Jeff Lorber Fusion / Galaxian (1981年)

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第一期ジェフ・ローバー・フュージョンの到達点 『ギャラクシアン』

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Album : Jeff Lorber Fusion / Galaxian (1981)

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30年近くもときを経て復活したジェフ・ローバー・フュージョン

 

 ジェフ・ローバー・フュージョンの2年ぶりの新作『ザ・ドロップ』(2023年)が、間もなく日本でも発売される。スムース・ジャズ系の人気キーボーディスト、ブライアン・カルバートソンのアルバムもディストリビュートしているレコード会社、インパートメントのアゲート・レーベルから2023年10月6日にリリースされる。カヴァ・アートは、なかよくグラサンをかけたジェフ・ローバー(key)とジミー・ハスリップ(b)のツーショット。あれ?今回はゲイリー・ノヴァック(ds)が写っていないけれど──。すぐに資料を確認すると、ちゃんとノヴァックも参加していた(しかも全曲でプレイ!)。逆にベースは、ほとんどコーネリアス・ミムスが弾いている(ハスリップは1曲のみの参加)。いったい、どうなっているの?

 

 まあ、まだ実際に音を聴いていないので、これ以上詮索するのはやめておこう。楽しみは、とっておくもの。それに、このジェフ・ローバー・フュージョン、2010年からメンバーは何度か替わっているし、そもそもバンド・サウンドに特化しているわけでもない。たしかに過去に、サクソフォニストのエリック・マリエンサルアンディ・スニッツァーがジャケットに写っていることもあった。しかしながら、実際に中身のほうを聴いてみると、ほかのアーティストがフィーチュアされている──ということも、ままあったのである。その点この名義、もとからバンド名というよりは、セルフプロジェクト名というニュアンスで使われているのかもしれない。

 

 ご承知のとおり、ジェフ・ローバー・フュージョンという名義は、インナー・シティ・レーベルからリリースされた、ローバーのデビュー作『ザ・ジェフ・ローバー・フュージョン』(1977年)のアルバム・タイトルでもある。第1作から5作目までは、この名義が使用された。その後、2004年のシェイズ・オブ・ソウル名義の同タイトル作を除けば『イッツ・ア・ファクト』(1982年)から『ハード・ザット』(2008年)までは、ローバーのソロ名義となる。そして、2010年にリリースされた『ナウ・イズ・ザ・タイム』から、ジェフ・ローバー・フュージョンは復活し現在に至る。さらにローバーはそれと並行して、2014年からはジャズ・ファンク・ソウルというプロジェクトをスタートさせたり、2015年には故チャック・ローブ(g)と『BOP』という共作を制作したりもしている。

二段シンセサイザー

 もうどれがどれだか、わからなくなってくる。ローバーがクリエイトするサウンドは非常に個性的で、どれを聴いてもローバーの音楽にしか聴こえないからだ。正直に云って、なにが変わっているのかよくわからない。なぜ彼は、30年近くもときを経てジェフ・ローバー・フュージョン名義を、ふたたび使いはじめたのか?これはぼくの想像だが、ローバーがいまさらフュージョンの旗を掲げたのは、現在コンテンポラリー・ジャズの主流となっているスムース・ジャズに対して、暗にアンチテーゼを唱えるためだったのではないだろうか?1990年代には音楽ジャンルとして確立されたスムーズ・ジャズ──一般的にそのルーツはフュージョンと観られているけれど、ぼくには似て非なるものに思える。

 

 スムース・ジャズは、アメリカ西海岸のラジオ・ステーションに向けて作られるようになった音楽。それまでのフュージョンでは当たりまえだった、白熱するような長尺な即興演奏、複雑なリズムや緊張感をもったハーモニーなどは、意識的に避けられている。たしかにジャジーな雰囲気は醸し出されているけれど、そのサウンドスケープは飽くまでラジオ用のフォーマットに従ってデザインされているのだ。ひとことで云えば、聴きごこちのよさが第一の音楽。極端な云いかたをすれば、イージー・リスニングということになる。ローバーは器用なひとだから、音楽プロデューサーとしても大いに敏腕を振るう。ラジオ・ステーションの要望に応えるくらいは、彼にとって容易たやすいことだろう。でもそれも、ちょっと窮屈になったのかもしれない。

