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	<title>Don Grusin | 気ままに音楽生活</title>
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	<description>いささか気ままに──ではありますが　素敵な音楽をご紹介してまいりますので　どうぞよろしくお願いいたします</description>
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	<title>Don Grusin | 気ままに音楽生活</title>
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		<title>Don Grusin / Don Grusin (1981年)</title>
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		<pubDate>Sun, 23 Nov 2025 07:45:18 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[Don Grusin]]></category>
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					<description><![CDATA[デイヴ・グルーシンの弟、ドン・グルーシンのトランスアトランティックな味わいと巧みなシンセサイザー・サウンドが魅力的なファースト・アルバム『ドン・グルーシン』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">デイヴ・グルーシンの弟、ドン・グルーシンのトランスアトランティックな味わいと巧みなシンセサイザー・サウンドが魅力的なファースト・アルバム『ドン・グルーシン』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p><img decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Don Grusin / Don Grusin (1981)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Number Eight</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-2" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-2">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">デイヴ・グルーシンの弟、ドン・グルーシンのトランスアトランティックな味わいと巧みなシンセサイザー・サウンドが魅力的なファースト・アルバム『ドン・グルーシン』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">クリスマス・ソングの雄編「ベター・ザン・クリスマス」の作曲者</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">学究の徒だったグルーシンが本格的に音楽の道を志すまで</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">ハードスキルが活かされたスペイシーなフュージョン・サウンド</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">クリスマス・ソングの雄編「ベター・ザン・クリスマス」の作曲者</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いきなり余談で恐縮なのだが、たったいまちょっと古いクラシックのCDを聴きながら、ぼくはひとり幸福感に浸っていた。仕事休みの特にやることもない、日曜日の昼下がりのことである。そろそろブログを執筆しようと思い立ち、プレイヤーからCDを取り出そうと開閉ボタンを押す。すると、ディスプレイにはいつものように「OPEN」と表示されたものの、トレイのほうはまったく駆動する気配がない。何回かボタンを押してみたり、電源を入れ直してみたりしたが、トレイはいっこうに出てこない。実はずっとまえにも同様のトラブルに見舞われたことがあったので、面倒くさいなと思いながらも、さほど慌てずおもむろにプレイヤー本体のカヴァーを外してみた。取扱説明書には、そんなことをしてはダメと書かれているのだけれど──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくはトレイを駆動させているベルトを外し、それをキッチンにもっていって食器用洗剤を使って軽く洗った。しばらく乾かしておいたベルトをふたたび所定の位置に装着し、開閉ボタンを押してみるとトレイは無事に動いた。こう書くとまるで、あっという間の出来事のように思われるかもしれないが、実際は工具を用意したり、ネジを抜き取ったり捩じ込んだりしているわけで、小一時間ほどかかっているのだ。まったくもって、煩わしい。ちなみにプレイヤーのなかに囚われの身となっていたCDは、<strong>グスタフ・マーラー</strong>の『<em>交響曲第４番</em>』で、ぼくのもっとも敬愛するコンダクター、<strong>クラウディオ・アバド</strong>指揮による<strong>ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団</strong>が演奏したもの。独唱は<strong>フレデリカ・フォン・シュターデ</strong>が務めており、吹き込みは1977年５月である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで、CDを交換してブログの執筆に臨むとしよう。一応お断りしておくと、ぼくはブログを書くときは、そこで採り上げる音楽作品を実際に自室のオーディオで再生しながら、筆を走らせているのだ。ときにはおなじアルバムを、何度となく繰り返して聴くこともある。まあ音楽ブログを書いているひとだったら、そのやりかたは似たり寄ったりだろう。それにしてもマーラーのシンフォニーを聴いたあとに、フュージョン作品を流しながら、それについてあれこれ述懐したりするぼくのようなヤツは、ごく稀な存在と云えるかもしれない。どうもぼくの行いには、筋道が一貫していないところがある。音楽を楽しむときも、たまにチョイスするアイテムが、互いにちゃんとした繋がりもなく、行き当たりばったりで手にとったものだったりするのだ。</p>
