Dave Grusin / Three Days Of The Condor (1975年)

シネマ・フィルム
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フィルム・ミュージックにフュージョン・サウンドが、実験的かつ本格的に採り入れられた、デイヴ・グルーシンの傑作『コンドル』

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Album : Dave Grusin / Three Days Of The Condor (1975)

Today’s Tune : Condor!

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銀幕に個性的な名作を残した名コンビ

 

 いまは亡き、俳優でありプロデューサーでもあった、アメリカの映画監督、シドニー・ポラック(1934年7月1日 – 2008年5月26日)が「映画のなかで語るべきことが、言葉や映像で伝えきることができなければ、結局のところそれは音楽で表現される」と、云っている。優れた映像作家のコトバにしては、ちょっとネガティヴに響くが、彼が自己の作品をクリエイトするときに、いかに音楽が重要なファクターとなるかを、示唆するものにほかならない。彼は、照明、音響、台詞などのツールを駆使しても、ときとしてラッシュプリントに、まるでピンぼけのスナップショットのような、もの足りなさを感じるのだという。

 

 そんなときポラック監督は作品の命運を、魔術師のごとき音楽家の手に委ねると語る。それは、まるで錬金術のごとく、映画のすべての要素を効果的にまとめ、作品の焦点を調整するような──そんな音楽の楽句と色彩を容易にイメージすることができるミュージシャン。監督がそんなふうに厚い信頼を寄せていた人物は、誰あろうデイヴ・グルーシンである。実は上記の監督のコメントは、グルーシンが手がけた映画音楽がリメイクされた『シネマジック』(1987年)というアルバムのライナーノーツに寄せられたもの。そして実際、ポラック×グルーシンの名コンビは、銀幕に実に個性的な名作を何本か残している。

 

 このコンビの作品は『ザ・ヤクザ 』(1974年)『コンドル』(1975年)『ボビー・デアフィールド』(1977年)『出逢い』(1979年)『スクープ 悪意の不在』(1981年)『トッツィー』(1982年)『ハバナ』(1990年)『ザ・ファーム 法律事務所』(1993年)『ランダム・ハーツ』(1999年)の計9本。なおポラックがメガフォンはとらず製作総指揮を手がけた『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』(1989年)でも、グルーシンが音楽を担当した。これらの作品はすべてサウンドトラック・アルバムが発売されているが、残念ながら、2023年現在『ボビー・デアフィールド』(原盤=カサブランカ・ミュージック)のみが未CD化のままである。

コンドルのイラスト

 ポラック作品といえば、社会的にはリベラル、政治的にはモデレート、そしてストーリーラインはとてもリアル。ラヴ・ストーリーを描いても甘口にはならないし、サスペンス・スリラーを取り扱っても過剰な演出はしない。そして多くの作品において、彼が創造する物語は、決してハッピーエンドで完結せず、観客にその後のエピソードを予感させるような余韻を残すのである。そんなハリウッドの商業主義とは一線を画すような作風が、ぼくは大好きなのだが、グルーシンもまたハリウッドの伝統を汲みながら、ちょっとそこから逸脱するような多様性と革新性をもった音楽家だったりする。その点、ポラック×グルーシンの相性は抜群と云える。

 

 ところで、デイヴ・グルーシンは、1960年代にモダン・ジャズのピアニストとして、どちらかといえば地味に音楽家のキャリアをスタートさせたが、1970年代から1980年代にかけて、当時流行していたフュージョン・シーンにおいて、コンポーザー、アレンジャー、キーボーディスト、プロデューサー、そしてレコード会社の経営者として、一躍有名になった。そのいっぽうで、映画『ディヴォース・アメリカン・スタイル』(1967年)を皮切りに、2000年代まで映画やテレビの映像作品に、たくさんの印象的なスコアを残した。ロバート・レッドフォード監督の『ミラグロ/奇跡の地』(1988年)では、アカデミー作曲賞も受賞している。それ以外にもノミネートは6回を数え、グルーシンは映画音楽作家としても確固たる地位を築いたと云える。

 

もっとも脂の乗っていた時期に突入する契機となった作品

 

 グルーシンの映画音楽は、時にソフトであり時にシャープでもある。そうはいっても、どんなタイプのフィルム・スコアであっても、そのサウンドからは一貫して彼の温かな人柄が伝わってくる。音楽に素朴な面と洗練された面が共存しているところが、グルーシンらしさなのだ。そして、そのヴァーサティリティに富んだ音楽センスによって生み出されたもののなかで、もっとも開かれたテクスチュアのある作品といえば、やはりポラック監督によるポリティカル・サスペンス『コンドル』だろう。なんといっても、フィルム・ミュージックにフュージョン・サウンドを、実験的かつ本格的に採り入れて、かつてない成果をあげたのだから──。

 

