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	<title>Buzz Feiten | 気ままに音楽生活</title>
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	<description>いささか気ままに──ではありますが　素敵な音楽をご紹介してまいりますので　どうぞよろしくお願いいたします</description>
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	<title>Buzz Feiten | 気ままに音楽生活</title>
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	<item>
		<title>Neil Larsen Featuring Buzz Feiten / Live In Tokyo (2025年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 15 Jun 2025 07:33:14 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Fusion]]></category>
		<category><![CDATA[Buzz Feiten]]></category>
		<category><![CDATA[Full Moon]]></category>
		<category><![CDATA[Larsen-Feiten Band]]></category>
		<category><![CDATA[Neil Larsen]]></category>
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					<description><![CDATA[ラーセン＝フェイトン・バンドの活動休止から８年後の来日公演が収録されたニール・ラーセン・フィーチュアリング・バジー・フェイトンの『ライヴ・イン・トーキョー 1990』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">ラーセン＝フェイトン・バンドの活動休止から８年後の来日公演が収録されたニール・ラーセン・フィーチュアリング・バジー・フェイトンの『ライヴ・イン・トーキョー 1990』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p><img decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Neil Larsen Featuring Buzz Feiten / Live In Tokyo (2025)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Sudden Samba</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-2" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-2">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">ラーセン＝フェイトン・バンドの活動休止から８年後の来日公演が収録されたニール・ラーセン・フィーチュアリング・バジー・フェイトンの『ライヴ・イン・トーキョー 1990』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">クラブ・スタイルの音楽イヴェント「キリン・ザ・クラブ」の模様</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">1990年の東京──ラーセンが残した熱い生演奏、そして置き土産</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">ラーセンの横顔とライヴで演奏された曲目についてのメモ</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">クラブ・スタイルの音楽イヴェント「キリン・ザ・クラブ」の模様</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　前回、<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>の『<em>ライヴ・イン・ニューヨーク 1980</em>』(2025年)をご紹介した。1980年11月１日、ニューヨーク州ロングアイランドのロズリンという村にあったライヴ・スペース、マイ・ファーザーズ・プレイスにおいて実況録音された貴重な音源がCD化されたものである。ただしこのマスターは、非商用目的で録音されたテープから起こされたものなので、音質はかなり聴き苦しいものと云える。しかもこのアルバムをリリースしたキング・ストリートは、ブートレグ・レーベルと思われる。というのも、フロントジャケットやバックインレイに使用されている画像は、明らかにアルバム『<em>ラーセン＝フェイトン・バンド</em>』(1980年)のリリースの際にワーナー・ブラザースが用意したプロモーション写真が加工されたものだからだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　したがって前回も申し上げたけれど、本作に関してはよほどのラーセン＝フェイトンのファン、あるいはブルー・アイド・ソウル、AOR、フュージョンなどの熱心な愛好家でもないかぎりは、購入を見送ったほうがいいとぼくは思う。もしこの拙文を読んでラーセン＝フェイトンの音楽を聴いてみたいと思ったかたがいたら、ぜひともまずは、正式にリリースされた彼らのアルバムを手にとっていただきたい。ただ厄介なことに、この『<em>ライヴ・イン・ニューヨーク 1980</em>』におけるライヴ・パフォーマンスは、ラーセン＝フェイトンが隆盛を極めたころのもので、メンバーのプレイも最高潮に達している。その得も云われぬ臨場感から、当初覚えた音質に対する違和感や不快感は、いつの間にか雲散霧消。ぼくも夢中になって、一気に聴きとおしてしまった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　日本ではこの『<em>ライヴ・イン・ニューヨーク 1980</em>』を、IAC ミュージック・ジャパンがディストリビューターとなり、堂々と国内仕様の輸入盤として販売している。さらにIAC(インター・アート・コミッティーズ)は、このアルバムと同時に<strong>ニール・ラーセン</strong>のソロ・ライヴの模様を収録した音盤もリリース。<strong>ニール・ラーセン・フィーチュアリング・バジー・フェイトン</strong>名義の『<em>ライヴ・イン・トーキョー 1990</em>』(2025年)というアルバムだ。原盤はキプロス共和国のオビタディクタム・メディアのサブレーベル、ハイハットによって制作されたとのことだが、その意味深なレーベル名からしてブートレグの匂いがプンプンする。オビタディクタム・メディアは、所蔵するラジオ放送用音源において世界最大級を誇るとのことだが、実に怪しい。</p>
<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="aligncenter wp-image-7389 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/06/liveintokyo1.png" alt="ハモンド・オルガンと夜の都会の風景" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/06/liveintokyo1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/06/liveintokyo1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　怪しいといえばこのCD、例によってアートワークがすこぶる如何わしい。まずフロントジャケットのラーセンが頭に両手を当てている写真だが、これは彼がMCAレコードに吹き込んだソロ・アルバム『<em>スムース・トーク</em>』(1989年)のバックカヴァーにあしらわれていたものだ。さらにジャケットを裏返してみると、なにやら覚えのあるラーセンの写真が──。にわかに1982年のあの夜のことが思い出される。高校生だったぼくは軽音楽部に籍を置いていた同級生と、当時、新宿５丁目にあった東京厚生年金会館に<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>(正確には<strong>フル・ムーン</strong>)の来日公演を観にいったのだけれど、そのとき購入したパンフレットにラーセンのプロフィールとともに掲載されていたのがくだんのフォトである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なおジャケットの内側にあるキーボードを弾くラーセンのショットは、出自はわからないけれど1980年代後半から1990年代前半くらいのころのものと思われる。そして最後になるが、バックインレイに使用されている画像は、ホライズン・レコードからリリースされたラーセンのソロデビュー・アルバム『<em>ジャングル・フィーヴァー</em>』(1978年)のプロモーション・ツール。国内盤LPにおいては、ライナーノーツが記載された投げ込みの裏面に、このラーセンのポートレイトが掲載されていた。これは余談になるけれど、このモノクロームの肖像におけるラーセンの表情は、いささか凍りついたかのように見える。ぼくはこのアルバムではじめて彼の音楽に触れたのだが、そのクールなテクスチュアはその写真からイメージされる人物像と妙にマッチした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いっぽう音源のほうは、TOKYO FMで日曜日の夜10時から放送されていた１時間番組『KIRIN LIVE PARADISE』のラジオ・アーカイヴ。ソースが正式に利用されたかどうかは、甚だ疑わしい。それはともかく収録されたライヴは、日本を代表するジャズ・サクソフォニスト、<strong>渡辺貞夫</strong>がプロデューサー兼ホストを務める、クラブ・スタイルの音楽イヴェント「キリン・ザ・クラブ」の模様である。この催しは1985年にスタートしたのだけれど、もともとは「渡辺貞夫ブラバス・クラブ」だった。<strong>ニール・ラーセン・バンド</strong>が招聘されたときは通算６回目の開催だったが、ちょうどこの年、スポンサーが変わったことによりイヴェントの名称も「キリン・ザ・クラブ」に変更された。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　今回リリースされた『<em>ライヴ・イン・トーキョー 1990</em>』の音質は、前述の『<em>ライヴ・イン・ニューヨーク 1980</em>』のそれに毛の生えた程度のものだから、音盤のマスタリングにはおそらく(個人が)ラジオ放送をエアチェックしたテープが使用されたのだろう。それはそれとして、今回この音源を自室のオーディオで再生して、ぼくはしばし懐旧の情に駆られた。なぜかというと、ぼく自身実際にこのライヴに足を運んだからである。<strong>ニール・ラーセン・バンド</strong>の公演は、1990年６月17日から20日までの４日間、当時、渋谷道玄坂のザ・プライムの５階にあったパフォーマンス・レストラン、せいよう広場(1992年に閉店)において開催された。今回リリースされたCDには、そのうち後半の２日間の演奏からセレクトされた５曲が収録されている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくがダイニングバー、せいよう広場をはじめて訪れたのは、それこそ「渡辺貞夫ブラバス・クラブ」が挙行されていたとき。それは1988年６月23日のことで、コンテンポラリー・ジャズの雄、ピアニストの<strong>デヴィッド・ベノワ</strong>のバンドが出演していた。ベノワは当時の新作『<em>エヴリ・ステップ・オブ・ザ・ウェイ</em>』(1988年)をリリースしたばかりだったが、アルバムには「SHIBUYA ステーション」というタイトルの曲が収録されている。ライヴでもしっかり披露されたのだけれど、感慨もひとしおだった。ベノワはぼくにとってマイナー時代から注目してきたアーティストだったが、はじめて間近で彼のセンシティヴかつダイナミックなピアノ・プレイを観て、そして聴いて、たいへん新鮮な気持ちになった覚えがある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="text-align: center;"><span style="color: #34485e;">(<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>の『<em>ライヴ・イン・ニューヨーク 1980</em>』については、下の記事をお読みいただければ幸いです)</span></p>
