大野雄二 / 犬神家の一族 オリジナル・サウンドトラック (1976年)

シネマ・フィルム
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日本の映画音楽にあたえた、さわやかな衝撃!!

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Album : 大野雄二 / 犬神家の一族 オリジナル・サウンドトラック (1976)

Today’s Tune : 愛のバラード

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大向うをうならす演目──11回目の映像化

 

 この度、あの『犬神家の一族』が、またまたドラマ化された。放送予定は、NHK・BSプレミアムとBS4Kにおいて、<前編>2023年4月22日(土)、<後編>4月29日(土)、夜9時〜10時30分となっている。計3時間の放送とは、これまた量感のあるドラマ化だな──。それよりも「ええ、またやるの!」とか「スケキヨ、コワ」とか「あの“逆さ足”のやつだろ」という声が聞こえてきそう。それはそうだ。ちょっと調べてみたら、今回で11回目の映像化だった。舞台化も入れると──いや、やめておこう。ともあれかくもあれ『犬神家の一族』は、時代を超越した人気作品であることには違いないのだから──。

 

─ 参考までに『犬神家の一族』の映像化をリストアップしておきます ─

タイトル 映画会社 / 放送局

公開年 / 放送年

金田一耕助(俳優)
犬神家の謎 悪魔は踊る 東映京都 1954年 片岡千恵蔵
火曜日の女・蒼いけものたち 日本テレビ 1970年 (金田一は登場せず)
犬神家の一族 角川春樹事務所 1976年 石坂浩二
横溝正史シリーズ・犬神家の一族 毎日放送 1977年 古谷一行
横溝正史傑作サスペンス・犬神家の一族 テレビ朝日 1990年 中井貴一
金曜エンタテイメント・犬神家の一族 フジテレビ 1994年 片岡鶴太郎
プレミアムステージ・犬神家の一族 フジテレビ 2004年 稲垣吾郎
犬神家の一族 東宝 2006年 石坂浩二
スペシャルドラマ・犬神家の一族 フジテレビ 2018年 加藤シゲアキ
シリーズ横溝正史短編集II「金田一耕助踊る!」犬神家の一族 NHK BSプレミアム 2020年 池松壮亮
特集ドラマ・犬神家の一族 NHK BSプレミアム 2023年 吉岡秀隆

─ 以上は『金田一耕助映像読本』(2014年洋泉社刊)を参考にさせていただきました ─

 

 それにしても、なぜこれほど映像化が繰り返されるのだろう。物語の展開はもちろん、ミステリーの根幹たるトリックや犯人までも周知のこととなっているのにね──。あとになったが『犬神家の一族』は、日本の探偵小説の巨匠、横溝正史が著した「金田一耕助シリーズ」の一篇。推理小説としては『獄門島』や『本陣殺人事件』のほうが傑作と思われるのだが、映像化された本数においては、どういうわけか『犬神家の一族』がトップランナーを誇る。現に、雑誌に掲載されたとき(1950年〜1951年)は、通俗小説と観られ探偵小説としての評価は低かったというのに──。

 

 たとえば『犬神家の一族』は、歌舞伎でいえば『義経千本桜』みたいなものなのではないだろうか?ストーリーは知っていても、何度も観たくなるというような──。なぜならこれらの作品は、物語の展開の妙味も然ることながら、幕開き、山場、幕切れと、どこをとっても名場面。すなわち、見どころが満載なのだ。さらに、その登場人物といえば、みな性格や性質がしっかり確立されていて、強い印象をもっている。だから、配役に興味をそそられたりもする。つまり、映像作品としての『犬神家の一族』は、大向うをうならす演目なのである。

 後年、原作小説のほうも、多くの批評家や推理小説研究家に再評価されるようになった。その契機となったのは、上のリストにある1976年公開の映画版。その後1980年代にかけて一世を風靡することになる、角川春樹事務所の第1回映像作品である。メガホンをとったのは、文学作品の映像化に積極的に取り組むことでも知られる名匠、市川崑。結果的に、映画は空前の大ヒットを記録し、のちに「日本映画の金字塔」とまで云われた。ちなみに、探偵の金田一が原作どおりの着物姿で登場するのは、この映画がはじめて。それまではスーツ姿が定番で、当時の金田一の知名度の低さが窺える。

