ジャズ・ピアニストから作曲家に転身した大野雄二がサウンド・クリエイターとしてはじめて制作した本格的なリーダー・アルバム『スペース・キッド』
Album : 大野雄二 / Space Kid (1978)
Today’s Tune : Mayflower
そのジャズ・ピアニスト時代と作曲家への転身
久々に大野雄二のアルバムを採り上げる。云うまでもなく大野さんは、ジャズ・ピアニストとしてキャリアをスタートさせ、その後、映画『犬神家の一族』(1976年)やテレビアニメ『ルパン三世』第2シリーズ(1977年 – 1980年)の音楽を手がけ、作曲家として広く知られるようになった音楽家。1941年5月30日、スタジオジブリのアニメ映画『おもひでぽろぽろ』(1991年)の舞台となったローマ風呂で知られる、静岡県熱海市のホテル大野屋の次男坊として生まれた大野さんは、中学時代にジャズに目覚め、高校時代にはバンド演奏を開始。さらに慶應義塾大学ライト・ミュージック・ソサイェティーで活躍し、鈴木宏昌、佐藤允彦とともに“慶應三羽烏”として勇名を馳せた。卒業後はクラリネット奏者、藤家虹二のクインテットに加入、プロ・ミュージシャンとしての道を歩み出す。
モダン・ジャズのみに集中することを決意した大野さんは、1年ほどで藤家虹二クインテットを脱退。しばらくフリーのプレイヤーとして活動したのち1965年、今度は白木秀雄クインテットに加入。同バンドのレコーディングにおいて大野さんはプレイヤーにとどまらず、すでにアレンジャーとしても活躍したが、ファンキー・ジャズからボサノヴァまで、そのモダンなセンスを発揮した。ピアノのプレイ・スタイルのほうもファンキーかつソウルフルで、そのパフォーマンスはいささかホレス・シルヴァーやラムゼイ・ルイスを彷彿させる。その後、大野雄二トリオ、日野皓正クァルテット、富樫雅彦=鈴木弘クインテットなどで演奏するとともに、マーサ三宅、笠井紀美子、弘田三枝子らのアカンパニストを務め、ジャズ・ミュージシャンとしての地位を確立した。
そんな大野さんは、1971年ごろからジャズ・プレイヤーと作曲家との二足の草鞋を履くようになり、次第にジャズ・シーンから遠ざかっていくのだった。1971年といえば、氏が音楽を手がけたテレビドラマ『おひかえあそばせ』の放送が開始された年。石立鉄男主演、松木ひろし脚本による、日本テレビ系列で1970年代に放映されたホームコメディドラマ・シリーズの第1作だ。ぼくが大野サウンドにはじめて触れたのは、おそらくこのドラマにおいてだろう。その後やはり日本テレビ系列のドラマシリーズ『火曜日の女』(1969年11月4日 – 1972年3月)において、ぼくは大野さんの音楽に再会。そのころにはまだ氏の名前を覚えていなかったかもしれないが、そのサウンドに強く惹かれたことはハッキリ覚えている。

ぼくが大野さんの実像についてはじめて知り得たのは、その後大ブームとなった角川映画の第1作『犬神家の一族』(1976年)を劇場で観たときのこと。鑑賞後に購入したパンフレットの巻末に、サウンドトラック・シングルの宣伝広告のページがあった。そこにはレコーディング中の大野さんと、それを訪ねた主演俳優の石坂浩二とのツーショットとともに、氏のプロフィールが掲載されていたのである。いまでは信じられないだろうけれど、自宅の住所まで明らかにされていたりして、平和なというかちょっと不用心な時代だったと思い返される。それはともかく、大野さんをジャズ・ピアニストと知ったぼくがときを移さず手にとったのは、大野雄二トリオの『ミスター・ハピゴン』(1973年)というレコードだった。