<div class="blogcard-type bct-related">

<a href="https://kimama-music.com/larsen-feiten-band-live-in-new-york-1980/" title="Larsen-Feiten Band / Live In New York 1980 (2025年)" class="blogcard-wrap internal-blogcard-wrap a-wrap cf"><div class="blogcard internal-blogcard ib-left cf"><div class="blogcard-label internal-blogcard-label"><span class="fa"></span></div><figure class="blogcard-thumbnail internal-blogcard-thumbnail"><img decoding="async" width="160" height="90" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/studio-160x90.jpg" class="blogcard-thumb-image internal-blogcard-thumb-image wp-post-image" alt="" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/studio-160x90.jpg 160w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/studio-120x68.jpg 120w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/studio-320x180.jpg 320w" sizes="(max-width: 160px) 100vw, 160px" /></figure><div class="blogcard-content internal-blogcard-content"><div class="blogcard-title internal-blogcard-title">Larsen-Feiten Band / Live In New York 1980 (2025年)</div><div class="blogcard-snippet internal-blogcard-snippet">ニール・ラーセンとバジー・フェイトンとのコラボレーションが隆盛を極めたラーセン＝フェイトン・バンドの貴重音源『ライヴ・イン・ニューヨーク 1980』について、その原点であるイノヴェイティヴでインフルエンシャルな音楽性を抱えた傑作『フル・ムーン』などに触れながらお伝えする。</div></div><div class="blogcard-footer internal-blogcard-footer cf"><div class="blogcard-site internal-blogcard-site"><div class="blogcard-favicon internal-blogcard-favicon"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.google.com/s2/favicons?domain=https://kimama-music.com" alt="" class="blogcard-favicon-image internal-blogcard-favicon-image" width="16" height="16" /></div><div class="blogcard-domain internal-blogcard-domain">kimama-music.com</div></div></div></div></a>
</div>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">1990年の東京──ラーセンが残した熱い生演奏、そして置き土産</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　しかも、せいよう広場が提供する食べものが、カジュアルだけれどどれも絶品なのだ。<strong>ニール・ラーセン・バンド</strong>の公演のときも、ライヴがスタートするまえに、美味いビールと極上の地中海料理をたっぷり楽しむことができた。開演まえの会場はとてもリラックスした雰囲気で、バー・カウンターではバンド・メンバーと客とが談笑している風景も観られた。なかには当時はきわめて貴重だった、ラーセンとフェイトンとが1971年に吹き込んだ『<em>フル・ムーン</em>』(1972年)のLPをもち込んでいるファンもいて、まわりから羨望の眼差しで見られていた。ふと気がつくと、ラーセン本人もビュッフェテーブルのまえで料理を皿に取り分けていたりする。そんな和んだ感じが「キリン・ザ・クラブ」のいいところだったな──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このときの<strong>ニール・ラーセン・バンド</strong>のメンバーは、<strong>ニール・ラーセン</strong>(key)、<strong>バジー・フェイトン</strong>(g)、<strong>リッキー・マイナー</strong>(b)、<strong>ランド・リチャーズ</strong>(ds)、<strong>レニー・カストロ</strong>(perc)の５人。フェイトンとカストロは、云うまでもなく<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>のもとメンバー。マイナーは、ラーセンがMCAレコードに吹き込んだ２枚のリーダー作に参加。のちにNBCのトーク番組『ザ・トゥナイト・ショー・ウィズ・ジェイ・レノ』において、バンドリーダーを担当し名を馳せた。リチャーズは、当時<strong>フィル・アップチャーチ</strong>(g, b)、<strong>ノーマン・ブラウン</strong>(g)、<strong>ボビー・ライル</strong>(key)、<strong>ロニー・リストン・スミス</strong>(key)といった、フュージョン系のアーティストのレコーディングで活躍していた、セッション・ドラマーだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちなみに「キリン・ザ・クラブ」では、イヴェントの最終日に行われるクラブ・ジャムが毎年恒例となっていたのだけれど、その年のギグにはラーセンも参加した。1990年６月29日に行われたジャム・セッションのパーソネルは、<strong>渡辺貞夫</strong>(as, sn)、<strong>ニール・ラーセン</strong>(key)、<strong>バジー・フェイトン</strong>(g)、<strong>エイブラハム・ラボリエル</strong>(b)、<strong>ヴィニー・カリウタ</strong>(ds)、<strong>レニー・カストロ</strong>(perc)となっている。ぼくはこの日は仕事の都合で会場に足を運ぶことができなかったのだけれど、その後TOKYO FMの『KIRIN LIVE PARADISE』の放送でクラブ・ジャムの一部を聴くことができた。ラーセンの「デモネット」や渡辺さんの「パッソ・ジ・ドリア」といったおなじみの曲に交じって、<strong>ブッカー T＆ザ MG&#8217;s</strong>のナンバーが２曲演奏されていた。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-7390 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/06/liveintokyo2.png" alt="エレクトリック・ギターと夜明け前の都会の風景" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/06/liveintokyo2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/06/liveintokyo2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　このリズム・アンド・ブルース系のインストゥルメンタル・グループの1960年代のヒット曲「グリーン・オニオンズ」と「ヒップ・ハグ・ハー」の選曲は、ラーセンの肝煎りによるものだろう。彼は自己のリーダー作『<em>スルー・エニー・ウィンドウ</em>』(1987年)において「ヒップ・ハグ・ハー」をカヴァーしているのだ。ラーセンがハモンド・オルガンにこだわるのは、オルガニストでソングライターの<strong>ブッカー T ジョーンズ</strong>に強く影響されたからかもしれない。いずれにしてもこのクラブ・ジャムでは、このメンバーにしては稀に見るブルース・フィーリングが横溢するセッションが展開された。どうせCD化するのなら、こちらの音源も加えてもらいたかったものである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　まあそれは置いておいて、この『<em>ライヴ・イン・トーキョー 1990</em>』に収録されているパフォーマンスをリアルに体験したひとならお分かりになると思うけれど、バンドの演奏も然ることながら、それに対する観客の反応が熱かった。まるでプレイヤーとオーディエンスが共鳴し合っているかのように、場内の雰囲気は終始熱気を帯びていた。無理もない、なにせ前述した1982年の来日公演以来８年ぶりに、名義は違えども実質的には<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>の演奏にナマで触れたのだから。高校生だったぼくも、いつの間にかすっかり社会人になっていた。少しは落ち着いたつもりだったが、やはりオープニングの「カーニヴァル」においてラーセンのシンセサイザー・ソロがはじまった途端、たちまちぼくのハートは10代の少年のようにときめいてしまった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　しかもこのときラーセンは、思いもよらぬ置き土産を残して帰国した。それは折しも行われていたギタリスト、<strong>鳥山雄司</strong>の６枚目のリーダー・アルバム『<em>プラチナ通り</em>』(1990年)のレコーディングに、急遽ラーセンがカストロをともなって参加したことである。ふたりと鳥山さんとは、旧知の仲。かつて鳥山さんは単身ロサンゼルスに赴き、<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>のメンバーとともにレコーディングを行った。