Ray Bryant / Ray Bryant Trio (1957年)

レコード・プレイヤー
スポンサーリンク
スポンサーリンク

哀愁とロマンに満ちた名曲「ゴールデン・イヤリングス」でジャズ・ファンの心を虜にしたピアニスト、レイ・ブライアントの代表作『レイ・ブライアント・トリオ』

recommendation

Ray Bryant / Ray Bryant Trio (1957)

Golden Earrings

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

ブルース、ゴスペル、ブギウギがブレンドされた圧倒的なピアノ・プレイ

 

 レイ・ブライアント(1931年12月24日 – 2011年6月2日)は、ぼくにとっては思い出深いピアニストである。ジャズを聴きはじめて間もないころに出会った。たぶんバド・パウエル、ビル・エヴァンスに次いで覚えたジャズ・ピアニストだったと思う。あらゆる点でぼくがもっとも影響を受けたのはエヴァンスだけれど、衝撃を受けるというニュアンスではブライアントの演奏のほうによりこころを打たれたかもしれない。ブライアントのレコードを最初に手に入れたのは、中学生のとき。幼いころからクラシック・ピアノをはじめ、小学校高学年のころからポピュラー・ピアノも弾くようになっていたぼくは、当時ジャズという音楽に強く惹かれ、いずれは自分でも演奏してみたいと思っていた。本格的にジャズ・ピアノを弾きはじめたのは高校に進学してからのことだから、ブライアントはぼくにとって、気づきを与えてくれたピアニストのひとりと云える。

 

 ところでぼくが最初に手に入れたブライアントのレコードといえば、A面がピアノ・トリオ、B面がソロ・ピアノという変則的なアルバム『ホット・ターキー』(1976年)。サイドにメイジャー・ホリー(b)、パナマ・フランシス(ds)を従えて、1975年10月15日にニューヨークのナショナル・スタジオで吹き込まれた作品だが、フランスのブラック・アンド・ブルーというレーベルからリリースされた。いまだにオリジナル盤にお目にかかったことがないので、あるいは希少盤なのかもしれない。ぼくがリアルタイムで購入したレコードは、1979年に日本フォノグラムがスタートさせた「“K”コレクション」という名盤発掘シリーズの1枚として発売されたもの。この“K”とは、ジャズを専門とした月刊音楽雑誌『スイングジャーナル』(2010年に休刊)の編集長を17年にわたって務めた、児山紀芳のこと。

 

 実はこのレコード、かつて児山さんと一緒に仕事をしたことがあった、ぼくの父の勧めで手にとった(買ってもらった)。クラシックの愛好家だった父は、ジャズに関してはデューク・エリントンとアート・ブレイキーに集中するばかりで、まったく代わり映えのしないひとだった。当然のごとく、ブライアントのことなど知らなかったはず。そんんなわけで、おそらく児山さんのお墨付きというだけで、ぼくに『ホット・ターキー』の購入を促したのだろう。まあ結果的に、その中身がぼくを夢中にさせたのだから、棚からボタモチであり、モッケの幸いとも云える。なにしろぼくは、パウエルやエヴァンスの演奏には観られなかった、ブルース、ゴスペル、ブギウギがブレンドされた、ブライアントの圧倒的なスケールを誇るピアノ・プレイに感銘を受けたのだから。

ピアノを弾く犬とテーブルでカクテルを飲む猫のイラスト

 とはいっても、ブライアントは余技程度にピアノを弾くぼくにとって、いまもって高嶺の花のごときピアニスト。弾きたくても、弾けない。マネしたくても、マネできない。このアルバムでブライアントが繰り広げていたのは、そんな求不得苦を味わわされるようなピアニズムだった。いささか余談になるが、ぼくはゴスペル&ブルースをルーツとするピアニスト、リチャード・ティーのアルバム『ストローキン』(1979年)に収録されている同名曲のコピー譜を入手して、実際に弾いてみようとしたときにもおなじような挫折を味わった。アップテンポに乗って疾走するファンキーなピアノ・プレイは、強靭なリズム感とドライブ感をもつ。オクターヴ奏法とパラディドル奏法のミクスチュアは、とにかく手が忙しすぎる。それどころか、指が届かない箇所があったりするのだ。