<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8337 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/11/worldmusic1.png" alt="シンセサイザーを背景にした世界の子どもたち(緑色)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/11/worldmusic1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/11/worldmusic1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　そういう次第で今回もご多分に漏れず、ふとアタマに浮かんだアーティストの作品をご紹介しようと思う。お伝えするのは、1970年代の中ごろからキーボーディスト、コンポーザー、アレンジャー、プロデューサーとして、多くの音楽作品に関わってきた<strong>ドン・グルーシン</strong>のファースト・アルバム『<em>ドン・グルーシン</em>』(1981年)である。中学生のころにいち早くレコードを購入し、大学生のときにCDで買い直した。その機にレコードのほうは自分で云うのもなんだが、気前よく妹にあげてしまった。それゆえ現在ぼくが所持するのはCD盤のみなのだが、さきほどいざそれをプレイヤーにセットしようと思いきや、ご説明したようにとんでもない事態を迎えるに至ったわけだ。でもいまは、自室のオーディオ機器はすべて快調である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところで、ぼくがこの『<em>ドン・グルーシン</em>』というアルバムをなぜ不意に思い出したのかというと、ちょっとしたワケがある。ぼくの勤め先では常に音楽が流れているのだけれど、先般より職場に置いてあるプレイヤー内のオーディオファイルが、徐々にクリスマス・シーズンに合わせたものに差し替えられている。まあ、ほとんどぼくと音楽好きの女の子とで選曲しているのだが、実を云うとぼくのセレクションにはグルーシンの曲が含まれている。具体的には「ベター・ザン・クリスマス」という曲で、作曲をグルーシンと<strong>ナタリー・ルネ</strong>、作詞を<strong>リチャード・ルドルフ</strong>が手がけている。ルネはロサンゼルス在住のラテン系女性シンガーソングライター、ルドルフはもと<strong>ミニー・リパートン</strong>の公私にわたるパートナーとして知られるソングライターだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このハートウォーミングなバラード・スタイルのクリスマス・ソングは、グルーシンとルネとのコラボレーション・アルバム『<em>ベター・ザン・クリスマス</em>』(2004年)に収録されているが、全面的にルネのヴォーカルがフィーチュアされた作品である。むろん本作の全楽器の演奏、プログラミングは、グルーシンが手がけている。CDアルバムは、ルネの自己レーベルであるナティ・レコードからリリースされた。インディペンデント・レーベルによる限定プレスということで現在は入手困難かもしれないが、収録曲はすべてネット配信で聴くことができる。８割がたグルーシン、ルネ、ルドルフによるオリジナル・ナンバーで構成されているが、どの曲もしっかりクリスマス・スタンダーズの風格を備えている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらに補足すると、この雄編「ベター・ザン・クリスマス」に、早い時期から注目していたミュージシャンがいる。ドイツのトランペッター、<strong>ティル・ブレナー</strong>が自己のリーダー作『<em>ザ・クリスマス・アルバム</em>』(2007年)において、この曲をカヴァーしているのだ。ブレナーはこのアルバムに寄せたコメントのなかで、それとなく「ベター・ザン・クリスマス」が将来名曲と呼ばれるようになるだろうと仄めかしている。ルドルフによる愛と幸福に満ち溢れた歌詞、グルーシンとルネとによる簡潔でありながら気宇壮大な旋律といったソングライティングも然ることながら、知られざるダイヤモンドの原石にしっかり目を向けるというブレナーの情報感度の高さと、上質の音楽を見極めるその慧眼に、ぼくはひとりで嬉しくなってしまった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なおブレナーの「ベター・ザン・クリスマス」を<strong>ベルリン・ドイツ交響楽団</strong>をバックに、色彩に富んだ声で詩情豊かに歌い上げているのは、女優でシンガーの<strong>イヴォンヌ・カッターフェルド</strong>。彼女の瑞々しくも風格のある声質は、こころ温まるドリーミーな曲想にピッタリだ。ブレナーのハスキーでエアリーなフリューゲルホーンによるソロとオブリガートもいつになくスウィート。その完成度の高さといったら、オリジナルのそれを凌ぐ勢いである。いっぽうオリジナル・ヴァージョンを歌ったルネは、どことなくコケティッシュな独特の歌声の持ち主で、力強い歌いまわしにもキュートな魅力が溢れている。彼女はグルーシンの全面的なサポートを得て『<em>30マイルズ</em>』(2006年)という、素晴らしいアダルト・コンテンポラリー作品をリリースしている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いささか長くなってしまったが、以上のようなことから今回は<strong>ドン・グルーシン</strong>のこと、それもファースト・アルバムを含めたその比較的初期のキャリアについて語ってみたい。それはそうと、グルーシンのもっとも新しいアルバムといえば、ぼくの知る限りではオクターヴ・レコードからリリースされたソロ・ピアノ作品『<em>アウト・オブ・シン・エア</em>』(2020年)ということになる。このアルバムは2020年初頭、ドン・グルーシン・スタジオにおいてレコーディングされたもの。実はそれまでロサンゼルスに活動の拠点を構えていたグルーシンは、2015年に故郷であるコロラド州に戻っている。その際に彼は、コロラド州サライダ市のポンチャ・クリークのほとりに、プライヴェート・スタジオを構えた。それがドン・グルーシン・スタジオである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">学究の徒だったグルーシンが本格的に音楽の道を志すまで</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この『<em>アウト・オブ・シン・エア</em>』では、DSD方式のレコーディング＆ミキシングによって、情趣溢れるアコースティック・ピアノの演奏が臨場感のあるサウンドで再現されている。DSDとは“ダイレクト・ストリーム・デジタル”の略称で、音声をデジタル化する方式のひとつ。音の細かいニュアンスが従来以上に忠実にリプロデュースされた、滑らかで透明感のあるサウンドが魅力的だ。その上質の音響表現から本作は、英国の音楽雑誌『ハイファイ・ニュース＆レコード・レヴュー・マガジン』によって、2020年の年間ベストCDの１枚として選出された。音のよさは云うまでもなく、グルーシンのコンポジションとピアノ・プレイとが描き出すイマジナティヴな音世界が素晴らしい。結果的に本盤は、コンテンポラリー・ジャズの枠に収まり切らない、多様性を孕んだ作品に仕上がった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　グルーシンといえば、誰もがすぐにコンテンポラリー・ジャズのキーボーディストであり映画音楽の作曲家でもある、あの<strong>デイヴ・グルーシン</strong>を思い浮かべるだろう。