Alan Pasqua, Dave Carpenter, Peter Erskine / The Way You Look Tonight (2007年)

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教育者、作曲家、そして演奏家としてはロックやフュージョンのキーボーディストといった側面をもつアラン・パスクァによる、2008年のグラミー賞にもノミネートされたピアノ・トリオ作品『今宵の君は』

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Alan Pasqua, Dave Carpenter, Peter Erskine / The Way You Look Tonight (2007)

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既存の音楽の枠組みや固定観念にとらわれず、自由な発想や表現を追求

 

 好きなのにもかかわらず、ご紹介できていないピアニストが、まだまだいる。アラン・パスクァもそのひとり。1990年代の中盤からおよそ15年間、彼のアルバムがリリースされると、ぼくは必ず手にとっていたものだ。パスクァはアメリカ、ニュージャージー州ローゼル・パーク出身のジャズ・ピアニストだけれど、その当時、日本で彼にスポットが当てられる機会は、あまりなかったように思われる。たまに日本国内でアルバムが発売されたりすると、ちょっとは話題にはなるのだが、それは大抵そのとき限りのこととなる。おそらくパスクァがジャズ・ピアニストでありながら、教育者、作曲家、そして演奏家としてはロックやフュージョンのキーボーディストといった側面をもつからかもしれない。なぜか日本では、こういうタイプのミュージシャンは、あまり評価されないのである。

 

 アメリカではパスクァのように、既存の音楽の枠組みや固定観念にとらわれず、自由な発想や表現を追求する姿勢を示すミュージシャンは存外多い。そういう音楽家は、自分自身を特定のスタイルに縛りつけないようにすることで、新しい価値観や多様な魅力を生み出そうとしているのだろう。しかしながらわが国においては、たとえばモダン・ジャズをこよなく愛するファンから、一極集中するようなプレイヤーが高く評価されるいっぽうで、常に過不足なく調和がとれているようなミュージシャンの場合、そういう音楽性を無個性と捉えられてしまうことが、ままあるのである。むろん一部のクリティックのなかには、フレキシブルな思考と多角的な視点でジャズという音楽を俯瞰する向きもある。世代的なこともあるのかもしれないが、ぼくも後者に属する。

 

 思えばパスクァのことをはじめて知ったのは、英国出身のギタリスト、アラン・ホールズワースによる初の本人名義のアルバム『ヴェルヴェット・ダークネス』(1976年)において。ホールズワースは自分に断りなく本作をリリースしたCTIレコードに対し憤りを感じていたようだけれど、もともとプログレッシヴ・ロック・バンドでプレイしていた彼ならではのソリッドなギター・ワークとユニークなトーンが際立ったこのレコーディングはいまでも、ギター・ファンのみならずフュージョンの愛好家にとっても垂涎の的である。ところでこのアルバムで、ベーシストのアルフォンソ・ジョンソンやドラマーのナラダ・マイケル・ウォルデンとともに、フェンダー・ローズをはじめとする各種のキーボードで熱い演奏を繰り広げているのが、だれあろうパスクァなのである。

ピアノを弾く犬のイラスト

 そもそもこの『ヴェルヴェット・ダークネス』は、CTIレコードの作品としては異色作と云える。CTIは云うまでもなく音楽プロデューサー、クリード・テイラーによって設立された、ジャズ・レコード・レーベル。ジャズといってもその作品群は、同時代のソウル、ファンク、ポップス、ブラジリアン・ミュージック、クラシックなどの要素が採り入れられたスタイルが際立っている。また、リズム・セクションに、ストリングス、ウッドウィンズ、ブラスなどが加えられた、オーケストラルな編成によるダイナミックなサウンドが呼びものとなっていた。それすなわちクロスオーヴァーと呼ばれていたもので、CTIはこのジャンルにおいて先鞭をつけたレーベルと云える。しかしながら『ヴェルヴェット・ダークネス』は、ジャズの精神が保持されながらもかなりロック寄りの作品だ。

 

 このアルバム、他のCTI作品と同様にジャズ・サウンドのパイオニア的エンジニア、ルディ・ヴァン・ゲルダーの手によってニュージャージー州イングルウッドクリフスのヴァン・ゲルダー・スタジオで吹き込まれた。にもかかわらず、ちっともCTIサウンドらしく聴こえないのである。それはホールズワースの音楽が、ジャズに対する既存の観念に少しもとらわれることのない、しかもクロスオーヴァーという柔軟な枠にすら収まらないものだからだろう。ホールズワース自身がそういう独特の存在感を放つギタリストで、それが彼の魅力でもあるのだけれど、パスクァもそれに似た風格を感じさせるキーボーディストだ。実はホールズワースとパスクァはともに、1975年の春に結成されたザ・ニュー・トニー・ウィリアムス・ライフタイムのメンバーだった。

