芥川也寸志 / 八つ墓村 オリジナル・サウンドトラック (1977年)

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横溝正史のミステリー小説『八つ墓村』完全新作映画化決定──その原点ともいうべき1977年版のサントラ盤、芥川也寸志による『八つ墓村 オリジナル・サウンドトラック』

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Album : 芥川也寸志 / 八つ墓村 (1977)

Today’s Tune : 青い鬼火の淵(道行のテーマ)

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2026年の秋に公開が決定した新作映画『八つ墓村』について

 

 ミステリーの金字塔とも称される横溝正史の小説『八つ墓村』(角川文庫版)が、完全新作として映画化されることが報じられたのは、今年(2026年)の1月末のこと。ぼくは『八つ墓村』をミステリーの金字塔とは思わないけれど、名探偵、金田一耕助が活躍するシリーズが累計発行部数5500万部を突破しているということもあり、横溝さんは間違いなく日本を代表する推理作家であり、日本の本格ミステリーの礎を築いたひとと云える。おそらく多くのひとがすでにストーリーも犯人も知っていると思われるのだけれど、それでも何度となく映像化されるのだから、やはり『八つ墓村』はミステリー文学の名作と云って然るべきだろう。正直なところかくいうぼくも、映像化される度についつい胸をときめかせてしまうのである。

 

 ところで2026年1月27日に映画化が発表された、松竹/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントが配給する新作映画『八つ墓村』は、2026年の秋に公開される予定とのことだが、現在はスーパーティザービジュアルの公開のみに留まっている。このスーパーティザービジュアルというコトバ、近年よく耳にするのだけれど、映画だけでなく、主にアニメやゲームなどの新商品のプロモーションにおいて、敢えて具体的な詳細は明かさないままにして、一部のイメージやロゴだけでオーディエンスやユーザーの好奇心を煽り期待感を醸成するという、なんともイヤらしい予告ビジュアルのことである。結果、映画『八つ墓村』についても、SNSや映画情報サイトにおいて、探偵の金田一耕助、主人公の寺田辰弥を誰が演じるのかという、キャスト予想で大いに盛り上がっているようだ。

 

 ちょっと余談になるけれど、先日、2026年3月13日に東京のグランドプリンスホテル新高輪、国際館パミールにて開催された第49回日本アカデミー賞授賞式をテレビで観ていて、思ったことがある。ニッポン放送の深夜ラジオ番組「オールナイトニッポン」の一般リスナーによる投票によって選ばれる話題賞を、俳優部門において映画『ファーストキス 1ST KISS』(2025年)、実写映画『秒速5センチメートル』(2025年)に主演した松村北斗が受賞した。問題は登壇した松村さんのヘアスタイルなのだが、オシャレにしてはちょっと不自然なくらいに髪が伸びているように感じられた。そこでぼくが勝手にイメージしたのが、金田一耕助である。金田一の髪型といえば、雀の巣のような蓬髪。原作に長髪とは書かれていなかったと思うが、視覚的には長いほうが映えるだろう。

八つ墓村の明神様のある道

 松村さんは、云うまでもなく男性アイドル・グループSixTONESのメンバーだけれど、アイドル枠を超えた実力派俳優としても認知されている。個人的には、近年だと上記の2作のほか『キリエのうた』(2023年)『夜明けのすべて』(2024年)などでの繊細な心情表現と独自の陰影を湛えた演技に、あらためて彼の俳優としての魅力を実感させられた。実はぼくは、NHKのプレミアムドラマ『一億円のさようなら』(2020年)を観たとき、松村さんのことはまだなにも知らなかったが、いい俳優だなと思いすっかりファンになってしまった。ついでに云うと、このドラマに出演していた森田望智にもおなじような思いを抱いた。森田さんは映画『ナイトフラワー』(2025年)に出演し、今回の日本アカデミー賞で最優秀助演女優賞および新人俳優賞を獲得。目が離せない女優さんだ。

 