 

 ブライアントのピアノ・プレイに関しては、実際にトランスクリプションを目にしたことはないけれど、右手でメロディ&コード、左手でバス声部を弾いていることは中学生のぼくにもわかった。特にブライアントは左手が屈強で、コードチェンジに即して繰り返されるシンコペーションがダイナミックだ。そのベースラインの強烈なビート感覚に、ぼくはもう立ち直れないくらい叩きのめされたもの。その影響力は定かではないけれど、ブライアントは中学生のころコントラバスも弾いていたという。それはともかく、ぼくはブライアントと出会ってから日ならずして、諦めの境地に達したのである。ただ、二度とブライアントやティーの演奏をマネしようと思うことはなかったけれど、いまもなお両者ともぼくの大好きなピアニストでありつづけている。

 

 そして『ホット・ターキー』は、世間の評価の如何にかかわらず、ぼくにとってはブライアントのリーダー作でもっとも好きな1枚となっている。ということでこのアルバムについてもう少し詳しくおはなしすると、ここで展開されているパフォーマンスは、1970年代のブライアントの典型的な演奏と云えるのではなかろうか。その特徴といえば、それまでのハード・バップの常識にとらわれない、彼が本来もっているゴスペルやブルースのフィーリングがベースとなった、よりダイナミックかつオープンな表現の豊かさが際立っているという点が、真っ先に挙げられる。A面のトリオ編成による3曲は、そんな圧倒的なグルーヴと自由闊達なエクスプレッションが、リスナーに身もこころも軽くなるような心地よさを与えるのである。

 

 サイドメンの人選も量才録用といった印象を与える。ベースを担当する歌うコンバスマンことメイジャー・ホリーは、1940年代後半から西海岸で活躍していたプレイヤー。個人的には、1960年代から1970年代にかけて吹き込まれた、クインシー・ジョーンズの作品でお世話になった。あとはブルース・フィーリングに富んだギタリスト、ケニー・バレルの名盤『ミッドナイト・ブルー』(1963年)のベースもホリーだった。バークリー音楽大学で教鞭を執るというインテリな一面も窺えるのだが、なんといってもスラム・スチュワートばりのハミング奏法がキャッチーで、内面にある感情や活力をのびのびと表現するベーシストといった印象を与える。彼のパフォーマンスは実に楽しくて、耳を傾けていると自然とこころが軽やかに弾んでしまうのだ。

 

 かたやドラムスのパナマ・フランシスは、1930年代からプロとして活躍してきた大ヴェテラン。きわめてスウィンギーなプレイヤーで、リズム・アンド・ブルースもお得意なひと。ラテンやブギウギが盛りだくさんのブライアントのポップなアルバム『グルーヴ・ハウス』(1963年)で、すでに共演済みである。ちなみに彼の本名は、デヴィッド・アルバート・フランシスという。これはフランシスがトランペッターのロイ・エルドリッジのバンドに在籍していたころの出来事なのだが、あるときエルドリッジが新人ドラマーだった彼の名前を失念するという、ハプニングが起きた。その際、エルドリッジはフランシスがたまたまパナマ帽をかぶっていたことから、“パナマ”と命名してしまったのだ。まったく、失礼極まりないことだ。

 

 それはともかく、ぼくの所持する日本フォノグラム盤の『ホット・ターキー』は、オリジナル盤の曲順とは異なり、A面の1曲目と3曲目が入れ替わっている。ぼくはすっかり日本フォノグラム盤に慣れてしまったので、それに従うとアルバム・オープナーはデューク・エリントンの「サテン・ドール」になるのだが、これこそ本作のベスト・トラックと云える。ブライアントのピアノが、ダイナミックに駆け降りたり、ブギウギしたり、どこまでも飛翔する。フランシスのマシンガンキッドなスネアも、すこぶるご機嫌である。そして待ってましたとばかりに、ホリーによる軽妙なハミングベースが登場する。このアルコ・ベース・ソロの際に歌声を重ねる技法は、あのボブ・ジェームスの『サイン・オブ・ザ・タイムス』(1981年)でも披露されている。一度聴いたら、アタマから離れないサウンドだ。

 

一般的にブライアントのリーダー作で傑作の呼び声高いアルバムとは?

