羽田健太郎 / 宝島 オリジナル・サウンドトラック (1978年)

シネマ・フィルム
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少年の日の熱い思いがよみがえる、ハネケン・サウンドの最高傑作

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Album : 羽田健太郎 / 宝島 オリジナル・サウンドトラック (1978)

Today’s Tune : 大海戦〜夕陽の大船団

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愛読書──アニメ版はそれを凌駕する傑作

 

 ぼくは、生まれたとき、体重が2500グラム未満で、からだの機能も十分でなかったという。当の本人は、そのことをまったく記憶に留めていないし、いまは特に変わったところもないので、幸せというしかない。それでも幼いころには、まだカラダが弱かったせいか、母親にいろいろな習い事をさせられた。体操教室、スイミングスクール、ボーイスカウト──ぜんぶ嫌いだった。おまけに健康とはまったく関係のない、絵画教室とピアノのレッスンにも通わされた(ピアノは好きだった)。幼稚園、小学校と、ぼくにとっては、もっとも多忙を極めた時代だったかもしれない。

 

 そんなに忙しかったら、逆にカラダにわるいような気もするのだけれど、父方、母方ともに小柄な家系であったのにもかかわらず、小学6年生のころのぼくといえば、身長が170センチ近くもあったので、 やはり四の五の云わずに両親に感謝すべきなのだろう。おもい返せば、それだけではない。謝意を表すという点では、ぼくが読書の楽しさを知るキッカケをつくってくれたことは、いつもこころに留めておくべきだろう。なんとなれば、病院に行くのを嫌がるぼくに、その度ごとに新しい本を買い与え、なだめすかしてくれたのだから。

 

 最初に夢中になったのは、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』(もちろん児童向けの抄訳版)。とにかく、ワクワク、ドキドキ、ハラハラさせられた。その体験を機に本は、コドモのぼくにとって、かぎりなく想像力を掻き立ててくれるオモチャとなった。それからというもの、江戸川乱歩の少年探偵シリーズとか、シャーロック・ホームズのシリーズなどを、好んで読んでいたな。つまり、国の内外を問わず、スリル、サスペンス、アクションと、三拍子揃ったような作品に、強く惹かれたわけ。そして、ロバート・ルイス・スティーヴンスンの『宝島』も、そのなかの一冊だった。

青い空と大海原そして船

 主人公が、ジム・ホーキンズという少年なので、感情移入しやすかったこともあり、時間が経つのも忘れて読んだ覚えがある。男の子に冒険への憧れを抱かせ、困難や危険を恐れないこころを与える──そんな名作だ。この世界的に有名な冒険小説、同時に英国の伝統的な教養小説とも捉えられている名著が、日本において、大胆な解釈でテレビアニメ化されている。この作品は、日本テレビ系列で1978年10月8日から1979年4月1日まで放送された。もちろん、原作のファンだったぼくは、毎週日曜日の夕方の6時半になるまえに、かならずテレビの最前に陣取っていた(ホームビデオがない時代だったので)。

 

 東京ムービー新社によって製作されたこの作品は、アニメ界の名匠、出﨑統が演出を務めている。手掛けた作品は『あしたのジョー』(1970年〜1971年)『エースをねらえ!』(1973年〜1974年)『ガンバの冒険』(1975年)『スペースコブラ』(1982年〜1983年)など、名作ばかり。アニメをそれほど観ていないぼくでも、ガンバとコブラは大好きで、全話鑑賞した。それにも増してゾッコンなのが『宝島』だ。個人的には、原作を凌駕する傑作だと思う。小説では悪役のジョン・シルバーが、実に男気のある人物に描かれているのがいい。端役だったグレーも強烈な印象を残すし──いやいや、やめておこう。ぜひ、一度ご覧あれ(うちのふたりの娘たちにも好評でした)。

 

クラシック畑からジャズ/フュージョンの蔬菜

 