 まあ早合点は大間違いのもとと云うけれど、勝手にあれこれと想像すると、松村さんの金田一耕助はなかなかいい線を行っているように思われる。外観も然ることながら、間の取りかたや視線の向けかた、平穏な状況ではどちらかというと高めの明るい声色が、いざというときに身体の深いところから出てくるような低音に変わるところなどは、事件の行末を見守る探偵、金田一耕助のキャラクターの感情を、フレッシュかつリッチに伝えそうである。いずれにしても、変幻自在な役作りで定評のある松村さんだから、金田一になり切ってくれることだろう。と、これは飽くまでぼくの妄想。原作の『八つ墓村』では、物語が寺田辰弥の一人称で語られ金田一は完全な脇役だが、ファンとしてはどうしても金田一役がいちばん気になってしまうというもの。

 

 妄想ついでに云っておくと、今回の『八つ墓村』の映画化を耳にしたとき、ぼくが金田一役で思い浮かべた俳優といえば、第49回日本アカデミー賞において複数の部門で優秀賞受賞を果たしたサスペンス映画『爆弾』にも出演した寛一郎。こういう云いかたをすると失礼にあたるのかもしれないが、父に佐藤浩市、祖父に三國連太郎をもつという、名優の血を引くサラブレッドだ。重厚な演技から親しみやすい役まで幅広くこなす、実力派の若手俳優と云っていいだろう。東野圭吾原作のファンタジー映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(2017年)での演技が高く評価され、第27回日本映画批評家大賞の新人男優賞を受賞。さらにアナーキーな青春群像劇『菊とギロチン』(2018年)でも、第92回キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞ほか各賞を受賞している。

 

 親譲りの彫りの深い端正な顔立ちと、身長182cmの骨太でしっかりとした体格のもち主である寛一郎さんは、原作の金田一像とはかなりかけ離れているけれど、知的な面と無邪気な面を併せもつところは、個人的には金田一役に向いていると思う。ぼくは過去に銀幕に登場した金田一では、映画『悪霊島』(1981年)で鹿賀丈史が演じたキャラクターにもっとも親近感が湧いたのだが、寛一郎さんにもそれとおなじようなイメージをもったのである。演技に対して真摯に向き合う姿勢や、舞台挨拶などで見せるちょっとシャイな感じから、現代的かつ繊細な金田一を表現してくれるのではないかと、私情で恐縮だが期待してしまう次第。いずれにしても寛一郎さんは、父や祖父の威光を感じさせながらも、独立した俳優として実力のある注目株だ。

 

 ということで、客観的な根拠や事実に基づかず自分の一方的な見かたで述べるのはこの程度にとどめておくが、往年の横溝ブームを体験したぼくにとって新作映画『八つ墓村』については、今後の展開に期待したいところである。それにこの『八つ墓村』という作品、個人的には横溝正史の長編推理小説のなかでもなかなか読み応えのあるものと思っているのだが、なぜかこれまでの映像化作品においては一度も満足することがなかった。原作の『八つ墓村』は、1949年から1951年にかけて雑誌『新青年』および『宝石』に連載された長編推理小説だが、金田一耕助が登場する作品としては8作目にあたる。なお『新青年』は国内外の探偵小説を数多く紹介したことで知られるが、横溝さんはこの雑誌で作家デビューしたばかりでなく、2代目編集長としても活躍した。

 

これまでに映像化された『八つ墓村』を振り返る

 

 さらに横溝さんは『新青年』において、海外のミステリー作品を自ら翻訳していたりもする。氏が翻訳を手がけた作品に、アメリカのミステリー作家、ケネス・デュアン ウィップルによって執筆された『鍾乳洞殺人事件』(1934年)というのがあるのだが、実のところ『八つ墓村』は、この小説から影響を受けている。鍾乳洞という閉鎖空間が舞台とされていることをはじめ、物語の随所に見られる展開に共通点があるのだが、それは横溝さん本人も認めるところである。また同時に『八つ墓村』は、おなじみの名探偵、エルキュール・ポアロが活躍するアガサ・クリスティの長編推理小説『ABC殺人事件』(1936年)に触発されて書かれた作品でもある。その点で『八つ墓村』は、ミッシング・リンクをテーマとした本格ミステリーと捉えることができるのだ。