 

 映画公開のタイミングに合わせて、映画、書籍、音楽のメディアミックス戦略が意欲的に行われたのは、おそらくこの映画がはじめてだったのではないだろうか。原作本は、大ベストセラーを記録。映画の主題曲「愛のバラード」も、スマッシュヒットとなった。そして、リリースから47年が経過したいまでも、世代を超越して多くのひとが、この曲のメロディを耳にすると、すぐに『犬神家の一族』を思い浮かべることだろう。驚くべきは、現代のポピュラー・ミュージックと比較しても、まったく遜色がないということだ。名曲とは、そういうものなのだろう。

 

日本映画界に一石を投じるようなインパクト

 

 この主題曲と劇伴を作曲したのは、あの『ルパン三世』(1977年~)の音楽でお馴染みの、ジャズ・ピアニストの大野雄二。それまで映画音楽をほとんど手掛けたことがなかった大野さんを起用したのは、角川書店の当時の青年社長、角川春樹。角川さんは、日本テレビのサスペンスドラマ・シリーズ『火曜日の女』(1969年~1973年)および『土曜日の女』(1973年~1974年)の劇伴や、NHKのニュース番組『ニュースセンター9時』(1974年~1988年)のテーマ曲を聴いて、大野さんのフレッシュなサウンドに注目したという。

 

 ちなみに『火曜日の女』といえば、やはりジャズ・ピアニストの佐藤允彦も劇伴を書いている。上の表にある『蒼いけものたち』は佐藤さんが音楽を担当。バークリー帰りの名実ともに優れたピアニストであるがゆえか『佐藤允彦 女を奏う – 火曜日の女 –』(1970年)というサントラ盤まで発売された。映画音楽のほうも、1960年代後半から数多く手掛けている。つまり売れっ子だった。しかしながら、ウラを返せば(佐藤さんは好きなピアニストなのだが)すっかり手垢のついた音楽家でもあったのだ。

 

 そういった意味では、当時の大野雄二という音楽家のほうが、新鮮味があった。角川さんとしても、日本映画界に一石を投じるようなインパクトを求めていたのだろう。その点、大野さんの抜擢には、大きな期待が感じられる。なにせ角川さんは『犬神家の一族』の音楽の制作費に、当時の日本映画の相場50万円に対し、500万円以上を投じたというのだから──。まったく型破りというか、虚心坦懐なひとだな──。それはともかく、実際に出来したサウンドには、確かに鮮美透涼といった趣きがあった。それは、いまに至っても色褪せることを知らない。

 まんまと角川さんの仕掛けたワナにハマりシングル盤を入手していたぼくは、映画公開直後に発売されたLPレコードもすかさず購入。ところが、期待に胸を膨らませて、それをはじめて聴いたときの印象といえば「映画と全然違うじゃ〜ん!」「でも、なんかカッコイイ」「サントラなのに音がいい」だった。それもそのはず、その吹き込みは、通常の音楽作品と同様に、撮影所以外のレコーディング・スタジオにおいてMTRを使用して行われたのだから。そして、その楽曲といえば、ゼロ年代の音楽シーンにおいて、DJ MUROがレア・グルーヴとして採り上げるくらい、キャッチー!

 

 ところが、このサウンドに対し、監督の市川崑は難色を示したという。結局、大野さんはフィルムスコアリング手法(出来上がった映像の尺に合わせて音楽をつける方法)で、ふたたびレコーディングに臨むことになった。サントラ盤とフィルム用ソースとにイメージのズレがあるのは、それが原因。ちなみに、あのヘンリー・マンシーニは、フィルム・ヴァージョンとは別に、商品化のためのフルレングス・ヴァージョンをレコーディングすることで有名。映像から離れても鑑賞するに足る音楽をリスナーに届ける──という、映画音楽の名匠のこだわりだね。

 

大野雄二による上質のクロスオーヴァー/フュージョン作品

 