 

 このバンドは云うまでもなく、ジャズとロックとを跨いで活躍するイリノイ州シカゴ出身の天才ドラマー、トニー・ウィリアムスが率いたクァルテット(ベーシストはミシガン州デトロイト出身のトニー・ニュートン)。このバンドでのホールズワースとパスクァのプレイは『ビリーヴ・イット』(1975年)『ミリオン・ダラー・レッグス』(1976年)といった2枚のアルバムで聴くことができる。さらに付言すると、ホールズワースとパスクァは2007年5月、故人となったウィリアムスへのトリビュートとして、このプロジェクトのために新たにバンドを組み、ヨーロッパ・ツアーを行った。メンバーは、アラン・ホールズワース(g)、アラン・パスクァ(key)、ジミー・ハスリップ(b)、チャド・ワッカーマン(ds)といった凄腕の4人である。

 

 このツアーでは、ホールズワース特有のレガート奏法や独特のハーモニーはもちろんのこと、各メンバーのヴァーチュオシックかつスリリングなインプロヴィゼーションが披露された。この公演のうち2007年5月19日に行われた、ヨーロッパでもっとも有名で歴史のある伝説的なジャズ・クラブ、ベルリンのクオシモード・クラブでのパフォーマンスは、実況録音され商品化されている。ホールズワース、パスクァ、ハスリップ、ワッカーマンの4人名義の2枚組CDアルバム『ブルース・フォー・トニー』(2009年)がそれで、ボスニア(旧ユーゴスラビア)生まれの南イタリア育ち、そしてニューヨークを活動拠点とするプロデューサー、ツアーマネージャー、そしてプロモーターでもあるレオナルド・パヴコヴィッチが創設したムーンジューン・レコードからリリースされた。

 

 このムーンジューン・レコードだが、プログレッシヴ・ロック、ジャズ・ロック、そしてアヴァンギャルドな音楽に照準が当てられたレーベルであるということが、実に興味深い。つまり4人のパフォーマンスがそれらの音楽ジャンルに属するものと認識されているわけだが、むろんジャズ、フュージョンの愛好家が聴いても大満足のコンテンツとなっている。曲目のほうもザ・ニュー・トニー・ウィリアムス・ライフタイムのレパートリーからメンバーの書き下ろしナンバーまで、充実した内容である。グラミー賞の受賞者でもあるエンジニア、リッチ・ブリーンによるレコーディング&マスタリングも素晴らしい。ちなみに、彼はパスクァのアルバムも何枚か手がけている。本作は、ヴィヴィド・サウンド・コーポレーションによって日本国内でも発売されているので、ぜひとも手にとっていただきたい。

 

スピード感のあるバリバリのハードロックをプレイしていたこともある

 

 いずれにしても、このライヴでのパスクァのプレイから、ビバップやハード・バップあるいはポスト・バップ的なものであったとしても、アコースティックなジャズ・パフォーマンスを想像することは、なかなか困難なことである。しかも彼は、ザ・ニュー・トニー・ウィリアムス・ライフタイムに参加したあとも、ロック・シンガーのエディ・マネーのファースト・アルバム『噂のエディー・マネー』(1977年)にキーボーディストとして参加。さらにその後は、ロックの殿堂入りも果たしたシンガーソングライター、ボブ・ディランのバンド・メンバーとなる。ディランのライヴ・アルバム『武道館』(1978年)で、キーボードをプレイしているのはパスクァなのだ。1978年2月28日と3月1日の日本武道館での公演が収録されたものだが、25歳のパスクァはまだまだ無名だった。

 

 パスクァはディランやマネーのレコーディングに継続的に参加するいっぽうで、1980年代に入ると、ジョン・フォガティの『アイ・オブ・ザ・ゾンビー』(1986年)、スターシップの『ノー・プロテクション』(1987年)、アラン・ホールズワースの『サンド』(1987年)といった、いわゆるロックの名盤のレコーディングでも起用されている。そんななか特に目を引くのは、メキシコ生まれのロック・ギタリスト、カルロス・サンタナのレコーディング。パスクァはサンタナの『マラソン』(1979年)『ジーバップ!』(1981年)『ハバナ・ムーン』(1983年)といったアルバムに、キーボーディストとして参加している。さらに驚かされるのは、パスクァがテネシー州ナッシュヴィル出身の音楽プロデューサー兼ギタリスト、ダン・ハフとバンドを組んでいたことである。