このレコードが発売されたのは1973年のことだが、池田芳夫(b)、岡山和義(ds)をサイドに据えたトリオによるレコーディングが行われたのは1971年のことだから、本盤は正真正銘、大野さんの初リーダー・アルバムということになるのだろう。ちなみに、同一のトリオで吹き込まれたレコードといえば、不遇のクラブ・シンガー、アン・ヤングの『春の如く』(1975年)くらいのものである。いずれにしても『ミスター・ハピゴン』は、大野さんがジャズ・ピアニストとしてもっとも脂が乗っていた時期の吹き込み。しかしながら皮肉なことに、大野さんは間もなくもちまえの作曲、編曲の才能を活かしてテレビCM、テレビ番組や映画の音楽、ポップ・ミュージックにおける、サウンド・クリエイターとしての活動に専念するようになる。ジャズ・ピアニストとしては、このアルバムに止めを刺した感が強い。
念のために云っておくと、この『ミスター・ハピゴン』はあっという間に廃盤になってしまったのだが、幸いなことにRCAの“日本のJAZZ 1500”と銘打たれた定価1,500円の廉価盤シリーズの1枚としてリイシューされた。ただその盤は、ジャケットのデザインや曲順はそのままだったが、なぜかアルバム・タイトルが『マイ・リトル・エンジェル』(1976年)に変更された。もしかすると、ジャズ評論家の岩波洋三による本作のライナーノーツに、“ハピゴン”がベーシストの水橋孝のニックネームであるという記述があるのにもかかわらず、アルバム・タイトルに堂々と掲げられた“ミスター・ハピゴン”を大野さんのことと勘違いする向きが、案外多くあったのかもしれない。いずれにせよ本盤は、それ以降のCD化などにおいて『マイ・リトル・エンジェル』として定着した。
ところで、大野さんは『ミスター・ハピゴン』をレコーディングする以前に、NHKのドキュメンタリー風ドラマ『ナタを追え~朝日新聞東京版“捜査員”より~』(1970年)の音楽を手がけている。おそらく本作が、氏が音楽を担当した最初の映像作品になるのだろう。本格的にこの分野を深めるようになるのは、やはり前述の『おひかえあそばせ』をはじめとする、石立鉄男主演によるホームコメディドラマのシリーズからだ。さらに大野さんは同時期に、さきに挙げた『火曜日の女』のほか、日本テレビ系列の昼ドラ『愛のサスペンス劇場』(1975年3月31日 – 1977年3月4日)や、NHKの『少年ドラマシリーズ』(1972年1月1日 – 1983年10月11日)といったドラマシリーズの作品に楽曲を提供していた。
当時のぼくは、それらのテレビ番組で大野さんのクレジットを発見するたびにひとりでニヤニヤしながら「やっぱり」と思っていたのである。なかでもフジテレビ系列で放映された時代劇『戦国ロック はぐれ牙』(1973年8月4日 – 1973年9月29日)の、丹阿弥谷津子のナレーションが入るオープニング・テーマをはじめて聴いたときは、なんてカッコイイ曲なのだろうと思ったもの。なおこの曲は部分的に『ルパン三世』のサブタイトルや第1話の劇中などで流用された。とにもかくにも、寡聞にして恥ずかしい限りだが、そのころのぼくは大野さんがどういう人物かはまったく知らなかった。それでもすでに大野サウンドのファンだったわけで、その後『犬神家の一族』でそのプロフィールを知ったぼくは、氏が関わったレコードを探すようになった。
繰り返しになるけれど、大野さんは1970年代の前半からジャズ・ピアニストを休業し、作曲家活動に専念するようになったので、サウンドトラック・アルバムを除く氏のオリジナル・アルバムを見つけるのはなかなか困難だった。ぼくが『ミスター・ハピゴン』のつぎに手に入れた大野さんのアルバムといえば、テイチクレコードからリリースされた『パーフェクト・サウンド/スクリーン・テーマ』(1972年)である。映画音楽やポップ・ナンバーばかりがセレクトされたイージー・リスニング・アルバムとして企画されたものだから、厳密には大野さんのリーダー作とは云えないが、レコードのジャケットにはしっかり「大野雄二 編曲・指揮のオーケストラ」というクレジットを見出すことができる。
