渡辺香津美 / KYLYN (1979年)

キーボード&ギター
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坂本龍一さん逝く──哀悼の意を表して、その非凡な才能をふりかえる

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Album : 渡辺香津美 / KYLYN (1979)

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敬意を表して“楽聖”と呼ぶ

 

 闘病生活を送りながらも、体調のいい日は自宅内のスタジオで創作活動をつづけていた──。しかし、ひとの世において哀しみは繰り返される。まるでそれが、はじめてのときのような残酷さで──。2023年3月28日、坂本龍一が71歳にて永眠(あなたも逝ってしまうのですね)。余命宣告をされながらも、最期のそのときまで、彼は音楽家でありつづけた。過酷な運命を甘んじて受け入れなければならない状況にあっても、決して音楽を奏でることを止めようとはしなかった。そんな音楽とともに日々を生き抜いた彼のことを、敬意を表して“楽聖”と呼びたい。

 

 そうはいっても、ここで坂本さんについて利いた風な口をきくつもりは毛頭ない。そもそも、ぼくにはその資格がない。彼の音楽に深く心酔することもないし、その思想にもほとんど関心がないからだ。ただ、彼がいかに音楽の世界において稀に見る逸材であるかは、その作品に触れれば直感的にわかる。そして、彼が創造した音楽の影響力がどれほど絶大であるかも、よくわかる。その一部が「メリー・クリスマス・ミスター・ローレンス」であり「ラストエンペラーのテーマ」であり「エナジー・フロー」であるということも──。

 

 音楽に国境はないというが、坂本さんの作品が海を渡り世界中の人々に感動を与えたことは、紛れもない事実。彼はまさに、“世界のサカモト”と呼ばれるのに相応しい、偉大な音楽家だ。しかしながら、上記の3曲は彼が残した膨大な作品群のなかの、ほんの一部に過ぎないのだ。なにせ彼の音楽性といえば、クラシック音楽が根幹をなしていながら、ポップス、フュージョン、テクノ、エスノ、アンビエント、現代音楽などなど、実に広範囲に取り込まれている。しかも、彼の各々のジャンルの音楽に対する造詣は極めて深く、その知識は決して付け焼き刃的なものではない。

 それゆえに、坂本さんの音楽は、コアな支持者ではない音楽の愛好家にも、あるいは音楽にほとんど興味がないひとにも、なにかしらの影響を与える可能性が高いのだ。かくいうぼくも、そのひとり。彼のクリエイトするサウンドに惹かれることが、何度かあった。たぶんその名前をはじめて知ったのは、シンガーソングライター、大貫妙子のアルバムにおいて。ぼくはある時期しばらくの間、大貫さんの作品をよく聴いていたのだけれど、彼女のファースト・アルバム『グレイ・スカイズ』(1976年)からずっと、坂本さんはアレンジャー兼キーボーディストを務めていた。

 

 なかでも特に好きなのは『クリシェ』(1982年)。この頃の大貫サウンドにはヨーロッパ志向があって、このアルバムでも楽曲の半分を、フランスの作曲家、ジャン・ムジーがアレンジしている。でもぼくは、坂本さんが手掛けた曲のほうが好きだ。これは飽くまでぼくの想像だけれど、坂本さんのアレンジでは、大貫さんが最初に書いたもとの曲に、ずいぶん手が加えられているように思われる。リズムはもちろんのこと、コード・プログレッションが、とても個性的。全体的なサウンドの骨格が、いかにも坂本さんのソレといった感じに仕上がっているのだ。

 

放縦を極めて坂本サウンドを語る

 

 坂本さんは、東京藝術大学の音楽学部作曲科を卒業し、さらに同大学院音響研究科修士課程を修了している。つまり彼は、音楽を構造的に知り尽くしているひとなのである。たとえポップ・ミュージックでも、確たる音楽理論に基づいた音作りがなされているのが、すぐにわかる。そうはいっても、まったくケレン味がなくて親しみやすい。しかも存外、音の重ねかたがシンプルだったりする。というか、無駄な音がほとんどないのだ。それがサウンドに透明感を与え、音世界をよりイマジナティヴなものにしている。それには、得も言われぬ心地よさがある。

 

 されば、坂本さんがサポートしたポップ・ミュージックには、当時のヒットチャート志向のそれとは明らかに一線を画すものがある。もちろん、技術的な質の高さが狙われたところもあるが、それよりも芸術的な性質に重点が置かれいるのだ。だから出来したサウンドは、とても映像的。そんなある意味で異形でありながら、晶瑩玲瓏なポップ・アルバムを二枚、(独断で)挙げておこう。それは、飯島真理の『Rosé』(1983年)と原田知世の『撫子純情』(1984年)で、坂本さんがサウンド・プロデュースとアレンジを担当した作品のなかでも特に傑作と感じられる。

 

 坂本さんの曲といえば、ファースト・アルバム『千のナイフ』(1978年)に収録されている、京琴ふうのシンセが印象的な「千のナイフ」やはり古筝をシミュレートしたような音色が奏でられる「ジ・エンド・オブ・エイジア」あるいはYMOの『イエロー・マジック・オーケストラ』(1978年)に収録されている、お馴染みミニモーグで歌われた「イエロー・マジック(東風)」などの、ペンタトニック・スケールで作られた東洋的でノスタルジックなメロディラインが、すぐに思い出される。それらも好きだけれど、原田さんが歌った「リセエンヌ」のような厳粛なムードの曲がまた素晴らしい。名曲なので、ぜひご一聴あれ。

