ミュージック・シーンに新風を巻き起こしたハービー・ハンコックが手がけたグルーヴィーなサウンドトラック・アルバム『狼よさらば』
Album : Herbie Hancock / Death Wish Original Soundtrack Recording (1974)
Today’s Tune : Joanna’s Theme
ハンコックはジャズの範疇に収まり切らない音楽家
ジャズ・ピアニストのハービー・ハンコックが音楽を手がけた映画というと、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の『欲望』(1966年)がすぐに思い出される。ハンコックにとってははじめてのフィルム・スコアだけれど、そのメイン・テーマとアンダースコアは、アーバンでソフィスティケーテッドでちょっとミステリアスなムードを漂わせる、ジャズ・サウンドで構成されている。当時ジェフ・ベックとジミー・ペイジという2大ギタリストが在籍していたヤードバーズによる、破壊的なガレージ・ロック・ナンバーの収録も相まって、サウンドトラック・アルバムはスタイリッシュな作品としていまも非常に人気が高い。要は都会的なクールさが際立つモダン・ジャズと、エナジェティックなシックスティーズ・ロックとがミックスされた、おしゃれなレコードなのである。
そしてもう1本、ハンコックが音楽監督を務めたベルトラン・タヴェルニエの監督作品『ラウンド・ミッドナイト』(1986年)を忘れるわけにはいかないだろう。映画のタイトルはもちろん、独特のスタイルのバップ・ピアニスト、セロニアス・モンクが1943年に作曲した「ラウンド・ミッドナイト」に由来している。この曲は映画のなかでも使用されるが、ハンコックがアレンジしたものだ。映画は1950年代末のパリのジャズ・シーンとミュージシャンたちの友情が描かれたもので、テナー奏者のレスター・ヤングとピアニストのバド・パウエルとをモデルにした主人公を、やはりテナー奏者のデクスター・ゴードンが演じている。ゴードンは演技のほうもなかなかのもので、アカデミー主演男優賞にノミネートされた。
実はこの映画にはハンコックも出演していて、薬物依存に苦しむ主人公を支えるピアニスト兼バンド・リーダーを演じている。演技のほうはともかく、彼がアレンジしたジャズ・スタンダーズやオリジナル曲は魅力的だ。実際ハンコックはこの作品で、アカデミー作曲賞を受賞している。サウンドトラック・アルバムでは、主役のゴードンをはじめ、ウェイン・ショーター(ts)、フレディ・ハバード(tp)、ロン・カーター(b)、トニー・ウィリアムス(ds)、ビリー・ヒギンズ(ds)といった、ハンコック所縁の名ジャズ・プレイヤーたちの臨場感溢れるジャズ・セッションをじっくり味わうことができる。このサントラ、追加曲が収録されたゴードン名義のアルバム『ラウンド・ミッドナイトの向こう側』(1986年)と併せて、いまも高い人気を誇る。

ぼくは最初にハンコックのことを軽々しくジャズ・ピアニストと云ってしまったけれど、彼はジャズの範疇に収まり切る音楽家ではない。むろんジャズ・プレイヤーとしても超一流である。ハンコックは名門ブルーノート・レコードにおいて、押しも押されもせぬニュー・メインストリームのスター・アーティストだった。デビュー作『テイキン・オフ』(1962年)をはじめとする、7枚のリーダー作はどれも素晴らしい。また彼が1963年から1968年まで、マイルス・デイヴィス・クインテットのメンバーだったこと、1976年から1979年までは、同クインテットのメンバーだったウェイン・ショーター(ss, ts)、ロン・カーター(b)、トニー・ウィリアムス(ds)に、フレディ・ハバード(tp)を加えたV.S.O.P.クインテットを率いたことは、ジャズ・ファンだったらだれもが知っている。
そういったハード・バップやポスト・バップといったオーソドックスなジャズ作品と並行して、ハンコックは早い時期からエレクトリック・サウンドやエスノ・ミュージック、殊にアフリカのポリリズムを導入した作品を吹き込んでいた。ブルーノートからワーナー・ブラザース・レコードに移籍し、彼が最初に制作したアルバム『ファット・アルバート・ロトゥンダ』(1969年)が、その嚆矢となった。さらにコロムビア・レコードに移籍したあとに発表した『ヘッド・ハンターズ』(1973年)は、ハンコックのエレクトリック・ジャズ作品のなかでも代表的な1枚であると同時に、のちのジャズ・ファンクやフュージョンに多大な影響を与えた革新的なアルバム。ビルボード誌のジャズ・チャートで1位を獲得、総合アルバム・チャートでも20位内にランク入りした名盤である。