 

 ところが残念なことに、もともと横溝さんの小説といえば登場人物が非常に多く、人物相関も入り組んでいたりするのだが、この『八つ墓村』ではさらにトリックが複雑で巧妙になっているものだから、その映像化作品のいずれにおいても大幅な改編と省略が行われている。ことにトリックのカギとなる殺人計画書のクダリは、ぞんざいに扱われることがほとんどである。一見無差別連続殺人事件のように見えながら、実はそこに一貫した動機があるというところがミソなのだが、それが曖昧になってしまうのだから、自ずと本格ミステリーの醍醐味は半減するというもの。そのことから『八つ墓村』の映像化作品では、たいてい犯人の犯行動機が変更されている。いずれにしても映像化された『八つ墓村』は、原作よりもミステリーとしての味わいがぐっと薄くなっているのだ。

 

 ではここでこれまでに映像化された『八つ墓村』を、簡単にではあるが具体的に挙げてみよう。本作を原作とした映画は3本、テレビドラマは7作品となる。まず映画だが、東映製作、松田定次監督による『八ツ墓村』(1951年)。ぼくはこの映画を観たことがないのだが、片岡千恵蔵演じるスーツ姿の金田一が活躍、原作に登場しない人物が犯人に仕立てられているという。つづいて横溝ブームのまっただなかに松竹によって製作された、野村芳太郎監督の『八つ墓村』(1977年)。時代設定が当時の現代に変更されているため、渥美清演じる金田一は洋装に麦わら帽子という出で立ちで登場。地味に活躍するが、ぼくにはどうしても生真面目になった車寅次郎にしか見えなかった。とはいえ原作でも金田一は脇役なので、それはそれでいいのかもしれない。

八つ墓村の鍾乳洞

 さきに触れた篠田正浩監督の『悪霊島』以降、金田一耕助は銀幕からしばらく姿を消す。ふたたびその姿を見せるのは、15年後のこと。市川崑監督の『八つ墓村』(1996年)で、当時トヨエツ・ブームでノリに乗っていた豊川悦司が、調子に乗りすぎて奇妙奇天烈な金田一を演じた。ヴィジュアリストである市川監督も作品に様々な技法を施して、大ヒットした『犬神家の一族』(1976年)にはじまる往年のシリーズを再現しようと努力しているのだが、それが却って過剰になってしまい煩わしいとさえ感じられる。ただ原作に従った犯行動機に回帰していること、映像作品では度々削除されてしまう里村典子が比較的重要な役割を果たしていることは、注目に値する。典子は原作小説では、事実上のヒロインなのだけれど──。

 

 いっぽうテレビドラマのほうだが、最初の映像化はNET(現在のテレビ朝日)系のテレビシリーズ『怪奇ロマン劇場』の1本として製作された『八つ墓村』(1969年)である。再放送がなかったことからフィルムが現存しないと長らく認識されていたが、2022年の4月にいきなりCS「東映チャンネル」にて再放送され、多くの横溝ファンを驚かせた。主人公の寺田辰弥を、若き日の田村正和が演じているのが目を引く。洋装の金田一は、声優としても知られる金内吉男が演じているのだが、職業探偵ではなく城南大学の法医学博士として登場。後輩にあたる辰弥からの手紙を受け取り来村、法医学の知識を駆使して事件の解決にあたる。驚くべきはドラマの全長が、たったの48分であるということ。原作の雰囲気が引き継がれ、コンパクトにまとめられているという点で、一見の価値ありだ。

 

