Michel Legrand & Jun Fukamachi / 火の鳥 オリジナル・サウンドトラック (1978年)

シネマ・フィルム
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映像にしても音楽にしても壮大な計画

recommendation

Album : Michel Legrand / Hinotori (1978)

Today’s Tune : “Hinotori” Symphonic Orchestra Suite

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原作はノーベル賞もの、映画は先鋭的な実験作

 

 ぼくは、漫画(敢えてコミックとは云わない)をほとんど読まない。べつに疎んじているわけではない。もっぱら活字のほうに親しみ、そのことに膨大な時間を費やしているのだが、音楽に使う時間と合わせると、ぼくに与えられた時の残余は、ほとんどないのである。ところが、そんなぼくでも三度の飯を抜いても読みたくなるような漫画がある。20世紀を代表する漫画家、手塚治虫のライフワーク『火の鳥』のシリーズだ。

 

 ここで作品の詳細については語らないが(というか、いまさら語る必要もないのだが)、なぜ人間は生に執着するのか、不老不死は果たして幸福なことなのか、宇宙において自分はなんのために存在するのか……そんなことを考えさせられる、滋味豊かな漫画だ。読後、ひとりで深く思いをこらし考えたり、だれかと語り合ったりするようなことがあれば、その作品は十中八九名作なのだが、このシリーズも例外ではない。

 

 もしもこの世界にノーベル漫画賞というものがあったならば、きっとスウェーデン・アカデミーあたりが、漫画という分野において、壮大なテーマに関する理念をもった、この傑出した作品を創造した手塚先生に、賞を授与することだろう。そして、そんな妄想をするくらい、ぼくにはこの作品に対する愛着があるのだが、その昔──実写映画化の報せを聞いた時、まだ中学生になったばかりのぼくは、大いに胸を高鳴らせたのである。

 この映画は、古代の日本らしき国を舞台にした「黎明編」を原作としたもので、シリーズとしては初の映像化だった。公開は1978年8月だったが、同年の2月には製作発表会が大々的に行われていて、そのスタッフの顔ぶれの豪華さを目の当たりにして、ぼくの期待は高まるばかり──監督の市川崑をはじめ、谷川俊太郎(脚本)、コシノジュンコ(衣裳デザイン)、山城詳二(古代民族音楽・作曲考証)、ミシェル・ルグラン(テーマ音楽)など、世界的に知名度の高いひとが集結していることから、これは並外れたスケールの超大作になると予感された。

 

 しかしながらこの大作映画、フタを開けてみると、自他ともに認める壮大な失敗作に終わった。原因は、実写とアニメを組み合わせた作風(上手くかみ合っていなかった)。後年「手塚治虫さんの原作に惚れ込み過ぎた。もっと原作と距離を保てば良かった」と述懐する市川監督──ぼくは大ファンなのだが、そもそも映像派のひとで、規模の大きな作品には向いていないと思われる。

 

 おそらく、漫画の特性が最大限に活かされた手塚作品へのリスペクトから、監督は原作をただ実写でなぞるのでは意味がないと考えたのだろう。そんな作法に注目するとこの映画──実は逆に市川作品のテイストが色濃く出来した意欲作と捉らえることもできる。そのチャレンジ精神に敬意を表して、ぼくはこの作品を先鋭的な実験作と評価したいところ──。

 

ルグランのスコアから「火の鳥」が羽搏こうとしている

 

 原作や映画のはなしはこれくらいにして、音楽について観ていこう。映画『火の鳥』に因んだLPレコードは二種類存在する。まずは、ミシェル・ルグラン指揮/ロンドン交響楽団によるアルバム(品番ALR6005)──。テーマ音楽を担当したルグランは、まだジャズに傾倒する以前のぼくが、エンニオ・モリコーネヘンリー・マンシーニとともに、もっとも憧れていた映画音楽作家のひとりだ。小学生高学年の頃から名画座通いをしていたぼくは、将来は映画音楽の作曲家になる!──と、勝手に思っていた(ならなかったけれど)。そんなぼくが当時いちばん聴いていたのが、本作も含めたルグランのレコードだ。

 

 1950年代から膨大な本数の映画にスコアを提供してきたルグランだけに、この頃にはわが国でもすでに、その名がとどろきわたっていた。もちろん映画少年のぼくも、数々の名曲に触れていた。しかしながら、個人的な好みを告白すると、過去の名盤よりもリアルタイムで聴いた『真夜中の向う側』(1977年)、『火の鳥』(1977年)、『ベルサイユのばら』(1979年)のほうが、いまに至るまで愛聴盤となっているのだ。

 

 パリ国立高等音楽院で和声学をしっかり学び、首席で卒業するいっぽう、ジャズも流暢に演奏するルグランだけに、それらのスコアはクラシカルでありながらポップだ。そのオーケストレーションは、けっこうド派手なのだが、決して乱脈を極めることもなく心地好く響くから不思議だ。また作曲において、ひとつのモチーフを展開させるようなパターンには、楽曲を一聴したリスナーのハートに強く刻みつける作用がある。これはもはや彼のことを、ラヴェルではないが、音の魔術師と云うしかない。