さらにハンコックはアルバム『シークレッツ』(1976年)において、ダンス・ミュージックへの傾倒の片鱗をのぞかせる。その後V.S.O.P.クインテットによるモダン・ジャズ・スタイルに集中するが、2年ぶりにエレクトリック作品を発表。それは、それまでのファンク路線が踏襲されながらも、ポップス、ディスコ、ラテン、それにジャズなど、様々な要素が織り交ぜられたフュージョン作『サンライト』(1978年)である。彼はこのアルバムで、人声を電子音に変換するシンセサイザー、ドイツのゼンハイザー社製アナログ・ヴォコーダーVSM-201を導入。アルバム中3曲でハンコック自身がこの楽器を使ってヴォーカルを披露している。おしなべて、フェンダー・ローズが主軸に据えられ、多種のシンセサイザーが肩肘張らずに使用されたサウンドは、従来以上に心地いいものだった。
この『サンライト』以降ハンコックは、カルロス・サンタナ(g)、レイ・パーカー・ジュニア(g)、ロッド・テンパートン(key)、ビル・ラズウェル(b)といった、ジャズ以外のミュージシャンとのコラボレーションにより、自己のリーダー作にディスコからヒップ・ホップまで大胆に導入していく。特にベーシスト兼プロデューサーを務めたラズウェルの、実験的な音楽アイディアをもとに制作された『フューチャー・ショック』(1983年)では「ロック・イット」「フューチャー・ショック」といったヒップ・ホップにアプローチしたナンバーが大ヒット。グランドミキサー D.ST.によるDJスクラッチを採用したスタイルは、その後のクラブ・ミュージックの方向性を決定づけるものだった。スクラッチがフィーチュアされた「ロックイット」は、世界中で大ブレイクした。
このポップ路線には、批判的なひとも多い。ジャズ以外の音楽に溶け込んでいくハンコックを、体色変化にたとえてカメレオンと揶揄する向きもあった。確かにオーソドックスなジャズ作品からエレックトリック・ジャズをはじめとするポップ・アルバムまで、彼の手がけた音楽作品の全体を俯瞰した場合、それらが一貫性に欠けるのは事実だろう。たとえば、ぼくの敬愛するボブ・ジェームスやデイヴ・グルーシンなどは、ジャズを演ってもフュージョンを演っても、いつも首尾一貫した音楽性が伝わってくる。それに対してハンコックの作品のなかには、もし情報を知らされずに楽曲を聴かされたら、だれが演奏しているのかわからないようなものもある。そういう事象が発生するのは、ハンコックが演奏能力はもちろんこと、対応力や適応力がきわめて高い音楽家だからだろう。
あまり触れられる機会がないハンコックが手がけた映画音楽
つまりハンコックは、オールラウンダーなのである。その点で彼は、個人的にはいまひとつのめり込むことのできない音楽家でもあるのだけれど、活動の幅を広げつづけるというその行きかたについては、ぼくも受け入れざるを得ない。音楽家はやりたいことをやればいい。きっとハンコックの音楽に対する好奇心は、とどまることを知らないのだろう。そんな彼は1990年代、現代のポピュラー・ソングをフレッシュなシャズ・ナンバーにアレンジしてプレイした『ザ・ニュー・スタンダード』(1996年)、そしてアメリカン・ミュージックの父とも称される作曲家、ジョージ・ガーシュウィンの生誕100周年を記念した『ガーシュウィン・ワールド』(1998年)といった、伝統的なジャズの愛好者を納得させるような作品も発表している。
さて、ここで映画音楽のハナシに戻るが、多様なジャンルに触れながら新しい価値を創造するような音楽的才能の持ち主であるハンコックのことだから、間違いなく映像作品の仕事にも強い関心を示しただろう。映画が無音の映像から総合芸術へと引き上げられる過程で、その一翼を担うのは音楽である。映像だけでは伝えきれない感情、心理、そして世界観を補完するだけでなく、物語を増幅させる重要な要素ともなる映画音楽に対して、新たなジャンルに積極的に挑戦する姿勢とマインドとを兼ね備えたハンコックが食指を動かされないはずがない。実際彼は1960年代後半から現在に至るまで、数多くの映画やテレビ番組の音楽を手がけている。ただ不思議なことに、さきに挙げた『欲望』や『ラウンド・ミッドナイト』以外については、あまり触れられる機会がないようだ。