 マンシーニといえば、主題曲「愛のバラード」は、彼が手掛けた『シャレード』(1963年)のテーマ曲と似ている。おなじ3拍子だし曲の構成も酷似している。少なからず、影響を受けていると思われる。影響といえば、その流麗なメロディを奏でるハンガリーの打弦楽器ダルシマーにシンセサイザーをミックスするという手法──これは、デイヴ・グルーシンの『コンドル』(1975年)のテーマ曲にインスパイアされた──というのは、想像に難くない。ちなみにグルーシンのほうは、おなじハンガリーの民族楽器でも、ツィンバロンを使用している。それにしても、常に新しいサウンドにアンテナを張り巡らしているところは、いかにも大野さんらしい。

 

 ときに、この「愛のバラード」はシングル盤用に「憎しみのテーマ」とあわせて、そのほかの楽曲に先行してレコーディングされた。大野雄二とファンタスティック・ブルーと銘打たれたバンドのクレジットには、杉本喜代志(g)、高水健司(b)、市原康(ds)、穴井忠臣(perc)、中川昌三(fl)など、その後の大野サウンドに欠かせない敏腕プレイヤーの名が連なる(アルバムのほうでは、あの岡沢章がベースを弾いている!)。しかも、レコーディング&ミキシング・エンジニアは、あのナイアガラ・トライアングルの作品を手掛けた吉田保。名作には名作たる所以があるのだ。

 

 アルバムのほうは、大野さんと長年コンビを組んだ伊豫部富治がエンジニアを務めた。シングル盤の2曲も収録されたが、若干ミックスが異なる。特に「愛のバラード」は、シングル盤ではダルシマーのリバーブレーションを深くしたり、ストリングスを前面に押し出したり、パートごとに強調されるところがあった(映画ではこちらを使用)。ところが、アルバムではそれらの効果が弱められている。また、22小節ほど新たなイントロも付け加えられている。アルバムとしての均衡維持が優先されたのだろう。ぜひ、聴き比べてみてほしい。

 アルバムは、オープニングを飾る「愛のバラード」につづいてプログレ風の「怨念」へ。長尺の混成曲で、聴きごたえアリ。ダルシマーと琵琶も使用されている。ハモンドやストリングスのトレモロも効果的だが、なんといってもエレキ・ギターのソロがダイナミックで秀逸。選曲を担当した大橋鉄矢により加工されフィルムでも使用された「呪い住みし館」は、ドラム・ソロがエキサイティング。冒頭のギターを床に叩きつけて出した衝撃音は『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)で流用された。ミッド・テンポのフュージョン・ナンバー「仮面」は、エキゾティックなアコースティック・ギターが素晴らしい。フェンダー・ローズのコンピングも効果的だ。

 

 フリー・ジャズが全開する「終焉」は、映画でも使用された。ローズとウィンドチャイムのデュオ「愁いのプロローグ」は、透明感が際立つインタールード。8分の6拍子のロック・チューン「憎しみのテーマ」は、アコースティック・ピアノの内部奏法とブルージーなアドリブがシブい。本編でも使用されたコード進行の美しい「瞑想」は、ギターとフェイズシフトされたローズの音色が清涼感を生んでいる。さらに、チェンバー・ミュージック風の「湖影」、主題曲のスローなヴァリエーション「祈り」、ギターがフラメンコからジャズへ転換するクールな「受難の血」、オーボエ、ハープ、ストリングスが重厚でありながら爽快な感動を喚ぶ「幻想」と、劇中音楽とは異なるトラックがつづくが、作品の世界観はしっかり伝わってくる。

 

 そして──アルバムは「愛のバラード」の主旋律をピアノに差し替えた「孤独」で締めくくられる。これはもはや、サントラ盤というよりも、大野雄二/プロジェクトによる、情趣に富んだ上質のクロスオーヴァー/フュージョン作品と捉えられる。このサウンドは現代においても、リスナーにさわやかな衝撃を与えることだろう。そして、今後も『犬神家の一族』の映像化はつづくかもしれないが、1976年に起こった強烈なインパクトは、なかなか難攻不落と思われる。なお、市川崑によるセルフリメイク作品(2006年)の2枚組サントラ盤において、前述のフィルムスコアリングによるトラック(モノラル録音)の一部が、日の目を見た。機会があれば、ご賞味あれ。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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