 母親や恋人の愛情に触れ、仲間との友情、そしてその裏切りを知る青春の日々──。苦悶、恐怖、失望にも、いつも希望と信念を忘れず、愛と勇気をもって立ち向かうことを教えてくれた、感動の名作アニメ『宝島』──。フィルムスコアのほうも、その世界観を見事に描き出している。音楽を担当したのは、羽田健太郎。ハネケンの愛称で親しまれたが、いまは天上の楽師となっている(2007年6月2日──58歳没)。アニメ『宝島』は、羽田さんの劇伴作曲家としてのデビュー作であり、ぼくは最高傑作であると信じてやまない。

 

 羽田さんは、桐朋学園大学音楽学部ピアノ学科を首席で卒業している。つまり、クラシック・ピアノのテクニックは抜群だった。ところが卒業後、家庭の事情でポピュラー・ミュージックの世界に進むことを希望すると、海外留学を視野に入れていた大学の教授から事実上の破門を宣告されたという(後年、破門解除となった)。ただ、スタジオ・ミュージシャンとして活動をはじめた羽田さんは、高度な演奏技術をもつ貴重なピアニストとして、音楽ビジネスの世界では相当重宝された。また同時期に、大野雄二にジャズ・ピアノを師事するなど、自らの音楽性の幅を広げた。

 

 ただ、そのころの羽田さんの関わったアルバムといえば、シャルル・オンブル・オーケストラの『ピアノとストリングスによるダイナミック・ラヴ・サウンズ』(1971年)、稲垣次郎&ヒズ・フレンズの『ファンキー・ベスト』(1975年)、前述の大野雄二をはじめ、8人の鍵盤奏者が参加した『エレクトロ・キーボード・オーケストラ』(1975年)くらいしか思い当たらなくて、ぼくにとって羽田さんはまだ、名前は知っているけれど、その個性がよくわからないひとだった。彼が気になる存在になったのは、ミステリー金田一バンドの『横溝正史ミュージック・ミステリーの世界 金田一耕助の冒険』(1977年)というアルバム。

宝島の地図

 このアルバム、現代においては、いわゆる“和モノ・レア・グルーヴ”として、国内だけでなく海外の音楽関係者たちからも絶大な人気を博している。もともとは企画モノだったのだけれど、そのファンキーなフュージョン・サウンドにオリエンタル・テイストが加味された、リッチなグルーヴが、いまに至るまで多くのファンを魅了してきた。2015年にアナログ盤が復刻。さらに、2019年にリプレスされた。このある種のイメージ・アルバムで、羽田さんは全楽曲のキーボードを担当し、作編曲においても全10曲中5曲を手掛けている。とりもなおさず、ハネケン・サウンドの輪郭が、ようやく浮き彫りになったというわけ。

 

 そして、その翌年にレコーディングされたのがアニメ『宝島』のサウンドトラックである。羽田さんのサントラといえば、もともとクラシック畑のひとということもあり、アニメ『超時空要塞マクロス』(1982年〜1983年)のようなシンフォニック・サウンドが印象に残る。しかしながら『宝島』の音楽は、物語の舞台が18世紀後半のイギリスということもあり、オーケストラルな曲をはじめ、後期バロック、オラトリオ、トロピカル・ミュージックなどが散りばめられているが、基本的にはジャズ/フュージョンのコンボ・スタイルによるバウンシーなサウンド。ちょうど、大野さんの『ルパン三世』(1977年)みたいな──。

 

 サントラ盤は、テレビ放送開始からおよそ1ヶ月後に発売された。それは『宝島 ヒット曲集』(1978年)というアルバムで、厳密にはサントラ盤ではなく、フィルム用ソースとは別に商品化前提のフルレングス・ヴァージョンがまとめられたものだ。プロデューサーは、NTVM(日本テレビ音楽株式会社)の飯田則子、レコーディング&ミキシング・エンジニアは、伊豫部富治。なんだ『ルパン三世』のコンビではないか!演奏はケン・アンド・フラッター・オーケストラとなっているが、やはり大野さんのユー・アンド・エクスプロージョン・バンドを意識したのかな?ちなみに劇伴のほうは、放送終了後ファンの熱い要望に応え『テレビ・オリジナルBGMコレクション 宝島』(1980年)としてリリースされた。

 

矛盾撞着をはらんだ名作『宝島 ヒット曲集』

 

