このひとは──ぼくのオリジナル
Album : Dave Grusin / 5 Original Albums (2017)
Today’s Tune : Modaji
デイヴ・グルーシンって、どんなひと
2006年公開のドキュメンタリー映画『市川崑物語』のなかで、監督を務めた岩井俊二さんが、題材となっている日本映画界が誇る巨匠のことを、自分のオリジナルと明言されている。これ以上ないほどの強いリスペクトを感じることばだ。ところで、今回ここに採り上げるデイヴ・グルーシンという音楽家は、実はぼくにとってまさに自分のオリジナルと云い切りたくなるような存在。もちろん、ぼくは世にその作品を数多残すようなプロの音楽家ではないから、そんな云いかた、おこがましいこと甚だしいのだけれど、感覚的にはそう云わざるを得ない。
グルーシンの音楽活動といば、ヴァーサティリティのひとことに尽きる。つまり、そのキャリアはジャズ・ピアニストからはじまり、コンポーザー、アレンジャー、プロデューサー、レコード会社の経営者……といった具合に、実に多様性に富んでいる。彼は、星の数ほどのアーティストをサポートするかたわら、自分のリーダー作を順調に発表。純粋な音楽作品以外にも、テレビ・ドラマや映画作品にもたくさんのスコアを提供してきた。しかも、どんな仕事でも、パーフェクトと云ってもいいほどの職人気質を発揮──そのいっぽうで自分のアイデンティティもしっかり打ち出しているのだから、ホント脱帽させられる。
そのサウンドはといえば、非常に洗練されてはいるものの、奇を衒うようなところは少しもなくて、グルーシン本人の温かな人柄が伝わってくるような、自然さと優しさが横溢するような響きをもっている。そんな彼の音楽は、セルジオ・メンデスのレコードで、そのオーケストラのアレンジをはじめて聴いたときから、ぼくのなかで「なんかいいな」→「好きだな」→「ぼくの望んだ世界そのもの」と、次第にかけがえのないものとなっていった。そういえば、アルバムのクレジットにグルーシンの名前を発見する度、ぼくはひとりで「やっぱり」とニヤニヤしていたな……。
グルーシンの代表的なアルバム5枚
ところで、ここにご紹介するCD5枚が収められたボックス・セットは、グルーシンの音楽にはじめて触れるかたには、ぜひともお薦めしたいアイテム。というのも、この5枚が彼の長い経歴において、もっとも脂の乗っていた時期の作品ばかりだから。そこで繰り広げられている音楽は、コンテンポラリー・ジャズ──俗に云うフュージョン・ミュージックにカテゴライズされるもので、折しもフュージョン旋風にあおられていた日本でも、たいへんな人気を博した(グルーシン自身があの渡辺貞夫さんとテレビCMに出演していたほど)。
そのグルーシンの代表的なアルバム5枚は、下記のとおり──
MOUNTAIN DANCE (1980年)
OUT OF THE SHADOWS (1982年)
NIGHT-LINES (1984年)
CINENAGIC(1987年)
これだけの名盤を一気に聴けるのは、実に嬉しい。またその仕様が、やたらとニクイんだな。もちろん本作は、よくある粗悪なコピー盤ではなくて、現在音源の権利を所有するユニバーサル・ミュージックからリリースされた正規商品。各々のアルバムは紙ジャケット仕様で、CDは裸のまま収納されているので、気になるかたは不織布ケースなどをお買い上げいただきたい。その点、不満も残るのだけれど、アナログ時代のオリジナル・アートワークが忠実に再現されているところは高く評価したいと、ぼくは思う。
当然のことながら、コアなファンであるぼくの場合、上記のアルバムはすでにすべて単体で所有していたのだけれど、今回、個人的にはバイブルとも云える『ワン・オブ・ア・カインド』が、はじめてリリースされたときの仕様になっていたので、迷うことなく購入に至った。この作品はもともとポリドール・レコードから発売されたが、契約上の理由から一年足らずで日米ともに廃盤となった。数年後、グルーシン自身のレーベルから再発売されたときは、A面とB面が逆になり、ジャケットも変更された。ちなみに、オリジナルのほうのバック・カヴァーには、あのクインシー・ジョーンズの推薦文が記されている!
ひとくちメモ
音楽の内容については、ここでは語り尽くせないので、メモ程度に記しておく──いつか必ず細部まで言及するからね。
『ワン・オブ・ア・カインド』──発売当初『ジェントル・サウンド』という邦題がつけられていた。グルーシンのヴァーサティリティに富んだ音楽性が網羅されていて、フュージョン・シーンにおいてもエポックメイキング的な作品。フェンダー・ローズ・ピアノとストリングスが上手く使われた「モダージ」は、彼のミュージカリティが顕著に表出した代表曲。
『マウンテン・ダンス』──どちらかといえば、グルーシンのプレイヤーとしての側面がアピールされた作品。2トラック・デジタル録音のため、ライヴ感が増している。アルバム・タイトル曲は、映画『恋におちて』(1984年)で使用されたり、コンサートでも必ずと云っていいほど演奏されたりで、超有名。若き日のマーカス・ミラーのハネハネ・ベースが聴けるのも、嬉しい。
『アウト・オブ・ザ・シャドウズ』──前作のスタイルが踏襲されてはいるものの、サウンドはよりカラフルになっている。そのせいか、グルーシンのパートナーでレコーディング・エンジニアのラリー・ローゼンは、すべての音を拾い切れなくて、デジタル・レコーディングを断念──急遽アナログ・テープへの録音を採用した。また、ビバップが新しい感覚で演奏された、バリトン奏者であるジェリー・マリガンの曲「ファイヴ・ブラザーズ」が新鮮。
『ナイト・ラインズ』──アナログ&デジタル・シンセサイザー、リン・ドラム、コンピュータなどが駆使された実験的作品。シンガー・ソングライターのランディ・グッドラムと、フィービー・スノウのヴォーカル・ナンバーが大きくフィーチュアされているのも、ごく稀なこと。また、グルーシンが手掛けたテレビ・シリーズ『セント・エルスウェア』(1982年〜1988年)と、映画『月を追いかけて』(1984年)のテーマ曲も聴くことができる。
『シネマジック』──グルーシンの映画音楽集。とはいっても、音源はサウンドトラックではなくて、オリジナルのスコアに近い形でブラッシュ・アップされた、まったくの新録音。名うてのプレイヤーたちのほか、(ぼくの大好きな指揮者)クラウディオ・アバドが当時の音楽監督を務めていた、ロンドン交響楽団が参加──なんたる贅沢!レコードと同時発売のCDとでは、曲数と曲順が異なるけれど、今回は飽くまでアナログ盤に忠実なので、その点、注意されたし。
ときに、前述のクインシーのレコメンデーションのなかに「このオトコのこころは大きく開いている……」という一文があるのだけれど、グルーシンの音楽性を表現するのに実に巧妙で的確なことばだ。もちろん、このボックス・セットがそのすべてではないけれど、その素晴らしさを理解するには十分過ぎるほどの内容である。そして、もしも自分のクリエイトしたものが、彼のコピーと云われる機会があれば、それはとんでもなく光栄な出来事──そんなふうにぼくが思うのも、おわかりいただけるんじゃないかな……。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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