 

 数ある名演が存在する「サテン・ドール」ではあるが、ぼくにとってはレッド・ガーランドの『アット・ザ・プレリュード』(1971年)に収録されている1959年のライヴ演奏や、マッコイ・タイナーの『バラードとブルースの夜』(1963年)での玉を転がすような流麗なタッチよりも、ブライアントのダイナミックかつドラマティックなパフォーマンスのほうが断然好きだ。つづくニール・ヘフティが作曲したカウント・ベイシー楽団の人気曲「リル・ダーリン」では、8分の6拍子のゆったりしたテンポに乗って、ブライアントのピアノが饒舌にブルースを歌う。リズム・アンド・ブルースの洗練されたムードが横溢するなか、フランシスがリムショットをヘッドショットに切り替えながら飽くまでエレガントなタッチで、徐々にブライアントを鼓吹していく。

 

 A面のラスト、ブライアントのオリジナル・ナンバー「ホット・ターキー」では、トリオは三位一体となって圧倒的なパフォーマンスを展開する。イントロはなくいきなりテーマからはじまるが、一気に空気が張り詰める。シンコペーテッドなアップ・テンポに乗って、ブライアントのピアノがファンキーかつグルーヴィーなフレーズを畳み掛けるように繰り出す。終始彼の強靭なアドリブ・プレイが主役だけれど、フランシスの五目炒飯のようなドラミングも曲を盛り上げる。なおブライアントがスー・レコードで吹き込んだ『コールド・ターキー』(1964年)のタイトル・ナンバーは、異名同曲。そちらのレコーディングでは、トミー・ブライアント(b)、ウォルター・パーキンス(ds)、ビッグ・ブラック(cg)が、サイドメンを務めた。

 

 もともと「コールド・ターキー」とは意味深長なタイトルだったけれど、文字どおり“温かい七面鳥料理”の意味に改められた。面白いね。でもニュー・ヴァージョンには、“コールド”よりも“ホット”のほうがお似合いと、ぼくは思う。なぜなら、この吹き込みにコンガは入っていないけれど、パフォーマンスはこちらのほうが断然熱いからだ。それはさておき、B面にはソロ・ピアノによる4曲が収録されているが、いずれのトラックもブライアントの得意とするゴスペル・タッチのソウルフルなプレイが際立っている。なんといってもピアノ1台で重層的なハーモニーと躍動的なリズムを、リッチに響かせているところがスゴい。その魅力的なテクニックといったら、1600人以上の聴衆のハートを鷲づかみにした、あのライヴ盤『アローン・アット・モントルー』(1972年)で、すでに証明済みだ。

ダブルベースを弾く犬とテーブルでカクテルを飲む猫のイラスト

 途中からテンポが上がるブルージーなウィリアム・クリストファー・ハンディの「セントルイス・ブルース」ブギウギからスウィング・スタイルに移行するビリー・ストレイホーンの「A列車で行こう」バラード演奏が香気と品格に満ちたデューク・エリントンの「ソフィスティケイテッド・レディ」そしてブライアント自身の曲でいささかセロニアス・モンクを彷彿させるブルース・ナンバー「B&Hブルース」と、圧倒的なソロ・パフォーマンスが繰り広げられる。なお『ホット・ターキー』は、1993年に徳間ジャパンコミュニケーションズのノーマ・レーベルから、既存の3曲に未発表音源3曲を加えた全編トリオの曲でまとめられたレコードも発売された。やはり日本人は、ピアノ・トリオが大好きなのだろう。ぼくも好きだけれど、うかうかしていたら完全限定プレス盤だったので、買いそびれてしまった。

 