 

 パスクァとハフは、1987年にジャイアントというバンドを結成している。メンバーは、ダン・ハフ(g, vo)、アラン・パスクァ(key)、マイク・ブリグナーデロ(b)、デヴィッド・ハフ(ds)。このグループ、実はなんとハードロックないしヘヴィ・メタル系のバンドなのである。ファースト・アルバム『ラスト・オブ・ザ・ランナウェイズ』(1989年)がスマッシュヒットとなったこともあり、ロック・ファンには広く知られている。セカンド・アルバム『タイム・トゥ・バーン』(1992年)をリリースしたあと一時解散し、2000年に再結成している。パスクァがこのバンドのキーボーディストを務めていたのは、このセカンド・アルバムまでである。いずれにせよ、彼がおよそ5年間、スピード感のあるバリバリのハードロックをプレイしていたというのは、あまりにも意外な事実だった。

ウッドベースを弾く犬のイラスト

 そんなパスクァとジャズとが、どのように結びつくのか。実は彼は案外早い時期に、ジャズ・ピアニストとしての才能の片鱗を見せている。それはビバップとスキャット・ジャズの歌唱スタイルを開拓した、ミシガン州デトロイト出身の女性シンガー、シーラ・ジョーダンのレコーディングでのこと。ジョーダンのアルバムに『コンファメーション』(1975年)というのがある。彼女にとってセカンド・アルバムに当たるが、日本を代表するジャズ・プロデューサー、伊藤八十八が制作を手がけた日本盤で、彼自身が設立したレーベル、イースト・ウィンドからリリースされた。ジョーダンが師と仰ぐチャーリー・パーカーに捧げた、ジャズ・スタンダーズを自由なヴォーカル・スタイルで聴かせる、なかなかの力作。リズム隊とのインタープレイが素晴らしい。

 

 ところでこのジョーダンのアルバムで、キャメロン・ブラウン(b)、ビーヴァー・ハリス(ds)、ノーマン・マーネル(ts)とともにバックを務めているのが、パスクァなのだ。吹き込みは1975年7月12日、13日、ニューヨークのヴァンガード・スタジオで行われた。ここでのパスクァはポスト・バップ然としたピアノ・プレイを繰り広げている。前述のザ・ニュー・トニー・ウィリアムス・ライフタイムのアルバム『ビリーヴ・イット』と同年同月のレコーディングであることが、なんとも興味深い。かたやジャズ・ファンク、あるいはフュージョンといった音作りのなかで、フェンダー・ローズによって煌びやかで弾けるようなフレーズを綴るパスクァが、ジャズ・ピアニストとして面目躍如たるアコースティック・ピアノによるモダンな演奏を披露しているのだから、愉快と云うしかない。

 

 とはいってもよく聴くと、フェンダー・ローズであってもアコースティック・ピアノであっても、パスクァのピアニズムにはジャズの精神性がしかと感じられるのだ。そんなパスクァはさきにもちょっと触れたが、1952年6月28日、ニュージャージー州ローゼル・パークに生まれた。7歳からクラシック・ピアノのレッスンを受け、10代のころには、ロックやジャズのバンドで演奏。高校卒業後はインディアナ大学に進学し、1970年代初頭にはマサチューセッツ州ボストンのニューイングランド音楽院において、ジャズ・ピアニストのジャッキー・バイアードに師事した。プロ・ミュージシャンになるキッカケは、スタン・ケントン楽団において体調を崩したケントンの代役でピアノを弾いたこと。当時のパスクァの同居人、ドラマーのピーター・アースキンが彼をピンチヒッターに推薦した。

 

 さらに付け加えておくと、若き日のパスクァはニューイングランド音楽院において、ガンサー・シュラージョージ・ラッセルといった当時のサード・ストリームを主導した作曲家の薫陶を受けている。同音楽院にて関連する学位プログラムを備えた、サード・ストリーム部門を設立したのはシュラーだった。サード・ストリームというのは簡単に云うと、ジャズとクラシック音楽とが融合された音楽ジャンルのこと。1957年、シュラーによって、マサチューセッツ州ウォルサムにあるブランダイス大学での講義のなかで、考案されたものである。彼はのちにこの新しいジャンルの音楽を、ジャズとクラシック音楽とのほぼ中間に位置すると明確に定義しているが、インプロヴィゼーションを重要な要素と捉えているのもまた事実である。

 

