Don Grusin And Natali Rene / Better Than Christmas (2004年)

クリスマス・リースとピアノ
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ティル・ブレナーを魅了した名曲を収録するドン・グルーシン&ナタリー・ルネのクリスマス・アルバム『ベター・ザン・クリスマス』

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Album : Don Grusin And Natali Rene / Better Than Christmas (2004)

Today’s Tune : Better Than Christmas

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スタンダードとして歌いつがれていくことを予感させるオリジナル曲

 

 メリー・クリスマス!──と、いまだに思わず云ってしまうが、アメリカ国民の間では、近年このコトバは意識的に使われなくなってきている。ご承知のとおりクリスマスという単語のなかには、キリストがいる。すなわち、クリスマスはイエス・キリストの降誕を記念する年中行事のこと。本来、キリスト教徒がキリストの誕生日を祝う日なのだ。確かに米国ではクリスチャンがマジョリティではあるけれど、それ以外の宗教の信者もたくさんいる。そういうひとたちが「メリー・クリスマス」というコトバを使うことに抵抗を覚えるのもよくわかる。ということで、アメリカ社会ではポリティカル・コレクトネスの政策の一環からも、どんどん「メリー・クリスマス」から「ハッピー・ホリデーズ」への換言が進められているらしい。

 

 そんな特定のコトバの使用を禁じるという社会的規制を敷くことに対して、当然のことながら批判の声も上がるだろう。とはいえ「ハッピー・ホリデーズ」が、宗教とは関係なくクリスマスを楽しむことができるような、多くのひとから受け入れられやすいコトバであることも事実だ。まあ日本の12月は、アメリカのように祝日が集中する所謂いわゆるホリデー・シーズンではないけれど、気軽にクリスマスを楽しむことができるのならハッピー・ホリデーズ!──と、挨拶するのもアリだろう。かく云う敬虔けいけんなクリスチャンではないぼくにとって、不謹慎ながらクリスマスはご馳走が食べられる日。やはりクリスマスは、素晴らしい!

 

 ではあらためて、ハッピー・ホリデーズ!──みなさんも、楽しいひとときをお過ごしあれ──。閑話休題、ぼくにとってクリスマスに欠かせないのは、なにもタンドリーチキンだけではない。やはり音楽がなくてははじまらない。素敵な音楽があれば、大切なひとと過ごすクリスマス・イヴの夜も、きっとムード満点だろう。とはいうものの悲しいかな、ぼくはもう久しくそんなロマンティックな出来事とは無縁だ。そんなまったく不甲斐ないぼくでも、クリスマス一色の街景色を目の当たりにすれば、自然とこころが浮き立ってくるもの。せめてファンタスティックなクリスマス・ミュージックを聴きながら、気分を盛り上げてみようと思う。それになんといってもクリスマス・アルバムといえば、オフシーズンにはほとんどターンテーブルにのることのない、いまが旬の作品なのだから。

乾杯するサンタとトナカイ そばにピアノとクリスマスツリー

 ところで、クリスマス・アルバムには様々なジャンルのアーティストの吹き込みがあるが、採り上げられる楽曲はおおかた定番曲に集中する。もちろんオリジナルのクリスマス・ソングで新機軸が打ち出される場合もあるけれど、クリスマスをイメージさせるサウンドが案外ひとところに落ち着いているものだから、トラディショナル・ソングやスタンダーズといった安全ぱいが切られることが多い。クリスマスというシテュエーションで、多くのひとがそれらの曲を聴きたくなるわけだから、それはそれでいいと思う。しかもアーティストにとって手垢のついたクリスマス曲に異なるアプローチを試みるということは、ジャズ・プレイヤーが敢えて何度となく演奏された曲を採り上げたり、ポップ・シンガーが先人のもち歌をカヴァーしたりするのと同様に、自らのアイデンティティを示す好機にすらなるのである。

 