彼のセカンド・アルバム『<em>シルヴァー・シューズ</em>』(1982年)では、ラーセンがプロデュースを手がけ、名匠<strong>アル・シュミット</strong>がレコーディング・エンジニアを務めた。さらにラーセンとフェイトンとが、各々オリジナル曲を書き下ろしている。<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>のファンにとっては、マストハヴの１枚だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ときに『<em>プラチナ通り</em>』におけるラーセンといえば、アルバム冒頭の「ハイ！サクラコサン」という鳥山さんのオリジナル曲で素晴らしいソロを披露している。ラーセンはここでピアノの音色にセットしたシンセサイザーを使用しているのだが、一聴して彼のアドリブとわかるフレーズを息つく間もなく紡ぎ出している。８小節を２コーラスと短尺なソロ・パートではあるが、高音部におけるフロウなどではラーセン節が全開。軽快なシャッフル・ビートと快然たるモジュレーションといった鳥山さんのコンポジションも然ることながら、ラーセンが綴る洗練された旋律的なストーリー・ラインが、楽曲に都会的なテクスチュアを与えている。数ある彼のプレイのなかでも名演と、ぼくはひとりで決めつけている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そのほか、リムショットのアタマ打ちとベースのアンティシペーションが心地いい「ポテッド・パロット」や、ヒップホップとロックとのハイブリッドなビート感覚が鮮やかな「フット・ロッカー」といった曲において、ラーセンはそのサウンドのトレードマークとも云えるハモンド・オルガンをプレイしている。彼があのロックンロールの殿堂入りを果たしたシンガーソングライター、<strong>レナード・コーエン</strong>をして「ハモンド B-3のもっとも優れた演奏者」と云わしめたことは、有名な出来事だ。とにもかくにも、この『<em>プラチナ通り</em>』はなかなかの名盤なので、ラーセンのファンで未聴のかたにはぜひともお試しいただきたい。またカストロの軽妙なパーカッションは、本作において終始聴くことができる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">ラーセンの横顔とライヴで演奏された曲目についてのメモ</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　すっかり思い出に耽ってハナシが脇道にそれるばかりだが、ここでラーセンの横顔をざっくりとご紹介しておこう。<strong>ニール・ラーセン</strong>は、1948年８月７日オハイオ州クリーヴランドに生まれ、フロリダ州サラソータで育った。12歳のときにはすでにピアニストとしてステージに立ち、14歳のときには奨学金を受けインディアナ州ブルーミントンにあるスタン・ケントン・クリニックスに就学した。20歳になると、音楽隊のディレクターとしてベトナム戦争に従軍。退役後は、1970年代初頭にニューヨークへ渡り、テレビ番組のアイキャッチの音楽を作曲したり、スタジオ・ミュージシャンとして働いたりしていたが、ギタリストの<strong>バジー・フェイトン</strong>と出会い、ブルー・アイド・ソウル系のバンド、<strong>フル・ムーン</strong>を結成する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　バンドは<strong>アラン・ダグラス</strong>のプロデュースによりアルバム『<em>フル・ムーン</em>』(1972年)をリリースするも、一朝一夕で自然消滅する。原因の一端は、フェイトンの薬物中毒にあると云われている。このアルバム以外で、当時のラーセン＝フェイトンのプレイが聴けるのは、フォークロックのシンガーソングライター、<strong>ドン・マクリーン</strong>や、スポークン・ワードのパフォーマー、<strong>ライトニン・ロッド</strong>のアルバムくらいのものである。フェイトンのリハビリ中、ラーセンは<strong>ソウル・サヴァイヴァーズ</strong>や<strong>ザ・グレッグ・オールマン・バンド</strong>のメンバーとなり、キーボーディスト兼ソングライターとして活躍するが、伝説のプロデューサー、<strong>トミー・リピューマ</strong>のお眼鏡に適い、1978年にA&amp;Mレコードのサブレーベル、ホライズン・レコードと契約する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ラーセンのホライズンにおける２枚のリーダー作『<em>ジャングル・フィーヴァー</em>』(1978年)と『<em>ハイ・ギア</em>』(1979年)は、全編にわたりインストゥルメンタル・ナンバーで構成されているが、同時代のキーボーディストの作品のなかでもひときわ異彩を放っている。ハモンド・オルガンをメインに据えたクールなサウンド、シンプルなコード・プログレッション、そしてメロディアスなインプロヴィゼーションといった、ラーセンのユニークなキーボード・ワークは、当時のフュージョン・シーンに大きな影響を与えた。なおラーセンは、そのころA&amp;Mレコードの日本における販売権をもっていたアルファレコードが主催するイヴェントにも参加している(フェイトンも同行している)。おそらくそれが、彼の初来日ということになるのだろう。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-7391 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/06/liveintokyo3.png" alt="ハモンド・オルガン＆エレクトリック・ギターと夜明けの都会の風景" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/06/liveintokyo3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/06/liveintokyo3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　それは1978年の12月２日から10日にかけての９日間、新宿の紀伊國屋ホールで開催された「WE BELIEVE IN MUSIC &#8211; ALFA FUSION FESTIVAL &#8217;78」というイヴェントで、<strong>深町純</strong>(key)、<strong>渡辺香津美</strong>(g)、<strong>大村憲司</strong>(g)、<strong>吉田美奈子</strong>(vo)、<strong>ベナード・アイグナー</strong>(vo)、そして<strong>YMO</strong>こと<strong>イエロー・マジック・オーケストラ</strong>がフィーチュアされた伝説のライヴである。ラーセンに同行したリピューマが<strong>YMO</strong>のサウンドにいたく感じ入り、そのデビュー作をエンジニアの<strong>アル・シュミット</strong>とともに米国発売用にミックスし直したことは、あまりにも有名だ。ぼくはこのイヴェントには足を運んではいないけれど、<strong>ニール・ラーセン・バンド</strong>のセットでは会場内に空席が目立ったという。ラーセンのわが国での知名度は、まだまだ低かったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなラーセンも２年後には、日本においても一足飛びにひのき舞台に躍り出る。1980年、ホライズン・レコードの閉鎖にともない、リピューマはワーナー・ブラザースへ移籍。彼のプロデュースのもと、ラーセンはフェイトンとともに『<em>ラーセン＝フェイトン・バンド</em>』(1980年)をリリースする。折しもフュージョン系のアーティストたちがこぞって、自らのリーダー作にヴォーカル・ナンバーをフィーチュアしてAORに急接近していたこともあり、このアルバムはたいへんな人気を博した。シングルカットされた「今夜はきまぐれ」は、ビルボード・ホット 100において29位を記録したが、わが国でもスマッシュヒットとなった。２年後には『<em>ラーセン＝フェイトン・バンド/フルムーン</em>』(1982年)も発売され、ラーセンとフェイトンの人気は不動のものとなった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>は、往年のバンド名をふたたび掲げ<strong>フル・ムーン</strong>となり、その後の活動も順風満帆となるかのように思えた。しかしながらバンドは、またもや活動休止。一説によると、フェイトンがソロ・アルバムの制作に意欲を掻き立てられたことが、その一因だという。結局、彼のリーダー作は世に出ることはなかったが──。いっぽうラーセンは、<strong>ウーマック＆ウーマック</strong>、<strong>リッキー・リー・ジョーンズ</strong>、<strong>ランディ・ニューマン</strong>、<strong>ケニー・ロギンス</strong>、<strong>ライオネル・リッチー</strong>といったポップ・アーティストや、<strong>ハーブ・アルパート</strong>(tp)、<strong>カリズマ</strong>、<strong>ジョージ・ベンソン</strong>(g)などのフュージョン系のミュージシャンのレコーディングを経て、MCAレコードにリーダー作を吹き込むことになる。その間、５年の歳月が流れた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ラーセンはMCAレコードに、セルフ・プロデュースで『<em>スルー・エニー・ウィンドウ</em>』(1987年)『<em>スムース・トーク</em>』(1989年)といった２枚のリーダー作を吹き込んだ(両作にはフェイトンも参加している)。そういえば前述した「カーニヴァル」は前者に収録されているのだけれど、もともとは<strong>マイルス・デイヴィス</strong>の没後に発表されたリーダー作『<em>ラバーバンド</em>』(2019年)のために書かれた曲だったな──。サウンド的には相変わらずアーバンでソウルフルではあるが、これも時代の趨勢なのだろう、いくぶんデジタル・シンセサイザーの使用が目立ち作り込まれた印象を与える。その点、ホライズン時代のサウンドに観られたクールネスは、若干薄味になっているように思われる。しかし同時期の録音とはいえ『<em>ライヴ・イン・トーキョー 1990</em>』での演奏は、アルバムのときよりも段違いに熱を帯び精彩を放っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　最後になったが、この『<em>ライヴ・イン・トーキョー 1990</em>』の曲目について、簡単にメモしておく。正味40分全５曲(すべてラーセンのオリジナル)と、いささか短い時間ではあるけれど、<strong>ニール・ラーセン・バンド</strong>のエキサイティングなライヴをお楽しみいただきたい。冒頭は『<em>ジャングル・フィーヴァー</em>』からの「ウィンドソング」で、やや原曲とは印象が趣きを異にする。ミッドテンポのサンバ風のリズムに乗って、リハーモナイズしながら展開されるシンセのソロが新鮮だ(ギター・ソロは原曲どおりのコード進行)。２曲目は『<em>スムース・トーク</em>』からの「カフェ・パシフィカ」で、シンコペーテッドなグルーヴはオリジナルのまま。オルガンのソロも然ることながら、コード進行を変えてアドリブするギターの音像の歪み具合がいい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　３曲目は『<em>ジャングル・フィーヴァー</em>』からの「サドゥン・サンバ」で、オルガン、ギターと白熱するソロがつづいたあと、ドラムスとコンガとによるバトゥカーダ風の展開になる。ポリメトリックにアフロビートが盛り込まれるところが、また痛快だ。４曲目はやはり同名アルバムからの「ジャングル・フィーヴァー」で、シンセのパストラール調のイントロが意表を突く。強烈なファンク・ビートに乗って、シンセが躍動感に溢れたアドリブを繰り広げる。ラストは同名アルバムからの「ハイ・ギア」で、ブルージーなイントロ、ロッキッシュなテーマ、そしてはじけるようなラテンのリズムといった進行が爽快。ソロ・パートにおける、軽快なシンセと重量感のあるギターとのコントラストが鮮やかだ。これぞ、ラーセン＝フェイトン！といった感じである。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