 この『宝島 ヒット曲集』は、ちょっと厄介なレコード。ジャケットの仕様が、昔よくあったブック式のゲートフォールドで、いかにもお子さま向けといった様相を呈している。実際にアルバムの一部には、コロンビアゆりかご会による「ベンボーと僕」「まだ見ぬ世界へ」や、昭和のアニソンや童謡でおなじみのコーラス・ユニットこおろぎ’73による「俺たちゃ海賊」のように、劇伴に歌詞をつけたキッズソング仕立ての曲が収録されている。そのいっぽうで、アダルトオリエンテッドな主題歌と挿入歌、ジャズ/フュージョンやクラシカル・ミュージックに本格的にアプローチした、インストゥルメンタルも織り込まれているのだ。

 

 放送枠的(番組の提供者的)には子ども向け作品がオファーされたのだろうが、制作サイドは端から単なる子ども番組を作るつもりはなかったのだろう。このアルバムは、そんな矛盾撞着をはらんでいるように感じられる。おかげで前述の3曲以外は、オトナが聴いても感嘆の声をあげるような素晴らしいトラックばかりだ。3曲のヴォーカル・ナンバーは、これまた大野さんが手掛けた映画『野性の証明』(1978年)の主題歌「戦士の休息」が大ヒットとなった、町田義人さんが歌っている。輪郭のハッキリした声質とスケールの大きな歌唱が魅力。作品の世界観にジャストフィットだ。

 

 まさに大航海をイメージさせる8分の6拍子のオープニング主題歌「宝島」──後にも先にもこれほど荘厳華麗なアニソンを、ぼくは知らない。小学校の音楽の教科書に掲載されるほどの、世代を超えた名曲だ。それとは対照的に夕凪を連想させるエンディング主題歌「小さな船乗り」──センチメンタルだけれど爽やか。イントロとエンディングのチェンバロのトレモロに、優しい気持ちにさせられる。以上2曲の歌詞は、岩谷時子による。シンプルな言葉で広大無辺な世界が表現されている。挿入歌の「航海日誌」は、人生の機微をうがったオトナのバラード(作詞は麻生香太郎)。ハンマーダルシマーの音色が、アクセントになっている。

夕暮れの海

 インストのほうは──クラウス・オガーマン風のフルートや波の音のSEが効果的で、リー・リトナーの「ドルフィン・ドリームス」を彷彿させるレイドバックな「海は僕の生命いのちさ」ホンキートンク・ピアノがテーマを奏でたあとエレクトリック・ギターとフェンダー・ローズがアドリブ合戦をするジャズファンク「シルバー船長はすごい奴」マリンバ、口笛、アコーディオン、フルート、ヴィブラフォンが爽やかに響く軽快なジャズ・ワルツから、女性コーラスとペダル・スティールがフィーチュアされたハワイアンへ移行する「ゆかいな船旅〜遠い南の島」と、つづいていく。

 

 さらに──まるでジェリー・ゴールドスミスの劇伴のように緊迫感が横溢する「不気味な宝島」リコーダーとストリングスのアンサンブルがドリーミーなスローフォックストロット風の「遠い故郷ふるさと」──そういえばボブ・ジェームスのリコーダーを使った「宝島」という曲があるのだけれど、意識したのかな?アルバムのラストを飾るのは、アルト・サックスとトランペットのソロが飛び出すサンバ風フュージョンから、テンポを落としてシンフォニックな展開になる「大海戦〜夕陽の大船団」──ギターのヴァイオリン奏法の響きがこころに残る。

 

 ということで本作は、羽田さんにとってはじめての映像音楽ということもあり、かなりチカラが入っている。前述の『テレビ・オリジナルBGMコレクション 宝島』に収録されている曲にしても、劇伴用の尺の短いトラックばかりとはいえ、羽田さんの多様な音楽の知識と経験が駆使されて作られたもの。云ってみれば、ハネケン・サウンドの宝石箱。そのすべては(未収録音源も含めて)、2018年にデジタルリマスタリング2枚組CD『宝島 オリジナル・サウンドトラック』としてリイシューされている。この音楽を聴くと、原作小説、そしてアニメを経験して得た、(ぼくにもあった)少年の日の熱い思いが、にわかによみがえってくるのである。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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