 そんな神業を有する主題曲「火の鳥」──実はオールディーズで人気を博した英国のポップ・シンガー、スーザン・モーンの「あふれる想い」の楽節をモチーフとして再構築された曲(いまとなってはあまりにも有名なエピソード)。どのような経緯があったのか定かではないが、1975年の第4回東京音楽祭世界大会において、ルグランがこの曲で作曲賞を獲得していることから、あるいは日本をイメージしたとき、彼は自然とこのメロディを思い浮かべたのかもしれない。

 

 そして、この主題曲がヴァリエーション風に仕立てられたのが、交響組曲「火の鳥」である。映画ではなぜかタイトルバックに主題曲のほうは採用されず(本編で申し訳程度に流れる)、この組曲に編集を施したトラックが使用された。結果的にはそのほうが、華やかに映ったのだけれど──。これら主題曲と交響組曲のほか、本LPには「ルグラン・ヒット・メドレー」が収録されている。ルグランの既存の名曲11曲──「これからの人生」「ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング」「ワンス・アポン・ア・サマータイム」「シェルブールの雨傘」「風のささやき」「スウィート・ジンジャーブレッド・マン」「おもいでの夏」「双子姉妹の歌」「美しき愛のかけら」「アイ・ウィル・セイ・グッドバイ」「ウォッチ・ホワット・ハプンズ」を、16ビートのディスコ・メドレーにしたものだ。

 

 このメドレー、いま聴いてもなかなかキャッチーで、ぼくは大好きなのだけれど、映画『火の鳥』とはまったく関係がないので、2017年に発売されたCD『火の鳥 オリジナル・サウンドトラック <スペシャル・エディション>』にはコンパイルされなかった。そもそもこの音源は、ルグランの『ディスコ・マジック・コンコード』(1978年)というアルバムのために吹き込まれたもの。ちなみにアレンジは、ルグランにとっては大学の後輩にあたる音楽家、アーヴ・ロイが担当している。捨てるには惜しい気の利いた出来映えの作品なので、いつかCD化してほしいものだ。

 

愛と生命の賛歌

 

 ところで、これまでお伝えしてきたルグラン盤のリリース先といえば、幅広い音楽を国内だけではなく世界に向けて発信した既有なレーベル、アルファレコードである。レーベルの創始者である作曲家の村井邦彦氏は『火の鳥』では映画製作にも関わっていた(ルグランを起用したのも氏である)。思い返すと、映画が公開された1978年といえば、それまで原盤製作会社だったアルファ・アンド・アソシエイツが、レコード会社として作品をリリースしはじめた年である。

 

 その年に発売されたアルバムのアーティストといえば──渡辺香津美を筆頭に、べナード・アイグナー細野晴臣ジョン・ウィリアムズサーカス深町純横倉裕大村憲司吉田美奈子イエロー・マジック・オーケストラ(当初は細野晴臣名義)──といった具合で、その顔ぶれのスゴさは、驚嘆の一語に尽きる。そしてそのなかで、アメリカの名プレイヤーたちとニューヨークで『オン・ザ・ムーヴ』という素晴らしいアルバムを吹き込んだ深町さんこそが、村井氏に映画『火の鳥』の劇伴を任された、そのひとなのである。

 

 深町さんは、当時すでにシンセサイザーを活かしたフュージョン系のアルバムを東芝EMIやキティレコードに何枚か吹き込んで注目を集めていたが、実は東京藝術大学作曲科を卒業直前に中退するという経歴の持ち主で、オーケストラのスコアを書くくらいお手の物だったと、推しはかることができる。おそらくプロデューサーの村井氏が、ルグランの音楽に引けをとらない新しい感覚のシンフォニック・サウンドを求めたとき、深町さんに白羽の矢が立ったのだろう。

 結局、深町さんのペンによる楽曲は、山本七雄指揮/新日本フィルハーモニー交響楽団によりレコーディングされ、そのサウンドトラック・アルバム(品番ALR6008)は映画公開の直後に発売された。ただ映画本編において、その楽曲の数々は、さわりの部分だけが使用されたり、やっと鳴ったかと思ったら序の口で終わったりで、あまり目立ってはいなかった。そのせいでぼくも、映画を鑑賞したのちレコードを聴いたとき、こんなに素晴らしい音楽だったのか!──と、変な感動を覚えたもの。

 

 ポスト・ロマン主義風のオーケストラで、キャラクターの性格やストーリー展開を表現した、印象的なライトモチーフを響かせる──ある種のオペラ的手法は、当時大ヒットしていたジョン・ウィリアムズのスコアが意識されているように思われる。そうはいっても、部分的には原始主義的傾向のあるストラヴィンスキーや、古典的でありながら印象主義的なラヴェルを彷彿させる箇所もある。そのいっぽうで、電子楽器でエスノ・ミュージック風な響きを奏でていたりもする。そんな深町さんが全力で創造した音楽は、(LPのタスキにあるコピーにあやかって)さしずめ“研究肌による愛と生命の讃歌”──と、云っておこう。

 

 ということで、ミシェル・ルグランのポップなサウンド、深町純のシリアスな管弦楽の表現──映像と同様に壮大な計画のもと、実現された『火の鳥』の音楽は、まえにも触れたCD『火の鳥 オリジナル・サウンドトラック <スペシャル・エディション>』(松崎しげるハイ・ファイ・セットサーカスによるカヴァー曲も収録)として、まとめられているので、映画しか観ていないというかた、あるいは映画すら知らないというかた、この聴きごたえのある音世界を、ぜひとも体験していただきたい。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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