</div>
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<p></p>]]></content:encoded>
					
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		<title>Larsen-Feiten Band / Live In New York 1980 (2025年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 08 Jun 2025 07:23:06 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Fusion]]></category>
		<category><![CDATA[Buzz Feiten]]></category>
		<category><![CDATA[Full Moon]]></category>
		<category><![CDATA[Larsen-Feiten Band]]></category>
		<category><![CDATA[Neil Larsen]]></category>
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					<description><![CDATA[ニール・ラーセンとバジー・フェイトンとのコラボレーションが隆盛を極めたラーセン＝フェイトン・バンドの貴重音源『ライヴ・イン・ニューヨーク 1980』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">ニール・ラーセンとバジー・フェイトンとのコラボレーションが隆盛を極めたラーセン＝フェイトン・バンドの貴重音源『ライヴ・イン・ニューヨーク 1980』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Larsen-Feiten Band / Live In New York 1980 (2025)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Midnight Pass</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-4" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-4">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">ニール・ラーセンとバジー・フェイトンとのコラボレーションが隆盛を極めたラーセン＝フェイトン・バンドの貴重音源『ライヴ・イン・ニューヨーク 1980』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">数十年にわたり音楽シーンに影響を与えたライヴ・スペース</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">イノヴェイティヴでインフルエンシャルな音楽性を抱えた傑作</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">隆盛を極めたバンドの最高潮に達したライヴ・パフォーマンス</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">数十年にわたり音楽シーンに影響を与えたライヴ・スペース</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この度、<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>の貴重なライヴ音源がCD化されたので、彼らについて書いておきたい。まずお断りしておくけれど、今回掘り起こされた『<em>ライヴ・イン・ニューヨーク 1980</em>』(2025年)の音源は、非商用目的で録音されたテープがもとになっているので、マスタリングに際してはいまの技術の粋が集められたのかもしれないが、音質はかなり聴き苦しいものと云える。したがって本作に関しては、よほどのラーセン＝フェイトンのファン、あるいはブルー・アイド・ソウル、AOR、フュージョンなどの熱心な愛好家でもないかぎりは、購入を見送ったほうがいいとぼくは思う。もしこの拙文を読んで、ラーセン＝フェイトンに興味をもっていただけたのなら、ぜひともまずは、正式にリリースされた彼らのアルバムを手にとっていただきたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ただこの『<em>ライヴ・イン・ニューヨーク 1980</em>』は飽くまで建前上ではあるが、いまのところ<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>の唯一のライヴ・アルバムということになるわけで、そういう意味でも希少価値のあるものと云えるのかもしれない。とはいってもこのアルバムをリリースしたキング・ストリートは、ブートレグ・レーベルと思われる。フロントジャケットやバックインレイに使用されている画像は、明らかにアルバム『<em>ラーセン＝フェイトン・バンド</em>』(1980年)のリリースの際にワーナー・ブラザースが用意したプロモーション写真が加工されたものだ。日本ではIAC ミュージック・ジャパンがディストリビューターとなり、堂々と国内仕様の輸入盤を販売しているが、真相やいかに──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　まあ、リアルタイムでラーセン＝フェイトンのファンをやっていたぼくにとっては、こうして彼らの未発表音源を自宅のオーディオで気軽に楽しむことができるというのは、なによりも有り難い出来事なのだけれど──。ときにこのライヴは、1980年11月１日、ニューヨーク州ロングアイランドのロズリンという村にあった、マイ・ファーザーズ・プレイスで行われたもの。このライヴ・スペースは、ほぼ廃業状態にあったボウリング場が改造されたものだが、1971年から1987年までの16年間、3,000人以上の多彩なアーティストたちによる6,000回以上もの公演を開催した(閉鎖後2017年にロズリン・ホテル内にクラブとして復活)。ニューヨーク・タイムズをして「数十年にわたり音楽シーンに影響を与えた」と云わしめた、レジェンダリーな音楽会場である。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-7335 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/06/larsenfeiten1.png" alt="ハモンドオルガンのイラスト" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/06/larsenfeiten1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/06/larsenfeiten1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　実際に『<em>ライヴ・イン・ニューヨーク 1980</em>』を聴けばおわかりいただけると思うのだけれど、このマイ・ファーザーズ・プレイスは格式ばらずに気軽に音楽を楽しむことができるスペースだったようだ。しかもミュージシャンとオーディエンスとの距離がきわめて近いのだろう、会場内はいい意味で終始騒然としている。バンドの演奏とそれに対する観客の反応が共鳴し合って、場内の雰囲気はさらなる熱気を帯びる。自室のスピーカーから再生されるそのサウンドに、ぼくは実際にその場に身を置いているかのような感覚を覚えた。自分でも気がつかないうちに、その得も云われぬ臨場感から、当初覚えた音質に対する違和感や不快感は雲散霧消していた。もちろんそう感じる最大の要因は、<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>の音楽的魅力にある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なおこのアルバムのラストに収録されているトラック「メッセージ・フロム・ビヨンド」は、過去に音盤化されている。日本のレーベル、ドリームズヴィル・レコードからリリースされた『<em>フル・ムーン・ライヴ</em>』(2002年)の冒頭に、おなじ演奏が収録されているのである。ただし両者を聴きくらべてみると微妙に音質が違うので、同一のテープが使用されているかどうかは定かでない。この『<em>フル・ムーン・ライヴ</em>』は『<em>ライヴ・イン・ニューヨーク 1980</em>』と同一のメンバーによるライヴ・パフォーマンスが収められたものだが、その全９曲のうち８曲は1983年１月にロサンゼルスのザ・セントラルにおいて吹き込まれたもの。公演のスタッフがたまたま録音したテープに、オフィシャルなエディティングおよびマスタリングが施された。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ただこの『<em>フル・ムーン・ライヴ</em>』というアルバム、公式にリリースされたものであるのにもかかわらず、一部曲名に誤りがある。２曲目に収録されている「リトル・カウボーイズ」だが、CDのフロントジャケットの内側やバックインレイにはそう記載されているものの、実際は「E マイナー・ソング」なのだ。この曲、スタジオ・アルバムには一度も収録されたことがなかったが、ライヴでは何度も演奏されたファンにとってはおなじみのナンバー。CDのリリースにはバンド・メンバーも関わっているのに、なぜこんなつまらない取りこぼしがあったのだろう。まったく謎である。まあ、いまさら鼻息を荒くして抗議しても仕方がないのだけれど──。いっぽうこのアルバムではバンド名が<strong>フル・ムーン</strong>と表記されているが、これはまったく正しい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>は、ファースト・アルバム『<em>ラーセン＝フェイトン・バンド</em>』(1980年)につづく作品をリリースする際、バンド名を<strong>フル・ムーン</strong>に変更している。ファースト・アルバムは日本でもたいへん好評を博していたので、バンド名の変更はマーケティングにおいてマイナス要因となると捉えられたのだろう、セカンド・アルバムの国内盤は『<em>ラーセン＝フェイトン・バンド/フルムーン</em>』(1982年)として発売された。オリジナルのタイトルは『<em>Full Moon Featuring Neil Larsen &amp; Buzz Feiten</em>』という。内容的にはレコーディング・メンバーといいサウンド・コンセプトといい１作目の延長線上にあり、この『<em>フルムーン</em>』を<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>のセカンド・アルバムと解釈しても差し支えないだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんな<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>のメンバーは、<strong>ニール・ラーセン</strong>(key)、<strong>バジー・フェイトン</strong>(g, vo)、<strong>アート・ロドリゲス</strong>(ds)、<strong>レニー・カストロ</strong>(perc)の４人。