 

 ローバーは、ドラマーでありソングライターでもあるスティーヴン・デュービンとの共同プロデュースで『キッキン・イット』(2001年)をはじめ3枚ほど吹き込んでいるが、それらがスムース・ジャズのマナーにのっとって制作れているのは明らかだ。ローバーは賢いひとだから、音楽作品だって売れてナンボであると認識しているのだろう。それに彼ほどの才能をもったひとだったら、ビジネスライクに音作りをしても、ハイクオリティな音楽を提供することができるのだ。それでもコマーシャルな音楽ばかり演っていて、ローバーが満足するはずはない。彼本来のエッジの効いたサウンドとインクレディブルなキーボードのテクニックを知っているファンとしても、なんともやりきれない。

 

クラブ世代からの再評価──グルーヴやムードが重宝された

 

 商業主義に対する反動か、ローバーはブルーノート盤『ヒー・ハド・ア・ハット』(2007年)では、あのブラッド・スウェット・アンド・ティアーズのドラマー、ボビー・コロンビーをプロデューサーに迎え、(電気楽器も使用しているが)これまでになくアナログでアコースティックなサウンドを展開し新境地を開いた(4ビートまで演っている)。コロンビーとBS&T所縁ゆかりのふたりのトランペッター、テディ・ミュレランディ・ブレッカー、さらにトム・スコット、それにローバー自身がホーン・アレンジを担当。さらに英国の作編曲家で指揮者でもあるジェレミー・ラボックがシンフォニックなスコアを提供している。コロンビー自身の稀代のセンスに溢れたドラミングが聴けないのはちょっと残念だが、本作は水準の高い作品に仕上がっている。

 

 ところが、ローバーはこの路線を継続しない。彼にとっても会心の一作だったはずだが、本作は飽くまで通過点であり自己の存在証明をなすものではなかったのだろう。音楽の完成度はすこぶる高いけれど、ここで仮にデヴィッド・ベノワがピアノを弾いたとしても作品は成立してしまいそう。つまり、ローバーらしさが薄味なのである。よくよく収録曲を吟味してみると、ローバーのクールネスがストレートに現れる曲といえば「ハドソン」くらい。この曲は、すごくいい。往年のジェフ・ローバー・フュージョンのグルーヴを彷彿させる、キャッチーな曲だ。こういうハートをぐっとつかまれるような曲が、もっとあったらよかったのに──。

 

 結局ローバーは、次にR&Bが得意でスムース・ジャズも手がけるソングライター、アレンジャー、そしてキーボーディストのレックス・ライドアウトにプロデュースを依頼する。完成した『ハード・ザット』の出来具合いは、まあ及第点といったところではあるが、ローバーらしさは戻ったと云える。ところで、このアルバムにローバーとライドアウトの共作「ナイト・スカイ」という曲が収録されているのだけれど、はじめて聴いたとき、ぼくはすぐにある曲を思い浮かべた。それは、ローバーのオリジナル・ナンバー「ナイト・ラヴ」という曲。ヒップホップのラッパー、JAY-Z(ジェイ・ズィー)の1997年のシングル盤「フー・ユー・ウィット」のもとネタとして有名だ。ちなみに、このバックトラックは、プロデューサーのスキ・ビーツによってサンプリングされた。

