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	<title>Shinichi Tanabe (田辺信一) | 気ままに音楽生活</title>
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	<description>いささか気ままに──ではありますが　素敵な音楽をご紹介してまいりますので　どうぞよろしくお願いいたします</description>
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	<title>Shinichi Tanabe (田辺信一) | 気ままに音楽生活</title>
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		<title>田辺信一 / 女王蜂 オリジナル・サウンドトラック (1978年)</title>
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		<pubDate>Sun, 09 Nov 2025 07:39:58 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Soundtrack]]></category>
		<category><![CDATA[Shinichi Tanabe (田辺信一)]]></category>
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					<description><![CDATA[「口紅にミステリー」──田辺信一が音楽を手がけた東宝映画「金田一耕助シリーズ」第４弾『女王蜂』のオリジナル・サウンドトラック・アルバム]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">「口紅にミステリー」──田辺信一が音楽を手がけた東宝映画「金田一耕助シリーズ」第４弾『女王蜂』のオリジナル・サウンドトラック・アルバム</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p><img decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : 田辺信一 / 女王蜂 オリジナル・サウンドトラック (1978)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : 女王蜂のテーマ</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-2" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-2">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">「口紅にミステリー」──田辺信一が音楽を手がけた東宝映画「金田一耕助シリーズ」第４弾『女王蜂』のオリジナル・サウンドトラック・アルバム</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">秋の気配が漂う天城の山道──仲代達矢が与える強烈なインパクト</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">推理小説としてはイマイチ、映像化という点では非常に人気が高い</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">ポップなコンポジションとモダンなアレンジが冴えている</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">秋の気配が漂う天城の山道──仲代達矢が与える強烈なインパクト</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　久々に東宝映画「金田一耕助シリーズ」のサウンドトラック・アルバムを採り上げる。<strong>石坂浩二</strong>主演、<strong>市川崑</strong>監督によるシリーズ第４弾『女王蜂』(1978年)である。この映画は、1978年２月11日に公開されたのだけれど、当時まだ小学校高学年生だったぼくはクラスメイトとともに劇場に足を運んだ。そんなこともあって、個人的にはちょっとした思い出の１本となっている。この映画を観たのは春の気配をほのかに感じるころだったが、ぼくがこの作品からいの一番に連想するのは、秋という季節である。スクリーンに映し出される伊豆の天城山や京都市の風景では、木々の葉があたかも錦のごとく美しい秋色を帯びている。原作では春から初夏に移り変わる時季のハナシだったが、映画版の改変をぼくは天晴れと云いたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　たとえば映画の冒頭のシーンなどは強く脳裏に焼きつけられていて、却って軽い心理的苦痛を感じるほどだ。昭和７年、秋の気配が漂う天城の山道を、ふたりの学ラン姿の男と着物姿の見目麗しい女性が歩いてくる場面だ。色鮮やかな山景に、ピアノのスタッカートとストリングスのクレッシェンドとが呼応するような音楽(サントラ盤では「一枚の写真」というタイトルの曲)が挿入され、爽やかな空気を作り出している。物語の発端となる過去のシーンなのだが、注意して観ていると登場人物の性格や身の上などが抜け目なくほのめかされていることがわかる。まあ、映画だけでなく小説もそうだけれど、作品のイントロダクションでは定めし重要なこと柄が語られているのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　具体的には、ふたりの学生が握りこぶしを振りながら歌っているのは「逍遥の歌」という曲なのだけれど、これは京都大学の前身のひとつである旧制第三高等学校の寮歌。彼らが京都帝国大学の学生で京都からやってきたことがわかる。しかもその学生服に注目すると、ひとりは下ろしたてと思われる服を折り目正しく着こなしている。それに反してもうひとりは、弊衣破帽のバンカラ学生風。その着古した服、ことに擦り切れた帽子は胡散くさいほどボロボロだ。これはふたりの身分の違いをハッキリ示すものであって、その後の不幸な出来事を暗示するものでもある。延いてはそのことが、実は物語の中心となる連続殺人事件の犯行の動機について、それとなく観客に手がかりを与えているとも云えるのだ。</p>
