされたのが『悪魔の調べ – ミステリー映画の世界 –』である。発売元の東宝レコードは、もともとは映画製作/配給会社の東宝の子会社、東宝芸音のレーベル名だったが、1973年にレコード制作会社として独立。東宝が製作ないし配給した映画やテレビ・ドラマの主題歌やサウンドトラックはもちろんのこと、宝塚歌劇の主題歌や公演の音源、東宝および東宝芸能所属の俳優や歌手のレコードなどが、主なラインナップだった。そんななか、ちょっとマニアックな企画モノもたくさんリリースされていて、熱心なファンの間では(廃業後も)いまもってカルト的な人気を博している。

 

 アナログ時代、東宝が製作した横溝映画4作品のサントラ盤はすべて、当然のごとくこの東宝レコードから発売された。これらは時を経て、1993年に大阪に拠点を構えるサウンドトラック・リスナーズ・コミュニケーションズ、1998年にワーナーミュージック・ジャパン(VOLCANOレーベル)、2011年にディスクユニオン(富士キネマ・レーベル)──と、三度もCD化されている。これは、音楽の内容が非常に有用性の高いものである──という証明になるのではないだろうか。そして問題の『悪魔の調べ – ミステリー映画の世界 –』も、1978年以降の東宝作品からの8曲が追加された全20曲収録のCDとして、1996年にリイシュー。発売元はなぜか、日本コロムビアだった(ややこしい!)。

 

 ところが、このコンピレーション・アルバム、各々のサントラ盤の人気をしのぐほど、横溝作品のファンや熱狂的なコレクターたちからもてはやされているのだ。なぜかというと、本作に収録されている東宝作品以外のトラックがすべてサントラではなく、カヴァー・ヴァージョンとなっているからだ。これはよくあるケースなのだが、コンピを制作するレコード会社は、原盤権を管理していない楽曲のオリジナル音源を、基本的には使用することができないので、その代替えとして、原曲のテイストを損なわない品質の改作を用意する(ジャケットのイラストもお馴染みの杉本一文ではなく三島木将之による)。本作の場合、それがレアなものとして重宝がられているというわけ。

 では、この貴重な編集盤の内容を具体的に観ていこう。まずは東宝作品(全曲サウンドトラック)から──。『悪魔の手毬唄』では、作曲をアルファレコードの創始者の村井邦彦が、編曲と指揮を昭和歌謡や劇伴を多く手掛けた田辺信一が、それぞれ担当。マンドリンと女性コーラスがノスタルジックな「哀しみのバラード」ドキュメンタリー映画『市川崑物語』(2006年)のエンディングでも使用された、渋谷系ソフトロック調のワルツ「仙人峠」ムード歌謡の香りが漂うマイナーキーの8分の6拍子「愛と憎しみの間」──と、全体的にはヨーロッパ映画からの影響が感じられる。

 

 次作『獄門島』では、前作での功績が認められた田辺さんが作編曲を担当。メロディ・ラインがシネマ・イタリアーノな「愛のテーマ」と、8分の6拍子のエレジー「巡礼の旅」ではチェンバロが使用されている。この楽器の使用は、当時のヨーロッパの映画音楽やイージーリスニングでは、ムード作りの常套手段。そしてわが国でも、一般家庭でポール・モーリアが当たりまえのように聴かれていた時代だから、キャッチーな楽器だったのだ。それよりも16ビートのブラシワークとベースラインが軽快な「獄門島のテーマ」と、オルガンとヴィブラフォンがリードをとるハリー・ニルソンの「うわさの男」を彷彿させる「金田一耕助のテーマ」が秀逸。潮風が吹いてくるような爽やかさは、シリーズ中ごくまれ。

 

本作でしか聴けない「本陣殺人事件のテーマ」

 

 CD化の際に追加された『女王蜂』でも、田辺信一が続投。本作では「女王蜂のテーマ」のホンキートンク・ピアノとバンドネオン「秀子のテーマ〜閉された思い」のアコースティック・ギター「智子のテーマ〜愛の女王蜂」のハープと、楽器の特性を活かしたイマジナティヴなサウンドクリエイトが意識されている。これらの曲を聴くと、にわかに伊豆天城の紅葉や京都の野点の場面がイメージされる。ちなみに「愛の女王蜂」はもともと、映画とタイアップしたカネボウ化粧品の新商品のCM曲。三木たかし(作曲)/松本隆(作詞)の歌謡曲の名匠コンビによる作品で、塚田三喜夫が歌った。また「愛と憎しみ」は「女王蜂のテーマ」のアウトテイクで、バリュー感を出すための収録と思われる。