 とはいえ、いくら個性的なアーティストでもおなじようなトラック・リストでアルバムを制作すれば、聴き慣れた曲の羅列という状況から作品は新鮮味が失われる可能性をはらんでくる。クリスマス・アルバムというものがそんなリスクを抱えているだけに、アーティストには選曲やアレンジに相当な創意工夫を凝らすことが要求されるのである。その点に関して、ぼくの大好きなドイツのトランペッター、ティル・ブレナーがこんなことを云っている。自己のリーダー作『ザ・クリスマス・アルバム』(2007年)に寄せたコメントだが「新しいクリスマス・キャロルを探そうとすると、低俗でわざとらしい役立たずばかりで、将来名曲と呼ばれそうなものにはなかなか出会えない」と、ちょっと愚痴まがいにこぼしているのだ。

 

 もちろん、ブレナーは単にぼやいているわけではない。それまで一度も聴いたことのない魅力的なクリスマス・ソング、それも今後広く周知されスタンダードとして多くのシンガーに歌いつがれていくことを予感させるような曲──そんな逸品に出会ったら、決してそれを手放しはしない──と、強く云い切っているのだ。つまり彼は、過去に様々な音楽家によって幾度となく演奏、歌唱され、その度ごとに新しい解釈、アレンジが施されてきた数々のクリスマス・ソングのクオリティの高さをリスペクトするいっぽうで、いまだ知られざるダイヤモンドの原石にもしっかり目を向けていたのである。そして実際、この「ベター・ザン・クリスマス」という馴染みのない曲との出会いがまさに奇跡的なものと、彼には感じられたのだろう。

 

作者はドン・グルーシン、ナタリー・ルネ、リチャード・ルドルフ

 

 この「ベター・ザン・クリスマス」はブレナーが認めるだけあって、だれもがこころを惹きつけられるようなチャーミングな曲だ。前述の彼のアルバムではこの曲を、ベルリン・ドイツ交響楽団をバックに女優でシンガーのイヴォンヌ・カッターフェルドが色彩に富んだ声で詩情豊かに歌い上げている。フランスとドイツの合作映画『美女と野獣』(2014年)で、プリンセスを演じたひとだ(なおこの映画はディズニー作品ではなくレア・セドゥがベルを演じたもの。ぼくはこちらのほうが好きだ)。とにかく彼女の瑞々しくも風格のある声質が、それこそディズニー映画の主題歌を彷彿させるようなハートウォームでドリーミーな曲想にピッタリだ。ブレナーのハスキーでエアリーなフリューゲルホーンによるソロとオブリガートも、いつもよりややスウィート。オリジナルをしのぐ勢いの実に完成度の高い、堂々たるカヴァー・ヴァージョンである。

 

 ところで、この素敵な曲をものしたのはだれかといえば、作曲をしたのはドン・グルーシンナタリー・ルネ、作詞をしたのはリチャード・ルドルフである。まずルドルフだが、ギタリストでありソングライターでありプロデューサーでもある彼は、31歳という若さでこの世を去った伝説のシンガーソングライター、ミニー・リパートンのご主人だったひと。あの名曲「ラヴィン・ユー」(1974年)の作詞作曲はともに、ルドルフとリパートンとの共同作業によるもの。この曲、メロディもいいけれど、愛と幸福に満ち溢れた歌詞が素晴らしい。リパートンが愛娘(現在女優として活躍する)マーヤ・ルドルフに歌って聴かせていた子守唄がもとになっているというのは、あまりにも有名なエピソード。

 

 ちなみにルドルフは、リパートンを失った10余年ののち、宝飾デザイナーでもとはジャズ・シンガーだった笠井紀美子と再婚している。マーヤにとって笠井さんは、継母ということになる。それはともかく、ルドルフはこの「ベター・ザン・クリスマス」においても、気宇広大きうこうだいで包容力のある愛に満ち溢れた歌詞を書いている。シンプルなコトバでひとと世界のありかたを綴っているが、逆に大きなスケールを感じさせられる。ブレナーが惚れ込むのもよくわかる。そういえばこれは余談になるが、ブレナーは2019年の師走にブルーノート東京でライヴを行ったが、その公演名には「“ベター・ザン・クリスマス”ツアー」と銘打たれていた。これは、この曲が彼の重要なレパートリーとなったことを示唆するものと捉えても、差し支えないだろう。