<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8269 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/11/tokeinimystery.png" alt="紅葉を背景とした時計の文字盤　" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/11/tokeinimystery.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/11/tokeinimystery-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　さながら本編の理解を助ける序説のようなシーンだが、すでに述べたように小学生のぼくにとっては、軽い心理的苦痛をともなうものでもあった。その原因はふたりの学生のうちのひとり、当時は「速水」姓だった大道寺銀造(原作では大道寺欣造)を演じた<strong>仲代達矢</strong>の圧倒的な存在感だ。市川作品では『炎上』(1958年)の戸刈(<strong>三島由紀夫</strong>の原作小説『金閣寺』では柏木)、さらに『鍵』(1959年)の木村といった難しい役どころを革新的な芝居で見事に演じた。そんな個性的な演技とそのガッシリした体躯やカッと見開いた双眸とが相まって、仲代さんは強烈なインパクトを与える。さらに仲代さんは『女王蜂』が封切られてからちょうど半年後、異例の早さで公開された市川作品『火の鳥』(1978年)にも出演している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この市川監督自らが失敗作と云い放った『火の鳥』において仲代さんが演じたのは、大陸から来た馬賊、高天原一族の冷酷な族長、ジンギ(<strong>手塚治虫</strong>の原作漫画ではニニギ)。弥生時代末期の日本が舞台となるこの物語では、現在の学説では完全に否定されているが、当時の歴史学では議論の対象として波紋を呼んでいた「騎馬民族征服王朝説」が採り入れられている。火の鳥がもつ永遠の生命にはまったく興味を示さず、ひたすら国々を粉砕、侵略し、逆らうものはみな虐殺するという、非情な現実主義者とも云うべきジンギは、まさに仲代さんのハマり役だった。そして『女王蜂』『火の鳥』といった両作品において邂逅した仲代さんは、ぼくにとって、その年のもっとも印象に残るアクターのひとりとなったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところで『女王蜂』の仲代さんだが、撮影は1977年の11月から開始されたということだから、スクリーンに登場する氏の実年齢は45歳か46歳(1932年12月13日生まれ)。にもかかわらず、仲代さんは冒頭のシーンで大学生を演じているのだ。山道を一緒に歩いているのは、<strong>佐々木勝彦</strong>演じる日下部仁志(銀造の学友で原作では日下部達哉となっている)と、<strong>萩尾みどり</strong>演じる大道寺琴絵(銀造と仁志が伊豆旅行で訪れた名家の娘)。その後、昭和11年の夏に銀造は琴絵に求婚するのだが、その場面で彼は春に大学を卒業し京都の材木会社に就職したと述べているので、最初に天城を訪れたときはおそらく20歳くらいと思われる。いくらなんでも、それにはちょっと辛いものがあるだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちなみに仁志役の佐々木さんは当時33歳、琴絵役の萩尾さんは23歳だった。まあ昔のひとは現代のひとと比較すると同年齢でも老けて見えたようだから、おふたりの場合はギリギリセーフと云えるのかもしれない。しかしながら仲代さんの場合は、どんなにひいき目に見ても20歳には見えない。失礼ながら、なにも知らずにいきなり写真だけ見せられたら、きっとぼくも氏のことをバンカラ学生のコスプレをした酔狂なオッサンと思ってしまっただろう。現にはじめてこの映画を観にいった帰り路、ぼくはクラスメイトと一緒になって「銀造は若いころから老けていたんだな。そりゃ琴絵も仁志のほうを好きになるよな」(琴絵と仁志は相思相愛)などと、冗談めかして大いに笑ったのだった(ゴメンなさい)。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなわけで、映画『女王蜂』の冒頭のシーンは、ぼくの脳裏に強く焼きつけられたのだった。いまでも秋になると、ふとしたときにこの映画のことが思い出され、それと同時に学ラン姿の仲代さんがアタマをよぎるのだ。これはもはや、トラウマ体験からくるフラッシュバックのようなものだ。いやまてよ、もしやこの演出は、日本映画の巨匠でありながら作品の随所に前衛的な技巧を凝らすという、<strong>市川崑</strong>が仕掛けた思いもよらない落とし穴なのではなかろうか。そういえば「金田一耕助シリーズ」では決まって、ストーリーが通常時間軸に沿って進行するなかで、にわかに過去の場面が割り込んでくると、たとえ中高年の俳優であっても本人がそのまま若いころを演じていたりする。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">推理小説としてはイマイチ、映像化という点では非常に人気が高い</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このパターンに当てはまるのは、主演女優の場合が多い。たとえばシリーズ第１作『犬神家の一族』(1976年)の<strong>高峰三枝子</strong>、<strong>三条美紀</strong>、<strong>草笛光子</strong>らが演じる犬神三姉妹(なぜか白塗りメイク)が、父親の愛人宅に三種の家宝をとり返しにいく場面、第２作『悪魔の手毬唄』(1977年)の<strong>岸恵子</strong>が演じる亀の湯の女将の女芸人時代、第３作『獄門島』(1977年)の<strong>司葉子</strong>が演じる本鬼頭家の下働きのお遍路さん時代(おさげ髪が可愛い)、第５作『病院坂の首縊りの家』(1979年)の<strong>佐久間良子</strong>が演じる法眼病院の女理事長の恋人との逢瀬のシーン(衣装が大正ロマン風)などがそれに該当する。さらに同作で女理事長の母親役を務める<strong>入江たか子</strong>に至っては、なんと当時68歳という年齢で40歳代を演じている。その突拍子もない絵面は、倒錯の世界と云いたくなるほどだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　まあこの市川流の作法は、たいてい事件の顛末が説明されるときフラッシュバックとして施される。そしてよくよく考えてみると、事件に深く関わった人物の過去の出来事が語られるとき、それを若くてよく似た代理の役者が演じるよりも、たとえ道理に反しているとはいえ本人が演じたほうが、たとえば運命から背負ってしまった宿業のようなもの、それから生まれる哀感のようなものがストレートに伝わってくるようにも思われる。ただ『女王蜂』の場合、オープニングの昭和７年から物語の通常時間軸である昭和27年に移行するまでは、それなりの長さがある。前述の『獄門島』では、司さん扮するおさげ髪のお遍路少女も、さらなる若き日では、<strong>荻野目慶子</strong>、<strong>荻野目洋子</strong>が代役を務めたのだから、仲代さんの場合もそのような便宜がはかられるべきだったのでは──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なぜそうされなかったのかは、いまとなっては知る由もないけれど、大学生の銀造を人生半ばの過渡期にあたる仲代さん本人が演じるという、無理のある趣向は敢行された。そこで観客に違和感を覚える隙を与えないようにするためか、禍根となる過去のシーンは盛り沢山のわりには７分強と、並外れたテンポのよさを見せる。こういうスピーディな展開は『八つ墓村』(1996年)の序盤と同様に、いかにも市川作品らしい。それに反して後半の事件解決のくだりでは進行が緩慢になり、そこに漂うお涙ちょうだいのムードにはいささか嫌気が差す。大道寺家が所在する伊豆の天城山中や、野点の会場となった京都市右京区の仁和寺など、とにかく紅葉の美しさに思わずため息が出るシーンが多い『女王蜂』だが、ハッキリ云って全体的にはキレがわるい。</p>