 1975年に公開された『コンドル』は、ニューヨークにあるアメリカ文学史協会(実はCIAの末端機関)で働く、ちょっとアウトローなCIA分析官、ジョセフ・ターナー(ロバート・レッドフォード)が、図らずも機関内部の陰謀に触れてしまったため命を狙われ、逃亡と反撃の三日間を過ごす──という、1970年代ならではのリアリスティックなスリラー映画。“コンドル”は、ターナーの暗号名。当時、子どもだったぼくには、マックス・フォン・シドーが演じるヨーロッパの殺し屋が、やたら怖かった。原作はジェームズ・グレイディの小説『コンドルの六日間』(新潮文庫=絶版)だが、映画版は六日間から三日間に短縮。テレビ・ドラマ化もされており『コンドル~狙われたCIA分析官~』(2018年)『コンドル シーズン2~裏切りの諜報~』(2020年)は、日本でも放映された。

 

 ときに、映画はいま観てもとても面白いのだが、音楽のほうはさらに素晴らしい。当時のグルーシンは本作を契機に、その長い経歴において、もっとも脂の乗っていた時期に突入する。彼は、1967年からセルジオ・メンデスのオーケストレーションをずっと担当していたが、1973年からはそれと並行して、クインシー・ジョーンズの片腕としても働くようになる。ふたりから授かったブラジリアン・ミュージックとソウル・ミュージックの恩恵は、間違いなくグルーシン・サウンドに影響を与えている。勢いに乗った彼は、それまでご無沙汰だったリーダー作のほうも『ディスカヴァード・アゲイン!』(1976年)『ワン・オブ・ア・カインド』(1978年)『マウンテン・ダンス』(1980年)と、順調に制作していく。

スパイの男のシルエット

 つまり、それらのコンテンポラリー・ジャズ作品の出発点は『コンドル』のサウンドトラック盤なのである。レコードはキャピトル・レコードからリリースされ、日本でも当時の東芝EMIから発売された。CD化は何度かされているが、先陣を切ったのは日本で、1992年にサウンドトラック・リスナーズ・コミュニケーションズが限定発売した。オリジナル盤のジャケットがそのまま使用されたのは、本盤のみである。面白いのは『I Tre Giorni Del Condor』(1996年)というイタリア盤があり、一時期日本のショップでもよく見かけた。決定版とも云えるのは、2012年にフィルム・スコア・マンスリーからリリースされたもので、オリジナル曲はもとより未収録曲、さらにグルーシンが手がけた映画『エディ・コイルの友人たち』(1973年)の楽曲まで収録されている。

 

 さて、本作で注目されるのは、まずはなんといっても、秀逸を極めたレコーディング・メンバーだろう。主要なミュージシャンを挙げると、デイヴ・グルーシン(key)、リー・リトナー(g)、ヒュー・マクラッケン(g)、チャック・レイニー(b)、レイ・ブラウン(b)、ハーヴィー・メイソン(ds)、ラルフ・マクドナルド(perc)、ジェローム・リチャードソン(fl)、トム・スコット(ts)、チャック・フィンドレー(tp)、フランク・ロソリーノ(tb)、イアン・アンダーウッド(synth)、エミール・リチャーズ(cymbalom) ──と、ジャズ/フュージョンの世界ではおなじみの敏腕プレイヤーたちが並び連なる。その点、本作をフュージョンの名盤に挙げる向きもある。

 

 まあ、サウンドトラックのレコーディングに、これだけ豪華なミュージシャンが参加するケースはあまりない。いかにグルーシンが、プレイヤーたちから厚い信頼を寄せられているかが、よくわかる。興味深いのは、実際に本作を聴いてみると、この作品のスコアが、まるではじめからレコーディング・メンバーを想定して書かれたように思えてくること。たとえば、ギターのヴァイオリン奏法とか、クロマチック・ランとかが出来すると、ああ、これはリトナーだな──と、すぐにわかる。ベースのグリッサンドやダブルストップを使ったフィルインに、いかにもレイニーっぽい──と、思わずニヤニヤさせられたりもする。つまり、グルーシンは、ミュージシャンの個性を熟知しており、それを自己のサウンドに活かすのが上手いのだ。

 

グルーシンのフィルム・スコアの醍醐味

 

 サウンドトラック・アルバムは、映画のオープニングと同様に「コンドル!」からスタートする。フェンダー・ローズのアタック音、ホーン・セクションによるスタッカート&レガートの「G,B♭,D,B♭,C,B♭」の6音が印象的。このイントロのペンタトニックなモティーフが、様々なヴァリエーションとして(たとえば「D,F,G,D,F,D」「G,B♭,C,G,B♭G」といった具合に)、そのほかの楽曲で何度も出来する。そして、ハンガリーの打弦楽器ツィンバロン&ミニモーグ、そしてストリングスによって歌われるシンプルで爽快なメロディ、ベースやホーンズのアンサンブルによるアップビートのR&Bグルーヴが、マンハッタンの雰囲気をリアルタイムで描き出す。

 