サウンドトラック・アルバムを除くオリジナル・アルバム
このアルバム、当時のオーディオ技術の歴史的遺産として知られる、ディスクリート方式の4チャンネル・ステレオ・レコード規格、CD-4方式で制作されたアナログ・ディスクである。いかにも企画モノといった風情だが、音のよさも然ることながら、原曲をなぞるだけのイージー・リスニング作品とは趣きを異にする大野さんのアレンジが独特。フィリー・ソウル風のストリングスを擁した華麗でメロウなサウンド、グルーヴィーなリズムとアンサンブルのヒットは、一聴で大野サウンドとわかるものだ。逆に当時のトレンドだったムード音楽としては、かなり異色の作品と思われる。おそらくオーディオファイルに向けて制作されたレコードなのだろうが、あのころは、ぼくのように大野さんのクレジットにつられて手にとった向きは少数だったろう。
つづいてぼくが手にしたレコードは、日本コロムビアからリリースされた『エレクトロ・キーボード・オーケストラ』(1975年)というアルバム。ただしこれは、大野さん単独のリーダー作ではない。この作品では、前述の“慶應三羽烏”である鈴木宏昌、佐藤允彦、大野雄二をはじめ、八木正生、羽田健太郎、市川秀男、大原繁仁、藤井貞泰といった8人の鍵盤奏者が20台のシンセサイザーをプレイするという、現代ではあり得ないプロジェクトが実現されているが、そこで作曲やアレンジ、それにシンセサイザーの操作にもっとも意匠を凝らしていたのは、やはり“慶應三羽烏”。大野さんをはじめとするこの3人は、当時から単なるジャズ・ピアニストではなく実にクリエイティヴな音楽家だった。のちの各々の活躍を考慮すれば、容易に想像がつくだろう。
このアルバムに大野さんは「メイフラワー」「海猫」という、2曲のオリジナル・ナンバーを提供している。両曲はそれ以降、大野さんのリーダー作や氏が参加した他のアーティストの作品などで、しばしば採り上げられることになる。その点で、大野さんの代表曲と云っていいだろう。また、ここで使用されているコルグの700Sと800DVとはそれぞれ、単音発声機能のみを有するいわゆるモノフォニック・シンセサイザー、独立した2系統のヴォイスを搭載したデュオフォニック・シンセサイザーだったため、大野さんはストリングスによるアンサンブルの雰囲気を醸成するのにかなり苦労したという。氏はこの取り組みで電子楽器に対するアレルギーを克服したとさえ述べているので、本作はその後の大野サウンドにつながる重要なプロジェクトだったと云える。

さらにもう1枚、大野さんのリーダー作にレコード会社のCBS・ソニーレコードではなく、総合電機メーカーのソニーからリリースされた『サウンド・アドヴェンチャー・アクト・1』(1975年)というアルバムがある。サブタイトルに「AN EVENING WITH YUJI OHNO」とあるように、1975年8月5日に新宿の東京厚生年金会館大ホール(2010年3月31日に閉館)で行われたコンサートが実況録音されたもの。大野さんのキーボードを中心としたリズム・セクションに、ホーンズ&ストリングス、さらにLOVEと銘打たれた女性コーラス・グループが加えられた、贅沢な編成によるライヴ・パフォーマンスの記録である。そのプログラムは、オリジナル・ナンバーをはじめ、映画音楽、ジャズ・スタンダーズ、ソウル・ミュージックと幅広く採り上げられている。
このアルバムでもっとも気になるのは、スティーヴィー・ワンダー、パティ・ラベル、チャカ・カーン、ボビー・ヘブらのレパートリーが採用されていること。トータル・サウンドは『ルパン三世』のテーマ曲に代表されるクロスオーヴァー風なのだが、このころの大野サウンドはよりリズム・アンド・ブルースやソウル・ミュージックからの影響を色濃く感じさせる。そのファンキーかつグルーヴィーなサウンドは、いまも輝きを失ってはいない。なおこのライヴでは、さきに挙げた「メイフラワー」と「海猫」(CD盤のみ収録)も演奏された。さらに云えば、この「海猫」と本作の冒頭に収録されているスティーヴィー・ワンダーの「トゥー・ハイ」は、原信夫とシャープス&フラッツの『結成25周年記念リサイタル』(1976年)でも再演された。