<strong>ドン・グルーシン</strong>はその７歳年下の弟だが、兄のデイヴがハリウッドの伝統を汲んだ正統派サウンドをクリエイトしつづけたのに対し、彼はグローバルな視野で音楽をディープに探求してきた。グルーシンはこれまでにコラボレーション作品やライヴ・アルバムを含めると、20枚ほどのリーダー作を発表してきたのだが、それらをあらためて聴いてみると、彼がいわゆる環大西洋音楽を志向していることがわかる。つまりそのサウンドからは、ジャズはもとよりブラジリアン、カリビアン、そしてアフリカンといった、ボーダレスなフレーヴァーが単独ではなく一体となって知覚されるのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　グルーシンのアルバムでは多少なりとも、典型的なコンテンポラリー・ジャズのスタイルとはひと味もふた味も違う、民族、国籍、文化などの違いを乗り越えたワールドワイドな音世界が繰り広げられている。その点では、ソロ・ピアノで吹き込まれた『<em>アウト・オブ・シン・エア</em>』も例外ではない。とはいえ、自己の存在証明のごときユニークなアルバムを次々に発表してきたグルーシンではあるが、そのアイデンティティを作品に色濃く反映させるようになったのは1990年以降のことである。まえにも触れたが、彼は1970年代の中ごろから様々なアーティストのバック・ミュージシャンを務めていた。そんな彼は当初、いつも兄のデイヴの陰に隠れていて、どちらかというと名脇役という印象を湛えていた。</p>
<p><img decoding="async" class="aligncenter wp-image-8338 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/11/worldmusic2.png" alt="シンセサイザーを背景にした世界の子どもたち(黄色)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/11/worldmusic2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/11/worldmusic2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　むろんグルーシンは、兄のデイヴのレコーディングやライヴに何度となく参加している。そんなときの彼の役割といえば、兄がアコースティック・ピアノで流麗なメロディを奏でているときに、後方で様々な電子楽器を駆使してサウンドを色彩豊かなものにすることだった。そういう経験もあってグルーシンは、各種のシンセサイザーやコンピュータに精通している。そんなハードスキルも、彼の音楽の幅を拡大するための有力な手立てとなっている。グルーシンのファースト・アルバム『<em>ドン・グルーシン</em>』は、まさにその手腕が遺憾なく発揮された作品と云っていい。トランスアトランティックな味わいはまだ淡白ではあるけれど、シンセサイザーが巧みに扱われたサウンドには、時代の趨勢に流されることのない、グルーシンのセンスのよさが感じられる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ではここで『<em>ドン・グルーシン</em>』がリリースされるまでのグルーシンの経歴を、簡単に記しておく。<strong>ドン・グルーシン</strong>は1941年4月22日、コロラド州リトルトン市に生まれた。現在84歳である。父親がニューヨークの弦楽四重奏団のヴァイオリニストだったことから、６歳からピアノを弾きはじめた。クラシックでは<strong>ウラディミール・ホロヴィッツ</strong>、ジャズでは<strong>アート・テイタム</strong>、<strong>オスカー・ピーターソン</strong>、<strong>ビル・エヴァンス</strong>といったピアニストから影響を受けた。兄のデイヴがひたすら音楽に打ち込む天才肌の努力家であったのに対し、彼はピアノのレッスンも継続していたが、10代のころはどちらかといえば勉学とスポーツにのめり込んだという。当初グルーシンは、音楽家になることを考えていなかったようだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ただグルーシンには当時から、ラジオから流れるソウル・ミュージックやファンク・バンドの演奏を愛聴し、アフリカやラテン・アメリカの音楽にも興味をもつという一面もあったという。この経験はのちの彼の独特のサウンドに、少なからず影響を与えたと思われる。ときにグルーシンはコロラド大学へ進学し、社会学の学士号を得たのち経済学の博士号も取得した。さらに彼はそのまま母校で教鞭を執り、それに加えてメキシコのオートノマス大学でフルブライト特別研究員として教壇に立ったこともある。音楽は飽くまで趣味だったが、それでも大学院生のころには、コロラド州デンバー市のジャズ・スポット、セネト・ラウンジにおいて、<strong>ゲイリー・バートン</strong>(vib)、<strong>クラーク・テリー</strong>(tp)、<strong>ズート・シムズ</strong>(ts)らとギグを行ったりしていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　グルーシンは1972年、サンフランシスコ近郊のフットヒル・カレッジで教職に就きながら、ラテン・パーカッションのカリスマ的存在であり、あの<strong>シーラ・E</strong>の父親としても知られる<strong>ピート・エスコヴェード</strong>のグループ、<strong>アステカ</strong>に参加。彼の音楽に観られるクロスカルチュラルな部分は、このときに養われたのかもしれない。学究の徒だったグルーシンをプロ・ミュージシャンの道に引きずり込んだのは、<strong>クインシー・ジョーンズ</strong>だ。彼はジョーンズのリーダー作『<em>メロー・マッドネス</em>』(1975年)でレコーディング・デビュー(兄のデイヴも参加)。同年、ジョーンズ率いるオーケストラの一員として初来日も果たした。アメリカに戻ったあと、グルーシンは本格的に音楽の道を志すこととなった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このころのグルーシンが参加した音楽作品ですぐに思い出されるのは、スコットランドのロック・シンガー、<strong>クリス・レインボウ</strong>の『<em>ホーム・オブ・ザ・ブレイヴ</em>』(1975年)、ジャズからカントリーまでこなす女性シンガー、<strong>ペギー・リー</strong>の『<em>鏡</em>』(1975年)、はたまたギタリスト、<strong>鈴木茂</strong>の『<em>バンド・ワゴン</em>』(1975年)など。鈴木さんのかの有名な「砂の女」で、リズミカルなフェンダー・ローズを弾いているのはグルーシンなのだ。それはともかくその後のグルーシンは、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで様々なレコーディングやライヴ・イヴェントに関わっていく。なかでももっとも重要なキャリアといえば、フュージョン・ギターの雄、<strong>リー・リトナー</strong>のグループへの参加だろう。