 さて、すっかり放縦を極めて、自らの耳目に触れた坂本サウンドのみを語ってしまっているが、ここまできたらトコトン思いの丈を綴ってしまおう(ヤバイ、これは坂本さんへの恋愛感情か?)。坂本さんについて言及するとき、ぼくにとってどうしても外せないのが、渡辺香津美とのコラボレーションについて。特に渡辺さんの9枚目のアルバム『KYLYN』(1979年)とライヴ・バンド“KYLYN”のことは、忘れることができない。17歳でデビューした天才ギタリストと、大学院で修士課程を修了した秀才ミュージシャンによる双頭ユニット──その超人的な即興演奏とアカデミックな音楽性の融合は、真のフュージョンと云える。

 

KYLYNとは?
KYLYNKAZUMIYLYUICHIYNAKAMA

Yはスペイン語で&の表記に使われる。すなわち「渡辺香津美坂本龍一&仲間」という意味。

 
 

 前述の『千のナイフ』に収録されている2曲で、エキサイティングなギター・ソロを奏でているのは、渡辺さん。彼は、坂本龍一&カクトウギセッションの『サマー・ナーヴス』(1979年)にも参加しているが、レコード会社との契約上の都合で、クレジットがアブドゥーラ・ザ・“ブッシャー”となっている(笑える)。さらにYMOのライヴ・アルバム『パブリック・プレッシャー/公的抑圧』(1980年)では、ツアーのサポーターを務めた渡辺さんのチャンネルが、やはり権利の関係から全面カット。坂本さんのシンセ演奏に差し替えられた。アルバムに“Also thanks to Mr. KYLYN”とクレジットされているのが、興味深い。

 

坂本さんの存在なくしては生まれなかった

 

 幸いなことに、当日の渡辺さんのギター・プレーは、後年リリースされた2枚組CD『フェイカー・ホリック』(1981年)で日の目を見た。それにしても、ふたりがまったく異なる音楽性を有するのにもかかわらず、意外にもその相性はよく、作品ごとに奇跡的なシナジーを生み出している。そんな抜群にアーティスティックな共同作業は、渡辺さんの6枚目のアルバム『オリーヴス・ステップ』(1977年)からはじまり、袂を分かったあとも、コンピレーション・アルバム『東京ジョー』(1982年)としてまとめられた。そして、その最高峰といえば『KYLYN』であり、それに付随する『KYLYN LIVE』(1979年)なのだ。

 

KYLYN』は全9曲中、6曲を坂本さんが、3曲を渡辺さんと坂本さんが、それぞれプロデュースしている。当然のごとく、全体的には坂本色が濃い。まず、共同プロデュースの3曲だが、ホーン入りのフュージョン・セッションといった趣きで、ライヴ感が強い。よくバウンスする16ビートから4ビートへと移行する渡辺さんのオリジナル「199X」は、曲の尺は短いながらもオーヴァーチュアの風格をもつ。エンディングにおいて、坂本さんによるシンセのアンサンブルが、荘厳なムードを醸し出していることが、その要因のひとつ。

 

 ジェントル・ソウツの曲を彷彿させるキャッチーな渡辺さんの曲「ソニック・ブーム」は、なんといっても村上“ポンタ”秀一のドラミングが神業的。ガッドも顔負け!サビの部分では坂本さんのシンセが、スペーシーなサウンドを響かせる。益田幹夫のフェンダー・ローズ、渡辺さんのギター、清水靖晃のテナーと、ジャジーなアドリブが展開されていく。見事にフュージョン化されたマイルスの名曲「マイルストーンズ」は、とにかく渡辺さんのアレンジが素晴らしい(この手があったか!)。本多俊之(ss)、向井滋春(tb)、渡辺さん(g)と、熱いソロ合戦が繰り広げられる。

 つづいて、坂本さんのプロデュース6曲。坂本さんの公私にわたるパートナー、矢野顕子の曲「ウォーター・ウェイズ・フロウ・バックワード・アゲイン」は、渡辺さん(g)、坂本さん(rhodes)、矢野さん(p)による三重奏。ちょっとドビュッシーの「子供の領分」をイメージさせられる。以下は全曲、坂本さんのオリジナル。坂本さんのヴォコーダーがフィーチュアされた、明るく澄んだ、鮮やかな色調の曲「E-DAY・プロジェクト」坂本さんと渡辺さんによるアコースティックなデュオで、ペダルポイントが活かされた幻想的な「アカサカ・ムーン」2023年1月11日に惜しくも亡くなられた高橋幸宏のドラミングが特徴的なレゲエ「キリン」と、坂本ワールドが全開!

 

 さらに、矢野さんのチャーミングなヴォーカルが入る、坂本節全開のフュージョン・ナンバー「アイル・ビー・ゼア」──この曲は、ジェイ・ベネット原作のTVドラマ『私は見た!雨の中の殺人』(1980年)で、テーマ曲として使われた(ほかにも『KYLYN』『KYLYN LIVE』の収録曲が劇伴として使用された)。そしてラストの「マザー・テラ」の曲調は、YMOの『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』(1979年)に収録されている「キャスタリア」のもつ厳かで格調高いムードと共通する。これはYMOへの前奏曲なのか?それとも本来の自分に回帰するという意味なのか?

 

 まあ、それはともかく、KYLYNサウンドは、坂本さんの存在なくしては生まれなかった、その時代の中心に位置する音楽だったと、ぼくは思う(もちろんすべての楽曲において、主役は渡辺さんのギターなのだが──)。そして、そんな逸材を自己のフィールドの外界から引っ張り出してきた、渡辺さんの慧眼にも感服させられる。いずれにしても、人並み以上にすぐれた才能の持ち主であるふたりに拍手を送ると同時に、ここにあらためて、坂本さんへの哀悼の意を表する。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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