思えばこの『結成25周年記念リサイタル』もまた、東京厚生年金会館大ホールでのライヴ・レコーディングが収録されたものだった。このリサイタルが開催されたのは、大野さんのコンサートよりおよそ7か月あとの1976年3月19日のこと。2部構成で行われたコンサートの第1部は、バンドのOBたちをゲストに迎えシャープス&フラッツの歴史を辿る趣向となっていたが、第2部では当時、新進気鋭のミュージシャンとして注目を集めていた大野さんと、キーボーディストかつシンセシストの深町純とによるアレンジとコンポジションが大胆にフィーチュアされる。結果、主にスウィング・ジャズを演奏するこのビッグ・バンドにしてはごく稀な、当時のコトバで云うところのクロスオーヴァー・サウンドが繰り広げられた。
それはさておき『サウンド・アドヴェンチャー・アクト・1』は、もともとソニーのオーディオ製品のデモンストレーション・リファレンス用として制作、頒布された非売品レコードだった。それでも当時、ぼくは中古ショップでほぼ新品状態の本盤を度々見かけたもの。そんな本作はオーディオ機器の音質チェック用として制作されたため、ライヴ盤でありながらカッティングやサウンド・クオリティーが非常に素晴らしい。当然、限定プレスということで入手困難な状態がつづいたようだが、そのコンテンツの秀逸さからもDJやコレクターのあいだで幻の名盤として注目されてきた。しかしながら2015年、ついにソニー・ミュージックエンタテインメントが開発したBlu-spec CD2規格で、しかもボーナス・トラックが追加されCD化された。
それはそうと1970年代の後半といえば、大野さんにとっては、映画『犬神家の一族』さらに『人間の証明』(1977年)、そしてテレビアニメ『ルパン三世』の音楽を手がけたことにより一躍脚光を浴び、その後一気に仕事が舞い込むようになった時期。おそらく盆と正月が一緒に来たような状況にあったであろう大野さんに、リーダー作を期待するのはは無理からぬことだが、驚くべきことに非の打ちどころのないスタジオ・レコーディング作品を発表している。それが今回ご紹介する『スペース・キッド』(1978年)なのだが、ジャズ・ピアニストとして決定的な一打を与えるような『ミスター・ハピゴン』に対して、氏のサウンド・クリエイターとしての本領が遺憾なく発揮されたのがこのアルバム。紛うかたなき傑作である。
実は大野さんは、この『スペース・キッド』を制作するちょっとまえに、おなじCBS・ソニーレコードに『永遠のヒーロー/ジェームズ・ディーン』(1977年)というアルバムを吹き込んでいる。タイトルからもわかるように本盤は、夭逝した銀幕のスター、ジェームズ・ディーンの映画の世界観が、主演映画のテーマ曲やオリジナル・ナンバーで表現されたもの。これまた淀川長治と片岡義男の解説、谷川俊太郎のポエムが添えられた企画モノなのだが、大野さんによるジャズ/フュージョンを基調としたノスタルジックでスタイリッシュなそのサウンドは、いささかサウンドトラック調とはいえ独立した音楽作品として十二分に楽しむことができるもの。レコーディングやパフォーマンスの面でも、いわば『スペース・キッド』の前哨戦的なセッションだった。
サウンド・クリエイターとしての本領が遺憾なく発揮されたアルバム