 実は、この映画の音楽のほとんどが、この曲のイントロとテーマの変奏で成り立っている。グルーシンが手がけた映画音楽では、おなじみのパターンなのだが、ライトモティーフを装飾あるいは展開することによって、キャラクターの感情や状況の変化を明瞭に示唆するいっぽうで、物語の世界観を統一するという手法だ。しかもグルーシンの場合は、決してオケを鳴らしっぱなしにしたりはせず、思いのほか薄めな音を繰り返して、観客の意識に内的主題を深く刻み込んでいく。そしてここぞというとき、つまり映画の重要な場面または物語の重大な局面で、テーマを情感豊かに歌わせる。そこで、爽やかな感動が喚起されるのである。

 

 Side-Aでは、前述のメイン・タイトルにつづき、トランペットの乾いた音色とギター・エフェクトの跳ね返りが印象的な「イエロー・パニック」ストリングスとシンセによってテーマが躍動から深沈そして再び躍動と展開される「コンドルの飛行」サスペンスフルなグルーヴ、特にリズミカルなベースがインプレッシヴな「ウィル・ブリング・ユー・ホーム」軽快なホーンズとソウルフルなリズムがスリリングなムードを盛り上げる「アウト・トゥ・ランチ」と、徐々に緊張感が高められていく。そして、ストリングスがロマンティックに、テナーがクールに流麗なメロディを歌いあげる「グッドバイ・フォー・キャシー」で、リスナーは不意にこころを打たれる。映画では(テナーではなく)ロソリーノのトロンボーンがリードを執っていたが、その音源はなぜかメディア化されていない。

マンハッタンの全景

 Side-Bでは、グルーシンの手がけたテレビ・ドラマ『グッド・タイムズ』(1974年)でも主題歌を歌った、ジム・ギルストラップによるR&Bソング「アイヴ・ガット・ユー・ホエア・アイ・ウォント・ユー」と、セッション・シンガーのマルティ・マッコールが歌った「シルバー・ベルズ」といったソース・ミュージックも収録されているが、都会のサスペンスに溢れたサウンドはまだまだ継続されていく。緊迫感が漂う「フラッシュバック・トゥ・テラー」ホーンズのアンサンブルがアップテンポ・グルーヴに乗って躍動する「CIAと歌おう」テンポ・ルバートの美しいローズのバッキングにあと押しされ、テナーがクールに鳴く「類は友を呼ぶ(愛のテーマ)」とつづく。トム・スコットのテナーは本作のあと、映画『タクシードライバー』(1976年)でも、同様にハードボイルドする。

 

 また、アルバムのラストで、ふたたび「コンドル!」のヴァリエーションが短めに演奏される。映画ではラスト・シーンで流れる。新聞社に内部告発をした主人公、ターナーは孤立無援となり、その行く末が案じられる。クリスマス・ムードが溢れるタイムズ・スクエアの人込みに消え去ろうとする彼の姿が、モノクロームのストップモーションとなり、そこで──リリカルなアコースティック・ピアノのイントロ、ストリングスによるエモーショナルなテーマ、テナーの憂いを帯びたオブリガートと、一気に盛り上がる。曲がエンディングで一瞬メジャー・キーになったかと思うと、すぐにマイナーに戻る。これぞグルーシンのフィルム・スコアの醍醐味。そしてこの余韻こそ、ポラック×グルーシンの世界なのだ。

 

 最後にカヴァー曲について、簡単に触れておく。まずはグルーシン自身の演奏から──。『ライヴ・アット・武道館』(1982年)では、大編成のドリーム・オーケストラによるダイナミックな「コンドル!」を聴くことができる。前述の『シネマジック』(1987年)には「コンドル!」「グッドバイ・フォー・キャシー」の2曲が収録されている。原曲に沿ったアレンジだが、新たに付されたアドリブ・パートやダルセーニョにより、尺が長めとなっている。その点、完成形と云えるかもしれない。そうはいっても、ベースがエイブラハム・ラボリエルに代わり、YAMAHA DX7がローズの代替えとなっており、微妙なニュアンスの違いも感じられる。そのうち「グッドバイ・フォー・キャシー」のライヴ・ヴァージョンが『GRPスーパー・ライヴ!』(1988年)に収録された。

 

 オリジナルにも参加したリトナーは『ファースト・コース』(1976年)『リット・ハウス』(2002年)と2枚のリーダー作で「コンドル!」を採り上げた。前者はファンキーだけれど、ややレイジーな浮遊感が横溢するフュージョン・ナンバー。ギターがオクターブ奏法で主題をジャジーに歌いあげている。その曲のテーマ部がサンプリングされ、新たな曲に仕上げられたのが後者だ。意外なところでは同曲を、ドイツのトランぺッター、ティル・ブレナーが『ティル・ブレナー』(2012年)でカヴァーしている。これは、なかなかいい。原曲のムードを、現代的に継承している。正攻法によるアレンジからも、グルーシンへのオマージュがひしと感じられるのだ。ぜひ、お試しあれ。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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