 とはいえ『ホット・ターキー』はCDとして何度かリイシューされており、CD盤ではトリオもソロも全曲聴くことができる。ぼくもCDを入手して、ようやくトリオによる演奏の全貌を知ることができた。もっとも手にとりやすいのは、2018年にウルトラ・ヴァイヴのレーベル、ソリッド・レコードから発売されたCD盤。曲順はブラック・アンド・ブルーのオリジナル盤のA面、B面、それにノーマ盤のB面が後続するという構成。ただ、トリオ→ソロ→追加のトリオという流れに違和感を感じるかたは、プレイヤーにプログラム機能があれば、お好みに応じて曲順を変更してみてはいかがだろう。ちなみに、1997年にリイシューされたブラック・アンド・ブルーのCD(フランス盤)では、ソロ→トリオ→追加のトリオ(一部曲順に変更あり)となっている。いずれにせよ『ホット・ターキー』を、ぼくは断然お薦めする。

 

 長々とブライアントに対する思いの丈を述べてきたが、この『ホット・ターキー』を彼の代表作として位置づける向きはきわめて少ない。一般的にブライアントのアルバムで傑作の呼び声が高いものというと、さきに触れた『アローン・アット・モントルー』などが真っ先に挙げられるだろう。スイス、レマン湖畔の小さな町モントルーにおいて、毎年(6月末の数日を含む)7月、約2週間に渡り開催されるモントルー・ジャズ・フェスティヴァルでの伝説的なソロ・ピアノ・ライブ盤。とにかくステージの熱気と観客の一体感が素晴らしい、ブライアントの出世作にして最大のヒット作のひとつ。これまで述べてきた彼の驚異的なピアニズムが、あたかも目のまえで繰り広げられているかのように体感される、文句なしの大傑作だ。

 

 ソロ・ピアノのアルバムでは、プレスティッジ・レコードのサブレーベルのひとつ、ニュー・ジャズからリリースされた『アローン・ウィズ・ザ・ブルース』(1959年)も人気が高い。ブライアントにとってはじめてのソロ・ピアノによるレコーディングだが、名盤と呼ぶに相応しい作品であると、ぼくは思う。いかさま『アローン・アット・モントルー』と比較すると地味に感じられるけれど、ここでのブライアントの演奏には確かな実力や味わいがあり、その深い魅力から評論家や耳の肥えたファンからは高く評価されているようだ。当時は若きモダン・トラディショナリストと目されていたブライアントだが、ブルース演奏に専心する際の彼は、まさに水を得た魚のように生き生きしている。このアルバムでは、そんな決定的瞬間が見事に捉えられている。

 

 そのいっぽうで、トリオ編成での吹き込みで世間に広く知られた優れたブライアント作品というと、たとえばコロムビア・レコードからリリースされた『リトル・スージー』(1960年)を挙げる向きが、けっこう多いのではなかろうか。彼が愛娘にちなんで書いたタイトル・ナンバー「リトル・スージー」が収められていることや、終始スウィンギーかつグルーヴィーな演奏が繰り広げられていることが、本作に打ち解けた雰囲気のアルバムといった印象を与えているように思われる。この「リトル・スージー」は、ジョー・ジョーンズ・トリオのヴァンガード盤『ジョー・ジョーンズ・プラス・トゥー』(1959年)、1960年にシグネチュア・レコードから発売されたEPレコードにつづく、3度目の吹き込み。前述の『アローン・アット・モントルー』でも採り上げられた、お馴染みのゴスペル・タッチの曲だ。

 

 この「リトル・スージー」という曲、だれでも口ずさむことができるようなメロディック・ラインと、実際に身体を揺すったり踊ったりしたくなるようなリズムがすこぶる魅力的。ブライアント本人を含むトリオのメンバーによるハンド・クラッピングも、実にキャッチーだ。この曲を含むオリジナル・ナンバー、ジャズ・スタンダーズ、そしてトラディショナルと、バランスよく収録されたアルバム『リトル・スージー』では、ブライアントの真骨頂とも云うべき、ブルージーでノリのいいリズムのセンスとファンキーなフィーリングが包括的に網羅されている。ブライアントの実兄、トミー・ブライアント(b)、ともにデトロイトのジャズ・シーンをリードしたオリヴァー・ジャクソン(ds)とエディ・ロック(ds)といったサイドメンの演奏もブレがなく、こころ置きなく聴くことができる。これもまた、秀逸な佳作である。