 つづいて、NHK総合のドラマシリーズ『銀河ドラマ』の1本『サスペンスシリーズ 八つ墓村』(1971年)。ぼくはこの作品は未見だが、1話30分の全5話という構成で丁寧に描かれたせいか、殺人事件がいくつかはカットされているものの、大筋は後続のドラマ化と比較するとかなり原作に忠実であるとのこと。劇団俳優座の同期であるふたり、山本耕一が寺田辰弥を、水野久美が森美也子をそれぞれ演じている。なお、金田一は登場しないという。そしてその7年後、横溝ブームの勢いが頂点に達していたころに製作されたのが、TBSテレビ系列において全5回で放送された『横溝正史シリーズII・八つ墓村』(1978年)である。金田一を演じたのは、“ミスター金田一”の異名をとる、おなじみの古谷一行である。

 

 このドラマはもっとも長尺の映像化ということで、観応えはあるしけっこう面白い。ただ前半の展開が比較的原作に忠実なのに対し、後半のストーリーラインは大きく改変されている。犯人は原作どおりだが、その犯行動機がまったく違う。しかも真犯人が、意外な人物に殺害されてしまう。ヒロインの里村典子は登場せず、その代わりに森美也子が寺田辰弥と恋仲になるという設定は、前年に公開された野村芳太郎監督の映画『八つ墓村』の大ヒットが影響したのかもしれない。なによりも驚かされるのは、辰弥の母である井川鶴子の恋人、亀井陽一が意外な人物として登場すること、諏訪弁護士がワルものになっていること、そして事件終結後に辰弥があまりにも皮肉な悲劇的末路をたどることだ。それに対する金田一の、超自然的な“祟り”の存在を肯定、暗示するようなセリフも、いかがなものだろう。

 

 古谷さん演じる金田一は、TBSテレビ系列の2時間ドラマ『月曜ドラマスペシャル』の1本『名探偵・金田一耕助シリーズ・八つ墓村』(1991年)で、ふたたび登場。今度はドラマの尺が114分とコンパクトにまとめられたため、物語は比較的原作に近い形で進行するのだが、エピソードの簡素化はかなり激しい。しかも犯人の犯行動機の改変、典子の削除は相変わらず。はっきり云って、きわめて物足りなさを感じさせる作品である。TBSの『名探偵・金田一耕助シリーズ』(1983年 – 2005年)は、全32作にもおよぶ人気シリーズだったが、率直に云うと第1作に当たる『本陣殺人事件』(1983年)以外は、作品のクオリティが2時間ドラマの域を出ていない。本人にはお気の毒だが、古谷さん演じる金田一がどんどん老け込んでいくのも正視に耐えなかった。

 

 そして残りのテレビドラマ3作に関してはたいへん恐縮なのだが、内容のいいわるいよりも自分の嗜好に合わないところが多々あるため、どうしても許容できない。フジテレビ系列の2時間ドラマ『金曜エンタテイメント』の1本である『横溝正史シリーズ6・八つ墓村』(1995年)では、片岡鶴太郎演じる金田一をぼくはまったく好きになれない。個人的には歴代の金田一のなかで、ワースト1位だ。べつに片岡さんが嫌いというわけではないのだけれど、氏が演じる理性を失うほど情に脆い金田一が疎ましいのだ。おなじ『金曜エンタテイメント』枠で放送された『金田一耕助シリーズ・八つ墓村』(2004年)では、横溝作品へのリスペクトは感じられるものの、バラエティ番組風の過剰な演出に嫌気が差す。自ずと稲垣吾郎演じる金田一も、なんだか遊んでいるように見えてしまう。

 

純然たる鑑賞用音楽として芥川サウンドをじっくり味わう

 

 NHK BSプレミアムの『スーパープレミアム』枠で放送された『八つ墓村』(2019年)では、一貫性に欠ける演出に戸惑いを覚える。シリアスなシーンでも緊張感が削がれるような演出が散見される。このシリーズ、一般的な評価は高いようだが、ぼくには本来劇的に描かれるべき場面が、ずいぶん情緒に欠けているように感じられた。そして吉岡秀隆演じる金田一、本人には申し訳ないがまったく金田一に見えない。あまつさえ、ぼくには吉岡さんにしか見えないのである。彼は役者魂に溢れた素晴らしい俳優だが、ハッキリ云って金田一には合わない。白髪、凄みのある瞠目、甲高い声といった個性が押し出され、ひとの道理などを説かれた日には、かなりゲンナリさせられる。ただこの作品、これまで削除されがちだった典子が、ラストで村を去る辰弥に押しかけ女房的についてくるところは好きだ。