<p><img decoding="async" class="aligncenter wp-image-8270 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/11/kuchibeninimystery.png" alt="紅葉を背景としたリップスティック" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/11/kuchibeninimystery.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/11/kuchibeninimystery-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　そもそも原作小説の『女王蜂』が、<strong>横溝正史</strong>が著した数々の本格派推理小説のなかにおいて、探偵小説の愛読者を自認する市川監督が『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』『獄門島』につづき映画化を希望するほどの名編かというと、いささか疑問である。ミステリー小説としては『女王蜂』よりも『本陣殺人事件』『八つ墓村』『悪魔が来りて笛を吹く』といった作品のほうがはるかに傑作であると、ぼくは思う。しかしながらそれらの作品は、当時空前の横溝ブームだったこともあり、ATG、松竹、東映によってすでに映画化されていたか、あるいは映画化権が取得されていた。そんなわけで、市川監督にとって『女王蜂』の映画化は、苦渋の選択だったのかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　横溝作品には、ほかにも『仮面舞踏会』『三つ首塔』『夜歩く』『不死蝶』といった、金田一耕助が登場する面白い作品はあるにはあるのだけれど、当然のことながら映像作品として引き立つかどうかはハナシが別だ。なお、個人的には1970年代に執筆された『病院坂の首縊りの家』と『悪霊島』とが金田一モノのベスト10に入るのだけれど、東宝が「金田一耕助シリーズ」の４作目を企画したとき、前者はまだ連載が終わっていなかったと思われるし、後者に至っては執筆すらされていなかった。ということで結局『女王蜂』の映画化と相なったわけだが、横溝さん自身も「(自選の)ベスト10に入れるとなると躊躇せざるをえない」と述べているとおり、この作品には推理小説における謎や論理の整合性という点でいささか不満が残る。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　しかしながら『女王蜂』は映像化という点では、非常に人気の高い作品となっている。推理小説においてとりわけ重要な意味をもつ要素といえばトリックだが、この小説ではトリックらしいトリックを見受けることができない。横溝ミステリーならではの絢爛たる装飾が施された見立て殺人も出てこない。法律事務所からの依頼を受けて探偵の金田一耕助が行動を起こすという筋立て、彼が依頼案件に介入した途端、次々に殺人事件が起こるという展開は『犬神家の一族』とおなじだが、事件に絡む問題が相続争いならぬ婿争いと、いささかスケールがダウンする。それでも<strong>源頼朝</strong>の末裔と称する大道寺家の娘であり、しかも気高い絶世の美女であるヒロインが、凄惨な事件に巻き込まれるというプロットは、映像作品にうってつけなのだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　現に『女王蜂』は、市川作品を含めて７回も映像化されているのだ。せっかくなので具体的に挙げてみよう。なおカッコ内は、映画公開年ないしテレビ放映年、配給会社ないし放送局、そして金田一役の俳優となっている。①『毒蛇島綺談 女王蜂』(1952年/大映/<strong>岡譲二</strong>)、②『女王蜂』(1978年/東宝/<strong>石坂浩二</strong>)と、ここまでは劇場映画で以下はテレビドラマとなる。③『横溝正史シリーズII 女王蜂』(1978年/TBS/<strong>古谷一行</strong>)、④『横溝正史傑作サスペンス 女王蜂』(1990年/テレビ朝日/<strong>役所広司</strong>)、⑤『名探偵 金田一耕助シリーズ 女王蜂』(1994年/TBS/<strong>古谷一行</strong>)、⑥『横溝正史シリーズ 女王蜂』(1998年/フジテレビ/<strong>片岡鶴太郎</strong>)、⑦『金田一耕助シリーズ 女王蜂』(2006年/フジテレビ/<strong>稲垣吾郎</strong>)、以上計７作品である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくははからずも、この７作品をすべて鑑賞するに至った。①ではマムシがウジャウジャいる毒蛇島で、不死身かつ変装名人の金田一が背広姿で活躍する。③ではヒロインの影の守護者的存在、多門連太郎が悲惨なことに──(いくらなんでも、それはないだろう！)。④ではストーリーラインがほぼ原作どおりに進行するが、ホラー色の強いシークエンスがつづくなか、気のいい金田一がダイナミックに奔走する。⑤では原作とはまるで別モノのストーリーが展開され、特にヒロインが酷い扱いを受ける(もはや『女王蜂』ではない)。⑥ではストーリーが大幅に変更されているが整合性がとれていない。ハッキリ云って、理性を失うほど情に脆い金田一が疎ましい。⑦では横溝作品へのリスペクトは感じられるものの、バラエティ番組風の過剰な演出に嫌気が差す。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">ポップなコンポジションとモダンなアレンジが冴えている</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　結局のところ、市川監督がメガホンをとった東宝映画「金田一耕助シリーズ」５作品のなかでは、もっとも詰めの甘い『女王蜂』ではあるが、原作を同じくするほかの６作品と比較してみると、そのどれよりも映像芸術としての完成度が高く、こころ置きなく横溝ワールドを満喫することができる映画であると、あらためて感じられる。惟みれば市川監督のアイディアによる、かつてシリーズに出演した<strong>高峰三枝子</strong>、<strong>岸惠子</strong>、<strong>司葉子</strong>といったヴェテラン女優の競演、早世の二枚目俳優、<strong>佐田啓二</strong>の忘れ形見で、当時は早稲田大学第一文学部に在籍していた<strong>中井貴惠</strong>のヒロイン抜擢といった粋な計らいもまた、すこぶる楽しい。そして、協力監督として<strong>松林宗恵</strong>が手がけたロケシーン、ことに紅葉の艶やかな色彩が実に素晴らしい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　1960年代後半に東宝のエース監督として活躍した松林さんは、市川監督とは気ごころの知れた仲。その職人気質も手伝って、氏の撮った映像は市川ワールドに違和感なく溶け込んでいる。市川監督が援軍を要請するのはごく稀なケースだが、これはすでに『火の鳥』の制作に取りかかっていた氏による、タイトなスケジュールに対する窮余の一策である。原作では物語の舞台が、伊豆の下田港からおよそ28キロの海上に浮かぶ月琴島と東京とを往来するが、映画ではそれぞれ天城山中の月琴の里、そして京都に設定変更された。