大野雄二 / コメディードラマ・ソングブック (1999年)

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石立鉄男×大野雄二のシナジーが効果絶大!──コンピレーション・アルバム『コメディードラマ・ソングブック』

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Album : 大野雄二 / コメディードラマ・ソングブック (1999)

Today’s Tune : そよ風のように

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なりたかった理想のオトナ像──ブラウン管のスター、石立鉄男

 

 ぼくは子どものころ、大きくなったら石立鉄男のようなオトナになりたいと思っていた。云わずもがなだが、俳優の石立鉄男(1942年7月31日 – 2007年6月1日)である。もちろん、子どものぼくが淡い憧憬の念を抱いたのは、ブラウン管のなかの石立さんだ。若いひとは見たことがないだろうから念のために云っておくと、ブラウン管とは、むかしテレビの受像に使われていた特殊な真空管のこと。当時はテレビの代名詞でもあった。なおブラウンとは、発明者であるドイツの物理学者の名前。昭和を生きたひとなら馴染みがあると思うけれど、ブラウン管のテレビといえば、画面が丸みを帯びていて結構奥行きあってそれなりに重かった。フラットパネルが登場するのは、平成になってしばらく経ってからのこと。だから石立さんのことは、やはりブラウン管のスターと云いたい。

 

 ブラウン管の向こうにいる石立鉄男は、ぼくにとってウルトラマンや仮面ライダーよりもずっとスーパーヒーローだった。当時の日本人としては長身の177cmという背丈、まったく違和感を感じさせないアフロヘア、コミカルな高めの声とシリアスな渋い低音ヴォイスの使い分け、そして二枚目にも三枚目にも対応する男っぷりのよさといった具合に、見かけだけでもほれぼれするくらいカッコイイ。それに加えてブラウン管のなかの石立さんは、決して強者に媚びへつらうことはない。一時的な作戦としておべっかを使ったりすることもあるが、基本的に権力などを度外視している。だから喧嘩っ早い。でも情にもろい。そんな憎めないキャラクターとフリーな生きかたに、架空の人物とはわかっていながらも、ぼくは尊敬の念すら抱いていたのだ。

 

 ぼくのように1970年代を子どもとして生きた世代は、毎日テレビを観てその影響をおもいきり受けて育った。いまから考えると、ある意味で石立鉄男は、そんなテレビっ子たちの偶像だったとも云えるのではないだろうか。少なくともぼくにとって石立さんは、1970年代においてもっとも敬慕の的となるタレントだったことは間違いない。しかしながら1980年代になると、石立さんはクールな役を演じることやシリアスなドラマへの出演が多くなる。それらはぼくにとっては、違和感を覚えざるを得ないものだった。唯一、エースコックの「わかめラーメン」のCM(1983年)で、おどけた感じで「おまえはどこのわかめじゃ?」と発する法被はっぴ姿の石立さんが救いだった。

アフロヘアの男 レトロなテレビと子どもの顔

 その後2007年6月、石立さんは自宅で就寝中に急性動脈瘤破裂を発症し、64歳という若さでこの世を去った。そのときぼくは、ああ、これでまたひとつの時代が終わった──などと感じたもの。その際、実は普段の石立さんが、ぼくの大好きだった役柄とはまったく正反対の性格で、もの静かで内気な恥ずかしがり屋だったと聞き、余計にしんみりとした気持ちにさせられた。それよりちょっとまえに、マニアックなサンプリングCDをリリースすることで知られるカエルカフェ・レーベルから『ISHIDATE TETSUO VOICE』(2001年)というアルバムが発売された。石立さんの特徴的なセリフが、500ヴォイス以上も網羅されている。当初はなんてふざけたことをするのかと思ったが、あらためて聴くとブラウン管のスターを身近に感じられる名盤と気づいた。

 