4人の女性ヒップホップのダンサー

 もしかすると、ローバーとライドアウトは「ナイト・ラヴ」のフュージョン・メロウとしての人気を意識して、改めて「ナイト・スカイ」という曲を作ったのかもしれない。オリジナルは、ゆったりしたテンポだがビートの効いたリフが印象的で、とても軽快で妙味のある曲となっている。このメロウでリフレッシングな曲は、第一期ジェフ・ローバー・フュージョンの5枚目にして最終作となった『ギャラクシアン』(1981年)に収録されている。実は、今回ご紹介するのはこのアルバムなのだが、ぼくにとってローバーの作品のなかでもっとも好きな一枚。ところが、本作は発売当初からあまり評判がよくなくて、はじめから高く評価していたぼくは、何年もひと知れず歯痒はがゆいおもいをしつづけたもの。

 

 実時間で本作を体験したリスナーで、本作をローバーの最上のアルバムとするひとは、おそらく少数だろう。それは、ローバーがキーボード・プレイのテクニックに比重が置かれて語られる場合が多いミュージシャンだからだ(本作ではそれほど弾いていない)。彼に限らず、フュージョンにカテゴライズされる音楽自体、過去にそういう傾向があった。ところが、クラブ世代はトータル・サウンドのグルーヴやムードを重視する。たとえば、本作のなかでぼくのもっとも好きな「マジック・レディ」という曲を、リリース当初は変なノリの曲と云う向きもあった。それがどうだろう、いまではブギー・タッチのバウンシーなナンバーとして重宝されている。ちなみにブギーとは、もちろん笠置シヅ子のブギウギではなくて、ジャズやファンクから影響を受けたリズム・アンド・ブルースを基盤とした、ダンス・ミュージックのこと。

 

 ベルリンを拠点とするDJユニット、ジャザノヴァや、イタリアのハウス系リミキサー、マックス・ポルチェッリも、この曲をフェイヴァリット・ナンバーとしている。まあ、ネタになればいい曲というわけではないけれど、個人的には嬉しいかぎりだ。それはともかく、インナー・シティ(1977年- 1978年)、アリスタ(1979年 – 1985年)、そしてヴァーヴ・フォアキャスト(1993年 – 1996年)時代のローバーの作品を、ぼくはもっとも高く評価する。その間、1986年にワーナー・ブラザースから『プライヴェイト・パッション』というアルバムもリリースされているが、これはダメだ。いかにも当時のBCMブームに乗ったサウンド、楽曲の半分以上がヴォーカル──という、もともとインストゥルメンタル志向のローバーの意にまったくそぐわない作品だ。

 

ジェフ・ローバーのファースト・デスティネーション

 

 やはり、ローバーといえばインストのひと。1952年11月4日にフィラデルフィアに生まれたローバーは、4歳でピアノをはじめ、9歳でジャズを演奏、バークリー音楽大学で演奏技術と音楽理論によりいっそう磨きをかけた。特にピアノのテクニックは神業的で、古希を迎えた現在もまったく衰えを知らない。夢みるアドレセンスでもないのだろうが、青春時代に尊敬するチック・コリアの即興演奏を完全に採譜し、その譜面を本人に送ったという。それが縁でコリアは、ジェフ・ローバー・フュージョンの2作目『ソフト・スペース』(1978年)と4作目『ウィザード・アイランド』(1980年)に、ミニモーグを引っ提げて参加した。興味深いのは、ローバーには下積み時代がないこと。ジャズ・バンドのサイドメンやスタジオ・ミュージシャンの経験もないのだ。

 

 以前にローバーは、自己の音楽性ついてセカンド・ジェネレーションのフュージョンと表現していた。つまり、ジャズをフュージョンに進化させたチック・コリアは第一世代。コリアの音楽から影響を受けたローバーは、第二世代ということになる。そいう意味では、ジャズ・プレイヤーとしてのキャリアをもたず、フュージョンを聴いて育ったローバーがクリエイトするサウンドは、より純度の高いフュージョンと云える。さらに云えば、プロ・ミュージシャンとして船出を切る際に、いきなりフュージョンを旗印にした彼からは、まるで高潔の士のような風情さえ感じられるのだ。そして、そのファースト・デスティネーションこそが『ギャラクシアン』だったのではないだろうか。ちなみに、本作においてバンド名から“THE”が外された。