ダンスを踊る男女 そばにピアノとクリスマスツリー

 いっぽう作曲者のひとりであるナタリー・ルネは、シンガーソングライターでありプロデューサーでもある。ただ彼女のプロフィールは、はっきりわからない。ロサンゼルス在住とのことだが、英語以外にスペイン語で歌うことや、その美しいエキゾティックなルックスから、ラテンアメリカ出身ではないかと思われる。2002年に『ライト・ナウ/アオラ』でCDデビューを果たしているが、このアルバムはインディペンデント作品で彼女の自己レーベルであるナティ・レコードからリリースされた。ここで展開されているサウンドは実にワイドレンジで、本作はルネの音楽性がギッシリ詰め込まれた傑作と云える。ときにニュー・ソウル、ときにアダルト・コンテンポラリーと、グルーヴ感溢れるサウンドがつづくと思えば、後半では一転してスペイン語歌唱のアフロ・キューバンな曲も出来する。

 

 ルネは、現代的なR&Bテイストのダンサブルな曲、ハートウォームなAOR、グルーヴィーで軽快なリズムのラテン・ミュージック──と、全方位型のシンガーと云えるかもしれない。その個性的な歌声はどこかコケティッシュであり、パワフルに歌ってもキュートな魅力に溢れている。近年の音楽シーンにおいて、素晴らしい感性と実力をもち合わせていながら、メジャー・レーベルには所属せず独立して活動を行うアーティストが増えている。彼女はそんな所謂いわゆるインディペンデント・ミュージシャンのハシリと云うことができる。ただ、彼女ほどの逸材がなおざりにされるはずもない。ルネを表舞台に引っ張り出したオトコがいた。誰あろう「ベター・ザン・クリスマス」のいまひとりの作曲者、ドン・グルーシンである。

 

 グルーシンといえば、誰もがすぐにコンテンポラリー・ジャズのキーボーディストであり映画音楽の作曲家でもある、あのデイヴ・グルーシンを思い浮かべるだろう。ドン・グルーシンはその7歳年下の弟で、やはりコンポーザー兼キーボーディスト。2020年に『アウト・オブ・シン・エア』というアルバムで素晴らしいソロ・ピアノを披露したことが、まだ記憶に新しい。グルーシン兄弟は、父親がニューヨークの弦楽四重奏団のヴァイオリニストだったことから、幼いころからピアノを弾いていた。兄がひたすら音楽に打ち込む天才肌の努力家であったのに対し、弟のほうはピアノのレッスンも継続していたが、10代のころはどちらかといえば勉学とスポーツにのめり込んだという。

 

環大西洋音楽への志向と電子楽器のハードスキルが生み出すサウンド

 

 ドン・グルーシンの経歴は、実にユニークだ。社会学の学士号を得たのち経済学の博士号も取得、母校であるコロラド大学で教鞭を執り、メキシコのオートノマス大学でフルブライト特別研究員として教壇に立ったこともある。音楽は飽くまで趣味だったが、それでも大学院生のころ、コロラド州はデンバーのジャズ・スポット、セネト・ラウンジにおいて、ゲイリー・バートン(vib)、クラーク・テリー(tp)、ズート・シムズ(ts)らとギグを行っていたという。1972年には、サンフランシスコ近郊のフットヒル・カレッジで教職に就きながら、ラテン・パーカッションのカリスマ的存在であり、あのシーラ・Eの父親としても知られるピート・エスコヴェードのグループ、アステカに参加。彼の音楽に観られるクロスカルチュラルな部分は、このときに養われたのかもしれない。

 

 学究の徒のだったグルーシンをプロ・ミュージシャンの道に引きずり込んだのは、クインシー・ジョーンズだ。ジョーンズのリーダー作『メロー・マッドネス』(1975年)でレコーディング・デビュー(兄のデイヴも参加)。同年、ジョーンズのオーケストラのメンバーとして初来日も果たした。以降、様々なアーティストのバック・ミュージシャンを務めるが、はじめは兄の陰に隠れていて、どちらかというと名脇役という印象をたたえていた。ところが、初リーダー作『ドン・グルーシン』(1981年)をリリースしてからは、自己の存在証明のごとき個性的な作品を次々に発表するようになる。兄がハリウッドの伝統を汲んだ正統派サウンドをクリエイトしつづけるのに対し、彼はグローバルな視野で音楽をディープに探求していく。