ことのはじまりは、リトナーの1977年のレコーディングだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　グルーシンは１曲のみだが、リトナーのリーダー作『<em>キャプテンズ・ジャーニー</em>』(1978年)に参加している。このアルバムは兄のデイヴが当時主宰していた原盤制作会社、グルーシン/ローゼン・プロダクションの作品だが、兄とともにグルーシンはファンキーな自作曲「ホワット・ドゥ・ユー・ウォント」を堂々とプレイしている。それを機に彼は、<strong>リー・リトナー＆ジェントル・ソウツ</strong>のメンバーとなり、グループのダイレクト・ディスク『<em>フレンドシップ</em>』(1978年)において、８分の７拍子と４分の４拍子とを混合した「シー・ダンス」という傑出した曲を提供した。これはグルーシンの初期の代表曲と云ってもいいだろう。ちなみに兄のデイヴがのちに「マウンテン・ダンス」という曲を書いているのだが、あたかもアンサーソングのようで面白い。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">ハードスキルが活かされたスペイシーなフュージョン・サウンド</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　その翌年、リトナーは<strong>ジェントル・ソウツ</strong>を<strong>フレンドシップ</strong>と改名し、アルバム『<em>アンサンブル</em>』(1979年)をリリースする。このアルバムでグルーシンは、キーボードはもちろんのことミキシングやプロデュースも手がけている。しかも半分以上の曲を、彼が作曲しているのだ。そもそも本盤は、日本では<strong>リー・リトナー＆フレンドシップ</strong>のアルバムとしてリリースされたが、実際は<strong>フレンドシップ</strong>というバンド名義の作品なのである。グルーシンのこのアルバムでの立ち位置は、いわばリトナーのプロジェクトにおけるコラボレーターといったところなのだろうが、コンテンツ的にはさながら彼がリーダーのような印象を与える。そこにはリトナーの従来のアルバムにはない、トランスアトランティックなジャズ・ファンクといった味わいがあるのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　おなじころグルーシンは非常に短い期間だが、<strong>キッチン</strong>というブラジリアン・ファンク・バンドでも活動した。このグループでは、実際に彼がリーダーを務めた。<strong>キッチン</strong>はいかにもグルーシンのプロジェクトらしく、<strong>ジ・アメリカン・ブリード</strong>や<strong>ルーファス</strong>のメンバーだった<strong>アル・シナー</strong>(g)をはじめ、<strong>オクタヴィオ・ベイリー Jr.</strong>(b)、<strong>クラウディオ・スロン</strong>(ds)、<strong>パウリーニョ・ダ・コスタ</strong>(perc)といった<strong>セルジオ・メンデス</strong>所縁のミュージシャンで構成されたリズム・セクションに、ソウル系のシンガー、さらにアメリカ西海岸のホーン・プレイヤーが加わった、ハイブリッドなバンドである。そのサウンドといえば、ブラジル音楽とジャズ・ファンクとが融合した、まさしくフュージョンと呼ぶに相応しいものである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>キッチン</strong>は1978年にロサンゼルスの中西部サンセット・ブールヴァードにある伝説のクラブ、ロキシー・シアターにおいて、コンサートを行い大好評を博した。さらにこのグループは、シンガーソングライター、<strong>キャロル・キング</strong>の名作『<em>つづれおり</em>』(1971年)をプロデュースしたことで知られる、<strong>ルー・アドラー</strong>をエグゼクティヴ・プロデューサーに迎え、A＆Mレコードからアルバムをリリースする予定だった。アドラーはロキシー・シアターの共同経営者でもあったのだが、<strong>キッチン</strong>のパフォーマンスをすっかり気に入ったのだった。しかしながら、アドラーがA&amp;Mからエピック・ソニーへ移籍したため、結局アルバム・リリースは不発に終わった。この稀有なブラジリアン・ファンク・バンドについては、もはやあれこれ想像するばかりである。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8339 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/11/worldmusic3.png" alt="シンセサイザーを背景にした世界の子どもたち(水色)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/11/worldmusic3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/11/worldmusic3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ぼくがグルーシンの生演奏をはじめて聴いたのは、1980年３月に開催された“DAVE GRUSIN &amp; THE GRP ALL-STARS with SPECIAL GUEST: SADAO WATANABE”と題された、兄デイヴのジャパン・ツアーにおいて。当時新宿にあった東京厚生年金会館でのライヴに、ぼくは欣々然として足を運んだ。前述のグルーシン/ローゼン・プロダクションは、1978年にアリスタ・レコードと長期開発契約を結んで、GRPレーベルを立ち上げていた。そんなわけでこのツアーのメンバーは、レーベルの所属アーティストで構成されていた。当時グルーシンはフリーランスのミュージシャンだったが、GRPからのアルバム・デビューを目前に控えていたキーボーディスト、<strong>バーナード・ライト</strong>が体調を崩したため、そのピンチヒッターを務めた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なおこのツアーのうち、1980年３月16日に行われた大阪市のフェスティバルホールでの公演の模様は、ライヴ・アルバム『<em>デイヴ・グルーシン＆GRPオール・スターズ・ライヴ・イン・ジャパン・ウィズ・スペシャル・ゲスト渡辺貞夫</em>』(1980年)として音盤化された。このアルバムには、グルーシンのオリジナル・ナンバー「オッ・オー！」が収録されている。彼のフェンダー・ローズによるリハーモナイゼーションを効かせたダイナミックな即興演奏は、なかなかどうして堂に入ったものである。この曲はもともとグルーシンがアソシエイト・プロデューサーも務めた、<strong>リー・リトナー</strong>のリーダー作『<em>暗闇へとびだせ</em>』(1979年)に収録されていた曲。この選曲は、まだリーダー作を発表していなかったグルーシンに対する、兄デイヴの配慮によるものだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　その翌年タイミングを計ってリリースされたのが、グルーシンの初リーダー作『<em>ドン・グルーシン</em>』だった。