ということで、ハンコックが音楽を手がけた映画を、ぼくの知る範囲でいくつか挙げてみる。まずアイヴァン・ディクソン監督の社会派アクション映画『ブラック・ミッション/反逆のエージェント』(1973年)だが、アフリカ系アメリカ人が客層として想定された1970年代前半から製作されるようになった映画、いわゆるブラックスプロイテーションの1本である。ちょうど『ヘッド・ハンターズ』が制作された時期と重なり、ハンコックによるスコアはエレクトロニックなサウンドとファンキーなリズムとが融合したジャズ・ファンクとなっている。サウンドトラック・アルバムは、彼のディスコグラフィのなかでも隠れた名盤と云われている。つづいて1980年代に飛ぶが、ノーマン・ジュイソン監督の人種差別がテーマに盛り込まれたミステリー映画『ソルジャー・ストーリー』(1984年)がある。

この『ソルジャー・ストーリー』が製作されたころのハンコックといえば、前述の「ロックイット」をヒットさせエレクトロ・ファンクに集中していた時代に当たる。だが映画のスコアではアコースティック・ピアノや管楽器を中心としたジャズ・サウンド、さらには濃厚なブルースやゴスペルにアプローチされており、そのブルージーでシリアスな音楽は緊迫した会話劇やサスペンスフルなムードを引き立てている。特定のジャンルやスタイルに固執しない、ハンコックならではの作品だ。その2年後、ハンコックは、デンゼル・ワシントンが荒廃した高校を立て直す熱血校長を演じた、エリック・ラニューヴィル監督の社会派ドラマ『ジョージ・マッケンナ物語 暴力教室に挑んだ男』(1986年)の音楽を担当する。こちらはシリアスな内容でも、1980年代を象徴するエレクトロニック・スコアが採用されている。
同年ハンコックは、伝説のコメディアン、リチャード・プライヤーが監督、製作、脚本、そして主演を務めた半自叙伝的映画『ジョ・ジョ・ダンサー』(1986年)の音楽も担当。前述の『ラウンド・ミッドナイト』を手がけた年でもあり、ハンコックのフィルム・ミュージック対する創作意欲が感じられる。ここでの彼は、お得意のファンク、ソウル、エレクトロニックな要素をふんだんに採り入れたサウンドを構築。コメディアンの映画ではあるが重厚でシリアスなドラマとなっている本作のアンダースコアは、アーバンでクール、そしてドラマティックで緊迫感のあるフュージョン・サウンドが基調となっている。その後もハンコックは映画音楽の仕事に取り組んでおり、1988年には2本の映画にスコアを提供している。
具体的には、クレイグ R. バクスリー監督のアクション映画『アクション・ジャクソン/大都会最前線』(1988年)と、デニス・ホッパー監督の社会派警察ドラマ『カラーズ 天使の消えた街』(1988年)といった話題作。前者でハンコックはマイケル・ケイメンと共同でスコアを手がけているが、なかでもエレクトロニックなサウンド、シンセサイザーによるベース・ラインなどが特徴的な、緊迫感のあるジャズ・ファンク・ナンバーが特に印象に残る。また、後者でハンコックはヒップホップとエレクトロを大胆に採り入れており、ギャングの街のリアルな緊張感、当時のストリートの空気感を見事に表現している。思えば、映画音楽に当時最先端だったヒップホップ・ミュージックがいち早く採り入れられたのは、この作品においてだった。
ハンコックの銀幕への楽曲提供はまだつづく。エディ・マーフィが主演、監督、脚本、製作総指揮のひとり4役をこなしたコメディ映画『ハーレム・ナイト』(1989年)のスコアは、ハンコックのペンによるものだ。この作品で彼は、1930年代の禁酒法時代のニューヨーク・ハーレムのムードを再現しながら、アンダースコアに現代的なテイストも加味している。かたやビッグバンドのサウンドを基調とした、華やかで力強いスウィンギーなナンバーで物語を牽引する。時代を映し出す「スウィングしなけりゃ意味ないね」「A列車で行こう」といった、デューク・エリントン楽団の往年の名曲をカヴァーしたりもしている。そのいっぽうで、クライム・サスペンス調のエレクトロニック・サウンドとオーケストラとを組み合わせた、こころもちダークな曲も書いている。