リード・ヴォーカリストは主にフェイトンが務めるが、ファースト・アルバムではラーセンも歌っている。ライヴでは残りのふたりもバックグラウンド・ヴォーカルズを受けもつ。ベーシストは主に、当時<strong>ザ・ドゥービー・ブラザーズ</strong>の一員だった、<strong>ウィリー・ウィークス</strong>が務めている。ほかにも<strong>イエロージャケッツ</strong>のメンバー、<strong>ジミー・ハスリップ</strong>の名前がクレジットされているけれど、ウィークスにしてもハスリップにしても、おそらく正式なメンバーではなく飽くまでレコーディング要員だったと思われる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">イノヴェイティヴでインフルエンシャルな音楽性を抱えた傑作</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　また、<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>、<strong>フル・ムーン</strong>のほとんどのライヴ・パフォーマンスでは、<strong>ヴァーノン・ポーター</strong>がベースを弾いていた(本ライヴ盤のベーシストも彼)。ポーターは1990年代後半にスムース・ジャズ系のグループ、<strong>アバーヴ・ザ・クラウズ</strong>のメンバー、そしてプロデューサーを務めたひとだが、あるいは彼こそが<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>の５人目のメンバーだったのかもしれない。ちなみにポーターは、ベーシストとしてレコーディングに参加することはまったくなかったけれど、セカンド・アルバムの『<em>フルムーン</em>』において、バックグラウンド・ヴォーカリストとして参加している。いずれにしても、<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>はその名のとおり、実質的にも<strong>ニール・ラーセン</strong>と<strong>バジー・フェイトン</strong>との双頭バンドなのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>の特徴は、アーバンなムードを醸し出すラーセンのインストゥルメンタルと、ブルース・フィーリングが横溢するフェイトンのヴォーカル・ナンバーとが、調和を保ちながらひとつの音楽スタイルを作り出しているというところ。しかも各々の楽曲が、パラレルに存在するのではなく相互作用をもたらして、独特のバンド・サウンドを生み出しているのが驚異的だ。それ故このバンドは一般的に、ブルー・アイド・ソウル、AOR、フュージョンなど、複数の音楽ジャンルにカテゴライズされるのである。そういう音楽性から、このバンドは多くのファンを抱える。フォトジェニックなルックスのラーセンとフェイトンの顔が大写しになったモノクロームのジャケットも手伝って、ファースト・アルバム『<em>ラーセン＝フェイトン・バンド</em>』はスマッシュヒットとなった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ニール・ラーセン</strong>は、1948年８月７日オハイオ州クリーヴランドに生まれ、フロリダ州サラソータで育った。12歳のときにはすでにピアニストとしてステージに立っていたというから、相当な早熟である。本格的に音楽活動を開始したのは、音楽隊のディレクターとしてベトナム戦争に従軍したあとのこと。彼は退役後、1970年代初頭にニューヨークへ渡り、テレビ番組のアイキャッチの音楽を作曲したり、スタジオ・ミュージシャンとして働いたりしていた。そんなとき当時ブルー・アイド・ソウル系のバンド、<strong>ザ・ラスカルズ</strong>のメンバーだった<strong>バジー・フェイトン</strong>と出会う。ふたりは意気投合し、<strong>バング</strong>というバンドでともにプレイするようになる。そしてこのバンドは、間もなく<strong>フル・ムーン</strong>と改名されたのであった。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-7336 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/06/larsenfeiten2.png" alt="エレクトリック・ギターのイラスト" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/06/larsenfeiten2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/06/larsenfeiten2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　<strong>バジー・フェイトン</strong>は、1948年11月４日生まれ、ニューヨークの出身である。フェイトンは、1968年４月15日ニューヨークのジェネレーション・クラブで行われた、<strong>ジミ・ヘンドリックス</strong>、<strong>B.B. キング</strong>、<strong>ポール・バターフィールド</strong>らによる伝説のジャムセッションに参加し、一躍脚光を浴びた。それを機に彼は、<strong>ザ・バターフィールド・ブルース・バンド</strong>の５枚目のアルバム『<em>キープ・オン・ムーヴィング</em>』(1968年)のレコーディングに参加。その後は前述の<strong>ザ・ラスカルズ</strong>のギタリストとして『<em>ピースフル・ワールド</em>』(1971年)『<em>アイランド・オブ・リアル</em>』(1972年)を吹き込んでいる。このころフェイトンはすでにラーセンと出会っており、いよいよ<strong>フル・ムーン</strong>が始動することになる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そう、この<strong>フル・ムーン</strong>こそ<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>の原点。ラーセンとフェイトンがおよそ10年後にふたたび自己のグループに<strong>フル・ムーン</strong>の名を掲げたことからも、彼らのこのバンドに対する思い入れの強さが窺える。確かにダグラス・レコードというマイナー・レーベルからリリースされた『<em>フル・ムーン</em>』(1972年)は、イノヴェイティヴでインフルエンシャルな音楽性を抱えた超ド級の傑作だ。アルバム・プロデュースを務めた、<strong>ジミ・ヘンドリックス</strong>の当時のマネージャー、<strong>アラン・ダグラス</strong>の慧眼にも人智を超越したものが感じられる。プレス枚数はきわめて少なかったはずだが、シンガーソングライターの<strong>ボズ・スキャッグス</strong>、<strong>オーリアンズ</strong>のギタリスト、<strong>ジョン・ホール</strong>、それにわれらが<strong>山下達郎</strong>もこのアルバムから影響を受けたという。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このアルバム『<em>フル・ムーン</em>』は、当時のトレンドからはいささか外れていたようで、コマーシャル・サクセスの面ではまったく振るわなかった。それだけこのバンドの音楽性は、1970年代初頭のミュージック・シーンにおいて斬新過ぎたのだろう。その点、さきに挙げたプロのミュージシャンや熱心な音楽愛好家のあいだでは高く評価され、レコードは長きにわたりいわゆる幻の名盤として中古市場を賑わせた。ときとともにオリジナル盤のマーケットバリューが高騰するいっぽうで、1990年代の終わりころにぼくは、レコードからコピーされたコレクターズCDというかブート盤が、某大手CDショップにこっそりと陳列されているのを見つけて、驚いた覚えがある。まさにレジェンダリーな１枚と云える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　幸運なことに、アルバムのマスター・テープ、さらには未発表音源のマルチ・テープまで、プロデューサーの<strong>アラン・ダグラス</strong>がしっかり所蔵していた。そしてついに幻の名盤『<em>フル・ムーン</em>』は、およそ28年ぶりにちゃっかり未発表音源という貴重なお土産まで携えて、音楽ファンのもとへ帰ってきたのである(2000年夏のこと)。これは世界初のCD化であるが、この偉業とも云うべきリイシューを成し遂げたのは、前述の『<em>フル・ムーン・ライヴ</em>』をリリースしたドリームズヴィル・レコード。その際、CD版のプロデュースと初お目見えとなったトラックのミキシングは、<strong>バジー・フェイトン</strong>が手がけた。それはさておき、このCDにおいてはじめて『<em>フル・ムーン</em>』のサウンドに触れたひとのほとんどが、ちょっとした驚きを覚えたのではなかろうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　というのも、この<strong>フル・ムーン</strong>とのちの<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>とを比較したとき、各々のサウンドには動かしがたい乖離があるからだ。<strong>フル・ムーン</strong>の音楽には、リズム・アンド・ブルースやソウル・ミュージックの薫香がけむたいほどくすぶる。そういう意味では、ダイレクトにブルー・アイド・ソウルの流れを汲むサウンドと云える。<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>のサウンドにもブルース・フィーリングがほのかに匂い立つけれど、どちらかというとアダルト・コンテンポラリー色が強い。なお<strong>フル・ムーン</strong>のメンバーは、<strong>バジー・フェイトン</strong>(g, vo)、<strong>ニール・ラーセン</strong>(key, vib)、<strong>フレディ・ベックマイヤー</strong>(b)、<strong>フィリップ・ウィルソン</strong>(ds, vo)、<strong>ブラザー・ジーン・ディンウィディ</strong>(ts, ss, fl, mand, vo)の５人である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">隆盛を極めたバンドの最高潮に達したライヴ・パフォーマンス</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ウィルソンとディンウィディは、<strong>ザ・バターフィールド・ブルース・バンド</strong>のもとメンバー。ベックマイヤーもまたフェイトンと同様に前述の『<em>キープ・オン・ムーヴィング</em>』のレコーディングに参加している。そういったことを踏まえると、<strong>フル・ムーン</strong>は、さながら<strong>ポール・バターフィールド</strong>の門下生によるバンドといった趣きがある。そんななか、残りのラーセンは異彩を放つ存在だ。彼はロックもプレイするけれど、モード・ジャズやフリー・ジャズからも影響を受けたミュージシャン。アルバム『<em>フル・ムーン</em>』が抱える革新的な音楽性において、ラーセンがその一翼を担っていることはほぼ間違いない。