本作は日本のJVCレコードによって制作されたが、数々のジャズ/フュージョン作品をプロデュースした<strong>田口晃</strong>が手がけた１枚である。レコーディングはロサンゼルス郡グレンデール市にある、モントレー・サウンド・スタジオで行われた。エンジニアはグルーシンの作品ではおなじみの、名手<strong>ジェフ・ジレット</strong>が務めた。パーソネルは、<strong>ドン・グルーシン</strong>(key, perc, vo)、<strong>リー・リトナー</strong>(g)、<strong>エイブラハム・ラボリエル</strong>(b)、<strong>アレックス・アクーニャ</strong>(ds, perc)、<strong>スティーヴ・フォアマン</strong>(perc)といった、<strong>フレンドシップ</strong>のメンバーを中心に構成されている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらに、<strong>オスカー・カストロ・ネヴィス</strong>(g)、<strong>マイケル・センベロ</strong>(g)、<strong>ネイザン・イースト</strong>(b)、<strong>エフライン・トロ</strong>(perc)、<strong>ゲイリー・ハービッグ</strong>(ts)、<strong>ケイト・マーコウィッツ</strong>(vo)、<strong>マイケル・ボディッカー</strong>(prog)といった、そうそうたる顔ぶれがサウンドに彩りを添えている。収録曲は全８曲中１曲がカヴァー、残りの７曲はグルーシンによる書き下ろしだ。プロデュースとアレンジはすべて彼が手がけている。グルーシンはオーバーハイム OB-Xを中心に、コルグ ARP 2600、ヴォコーダー、ミニモーグ、ヤマハ GS1といった各種のシンセサイザーを使用。そのハードスキルが活かされた、スペイシーなフュージョン・サウンドがなんとも心地いい。もちろん彼は、アコースティック・ピアノとフェンダー・ローズも弾いている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムは疾走感溢れる「ナンバー・エイト」からスタート。のちに<strong>デイヴ・グルーシン・アンド・ドリーム・オーケストラ</strong>の『<em>ライヴ・アット・武道館</em>』(1982年)や<strong>ゲイリー・ハービッグ</strong>の『<em>アー・ユー・レディ</em>』(1988年)でも採り上げらた。ここではグルーシンが操るシンセ類の温かみのあるテクスチュアが随一。ラボリエルのスラップ・ベース、リトナーのスムースなソロも印象的だ。複数のリズムがクロスする「ホット」は、エスプリの効いた曲調がいかにもグルーシンらしい。ブラジリアンとアフロが交錯するビート感にカラダが揺れる。途中のゴスペル・タッチのピアノ・プレイも軽妙だ。ポリメトリックなイントロと文字どおりシャッフルするリズムが刺激的な「シャッフル・シティ」は、グルーシンの代表曲──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この曲もやはり『<em>ライヴ・アット・武道館</em>』やギタリスト、<strong>ジョー・パス</strong>の『<em>カリフォルニア・ブリーズ</em>』(1985年)などでカヴァーされた。ここではハービッグのパッショネートなテナー、リトナーのブルージーなギターがムードを盛り上げる。ボサノヴァとサンバがクロスする「クイダード」では、グルーシンのヴォーカルがフィーチュアされる。作詞はシンガーソングライターの<strong>エリック・タッグ</strong>が手がけている。不意を突くようなコード進行が、サウダージかつアーバンな雰囲気を醸成する。ソリッドなジャズ・ファンク「ナイス・ゴーイング」では、グルーシンの都会的かつ先端的なシンセ・プレイが全開。後半でバトゥカーダ風になるのもクールだ。カントリーとレゲエとのミックス「カウボーイ・レゲエ」は、小気味いいトロピカルなリズムが爽快な曲──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この曲ではソロをとるOB-Xも然ることながら、バックで使用されているGS1がフレッシュな効果を上げている。そのリズミカルでイリュージョナルなサウンドには、印象に残る鮮やかさがある。ゆったりしたテンポの「コナ」では、リラックスしたムードのなかにもファンキーなテイストが滲む。転調が上手く使われ、清々しさと切なさが交じり合うところは、いかにもグルーシンの曲らしい。テナーとローズとがほどよくコクのあるソロを展開する。ラストの「星の<ruby>界<rt>よ</rt></ruby>」は、<strong>チャールズ・クローザット・コンヴァース</strong>が作曲した有名な賛美歌がアレンジされたもの。アーシーなリフとおおらかな８分の６拍子とがポリメトリックに展開される。テナーとピアノのソロも含めて、アコースティックなリズム・アンド・ブルース調のサウンドに意表を突かれるが、こういうアソビにもグルーシンの音楽家としての懐の深さが感じられる。申し分ない逸品だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
</div>
</div>
<p></p>]]></content:encoded>
					
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		<title>Don Grusin And Natali Rene / Better Than Christmas (2004年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 24 Dec 2023 08:21:03 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Fusion]]></category>
		<category><![CDATA[Don Grusin]]></category>
		<category><![CDATA[Natali Rene]]></category>
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					<description><![CDATA[ティル・ブレナーを魅了した名曲を収録するドン・グルーシン＆ナタリー・ルネのクリスマス・アルバム『ベター・ザン・クリスマス』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">ティル・ブレナーを魅了した名曲を収録するドン・グルーシン＆ナタリー・ルネのクリスマス・アルバム『ベター・ザン・クリスマス』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Don Grusin And Natali Rene / Better Than Christmas (2004)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Better Than Christmas</em></p>
</div>
</div>