この『ハーレム・ナイト』の音楽制作などは、オーソドックスなジャズとエレクトリック・ジャズとの二足のワラジを履くハンコックに、もってこいの仕事だったように思われる。映画公開当初、サウンドトラック・アルバムはリリースされなかったが、2019年にスペインのマドリードに拠点を構える、サウンドトラック専門のインディペンデント・レーベル、クァルテット・レコードによってCDアルバムがリリースされた。この音盤にはハンコックによるスコアはもちろんのこと、前述の本編で使用されたデューク・エリントン楽団やカウント・ベイシー楽団のジャズ・スタンダーズも、ボーナス・トラックとして収録されている。これを機に、ハンコックによる終始緊迫感に包まれるようなアンダースコアは、あらためて高く評価された。
サントラ盤だがハンコックのアルバムとしても聴き応えのある1枚
ハンコックが音楽を手がけた映画であまり知られていないのが、マイケル・シュルツが監督したコメディ映画『リヴィン・ラージ/大金持ちになりたい!』(1991年)。アフリカ系アメリカ人のシュルツは低俗なコメディと社会性とを融合した作品で知られるユニークな監督だが、スパイク・リーやジョン・シングルトンなどの先駆け的存在で、ブラック・シネマの旗手と云える。ロサンゼルスの洗車場での1日が描かれたコメディ映画『カー・ウォッシュ』(1976年)、ザ・ビートルズの有名なアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(1967年)がベースとされたミュージカル『サージャント・ペッパー』(1978年)といった作品で知られる。後者のように失敗作も多いが、とにかく多作の映画監督である。
ときにハンコックは、この1990年代初頭のブラック・カルチャーを捉えた作品『リヴィン・ラージ/大金持ちになりたい!』では、スコアにやはり1990年代初頭のアーバンでグルーヴィーなファンク・スタイルやヒップホップ・サウンドを積極的に導入している。彼が得意とするシンセサイザーやプログラミングはもちろんのこと、ザ・ドンことドン・サンダースという若きMCによるラップも採用。この映画のスコアにおいてハンコックは、1980年代の大ヒット「ロックイット」以降のエレクトロ・ファンク路線をさらに進化させ、よりラップやヒップホップの文脈に近づいたと云える。本作はサウンドトラック・アルバムもリリースされているが、ハンコックによるトラックは1曲のみの収録となっており、どちらかというとアーバン・コンテンポラリーやファンク・ナンバーのコンピレーションといった感じだ。
ということで浅薄な知識で恐縮だが、ハンコックが音楽を手がけた映画をいくつか挙げてみた。おそらく彼が楽曲を提供した作品は、ほかにも多数あるだろう。しかしながら、ぼくは彼の熱狂的なファンというわけでもないので、この辺で切り上げておくほうがよさそうだ。そこでその代わりと云ってはなんだが、個人的にお薦めのハンコックのサウンドトラック・アルバムを1枚ご紹介しておこう。それはマイケル・ウィナー監督によるアクション・スリラー映画『狼よさらば』(1974年)のサントラ盤。チャールズ・ブロンソンが主演を務めたこの映画は、たいへんな好評を博しシリーズ化され、その後『ロサンゼルス』(1982年)『スーパー・マグナム』(1985年)『バトルガンM‐16』(1987年)『狼よさらば 地獄のリベンジャー』(1994年)といった続編が製作された。

ただし全5作のうち、無駄を削ぎ落とした簡潔な演出が際立つ英国出身のウィナーが監督を務めたのは最初の3本、ハンコックに至っては1作目のみの参加である。個人的には、映像にしても音楽にしても、もっともクオリティの高さとコンテンツの深さを誇るのはシリーズ第1弾『狼よさらば』であると、ぼくは思う。このサウンドトラック・アルバムは、全編にわたりハンコックの楽曲で埋め尽くされているが、大ヒットした『ヘッド・ハンターズ』をはじめとする彼のリーダー作と同様に、デヴィッド・ルービンソンがプロデューサーを務めたもの。ハンコックが当時所属していた、コロムビア・レコードからリリースされた。楽曲は飽くまで映像を補完するものとなっているが、音盤はハンコック自身のアルバムの系譜に連なる1枚としても楽しむことができる。