その結果、繰り返しになるが、フィルムに各々の地の錦秋が見事に収められた。それは『女王蜂』を原作とした７本の映像作品のなかで、市川版が圧倒的な艶やかさを誇る要因のひとつでもあろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちなみに、市川監督が手がけた「金田一耕助シリーズ」５作品に、東京は出てこない。東京が京都に変更された『女王蜂』と同様に、シリーズの最終作にあたる『病院坂の首縊りの家』(1979年)においても、物語の舞台が原作の東京都港区高輪から吉野市という架空の土地(奈良県の吉野町がモデル？)に変更されている。以下はぼくの推測になるので、あらかじめご了承いただきたい。市川監督は折に触れて、金田一耕助は神様や天使のような存在である──というようなことを述べている。<strong>石坂浩二</strong>が演じる金田一は、狂言回しとして人間の運命を悄然と俯瞰する。そういう風格は、まさに天使。そんな市川版金田一は原作どおり東京から来た探偵という設定だが、天使である彼が住むところは天界。地上の遥か上にある東京は、決して描かれることはないのである。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8271 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/11/akaikeitonotama.png" alt="紅葉を背景とした赤い毛糸玉" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/11/akaikeitonotama.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/11/akaikeitonotama-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　それはさておき映画『女王蜂』では、その風光明媚なロケシーンも然ることながら、ヒロイン大道寺智子を演じた中井さんのフレッシュで溌剌とした魅力も作品に華やかさを添えるものとなった。この映画はもともとカネボウ化粧品とのタイアップ作品だったが、中井さんはカネボウの当時の新商品でリップとグロウがひとつになったリップスティック「ツイニー」のコマーシャルモデルも務めた。商品のキャッチフレーズはズバリ「女王蜂のくちびる」で、テレビCMでは<strong>加藤武</strong>演じる等々力警部が「ツイニー」を手にしながら「口紅にミステリー」と呟く。しかもこの映像、映画本編のカットとは別に用意されたCMオリジナルのものだったりする。そうとは知らず撮影に臨んだ加藤さんは、あとで事情を知らされて大いに照れたという。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この口紅は映画では智子の母、琴絵の形見として登場し、大道寺家の開かずの間をひらく鍵の在り処を知らせる重要なアイテムとなっている。そんな気の利いた映画と化粧品との連携は見事に成功を収め、作品の出来は一歩も二歩も譲るものの『女王蜂』は、前作『獄門島』を上回るヒットを記録した。そして「女王蜂のくちびる」キャンペーンのイメージソングとして制作されたのが「愛の女王蜂」である。作詞を<strong>松本隆</strong>、作曲を<strong>三木たかし</strong>、編曲を<strong>若草恵</strong>が手がけた。シングル・レコードは映画公開の３週間ほどまえに発売され、メディアミックス戦略としては絶大な効果を上げた。この曲を歌ったのは、1977年に開催された第6回東京音楽祭国内新人大会において最優秀歌唱賞を獲得した<strong>塚田三喜夫</strong>だった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　塚田さんが歌う「愛の女王蜂」は、情熱的な歌唱、メジャーキーに転調するサビ、はたまた煌びやかなアレンジと、いかにも1970年代のビート歌謡といった感じだ。むろん映画本編では使用されていないが、そこはタイアップということで、劇伴ではサワリだけだがインストゥルメンタル・ヴァージョンが何度か流れる。フィルム・スコアは、昭和歌謡をはじめ映画やテレビドラマの劇伴など、数多くの作編曲を手がけた<strong>田辺信一</strong>によるもの。田辺さんは『悪魔の手毬唄』でアレンジとコンダクティングを担当、前作『獄門島』からはシリーズすべての音楽を手がけている。サウンドトラック・アルバムは映画の公開の直前に発売されたが、演奏は毎度のごとく<strong>東宝スタジオ・オーケストラ</strong>となっている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このアルバムでは珍しくインサートにリズム・セクションのみだがメンバーの記載があるので、以下に列記しておく。<strong>井上鑑</strong>(key)、<strong>津村泰彦</strong>(g)、<strong>金田一昌吾</strong>(b)、<strong>宗台春男</strong>(ds)、<strong>川原直美</strong>(perc)、<strong>前田照光</strong>(Bandoneon)となるが、特に前田さんによるバンドネオンの演奏は、この映画に横溢する秋のイメージに見事にフィットしている。曲目はホンキートンク・ピアノとバンドネオンがリードをとる躍動的な「女王蜂のテーマ」ストリングスのトレモロやギターのスライドが不穏な空気を作る「月琴の里」木管と弦、それにハープが艶やかな秋の彩りを描き出す「智子のテーマ〜愛の女王蜂」ヴァイブ、ピアノ、バンドネオン、そして弦が燃える秋を演出する、転調を効果的に使ったシンプルな「アカイケイトノタマ」とつづく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにバンドネオンがストレートに哀感を伝える「父の墓」弦の刻みとハーモニクス、金管のアクセント、そしてギター・ソロが印象的に反復する「京都へ」本編では未使用のやはりバンドネオンがフィーチュアされたフランスの映画音楽を彷彿させるメランコリック・ナンバー「銀造のテーマ〜灰色の海」と、レコードではここまでがA面。B面は「父の墓」と同曲でウェットなアコースティック・ギターが哀憐を誘う「秀子のテーマ〜閉ざされた思い」からスタート。その後「愛の女王蜂」のメロディに不安感を煽るアンサンブルが重なる「開かずの間」秋の気配を感じさせる軽やかなリフレインから重厚な「女王蜂のテーマ」へと繋がる「一枚の写真」ストリングスのトレモロやスラップ・ベースの弾音が凄惨な場面に直結する「血ぬられた茶会」とつづく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにゴスペル・タッチのピアノとワウ・ペダルを使ったギターがいい塩梅のコミカル・ナンバー「ある日の金田一耕助」不気味で重苦しいムードのシークエンスとショッキングなコーダで結ばれる「時計台」そして、ゆったりとしたテンポで「女王蜂のテーマ」がリプライズされる「遺書」でアルバムは締め括られる。厳かな陰影を湛えながらも爽やかな余韻を残すところには、田辺さんの作編曲のセンスのよさが感じられる。ただし、CD化の際に追加された「愛と憎しみ」は「女王蜂のテーマ」のプロトタイプのような印象を与えるが、いささかピントの外れた８ビートや頓狂なオブリガートが、映画の雰囲気にそぐわないように思われる。まあそれを除けば『女王蜂』の音楽では、田辺さんのポップなコンポジションとモダンなアレンジが冴えている。そしてそれは間違いなく、映画をより秋色に染めるものだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>田辺信一 / 獄門島 オリジナル・サウンドトラック (1977年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 02 Mar 2025 08:32:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Soundtrack]]></category>