その点、<strong>デイヴ・ホランド</strong>(b)、<strong>レイ・バレット</strong>(perc)、<strong>アイルト・モレイラ</strong>(perc)、<strong>ランディ・ブレッカー</strong>(tp)といった、ゲスト・プレイヤーもまた然りである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>フル・ムーン</strong>の音楽が大衆にもてはやされるポップ・ミュージックと一線を画す理由のひとつは、バンドが上記のように積極的にジャズ・ミュージシャンをレコーディングに加えることによって、なにかしらの新しいサウンドをクリエイトしようとしていることだ。それだけではない。CD化に際して日の目を見たトラック「スリー・ステップ・ダンス」と「ジャム」においては、<strong>マイルス・デイヴィス</strong>の『<em>ビッチェズ・ブリュー</em>』(1970年)を彷彿させる大胆なエレクトリック・ジャズが展開されていて、はじめて聴いたときはぼくも驚きを禁じ得なかった。しかもその意欲的な取り組みには、本家よりもずっとピュアなものが感じられた。いずれにしても、<strong>フル・ムーン</strong>というバンドは、いまも昔も稀有な存在である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　残念ながら、このバンドはアルバム１枚を残して一朝一夕で消滅した。原因の一端はフェイトンの薬物中毒にあると云われているが、実際その後の彼はリハビリテーションのために1970年代の後半まで、そのキャリアを棒に振ることとなった。その間ラーセンは、<strong>ソウル・サヴァイヴァーズ</strong>や<strong>ザ・グレッグ・オールマン・バンド</strong>のメンバーとなり、キーボーディスト兼ソングライターとして活躍する。特にアルバム『<em>ソウル・サヴァイヴァーズ</em>』(1974年)では、半分以上の楽曲のコンポジションをラーセンが手がけているのだけれど、そのサウンドにはすでに<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>の色合いが観られる。さらに彼は伝説のプロデューサー、<strong>トミー・リピューマ</strong>のお眼鏡に適い、２枚のリーダー作『<em>ジャングル・フィーヴァー</em>』(1978年)『<em>ハイ・ギア</em>』(1979年)を吹き込むことになる。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-7337 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/06/larsenfeiten3.png" alt="都会の夜景　空には大きな満月" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/06/larsenfeiten3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2025/06/larsenfeiten3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ラーセンの２枚のリーダー作は、もともとA&amp;Mレコードのジャズやファンク部門のサブレーベルだったホライズン・レコードからリリースされたのだが、リピューマがプロデューサーを務めるようになってからは、そのラインナップはジャンルの垣根を超えたシティ・ミュージックといった様相を呈するようになる。ラーセンのアルバムは、全編にわたりインストゥルメンタル・ナンバーで構成されているが、同時代のキーボーディストの作品のなかでもひときわ異彩を放っている。ハモンド・オルガンをメインに据えたサウンドといい、シンプルなコード・プログレッションとメロディアスなインプロヴィゼーションといい、ラーセンならではだ。そのユニークさは、フュージョン・シーンにも大きな影響を与えた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　しかもラーセンの２枚のリーダー作には、社会復帰を遂げたフェイトンが参加している。彼のブルージーなギターは、メロディック・ラインをラーセンのハモンドとユニゾンで演奏したり、アドリブ・パートではレイドバックとラグに溢れたフレーズで鳴きまくったりしている。そこにあるサウンドには、もはやヴォーカル抜きの<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>といった風情さえある。その後1980年、ホライズン・レコードの閉鎖にともない、リピューマは1974年から籍を置いていたワーナー・ブラザースへ復帰。そして彼のプロデュースのもと、ラーセンとフェイトンはついにアルバム『<em>ラーセン＝フェイトン・バンド</em>』を完成させたのである。シングルカットされた「今夜はきまぐれ」は、ビルボード・ホット 100において29位を記録した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このころはラーセン＝フェイトンとって、紛れもなく隆盛を極めたとき。今回リリースされた『<em>ライヴ・イン・ニューヨーク 1980</em>』において、彼らのライヴ・パフォーマンスは最高潮に達している。高校時代にラーセン＝フェイトンの生演奏を体験したぼくも、久々に気持ちを昂ぶらせてしまった。ということで最後に、このアルバムに収録されている11曲について簡単にメモしておく。ラーセンの「サドゥン・サンバ」は『<em>ジャングル・フィーヴァー</em>』からの曲。ライヴでは必ずプレイされる、煌びやかなカルナヴァル風のナンバー。ラーセン、フェイトンのアドリブは、初っ端から過熱する。フェイトンの「彼女はフリー」は『<em>ラーセン＝フェイトン・バンド</em>』から。フェイトンのヴォーカルがフィーチュアされた、ポップなディスコ・ナンバーだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ラーセンの「ミッドナイト・パス」は『<em>フル・ムーン</em>』からの曲。ボサノヴァ風の軽快なリズムに乗って、ラーセンからフェイトンへとソロがつながれていくが、テーマのあとラーセンの別の曲「ディス・タイム・トゥモロウ」に変わるのが面白い。ラーセンの「プロムナード」は『<em>ジャングル・フィーヴァー</em>』から。ヤマハのエレクトリック・グランドがひたすら哀感が漂うフレーズを繰り出していく。ラーセンの「メイク・イット」は『<em>ラーセン＝フェイトン・バンド</em>』から。ラーセンのヴォーカルがフィーチュアされるが、シンプルなメロディック・ラインとリズムがいくぶんラテン調になるところが彼らしい。そしてここで「今夜はきまぐれ」がプレイされる。バウンシーなリズムとフェイトンのブルージーなヴォーカルがキャッチー。まさに、名曲だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ラーセンの「ジャングル・フィーヴァー」はダイナミックなフュージョン・ナンバー。ロック・フィーリングが炸裂するギター・ソロが最高だ。フェイトンのヴォーカル曲「モーニング・スター」と「デインジャー・ゾーン」はともに『<em>ラーセン＝フェイトン・バンド</em>』からの曲。前者は寄る辺なさが味わい深いロック・バラード、後者はブルース・フィーリングが全開するロックンロール。ラーセンの「ハイ・ギア」は同名アルバムからの選曲。テーマのあとのスピーディでトロピカルなリズム展開が、なんとも心地いい。そして、満場の盛大な拍手に応えアンコール曲「メッセージ・フロム・ビヨンド」が演奏される。ドラムスとパーカッションとによる長めの対話のあとテーマに入り、ハモンドとギターのソロがアーバンな空気をホットにさせていく。クレジットではフェイトンの曲となっているが、実際はラーセンの曲ではないだろうか。いずれにしてもそのテクスチュアは、<strong>フル・ムーン</strong>のそれに直結するものである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="text-align: center;"><span style="color: #34485e;">(引きつづき<strong>ニール・ラーセン・フィーチュアリング・バジー・フェイトン</strong>の『<em>ライヴ・イン・トーキョー 1990</em>』について、下の記事をお読みいただければ幸いです)</span></p>
<div class="blogcard-type bct-related">

<a href="https://kimama-music.com/neil-larsen-featuring-buzz-feiten-live-in-tokyo/" title="Neil Larsen Featuring Buzz Feiten / Live In Tokyo (2025年)" class="blogcard-wrap internal-blogcard-wrap a-wrap cf"><div class="blogcard internal-blogcard ib-left cf"><div class="blogcard-label internal-blogcard-label"><span class="fa"></span></div><figure class="blogcard-thumbnail internal-blogcard-thumbnail"><img loading="lazy" decoding="async" width="160" height="90" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2022/12/piano-160x90.png" class="blogcard-thumb-image internal-blogcard-thumb-image wp-post-image" alt="" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2022/12/piano-160x90.png 160w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2022/12/piano-120x68.png 120w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2022/12/piano-320x180.png 320w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2022/12/piano-376x212.png 376w" sizes="(max-width: 160px) 100vw, 160px" /></figure><div class="blogcard-content internal-blogcard-content"><div class="blogcard-title internal-blogcard-title">Neil Larsen Featuring Buzz Feiten / Live In Tokyo (2025年)</div><div class="blogcard-snippet internal-blogcard-snippet">ラーセン＝フェイトン・バンドの活動休止から８年後の来日公演が収録されたニール・ラーセン・フィーチュアリング・バジー・フェイトンの『ライヴ・イン・トーキョー 1990』──1990年の東京にラーセンが残した熱い生演奏、そして置き土産など、しばしその思い出に耽る。</div></div><div class="blogcard-footer internal-blogcard-footer cf"><div class="blogcard-site internal-blogcard-site"><div class="blogcard-favicon internal-blogcard-favicon"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.google.com/s2/favicons?domain=https://kimama-music.com" alt="" class="blogcard-favicon-image internal-blogcard-favicon-image" width="16" height="16" /></div><div class="blogcard-domain internal-blogcard-domain">kimama-music.com</div></div></div></div></a>