 

代表作であるばかりでなくピアノ・トリオ屈指の名盤とまで云われている

 

 この『リトル・スージー』のおよそ1か月まえの吹き込みで、やはりトミー・ブライアント(b)、オリヴァー・ジャクソン(ds)がサイドに据えられたトリオ作品『レイ・ブライアント・プレイズ』(1960年)というアルバムがあるが、わが国ではいっときジャズ喫茶のマスターやレコード・コレクターの間でやたらと珍重されていた。なかには40枚を超えるブライアントのリーダー作のなかでも間違いなくベスト5に入ると、本作を高く評価する向きもあった。またセカンドハンド・レコード市場においても、最後の幻の名盤などと称され、ずいぶんともて囃されていたもの。それもそのはず、前述の「リトル・スージー」のEP盤とともにこのアルバムをリリースしたシグネチュア・レコードは、極度の経営不振から度々活動を休止していた。追加プレスなど、望むべくもなかったのである。

 

 ぼくの場合、このアルバムの存在を知ったのはまだ一般にインターネットが普及していなかったころということもあり、当時、雑誌の批評やジャズ喫茶店主の口コミに煽られたレコード・マニアたちの間で、このレコードが神格化されていたことなど、知る由もなかった。そもそもぼくは所謂コレクターではないので、そういう騒ぎとは無縁なのだ。しかもこのレコード、ぼくが大学に通っていたころ、なにごともなかったかのように、キングレコードから国内盤が発売された。まあ、ぼくのように感じた向きはむしろ稀で、多くのジャズ・ファンがこの出来事に欣喜雀躍したのかもしれない。かくいうぼくだって、この国内盤のタスキに記された「最後の幻の名盤、遂に完全復刻なる」という文言を目にしたとき、期待に胸を膨らませたものである。

 

 ところがこの『レイ・ブライアント・プレイズ』は、率直に云うとジャズの歴史を揺るがすような大傑作ではないし、本来血眼になって探すようなレコードではない。そういう意味で、ぼくにとっては肩透かしを食った1枚だった。かといって、内容が悪いわけではない。ただブライアントの得意とするゴスペル・タッチのソウルフルなプレイが輝きを放つ場面は、だいぶ少なめである。ブライアントのオリジナル・ナンバー「スニーキング・アラウンド」やホレス・シルヴァーの「ドゥードリン」のアドリブ・パートのピークではファンキーな歯切れのよさが光るが、俯瞰するとこのアルバムでのブライアントは、オーソドックスなハード・バップ・ピアニストといった印象を与える。その端正で軽妙なタッチから、聴きやすく親しみやすいピアノ・トリオ作品と云える。

ドラムスを叩く犬とテーブルでカクテルを飲む猫のイラスト

 しかし端からブライアントにバド・パウエルのようなプレイを期待していないぼくにとって、彼のディスコグラフィにおいて『レイ・ブライアント・プレイズ』は、正直云って及第点レベルの出来栄えの作品に位置づけられる。異議を唱えられるかもしれないが、個人的にはピアノ・トリオ作品だったら、カデット・レコード時代の『ザ・レイ・ブライアント・タッチ』(1967年)や『サウンド・レイ』(1969年)といったアルバムのほうが、ブライアントのもちまえのファンキーかつグルーヴィーなピアニズムが全開されていて、より魅力的に感じられる。かつてはマーケットで30万円以上の高値で取引されたこともあるという『レイ・ブライアント・プレイズ』だが、CD時代には何度となくリイシューされ、中古盤は頻繁にワゴンセールに並ぶほど価値が低下した。皮肉なことである。

 