		<category><![CDATA[Shinichi Tanabe (田辺信一)]]></category>
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					<description><![CDATA[田辺信一が手がけたリスナーのこころを真夏の孤島へ誘う横溝映画『獄門島』のサウンドトラック・アルバム]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">田辺信一が手がけたリスナーのこころを真夏の孤島へ誘う横溝映画『獄門島』のサウンドトラック・アルバム</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : 田辺信一 / 獄門島 オリジナル・サウンドトラック (1977)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : 船着き場</em></p>
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</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-4" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-4">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">田辺信一が手がけたリスナーのこころを真夏の孤島へ誘う横溝映画『獄門島』のサウンドトラック・アルバム</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">少年時代に読み耽った横溝正史の本格ミステリー小説</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">小説は横溝作品のなかではベストワン、映像化は７回に及ぶ</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">テーマ曲や劇伴もまたシリーズ中もっとも爽やかだった</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">少年時代に読み耽った横溝正史の本格ミステリー小説</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　久々に横溝映画のサウンドトラック・アルバムを採り上げる。云うまでもなく横溝とは、日本を代表するミステリー小説の巨匠、<strong>横溝正史</strong>(1902年5月24日 &#8211; 1981年12月28日)である。横溝作品について述懐することは、ぼくにとって実に楽しい作業だ。なんといっても少年時代のぼくは、1971年からはじまった角川文庫版横溝作品の連続刊行、そしてそのヒットにあやかった映画会社やテレビ放送局による作品の間断のない映像化といった、怒涛の横溝ブームの真っただなかにいたのだから──。横溝さんの処女作『恐ろしき<ruby>四月馬鹿<rt>エイプリルフール</rt></ruby>』が上梓されたのは1921年のこと。実はあの<strong>江戸川乱歩</strong>(1894年10月21日 &#8211; 1965年７月28日)よりも早く作家デビューしていた(乱歩の処女作『二銭銅貨』は1923年に発表された)。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それはともかく横溝さんは執筆活動を、第二次世界大戦の影響でやむなく一時的に中断せざるを得なくなる。それでも戦後間もなく著述を再開し、本領を発揮する。ところが、その後も本格探偵小説を続々と発表するものの、1960年代に入ると<strong>松本清張</strong>(1909年12月21日 &#8211; 1992年８月４日)らによる社会派ミステリー台頭の煽りを受け、1964年ついに探偵小説の執筆を停止してしまう。そう<strong>横溝正史</strong>は、ぼくのものごころがつくまえから、すでに一般的観点では終わった作家となっていたのである。つまりぼくが体験した空前の横溝ブームは、リヴァイヴァルだったのだ。ブームの火付け役となった角川書店(現KADOKAWA)の当時の社長である<strong>角川春樹</strong>は、版権をとる直前まで横溝さんのことを故人と勘違いしていたという。いまでは、まったく信じ難いことだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いずれにしても、1970年代を生きたものにとって横溝ミステリーの返り咲きは、フレッシュな衝撃を与える出来事だったのではないだろうか。思えばこの復活劇は、現在のJRグループがまだ分割民営化するまえの日本国有鉄道(国鉄)が張ったキャンペーンに端を発するディスカヴァー・ジャパン・ブームや、ルポライターである<strong>五島勉</strong>(1929年11月17日 &#8211; ６月16日)のベストセラー『ノストラダムスの大予言』(1973年)が流行の先駆けとなったいわゆるオカルトブームなどが、追い風になったというのはあながち否定できないだろう。なにせ横溝さんの小説は、タイトルからして怪談じみたおどろおどろしい印象を与える。そんな日本再発見という視点といささかキワモノ的なイメージが、当時の社会情勢の変化と上手くマッチしたと思われる。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-6749 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/02/uguisu.png" alt="金田一耕助と桜の古木" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/02/uguisu.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/02/uguisu-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　そのあたりは、もともと教科書関連の書籍を中心に出版していた角川書店をエンターテインメント出版社へと方向転換させ、さらには映画事業にまで参入させた<strong>角川春樹</strong>の慧眼によるところが大きい。もちろん横溝さんの小説をキワモノ扱いするなど、あるまじきことである。たまに勘違いをする向きにお目にかかることもあるのだけれど、横溝作品はミステリーであって決してホラーではない。まあ例外的に時代物の『髑髏検校』(1939年)には、あの<strong>ブラム・ストーカー</strong>のゴシック・ホラーのキャラクターを彷彿させる吸血鬼が登場するとはいえ、一部の短編を除くほとんどの横溝作品において超常現象は起こらないのだ。