 

 以上のように、映像化された『八つ墓村』は、過去に10作品も存在する。横溝作品のなかでは、飽くまでアダプテーションという点においてだが、11回映像化された『犬神家の一族』に次ぐ人気を誇る。ぼくは書き出しから、過去に『八つ墓村』の映像化作品を観て満足したことは一度もなかったと述べたが、好き嫌いを別にしてもっとも印象に残った作品といえば、圧倒的に1977年に劇場公開された松竹映画だ。あの有名な「祟りじゃ〜っ」というキャッチコピーが流行したのは、この映画のCMからである。しかもこの映画、実は横溝作品の配給収入において、歴史的大ヒットを記録した1976年公開の角川映画第1弾『犬神家の一族』を抜いてトップに位置する。つまり興行的には、もっとも成功した横溝映画なのである。

 

 またこの映画、企画がもち上がったのは『犬神家の一族』よりもまえの1975年のこと。当初は原作小説の文庫版を発行する角川書店の当時の社長、角川春樹が本作のプロデュースに名乗りを上げていた。ところが結局、角川書店と松竹との提携は決裂し『八つ墓村』は松竹単独の製作となり、それを機に角川書店は新たに『犬神家の一族』を製作することとなった。念のために云っておくと、金田一がヨレヨレの和服に袴、お釜帽にボサボサ頭という、原作の記述が忠実に再現されたのは角川映画の『犬神家の一族』が最初だった。あとに公開された松竹の『八つ墓村』において、渥美清演じる金田一が洋装で登場し、時代設定が戦後間もない昭和20年代から映画制作当時の現代(昭和40年代)へと移されているのは、その企画が『犬神家の一族』以前のものだったことに起因するのではなかろうか。

八つ墓村を丘の上から見た景色

 いずれにしても、この『八つ墓村』は横溝映画延いては松竹映画の歴代に残る大ヒット作である。原作のイメージとはまったく違う伝奇ロマン風超大作といった風情をもつ作品だが、小説を読んでいないひとにとっては面白い映画なのだろう。つまりこの映画では、謎解きよりも現実ではありえない不思議な怪奇現象、幻想的な物語、伝説や歴史的伝承にスポットが当てられているのだ。よって戦国時代の村人たちによる落ち武者の惨殺、そして28年まえの多治見家当主による村人32人の虐殺が、いやというほど強調されている。この時点で、当時小学生だったぼくはゲンナリしてしまったのだが、日本刀と猟銃をもって走ってくる山﨑努演じる多治見要蔵のアンデッドのような表情、そして鍾乳洞を飛びまわる小川真由美演じる森美也子の夜叉のような形相には、かなりの精神的衝撃を受けたものである。

 

 また、この『八つ墓村』では、監督の野村芳太郎をはじめ、脚本の橋本忍、撮影の川又昂、そして音楽の芥川也寸志と、松本清張の同名小説が映画化された大ヒット作『砂の器』(1974年)を創り上げた陣営がそのまま起用されている。おそらく松竹は『八つ墓村』を、横溝さんの小説のストーリーを借りて、第2の『砂の器』に仕立てようとしたのだろう。つまり松竹がいちばんやりたかったのは『砂の器』で芥川さんが音楽監督を、菅野光亮が作曲とピアノ演奏を、そして東京交響楽団が演奏を務めた、ピアノ協奏曲「宿命」が連綿と流れるクライマックスの“父子の旅”を、今度は『八つ墓村』で芥川さんが書き下ろした美しいワルツ「青い鬼火の淵(道行のテーマ)」を背景に、男女の道行をイメージさせる耽美的な鍾乳洞内の逃避行として再現することだったと思われるのだ。