  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-4" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-4">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">ティル・ブレナーを魅了した名曲を収録するドン・グルーシン＆ナタリー・ルネのクリスマス・アルバム『ベター・ザン・クリスマス』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">スタンダードとして歌いつがれていくことを予感させるオリジナル曲</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">作者はドン・グルーシン、ナタリー・ルネ、リチャード・ルドルフ</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">環大西洋音楽への志向と電子楽器のハードスキルが生み出すサウンド</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">スタンダードとして歌いつがれていくことを予感させるオリジナル曲</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　メリー・クリスマス！──と、いまだに思わず云ってしまうが、アメリカ国民の間では、近年このコトバは意識的に使われなくなってきている。ご承知のとおりクリスマスという単語のなかには、キリストがいる。すなわち、クリスマスはイエス・キリストの降誕を記念する年中行事のこと。本来、キリスト教徒がキリストの誕生日を祝う日なのだ。確かに米国ではクリスチャンがマジョリティではあるけれど、それ以外の宗教の信者もたくさんいる。そういうひとたちが「メリー・クリスマス」というコトバを使うことに抵抗を覚えるのもよくわかる。ということで、アメリカ社会ではポリティカル・コレクトネスの政策の一環からも、どんどん「メリー・クリスマス」から「ハッピー・ホリデーズ」への換言が進められているらしい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんな特定のコトバの使用を禁じるという社会的規制を敷くことに対して、当然のことながら批判の声も上がるだろう。とはいえ「ハッピー・ホリデーズ」が、宗教とは関係なくクリスマスを楽しむことができるような、多くのひとから受け入れられやすいコトバであることも事実だ。まあ日本の12月は、アメリカのように祝日が集中する<ruby>所謂<rt>いわゆる</rt></ruby>ホリデー・シーズンではないけれど、気軽にクリスマスを楽しむことができるのならハッピー・ホリデーズ！──と、挨拶するのもアリだろう。かく云う<ruby>敬虔<rt>けいけん</rt></ruby>なクリスチャンではないぼくにとって、不謹慎ながらクリスマスはご馳走が食べられる日。やはりクリスマスは、素晴らしい！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ではあらためて、ハッピー・ホリデーズ！──みなさんも、楽しいひとときをお過ごしあれ──。閑話休題、ぼくにとってクリスマスに欠かせないのは、なにもタンドリーチキンだけではない。やはり音楽がなくてははじまらない。素敵な音楽があれば、大切なひとと過ごすクリスマス・イヴの夜も、きっとムード満点だろう。とはいうものの悲しいかな、ぼくはもう久しくそんなロマンティックな出来事とは無縁だ。そんなまったく不甲斐ないぼくでも、クリスマス一色の街景色を目の当たりにすれば、自然とこころが浮き立ってくるもの。せめてファンタスティックなクリスマス・ミュージックを聴きながら、気分を盛り上げてみようと思う。それになんといってもクリスマス・アルバムといえば、オフシーズンにはほとんどターンテーブルにのることのない、いまが旬の作品なのだから。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-3920 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/12/cheers.png" alt="乾杯するサンタとトナカイ そばにピアノとクリスマスツリー" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/12/cheers.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/12/cheers-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ところで、クリスマス・アルバムには様々なジャンルのアーティストの吹き込みがあるが、採り上げられる楽曲はおおかた定番曲に集中する。もちろんオリジナルのクリスマス・ソングで新機軸が打ち出される場合もあるけれど、クリスマスをイメージさせるサウンドが案外ひとところに落ち着いているものだから、トラディショナル・ソングやスタンダーズといった安全<ruby>牌<rt>ぱい</rt></ruby>が切られることが多い。クリスマスというシテュエーションで、多くのひとがそれらの曲を聴きたくなるわけだから、それはそれでいいと思う。しかもアーティストにとって手垢のついたクリスマス曲に異なるアプローチを試みるということは、ジャズ・プレイヤーが敢えて何度となく演奏された曲を採り上げたり、ポップ・シンガーが先人のもち歌をカヴァーしたりするのと同様に、自らのアイデンティティを示す好機にすらなるのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　とはいえ、いくら個性的なアーティストでもおなじようなトラック・リストでアルバムを制作すれば、聴き慣れた曲の羅列という状況から作品は新鮮味が失われる可能性を<ruby>孕<rt>はら</rt></ruby>んでくる。クリスマス・アルバムというものがそんなリスクを抱えているだけに、アーティストには選曲やアレンジに相当な創意工夫を凝らすことが要求されるのである。その点に関して、ぼくの大好きなドイツのトランペッター、<strong>ティル・ブレナー</strong>がこんなことを云っている。自己のリーダー作『<em>ザ・クリスマス・アルバム</em>』(2007年)に寄せたコメントだが「新しいクリスマス・キャロルを探そうとすると、低俗でわざとらしい役立たずばかりで、将来名曲と呼ばれそうなものにはなかなか出会えない」と、ちょっと愚痴まがいにこぼしているのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　もちろん、ブレナーは単にぼやいているわけではない。それまで一度も聴いたことのない魅力的なクリスマス・ソング、それも今後広く周知されスタンダードとして多くのシンガーに歌いつがれていくことを予感させるような曲──そんな逸品に出会ったら、決してそれを手放しはしない──と、強く云い切っているのだ。つまり彼は、過去に様々な音楽家によって幾度となく演奏、歌唱され、その度ごとに新しい解釈、アレンジが施されてきた数々のクリスマス・ソングのクオリティの高さをリスペクトするいっぽうで、いまだ知られざるダイヤモンドの原石にもしっかり目を向けていたのである。