ただ実はそういうぼくも、角川文庫のカヴァーにあしらわれた<strong>杉本一文</strong>の妖しくも美麗なイラストに、幻想怪奇ムードを感じて嬉々としていたのだけれど──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そういえば文庫のカヴァーといえば、昨年(2024年)の11月の末、角川文庫とアニメ『文豪ストレイドッグス』とのコラボ企画に横溝作品が加わった。人気アニメ『文豪ストレイドッグス』は、<strong>朝霧カフカ</strong>原作、<strong>春河35</strong>作画によるコミック・シリーズを映像化したもの。内容は、文字どおり<strong>中島敦</strong>(1909年５月５日 &#8211; 1942年12月４日)、<strong>太宰治</strong>(1909年6月19日 &#8211; 1948年6月13日)、<strong>芥川龍之介</strong>(1892年３月１日 &#8211; 1927年７月24日)ほか、日本の文豪たちがキャラクター化され、彼らがその作品名やペンネームなどを冠した異能力を発揮してバトルし合うアクション・ストーリー。まあとにかくたくさんの作家名や作品名が出てくるのだけれど、登場人物のなかに金田一の筆名で執筆する人気推理作家、ヨコミゾなる人物がいる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということでこのコラボ企画では、これまでに角川文庫のラインナップのなかから『文豪ストレイドッグス』に関わる文学作品が、表紙のデザインにアニメのキャラクターがあしらわれた新装版として度々リリースされてきた。このアニメ・カヴァーのタイトルは、女性を中心に多くの若年層から支持を得ているとのこと。ぼくはこの現象を手放しで喜びたいし、コラボ企画に関しても応援したい気持ちになった。キッカケはなんであれ、いまの若いひとたちによって日本が誇る文豪たちの名作が読み継がれるというのは、実に意義深いことである。ちなみに全国学校図書館協議会の調査によると、子どもたちの読書量は増加傾向にあるという。そのいっぽうで文化庁の調査では、オトナの読書離れが進んでいるとのこと。なんとも複雑な気持ちにさせられる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくにはオッサンになったいまでも、本を開かない日は１日もない。ぼくにとって読書は、習慣というかもはや人生の一部となっている。それは子どものころに、本を読む楽しさを知ったからだ。ぼくが読書の悦楽に浸るようになる云わば呼び水となったのは、<strong>曲亭馬琴</strong>(1767年７月４日〉- 1848年12月１日)の『南総里見八犬伝』(1842年)だった。云うまでもなく江戸時代に著された、長編伝奇小説の古典である。もちろん小学生だったぼくが手にしたのは児童向けに抄訳されたものだったけれど、とにかくそのめくるめくストーリー展開にこころを奪われて、時間が経つのも忘れて読書に没頭したものだ。大学生になってから、あのグラシン紙がかかった岩波文庫全10巻を手に入れてついにホンモノを読んだが、やはり夢中にさせられた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくの読書は<strong>曲亭馬琴</strong>にはじまり、<strong>江戸川乱歩</strong>を経て<strong>横溝正史</strong>にたどり着く。その合間を縫って、<strong>アーサー・コナン・ドイル</strong>、<strong>モーリス・ルブラン</strong>、<strong>ロバート・ルイス・スティーヴンソン</strong>、<strong>ジュール・ヴェルヌ</strong>などの海外の文学作品も愛読した。要は推理小説、SF小説、あるいは冒険小説のような、スリリングなストーリー展開に手に汗を握るような小説が大好物だったわけだ。これは昭和の子どもの読書体験としてはとりわけ奇異でもなく、むしろお決まりのコースのようにも思えるのだけれど、いかがだろうか。少なくともポプラ社から刊行された名探偵ホームズのシリーズや少年探偵シリーズは、多くの子どもたちに読まれていたであろう。ぼくの場合はさらにオトナ向けの乱歩作品に背伸びし、そのあと行き着く先はただ横溝ミステリーへの耽溺あるのみだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">小説は横溝作品のなかではベストワン、映像化は７回に及ぶ</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　長々と語ってしまったが、ぼくが少年時代にもっともハマったのは、やはり横溝さんの作品群である。最初に読んだのは、父の書棚にあった角川文庫版『本陣殺人事件』(1946年)だった。付属の帯にATGで映画化との記載があったので、小学４年生のころのことだ。奇しくも『本陣殺人事件』は、くたびれた着物と袴という出で立ちで興奮するとスズメの巣のようなボサボサの蓬髪をかきむしるという、おなじみの私立探偵、金田一耕助の初登場作品。日本の古い伝統を背景に起こる密室殺人事件という物語の概要も然ることながら、この風采の上がらない探偵がぼくにはとても新鮮に感じられたもの。そして、ふたたび父の蔵書をこっそり拝借してきて読んだのが『獄門島』(1948年)だった。この作品で、ぼくは完全に横溝ワールドの虜囚となった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　あとになったが、前述の角川文庫と『文豪ストレイドッグス』とのコラボ企画で採り上げられた横溝作品が、この『獄門島』だった。昨年の11月に新刊として発売された<strong>小栗虫太郎</strong>(1901年３月14日 &#8211; 1946年２月10日)の短編集『夢殿殺人事件』とともに、アニメ・コラボ・カヴァーにリニューアルされたのである。アニメ・イラストで描かれた金田一もなかなかどうして、それらしい雰囲気が出ているようにぼくには感じられた。それよりなにより『獄門島』を若いひとたちが手にとる機会を設けられたことが、ぼくには嬉しく思えた。なにせ『獄門島』は横溝作品においてはぼくのベストワンでもあるし、日本のミステリー作品全体で考えても最高峰と断言できる。未読のかたには、ぜひ読んでいただきたい１冊だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なぜぼくが『獄門島』をベストワンに選ぶのかというと、当たりまえのことだけれどミステリー小説として非の打ちどころがないからだ。この小説では、さまざまな意匠が微に入り細を穿って凝らされており、しかもそういった諸要素によって物語全体が少しの破綻もなく成立させられているのである。ぼくにはこの小説の構造が、高貴で美しいものとさえ思われる。<strong>S・S・ヴァン・ダイン</strong>や<strong>アガサ・クリスティー</strong>の作品を彷彿させる俳諧を使った見立て殺人の演出も華麗だし、それにともなったアリバイ・トリックも小気味いい。しかしながらこの小説の本当にスゴいところは、そういった仕掛けや装飾までして３人の娘たちを殺めざるを得なかった犯人の動機にある。ぼくはかねてより横溝作品の最大の魅力は、カタルシスを感じるほど説得力のある犯行動機にあると考えているのだった。