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<p>&nbsp;</p>
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<p>最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>Full Moon / Full Moon Featuring Neil Larsen &#038; Buzz Feiten (1982年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 14 Feb 2023 10:44:44 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Fusion]]></category>
		<category><![CDATA[Buzz Feiten]]></category>
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		<category><![CDATA[Larsen-Feiten Band]]></category>
		<category><![CDATA[Neil Larsen]]></category>
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					<description><![CDATA[胸が熱くなるワン・アンド・オンリーのコラボレーション 目次 胸が熱くなるワン・アンド・オンリーのコラボレーションフュージョンはジャズの一部ではない──ジャズのないものもある同時代のキーボーディストのなかでも、ひときわ異彩 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">胸が熱くなるワン・アンド・オンリーのコラボレーション</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">rec</span><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">ommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content"> <img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" />
<p><em>Album : Full Moon / Full Moon Featuring Neil Larsen &amp; Buzz Feiten (1982)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : The Visitor</em></p>


</div>
</div>


  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-6" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-6">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">胸が熱くなるワン・アンド・オンリーのコラボレーション</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">フュージョンはジャズの一部ではない──ジャズのないものもある</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">同時代のキーボーディストのなかでも、ひときわ異彩を放っている</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">いつかラーセン=フェイトンのようなバンドを作ろう！</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">フュージョンはジャズの一部ではない──ジャズのないものもある</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　フュージョンといえば、一般的に(CDショップやラジオ・ステーションなどで)、ジャズをスタイルごとに細分化したときの、分類項目のひとつとして扱われている。確かにそう呼ばれる音楽には、ジャズから派生したものがたくさん存在する。しかしながら、ぼくは、フュージョンは決してジャズの一部ではないと考えている。このブログのカテゴリーで、敢えてジャズとフュージョンをわけているのは、実はそういう観点からなのだ。もとはといえば、このジャンル名は──「フュージョン」=「融合」であり、フュージョン以前の呼称「クロスオーヴァー」=「交差」というところから、様々な要素が混合した新たな形態ということを意味するものだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということは、フュージョンと呼ばれる音楽のなかに、必ずしもジャズの要素が入っていなくてもいいのではないだろうか？ぼくは、単純にそう捉えている。カテゴリーとは飽くまで便宜上、要されるものであって、音楽性をしばるものであってはいけないと、ぼくは思う。よく<strong>マイルス・デイヴィス</strong>が1960年代後半に演っていたエレクトリック・ジャズが、フュージョンの原点と云われるけれど、正直なところ、ぼくはその見解にあまり賛同することができない。電気楽器が導入されればフュージョンなのかというと、そういうものではないと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　逆に──もとトランペッターでビッグ・バンドのアレンジャーとして、1950年代の中頃から1960年代後半まで大活躍した、<strong>クインシー・ジョーンズ</strong>──彼が1970年代からA＆Mレコードでリリースした数々のヒット作は、当時クロスオーヴァー/フュージョンにカテゴライズされていたけれど、徐々に進化するそのサウンドは、1980年代に入るころには、ジャズとはほとんど関係のないものになっていた。それでいい。音楽に垣根は必要ないのだから──。それに、どちらかというとジャンルにとらわれることなく音楽を楽しむものからすると、脱カテゴリー・ミュージックみたいなものは、大歓迎である。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone  wp-image-1044 aligncenter" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagikey-500x500.png" alt="" width="300" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagikey-500x500.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagikey-300x300.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagikey-768x768.png 768w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagikey-800x800.png 800w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagikey-1536x1536.png 1536w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagikey-2048x2048.png 2048w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagikey-100x100.png 100w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagikey-150x150.png 150w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>　なぜクドクドとこのようなことを述べるのかというと、今回ご紹介するアーティストが、フュージョン・プレイヤーと目されながらも、ジャズとはひと味もふた味も違う音楽性をもった人物だから──。そのひととは、ロックンロールの殿堂入りを果たしたシンガーソングライター、<strong>レナード・コーエン</strong>をして「ハモンド B-3のもっとも優れた演奏者」と云わしめた、<strong>ニール・ラーセン</strong>である。ちなみにニールは、2008年から2013年までコーエンのレコーディングやコンサート・ツアーをサポートした──。それでは、当時類型化しはじめていたフュージョン・サウンドとは一線を画す、時代を経ても色褪せることのない個性的な音世界を、気軽に楽しもう！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで──フュージョン・ミュージックにカテゴライズされながら、それこそフュージョン全盛期の作品とは趣きを異にする、<strong>ニール・ラーセン</strong>のグループ名義のアルバム『<em>フル・ムーン</em>』(1982年)について──。ぼくがニールの名前をはじめて知ったのは、彼のファースト・ソロ・アルバム『<em>ジャングル・フィーヴァー</em>』(1978年)が発売されたときのこと。個人的には、このレコード──<strong>ロジャー・ニコルス</strong>や<strong>ニック・デカロ</strong>のヴォーカル作品ですでにその名に馴染んでいた、<strong>トミー・リピューマ</strong>がプロデューサーを務める、新生ホライズン・レコードからのリリースと知って、興味をもった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">同時代のキーボーディストのなかでも、ひときわ異彩を放っている</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それまで、A&amp;Mレコードのジャズやファンク部門のサブレーベルだったホライズン・レコードには、はっきり云って、ぼくはまったく関心を寄せていなかった。ところが、当時ワーナー・ブラザースにおいて、スタッフをはじめ<strong>ジョージ・ベンソン</strong>や<strong>マイケル・フランクス</strong>などの名作を世に送り出したばかりのリピューマのことだから、ホライズンでもきっと何か面白いことをやるだろうと、勝手に推しはかったというわけ──。思い返せば、そのころの自分はとんでもないマセガキだったと思うけれど、それだけ音楽に敏感だったということなのだろう──ぼくの勘はあたった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　新生ホライズンのアーティストといえば、<strong>マーク=アーモンド</strong>、<strong>ドクター・ジョン</strong>、<strong>デヴィッド・グリスマン</strong>、<strong>リチャード・エヴァンス</strong>、<strong>ゴードン・マイケルズ</strong>、<strong>ブレンダ・ラッセル</strong>、<strong>ベン・シドラン</strong>、<strong>シーウィンド</strong>など、どちらかといえばロック系のアーティストが多い。