そして実際、この「ベター・ザン・クリスマス」という馴染みのない曲との出会いがまさに奇跡的なものと、彼には感じられたのだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">作者はドン・グルーシン、ナタリー・ルネ、リチャード・ルドルフ</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この「ベター・ザン・クリスマス」はブレナーが認めるだけあって、だれもがこころを惹きつけられるようなチャーミングな曲だ。前述の彼のアルバムではこの曲を、<strong>ベルリン・ドイツ交響楽団</strong>をバックに女優でシンガーの<strong>イヴォンヌ・カッターフェルド</strong>が色彩に富んだ声で詩情豊かに歌い上げている。フランスとドイツの合作映画『美女と野獣』(2014年)で、プリンセスを演じたひとだ(なおこの映画はディズニー作品ではなく<strong>レア・セドゥ</strong>がベルを演じたもの。ぼくはこちらのほうが好きだ)。とにかく彼女の瑞々しくも風格のある声質が、それこそディズニー映画の主題歌を彷彿させるようなハートウォームでドリーミーな曲想にピッタリだ。ブレナーのハスキーでエアリーなフリューゲルホーンによるソロとオブリガートも、いつもよりややスウィート。オリジナルを<ruby>凌<rt>しの</rt></ruby>ぐ勢いの実に完成度の高い、堂々たるカヴァー・ヴァージョンである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところで、この素敵な曲をものしたのはだれかといえば、作曲をしたのは<strong>ドン・グルーシン</strong>と<strong>ナタリー・ルネ</strong>、作詞をしたのは<strong>リチャード・ルドルフ</strong>である。まずルドルフだが、ギタリストでありソングライターでありプロデューサーでもある彼は、31歳という若さでこの世を去った伝説のシンガーソングライター、<strong>ミニー・リパートン</strong>のご主人だったひと。あの名曲「ラヴィン・ユー」(1974年)の作詞作曲はともに、ルドルフとリパートンとの共同作業によるもの。この曲、メロディもいいけれど、愛と幸福に満ち溢れた歌詞が素晴らしい。リパートンが愛娘(現在女優として活躍する)<strong>マーヤ・ルドルフ</strong>に歌って聴かせていた子守唄がもとになっているというのは、あまりにも有名なエピソード。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちなみにルドルフは、リパートンを失った10余年ののち、宝飾デザイナーでもとはジャズ・シンガーだった<strong>笠井紀美子</strong>と再婚している。マーヤにとって笠井さんは、継母ということになる。それはともかく、ルドルフはこの「ベター・ザン・クリスマス」においても、<ruby>気宇広大<rt>きうこうだい</rt></ruby>で包容力のある愛に満ち溢れた歌詞を書いている。シンプルなコトバでひとと世界のありかたを綴っているが、逆に大きなスケールを感じさせられる。ブレナーが惚れ込むのもよくわかる。そういえばこれは余談になるが、ブレナーは2019年の師走にブルーノート東京でライヴを行ったが、その公演名には「“ベター・ザン・クリスマス”ツアー」と銘打たれていた。これは、この曲が彼の重要なレパートリーとなったことを示唆するものと捉えても、差し支えないだろう。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-3921 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/12/dance.png" alt="ダンスを踊る男女 そばにピアノとクリスマスツリー" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/12/dance.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/12/dance-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　いっぽう作曲者のひとりである<strong>ナタリー・ルネ</strong>は、シンガーソングライターでありプロデューサーでもある。ただ彼女のプロフィールは、はっきりわからない。ロサンゼルス在住とのことだが、英語以外にスペイン語で歌うことや、その美しいエキゾティックなルックスから、ラテン・アメリカ出身ではないかと思われる。2002年に『<em>ライト・ナウ/アオラ</em>』でCDデビューを果たしているが、このアルバムはインディペンデント作品で彼女の自己レーベルであるナティ・レコードからリリースされた。ここで展開されているサウンドは実にワイドレンジで、本作はルネの音楽性がギッシリ詰め込まれた傑作と云える。ときにニュー・ソウル、ときにアダルト・コンテンポラリーと、グルーヴ感溢れるサウンドがつづくと思えば、後半では一転してスペイン語歌唱のアフロ・キューバンな曲も出来する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ルネは、現代的なR&amp;Bテイストのダンサブルな曲、ハートウォームなAOR、グルーヴィーで軽快なリズムのラテン・ミュージック──と、全方位型のシンガーと云えるかもしれない。その個性的な歌声はどこかコケティッシュであり、パワフルに歌ってもキュートな魅力に溢れている。近年の音楽シーンにおいて、素晴らしい感性と実力をもち合わせていながら、メジャー・レーベルには所属せず独立して活動を行うアーティストが増えている。彼女はそんな<ruby>所謂<rt>いわゆる</rt></ruby>インディペンデント・ミュージシャンのハシリと云うことができる。ただ、彼女ほどの逸材がなおざりにされるはずもない。ルネを表舞台に引っ張り出したオトコがいた。誰あろう「ベター・ザン・クリスマス」のいまひとりの作曲者、<strong>ドン・グルーシン</strong>である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　グルーシンといえば、誰もがすぐにコンテンポラリー・ジャズのキーボーディストであり映画音楽の作曲家でもある、あの<strong>デイヴ・グルーシン</strong>を思い浮かべるだろう。<strong>ドン・グルーシン</strong>はその７歳年下の弟で、やはりコンポーザー兼キーボーディスト。2020年に『<em>アウト・オブ・シン・エア</em>』というアルバムで素晴らしいソロ・ピアノを披露したことが、まだ記憶に新しい。グルーシン兄弟は、父親がニューヨークの弦楽四重奏団のヴァイオリニストだったことから、幼いころからピアノを弾いていた。兄がひたすら音楽に打ち込む天才肌の努力家であったのに対し、弟のほうはピアノのレッスンも継続していたが、10代のころはどちらかといえば勉学とスポーツにのめり込んだという。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">環大西洋音楽への志向と電子楽器のハードスキルが生み出すサウンド</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ドン・グルーシン</strong>の経歴は、実にユニークだ。