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-6750 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/02/kabuto.png" alt="金田一耕助と釣鐘" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/02/kabuto.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/02/kabuto-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　瀬戸内海に浮かぶ一孤島、獄門島。旧幕時代には流刑地だったこの島に暮らすひとびとのほとんどが、流刑人と伊予海賊の末裔とが婚姻して残した子孫だ。封建的な因習が残る獄門島では、島の網元である鬼頭家が本鬼頭と分鬼頭とに分かれて対立している。備中笠岡から南へ７里、瀬戸内海のほぼなかほどに位置する周囲２里ばかりの小島という記述からも、さも実在しそうな風情があるがすべて横溝さんの創作である。むろん『獄門島』は論理とトリックが重視された本格ミステリーだが、なによりもそういったミステリーのファクターにより説得力をもたせるような、リアリスティックな架空の世界が構築されているところが驚異的なのだ。それは、横溝さんが優れた論理的思考力をもつ小説家であるが故になせるワザだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　とにもかくにも『獄門島』は、よく練られた小説である。予期せぬストーリー展開といい、芸の細かい伏線の張りかたといい、こころ憎い演出の宝庫だ。ぼくは最初に横溝さんのことを日本を代表するミステリー小説の巨匠と云い表した。しかしながら<strong>横溝正史</strong>という作家は、そうであるまえに生来の筋立ての天才、稀代のストーリーテラーなのだ。ぼくが昨今の本格ミステリーと呼ばれる小説に満足できないのは、詭計を弄することばかりに労力が注がれていて物語作りのほうは粗略に扱われている場合が多いからだ。ときに物語作りといえば『獄門島』では、戦争(第二次世界大戦)が物語の根幹をなすものとされている。この小説では、加害者も被害者も戦争に翻弄される。もし戦争が勃発しなかったら、このむごたらしい連続殺人事件は起きなかったであろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんな十全十美の本格ミステリーである『獄門島』をパーフェクトに映像化するのは、極めて困難な作業と思われる。それでも現在(2025年)まで映画２作品、テレビドラマ５作品が存在する。むろん原作に鏤められた佳処をすべて回収することが無理難題であるというのは、ぼくも重々承知している。しかしながら酷なことを云うが、期待値を下げてもやはり満足のいく作品は１本もなかった。もっとも原作が丹念に映像化されたのは、<strong>古谷一行</strong>(1944年１月2日 &#8211; 2022年８月23日)が金田一を演じたTBSの『横溝正史シリーズ』(1977年)のなかの１本(全４話)だろう。鬼頭早苗を演じた<strong>島村佳江</strong>の、社会から隔絶された存在であるが故の美しさに、一瞬どきっとさせられたりもする。ただ、確かに撮影や編集に工夫がめぐらされているのだけれど、残念なことにテンポが緩慢で飽きがくる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　また、もっとも新しいNHKの『スーパープレミアム』版(2016年)では、<strong>長谷川博己</strong>が戦争神経症を患ったような金田一を演じている。この金田一、姿形は非常に原作のイメージに近いのだが、性格的にはかなりかけ離れていて、いささかエキセントリックな人物として描かれている。彼はいきなりオープニング・シーンで、事件のカギとなる俳句が書かれた枕屏風を蹴り飛ばす。そして、座敷牢のなかの鬼頭与三松をわざと興奮させたり、事件を解決する際にはひたすら犯人に挑発的なコトバを浴びせつづけたりもする。ああ、これは新しい金田一像を作り出そうとしているのだな──と、感じられた。ドラマは全体的に大事な箇所がけっこう端折られていて食い足りないのだが、この金田一の行く末はとても気になった。その点、このシリーズの金田一役が<strong>吉岡秀隆</strong>に変更されたことは残念でならない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　吉岡さんには申し訳ないが、まったく金田一に見えない。あまつさえ、ぼくには吉岡さんにしか見えないのである。彼は役者魂に溢れた素晴らしい俳優だが、ハッキリ云って金田一には合わない。白髪、凄みのある瞠目、甲高い声といった個性が押し出され、ひとの道理などを説かれた日には、かなりゲンナリさせられる。ハナシを『獄門島』に戻すが、フジテレビの『昭和推理傑作選・横溝正史シリーズ』版(1990年)に登場する<strong>片岡鶴太郎</strong>演じる金田一が、ぼくをもっとも落胆させた。本鬼頭家の三姉妹のひとりの額に接吻したり犯人を殴りつけたり、そんな感情に溺れやすいキャラクターは金田一ではない。<strong>古谷一行</strong>主演のTBSの『月曜ドラマスペシャル』版(1997年)と<strong>上川隆也</strong>主演のテレビ東京の『女と愛とミステリー』版(2003年)は、テレビ放送の制約故か２時間サスペンスの域を出ていない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">テーマ曲や劇伴もまたシリーズ中もっとも爽やかだった</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ただ上川さんの金田一に関しては、気負いのない感じと事件の謎を解明することに専念しているところに好感がもてた。もっとも古い『獄門島』の映像作品は東横映画版(1949年)だが、これは映画としてはスゴく面白い。<strong>片岡千恵蔵</strong>(1903年３月30日 &#8211; 1983年３月31日)が演じるスーツ姿の金田一、ある意味で原作とは違う真犯人など驚愕の脚色が満載だ。とはいっても、本鬼頭家先代、嘉右衛門の幽霊(?)が徘徊するサービス・エピソードがあったりするのに、俳句の見立てのほうはまったく出てこない。この映画は横溝作品とはベツモノとして鑑賞すべき映画だ。ということで、ぼくのもっとも好きな『獄門島』の映像化作品は、やはり<strong>石坂浩二</strong>主演による東宝映画版(1977年)に落ち着く。ただこの作品、問題もある。それは映画公開の直前に前述の『横溝正史シリーズ』版の放送があることから、犯人(実行犯)が変更されたのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　犯人が変更されたので、自ずと物語のディテールにも相当の変化が起こらざるを得なかった。いささか論理的に飛躍する部分もある。しかしながら映画は、気の利いたコメディリリーフと歯切れのいい映像シークエンスが際立ち、繰り返し鑑賞しても楽しみ尽くすことのない作品に仕上がっている。メガホンをとったのは名匠、<strong>市川崑</strong>(1915年11月20日 &#8211; 2008年2月13日)で、本作は『犬神家の一族』(1976年)『悪魔の手毬唄』(1977年)につづく、シリーズ第３弾。