 

 ドン・グルーシンが志向するのは、云ってみれば環大西洋音楽。そのサウンドからは、ジャズはもとよりブラジリアン、カリビアン、そしてアフリカンといった、ボーダレスなフレーバーが単独ではなく一体となって知覚される。それは、典型的なコンテンポラリー・ジャズのスタイルとはひと味もふた味も違う、民族、国籍、文化などの違いを乗り越えたワールドワイドな音世界だ。しかも彼には、兄がアコースティック・ピアノで流麗なメロディを奏でているときに、後方で様々な電子楽器を駆使してサウンドを色彩豊かにしていた経験がある。つまり、各種のシンセサイザーやコンピュータに精通しているのだ。そんなハードスキルも、彼の音楽の幅を拡大するための有力な手立てとなっている。

巨大なクリスマスツリーのイルミネーションの風景

 そういったグルーシンの広範囲にわたる音楽性は、ベネズエラ出身のシンガーソングライター、フランク・クィンテーロと制作した『トカンド・ティエラ』(1999年)というアルバムで顕著に見て取れる。グルーシンはこの3枚組CDにおいて、中南米発祥の音楽の本質を徹底的に見極めようとしているのだ。音楽性が拡大されれば、自然と人脈も広がっていく。彼は2003年9月に、アメリカ西海岸のフュージョン・シーンを代表するミュージシャンを集めて、スタジオ・ライヴ・セッションを行った。その模様はレコーディングされ『ザ・ハング〜ウィズ・LA フレンズ』(2004年)としてリリースされた。メンバーには、前述のエスコヴェード、クィンテーロといった南米出身のミュージシャンも加わっているが、ナタリー・ルネのクレジットを見出すこともできる。

 

 このアルバムで、ルネは「フレッシュ・エア」という曲のリード・ヴォーカリストとしてフィーチュアされている。ぼくは彼女のことをこのときはじめて知ったのだけれど、すぐにケイト・マーコウィッツなどと同様に、グルーシンの好みのタイプのシンガーと感じた。なおこの曲はのちに、グルーシンが全面的にサポートした彼女のセカンド作『30マイルズ』(2006年)でも、ふたたびレコーディングされている。そんなグルーシンとルネの蜜月な関係によって生み出されたピースのひとつが「ベター・ザン・クリスマス」である。ブレナーがカヴァーした原曲は、クリスマスにちなんだグルーシン/ルネの共演作『ベター・ザン・クリスマス』(2004年)のオープニングを飾っている。本作の全楽器演奏はグルーシン、全歌唱はルネによるものだ。

 

 このCDは前述のナティ・レコードによる限定プレスだったので現在は入手困難かもしれないが、ネット配信で聴くことができる。タイトル曲以外にも、世界中で歌われている名曲をヒップなワルツにカスタマイズした「ジングル・ベルズ・ララバイ」軽妙洒脱なボサノヴァ「ボサノヴァ・クリスマス」グルーヴィーでちょっとだけメランコリックな「ホリデー・ムード」ストレートなゴスペルで唯一のカヴァー曲「天なる神には」ファンキーなR&Bナンバー「セイム・オル・ソーリー・クリスマス・イヴ」心地いいアダルト・コンテンポラリー「ピース・アウト」クラシカルなソロ・ピアノ「メリー・クリスマス・ブラウン・トラウト」ふたたびドリーミーな「(リプライズ)ベター・ザン・クリスマス」と、味わい深い曲が満載。8割がたグルーシン、ルネ、ルドルフによるオリジナルだが、どの曲もスタンダーズのような風格を備えている。ぼくも今宵はこの素敵なアルバムを聴きながら、クリスマス・イヴを楽しもうと思う。みなさんにもたくさんの幸せが訪れるように──。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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