 それはともかく、ぼくがなりたかった理想のオトナ像とは、日本テレビ系列で1970年代に放映されたホームコメディドラマのシリーズのなかで大活躍する石立鉄男のこと。コメディを得意とする松木ひろしがメイン脚本家を務めたこのシリーズは、全8作品。内訳は『おひかえあそばせ』(1971年4月7日 – 1971年9月22日)『気になる嫁さん』(1971年10月6日 – 1972年9月27日)『パパと呼ばないで』(1972年10月4日 – 1973年9月19日)『雑居時代』(1973年10月3日 – 1974年3月27日)『水もれ甲介』(1974年10月13日 – 1975年3月30日)『おふくろさん』(1975年4月6日 – 1975年9月28日)『気まぐれ天使』(1976年10月6日 – 1977年10月19日)『気まぐれ本格派』(1977年10月26日 – 1978年9月20日)となる。

 

 上記の作品は現在『おふくろさん』以外、すべてDVDや定額制動画配信サービスなどで鑑賞することができる。ほかの7作品と違い『おふくろさん』はフィルム撮影ではなくVTR収録で製作されたので、おそらくマスターテープが完全な状態では現存しないのだろう。なお、やはりこの作品のみ、制作にユニオン映画が直接的にかかわっていない。それはいいとして、みなさんはこのシリーズの放送年月日を見て、なにかお気づきになることはないだろうか。第1作から最終作までの全放映期間において、シリーズ間のインターバルがほとんどないのである。すなわちこのシリーズは、日本テレビ水曜夜8時枠の連続ドラマとして継続的に放映されたわけだ。ちなみに放送枠は、第5作の『水もれ甲介』から日曜夜8時に移るが、(石立さんの他番組出演による空白期間ののち)第7作の『気まぐれ天使』からふたたび水曜夜8時に戻る。

 

 いずれにしても、ひとりの俳優が7年半にもわたって、シリーズとはいえ独立した連続ドラマ作品のレギュラーを務めつづけるというのは、異例中の異例ではないだろうか。当時、石立鉄男がいかにお茶の間の人気者だったかが、よくわかっていただけると思う。ついでに云うと、日本テレビ放送網の1971年の調査によると、18歳から34歳までの女性にアンケートをとったところ、石立さんは好きなタレントとして2位に輝いたという(1位は石坂浩二、3位は石原裕次郎だった)。ときに、テレビっ子のぼくは『おひかえあそばせ』の最終回をもって石立さん演じる社会派カメラマンとお別れすることになり一抹の淋しさを感じながらも、次はどんな新番組がはじまるのだろうと期待に胸を膨らませていた。すると『気になる嫁さん』の初回放送で、思いがけずふたたび石立さんが現れたので、激しく驚喜したものだ。今度はサラ金の社長役だったけれど。

 

子どものころ知らず知らずのうちに刷り込まれていた大野雄二の音楽

 

 次回の新番組は──また、石立鉄男かよ!そんなことが、7年以上もつづいたのだ。それも毎度のことだが、このドラマシリーズは新境地を開こうとすることもなく、肩肘張らずに制作されている。石立さんは、その後も丸の内の大手会社員、貧乏カメラマン、下町の水道屋、牧場の獣医、女性下着メーカーの宣伝部員、貸衣装店の経営者と、次々に職業を変えていくのだが、基本的なキャラクターは変わらない。石立さんは、いつでも石立さんだ。それなのに、意外にも惰性的に繰り返されているような感じは、ほとんど受けないから不思議だ。偉大なるマンネリズム!加えてこのシリーズは一貫して、いつも当世風で軽やか、洒落っ気があってさっぱりとしている。とにかく毎回観終わるとあと味がいいものだから、ついついまた来週も観ようという気になってしまうのだ。

 

 さて、子どものぼくに石立鉄男とともに強いインパクトを与えたのは、ほかでもない大野雄二である。ぼくの場合、石立さんのホームコメディドラマのシリーズについては、映像と音楽を切り離して語ることはできない。大野さんは、シリーズ8作品すべての劇伴を作曲している。大野さんといえば、映画『犬神家の一族』(1976年)、アニメ『ルパン三世』(1977年のTV第2シリーズ〜)、それにNHKの紀行番組『小さな旅』(1983年〜)などの音楽の作曲で有名だが、それらの作品が世に出はじめるのは石立さんの作品を最初に手がけたときよりも数年あとのこと。当時、三十路まえの大野さんは、映像の世界ではまだ無名だった思われる。なお大野さんがはじめて音楽を担当した映像作品は、NHKのドキュメンタリー風ドラマ『ナタを追え~朝日新聞東京版“捜査員”より~』(1970年)である。