 

 確かに辰弥と美也子とが洞窟のなかを「龍の顎(あぎと)」を探し歩く場面では、トラジックかつロマンティックな雰囲気と、重厚なオーケストラによる甘美な旋律とが相まって、作品中もっとも美しいシークエンスが創出されている。そしてぼくにとって、この映画のなかで唯一の救いといえば、まさにこの芥川さんによるスコアなのである。実はぼくは、クラシック音楽の愛好者だった父親の影響で、幼いころから芥川さんの音楽に親しんでいた。特に『交響三章(トリニタ・シンフォニカ)』(1948年)はすごく好きで、1963年に芥川さん自らが指揮した東京交響楽団による録音盤は、擦り切れるほど聴いたもの。そんなわけで、映画本編は受け入れ難いのだけれど、サウンドトラック・アルバムは、当時からよく聴いていた。ビクター・レコードから発売された『八つ墓村 オリジナル・サウンドトラック』(1977年)は、CD化もされたが残念ながら現在は入手が困難とのこと。

 

 しかしながら2014年、芥川さんによるスコアは、松竹レコードの貴重な音楽マスターテープをCD化する「あの頃映画サントラシリーズ」の1枚として蘇った。もともと当時のサントラ盤に収録されていた楽曲は、フィルムスコアリングとは異なるミックスがなされたもの、あるいはまったく別のヴァージョンばかりだった。たとえばアルバム冒頭の「メインタイトル」などは、ブラスの入りかたがまるで違う。ところがこの「あの頃映画サントラシリーズ」盤では、映画本編で使用されたトラックが余すことなく収録されているほか、公開当時に発売されたシングル・レコード音源、抜粋になるがLPレコード音源も収録されている。実際に映画を観たひとにとっては、むしろ本盤のほうがシックリくるかもしれない。なお演奏は、シングル盤のみ新日本フィルハーモニー交響楽団、そのほかは新室内楽協会によるものである。

 

 作曲と指揮を手がけた芥川さんは、この『八つ墓村』で第1回日本アカデミー賞で最優秀音楽賞を獲得している。なお氏が同年に音楽を手がけた『八甲田山』(1977年)との同時受賞だが、こちらも素晴らしいスコアだった。ときに『八つ墓村』のスコアだが、いかにも芥川さんらしく、ロシア音楽に代表される色彩豊かでドラマティックな管弦楽法を土台とし、ノスタルジックで劇的な日本的要素が融合されている。芥川さんといえば、日本民謡などに根ざしたオスティナート技法を、より洗練された近代的なオーケストレーションに昇華させた音楽家だけれど、ここでも日本の風景や時代情緒が巧みに表現されている。そんな和の趣きと現代音楽的な不協和音とが絡み合いながら展開される音楽は、映画『八つ墓村』にスケールの大きな恐怖と緊張感、そして郷愁をもたらしている。

 

 いまでもぼくは、横溝ミステリーとして映画本編をあまり観る気はしないのだけれど、こうしてあらためてサウンドトラックを聴き直すと、もう一度チャレンジしてみようかなという気持ちが湧いてきたりする。芥川さんの音楽は、やはり素晴らしい。このスコアでは「辰弥の回想」が映画『鍵』(1959年)の音楽を、また「落武者のテーマ」がNHKの大河ドラマ『赤穂浪士』(1964年)のテーマ曲を、それぞれ彷彿させたりするけれど、まあそれはご愛嬌ということで、純然たる鑑賞用音楽として芥川サウンドをじっくり味わおうではないか。そして、やはり「青い鬼火の淵(道行のテーマ)」は、何度聴いても感動的な名曲。嬉しいことに「あの頃映画サントラシリーズ」盤には、もっとも長いヴァージョンが収録されている。しみじみとしながらも、新作映画『八つ墓村』が1977年版のような仕様にならないことを祈る今日このごろである。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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