 

 シリーズ最終作『病院坂の首縊りの家』の楽曲もCDのみの収録。音楽はやはり田辺さんが担当。ピアノ、ヴァイオリン、ストリングス、それに女性コーラスが印象的な「病院坂の首縊りの家のテーマ」アコースティック・ギターがフィーチュアされた「呪われた運命」チェンバロ、トランペット、フルート、ピアノ、ストリングス……と、次々とフロントが交代していく「何処へ」──以上は、すべて同一曲のヴァリエーション。今回は最終作だけに、悲哀のトーンが強め。いっぽう「怒れる海賊たち」は進駐軍キャンプで演奏するジャズ・バンドのテーマ曲で、江草啓介(p)クァルテット・プラス伏見哲夫(tp)による、短いながらも本格的なハード・バップな演奏となっている。

 

 さて、残りの曲はすべて前述のカヴァー・ヴァージョン。編曲を任されたのは、アニメ『タイムボカン』の一連のシリーズの音楽で知られる、元ジャズ・ピアニストでアレンジャーの神保正明。演奏は、東宝作品のサントラ同様、東宝スタジオ・オーケストラ(メンバーは固定ではない)。まず横溝映画の最大のヒット作『八つ墓村』──音楽担当は、クラシックの作曲家で映画音楽も数多く手掛けている芥川也寸志。映画公開のおよそ三ヶ月まえにシングル盤としてリリースされた「落武者のテーマ」と「道行のテーマ」は、作曲者自らが指揮する新日本フィルハーモニー交響楽団によって吹き込まれた。原曲がシンフォニックな作品だけに、カヴァーはスケールの点では劣る。しかしながら神保さんは、編成は中規模ながら、ピアノやトランペット・ソロをミックスし、しっかり聴ける作品に仕上げている。

 横溝ブームに拍車をかけた『犬神家の一族』は、のちに『ルパン三世』で名を馳せたジャズ・ピアニスト、大野雄二の出世作。ハンガリーの打弦楽器ダルシマーが使用されたテーマ曲「愛のバラード」はあまりにも有名。神保さんは、予算の都合でダルシマーが使用できなかったのだろう、かわりにチェンバロを使っている。そのぶん、東宝のサントラに近いサウンドとなっている。実はこの曲、映画公開時にシャンソン歌手の金子由香利がカヴァーしている(作詞は山口洋子)。そのときのアレンジャーが、神保さんだった。そしてもう一曲の「憎しみのテーマ」は、プログレ風の原曲がややジャジーに演奏されている。オリジナルがもともと小規模編成なので、ここでは比較的自由に演れたというわけ。

 

 そして『本陣殺人事件』──音楽は、尾道三部作で有名な映画監督の大林宣彦が担当。監督は多才なかたで、ピアノ演奏もする。とはいっても、この映画の音楽はテーマ曲一曲のみ。厳密には、琴、チェロ、老女の歌によるテイクと、ピアノ、フルート、少女の歌によるテイクの2タイプがある。云うまでもなく、サントラ盤は存在しない。しかも現在まで、神保さんが手掛けた吹き込みが、唯一のカヴァーとなっている。このコンピレーション・アルバムの人気の最大の要因は、この点である。つまり「本陣殺人事件のテーマ」は、本作でしか聴けないのだ。おまけに、これがなかなかの出来栄えで、原曲が短いため、イントロとサビを新たに作り、編成を増やしポップに仕上げたところは、神保さんの粋な計らいである。

 

 ということで、ある意味で、その後の日本の映画音楽の在りかたの指標ともなった、横溝映画──その素晴らしさを俯瞰的に、それも一挙に楽しむことができるのだから、このコンピレーション・アルバムはたいへん貴重な一枚と云える。そしてこれは私感だが、ここに収録された楽曲は、イージーリスニングはもちろんのことジャズやボサノヴァの楽しみかたのひとつ、いわゆるラウンジ・ミュージックとしても、けっこうお洒落に響くのではないかとも思われるのである。

 

 最後にちょっとした補足──スクリーンランド・オーケストラの『日本の大作映画ベスト22』(1978年ソニーミュージック)というコンピレーション・アルバムに「愛のバラード」「哀しみのバラード」「愛のテーマ」「智子のテーマ〜愛の女王蜂」などのカヴァーが収録されている。アレンジャーは矢野立美。興味のあるかたは、こちらもどうぞ。


 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

コメント

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました