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	<title>McCoy Tyner | 気ままに音楽生活</title>
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	<description>いささか気ままに──ではありますが　素敵な音楽をご紹介してまいりますので　どうぞよろしくお願いいたします</description>
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	<title>McCoy Tyner | 気ままに音楽生活</title>
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	<item>
		<title>McCoy Tyner Trio / Reaching Fourth (1963年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 19 Apr 2026 06:29:05 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Jazz]]></category>
		<category><![CDATA[McCoy Tyner]]></category>
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					<description><![CDATA[マッコイ・タイナーがコルトレーンの人脈から外れたサイドメンとともに吹き込んだジャズ・スタンダーズ中心のトリオ作『リーチング・フォース』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">マッコイ・タイナーがコルトレーンの人脈から外れたサイドメンとともに吹き込んだジャズ・スタンダーズ中心のトリオ作『リーチング・フォース』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : McCoy Tyner Trio / Reaching Fourth (1963)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Reaching Fourth</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-2" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-2">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">マッコイ・タイナーがコルトレーンの人脈から外れたサイドメンとともに吹き込んだジャズ・スタンダーズ中心のトリオ作『リーチング・フォース』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">20世紀のジャズの巨人、ジョン・コルトレーンとの出会い</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">コルトレーン作品で得た収穫、マッコイ・タイナーとの出会い</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">マッコイ・タイナーのアルバムを聴くならインパルス!盤にかぎる</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">20世紀のジャズの巨人、ジョン・コルトレーンとの出会い</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　振り返ってみると、20世紀のジャズの巨人のひとりであるのにもかかわらず、<strong>ジョン・コルトレーン</strong>を俎上に載せる機会といえば、なぜかこれまであまりなかったように思う。いまもジャズ好きの友人と音楽について談笑するときも、彼のことをまな板の上に載せることはほとんどない。べつに隠しているわけでもないのだけれど、こんなぼくにもコルトレーンの音楽に心酔していた時期がある。具体的にそれは、高校時代から大学時代にかけてのことだ。理由はいろいろある。ジャズを愛好するものの嗜みとして、コルトレーンの演奏を聴き見識をもつことは、ある種の礼儀でもある──なんてわけはないのだが、当時そんな空気があったこともまた事実である。いまはそんなことはないと思うけれど、もしそんな主張があるとすればまったくのナンセンスだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そうはいっても、かく云うぼくのコルトレーンを聴きはじめるキッカケは、そういう無稽な説に踊らされたこと。なんともお恥ずかしいハナシだが、あのころのぼくはジャズを聴くものとして、あるいは演るものとして、承認欲求が強かったのだろう。まさに若気の至りとはこのことなのだが、それでも若さゆえの血気の多さ、あるいは経験不足から、無分別にコルトレーンのレコードを聴きまくったことが自分にとって無駄だったのかというと、一概にそうとは云えない。ぼくは高校時代から本格的にジャズ・ピアノを独学しはじめたのだが、ジャズという音楽において不可避であるインプロヴィゼーションを理解する上で、コルトレーンが構築したイノヴェイティヴな方法論は非常に役立った。また自分にとっては、コルトレーンの演奏を聴くことから、音楽に対して多角的な視点をもつようになったことが大きい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　当時ぼくが聴いていたコルトレーンのレコードといえば、彼がモダン・ジャズの帝王、トランペッターの<strong>マイルス・デイヴィス</strong>の名作『<em>カインド・オブ・ブルー</em>』(1959年)のレコーディングに参加したあとに発表した作品に集中した。すなわち彼がアトランティック・レコードに移籍してすぐに発表した『<em>ジャイアント・ステップス</em>』(1960年)からである。アルバムを手にとる動機となったのは、当時ぼくがもっとも関心をもっていたピアニストのふたり、<strong>トミー・フラナガン</strong>と<strong>ウィントン・ケリー</strong>が参加していたことだった。それはともかく、このころのコルトレーンといえば、ハード・バップのテナー奏者から脱却すべく、様々な試みをするようになっていた。ことに積極的な自作曲の作成、そして革新的な即興演奏の展開は、独自の音楽性を打ち出すこととなった。</p>
<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9042 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/stonejazz1.png" alt="緑色のグランドピアノと金色のトランペット" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/stonejazz1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/stonejazz1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　自分にとって『<em>ジャイアント・ステップス</em>』は、はじめて手にしたコルトレーンのレコードだったのだが、確かにあのころのぼくには、高校生の若輩者とはいえジャズの素晴らしさを理解するものとして他者から認められたいという気持ちがあった。進学と同時に吹奏楽部に入部したぼくは、フルート奏者を志望するもオーディションの印象がよくなかったのだろう、あえなくサックス・パートにまわされた。それまでピアニストのアルバムばかりを聴いていたぼくは、思いがけず自分がサクソフォーンを吹くことになったものだから、あたふたとレコード店に足を運びサックス奏者の作品を購入。そのとき浅学なジャズ少年はさしあたり、ジャズの名盤と誉れ高い『<em>ジャイアント・ステップス</em>』を手にとったというわけである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ただ本来ならいのいちばんにサクソフォーンに注目するべきところなのだが、そのころのぼくといえば、ちょうどジャズ・ピアノを独学していたところで、どうしてもピアノに耳がいってしまう。その結果サックスそっちのけで、フラナガンにハマってしまったのだった。テンションの高い状況においても、決してバランスを崩さない彼のプレイに強く惹かれた。それでもコルトレーンの前進志向の音楽性には、目を見張った。云うまでもなく『<em>ジャイアント・ステップス</em>』はコルトレーンにとって、モーダル・ジャズに傾倒する直前の、コード進行に基づく即興演奏の限界を極めた作品である。超難曲のタイトル・ナンバーは、ハイテンポで目まぐるしくコードが変化する(10回転調する)。そんな強烈な緊張感のなかでも、バンドに均衡を保った演奏を展開させたコルトレーンのリーダーシップは、やはりスゴい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで『<em>ジャイアント・ステップス</em>』は、個人的には複数の因果性をもったアルバムということになるのだが、そういう理由からも本作は実にすそ野が広い魅力を有する名盤と、ぼくは思っている。それはさておき、ぼくはその後もコルトレーンのレコードを次々に手にとっていくのだが、彼の音楽に夢中になったのは、やはり『<em>マイ・フェイヴァリット・シングス</em>』(1961年)を聴いたときから。1959年の４月、５月、そして12月と長いスパンのレコーディングによって完成させた、さきの『<em>ジャイアント・ステップス</em>』で大きな名声を得たコルトレーンは、1960年の春、<strong>マイルス・デイヴィス</strong>のバンドを脱退する。新たに結成したバンドのリーダーとして、積極的に活動することを優先させたからだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　コルトレーンは、早速レギュラー・バンドでツアーを行い、同年の10月には大規模なレコーディングを敢行した。このときのセッションが『<em>マイ・フェイヴァリット・シングス</em>』そして『<em>ジョン・コルトレーン・プレイズ・ザ・ブルース</em>』(1962年)『<em>夜は千の目を持つ</em>』(1964年)といった３枚のアルバムとして、音盤化されたことは周知のとおり。なかでもアルバム『<em>マイ・フェイヴァリット・シングス</em>』のタイトル・ナンバーは、コルトレーンの最初のヒット曲となった。この曲でのスリー・フォー・タイム、マイナー・メロディ、そしてソプラノ・サックスというコンビネーションは、それ以降コルトレーンの定型パターンとして繰り返し用いられた。またジャズやフュージョンにおいてソプラノ・サックスが定番アイテムとなったのは、本作からの影響が大きいと思われる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところで「マイ・フェイヴァリット・シングス」という曲だが、もとは<strong>リチャード・ロジャース</strong>作曲、<strong>オスカー・ハマースタイン２世</strong>作詞による、1959年のブロードウェイ作品『サウンド・オブ・ミュージック』のなかの１曲だ。このミュージカル、1965年に<strong>ロバート・ワイズ</strong>監督、<strong>ジュリー・アンドリュース</strong>主演で映画化され、第38回アカデミー賞において数々の賞に輝いたが、そのことからも一般的には映画版のほうが有名と云える。ぼくは小学校高学年のときからクラシック・ピアノの個人レッスンと並行して、ポピュラー・ピアノも弾くようになっていたのだが、最初に演奏した曲が「サウンド・オブ・ミュージック」だった。映画の冒頭でアンドリュース演じるマリアが、山々に囲まれた緑の大地で踊りながら朗々と歌い上げるあの曲だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">コルトレーン作品で得た収穫、マッコイ・タイナーとの出会い</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくはこの曲を演奏したのを機に映画のほうも鑑賞するに至ったのだが、マリアが雷鳴に怯えて自室に集まってきた子供たちに向けて歌う「マイ・フェイヴァリット・シングス」も、しかと記憶に留めている。彼女がオーストリアの家庭生活のささやかな日用品のなかから、“私のお気に入り”を次々に挙げていく可愛らしい歌詞の美しいワルツだが、コルトレーンのカヴァー以来、国の内外を問わず多くのアーティストによって採り上げられつづけている人気曲だ。コルトレーンにとっても、音楽の方向性がモード・ジャズからフリー・スタイルへと変化していく晩年に至るまで、ライヴでの定番曲となっていた。そしてこのカヴァーでは、モード手法が用いられたことで原曲のもつ明るいムードが消え去り、演奏は終始ヒプノティックでパッショネートな表情を湛える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ビバップ以来モダン・ジャズでは、コード進行やコードの分解に基づくインプロヴィゼーションが行われてきたわけだが、ハード・バップに至っては、メロディック・ラインがより洗練されたことによってコードの構成も複雑化したため、即興演奏に対する制限がさらに増した。そのため目まぐるしくコードを変化させて、アドリブ・ソロの進行感を演出したのが、まさにコルトレーンの「ジャイアント・ステップス」だったわけだ。しかしながら、それにも限界というものがある。モードに基づく旋律による進行において、コードの劇的な変化は抑制されてしまったものの、インプロヴィゼーションは飛躍的に自由度が増した。イオニアンやドリアン・モードのなかで同一のモティーフを提示し、コード進行を主体とせず特定のスケールのなかで即興演奏を展開するというのがコルトレーンの解釈だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　コルトレーンは、明るく愛らしいミュージカル・ナンバーである「マイ・フェイヴァリット・シングス」を、モード・ジャズの手法を用いることで、非常に深みのある現代的なムードを漂わせたジャズ・ナンバーに変えてしまった。その音世界といったら、ある意味で精神的かつ神秘的で、いささか退廃的で陰鬱な雰囲気すら醸し出している。端的に云うと、とてもシックでジャジーなのだ。おそらくこの曲、コルトレーンのアレンジと演奏を超えるようなオリジナリティ溢れるヴァージョンは、これまでにもなかっただろうし、今後もお目にかかることは困難だろう。いずれにしてもコルトレーンは、1960年代をとおしてモーダルな即興演奏を、ほかの誰よりも深く追究したジャズ・プレイヤーと云っても過言ではないだろう。</p>
<p><img decoding="async" class="aligncenter wp-image-9043 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/stonejazz2.png" alt="桜色のグランドピアノと金色のトランペット" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/stonejazz2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/stonejazz2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　さて、ハナシがいささか長くなってきたが、ぼくにとってコルトレーンのレコードを聴いて得たいちばんの収穫といえば、前述のように音楽に対して多角的な視点をもつようになったことである。そしてさらに有益だったのは、ピアニストの<strong>マッコイ・タイナー</strong>、ベーシストの<strong>ジミー・ギャリソン</strong>、ドラマーの<strong>エルヴィン・ジョーンズ</strong>といった革新的なプレイヤーの演奏に触れられたことである。タイナーとジョーンズは『<em>マイ・フェイヴァリット・シングス</em>』からすでにコルトレーンのグループのメンバーだったが、ぼくの好きな『<em>バラード</em>』(1962年)『<em>ジョン・コルトレーン＆ジョニー・ハートマン</em>』(1963年)『<em>インプレッションズ</em>』(1963年)『<em>至上の愛</em>』(1965年)といった、インパルス! レコード移籍後のコルトレーン作品では、この３人がリズムやハーモニーを支えていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　特にぼくにとって衝撃的だったのは、タイナーの演奏である。ぼくがジャズを独学する際に参考にしていたピアニストは、<strong>ソニー・クラーク</strong>、<strong>ウィントン・ケリー</strong>、そして<strong>トミー・フラナガン</strong>だった。みなどちらかというと、ハード・バップを中心としたモダン・ジャズの王道を行くようなピアニストだ。タイナーはハード・バップにアプローチすることもあるが、なにせぼくは『<em>マイ・フェイヴァリット・シングス</em>』ではじめて彼の演奏に触れたものだから、彼はクォータル・ハーモニーとドリアン・モードとを活かした次世代のピアニストという印象を受けた。１コード・セクションにおいてモード・スケールで敏捷に駆け抜けるソロ、そしてハンマー奏法のようなダイナミックなコンピングを、当時のぼくは羨望の眼差しで観ていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　またこれはちょっとあとで知ったことだが、コルトレーンは1955年ごろからタイナーと知り合いだったらしい。ところでコルトレーンのアルバムに、1958年にプレスティッジ・レコードにおいて吹き込まれた音源が、あとから１枚にまとめられた『<em>ザ・ビリーヴァー</em>』(1964年)というのがある。ハード・バップ時代のレコーディングということでピアノを<strong>レッド・ガーランド</strong>が弾いているのだけれど、このアルバムのトップを飾る表題曲、実はタイナーのオリジナルなのだ。この曲を聴くと、コルトレーンのコードの構成音をすべて使いきるようなプレイ、いわゆる“シーツ・オブ・サウンド”と呼ばれる奏法も然ることながら、録音時期を鑑みると信じられないほどモーダルな響きを放っていることに、とにかく驚かされる。コルトレーンの陰に、すでにタイナーありだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　すでにこのころからタイナーは、コルトレーンにとって必要不可欠な存在だったのかもしれない。タイナーは1955年の夏、当時演奏活動をともにしていたフィラデルフィア・ブラック・ジャズの導師とも称されるトランペッター、<strong>カル・マッセイ</strong>からコルトレーンを紹介されたのだという。考えてみれば、タイナーは17歳の誕生日を迎えるまえだった。13歳からピアノをはじめたとのことだから、単に早熟と云うよりも神童と呼ぶに相応しいずば抜けた才能の持ち主である。おそらくコルトレーンは、出会ったときからタイナーの天賦の才に注目していたのだろう。そしてタイナーのほうも、<strong>レッド・ガーランド</strong>(p)、<strong>ポール・チェンバース</strong>(b)、<strong>フィリー・ジョー・ジョーンズ</strong>(ds)とともに、<strong>マイルス・デイヴィス</strong>のバンドで堂々とプレイするコルトレーンに、さぞや尊敬の念を抱いていたことだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　当初からタイナーは、スタイルこそ未完成だったが、コルトレーンのインプロヴィゼーションに対するアプローチに心服していたと思われる。というのもコルトレーンがマイルスのもとを離れると、まるで吸い寄せられるように彼が新たに結成したバンドに加入したタイナーは、およそ５年半もの間、コルトレーン・サウンドを支えつづけたからだ。しかもタイナーは、即興演奏において高度なテクニックを有しながらアカンパニストに徹することを心がけていたような節がある。たとえば『<em>インプレッションズ</em>』のなかの表題曲などを聴くと、コルトレーンの奔放なソロがはじまるとタイナーが早々に手を休めているのを確認することができる。これは飽くまで一例で、タイナーにはコルトレーンのプレイが白熱すればするほど、バッキングを控える傾向があるのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">マッコイ・タイナーのアルバムを聴くならインパルス!盤にかぎる</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　むろん、ここぞという場面では、歯切れのいいリズムを刻んだり、美しいハーモニーを奏でたりするタイナー。ときにはソロの合間に、ドラムスの<strong>エルヴィン・ジョーンズ</strong>と呼応するように、強靭なバッキングを披露することもある。ファストテンポの曲だけでなくバラード・プレイにおいても、リッチなコードワークとモーダルでオープンなフレージングで、浮遊感のある響きを生み出している。どちらかというとパワフル・タッチなのにもかかわらず、そこからデリケートなフィーリングが伝わってくるのは、タイナーがコルトレーン・バンドのピアニストに抜擢されたときから、常に伴奏者としての責務を果たそうとこころがけていたことが、影響しているのではなかろうか。いずれにしても彼は、どういうアプローチをするべきか達観していたように思われる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところが1965年12月、長年コルトレーンに敬意を払ってきたタイナーも、ついにバンドから離脱する。理由はコルトレーンが、1964年に<strong>オーネット・コールマン</strong>らと共演したことからフリー・ジャズの可能性に注目し、自己のバンドでも集団即興作品である『<em>アセンション</em>』(1965年)を吹き込んだことに端を発する。以降コルトレーンがフリー・ジャズに傾倒し、大きな足跡を残したことは周知のとおり。タイナーは無調の世界、そして長大化する即興演奏に方向性の違いを感じただろうし、なによりもコルトレーンのバンドにおけるアカンパニストとしてのレゾンデートルをもはや見出すことができなくなったのだろう。その証拠に、バンド在籍中にタイナーがインパルス! レコードに吹き込んだ６枚のリーダー作では、コルトレーン作品では観られない彼の歌ごころが横溢している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　タイナーがインパルス! レコードに残したリーダー作を具体的に挙げると『<em>インセプション</em>』(1962年)『<em>リーチング・フォース</em>』(1963年)『<em>バラードとブルースの夜</em>』(1963年)『<em>トゥデイ・アンド・トゥモロウ</em>』(1964年)『<em>ライヴ・アット・ニューポート</em>』(1964年)『<em>プレイズ・エリントン</em>』(1965年)となる。ずっとあとに吹き込まれた『<em>ブルース・フォー・コルトレーン/トリビュート・トゥ・コルトレーン</em>』(1988年)という、MCA傘下時代のインパルス!盤もあるが、当然のごとくこれは対象外。しかも個人的には、話題性ばかりが先行した甚だ残念な作品と観ている。まあ、さらなるバッシングを受けることを覚悟の上で云わせてもらうと、タイナーのアルバムを聴くならインパルス!盤にかぎる。純粋にピアニズムを探求していたころの彼が、ぼくはもっとも好きなのだ。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9044 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/stonejazz3.png" alt="銀色のグランドピアノと金色のサクソフォン" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/stonejazz3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/stonejazz3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　当時、忠犬のようにコルトレーンに寄り添っていたタイナーが、上記の６枚のリーダー作では、あたかも師匠の呪縛から解放されたかのように、トラディショナルなジャズ魂を発揮している。とはいってもタイナーは間違いなくコルトレーンをリスペクトしていたわけで、これはぼくの想像だけれど、テクニカルな上手さだけでなく、エモーショナルかつナチュラルな表現が際立った自身の演奏を、彼が真っさきに見せたかったのは、まさにコルトレーンそのひとだったのではなかろうか。あいにくタイナーは、のちにジャズが複雑多様なものへと変化していくなかで、時代の波に翻弄される。ときにはフュージョンやアフロ・キューバンを演ったりもした。そう、コルトレーンが不帰の客となった1967年以降のタイナーは、まるで自らの音楽を育む指標を失ったかのようだった。ぼくの目には、そう映ったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それはそうと、６枚のインパルス!盤でどれがお薦めかというと、たまたま最初に手にとった作品ということもあるのだろうが、個人的にもっとも衝撃を受けた『<em>インセプション</em>』をいのいちばんに挙げる。コルトレーンの門下生、<strong>エルヴィン・ジョーンズ</strong>のポリメトリックなドラミングが、タイナーに終始刺激を与えつづけている。それを受けてタイナーのほうも、気持ちよさそうに鮮明で力強いフレーズを息つく暇もなく繰り出している。また、コルトレーンの『<em>オーレ！コルトレーン</em>』(1961年)で共演済みの<strong>アート・デイヴィス</strong>による歯切れのいいソロも然ることながら、軽快なウォーキングベースが印象に残る。そんなエキサイティングな演奏とは対比的なリラックスしたプレイを堪能するのなら『<em>バラードとブルースの夜</em>』をセレクトするべきだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ベースに<strong>スティーヴ・デイヴィス</strong>、ドラムスに<strong>レックス・ハンフリーズ</strong>(ds)を据えたトリオが、ゆったりとした時間を演出してくれる。とはいってもタイナーのピアノ・プレイは、控えめな優雅さと優しさを湛えながらもけっこう刺激的だったりする。ぼくは大学時代、このアルバムの冒頭を飾る「サテン・ドール」のコピー譜を入手して実際にタイナーの演奏をなぞったことがあるのだけれど、その煌びやかなフレーズを再現するのはなかなか難解だった。そんななか、よくバランスがとれていて作品の完成度がもっとも高いのは『<em>リーチング・フォース』</em>だろう。ベーシストの<strong>ヘンリー・グライムス</strong>、ドラマーの<strong>ロイ・ヘインズ</strong>といった、コルトレーンの人脈から外れたサイドメンが採用されているのが興味深い。管楽器やパーカッションを入れたリーダー作の多いタイナーのトリオ盤という点でも、貴重な１枚である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　レコーディングは1962年11月14日、ニュージャージー州のヴァン・ゲルダー・スタジオにて行われた。アルバム冒頭のタイナーのオリジナル「リーチング・フォース」は、疾走感に富んだモーダルなナンバーだが、コルトレーンからの影響が強く感じられる。タイナーの右手が鍵盤を縦横無尽に駆けめぐる。左手のコード・ワークも力強く色彩豊かだ。グライムスのアルコ・ベース、ヘインズのドラム・ソロも実に小気味いい。ヘインズのドラミングは、いつも軽やかで気持ちがいい。しかもタイコの音が、最高に綺麗。たぶんチューニングのせいなのだろう。シンバルも含めてドラムスのセッティングでは、ぼくはこのひとのがいちばん好きだ。<strong>チック・コリア</strong>の『<em>ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブス</em>』(1968年)でのプレイも、本作と併せてお薦めする。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ゴードン・ジェンキンス</strong>の「グッドバイ」は、もともとメランコリックな味わいをもった曲だが、タイナーのモードを採り入れたエクスプレッションが甘美な心地よさを生み出している。なんとも聴き飽きるのが難しい、名バラード・プレイである。テナー奏者の<strong>フレッド・レイシー</strong>の「アーニーのテーマ」では、タイナーの軽妙なタッチと機知に富んだフレージングを堪能できる。彼はただ力強いだけのピアニストではないのだ。師匠のほうも『<em>ソウルトレーン</em>』(1958年)で採り上げているが、そちらはストレートなバラード。<strong>レッド・ガーランド</strong>がピアノを弾いている。ぼくは、瀟洒で爽やかなタイナーの解釈のほうが好きだ。グライムスのソロもスマートで、好感度が高い。B面トップの「ブルース・バック」はタイナーによるブルース・ナンバーだが、彼のモーダル・ブルースへのアプローチが都会的なムードを醸成している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>バートン・レーン</strong>のブロードウェイ・ナンバー「オールド・デヴィル・ムーン」では、タイナーによる意匠の凝らされたアレンジが光る。一聴、なんの曲だかわからなかったりする。グライムスとヘインズとが打ち出す足取りの軽いテンポ感、タイナーによる弾むようなフレージングにこころが躍る。こういう楽しげな演奏は、コルトレーンのバンドでは、ほとんど聴くことができない。さらにアルバム・ラストの<strong>リチャード・ロジャース</strong>の「ジョーンズ嬢に会ったかい？」では、テンポが高速になるがやはり軽やかなプレイが展開される。タイナーの流麗なアドリブも然ることながら、グライムスとヘインズとによる堅実なリズム・キープが素晴らしい。特にヘインズのブラシ・ワークが、自らを目立たせようとはせず、タイナーを上手く乗せているのがいい。やや緊張感が漂うのは表題曲のみの本盤、タイナーのアルバムではもっとも爽やかと云えるかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
</div>
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		<title>McCoy Tyner Trio / Inception (1962年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 14 May 2023 08:02:27 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Jazz]]></category>
		<category><![CDATA[McCoy Tyner]]></category>
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					<description><![CDATA[いまだに手に取ると、なにかが始まるような気がする、マッコイ・タイナーのファースト・リーダー作 目次 いまだに手に取ると、なにかが始まるような気がする、マッコイ・タイナーのファースト・リーダー作新たな鼓動を強く感じさせるピ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">いまだに手に取ると、なにかが始まるような気がする、マッコイ・タイナーのファースト・リーダー作</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">rec</span><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">ommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content"> <img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" />
<p class="wp-block-paragraph"><em>Album : McCoy Tyner Trio / Inception (1962)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : There Is No Greater Love</em></p>


</div>
</div>


  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-4" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-4">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">いまだに手に取ると、なにかが始まるような気がする、マッコイ・タイナーのファースト・リーダー作</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">新たな鼓動を強く感じさせるピアノ・スタイル</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">マッコイを聴くなら、インパルス！にかぎる</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">新しいスウィングのはじまり、音楽性の覚醒と解放のはじまり</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">新たな鼓動を強く感じさせるピアノ・スタイル</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　英語の“inception”とは「はじまり」という意味だ。たしかに、なにかが始まった。聴く者を眩惑するような即興演奏。そこにはブルースのなかのモーダルな解釈、ダイナミックなスケールアウト、そして美麗なコードのヴォイシング──どこか奇妙だけれど、とてもクールな響きが感じられた。スウィングしなけりゃ意味がないけれど、スウィングするだけがジャズではない。そんな目からウロコの、意識改革がなされるような、新たな鼓動を強く感じさせるピアノ・スタイル──。いま思い返して見ると、<strong>マッコイ・タイナー</strong>の登場は、新しいスウィングのはじまりだったように、ぼくには感じられる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　高校生のころだったかな、音を聴いてその心地よさを表現することを、表面的に模倣するばかりだったぼくに、ちゃんと音楽理論を掘り下げなければ──と思わせたのが、マッコイのピアノ・プレイだった。ジャズを演るには、耳で覚えて真似することも大切だと思うけれど、最終的には知識の蓄積と理論の裏付けも必要になるのだ。たとえば、ペンタトニック・スケールをしっかり使えるようになったうえで、それを故意に半音ずらして演奏したり、本来避けるべきである音と承知したうえで、敢えてアヴォイドノートを弾くことによって、独特な響きを生み出したり──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　こういうテクニックは、楽理を知らなければできない。音楽の表現方法は、もちろん自由だ。しかしながら、単なる非論理的な演奏は、メチャクチャになってしまう可能性が高い。そりゃメチャクチャにも、もっけの幸いが訪れるようなことがあるのかもしれないけれど、そこから創造的な音楽が生み出されるようなことは、まったくないだろう。音楽の構造を知り尽くし、逆にそれを崩していくという手法だからこそ、希少な心地よさを生み出すことができる。不協和音程を理解すれば、それが必ずしも不協和感を与えるとは限らない──ということにも気がつくわけだ。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class=" wp-image-1030 aligncenter" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagigrand-500x333.png" alt="" width="450" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagigrand-500x333.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagigrand-300x200.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagigrand-768x512.png 768w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagigrand-800x533.png 800w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagigrand-1536x1024.png 1536w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagigrand.png 1800w" sizes="(max-width: 450px) 100vw, 450px" /></p>
<p>　まあとにかく、それまで<strong>ソニー・クラーク</strong>や<strong>ウィントン・ケリー</strong>を好んで聴いていたぼくにとって、マッコイの演奏は衝撃的だった。と同時に、にわかにジャズが高尚な音楽のように思えてきて、一時だが、ぼくは「好きなピアニストは<strong>マッコイ・タイナー</strong>」と、触れまわっていた時期がある。それで、とんでもない赤っ恥をかいたこともある。まったくバカだね。若気の至りとはいえ、いまでもそのことを思い出すと顔から火が出るような思いがする。ただ、このころのぼくは、たしかに彼のことを偶像崇拝していたけれど、ジャズ理論に真剣に取り組んでもいたな。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなこともあって、マッコイは、ぼくにとってイワクつきのピアニストになってしまった。実はその後、彼の演奏に対するぼくの関心は、だんだん薄れていった。たぶん、ピアノのテクニックばかりを観ていて、それを必死で追い求めることのみに意識を傾けていたせいか、ぼくは彼の作品に、だんだん魅力を感じなくなっていったのだ。たぶん、純粋に音楽を楽しんでいなかったのだろう。ブルーノートのBNLAシリーズあたりから「ん？」となり、マイルストーン時代ともなると、たしかにピアノ・プレイは相変わらずスゴイのだけれど、音楽作品としては一向に満足のいくものがなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">マッコイを聴くなら、インパルス！にかぎる</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　たとえば、ストリングスが入った『<em>フライ・ウィズ・ザ・ウィンド</em>』(1976年)は、マッコイの1970年代を代表する大作と云われるけれど、ぼくにはどうもシックリこない。彼はこのアルバムで、作編曲にもチカラを入れている。それ自体は決して悪くないのだが、その超絶技巧のピアノ演奏と噛み合っていないように感じられる。どうも、落ち着いて聴いていられない。アフロ・キューバンを採り入れた『<em>ザ・レジェンド・オブ・ジ・アワー</em>』(1981年)も然り。まだやるのか、マッコイ？果たしてそこにあなたのピアノが必要なのか？──と、首を傾げざるを得ない。まあ、トリオやソロのアルバムもリリースされていたけれど、ぼくは徐々に彼から離れていった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで、ここでハッキリ個人的見解を示しておく──。<strong>マッコイ・タイナー</strong>には、モダン・ジャズがよく似合う。彼の斬新なスタイルは、ジャズの本流に乗っているときにこそ、光り輝くのだ。そういう意味では、スタイルこそまったく違うけれど、<strong>ビル・エヴァンス</strong>とよく似ている。というのも彼らのプレイには、新しく響くいっぽうで、確たる伝統的なジャズのスピリッツを感じさせるところがあるからだ。革新的なジャズは、<strong>ハービー・ハンコック</strong>や<strong>チック・コリア</strong>に任せておけばいい。現にマッコイは、<strong>ジョン・コルトレーン</strong>のグループに居たけれど、師匠がフリー・ジャズに傾倒すると、まもなく脱退したよね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　では、反発の声があがるかもしれないが、いま一度ここで、キッパリ私感を述べておく。マッコイを聴くなら、インパルス！にかぎる。彼がインパルス！に残したリーダー作は『<em>インセプション</em>』(1962年)『<em>リーチング・フォース</em>』(1963年)『<em>バラードとブルースの夜</em>』(1963年)『<em>トゥデイ・アンド・トゥモロウ</em>』(1964年)『<em>ライヴ・アット・ニューポート</em>』(1964年)『<em>プレイズ・エリントン</em>』(1965年)と、６枚。『<em>ブルース・フォー・コルトレーン/トリビュート・トゥ・コルトレーン</em>』(1988年)というMCA傘下時代のインパルス！盤もあるが、これは除く。話題性ばかりが先行した、ちょっと残念な作品だし──。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone  wp-image-1195 aligncenter" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/04/bassdrums-500x355.png" alt="ウサギのベーシストとドラマー" width="423" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/04/bassdrums-500x355.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/04/bassdrums-300x213.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/04/bassdrums-768x545.png 768w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/04/bassdrums-800x568.png 800w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/04/bassdrums-1536x1090.png 1536w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/04/bassdrums.png 1748w" sizes="(max-width: 423px) 100vw, 423px" /></p>
<p>　やはりマッコイは、純粋にピアニズムを探求していた時代がいい。もし彼も<strong>ビル・エヴァンス</strong>のように、ひたすらピアニスティックな表現を究めることに徹していたら、モダン・ジャズを代表するピアニストとして、その名を轟かせたかもしれない。しかしながらあいにく彼は、ジャズ・ロック、フリー・ジャズ、フュージョンといった、ジャズの複雑多様なものへの変化のなかで、時代の波に翻弄されながら、もがき苦しんでいくことになる。インパルス！の全６作は、コルトレーンのコンボ在籍時の吹き込み。かたや伴奏者としての責務を負い、忠犬のように師匠に寄り添っていた彼が、それらのリーダー作では、その呪縛が解かれたかのように、トラディショナルなジャズ魂を発揮している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　きっとマッコイは、とても真面目なひとだったのだろう。コルトレーンの即興演奏のボルテージがあがればあがるほど、背後でプレイする彼が繰り出す音の味つけは控えめになっていく。その点、彼はそのパワフルなタッチとはウラハラに、とてもデリケートなキャラクターの持ち主であると、ぼくは観ている。ピアノをはじめたのは、13歳のとき。なんだ、ぼくよりも遅いではないか！でもまてよ、それで21歳のときにはコルトレーンの『<em>マイ・フェイヴァリット・シングス</em>』(1961年)の吹き込みを終えていたのだから、彼は相当な努力家だ。実際、自宅にピアノがなかったマッコイ少年は、近所の家にあがり込んで練習に励んでいたという。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">新しいスウィングのはじまり、音楽性の覚醒と解放のはじまり</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さて、ここからは、まったくのぼくの想像。