 いずれにしてもこれまで述べたとおり、パスクァがホールズワースと同様に、ジャズに対する既存の観念に少しもとらわれることもなく、クロスオーヴァーという柔軟な枠にすら収まらない演奏活動を展開するのは、シュラーやラッセルの教えを受けたことが少なからず影響しているからと、ぼくは思うのである。それ故か、パスクァはなかなかモダン・ジャズの現場に戻ってこなかった。なお彼をザ・ニュー・トニー・ウィリアムス・ライフタイムのメンバーに推薦したのは、師のひとりであるジョージ・ラッセルだった。またパスクァは後年、ロサンゼルスの南カリフォルニア大学ソーントン音楽学校のジャズ科において、教授として教鞭を執ることになるのだが、その点からも彼が即興演奏をはじめとする音楽理論に精通していることは明白だろう。

 

2000年代に入ってからはピアノ・トリオ作品も何枚か発表している

 

 自己のロック・バンド、ジャイアントでの活動を継続させながら、キーボーディストとして様々なアーティストのレコーディングに参加していたパスクァが、アコースティックなモダン・ジャズに回帰したプレイを披露するようになるのは、1990年代の中ごろまで待たなければならない。彼は1993年10月10日、11日、ニューヨークのサウンド・オン・サウンド・スタジオにおいて、個人名義の初リーダー作を吹き込む。ひょっとするとジャイアントの解散がひとつの節目となり、パスクァは単独名義アルバムの制作への意欲が掻き立てられたのかもしれない。とにもかくにも、このニューヨークのポストカーズというレーベルからリリースされたアルバム『ミラグロ』(1994年)では、それまでの経験に裏打ちされたパスクァの実力が発揮された、現代的かつ冒険的なモダン・ジャズが展開されている。

 

 デイヴ・ホランド(b)、ジャック・ディジョネット(ds)といった、キース・ジャレット所縁のリズム隊を軸に、圧倒的なテクニックと多彩な表現力を兼ね備えたマイケル・ブレッカー(ts)がフィーチュアされる。故にここではパスクァのピアノ・プレイも含めて、アーバンかつアップトゥデイトなジャズが繰り広げられている。曲目はコール・ポーターの「オール・オブ・ユー」と、トーマス・ペイン・ウェステンドルフの「アイル・テイク・ユー・ホーム・アゲイン・キャスリーン」以外は、すべてパスクァのオリジナル・ナンバーでまとめられているが、彼の作曲家としてのセンスが光る。ロジャー・ローゼンバーグ(fl)、デイヴ・トファニ(bcl)、ウィリー・オレネック(tp, fl)、ジャック・シャッツ(tb)からなるホーン・セクションのアレンジもまた、異彩を放っている。

 

 このアルバムを機に、パスクァはモダン・ジャズの演奏にウェイトを置くようになる。とはいっても彼の演奏には、ピアノ・トリオをはじめとする伝統的なコンボ・スタイルが守られながらも、リズムやハーモニーの解釈に関しては現代風に変えられる傾向がある。まあこのころのジャズ/フュージョン・シーンにおいては、アコースティック・サウンドへの回帰とニュージェネレーション・スタイルの模索とが推し進められていたから、パスクァのプレイを時代を体現したものと捉えても差し支えないだろう。そんななかパスクァは、ポストカーズからセカンド・アルバム『デディケーションズ』(1996年)を発表。デイヴ・ホランド(b)、ポール・モチアン(ds)、ゲイリー・バーツ(as)、マイケル・ブレッカー(ss, ts)、ランディ・ブレッカー(tp)を従えての吹き込みは、いまもなおフレッシュな魅力を放っている。

ドラムを叩く犬のイラスト

 このアルバムのあとパスクァは、ニューメキシコ州サンタフェに拠点を構えるレーベル、ブルー・フォレスト・レコードから『ラシアン・ペザント』(1999年)というソロ・ピアノ集リリースしている。パスクァ自らレコーディングとミキシングを手がけ、ロサンゼルスのプライヴェート・スタジオで吹き込みを行った。本作は、ニューヨーク州キャッツキル出身の女流作曲家、ロバータ・フェイゲンバウムが作曲した楽曲を、パスクァがソロ・ピアノで演奏、解釈するという、ある種のコラボレーション・アルバムである。当時サンタフェ在住だったフェイゲンバウムは、多岐にわたるスタイルで作品を制作する音楽家として知られていたが、本作でもジャズ、フォーク、クラシックなどを融合させた独特の世界を描いている。パウクァによるピアノ演奏がもつ、豊かな音の質感と繊細かつ複雑な表現も絶品だ。

 