ということで、ここからはアルバム『スペース・キッド』についてお伝えしていくが、レコーディング、ミックスダウン、そしてマスタリングは、1978年の3月1日から4月8日にかけて、港区麻布台のサウンド・シティ・スタジオにおいて行われた。なおレコーディング・エンジニアは、大野作品ではおなじみの伊豫部富治が務めている。収録曲はすべて、大野さんのペンによるものだ。ところで1978年といえば、ぼくはかねてから、大野サウンドが洗練された華麗な様式美を極めるに至った年と観ている。もともとジャズ・ピアニストでありながら、アメリカン・ポップ、フィリー・ソウル、ブラジリアン・ミュージックなどから影響を受けてきた大野さんは、ちょうどこのころ、ついに自己の音楽をおなじみのフュージョン・スタイルに昇華させたのである。
そんな大野さんのクールな音楽は、この年にレコードとして矢継ぎ早に世に送り出された。サウンドトラック・アルバムだと『ルパン三世』『大追跡』『24時間テレビ「愛は地球を救う」』『野性の証明』とリリースされていき、クリスマスまえには早くも『ルパン三世・2』が発売された。なお『24時間テレビ「愛は地球を救う」』と『野性の証明』とは、同時進行で吹き込まれたという。それらのレコードのリリースの間隙を縫って制作されたのが、大野さんにとってはじめての本格的フュージョン・スタイルのリーダー作『スペース・キッド』だ。ちなみに、本作にも参加しているブラジル、サンパウロ出身で1969年から活動の拠点を日本に置いていたシンガー、ソニア・ローザの4枚目のアルバム『サンバ・アモール』(1979年)の吹き込みもこの年。むろん大野さんがプロデュース、作編曲、キーボードを担当している。
ときに『スペース・キッド』のレコーディング・メンバーだが、大野さんの作品ではおなじみの顔ぶれがズラリ並ぶ。列挙すると、大野雄二(key)、松木恒秀(g)、岡沢章(b)、高水健司(b)、市原康(ds)、穴井忠臣(perc)、ラリー寿永(perc)、斎藤不二男(perc)、衛藤幸雄(fl)、篠原猛(fl)、相馬充(fl)、ジェイク H. コンセプション(as)、鈴木武久(flh)、中沢健次(flh)、鈴木稔グループ(Str)、山川恵子(hp)、伊集加代子グループ(Chor)、ソニア・ローザ(vo)、杉原和司(synth Prog)といった具合。ちなみにリズム・セクションの松木、岡沢、市原、穴井(敬称略)の4人は当時、鈴木宏昌率いるコルゲン・バンド(のちのザ・プレイヤーズ)のメンバー。みな日本のスタジオ・ミュージシャンとしては、トップクラスのひとたちだ。

また、アルバムにクレジットはないのだが「ア・シングル・トレース・オブ・ラヴ」という曲でオーボエ奏者がリードをとっている。フルート奏者がもち替えで演奏しているのか、あるいはノンクレジットのオーボエ奏者が存在するのか、定かではない。もしかすると大野作品ではおなじみの石橋雅一、もしくは直近の『野性の証明』のレコーディングに参加した坂逸郎あたりが、オーボエを吹いているのかもしれない。いっぽう大野さんの本作での使用楽器は、アコースティック・ピアノ、フェンダー・ローズ、ヤマハ・エレクトリック・グランド、モーグ・シンセサイザー、ヤマハ・シンセサイザー CS-80。なかでも当時の大野さんは、ヤマハが開発した8音ポリフォニックの最高機種であるCS-80を好んで使用していた。
さらにつけ加えておくと、この『スペース・キッド』は当時、CBS・ソニーレコードによって展開されていた高品質レコード、マスター・サウンド・シリーズの1枚。通常の2倍の時間をかけたハーフスピード・マスタリングによって、繊細で広い周波数レンジが実現された。確かに、いま聴いてもいい音がする。アルバム冒頭の「プロローグ – クリスタル・ラヴ -」のフェンダー・ローズのソロでは、透明感が際立つ。その後リズム・セクションがフェードインしてくるが、そのファンキーなビート感には、デイヴ・グルーシンやボブ・ジェームスからの影響が感じられる。ただヤマハ・エレクトリック・グランドやストリングスによるシネマティックなメロディック・ラインは、大野さんならではのもの。のちに『Made In Y.O.』(2005年)でも再演された、大野サウンドを象徴する名曲だ。