シリーズといっても作品世界は、それぞれ因果関係のない独立したもの。これは市川流。考えてみれば、市川作品に原作どおりのもは１本もない。監督は生涯多くの文学作品を映像化したが、どれも大胆な改変が加えられていた。原作をしっかり批評しつつ、それに独自の解釈を施すというのもまた市川流なのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この『獄門島』も原作がいちど解体され、ふたたび組み立て直された形跡が多々ある。残念なことに、犯人が変更されてしまったことで、陰惨な事件が実は封建的な考えや独自の因習に端を発するという怖さは、いくぶん薄味になってしまった。加えて母娘がお遍路する回想シーンには市川作品にしては濃厚というか、いささかお涙頂戴に走り過ぎのきらいがある。それでもぼくがこの映画に不快感を覚えないのは、やはり全般的には市川タッチの軽妙洒脱なシーンが繰り返されるからであろう。原作では事件が発生するのは秋の気配が深まる季節だが、映画では青い海と空が眩しい夏の盛りとなっている。ときに惨劇の前触れのごとく、天候が急変し暗雲が垂れ込めたりもするが、それもまた夏の空。ふたたび晴天となれば、空気は爽やかで清々しい。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-6751 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/02/yujyo.png" alt="金田一耕助と女祈祷師" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/02/yujyo.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/02/yujyo-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　そう、市川版『獄門島』の最大の魅力は、軽やかで爽やかなところだ。本作は原作はもちろんのこと、ほかのどの映像作品よりも鑑賞後にスッキリした気分にさせられる。そんな鮮やかなマジックは、日本映画における最大のスタイリスト、<strong>市川崑</strong>の面目躍如といったところだろう。監督の美学によって、ヨレヨレの和服にフケ症の蓬髪という金田一でさえも、爽やかな風のような印象を与える。金田一耕助は神様や天使のような存在である──市川監督は折に触れてそのようなことを述べていた。原作の金田一は早苗に恋情を抱き、事件解決後、島を出て一緒に東京へ行かないかと誘う。しかし<strong>石坂浩二</strong>が演じる金田一は、天使だから恋はしない。だから反対に<strong>大原麗子</strong>(1946年11月13日 &#8211; 2009年８月３日)が演じる早苗が、(島から)連れ出してほしいとこぼすのだ。すぐに冗談ですと取り消すが、実はまんざらでもないと思われる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　映画の後半で早苗はある悲報を受けて金田一の胸に飛び込んだり、彼が島を出る日には船着場に見送りに行かず、寺の境内で涙ながらに鐘を撞いたりする。鐘の音は、金田一の耳にも届く。さらに<strong>加藤武</strong>(1929年５月24日 &#8211; 2015年７月31日)が演じる警部の「みんなわしが間違うとった」というセリフが、明るいムードに拍車をかける。なんとも清々しいエンディングだけれど、こういう雰囲気は原作にはまったくない。また本作には、たとえば金田一がニセモノの傷痍軍人(実は事件の引き金となる重要人物)に道を訊くシーンがユーモラスに描かれていたり、金田一が電線にとまったスズメの数から事件を解決するヒントを得る場面が挿入されたり、とにかく監督のモダンな遊びごころが満載だ。そういうアイディアの連続が、作品を爽やかで洗練されたものにしている。そして音楽がシリーズ中もっとも爽やかだったのも、この『獄門島』だった。</p>
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<p>　音楽は昭和歌謡をはじめ映画やテレビドラマの劇伴など、数多くの作編曲を手がけた<strong>田辺信一</strong>(1937年10月2日 &#8211; 1989年４月29日)が担当した。田辺さんは前作『悪魔の手毬唄』ですでに編曲と指揮を受けもっていたが、その功績が認められて音楽全体を任された。さらに本作のあと『女王蜂』(1978年)『病院坂の首縊りの家』(1979年)の音楽においても、田辺さんが続投した。田辺さんは<strong>慶應義塾大学ライト・ミュージック・ソサイェティ</strong>の出身で、もともとジャズ・ピアニストだった。その楽曲では、ポップなコンポジションとモダンなアレンジが冴える。サウンドトラック・アルバムは、東宝レコードから発売され、演奏は東宝スタジオ・オーケストラ(メンバーは固定ではない)となっている。なお2012年に劇中使用音源で構成されたCD『<em>獄門島総劇伴集</em>』が、富士キネマからリリースされた。</p>
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<p>　アルバムのオープニング「愛のテーマ」は、チェンバロとピアノ、そしてストリングスによって奏でられるメロディック・ラインが、シネマ・イタリアーノを思わせる感傷的な曲。つづくオルガンとヴィブラフォンがリードをとる「金田一耕助のテーマ」は、<strong>ハリー・ニルソン</strong>の「うわさの男」を彷彿させる穏やかなナンバー。ストリングスのトレモロとギターのエフェクトとが絡み合う「吊り鐘」は、凄惨な場面をストレートにイメージさせる。メイン・タイトルやエンディングで使用された「船着き場」は、R&amp;B調のベース・ライン、ジャジーなギター、ゴスペル・タッチのピアノなどが光るアルバム中もっともグルーヴィーな曲。フェンダー・ローズと弦のトレモロが効果的な「霧」は、幻想的なムードを醸し出している。オルガンとストリングスがエスプリを効かせる「夏の朝」は、のどかな夏のワンシーンを捉えたもの。チェンバロが使用された「巡礼の旅」は、８分の６拍子のエレジーである。</p>
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<p>　サイドBの冒頭を飾る16ビートのブラシワークとベースラインが軽快な「獄門島のテーマ」は、潮風が吹いてくるような爽やかさが絶品。マリンバとフルートとによるアクセント、女性コーラスも清涼感に溢れている。ストリングスのアンサンブルが鮮やかな「獄門島の夜明け」は、果てしなく広がる青海原をイメージさせるブライト・トーンの曲。劇中では未使用なのが残念だ。不気味で重苦しいムードから弾けるような爽やかさへと移行し、ふたたび不穏な雰囲気が炸裂する「呪われた島」は、スウィート風のアレンジで聴き応えがある。後半の激しいドラム・ソロも効果的だ。前出の「巡礼の旅」のヴァリエーション「運命」は、さらに悲壮感を漂わせる。ショッキングな「断崖」は、壮大なオーケストラ・サウンドが強烈なインパクトを与える。ラストのアコースティック・ギターによる「鐘桜」は、哀感を漂わせた余韻を残す。本盤を聴くと、ぼくのこころは真夏の孤島へ<ruby>誘<rt>いざな</rt></ruby>われるのだけれど、これは原作小説では味わうことのできない体験である。</p>
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