主要なレコーディング・メンバーは、ハービー・ハンコック(key)、ベニー・モウピン(ss, ts, bcl)、ワー・ワー・ワトソン(g)、ポール・ジャクソン(g) 、マイク・クラーク(ds) ビル・サマーズ(perc)といったお馴染みの顔ぶれ。ストリングスのアレンジとコンダクティングを、ジェリー・ピーターズが担当。レコーディング・エンジニアは『ヘッド・ハンターズ』も手がけたフレッド・カテロが務めている。吹き込みは1974年の春から夏にかけて、カリフォルニア州のバーバンク・スタジオ、ウェスタン・レコーダーズ(ロサンゼルス)、ウォーリー・ハイダー・スタジオ(サンフランシスコ)などで行われた。なおハンコックは、ピアノ、フェンダー・ローズ、ホーナー・クラヴィネット、アープ・オデッセイ、アープ・プロソロイスト、アープ 2600、アープ・ストリング・アンサンブルなどを演奏している。
このサントラ盤には、面白いエピソードがある。この映画の撮影がはじまるまで、監督のウィナーはハンコックのことをまったく知らなかったという。当初、彼はほかのミュージシャンを検討していたが、スーパーのレジ係役で映画に出演した女優のソニア・マンザーノの熱烈な推薦から、ハンコックに関心を寄せた。マンザーノは、有名な子ども向けテレビ教育番組『セサミストリート』で、44年間マリア・ロドリゲスを演じたことで知られるが、ウィナー監督の当時の恋人とも云われている。それはともかく、監督は早速『ヘッド・ハンターズ』のレコードを手に入れ聴いてみたところ即座にこころを掴まれ、直接ハンコックに作曲依頼の電話をかけたという。かくしてハンコックは、シンセサイザーとオーケストラとを組み合わせた、機知に富んだスコアの構想を練ることとなった。
ハンコックが『狼よさらば』の音楽制作において与えられた時間は、たったの6週間だったという。寝食を忘れてサウンドトラックを完成させることに没頭するハンコックだったが、最後の最後までもっとも重要な1曲を残していた。それはブロンソン演じる主人公が殺害された妻を思い出すという、哀惜の念に堪えないシーンでの音楽である。それは寂寥としたメロディと美しいコード進行をもった「ジョアンナのテーマ」という曲。この曲、映画本編ではサントラ盤に収録されているグルーヴィーなトラックとは異なり、シンプルかつアンビエントなアレンジで、しかもモティーフがいくつかに分けられて流される。ウィナー監督は完成した音源を聴いて涙を浮かべて感激したという。ハンコックはこの曲を、盟友ウェイン・ショーターとともに『ネイティヴ・ダンサー』(1975年)『1+1』(1997年)で再演しているが、ともに美しい。
アルバムはジャズ・ファンク・ナンバー「狼よさらば(メイン・タイトル)」からスタート。反復するベース・ラインに乗って、ハンコックのローズによるソロが縦横無尽に展開される。重厚なブラスとワウ・ギターも効果的。ストリングスによる旋律が緊張感を与えるアーバンなナンバーだ。つづく「ジョアンナのテーマ」は、フィルム・ヴァージョンとは異なり、哀愁を漂わせながらもグルーヴィーなクロスオーヴァー風のサウンドが際立つ。ハンコックのファンキーなアコースティック・ピアノとシャープなストリングスとが爽快感をもたらす。サスペンスフルな「やっちまえ!」では、軽快なリズムと不穏な空気感とがクロス。さらにストリング・アンサンブルが緊迫した状況を演出する。不気味な「尻をぬれ!」では、オーケストラとシンセとがサイケデリックな世界を創り出す。ハンコックの実験精神が結実したトラックだ。
ピースフルな「豊かなる地」では、オーケストラによる異国情緒を感じさせる、どこか神秘的で温かみのある表現にこころが和まされる。9分半にも及ぶメドレー「復讐組曲」では、オケとシンセ、それにパーカッション類が活かされた、アヴァンギャルドなジャズが展開される。不協和音や複雑なリズムは、イーゴリ・ストラヴィンスキーからの影響。途中登場するドラムスの逆再生も面白い。さらに「オチョア・ノーズ」は、ポリリズムとテンション・コードが上手く使われた曲。先鋭的な重奏とハンコックの美しいピアノ演奏とが絡み合う。さらにその硬質なサウンドが引き継がれた「パーティの人々」では、美しいローズの音色が得も云われぬ虚無感を与える。ラストの「銃を持て!」では、モウピンのソプラノ、ハンコックのローズがソロをとる。リズム・セクションがカオス状態の6拍子ジャズ・ファンクだ。この曲などは特にそうだが、本作はハンコックのアルバムとしても聴き応えのある1枚である。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。







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