2曲目の「スペース・キッド」は、フィリピン出身のジェイク H. コンセプションのアルトがフィーチュアされたディスコ・ナンバー。大野サウンドならでは女性コーラスもスタイリッシュ。シンプルな歌詞は、プロダクション・コーディネーターの砂田有子によるもの。また、イントロの「ミョ〜ン」という音は、CS-80によるもの。コードを押さえながら鍵盤の上部に付いているリボン・コントローラーというベルトを指でなぞると、こういう音が出る。このイントロのカット、劇場アニメ『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)でも印象的に使用されているので、ああ、あれかと思われる向きも多いだろう。フェードアウトしたあとはストリングスのアンサンブルによる「インタールード」が挿入される。ダイナミックかつソフィスティケーテッドなアレンジが、清涼感を与える。
つづいて途切れることなく、次曲の「メイフラワー」がフェードイン。前述のように度々採り上げられる大野さんの代表曲だが、その後も『LUPIN THE THIRD「JAZZ」Funky & Pop』(2001年)において、ピアノ・トリオ・ヴァージョンを聴くことができる。ここではアコースティック・ピアノとストリングスとが絡み合いながら、ドリーミーな世界を演出。コーラス部のグルーヴィーな展開も心地いい。個人的には、このアレンジが決定版と思っている。A面最後の「ネヴァー・モア」は、ソニア・ローザのコケティッシュなヴォーカルがフィーチュアされた軽快なサンバ。パーカッシヴなフルートや、コージーなピアノ・ソロも軽妙。ソニアさん自身が恋の終わりを綴ったポルトガル語の歌詞、そして彼女のスキャット&ヴォーカリーズと、どこまでも爽やかだ。
B面の冒頭を飾る「メルティング・スポット」は、フリューゲルホーンがリードをとるファンキーなフュージョン・ナンバー。ソウル&ファンクを基調に華麗なストリングスが配されるところはCTIサウンドを彷彿させるが、メロディアスなコーラス部は、大野節以外のなにもでもない。つづく「ソーラー・サンバ」は、サンバ・テイストのラテン・フュージョン。開放感のあるパーカッション群と煌びやかなホーン・セクションをバックに、大野さんによるエレクトリック・グランドが跳ねまくる。さらにリズミカルかつプレイフルな「ダンシング・ラクーン」では、ソニアさんのスキャットと大野さんのモーグとのやりとりが小粋で楽しい。前述の「ア・シングル・トレース・オブ・ラヴ」は、オーボエが奏でる素朴なメロディがしっとりとした情感を与える。
この曲などは、砂田さんによるきわめて明快な歌詞といい、伊集加代子グループによる垢抜けたコーラスといい、石立鉄男主演によるホームコメディドラマのシリーズに通じるハートウォーミングな響きをもっている。大野さんのアルバムが、常に他のフュージョン系の作品では味わうことのできないメロウなサウンドに仕上がっているのは、やはり氏の映像世界での経験が活かされているからだろう。また、それを逡巡することなくまえに押し出すところが、大野雄二という音楽家の懐の深さでもある。氏が単なるジャズ・ピアニストで終わっていたら、こうはいかなかっただろう。アルバムのラストをピアノとローズのみによる「エピローグ – クリスタル・ラヴ -」で締めくくり、余韻を残しながらアルバムの物語性を強めているところもさすが。非の打ちどころのない傑作である。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。







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