 

 そういうわけで、ぼくが大野サウンドにはじめて触れたのは、やはり『おひかえあそばせ』だったことになる。それ以前にぼくがそれとはなしに観ていた、日本テレビ系列のドラマシリーズ『火曜日の女』(1969年11月4日 – 1972年3月)に大野さんが楽曲を提供しはじめたのが、確か『気になる嫁さん』が放映されているころだったと記憶する。つまり、ぼくはまだ年端もいかない子どものころから、知らず知らずのうちに大野サウンドを刷り込まれていたわけだ。それは同時に、そうと知らずにジャズという音楽に接していたことにもなる。ご承知のとおり、大野さんはもともとジャズ・ピアニストなのだから。そんな経緯いきさつで、大野雄二は日本の音楽家のなかで、ぼくにとってもっとも重要なひととなった。いや、そればかりでなく石立×大野のシナジーは、ぼくのパーソナリティの形成に大きな影響を与えたとも云えるのである。

都電荒川線 それを見つめる男の子

 ただ当時のぼくには、大野雄二というひとの本業がジャズ・ピアニストであるということは、まだ知る由もなかった。しかしながら、日本テレビ系列の昼ドラ『愛のサスペンス劇場』(1975年3月31日から1977年3月4日)や、NHKの『少年ドラマシリーズ』(1972年1月1日 – 1983年10月11日)といったドラマシリーズの作品において、大野さんのクレジットを発見するたびにひとりでニヤニヤしながら「やっぱり」と思っていたもの。まったく、ませたガキだった。なかでもフジテレビ系列で放映された時代劇『戦国ロック はぐれ牙』(1973年8月4日 – 1973年9月29日)の、丹阿弥谷津子のナレーションが入るオープニング・テーマをはじめて聴いたときは、なんてカッコイイ曲なのだろうと思ったもの。なおこの曲は部分的に『ルパン三世』のサブタイトルや第1話の劇中などで流用された。

 

 それは非常にインパクトフルでスタイリッシュなサウンドだから、流用したくなるのは無理もない。この主演の梶芽衣子が歌う「はぐれ節」という曲は、ドラマがはじまるまえからシングル・レコード(ドラマ用テイクとは異なる)として発売されていたが、ぼくもテレビ放映を観て間もなく購入した。ちなみにB面の「牙のバラード」も、やはりカッコイイ。ではこのレコードが大野さんがかかわった音盤のなかで、ぼくが最初に聴いたものかというと実はそうではない。それよりもちょっとまえに『故郷ふるさと/由紀さおり・ビッグ・ヒットを歌う』(1972年)というLPレコードを、ぼくの両親のどちらかが購入していたのだが、偶然にもこのアルバムの収録曲のすべてを大野さんがアレンジしていたのだった。

 

 ぼくはこのアルバムに収録されている大野さんが作曲したノスタルジックな「故郷」が大好きなので、いまだにこのレコードを愛聴している。実はこの曲、大野さんのオリジナルのなかでも、ぼくにとっては特に胸キュンの一曲。バート・バカラックを彷彿させるアレンジのマナーはいま聴いてもフレッシュだし、そのハートウォーミングなサウンドスケープにはこころ安まるものがある。由紀さんのヴォーカルも、とてもチャーミングだ。またこの曲と同様に、山川啓介作詞、大野雄二作曲による「雪のワルツ」「あたしのピエロ」なども、そのモダンなハーモニーと小気味いいリズムパターンがまさにバカラック・スタイル。そしてそのテクスチュアは、石立さんのホームコメディドラマ・シリーズの音楽のそれに通じるものでもある。

 