ところが、それらの作品のレコーディング・メンバーのクレジットをチェックしてみると、クロスオーヴァー/フュージョン系の(それも有名な)ミュージシャンたちの名前が大多数を占めていたりする。当然のことながら、出来したサウンドもロックにしては洗練された感じだし、フュージョンにしてはややポップだ。それでいて、主役の音楽性が大きく変わったりすることもないのだから、さすがリピューマだ！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ニール・ラーセン</strong>の場合もご多分にもれず、同時代のフュージョン系キーボーディストの作品のなかでも、ひときわ異彩を放っている。たとえば、彼の楽曲には、ジャズ特有の複雑なコード・ワークがほとんど観られない。そこから発生する即興演奏においても、当然のごとく激しくスケール・アウトすることはないし、テンション・ノートでさえあまり使われていない。それでいて、ペンタトニックやブルースの音階を上手く用いて、哀愁の漂うフレーズをよく歌わせているのだ。つまり、彼の音楽のルーツは(聴いてはいただろうが)ジャズではなくて、ロックやリズム・アンド・ブルースなのではないだろうか？</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class=" wp-image-1045 aligncenter" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagieg-500x375.png" alt="" width="400" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagieg-500x375.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagieg-300x225.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagieg-768x576.png 768w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagieg-800x600.png 800w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagieg-1536x1152.png 1536w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/usagieg.png 1800w" sizes="(max-width: 400px) 100vw, 400px" /></p>
<p>　そしてニールの独特なサウンドが生み出されるもうひとつの要因といえば、やはりコーエンが指摘していたように、ハモンド・オルガンとレスリー・スピーカーの使用である。彼はアコースティック・ピアノやフェンダー・ローズも弾くけれど、メインの鍵盤楽器としては、逡巡することなくハモンドを好んで使うのだ。1970年代後半といえば、モーグ・シンセサイザーが急速に発展していた時期ということもあり、ジャズやフュージョンにおいて、ハモンドが楽曲の根幹に据えられることはおろか、隠し味としてさえ使用されることもレアなケースとなっていた。そのことをニールは故意に逆手にとったわけではないだろうが、結果的にはそれが彼の個性となった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらに、ニールの楽曲のユニークなサウンドが生成されるとき、なくてはならない重要な構成要素がまだある。彼の僚友、<strong>バジー・フェイトン</strong>のギターだ。メロディ・ラインをニールのハモンドとユニゾンで演奏したり、アドリブ・パートではレイドバックとラグに溢れたフレーズで鳴きまくったり──とにかく、ニールの無駄を削ぎ落としたような音楽性と相性がとてもいい(バジーはニールの四枚のソロ作に参加)。そしてそのプレイから、バジーもまたロックンロールやリズム・アンド・ブルースのひとと、すぐにわかるのだ。そのことは、<strong>ポール・バターフィールド・ブルース・バンド</strong>や<strong>ラスカルズ</strong>のメンバーだったという、彼の過去の経歴からも明らかだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">いつかラーセン=フェイトンのようなバンドを作ろう！</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　1980年、ホライズン・レコードの閉鎖にともない、リピューマはワーナー・ブラザースへ復帰。彼のプロデュースのもと、ニールはバジーとともに『<em>ラーセン＝フェイトン・バンド</em>』をリリース。おりしも、<strong>クルセイダーズ</strong>、<strong>リー・リトナー</strong>、<strong>ジョージ・ベンソン</strong>、<strong>グローヴァー・ワシントンJr.</strong>などの人気フュージョン系のアーティストたちがこぞってヴォーカル・ナンバーをフィーチュアしてAORに急接近していた──ということもあってか、バジーはもちろんニールまで歌唱を披露。シングルカットされた「今夜はきまぐれ」はスマッシュ・ヒットとなった。このあたり──モノクロームのニールとバジーの顔が大写しになったジャケットも含めて、リピューマのプロデュース能力に並々ならぬものが感じられる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そして、２年後──<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>はセカンド・アルバム『<em>フル・ムーン</em>』をリリース。バンドのメンバーは、前作同様、ニールとバジー、それに<strong>アート・ロドリゲス</strong>(ds)と<strong>レニー・カストロ</strong>(perc)の四人。ベーシストは正規のメンバーが不在で、<strong>ドゥービー・ブラザーズ</strong>の<strong>ウィリー・ウィークス</strong>と<strong>イエロージャケッツ</strong>の<strong>ジミー・ハスリップ</strong>が、サポーターとして参加。ライヴのほうでは、1990年代後半、スムース・ジャズ系のグループ、<strong>アバーヴ・ザ・クラウズ</strong>のメンバーでプロデュースも務めた、<strong>ヴァーノン・ポーター</strong>がベースを弾いていたので、あるいは彼が正式なメンバーだったのかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　本作の楽曲は、ニールのインストゥルメンタル(今回は歌っていない)、バジーのヴォーカル・チューン──それぞれ四曲ずつ計八曲となっている。まずバジーの曲──バウンスするグルーヴが気持ちいい、ちょっとスモーキーな「ファントム・オブ・ザ・フットライツ」チルアウトした雰囲気の「トワイライト・ムーン」ストレートなロックンロール「ブラウン・アイズ」レゲエ風の「スタンディング・イン・ライン」と、曲調がヴァラエティに富んでいる。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class=" wp-image-1049 aligncenter" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/fullmoon-500x286.jpg" alt="" width="524" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/fullmoon-500x286.jpg 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/fullmoon-800x457.jpg 800w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/fullmoon-300x172.jpg 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/fullmoon-768x439.jpg 768w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/fullmoon-1536x878.jpg 1536w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/fullmoon-120x68.jpg 120w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2024/05/fullmoon.jpg 1800w" sizes="(max-width: 524px) 100vw, 524px" /></p>
<p>　ニールのほうは──ヤマハ・エレクトリック・グランドによる和音の八分きざみとドラムスのリムショットの四分きざみが印象的な「シエラ」シンコペーテッドでちょっとクセのある「ヒーローズ・ウェルカム」レニーのパーカッションも活躍するサンバ「リトル・カウボーイ」<strong>デヴィッド・サンボーン</strong>(as)をゲストに迎えた「訪問者」(1981年にモントルーで行われたライヴでは<strong>ロベン・フォード</strong>のギター・ソロが素晴らしかった──2021年発売の『<em>カジノ・ライツ・ツインズ</em>』に収録)と、バジーの曲にも同じことが云えるのだけれど、前作よりも微妙に大衆路線から外れていて、トータルするとバンドのコンセプトがより強化されたように感じられる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ニールのハモンドとバジーのギターによるコンビネーションのよさは健在なのだけれど、本作では、間違いなくワンランク上のサウンドが目指されている。そのことは(日本盤では混乱を避けるため<strong>ラーセン＝フェイトン・バンド</strong>と表記されているが)、バンド名が<strong>フル・ムーン</strong>に変わったことが、端的に示しているのではないだろうか？<strong>フル・ムーン</strong>といえば、1972年にアルバムを一枚だけ残して消滅したブルー・アイド・ソウルの隠れた名グループで、ラーセン＝フェイトンの原点でもある。バンド名の変更は、売れ線を意識せず、ときには先鋭的になったとしても、自分たちの好きな音楽を演ろう──そんなふたりの意志を象徴するものなのかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　すっかり長くなってしまったが、そのついでに蛇足ながら個人的なエピソードを──。本作が発売された年──高校生だったぼくは(年齢がバレるね)、シンガーである<strong>菊池真美</strong>さんの『<em>縞馬に乗ったセクレタリー</em>』(1982年)というレコードを聴いて、すっかりラーセン＝フェイトンに魅了された、軽音楽部でギターを弾いていたMくんと、そのころ新宿五丁目にあった東京厚生年金会館にフル・ムーンの来日公演を観にいった(ちなみにMくんの彼女もギターの弾き語りをしていて菊池さんに師事していた)。その帰路、興奮冷めやらぬMくんとぼくは「いつかラーセン=フェイトンのようなバンドを作ろう！」と、夜空に浮かぶ月に向かって誓い合った(実現しなかったけれど──)。青かったねぇ。そんなわけで、このワン・アンド・オンリーのコラボレーションを聴くと、ぼくはいまでも胸が熱くなるのである。</p>
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<p>最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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