 

 本作がリリースされた時点でのジェフ・ローバー・フュージョンは、リーダーのジェフ・ローバー(key)、1作目から参加のデニス・ブラッドフォード(ds)、3作目から参加のダニー・ウィルソン(b)、4作目から参加のケニー・ゴアリック(sax, fl)の4人。なおゴアリックは本作のあとケニー・Gとして、ローバーのプロデュースで『シティ・ライツ』(1982年)をリリース。その後、人気アーティストとなる。それはさておき、本作の特徴といえば、秀逸なコード・チェンジや心地いいシンコペーションはそのままだが、アレンジの面でこれまでになく作り込まれているという点。以前はマスターリズム譜で演奏したあと、キーボードをオーヴァー・ダブする程度だった。まあ、テクノロジーの進歩もあるのだろうが、本作では綿密な多重録音がなされている。その点、サウンド・カラーは鮮明になったが、逆に初期のバンド・サウンドは薄まった。

銀河系宇宙

 また、本作ではゲスト・プレイヤーをフィーチュアすることで、楽曲にアクセントが付されている。これは、現在のローバーのスタイルでもある。オープニングのジャズ・ファンク「モンスター・マン」では、スタンリー・クラークのスラップ・ベースとオート・ワウのかかったソロ、ドニー・ギャラードのラップとヴォーカル、ジェリー・ヘイ(tp)率いるシーウィンド・ホーンズによるブラスなどが、強烈なインパクトを与える。つづくサウンドとリズムが鮮彩な「セヴンス・マウンテン」では、ディーン・パークスのアコースティック・ギターがローバー・サウンドにおいては新鮮に響く。そうかと思えば、つぎの2曲ではレギュラー・メンバーのみをフィーチュア。ブギー・タッチの「マジック・レディ」では、ローバーのプロフェット10とゴアリックのフルート、メロウな「ナイト・ラヴ」では、ローバーのピアノとゴアリックのソプラノが、クールなソロを展開。

 

 これもローバーにしては稀な4つ打ちビート「時のはずみ」は、シンプルなディスコ・ナンバーだが、シーウィンド・ホーンズがキャッチーなフレーズで華を添えている。つづく「シンク・バック・アンド・リメンバー」は、R&Bスタイルのヴォーカル・ナンバー。やはりギャラードがフィーチュアされているが、ここでの彼はスウィートでソウルフルな歌声を聴かせる。コーラスは、ブラザーズ・ジョンソンの兄のほう、ジョージ・ジョンソンが担当。そして、もっともローバーらしいグルーヴィな「ブライト・スカイ」は、バンドが一体となって打ち出すタイトなリズムが気持ちいい(踊れます!)。ラストはメトリック・モジュレーションが効果的に使われた「ギャラクシアン」で、マーロン・マクレーンのギター・ソロも飛び出す、高度な演奏技術と音楽理論を有するローバーの面目躍如たる一曲だ。

 

 以上の8曲は、間違いなくジェフ・ローバー・フュージョンのひとつの到達点である。そして、グループ活動の休止としては、メンバーにとって最上のかたちをとることができたと、ぼくは信じるのである。それだけ『ギャラクシアン』という作品の完成度は高い。なぜリリースされた当初、ほとんど注目されなかったのか不思議でならない。いま聴いても、まったくフレッシュな魅力が伝わってくる傑作だ。ぜひ、多くのひとに聴いていただきたいもの。このあと時を移さず、ローバーはソロ名義第1作『イッツ・ア・ファクト』を発表。この作品と『ギャラクシアン』とでは彼のスタンスは異なるが、両作の音楽的ファクターはひとつづきにして考えざるを得ない。そんなことは、ローバー本人だって百も承知、二百も合点だろう。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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