社会学の学士号を得たのち経済学の博士号も取得、母校であるコロラド大学で教鞭を執り、メキシコのオートノマス大学でフルブライト特別研究員として教壇に立ったこともある。音楽は飽くまで趣味だったが、それでも大学院生のころ、コロラド州はデンバーのジャズ・スポット、セネト・ラウンジにおいて、<strong>ゲイリー・バートン</strong>(vib)、<strong>クラーク・テリー</strong>(tp)、<strong>ズート・シムズ</strong>(ts)らとギグを行っていたという。1972年には、サンフランシスコ近郊のフットヒル・カレッジで教職に就きながら、ラテン・パーカッションのカリスマ的存在であり、あの<strong>シーラ・E</strong>の父親としても知られる<strong>ピート・エスコヴェード</strong>のグループ、<strong>アステカ</strong>に参加。彼の音楽に観られるクロスカルチュラルな部分は、このときに養われたのかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　学究の徒のだったグルーシンをプロ・ミュージシャンの道に引きずり込んだのは、<strong>クインシー・ジョーンズ</strong>だ。ジョーンズのリーダー作『<em>メロー・マッドネス</em>』(1975年)でレコーディング・デビュー(兄のデイヴも参加)。同年、ジョーンズのオーケストラのメンバーとして初来日も果たした。以降、様々なアーティストのバック・ミュージシャンを務めるが、はじめは兄の陰に隠れていて、どちらかというと名脇役という印象を<ruby>湛<rt>たた</rt></ruby>えていた。ところが、初リーダー作『<em>ドン・グルーシン</em>』(1981年)をリリースしてからは、自己の存在証明のごとき個性的な作品を次々に発表するようになる。兄がハリウッドの伝統を汲んだ正統派サウンドをクリエイトしつづけるのに対し、彼はグローバルな視野で音楽をディープに探求していく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ドン・グルーシン</strong>が志向するのは、云ってみれば環大西洋音楽。そのサウンドからは、ジャズはもとよりブラジリアン、カリビアン、そしてアフリカンといった、ボーダレスなフレーヴァーが単独ではなく一体となって知覚される。それは、典型的なコンテンポラリー・ジャズのスタイルとはひと味もふた味も違う、民族、国籍、文化などの違いを乗り越えたワールドワイドな音世界だ。しかも彼には、兄がアコースティック・ピアノで流麗なメロディを奏でているときに、後方で様々な電子楽器を駆使してサウンドを色彩豊かにしていた経験がある。つまり、各種のシンセサイザーやコンピュータに精通しているのだ。そんなハードスキルも、彼の音楽の幅を拡大するための有力な手立てとなっている。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-3922 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/12/illumination.png" alt="巨大なクリスマスツリーのイルミネーションの風景" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/12/illumination.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/12/illumination-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　そういったグルーシンの広範囲にわたる音楽性は、ベネズエラ出身のシンガーソングライター、<strong>フランク・クィンテーロ</strong>と制作した『<em>トカンド・ティエラ</em>』(1999年)というアルバムで顕著に見て取れる。グルーシンはこの３枚組CDにおいて、中南米発祥の音楽の本質を徹底的に見極めようとしているのだ。音楽性が拡大されれば、自然と人脈も広がっていく。彼は2003年9月に、アメリカ西海岸のフュージョン・シーンを代表するミュージシャンを集めて、スタジオ・ライヴ・セッションを行った。その模様はレコーディングされ『<em>ザ・ハング〜ウィズ・LA フレンズ</em>』(2004年)としてリリースされた。メンバーには、前述のエスコヴェード、クィンテーロといった南米出身のミュージシャンも加わっているが、<strong>ナタリー・ルネ</strong>のクレジットを見出すこともできる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このアルバムで、ルネは「フレッシュ・エア」という曲のリード・ヴォーカリストとしてフィーチュアされている。ぼくは彼女のことをこのときはじめて知ったのだけれど、すぐに<strong>ケイト・マーコウィッツ</strong>などと同様に、グルーシンの好みのタイプのシンガーと感じた。なおこの曲はのちに、グルーシンが全面的にサポートした彼女のセカンド作『<em>30マイルズ</em>』(2006年)でも、ふたたびレコーディングされている。そんなグルーシンとルネの蜜月な関係によって生み出されたピースのひとつが「ベター・ザン・クリスマス」である。ブレナーがカヴァーした原曲は、クリスマスにちなんだグルーシン/ルネの共演作『<em>ベター・ザン・クリスマス</em>』(2004年)のオープニングを飾っている。本作の全楽器演奏はグルーシン、全歌唱はルネによるものだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このCDは前述のナティ・レコードによる限定プレスだったので現在は入手困難かもしれないが、ネット配信で聴くことができる。タイトル曲以外にも、世界中で歌われている名曲をヒップなワルツにカスタマイズした「ジングル・ベルズ・ララバイ」軽妙洒脱なボサノヴァ「ボサノヴァ・クリスマス」グルーヴィーでちょっとだけメランコリックな「ホリデー・ムード」ストレートなゴスペルで唯一のカヴァー曲「天なる神には」ファンキーなR&amp;Bナンバー「セイム・オル・ソーリー・クリスマス・イヴ」心地いいアダルト・コンテンポラリー「ピース・アウト」クラシカルなソロ・ピアノ「メリー・クリスマス・ブラウン・トラウト」ふたたびドリーミーな「(リプライズ)ベター・ザン・クリスマス」と、味わい深い曲が満載。８割がたグルーシン、ルネ、ルドルフによるオリジナルだが、どの曲もスタンダーズのような風格を備えている。ぼくも今宵はこの素敵なアルバムを聴きながら、クリスマス・イヴを楽しもうと思う。みなさんにもたくさんの幸せが訪れるように──。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<div class="speech-balloon has-border-color has-ex-a-border-color">
<p>最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
</div>
</div>
<p></p>]]></content:encoded>
					
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