 このころからぼくは、大野雄二という音楽家に熱い視線を送るようになっていたのだが、その実像についてはまだ知り得なかった。ぼくが大野さんがジャズ畑のひとと知ったのは、大ヒットした映画『犬神家の一族』を劇場で観たとき。鑑賞後に購入したパンフレットには、サントラ盤の宣伝広告のページがあった。そこにレコーディング中の大野さんとそれを訪ねた主演俳優の石坂浩二とのツーショットとともに、大野さんのプロフィールが掲載されていたのだ。いまでは信じられないだろうけれど、現住所まで明らかにされていた。まあ、それは置いておいて、ぼくは映画の冒頭のシーンで流れた音楽(「妄執の果て」という曲)の、独特なアープ・ストリング・アンサンブル、ぶっといベース、フェイズが深くかかったフェンダー・ローズ、ヴァイオリン奏法のギターなどから、すぐに「これはもしや──」と思った。

 

ドラマのテーマ曲や主題歌を集大成したコンピレーション・アルバム

 

 その後タイトルバックに大野さんの名前が極太明朝体で表示されたとき、思わず「やっぱり!」と膝を打ちそうになった。そのころのぼくは、大野さんの曲なら数小節聴けばすぐにそれとわかるくらい、すでに大野サウンドの大ファンになっていたのだ。とにもかくにも、大野さんがジャズ・ピアニストと知ったぼくはときを移さず、父親に頼み込んでわざわざ銀座の山野楽器まで連れていってもらい、ついに大野さんのジャズ・アルバムを手に入れた。それは、当時もうすでに廃盤になっていたのかもしれないが、大野雄二トリオの『ミスター・ハピゴン』(1973年)というレコードだった。ぼくは、ジャケットに写る長髪にラフな格好の大野さんからちょっと赤軍派をイメージしてしまい、恐る恐るレジにもっていった覚えがある。

 

 この『ミスター・ハピゴン』は、偶然にも大野さんの初リーダー・アルバムだった。しかしそれと同時に皮肉なことに、ジャズ・ピアニストとしての大野さんといえば、この作品に止めを刺した感が強かった。というのも、このアルバムがレコーディングされたのは1971年で、大野さんはこのあと徐々にプレイヤーとしての仕事を減らしクリエイターとしての活動に専念するようになっていくからだ。大野雄二トリオ名義のアルバムはこれ一枚だし、それ以降に池田芳夫(b)、岡山和義(ds)といった同一のサイドメンで吹き込まれたのは、アン・ヤングの『春の如く』(1975年)くらいのものではないだろうか。そして1971年といえば『おひかえあそばせ』の放送が開始された年でもある。

 

 石立さんのホームコメディドラマ・シリーズのスタートに先立つ大野さんがかかわった音盤を挙げると、富樫雅彦=鈴木弘クインテットの『ヴァリエイション』(1969年)、山下洋輔トリオ沖至トリオ笠井紀美子とともに吹き込まれたセッション・アルバム『トリオ・バイ・トリオ・プラス・ワン』(1970)、マーサ三宅の『マイ・フェイヴァリット・ソングス』(1970年)、笠井紀美子の『ジャスト・フレンズ』(1970年)などがある。大野さんは、前者2枚でグルーヴィーなプレイはもとより意外にもフリー・ジャズを演っていたりする。後者2枚ではフィメール・シンガーのアカンパニストとして、エレガントな極上のピアノ演奏を披露している。これらのアルバムをあらためて聴いてみると、このころの大野さんはジャズ・ピアニストとしてもっとも脂が乗っていた時期とも思える。

四季の木々 カラフルなグランドピアノ

 そんなわけで、石立鉄男主演のホームコメディドラマ・シリーズの劇伴を手がけはじめたころの大野さんは、ジャズ・プレイヤーと作曲家との二足の草鞋わらじを履いていたことになる。ただ大野サウンドが、ボブ・ジェームスデイヴ・グルーシンの影響を受けて、より洗練された華麗な様式美を極めるのは、もう少しあとのこと。当時の大野サウンドからは、前述のバート・バカラックやフィリー・ソウルからの影響が窺えるばかりだ。もちろん、淡白ではあるがモダン・ジャズのテイストも反映されている。そういったことをかんがみると却って、リスナーはこのドラマ・シリーズの音楽を聴くことによって、大野雄二の音楽性を純度の高い状態で確認することができる──とも云えるのである。