インパルス！の６作は、どれも素晴らしい出来栄え。どれを購入しても、損はない。なぜか？それは当時、コルトレーンが健在だったからだ。マッコイにとって、コルトレーンは師匠であるとともに、父親のような存在だったのではないだろうか(年齢的には歳の離れたアニキだけれどね)。ファースト・リーダー作『<em>インセプション</em>』(1962年)のマッコイの演奏からは「ねえねえ、父さん、観て観て！」「ぼくはこんなふうにも弾けるんだよ！」というような声が聞こえてくる。しかし、その喜びもつかの間、1967年コルトレーンが不帰の客となり、彼は自らの音楽を育む指標を失うのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくは冒頭で、マッコイの登場は新しいスウィングのはじまりと云ったが、それは同時にその音楽性の覚醒と解放のはじまりでもあった。そういう意味で、彼のファースト・リーダー作には、“inception”ということばがよく似合う。作品の完成度からすれば、セカンドの『<em>リーチング・フォース</em>』のほうが出色の出来栄えだ。しかしながら、ぼくは『<em>インセプション</em>』のもつ、まさに「はじまり」にともなう期待と不安、そして興奮が入り混じった感じが好きなのだ。はじめてレコードをターンテーブルに乗せたときの心境、一聴してこころを躍らせたときのことを、いまだに忘れることができない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ここでマッコイをサポートしているのは、まずコルトレーン・クァルテットの僚友、<strong>エルヴィン・ジョーンズ</strong>(ds)。ポリメトリックなドラミングを軽々と叩いてしてしまう天才。本作では、彼から終始刺激を与えつづけられるマッコイが、とても気持ちよさそうにグルーヴィーな鮮明で力強いフレーズを繰り出している。そしていまひとりは、やはりコルトレーンの『<em>オーレ!コルトレーン</em>』(1961年)で共演済みの<strong>アート・デイヴィス</strong>(b)。ジャズだけではなくクラシックのレコーディングにも参加し、かたや大学で臨床心理学の教鞭を執るという変わり種。ソロ・パートもあるが、軽快なウォーキングベースが印象に残る。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class=" wp-image-1340 aligncenter" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/pianosky-500x375.jpg" alt="空に浮かぶピアノのシルエット" width="400" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/pianosky-500x375.jpg 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/pianosky-800x600.jpg 800w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/pianosky-300x225.jpg 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/pianosky-768x576.jpg 768w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/pianosky-1536x1152.jpg 1536w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/pianosky.jpg 1600w" sizes="(max-width: 400px) 100vw, 400px" /></p>
<p>　オープナーの「インセプション」はマッコイのオリジナル。こみあげるようなイントロ、流れるようなメロディ、目まぐるしいコードチェンジ──と、まさにピアニスティックなナンバー。アップテンポでエルヴィンのドラムスも跳ねまくる。つづくスウィング・バンドのバンマス、<strong>アイシャム・ジョーンズ</strong>の代表曲「ノー・グレイター・ラヴ」は本作の白眉。こんなにも小洒落た演奏、こんなにも可憐な雰囲気──マッコイには珍しい。３曲目の「ブルース・フォー・グウェン」もマッコイの自作。カノニカルなテーマからブルース進行へと展開していくが、歯切れのいいグルーヴに身を委ねるばかり。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルコベースの響きも効果的なマッコイのオリジナル・バラード「サンセット」は、爽やかさのなかに愁いの気配が漂う美しい曲。最近、新世代のパウエル派、<strong>ベニー・グリーン</strong>がソロ・ピアノ作品『<em>ソロ</em>』(2023年)で採り上げた。やはりマッコイのオリジナル「エフェンディ」は、ミッドテンポのアルバム中もっともモーダルな曲。コルトレーン・クァルテットのときよりも、演奏に品格があるように聴こえる。ピアノもベースも小気味いいが、ここは手数の多いドラムスに拍手(追従するのにひと苦労)。そして、おなじみの<strong>クルト・ヴァイル</strong>作「スピーク・ロウ」は、お約束のラテン・リズムが挿入されたアップテンポの４ビート。アルバムは、ハッピーなムードでフェイドアウト──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところで、ぼくは最初のほうで「好きなピアニストはマッコイ・タイナー」と触れまわって、とんでもない赤っ恥をかいたことがあると述べたが、それはあるジャズ通のかたに「もう古いよ」と反駁されたときのこと。たしかにそのころのマッコイといえば、前述したような、ちょっと首を傾げざるを得ない時代に突入していた。ジャズ通のかたにとって、彼はすでに終わったひとだったのかもしれない。しかしながら、インパルス！のマッコイはいま聴いても新しい。そして、ぼくはいまだに『<em>インセプション</em>』を手に取ると、これからなにかが始まるような気がしてならないのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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