 実はぼくは、この『ラシアン・ペザント』を聴いて、完全にパスクァという音楽家の虜になったのである。彼のソロ・ピアノには、特定の音楽ジャンルの枠にとらわれない広がりのようなものが感じられる。そしてそれは、難解さとはまったく無縁のリスナーのイマジネーションを優しく刺激するようなもの。パスクァのピアノが描き出す、あたかも淡彩画のような透明感と軽やかさに溢れた音世界に身を委ねるのは、ぼくにとって至福の時間を過ごすことなのだ。自作曲を集めた『ソロ』(2006年)、ビル・エヴァンスに捧げられた『ビル・エヴァンスへのオマージュ』(2011年)、スタンダード作品集『ソリロクィ』(2018年)といった、彼がときおり吹き込んできたソロ・ピアノ・アルバムは、どれも何度聴いても新鮮に感じさせる味わい深い作品ばかりだ。

 

 そのいっぽうでパスクァは、2000年代に入ってからピアノ・トリオ作品も何枚か発表している。なかでも盟友のピーター・アースキンが立ち上げたレーベル、ファジー・ミュージックからリリースされた、アラン・パスクァ(p)、デイヴ・カーペンター(b)、ピーター・アースキン(ds)による『ライヴ・アット・ロッコ』(2000年)『バッドランズ』(2001年)『今宵の君は』(2007年)といった3作では、幅広い音楽性が打ち出されたトリオ・プレイを堪能することができる。このうち1枚目は1999年10月21日、22日、かつてロサンゼルス、ベルエアにあった伝説のジャズ・クラブ、ロッコにおいて実況録音された2枚組CDである。なおカーペンターは2008年6月24日、心臓発作により48歳という若さで急逝したが、後釜には、ポーランド、ヴロツワフ出身のベーシスト、ダレク “オレス” オレシュキェヴィッチが座った。

 

 上記の3枚のうち、だれにでもお薦めできるのが『今宵の君は』である。前2作がメンバーのオリジナル・ナンバー中心に構成されていたのに対し、本作はすべて比較的よく知られたトラディショナルとジャズ・スタンダーズとでまとめられている。このアルバム、日本で先行発売されたのだが、国内盤はファッションモデルの竹下玲奈のモノクローム写真があしらわれたふたつ折りの紙ジャケット。CD本体は、音質面で優秀な濃緑色の特注ポリカーボネート製といった、贅沢な仕様だった。その後アメリカでリリースされた際、ジャケットはグラフィックデザインに、アルバム・タイトルは『スタンダーズ』に変更された。レコーディングは2007年1月18日、19日、カリフォルニア州ラホヤの神経科学研究所の講堂で行われた。ダイレクト・トゥ 2トラック・ステレオによる臨場感溢れる音質が素晴らしい。

 

 アルバムは、ジェローム・カーンの「今宵の君は」からスタート。3人のウォーミングアップ的な肩ひじを張らない演奏に好感がもてる。内省的なグルーヴが、なんとも心地いい。スウェーデン民謡の「ディア・オールド・ストックホルム」では、パスクァによるリハーモナイゼーションが原曲に新しい色彩を与えている。静かに熱気が高まっていく感じが絶妙だ。ジミー・ヴァン・ヒューゼンの「ディープ・イン・ア・ドリーム」では、パスクァの繊細なバラード表現にこころを奪われるばかりだ。ディジー・ガレスピーの「コン・アルマ」では、カーペンターとアースキンとが打ち出すアフロビートと4ビートのシークエンスが、都会的なムードを演出する。リチャード・ロジャースの「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」では、ピアノを中心とした安らぎを感じさせるスウィング感が絶品だ。

 

 クルト・ヴァイルの「スピーク・ロウ」では、アースキンの華麗なスティック・ワークが随一。ジミー・ドーシーの「アイム・グラッド・ゼア・イズ・ユー」では、静寂に包まれるようなバラード演奏に息を呑む。ジョージ・フラゴスの「アイ・ヒア・ア・ラプソディ」では、バップ然としたスピーディなピアノ、しなやかなベース、8バースでの当意即妙なドラムスと、終始爽快だ。ジェローム・カーンの「アイム・オールド・ファッションド」では、トリオの明るくスッキリした演奏に胸がすく。フレデリック・ロウの「踊り明かそう」では、超スローテンポのプレイに意表をつかれる。個人的には、この叙情的なアレンジが大好き。こころに深く染みるような演奏は、アルバムを締めくくるのに相応しい。そして、ここに収められた10ピースのように、聴けば聴くほど深い感動をもたらすという点は、パスクァの音楽性にそのまま通じるものでもある。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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