 

 ところが、残念なことにサントラLPが発売されたのは、第7作の『気まぐれ天使』のみ。しかもこのレコードは、小坂忠&ウルトラ名義のアルバム(1998年にCD化済み)。収録曲もすべて劇伴とは異なるテイクで、バンドのキーボーディスト、大浜和史が手を加えたものだ。幸いなことに、このシリーズのビデオ化を進めていたレコード会社、VAPが1999年にシリーズのテーマ曲や主題歌を集大成したコンピレーション・アルバム『コメディードラマ・ソングブック』を発売している。ぼくのような熱烈なファンにとっては、マストアイテムと云えよう。『おひかえあそばせ』からは軽快な8ビートの「メインテーマ」を収録。アコーディオンやフリューゲルホーンの音色がノスタルジック。ロックンロールなドラムスもまた懐かしい。『気になる嫁さん』からはさらにテンポの速い「メインテーマ」を収録。女性スキャットがリードを執る。注目すべきは大野流ヴァイブ&フルートのユニゾン。オブリガートで入るピアノのアドリブもセンスがいい。

 

パパと呼ばないで』からは関西出身のフォーク・グループ貝がらによる「虹」「夜明け」を収録。羽根田武邦の作曲と河野土洋の編曲は、ちょっとカーペンターズの楽曲を思わせる。この2曲に大野さんはかかわっていない。ただ劇伴のなかには、大野さんがアレンジしたヴァージョンもある。『雑居時代』からはドラマで冬子を演じた山口いづみが歌う「そよ風のように」を収録。ローズ、フルート、ストリングスの音色、後半の転調と、まさに大野サウンドの好例。ドラムスのブラシ・ワークも品がいい。なかにし礼による歌詞もディテールに至るまで瀟洒しょうしゃ。だが、なぜか商品化されなかった(ここまでの大野さんの曲はすべてフィルム音源)。山口さんはこの曲を『マイ・フェイヴァリット・ソングス』(2015年)というアルバムでセルフカヴァーしている。バックは松尾明トリオ・プラス・ワンが務めた。

 

水もれ甲介』からはシンガーズ・スリーによる「水もれ甲介」石立鉄男による「さみしいナ…」を収録。前者は大野流バカラック・マナーの完成形。後者の石立さんによるバラード歌唱はご愛嬌だが、セリフの箇所は泣かせる。『おふくろさん』からは兄弟ヴォーカル・デュオ、ブレッド&バターによる「ともしび」「城跡のある町」を収録。特に前者のセンチメンタルなムードが大野さんらしい。大野サウンドは、このあたりからリズムが一段と洗練されていく。ストリングスも熱い。『気まぐれ天使』からは小坂忠&ウルトラによる「気まぐれ天使」「旅ごころ」ドラマで渚を演じた坪田直子が歌う「ジングル・ジャングル」を収録。小坂さんのゴスペルな味わい深いヴォーカルには文句のつけようがない。坪田さんのブルージーな歌いまわしもディキシー調の曲によく合っている。

 

気まぐれ本格派』からは夫婦ヴォーカル・デュオ、ダ・カーポによる「夕凪のふたり」「海に行って来ましたね」を収録。前者は感傷的なメロディと爽やかなアレンジが際立つボサノヴァ。後者はハートウォーミングなミッドテンポの8ビート。このころの大野サウンドは、もはや全盛期の作品と比べてみてもまったく遜色がない。リズム・セクションにしても管楽器や弦楽器にしても、アレンジがそつなくこなされている。当時の大野サウンドのトレードマークでもあった、フェンダー・ローズのアルペジオにディレイをかけたサウンドエフェクトは、ここですでに登場している。こうしてこのCDをあらためて聴いてみると、大野雄二が新進気鋭ジャズ・ピアニストから人気作曲家へ転身する様を、音で追っていけるのが興味深い。無論、また石立鉄男のホームコメディドラマ・シリーズを、はじめから観る気満々にさせられる一枚でもある。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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