 さて最後になったが、ブライアントのアルバムでもっとも有名でもっとも人気が高いのは、なんだかんだ云っても唯一プレスティッジ・レコードからリリースされた『レイ・ブライアント・トリオ』(1957年)だろう。広範なジャズ・ファンの間で、ピアノ・トリオ屈指の名盤とまで云われている。ぼくもそんな世間の評判に流されて、ブライアントの演奏を聴きはじめてから早期の段階でこのアルバムを手にとった。正直に告白すると、このレコードの聴取に意気込んで臨んだときのぼくといえば、いささか拍子抜けしてしまった。ここでのブライアントのパフォーマンスは、強烈なブルース・フィールを横溢させてはいるものの、エレガントかつリストレインドな印象を与える。実はその点こそが本作が名盤たる所以なのだが、ぼくは『ホット・ターキー』から入ってしまったものだから、当初は早合点してしまったのである。

 

 本作は1957年4月5日、まだニュージャージー州ハッケンサックにあったころのヴァン・ゲルダー・スタジオで録音された。サイドメンはアイク・アイザックス(b)、スペックス・ライト(ds)といった、ブライアントがアメリカを代表する女性ジャズ・シンガー、カーメン・マクレエのバック・ユニットとして活躍していたころのメンバーだ。イギリスの劇作家で作曲家のノエル・カワードの作品が採り上げられたマクレエのアルバム『マッド・アバウト・ザ・マン』(1958年)でも、このトリオの演奏を聴くことができる。ちなみにアイザックスは、のちにマクレエの2番目の夫となる。いずれにせよ、このトリオの中心はブライアントでサイドのふたりは飽くまでもサポートに徹して、終始小気味よくスウィングしている。

 

 アルバムのオープニングを飾る「ゴールデン・イヤリングス」は、ヴィクター・ヤングが作曲した映画主題曲。この名盤をして真の名盤たらしめたのは、この1曲と云っても過言ではないだろう。パブロ・デ・サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」でも使われている、ハンガリー民謡がアダプトされたメロディック・ラインが、ひたすら哀愁を漂わせる。ブライアントはエレガントかつモダンに端正なフレーズを綴っていく。モダン・ジャズ・クァルテット(MJQ)を彷彿させる、美しさや抑制されたクールネスが際立つが、両手の絶妙なバランスに彼らしさが垣間見える。つづくマット・デニスの「エンジェル・アイズ」はソロ・ピアノで演奏されるが、ブライアントによる暗澹とした翳りを帯びたフレージングが絶品。深い哀感がこもった、バラードの名演である。

 

 ブライアントのオリジナル・ナンバー「ブルース・チェンジズ」は、歩くようなテンポの洗練された品格と高級感が漂うナンバー。ブライアントの瀟洒なタッチが、素晴らしい。最初と最後のルバート演奏にも、クラッシーな美しさが際立つ。やはりブライアントの自作曲「スプリッティン」は、アップテンポのスウィンギーかつファンキーなナンバー。ブライアントのテクニカルなプレイはいささか控えめだが鮮やか。そこには『ホット・ターキー』では観られない、奥ゆかしさが感じられる。B面冒頭のMJQのジョン・ルイスの曲「ジャンゴ」では、原曲と同様にチェンバー・ミュージックのようなムードを漂わせながらも、後半ではブライアントお得意のゴスペル・タッチも出来する。レイ・ヘンダーソンの「ザ・スリル・イズ・ゴーン」は、リラックスした感じの演奏だが、ブライアントのピアノは相変わらずよく歌っている。

 

 トランペッター、クリフォード・ブラウンの「ダフード」では、ブライアントが左右の手のタイミングを駆使した独特のスタイルで、ブルージーにスウィングする。さきの「ブルース・チェンジズ」や「スプリッティン」と同様に、やや抑え気味ではあるけれど、彼のピアノ・プレイにはブルージーでノリのいいリズムのセンス、そしてファンキーなフィーリングが見受けられる。アルバムを締めくくる、ピアニストのジェラルド・ウィギンスとドラマーのケニー・クラークとの共作「ソナー」でも、やはりブライアントは軽快にスウィングする。左手がストライド・ピアノのようなコンピングを展開するところも彼らしい。そういった個性が本作では全開することはないが、お得意のゴスペルやブルースが隠し味になっていることが、却ってアルバムに品格を与えているようにも思われるのである。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

コメント

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました