<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>気ままに音楽生活</title>
	<atom:link href="https://kimama-music.com/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://kimama-music.com</link>
	<description>いささか気ままに──ではありますが　素敵な音楽をご紹介してまいりますので　どうぞよろしくお願いいたします</description>
	<lastBuildDate>Sun, 12 Apr 2026 21:46:08 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=6.9.4</generator>

<image>
	<url>https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2022/12/cropped-kiico-32x32.png</url>
	<title>気ままに音楽生活</title>
	<link>https://kimama-music.com</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
	<item>
		<title>Henry Mancini / Mancini Plays The Theme From Love Story (1970年)</title>
		<link>https://kimama-music.com/henry-mancini-mancini-plays-the-theme-from-love-story/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=henry-mancini-mancini-plays-the-theme-from-love-story</link>
					<comments>https://kimama-music.com/henry-mancini-mancini-plays-the-theme-from-love-story/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 12 Apr 2026 07:49:52 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Soundtrack]]></category>
		<category><![CDATA[Henry Mancini]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://kimama-music.com/?p=8994</guid>

					<description><![CDATA[ヘンリー・マンシーニのもっともマンシーニらしくもっともイージー・リスニングなリーダー・アルバム『ある愛の詩/マンシー二 最新スクリーン・ヒット曲集』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">ヘンリー・マンシーニのもっともマンシーニらしくもっともイージー・リスニングなリーダー・アルバム『ある愛の詩/マンシー二 最新スクリーン・ヒット曲集』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p><img decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Henry Mancini / Mancini Plays The Theme From Love Story (1970)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Whistling Away The Dark</em></p>
</div>
</div>
<h3><span id="toc2">マンシーニの音楽を端的に云い表すとオシャレのひとことに尽きる</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　何度となく云ってきたけれど、<strong>ヘンリー・マンシーニ</strong>はある意味で映画少年だったころのぼくにとって、もっとも影響力のあったアメリカの作曲家と云える。というのも、彼が1960年代に<strong>オードリー・ヘプバーン</strong>主演の映画作品をいくつか手がけたからだ。ぼくは小学校高学年のころから池袋の有名な名画座、文芸坐(現在の<a rel="noopener" target="_blank" href="https://www.shin-bungeiza.com">新文芸坐</a>)に頻繁に足を運んでいたが、すぐに映画館のスクリーンに映るヘプバーンのチャーミングな魅力にこころを奪われた。この文芸坐ではヘプバーンの特集が組まれたこともあり、そのとき劇場ではオリジナルのパンフレットまで販売されていて、ぼくも映画を鑑賞したあとに購入したもの。たぶん、ぼくはヘプバーンの出演作品をほとんど観ていると思うけれど、アカデミー主演女優賞を獲得した名作『ローマの休日』(1953年)のときよりも、どちらかというと30代のころの彼女が好きだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　云うまでもないが、マンシーニは1960年代に『ティファニーで朝食を』(1961年)『シャレード』(1963年)などをはじめとする、ヘプバーン主演作品で注目を浴びた。特に『ティファニーで朝食を』ではヘプバーンが劇中で歌った「ムーン・リヴァー」が、スタンダードとなった。また同作の監督である<strong>ブレイク・エドワーズ</strong>のほとんどの作品の音楽を、マンシーニが手がけている。そして上記の２作品に加え、マンシーニが多忙を極めていたため弟子にあたる<strong>ジョン・ウィリアムズ</strong>が代わりにアンダースコアを手がけた『おしゃれ泥棒』(1966年)、そしてマンシーニ自身が音楽を担当した『いつも2人で』(1967年)と『暗くなるまで待って』(1967年)は、ぼくの好きなヘプバーン主演作品。まさにヘプバーン、32歳から38歳までの作品である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　当時すでにクラシック・ピアノのレッスンを受けていたぼくは、それと並行してポピュラー・ピアノも弾くようになっていた。最初に弾いたポピュラー・ソングは、忘れもしない「サウンド・オブ・ミュージック」──1965年の映画音楽だ。いま思い返すと、<strong>リチャード・ロジャース</strong>という作曲家の名前を知ったのはこのときのことで、ジャズを聴いたり演ったりするまえの出来事だったわけだ。まあそれはともかく、この曲を弾いたことからぼくは、映画作品のほうにも興味をそそられたのだった。とすると、ぼくが映画少年になったキッカケはこの曲ということになる。いずれにしても、そのころからぼくは隔週土曜日、４時限授業を終えて下校すると必ずと云っていいほど文芸坐に赴き、なにがしかの映画を鑑賞するようになったのである。</p>
<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9009 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/cinemarecords1.png" alt="映画撮影のカチンコ(緑色)と映画館の座席で泣いているウサギ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/cinemarecords1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/cinemarecords1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　のべつ幕なしに、しかも手当たり次第に映画を観ているうちに今度は逆に、ぼくは映画音楽の虜になる。あげくの果てには分をわきまえず、将来は映画音楽の作曲家になると決心したほど(ならなかったけれど)。当初よく聴いていた映画音楽の作曲家といえば、<strong>ジョルジュ・ドルリュー</strong>、<strong>フランシス・レイ</strong>、<strong>ミシェル・ルグラン</strong>、<strong>エンニオ・モリコーネ</strong>、<strong>アルマンド・トロヴァヨーリ</strong>など。ヨーロッパの作曲家ばかりだが、たまたま観ていた作品が欧州映画に集中していたからだろう。しかもレイとルグランは1960年代から1970年代にかけて、日本でも高い人気を誇っていた。たとえば、このころポピュラー音楽のジャンルとして耳目を集めていたイージー・リスニング(当時は一般的にムード音楽と呼ばれていた)において、彼らの楽曲は積極的に採り上げられていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　あのころを振り返ると、<strong>ポール・モーリア・グランド・オーケストラ</strong>や<strong>レイモン・ルフェーヴル・グランド・オーケストラ</strong>のレコードが、どこの家庭でも必ずといっていいほど所持されているような時代だった。モーリアなどは、日本産高級ワイン、シャトー・メルシャンのテレビCMのために「そよ風のメヌエット」(1977年)という曲を作曲し、自らCMに出演しチェンバロを弾いていた。ジャズを愛好するものがこんなことを云うと失笑を買うかもしれないが、だれがなんと云おうと、ぼくは可憐で軽快なあの曲が好きだ。いかにもフランス人らしいエスプリの効いたエレガントかつリズミカルなアレンジは、とにかくモダンでスタイリッシュに感じられた。むろんレイやルグランの楽曲も原曲のメロディが活かされつつ、華麗な味つけがなされていたもの。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そういうことも影響して、レイとルグランの楽曲は映画音楽としては、当時の日本においてもっとも親しまれている部類だったのである。楽譜においてもポピュラー・ピアノの曲集には、必ずと云っていいほどふたりの曲が収録されていた。そういう時代の趨勢のなかで、ぼくが聴くにしても演るにしても、いち早く親しんだのはやはりヨーロッパの映画音楽だった。ところが前述のように、ヘプバーンの出演作品を観るうちに、自然とマンシーニの音楽に導かれていった。むろん彼の曲も、ポピュラー・ピアノの曲集では頻繁に採り上げられていた。マンシーニの音楽を端的に云い表すと、それこそ『おしゃれ泥棒』ではないけれど、オシャレのひとことに尽きる。しかもどちらかというとサッパリとした、あるいは音の芯がハッキリした音楽と受けとられる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　レイやルグランの音楽は大好きなのだけれど、いささか湿っぽいというか、メランコリックというか、概ねどこか空間的な余韻のようなものを感じさせる。云うまでもなくその点が魅力となっているのだが、マンシーニ・サウンドが与えるようなストレートでポジティヴな印象は希薄で、敢えて云うならいささかウエットである。それがわるいわけではないし、感傷的な気分に浸るには極上の音楽と云える。マンシーニの曲にも悲愴感が横溢するクラシカルで重厚なイメージをもった作品があるにはあるが、総じて彼の音楽は優美でさわやかな雰囲気を醸成する。ときにそれは、思い切りリズミカルでポップ、あるいはキャッチーでアクセシブルだったりする。その得も云われぬ軽やかさが、そのおオシャレな印象につながっていると、ぼくは思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなスタイリストのマンシーニのオリジナルにも、珍しく哀切きわまりない曲がある。<strong>ヴィットリオ・デ・シーカ</strong>監督による映画『ひまわり』(1970年)のテーマ曲である。不適切な云いかたになるかもしれないけれど、その旋律はストレートにお涙ちょうだいの音楽に類するものだ。たとえばレイの『ある愛の詩』(1970年)や、ルグランの『シェルブールの雨傘』(1964年)などのテーマ曲も、同じ類いの音楽と云える。まあ映画自体が悲恋の物語を扱った作品だから、作曲家が観客を泣かせにかかるのは当然のこと。実際どちらの曲も、涙を誘うどころか胸が締めつけられるような悲哀感さえ横溢する。そして「ひまわり 愛のテーマ」もまた、思い切り泣ける曲だ。とはいっても実のところ、ぼくはそういう直情的な音楽がちょっと苦手だったりする。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">即興演奏よりもアンサンブルが主軸に据えられたスウィンギーなサウンド</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この「ひまわり 愛のテーマ」は、戦争によって引き裂かれた男女の悲哀が直線的に表現されている。ところがどっこい、ぼくはこの曲が狂おしいほど好きなのだ。その理由を敢えて説明すると、一聴、この曲は通俗的かつ情緒的にも響くのだけれど、実はマンシーニらしく現代的で新しい感覚もしっかり鏤められているのだ。実際にピアノで演奏してみるとよくわかるのだけれど、たとえばテーマのトップ・ノート(メロディ)がコードに対して、３小節の３拍目がフラットファイヴ(♭5)に、６小節のアタマがテンション・ノート(♭9)になっていたりする。これらの音が入ることによって、曲がとてもモダンに聴こえるのだ。マンシーニのセンスのよさも然ることながら、大して演奏技術もない小学生のぼくがピアノで弾いても、なんとなく瀟洒に響くという構造がスゴい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　実を云うと、ぼくがもっとも影響を受けたアメリカの映画音楽の作曲家というと、<strong>デイヴ・グルーシン</strong>を真っ先に挙げる。ただ、もともとジャズ・ピアニストだった彼が、映画音楽の作曲家として脚光を浴びるのはマンシーニよりもあとのこと。グルーシンは1960年代の後半からフィルムスコアを手がけていたけれど、ぼくが彼の映画音楽に注目するようになったのも『コンドル』(1975年)からだった。ということで、ぼくがポピュラー・ピアノを弾きはじめたころもっとも多く聴いていたアメリカの映画音楽は、マンシーニの作品ということになる。ちなみにグルーシンは、もともとマンシーニをリスペクトする作曲家であり、名匠<strong>トミー・リピューマ</strong>のプロデュースのもと『<em>酒とバラの日々～ヘンリー・マンシーニに捧ぐ</em>』(1997年)という素晴らしいアルバムを吹き込んだりしている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ただしよりモダンでソフィスティケーテッドなグルーシン・サウンドと比較しても、マンシーニの音楽のほうが格段にオシャレだ。オシャレであるが故に、彼の音楽はエレベーター・ミュージックと呼ばれることもある。欧米ではエレベーターのなかで音楽が流されるのは、一般的なこと。そこでかかるような音楽だから、エレベーター・ミュージック。つまりそれは、ショップ、レストラン、ホテル、あるいは病院などで流されるBGMの呼称である、ミューザックとおなじようなニュアンスで使われるコトバである。そしてその云いかたは、BGMにしかなり得ない平凡で無個性な音楽というスラングでもあるのだが、ぼくはその観かたには、まったく賛同しかねる。むしろ一聴でそれとわかるようなマンシーニの音楽を、個性的とさえ云いたいくらいだ。</p>
<p><img decoding="async" class="aligncenter wp-image-9010 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/cinemarecords2.png" alt="映画撮影のカチンコ(紫色)と映画館の座席で泣いているウサギ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/cinemarecords2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/cinemarecords2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　そんなマンシーニは1924年４月16日、アメリカ、オハイオ州クリーブランドに生まれ、ペンシルベニア州で育った。フルート奏者だった父親の影響で、８歳のときからフルートとピッコロを吹いていた。12歳になるとピアノとオーケストレーションを学びはじめる。ハイスクールを卒業したあとには、一度はピッツバーグのカーネギー工科大学(現在のカーネギー・メロン大学)に入学したが、間もなく名門ジュリアード音楽院のオーディションに合格し転校。その際、尊敬する<strong>ベニー・グッドマン</strong>の勧めでニューヨークへ移住、同音楽院で本格的に音楽理論を究めた。彼は第二次世界大戦中、アメリカ陸軍航空隊に入隊し空軍音楽隊での演奏経験をもつ。それが縁で<strong>グレン・ミラー楽団</strong>にピアニスト兼アレンジャーとして採用された。ミラーもまた、陸軍航空隊のひとだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　マンシーニがミラーの楽団に在籍したことは、のちの彼のサウンドに大きな影響を与えたと思われる。親しみやすいエレガントでロマンティックなメロディック・ラインと、ダンス・ミュージックとしても重宝されるような、即興演奏よりもアンサンブルが主軸に据えられたスウィンギーなサウンドは、ミラーの楽曲と共通する。ただこれはぼくの個人的な感想だけれど、マンシーニの音楽にはジャズのエッセンスが溢れているものの、情熱的なジャズ・スピリッツのようなものは感じられない。アクの強さなど毛ほどもないのだ。それは彼がイタリア系アメリカ人であることが関係しているのかもしれない。つまりそのサウンドは、あたかもジャズを異国の音楽として俯瞰しているかのように聴こえる。そのちょうどいい塩梅にジャジーなところが、オシャレに響くのではなかろうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　その後マンシーニは1952年、ユニバーサル・ピクチャーズに入社する。当時同社の音楽部門の責任者を務めていた、指揮者で音楽監督の<strong>ジョセフ・ガーシェンソン</strong>のアシスタントとして働くようになる。初期のキャリアを観ると、マンシーニはカルト的人気を誇るSFホラー映画『大アマゾンの半魚人』(1954年)や、お笑いコンビの<strong>アボットとコステロ</strong>の本邦未公開コメディ映画『凸凹キーストン・コップスに会う』(1955年)などのアンダースコアを手がけていたりする。彼が頭角を現したのは、アレンジャーを担当した<strong>ジェームズ・ステュアート</strong>主演の『グレン・ミラー物語』(1954年)や、全面的に音楽を手がけた<strong>オーソン・ウェルズ</strong>監督によるフィルム・ノワール『黒い罠』(1958年)あたり。忘れることができないのは、1958年から1961年までNBCとABCで放映されたテレビシリーズ『ピーター・ガン』のテーマ曲だろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このシリーズ、僚友である<strong>ブレイク・エドワーズ</strong>が原案と脚本を手がけたアクション・ミステリー。当時のテレビドラマの劇伴といえばクラシカルなサウンドが定番だったが、マンシーニのスコアはモダン・ジャズのエッセンスがふんだんに採り入れられたものだった。特にロッキッシュなリズムとビッグ・バンド・スタイルのブラス・サウンドが際立ったあのテーマ曲は、ひとたび聴いたら忘れられない名曲だ。グルーシンも前述の『<em>酒とバラの日々～ヘンリー・マンシーニに捧ぐ</em>』において、アルバム・オープナーとしている。マンシーニは1958年の８月から９月にかけて、ハリウッドにおいて音盤用のレコーディングを行ったが、ロサンゼルスを拠点に活躍するジャズ・プレイヤーを採用。門弟の<strong>ジョン・ウィリアムズ</strong>も、ピアニストとして参加している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ウィリアムズはレコーディングにおけるピアノのアドリブ・パートを担当しているのだが、テーマ曲のあの特徴的なバッソ・オスティナートでギターとユニゾンしているのもまた彼である。音源はアルバム『<em>ミュージック・フロム・ピーター・ガン</em>』(1959年)として、RCAビクターからリリースされた。このレコードはぼくも大好きな１枚で、特にモダンなウォーキング・ナンバー「ナイト・クラブの事件」ハートウォーミングなバラード「ドリームスヴィル」といった曲からは、大きな影響を受けた。この２曲を聴くだけでも、マンシーニ・サウンドがいかにオシャレかが、おわかりいただけると思う。なおこのアルバムは、第１回グラミー賞において年間最優秀アルバム賞を獲得。間もなく『<em>モア・ミュージック・フロム・ピーター・ガン</em>』(1959年)も発売された。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">映像作品のスコア盤、サントラ盤以外のリーダー・アルバム</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　以降マンシーニは1994年6月14日、膵臓および肝臓癌のためビバリーヒルズの自宅にて、70歳でこの世を去る寸前まで、映像作品にスコアを提供しつづけた。ぼくも実際に数えたことはないが、生涯で彼が手がけた作品は100本以上に上ると云われている。映画の音盤もたくさん存在するが、アルバムには“MUSIC FROM……”と表記されていることが多い。つまり、それらは厳密にはサントラ盤ではないのである。これはマンシーニ・マナーとして広く知られていることだが、マンシーニは音盤にフィルム用に録音された音源をそのまま使わずに、わざわざ新たにスタジオ・レコーディングを行い、鑑賞用音楽と同等のレベルのトラックを仕込むことが多かった。そういう仕様だから、彼の映画音楽のレコードは、映画から離れても良質のイージー・リスニング作品として楽しむことができるものばかりだったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　またマンシーニは、映像作品のオリジナル・スコア盤ないし純然たるサントラ盤以外にも、自己のリーダー作を数多く吹き込んでいる。今回はそちらのほうにスポットを当てるつもりなのだが、まずはぼくの自室のレコード棚にあるアルバムのなかから目を引くコンテンツを抱えた作品を何枚かご紹介しておく。手はじめに1960年６月、ハリウッドにおいて録音された、ジャズ・アルバム『<em>コンボ！</em>』(1961年)をお薦めしたい。ウェストコースト・ジャズの名うてプレイヤーが顔を揃えたビッグ・コンボによるジャズ・スタンダーズ集だが、マンシーニらしいスマートなアレンジは相変わらず。アルト奏者の<strong>アート・ペッパー</strong>がクラリネットを吹いていたり、<strong>ジョン・ウィリアムズ</strong>がピアノのほかにチェンバロを弾いていたりする。世にも稀なる、オシャレさが際立ったジャズ・アルバムだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちなみに、ビッグ・バンド・スタイルのアルバムならば『<em>マンシーニ &#8217;67!</em>』(1967年)がお薦め。このレコード、日本で最初に発売されたときは『<em>ニュー・サウンド・オブ・ヘンリー・マンシーニ</em>』というタイトルだった。曲順も変更されているのだが、彼のリーダー作の国内盤では当初、ジャケットも含めてこういうオリジナル仕様のものが散見された。さらに本作はCD化の際、曲順とジャケットは米国のオリジナル盤の仕様に戻されたものの、邦題は『<em>ビッグ・バンド・サウンド</em>』と改められた。まあそれはともかく、形はどうあれしっかり国内盤が発売されるのだから、本作はなかなかの人気盤なのかもしれない。レコーディングは1966年の２月、やはりハリウッドにおいて行われた。マンシーニの自作は１曲のみで、残りのセレクションは11曲、すべてカヴァーである。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9011 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/cinemarecords3.png" alt="映画撮影のカチンコ(桜色)と映画館の座席で泣いているウサギ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/cinemarecords3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/cinemarecords3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　それでもこのアルバム、一聴でマンシーニのリーダー作とすぐにわかる。<strong>クインシー・ジョーンズ</strong>、<strong>ラロ・シフリン</strong>、<strong>デューク・エリントン</strong>、<strong>レイ・ノーブル</strong>といったビッグ・バンド・ミュージシャンのレパートリーが採り上げられているが、どの曲も劇的にマンシーニ・サウンドに変わっている。ジャズ色は薄いけれど、ライト・アンド・エアリーなリズムとハーモニーとの調和が、なんともオシャレだ。ジャズのコアなファンのなかには、所詮イージー・リスニングと冷笑する向きもあるかもしれないが、個人的にはマンシーニならではの粋で瀟洒なジャズ・サウンドを大いに歓迎する。アルト・フルート、バス・フルート、はたまたフレンチ・ホルンといった、既存のスタイルにとらわれない独創的な楽器使用にも注目したい。なおこのバンドでピアノを弾いているのは、あの<strong>ジミー・ロウルズ</strong>である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　マンシーニのリーダー作には上記の２枚とは趣きを異にする、シンフォニックな作品もある。なかでも自信をもってご紹介したいのは『<em>スクリーン・コンサート・オブ・ヘンリー・マンシーニ</em>』(1976年)で、原題は『<em>In A Concert Of Film Music</em>』というが、海外では単体および2in1仕様でCD化されている。マンシーニ自身の指揮による<strong>ロンドン交響楽団</strong>が、メドレーないしスイート風にアレンジされた映画音楽を豪華で厚みのあるサウンドで表現。マンシーニの自作曲をはじめ、レイとルグラン、弟子のウィリアムズ、そしてイタリア出身の<strong>ニーノ・ロータ</strong>らの名曲が採り上げられている。壮大なオーケストラ・サウンドは、見事と云うしかない。リリースは1976年の４月だが、レコーディングはそれより少しまえにロンドンのアビー・ロード・スタジオで行われた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらに、マンシーニの作品群でもとりわけ異彩を放つ作品として『<em>シンフォニック・ソウル</em>』(1975年)を、お薦めしておく。録音は1975年に従来どおりハリウッドで行われたのだが、セレクトされた楽曲がユニーク。本作でのマンシーニは、ディスコ、R&amp;B、クロスオーヴァーといったジャンルの当時のヒット・ナンバーを、ソウルフルなリズムと、華やかで清涼感溢れるオーケストラ・サウンドで聴かせる。自作の「ピーター・ガン」や「スロー・ホット・ウィンド(ルージョン)」も、グルーヴィーな味つけがなされている。リズム・セクションに、<strong>ジョー・サンプル</strong>(key)、<strong>リー・リトナー</strong>(g)、<strong>デヴィッド T. ウォーカー</strong>(g)、<strong>エイブラハム・ラボリエル</strong>(b)、<strong>ハーヴィー・メイソン</strong>(ds)らが参加していることから、フュージョンの隠れ名盤と云えるかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そして最後に、個人的には小学生のころからずっと親しんできた『<em>ある愛の詩/マンシー二 最新スクリーン・ヒット曲集</em>』(1970年)についてお伝えする。原題は『<em>Mancini Plays The Theme From Love Story</em>』で、1970年にハリウッドで吹き込まれたアルバム。もっともマンシーニらしくもっともイージー・リスニングなアルバムだ。しかしながら本作におけるマンシーニのアレンジには、押し並べてユニークなアイディアとスタイリッシュなセンスが窺える。ぼくはいまもこのレコードをごろ寝しながら聴くのが好きなのだけれど、ときおり予期せぬ発見に気づく瞬間があったりする。なお国内盤は、ぼくが所有する海外盤とはジャケットと曲順が異なるのだが、各曲については原盤の順番に従わせていただく。また、説明のないものは同名映画のテーマ曲である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　オープニングを飾るのは<strong>フランシス・レイ</strong>の「ある愛の詩のテーマ」だが、テーマをピアノとストリングスが切なく歌い上げるところは原曲どおり。しかし女性コーラスとグルーヴィーなベース・ラインはマンシーニ調。<strong>ジョニー・マンデル</strong>の「マッシュのテーマ」は、軽快なジャズ・ロックにアレンジされている。主旋律にオカリナを採用しているのが独特。マンシーニの「ナイト・ヴィジターのテーマ」では、シンセサイザーによるメロディと、チェンバロのアルペジオとが不穏な空気を作り出す。おなじくマンシーニの「大洋のかなたにのテーマ」は、そのまま明るいフラ・タッチの曲だが、どこか垢抜けて聴こえるのはマンシーニ・サウンドならでは。やはりマンシーニの「トゥモロウ・イズ・マイ・フレンド」は、映画『シカゴ・シカゴ/ボスをやっつけろ！』(1969年)のなかの１曲。モダンなアカペラをご堪能あれ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　A面のラスト、<strong>エンニオ・モリコーネ</strong>の「復讐のバラード」は、映画『ウェスタン』(1968年)のテーマ曲。ハーモニカがアンニュイに鳴きまくる。B面のトップ、マンシーニの「暗闇にさようなら」は、映画『暁の出撃』(1970年)の主題歌。口笛と女性コーラス、そして心地いいリズムとノスタルジックなメロディック・ラインと、マンシーニ節が全開。<strong>クロード・ボリング</strong>の「ボルサリーノのテーマ」では、チアフルかつユーモラスなアルト・サックス、ホンキートンク・ピアノ、シロフォンなどが楽しい。マンシーニの「三人のテーマ」は映画『暗くなるまで待って』(1967年)からの１曲。ピアノの調律を敢えてずらす手法は有名だ。「ロス・オブ・ラヴ(ひまわり 愛のテーマ)」は、前述のとおり、永遠の名曲。<strong>レスリー・ブリカッス</strong>の「どうもありがとう」は、映画『クリスマス・キャロル』(1970年)からの１曲。陽気なマーチングでアルバムを締めくくるところにも、不世出のスタイリストであるマンシーニの機知が感じられる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<!-- START MoshimoAffiliateEasyLink -->
<p><script type="text/javascript">(function(b,c,f,g,a,d,e){b.MoshimoAffiliateObject=a;b[a]=b[a]||function(){arguments.currentScript=c.currentScript||c.scripts[c.scripts.length-2];(b[a].q=b[a].q||[]).push(arguments)};c.getElementById(a)||(d=c.createElement(f),d.src=g,d.id=a,e=c.getElementsByTagName("body")[0],e.appendChild(d))})(window,document,"script","//dn.msmstatic.com/site/cardlink/bundle.js?20220329","msmaflink");msmaflink({"n":"Mancini Plays The Theme from \u0022Love Story\u0022","b":"RCA Victor","t":"Henry Mancini","d":"https:\/\/m.media-amazon.com","c_p":"","p":["\/images\/I\/61cvN02CgvL._SL500_.jpg"],"u":{"u":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B076NQGTDX","t":"amazon","r_v":""},"v":"2.1","b_l":[{"id":1,"u_tx":"Amazonで見る","u_bc":"#f79256","u_url":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B076NQGTDX","a_id":3841547,"p_id":170,"pl_id":27060,"pc_id":185,"s_n":"amazon","u_so":1},{"id":2,"u_tx":"楽天市場で見る","u_bc":"#f76956","u_url":"https:\/\/search.rakuten.co.jp\/search\/mall\/Mancini%20Plays%20the%20Theme%20from%20%22Love%20Story%22\/","a_id":3841545,"p_id":54,"pl_id":27059,"pc_id":54,"s_n":"rakuten","u_so":2},{"id":3,"u_tx":"Yahoo!ショッピングで見る","u_bc":"#66a7ff","u_url":"https:\/\/shopping.yahoo.co.jp\/search?first=1\u0026p=Mancini%20Plays%20the%20Theme%20from%20%22Love%20Story%22","a_id":3841549,"p_id":1225,"pl_id":27061,"pc_id":1925,"s_n":"yahoo","u_so":3}],"eid":"9CWhh","s":"l"});</script></p>
<div id="msmaflink-9CWhh">リンク</div>
<!-- MoshimoAffiliateEasyLink END -->


<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-13 sbs-default sbp-l sbis-cn cf block-box">
<div class="speech-person">
<figure class="speech-icon"><img decoding="async" class="speech-icon-image" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2022/12/kimama-listen2.png" alt="" /></figure>
<div class="speech-name"> </div>
</div>
<div class="speech-balloon has-border-color has-ex-a-border-color">
<p>最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
</div>
</div>
<p></p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://kimama-music.com/henry-mancini-mancini-plays-the-theme-from-love-story/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>David Benoit / Heavier Than Yesterday (1977年)</title>
		<link>https://kimama-music.com/david-benoit-heavier-than-yesterday/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=david-benoit-heavier-than-yesterday</link>
					<comments>https://kimama-music.com/david-benoit-heavier-than-yesterday/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 05 Apr 2026 07:45:08 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Fusion]]></category>
		<category><![CDATA[David Benoit]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://kimama-music.com/?p=8967</guid>

					<description><![CDATA[ジャズ/フュージョンにおける従来の表現形式や素材、あるいは概念に縛られず、積極的に新たなアプローチが試みられたデヴィッド・ベノワのデビュー・アルバム『ヘヴィアー・ザン・イエスタデイ』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">ジャズ/フュージョンにおける従来の表現形式や素材、あるいは概念に縛られず、積極的に新たなアプローチが試みられたデヴィッド・ベノワのデビュー・アルバム『ヘヴィアー・ザン・イエスタデイ』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : David Benoit / Heavier Than Yesterday(1977)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : I Wish Right Now Would Never End</em></p>
</div>
</div>
<h3><span id="toc2">日本では音楽界に颯爽と現れたピアニストの新星というような扱いをされた</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>デヴィッド・ベノワ</strong>といえば、ジャズ/フュージョン系のピアニスト、コンポーザー、音楽プロデューサーとしては、もはや重鎮と云える。近年、その外見からずいぶんとお年を召されたなと思っていたら、1953年８月18日生まれというから彼ももう72歳になっていたのだった。ほんとうに月日が経つのは、早いものである。思えば、ベノワの日本でのデビュー・アルバム『<em>サマー</em>』(1986年)がリリースされてから、ちょうど40年ものときが流れていた。あのころのベノワといえば、日本では音楽界に颯爽と現れたピアニストの新星というような扱いをされたもの。ルックス的にも、30代とはいえまだ可愛らしい顔をしていた。なお『<em>サマー</em>』は、日本のキングレコード傘下のフュージョン系レーベル、エレクトリック・バードのプロジェクト作品だった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　近年のベノワといえば、スタインウェイ・アンド・サンズ・レーベルから『<em>スタインウェイ・アフター・ダーク</em>』(2025年)というアルバムをリリースしたことが記憶に新しい。2024年11月13日、カリフォルニア州ロサンゼルスにおいて吹き込まれたソロ・ピアノ集である。ベノワ自身のオリジナル・ナンバーや彼が長年敬愛しつづけている<strong>ヴィンス・ガラルディ</strong>の曲をはじめ、ジャズ・スタンダーズ、映画主題歌などを寛いだテイストと美しいタッチとで聴かせる、珠玉のバラード・アルバムだ。長年の音楽生活において得た経験と実力に基づいた威厳や風格はともかく、このレコーディングのときベノワは70歳を超えていたのだが、それをまったく感じさせないピアノ・サウンドの、あたかも採れたての果実のような瑞々しさに驚かされた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんないまも健在なベノワにちょっと嬉しくなったりもするのだが、若き日のプレイに観られた鋭角的なテクニック、リズミックなエナジー、そして未完成ながらも独自の解釈を模索するパッションなどは、さすがにいまは鳴りをひそめている。そんなベノワはぼくにとってさきに挙げた『<em>サマー</em>』が発売される以前から、その作品の日本国内発売を切望していたアーティストのひとりだった。当時の彼は、前述のように日本ではニューフェイスのような扱いをされたが、実はそのときの年齢は32歳で、すでに音楽家としてのキャリアをかなり積んでいた。具体的には、ベノワは13歳からピアノを弾きはじめ、18歳からはすでにプロのミュージシャンとして仕事をしていたのである。いずれにしても、ぼくは早い段階から彼の音楽に親しんでいた。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8979 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/pastelpiano1.png" alt="パステルカラーのグランドピアノ(パステルカラーのグランドピアノ(ライトグリーン)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/pastelpiano1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/pastelpiano1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　この『<em>サマー</em>』が発売された年のことだが、こんなこぼれ話がある。おそらくこの出来事を記憶に留めているひとはあまりいないだろうから、ここにご紹介しておく。その年のある日、ぼくが見るともなしに見ていたテレビから、聴き覚えのある曲が流れてきた。画面には当時の人気フリーアナウンサー、<strong>楠田枝里子</strong>が映っている──。それは、花王のヘアケア商品「エッセンシャル」のCMだった。問題はその背景で鳴っているインストゥルメンタルだが、アコースティック・ピアノによって奏でられ、清涼感に溢れながらもちょっと愁いを含んだメロディック・ラインが印象的な「ステージズ」という曲だった。ほかでもない、リリースされたばかりの『<em>サマー</em>』に収録されていたトラックである。このときぼくは密かに、いよいよベノワ・サウンドも本格的に日本上陸かと嬉しく思ったもの。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それと同時に、まさかベノワの曲が日本のテレビCMで使われるなんて思いもよらなかったので、ぼくはちょっとした衝撃も受けた。それは正確に云えば、驚きを感じるというよりは、ある種の爽快感を覚えるような出来事だった。なにしろ、それまで輸入盤でしか聴けなかったベノワの音楽が、日本の企画で気軽に楽しめるようになったばかりでなく、ときを移さずCMソングとしてお茶の間に届けられたのだから──。いま思い返せば、こんなこともまた時代を映し出す鏡のようなものと捉えられる。当時の日本の音楽業界、それに消費者のキャパシティは、いまと比較すると圧倒的に甚大だったのだろう。当時の日本はバブル景気の時代にあり、音楽に関してもまさにバブルだったと云える。なにしろ当時の音楽のトレンドといえば、ジャンルにおいては非常に幅が広かったのだから──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんな状況にあったからか以降、日本でのベノワの人気は急上昇した。さらにつけ加えるとそれより少しまえになるが、ベノワの７枚目のリーダー作『<em>ディス・サイド・アップ</em>』(1985年)が輸入盤を扱うショップを賑わせていた。ぼくもすかさずこのレコードを入手したのだが、それから間もなく収録曲の「ライナス・アンド・ルーシー」と「ビーチ・トレイル」がそれぞれ、ニッポン放送のラジオ番組『斉藤由貴 ネコの手も借りたい』(1986年４月19日 &#8211; 1995年４月９日)のOPとEDで使用され、さらに本盤の人気に拍車がかかった。アメリカはテキサス州オースティンのマイナー・レーベル、スピンドルトップ・レコードからリリースされたこのアルバムは、モノクロームの地味なジャケットとはウラハラに、中身のほうはメジャー・レーベルの作品にまったく引けをとらない贅沢で華やかな出来栄えだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちなみに、このスピンドルトップ・レコードは、当時はまだ無名だったスムース・ジャズ・シーンの雄、サクソフォニストの<strong>ボニー・ジェームス</strong>を『<em>トラスト</em>』(1992年)でアルバム・デビューさせたレーベルでもある。ベノワとの関係が深いキーボーディスト、<strong>ビル・マイヤーズ</strong>や、当時ベノワのバンド・メンバーでもあったサックス＆フルート奏者、<strong>サム・ライニー</strong>のリーダー作も何枚かリリースしている。爽やかなウエストコースト・サウンド作品や、洗練されたコンテンポラリー・ジャズ・アルバムを世に送り出すレーベルとして、音楽通のあいだでは早くから注目を集めていた。なおこのレーベルで多くの作品を手がけたグラミー賞受賞経験のあるプロデューサー、<strong>ジェフリー・ウェーバー</strong>は『<em>ディス・サイド・アップ</em>』以降のベノワ作品にも大きく関わっている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ときにこの『<em>ディス・サイド・アップ</em>』だが、西海岸の名うてのミュージシャンにストリングスが加えられた豪華な編成も然ることながら、<strong>チャールズ M. シュルツ</strong>のアニメ『ピーナッツ』の音楽、ブレイク直前の<strong>ダイアン・リーヴス</strong>をフィーチュアしたヴォーカル・ナンバー、<strong>ビル・エヴァンス</strong>のカヴァーなど、ベノワの音楽を形成するファクターが渾然一体となったサウンドスケープが、とにかく魅力的だった。それまでのフュージョンといえば、どちらかといえばジャジーでファンキーなサウンドが主流だったが、彼のアコースティック・ピアノを中心に据えた音の景観は、とにかく明るく透明感に溢れている。メロディ、ハーモニー、リズムと、どこをとっても明快で、その点ではのちのスムース・ジャズの源流となるサウンドと云える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくがベノワの名前をはじめて知ったのは、この『<em>ディス・サイド・アップ</em>』を手にしたときよりもおよそ10年ほどまえで、<strong>ウェザー・リポート</strong>の初代ドラマー、<strong>アルフォンス・ムザーン</strong>の４枚目のリーダー作『<em>ザ・マン・インコグニート</em>』(1976年)でのこと。ぼくがこのポップでダンサブルなブルーノート盤を手にしたのは、自分の敬愛する<strong>デイヴ・グルーシン</strong>がお目当てだったから。そしてグルーシンとともに、曲によってアコースティック・ピアノとエレクトリック・ピアノを仲良く交代しながら弾いていたのが、誰あろうベノワだったのである。ちょうどこのころ、ベノワは女優でシンガーの<strong>レイニー・カザン</strong>のミュージカル・ディレクター兼コンダクターを務めていたのだが、おそらくそれが彼にとってショー・ビジネスのキャリアとしては第一歩だったのだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">AVIレコードとアーティスト契約を結びリーダー・アルバムを制作</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ベノワはカリフォルニア州のベーカーズフィールドに生まれ、前述のように13歳のときからピアノを弾きはじめた。ファンキーなジャズ・ピアニスト、<strong>ラムゼイ・ルイス</strong>のジャズ・ロックの名盤『<em>ジ・イン・クラウド</em>』(1965年)を聴いて感銘を受け、音楽家への道を志すようになったという。高校時代はもっぱらピアノのレッスンに打ち込み、ロサンゼルスのエル・カミノ・カレッジにおいて音楽理論と作曲を専攻し、さらにカリフォルニア大学ロサンゼルス校で映画音楽の作曲や指揮法を学んでいる。そしてその間、18歳の誕生日のことだが、ベノワはトレンド・ビーチの桟橋の近くにあったポリネシアン・ルームという店ではじめてステージに立った。その１年後に彼は、ジャズ・ピアニストの<strong>ドン・ランディ</strong>が経営する、ロサンゼルスの名門クラブ、ベイクド・ポテトにも出演するようになった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなベノワのピアノのテクニックといえば、フレージングやレンディションの選択に実に細やかな配慮がなされている。彼が敬愛する<strong>ビル・エヴァンス</strong>とスタイルこそ違うが、一音一音を丁寧に紡いでいくような真摯なスタンスには、同種のジャズ・スピリッツが感じられる。その点は『<em>ディス・サイド・アップ</em>』を聴いただけでも、よくわかる。そんな確固たる実力に早くから注目していたのが、当時、青山にあったミュージック・カフェ「Paul’s Bar」のオーナーで、ベイクド・ポテト・レーベルのエグゼクティヴ・プロデューサーも務めた<strong>ポール森田</strong>と、音楽雑誌「ADLIB」(2010年に休刊)の編集長、<strong>松下佳男</strong>だった。ふたりがそれぞれ、エグゼクティヴ・プロデューサー、スーパーヴァイザーとして尽力し、完成させたアルバムがまさに『<em>サマー</em>』だったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　実はこの『<em>サマー</em>』の収録曲、上記のふたりとエレクトリック・バードのプロデューサー、<strong>川島重行</strong>によって、ベノワの過去のアルバムからチョイスされたものだった。むろん本作はコンピレーション・アルバムではなく、全曲ハリウッドのオーシャン・ウェイ・レコーディングで新たに吹き込まれた、オリジナル・アルバムだ。レコーディングでは、<strong>ボブ・フェルドマン</strong>(b)、<strong>トニー・モラレス</strong>(ds)、<strong>サム・ライニー</strong>(sax)といった、当時のベノワのグループのレギュラー・メンバーが中心となり『<em>ディス・サイド・アップ</em>』にも参加した<strong>ロサンゼルス・モダン・ストリング・オーケストラ</strong>がサポートを務めた。特筆すべきは、本作が２トラック・デジタル・レコーディング方式で吹き込まれたということ。つまり本作は、ある種のスタジオ・ライヴ盤なのである。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8980 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/pastelpiano2.png" alt="パステルカラーのグランドピアノ(パステルカラーのグランドピアノ(ピンク)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/pastelpiano2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/pastelpiano2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　当然のことながら、ミキシングもオーヴァーダビングもないので、通常の録音よりも演奏に躍動感と臨場感が増している。そのせいか本作では、ベノワの旧作のリメイクという体裁がとられていながらも、どのトラックもオリジナルよりサウンドにエッジが効いていて新鮮な印象を与える。ベノワにとっては慣れた曲ということもあり演奏は極めて安定しており、アレンジも細かい修正が施されていて楽曲の完成度はぐんと上がっている。それはともかく、このアルバムに収められている９曲は、ベノワが『<em>ディス・サイド・アップ</em>』を発表する以前に所属していたロサンゼルスのマイナー・レーベル、AVIレコードからリリースされた彼のリーダー作からセレクトされたものだ。実を云うと、ぼくはのちにGRPレコードと契約してスターダムにのし上がったベノワよりも、AVI時代の彼が好きだったりする。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　AVIレコードは、1968年にアメリカン・ヴァラエティ・インターナショナル傘下で設立され、1977年からは自社配給が開始されたインディペンデント・レーベルだ。初期は派手なコスチュームで大衆の人気を博したピアニスト、エンターテイナーの<strong>リベラーチェ</strong>の、クラシックとポップスとを融合したような作品をリリースしたりしていたが、1970年代の半ばからはエレクトロニック・ディスコのソングライティング・デュオ、<strong>エル・ココ</strong>の数々のアルバムを制作して成功を収めた。このデュオのサウンドにはジャズからの影響が感じられるのだけれど、そのせいかAVIレコード自体もジャズ・ミュージシャンに興味を持ったようで、その後カナダ出身のサクソフォニスト兼フルーティストの<strong>ダグ・リチャードソン</strong>と契約している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ダグ・リチャードソン</strong>のアルバム『<em>ナイト・トーク</em>』(1977年)は、いまもクラブ世代から支持される名盤だが、実はこのアルバムにベノワがキーボーディストとして全面的に参加している。DJたちの間ではフロア・ボムとなっている「サルサ・ママ」という曲で、キャッチーなラテン・タッチのピアノを弾いているのは、ほかでもないベノワなのである。当時ベノワは、リチャードソンとともにクラブでギグを行ったりしていたのだが、AVIレコードが<strong>デイヴ・グルーシン</strong>と<strong>ビル・エヴァンス</strong>とをかけ合わせたようなピアニストを探していたことから、リチャードソンによってレコード会社のプロデューサーたちに推薦されたのだった。そして彼は、リチャードソンのレコーディングを訪れたAVIの社長、<strong>レイ・ハリス</strong>のお眼鏡に適ったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　AVIレコードとアーティスト契約を結んだベノワは、ときを移さずリーダー・アルバムの制作にとりかかる。ベノワが最初に吹き込んだトラックは「ライフ・イズ・ライク・ア・サンバ」という彼のオリジナル・ナンバーだったが、この曲はのちに2000年代のブラジリアン・ジャズ・グルーヴの再評価の流れのなかで、クラブ・シーンで注目を集めた。軽快なサンバ・リズムに、エレガントなアコースティック・ピアノのフレーズが重なるという、ソフィスティケーテッドなサウンドは、DJによってラテン・ジャズ・クラシックスとしてミックスされたり、ヌー・ジャズ系あるいはブロークンビート系のアーティストによってサンプリング・ソースとして使用されたりしたのである。その点ではこの曲、ベノワの最初期の代表曲と云ってもいいだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　当然のごとく「ライフ・イズ・ライク・ア・サンバ」は、前述の『<em>サマー</em>』でも採り上げられた。ただ個人的には、この曲に関してはオリジナル・ヴァージョンのほうが断然いいと思う。このトラックは、さながらエクスクイジット・タッチとでも云いたくなるような美しいアコースティック・ピアノ、グルーヴィーなエレクトリック・ベース、よくドライヴするブラシを使ったドラムス、そしてアップビートなパーカッションといった、どちらかというとシンプルな編成で軽快さが際立っている。興味深いことに、この演奏のプレイバックを聴きながら、プロデューサーの<strong>マイケル・ルイス</strong>と<strong>ローリン・リンダー</strong>はベノワ対して、残りのトラックにおいてシンセサイザーの大規模な導入と、アレンジによりアグレッシヴネスを加味することを要求したのだという。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　スタジオに戻ったベノワは、見事にプロデューサーの意向を汲みアルバムを完成させる。まあ、ルイスとリンダーとは、AVIレコードで流行りのエレクトロニックなディスコ・サウンドを世に送り出していたクリエイティヴ・ユニットだから、シンセサイザー志向のトラックをリクエストするのも当然のことだろう。ところが面白いことに、西海岸のラジオ・ステーションで実際にパワープレイとなったのは、プロデューサーの目論見に反して、シンセドリヴンなナンバーではなくリズム・セクションにストリング・オーケストラが加わったメロディックなコンポジションだったという。ベノワ本人が証言していることだが、この出来事がその後の彼のサウンドの方向性を定めるキッカケになったのだという。そしてそれこそが、さきに述べたスムース・ジャズの源流となるものである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">ベノワの熱意や挑戦が感じられる作品群、その嚆矢となるアルバム</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いずれにしても、このレコーディングは、親しみやすいメロディと洗練されたグルーヴを特徴とするサウンドで、のちにスムース・ジャズ・シーンで確固たる地位を築くことになるベノワの出発点。このときの吹き込みは、アルバム『<em>ヘヴィアー・ザン・イエスタデイ</em>』(1977年)としてリリースされた。その後もベノワはAVIレコードにおいて『<em>キャン・ユー・イマジン</em>』(1980年)『<em>ステージズ</em>』(1982年)『<em>ディジッツ</em>』(1983年)『<em>クリスマスタイム</em>』(1983年)『<em>ウェイヴズ・オブ・レイヴズ</em>』(1984年)を制作、デビュー作も含めると計６枚のリーダー・アルバムを発表した。これらはすべて、海外盤のみだがCD化済みとなっている。しかしながら、どれもアナログ盤とともに、現在ではなかなか入手が困難らしい。もしショップで見かけたら、迷うことなく手にとっていただきたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　比較的入手しやすいのは、ヒップ・オー・レコードからリリースされた『<em>アーティスツ・チョイス</em>』(1998年)というCDで、本盤は日本国内でも発売された。AVIレコードにおいて吹き込まれた音源のなかから、ベノワ自身がチョイスした14トラックで構成されたベスト・アルバムである。本盤を聴いただけでも、AVI時代のベノワがいかに自己投影的かつ意欲的に音楽制作に取り組んでいたかがわかるし、前述の『<em>サマー</em>』と７曲共通するその楽曲の素晴らしさを、あらためて知ることもできる。また、ライノ・レコードから『<em>ロスト・アンド・ファウンド</em>』(1994年)というCDがリリースされているが、こちらは<strong>ダグ・リチャードソン</strong>のレコーディングを含む、AVI時代の未発表音源がまとめられたコンピレーション・アルバム。ベノワの初期の音楽性が、より深掘りされた１枚である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なお、最後にリリースされた『<em>ウェイヴズ・オブ・レイヴズ</em>』は、既発の作品に収録されていた８曲と新たに録音された１曲がコンパイルされたベスト・アルバムである。新録の「アイ・オブ・ザ・タイガー」は、<strong>シルヴェスター・スタローン</strong>が監督、脚本、主演の３役を務めた映画『ロッキー３』(1982年)の主題歌のカヴァー。原曲はスタローン自身の依頼で制作された、ロック・バンド、<strong>サバイバー</strong>のビルボード誌のチャートにおいて６週連続１位を記録した大ヒット曲だ。ベノワはこの有名な曲に、まったく異なるグルーヴのアレンジを施している。アコースティック・ピアノが主軸に据えられたインストゥルメンタルだが、アドリブ・パートではフェンダー・ローズへのもち替え、後半では４ビートへのスウィッチとハードなピアノ・プレイとが際立つ。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8981 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/pastelpiano3.png" alt="パステルカラーのグランドピアノ(パステルカラーのグランドピアノ(ブルー)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/pastelpiano3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/pastelpiano3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ベノワのアレンジのマナーといえば、のちにGRPレコードにおける数々の作品において本領が発揮されるわけだが、この「アイ・オブ・ザ・タイガー」などを聴くと、すでにそのポテンシャルの高さが感じられる。もはやどこを切ってもベノワ・サウンド一色のクオリティの高いカヴァーとなっているので、機会があればぜひ聴いていただきたい。また、あわせて補足させていただくが、AVIレコードにおけるベノワの６枚のアルバムのうち『<em>ヘヴィアー・ザン・イエスタデイ</em>』と『<em>ディジッツ</em>』は、レコードとCDとではジャケットが異なる。前者では浜辺を歩くベノワの写真が顔写真(実は『<em>ディジッツ</em>』で使用されたもの)に、後者では手のアップ写真から手のイラストレーション・デザインに差し替えられている。CD化は1990年のことだが、おそらく時代に即したリパッケージングなのだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　AVIレコードからリリースされたベノワのリーダー作は、ある程度自由な制作が制限されたであろうメジャー・レーベル時代のアルバムとは違い、どれも彼の熱意や挑戦が感じられる作品ばかりである。個人的な好みでは、ジャズ/フュージョンにおける従来の表現形式や素材、あるいは概念に縛られず、積極的に新たなアプローチが試みられた『<em>ヘヴィアー・ザン・イエスタデイ</em>』と、ベノワ本人が認めているように、ピアニスト、コンポーザー、アレンジャー、そしてプロデューサーといった、彼の音楽性が全面的に浮き彫りになった『<em>ステージズ</em>』が好きだ。のちにベノワは『<em>ヘヴィアー・ザン・イエスタデイ</em>』におけるシンセサイザー・サウンドを振り返って、非常に時代遅れとセルフレヴューしているが、いまではむしろヴィンテージというひとつの完成されたブランドと捉えてもいいのでは──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで長々と語ってきたが、最後にベノワの記念すべきデビュー・アルバム『<em>ヘヴィアー・ザン・イエスタデイ</em>』について、具体的にお伝えしようと思う。レコーディング・メンバーは、<strong>デヴィッド・ベノワ</strong>(key)、<strong>マイク・ミラー</strong>(g)、<strong>デヴィッド・ウィリアムス</strong>(b)、<strong>ゲイリー・ファーガソン</strong>(ds)、<strong>ローリン・リンダー</strong>(perc, vo)、<strong>ヘクター・アンドラーデ</strong>(perc)、<strong>デヴィッド・シャー</strong>(ob, fl)、<strong>マイケル・ルイス</strong>(synth prog)、<strong>ジェリ・ボッキーノ</strong>(vo)。さらに８名からなるストリング・セクション(vln ×4, Vla ×2, Vc ×2)が加わるが、アレンジと指揮はベノワ自身が手がけている。楽曲はすべてベノワのオリジナルだが、ヴォーカルが入る２曲では<strong>ビル・ラヴィング</strong>というひとが作詞を担当している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムの冒頭を飾る「ヘヴィアー・ザン・イエスタデイ」は、シンセサイザーがテーマを奏でるグルーヴィーなナンバー。途中サンバ調になったりテンポ・チェンジされたりするところはいかにもベノワ・サウンドらしいのだが、ファンキーなリズム・フィギュアは初期の楽曲ならでは。ピアノやフェンダー・ローズも使用されているが、アドリブ・パートではハモンド・オルガンが使用されている。これもまたレア。２曲目の「アイ・ウィッシュ・ライト・ナウ・ウッド・ネヴァー・エンド」は、爽やかなメロウ・ソウル。ベノワの楽曲としては非常に稀なスタイルだが、個人的には好きな曲。リード・ヴォーカルをとるボッキーノは、名音楽プロデューサー、<strong>フィル・スペクター</strong>の秘蔵っ子。ウィスパー・ヴォイスとスキャットがキュートだ。いっぽうベノワは、ここでもオルガンでソロをとっている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　３曲目の「96-132」では、ベノワによるフェンダー・ローズとシンセサイザーとがダイナミックなソロを展開。ミステリアスなムードとファンキー・タッチは<strong>デイヴ・グルーシン</strong>の名曲「モダージ」を彷彿させる。グルーシンは、<strong>ハーヴィー・メイソン</strong>のデビュー・アルバム『<em>マーチング・イン・ザ・ストリート</em>』(1976年)でこの曲をはじめて披露しているから、ベノワはすぐに影響を受けたのだろう。ただベノワの曲は途中から高速サンバに変化する。A面最後の「ゲッティング・アウトサイド」は、<strong>レナード・バーンスタイン</strong>のブロードウェイ・ナンバーを連想させるクラシカルかつアコースティックなナンバー。ベノワのピアノがリズミカルかつエレガントなフレーズを綴る。途中で４ビートになるが、シャーがジャジーなフルート・ソロを繰り広げる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　B面の１曲目「ロサンゼルス」は、おそらくアルバム中もっとも精魂込めて作られた楽曲だろう。シンセサイザー・サウンドが主軸に据えられたファンキーな序盤、アコースティック・ピアノがリリカルな世界を演出する中盤、そしてリズム・セクションとオーケストラとが一体となりアップテンポで走り抜ける終盤と、アーバンでドラマティックな展開を見せる、実に聴き応えのあるナンバーだ。前述の人気曲「ライフ・イズ・ライク・ア・サンバ」は、ダンサブルなブラジリアン・フュージョン。軽快なサンバのリズムに乗って、ベノワのピアノが哀愁漂う美しい旋律を奏でていく。サビで<strong>シャカタク</strong>風にソフィスティケーテッドなコーラスが挿入されるが、実はベノワのほうが先を越していた。いずれにしても、彼の初期のマスターピースと云える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムのラストを飾る「シーガルズ・パラダイス」では、まずテンポ・ルバートでベノワのロマンティックでエモーショナルなピアノ・プレイを堪能することができる。その後インテンポしてからは、ゆったりとしたリズムとソフトなストリングスとが交錯しながら、詩的な情緒や美しい情景を描いていく。そんななかでもベノワはメロディアスなフレーズを次々と紡ぎ出していき、爽やかな余韻を残す。以上のように本作は、緩急がつけられた楽曲構成となっており、終始リスナーを飽きさせることはないだろう。むろん冒頭で云ったように、現在のベノワも瑞々しいピアノ演奏を聴かせてくれているわけだが、このデビュー作にはいまのサウンドにはない、若さゆえの音楽に対するひたむきさが強く感じられる。これを聴かずして、ベノワを語るべからずである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<!-- START MoshimoAffiliateEasyLink -->
<p><script type="text/javascript">(function(b,c,f,g,a,d,e){b.MoshimoAffiliateObject=a;b[a]=b[a]||function(){arguments.currentScript=c.currentScript||c.scripts[c.scripts.length-2];(b[a].q=b[a].q||[]).push(arguments)};c.getElementById(a)||(d=c.createElement(f),d.src=g,d.id=a,e=c.getElementsByTagName("body")[0],e.appendChild(d))})(window,document,"script","//dn.msmstatic.com/site/cardlink/bundle.js?20220329","msmaflink");msmaflink({"n":"Heavier Than Yesterday","b":"AVI Records","t":"David Benoit","d":"https:\/\/m.media-amazon.com","c_p":"","p":["\/images\/I\/41wycSY9kML._SL500_.jpg"],"u":{"u":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B01AXLNZSO","t":"amazon","r_v":""},"v":"2.1","b_l":[{"id":1,"u_tx":"Amazonで見る","u_bc":"#f79256","u_url":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B01AXLNZSO","a_id":3841547,"p_id":170,"pl_id":27060,"pc_id":185,"s_n":"amazon","u_so":1},{"id":2,"u_tx":"楽天市場で見る","u_bc":"#f76956","u_url":"https:\/\/search.rakuten.co.jp\/search\/mall\/Heavier%20Than%20Yesterday\/","a_id":3841545,"p_id":54,"pl_id":27059,"pc_id":54,"s_n":"rakuten","u_so":2},{"id":3,"u_tx":"Yahoo!ショッピングで見る","u_bc":"#66a7ff","u_url":"https:\/\/shopping.yahoo.co.jp\/search?first=1\u0026p=Heavier%20Than%20Yesterday","a_id":3841549,"p_id":1225,"pl_id":27061,"pc_id":1925,"s_n":"yahoo","u_so":3}],"eid":"o4jdN","s":"l"});</script></p>
<div id="msmaflink-o4jdN">リンク</div>
<!-- MoshimoAffiliateEasyLink END -->


<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-13 sbs-default sbp-l sbis-cn cf block-box">
<div class="speech-person">
<figure class="speech-icon"><img decoding="async" class="speech-icon-image" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2022/12/kimama-listen2.png" alt="" /></figure>
<div class="speech-name"> </div>
</div>
<div class="speech-balloon has-border-color has-ex-a-border-color">
<p>最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
</div>
</div>
<p></p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://kimama-music.com/david-benoit-heavier-than-yesterday/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>Herbie Nichols Trio / Herbie Nichols Trio (1956年)</title>
		<link>https://kimama-music.com/herbie-nichols-trio-herbie-nichols-trio/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=herbie-nichols-trio-herbie-nichols-trio</link>
					<comments>https://kimama-music.com/herbie-nichols-trio-herbie-nichols-trio/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 29 Mar 2026 07:51:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Jazz]]></category>
		<category><![CDATA[Herbie Nichols]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://kimama-music.com/?p=8933</guid>

					<description><![CDATA[モダン・ジャズの隠れた天才、あるいは早すぎた奇才と称されるハービー・ニコルスのリーダー・アルバム『ハービー・ニコルス・トリオ』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">モダン・ジャズの隠れた天才、あるいは早すぎた奇才と称されるハービー・ニコルスのリーダー・アルバム『ハービー・ニコルス・トリオ』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Herbie Nichols Trio / Herbie Nichols Trio (1956)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Mine</em></p>
</div>
</div>
<h3><span id="toc2">大衆に受け入れられなかったが、のちに高い評価を得た。</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ハービー・ニコルス</strong>というピアニスト、好きか嫌いかと問われれば、好きと答えるだろう。ただし好きなタイプのピアニストかというと、決してそうではない。なにせニコルスといえば、世間でハード・バップがもてはやされていた時代に、それとはかけ離れた個性的なプレイをしていたひとなのだから。そういう意味では、<strong>セロニアス・モンク</strong>や<strong>エルモ・ホープ</strong>と似たような存在感を放っている。まあ実際にその演奏を聴いてみればよくわかるのだけれど、ブルーノート・レコードからリリースされたレコードだったら、ニコルスのアルバムよりも<strong>ホレス・シルヴァー</strong>のそれのほうが断然人気があっただろう。そのことにとどまらず、結局のところニコルスは生前は過小評価されつづけたと云わざるを得ない。つまり彼は、不遇のジャズ・ピアニストだったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくがジャズを聴きはじめたのは小学校高学年のころで、最初に耳にしたピアニストは<strong>バド・パウエル</strong>と<strong>ビル・エヴァンス</strong>だった。特にエヴァンスは、ぼくが当時もっとも夢中になったプレイヤーで、いまもいちばん好きなピアニストである。また、自分でもジャズ・ピアノを弾くようになった高校時代にぼくは、<strong>ソニー・クラーク</strong>、<strong>ウィントン・ケリー</strong>、そして<strong>トミー・フラナガン</strong>などのレコードを集中的に聴き、彼らの即興演奏を採譜したりしていた。まあエヴァンスは別格だけれど、どちらかというとオーソドックスなスタイルでよくスウィングするピアニストが好きだったのだ。その後、<strong>マッコイ・タイナー</strong>や<strong>レイ・ブライアント</strong>などの高度なテクニックに衝撃を受け、様々なタイプのピアニストのアルバムを手にとるようになった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなときに出会ったのが、ニコルスのレコード。大学生のころのことだが、最初に手に入れたのは<strong>アル・マッキボン</strong>(b)、<strong>テディ・コティック</strong>(b)、<strong>マックス・ローチ</strong>(ds)をサイドに従えたトリオによる、ブルーノート・レコードからリリースされた『<em>ハービー・ニコルス・トリオ</em>』(1956年)だった。初っ端から、マッキボンが弾き出す安定したビートとスウィング感、そしてローチのオーソドックスなプレイのなかにもとき折見せる鋭敏なタッチに胸がスッとした。ところが、肝心のニコルスのピアノにはなんとなくモヤモヤしてしまった。当初ぼくのなかで彼のプレイが、あたかも霧がかかったように実体がはっきりしないまま、レコードは終焉を迎えたのである。だが、なんとはなしにもう一度はじめから聴いてみると、不思議なことにニコルスの演奏がとても洗練されたものに感じられたのである。 　</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8951 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/sakurapiano1.png" alt="桜を背景にしたグランドピアノ(グリーン)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/sakurapiano1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/sakurapiano1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ニコルスはニューヨーク市マンハッタンのサンファン・ヒル地区に生まれ、ハーレム・エリアで育ったのだが、望むと望まざるとにかかわらず生涯の大半をディキシーランド・ジャズのミュージシャンとして活動した。当初、ほとんど大衆に受け入れられなかった彼の演奏スタイルは、いまはリスナーに想念や心象風景を喚起させるようなもの、いわゆる標題音楽の一種と捉えられ高い評価を得ている。むろんぼくは、はじめて『<em>ハービー・ニコルス・トリオ</em>』を聴いたときは、そんなことは知る由もなかった。ただこのアルバムを繰り返し聴くうちに、直感的にニコルスが創出するサウンドが、同時代のハード・バップのそれときわめて異なる、クリエイティヴでイマジナティヴな貴重なものであると感じるようになったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　これもあとで知ったことだが、ニコルスの独創的なスタイルの原点は、実はディキシーランドだったのである。この20世紀初頭にニューオーリンズを中心に発展したポリフォニックなマーチング・スタイルの音楽に、彼はビバップ様式、西インド諸島の民俗音楽、そして<strong>エリック・サティ</strong>や<strong>バルトーク・ベーラ</strong>といった近現代音楽の作曲家の作品がもつ独特のハーモニー感覚をかけ合わせたのだった。構成するひとつひとつの音を丁寧に発するところ、緊張感のある不協和音を奏でるところは、<strong>セロニアス・モンク</strong>に似ている。とはいってもモンクのプレイが予定不調和であるのに対し、ニコルスのそれは独自のテンションを醸成しつづけながらも、ちゃんと整合性がとれているのだ。それゆえ彼の演奏は、リスナーに心理的な負担を与えることはほとんどない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　確かにニコルスがもつ独自の世界観は、なにかとモンクのそれと比較される機会が多いし、実際にふたりの間には親交があったようだ。とはいってもニコルスの演奏は、モンクのそれよりも遥かに聴きやすい。アヴァンギャルドだけれどフリー・ジャズのように完全に自由なわけではなく、綿密に計算された構成のなかでフリーキーなインプロヴィゼーションが展開されるのである。そのダスティカラーのようなトーンが、モンクに軽視される原因だったのかもしれないけれど、ぼくにはその明るさと暗さが混ざったような深みのある色合いが、とてもスタイリッシュなものとして受けとめられた。そのプレイにおける非正統的なアプローチと正確無比なタッチとを兼ね備えたモンクは天才ではあるが、いささか一聴では理解しにくい部分も多々ある。その点、ニコルスはきわめてわかりやすい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにぼくは『<em>ハービー・ニコルス・トリオ</em>』を聴いて、ニコルスは作曲家としてもなかなかいいセンスをしていると思った。いくぶん斜に構えたようなメロディック・ラインと、ひとクセもふたクセもあるユニークなコード・ワークとが生み出す、予測不可能な展開を見せる彼のオリジナル・ナンバーは非常に魅力的だし、ひとたびその心地よさに気がつくと病みつきになるようなところがある。聴き込んでいくと、若干アイロニカルでそれでいてどこかメランコリックなその旋律は、ユーモアやペーソスさえ感じさせる。そういうところが逆にジャズ・ピアニストとしてのニコルスに、落ち着いた感じというか知的で静かな印象を与えているのではなかろうか。いずれにしてもぼくには、彼の創出するサウンドがすこぶるクールに感じられたのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ニコルスは1919年１月３日、セントクリストファー島出身者とトリニダード島出身者との両親の間に生まれた。彼のピアノ・スタイルに西インド諸島の民俗音楽からの影響があるのは、このことからだろう。９歳からピアノをはじめた彼は10代のときすでに、1930年代後半から1940年代初頭にかけて活動したジャズ・バンド、<strong>ザ・ロイヤル・バロンズ</strong>で演奏していた。ニコルスの最良の理解者であるベーシスト、<strong>ジョージ・デュヴィヴィエ</strong>とは、このバンドで知り合った。1937年ごろのことである。1941年に徴兵されて歩兵連隊に入隊、退役後は作曲活動およびハーレム・エリアでの演奏活動に従事した。当時、トランペッターの<strong>ラッセル・ジャケー</strong>、その実弟でテナー奏者の<strong>イリノイ・ジャケー</strong>、バリトン奏者の<strong>レオ・パーカー</strong>、トロンボニストの<strong>J. J. ジョンソン</strong>などと共演した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">“レディ・デイ”が歌った「ザ・レディ・シングス・ザ・ブルース」は有名</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにニコルスは<strong>ジョン・カービー・オーケストラ</strong>、<strong>エドガー・サンプソン・オーケストラ</strong>などでも演奏したが、その後マンハッタン西54丁目のジミー・ライアンズ・ジャズ・クラブを中心にディキシーランドを演奏するかたわら、グリニッジ・ヴィレッジ地区のバロウ・ストリートにできたばかりのジャズ・クラブ、カフェ・ボヘミアにおいて自己のトリオでプレイした。このころのニコルスといえば、すでに1952年、不世出の女性ピアニスト兼作編曲家の<strong>メアリー・ルー・ウィリアムズ</strong>が、彼の書いた曲をいくつかレコーディングしていたことから、その名前はそれなりに知れわたっていた。その間二コルスは、ずっと<strong>アルフレッド・ライオン</strong>にブルーノート・レコードとの契約を哀願しつづけたという。念願叶って彼は同レーベルで、1955年の５月６日と13日、待望のリーダー作を10インチ盤で吹き込んだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そのアルバムとは、<strong>アル・マッキボン</strong>(b)、<strong>アート・ブレイキー</strong>(ds)をサイドに従えたトリオ編成による『<em>ザ・プロフェティック・ハービー・ニコルス Vol. 1</em>』(1955年)と『<em>ザ・プロフェティック・ハービー・ニコルス Vol. 2</em>』(1955年)である。ぼくはすでに社会人になっていたが、東芝EMIが「ブルーノート LPコレクション・オリジナル“5000”」において復刻した際、逡巡することなく２枚とも入手した。ともにニコルスのオリジナル・ナンバーで埋め尽くされているが、想像していたとおり伝統的なスタイルと前衛的なアプローチとが鮮やかに交錯している。比較的軽快なテンポがつづくなか、ニコルスならではの異彩を放つフレーズが次々と、淀みなく繰り出されていく様がことのほか爽快である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ニコルスの独特のピアノ・スタイル、そしてユニークなコンポジションは、この２枚の10インチ盤ですでに完成されているように思われる。彼の音楽的ルーツである西インド諸島の民俗音楽のエッセンスも感じられる。たとえば『<em>ザ・プロフェティック・ハービー・ニコルス Vol. 1</em>』の冒頭を飾る「ザ・サード・ワールド」の、どこかエキゾティックな響きとカリビアン調の跳ねるようなリズム感などがまさにそれだ。コード進行も異色の展開を見せる。この曲以外にも、<strong>デューク・エリントン</strong>の軽妙さに捻りをきかせたり、<strong>レニー・トリスターノ</strong>風にアヴァンギャルド・ジャズへアプローチしたり、そしてやはり<strong>セロニアス・モンク</strong>へのリスペクトを感じさせたりもする。まだまだ興味深い点は多々あるのだが、推し並べて、ニコルスの演奏と楽曲は構築美を感じさせる。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8952 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/sakurapiano2.png" alt="桜を背景にしたグランドピアノ(ピンク)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/sakurapiano2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/sakurapiano2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　いろいろ書いてしまうと、ニコルスの音楽は小難しいもののように受けとられてしまいそうだが、決してそんなことはない。確かに彼の楽曲は一聴風変わりではあるが、聴き込むほどにその緻密な構造がクセになるのだ。そのピアノ・プレイの味わいにしても、噛めば噛むほど味が出るところは、さながらスルメイカやビーフジャーキーのようだ。まったく発想が貧困で申し訳ないが、彼の音楽に特有の奥深さがあることは確かである。前述のように、はじめてニコルスのアルバムを聴いたときは、ぼくのようになんだかモヤモヤしてしまうかもしれない。そんなときは、ぜひもう一度はじめから聴いてみていただきたい。ひとたびその良さを知ってしまったら、その魅力や刺激から抜け出せず、何度も繰り返し聴くようになること請け合いである。ああ、これはぼくのことだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　まあ、そんな複雑な構成とキャッチーなメロディやフレーズが同居するようなニコルスの不思議な世界観は、すこぶる魅力的であると同時に理解されにくいものでもある。生前はほとんど正当な評価を受けず、商業的にも成功はしなかったニコルスだが、後年モダン・ジャズの隠れた天才、あるいは早すぎた奇才として高く評価されるようになる。不遇のなかで彼が残したレコーディングは、どれも貴重と云える。その先見性と精神性に富んだ演奏と楽曲は、再評価されて然るべきものである。ぼくは書き出しで、ニコルスの演奏を好きか嫌いかと問われれば好きと答えるが、ただし好きなタイプのピアニストかというとそうではないと云った。彼の音楽的価値は認めるし、聴いていて心地よさを感じる。しかし自分でピアノを弾くとき、それを模倣しようとは思わなかった。いや、できなかったのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちなみに『<em>ザ・プロフェティック・ハービー・ニコルス Vol. 1</em>』と『<em>ザ・プロフェティック・ハービー・ニコルス Vol. 2</em>』そして『<em>ハービー・ニコルス・トリオ</em>』といった３枚のブルーノート盤は、のちに２枚組のレコード『<em>ザ・サード・ワールド</em>』(1975年)としてリイシューされたが、その際ライナーノーツを執筆したのが、トロンボニストの<strong>ラズウェル・ラッド</strong>だった。彼もまた若いころディキシーランドを演奏していたとのことだが、一般的にはフリー・ジャズやアヴァンギャルド・ジャズの作品で知られる音楽家だ。ラッドは1960年代にニコルスと共演を果たしたばかりでなく、自己のリーダー作においても彼の楽曲を積極的に採り上げた。おそらくニコルスのことをもっとも早い時期から高く評価していたのは、ラッドではなかろうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ニコルスの書く曲は実に風変わりだけれど、そのどれもが独創的なアイデアや表現によって、とてもフレッシュな響きが生み出されている。現代においてもまったく色褪せることのない、しかも流行とは関係のないタイムレスなナンバーばかりである。そのうえ存外親しみやすくて、個人的には彼の曲が大好きだ。ぼくがニコルスのアルバムを聴きはじめたころの日本では、たとえ嗜好の多様性を踏まえたとしても、推し並べて彼のことを高く評価するというか、ジャズ・シーンにおける貴重な存在と観る傾向があったと記憶する。その点ではいつも感じることなのだけれど、わが国のジャズ・ファンはほんとうに慧眼の持ち主が多いと思う。前述の東芝EMIによる「ブルーノート LPコレクション・オリジナル“5000”」の復刻も含めて、こういうときは日本に生まれてよかったな──なんて、調子よく思ったりするのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ついでに云っておくと、ニコルスの自作曲で一般的にもっとも広く知られているのは、やはり「ザ・レディ・シングス・ザ・ブルース」だろう。有名になるキッカケは、ほかでもない“レディ・デイ”の呼称で知られる、アメリカを代表する女性ジャズ・シンガー、<strong>ビリー・ホリデイ</strong>によって歌われたこと。ニコルスが作曲した「セレナーデ」に、ホリデイ自らが歌詞をつけて「ザ・レディ・シングス・ザ・ブルース」となった。ヴァーヴ・レコードからリリースされた『<em>ビリー・ホリデイ物語 &#8211; 奇妙な果実</em>』(1956年)に収録されている。こちらでは、<strong>ウィントン・ケリー</strong>がピアノを弾いていた。これに先立つインストゥルメンタル・ヴァージョンは、さきに挙げた『<em>ハービー・ニコルス・トリオ</em>』に収録されているので、ぜひ聴き比べていただきたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ホリデイもそうなのだが、一般的には真価を認める向きが少なかったのに対し、ジャズ・プレイヤーのなかには当初からニコルスの音楽性を高く評価するものもそれなりに存在していた。だが、実際にリーダー作のレコーディングに彼を採用するミュージシャンは、あまりいなかったのである。おそらく自己のバンドのスタイルや方針を維持するプレイヤーにとっては、ニコルスの個性があまりにも強すぎたからだろう。彼が参加したアルバムといえば、当時はジャズトーンからリリースされた<strong>レックス・スチュワート・アンド・ヒズ・ディキシーランダーズ</strong>の『<em>ディキシーランド・フリー・フォー・オール</em>』(1955年)や、アトランティック・レコードからリリースされた<strong>ヴィック・ディッケンソン＆ジョー・トーマス</strong>の『<em>メインストリーム</em>』(1959年)ほか、数枚しかなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">ニコルスのリーダー作では、これがマスターピース</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　まあ、ニコルスが参加した音盤が少ないのは当然のことながら、彼が1963年4月12日、ニューヨーク市において白血病のため44歳という若さでこの世を去ったことも影響している。なおニコルスは、ニューヨーク州ファーミングデールにあるロングアイランド国立墓地に埋葬された。そんなわけで、ニコルスの吹き込みはきわめて貴重である。最初期の演奏を聴くことができるのは、サヴォイ・レコードからリリースされた『<em>アイ・ジャスト・ラヴ・ジャズ・ピアノ！</em>』(1957年)というアルバムで、<strong>ザ・ハービー・ニコルス・クァルテット</strong>によって1952年に吹き込まれた３曲が収録されている。トリオにギターを加えた編成だが、主役は飽くまでニコルス。力強いタッチはその後のプレイと変わらないが、オーソドックスにスウィングしているところは彼の場合、むしろ稀と云える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そしてもう１枚、さきに挙げた『<em>ハービー・ニコルス・トリオ</em>』のレコーディングからおよそ１年と７か月後の1957年11月に吹き込まれた『<em>ラヴ・グルーム・キャッシュ・ラヴ</em>』(1958年)というアルバムがある。<strong>ジョージ・デュヴィヴィエ</strong>(b)、<strong>ダニー・リッチモンド</strong>(ds)をサイドに従えた、ベツレヘム・レコードからリリースされたニコルス最後のリーダー作である。わが国でも1974年にポリドール・レコードから発売されていて、ぼくは学生時代、これを幸いなことに中古レコード店において安価で入手した。本作でも相変わらず彼の非凡な才能が発揮されており、予測不可能で複雑なメロディック・ラインとインプロヴィゼーションは健在。デュヴィヴィエとリッチモンドもエナジェティックなプレイを展開。ニコルスとの息もピッタリ合っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それでもブルーノート・レコードの３枚と比較すると、アヴァンギャルドな味わいはかなり薄くなっている。逆に<strong>ジミー・ヴァン・ヒューゼン</strong>が作曲した映画『抱擁』(1957年)の主題歌で、主演の<strong>フランク・シナトラ</strong>が歌ったあまりにも有名な「オール・ザ・ウェイ」などでは、フレッシュなフレージングとユニークなハーモニーをまといながらも、ニコルスはオーソドックスなバラード・プレイを披露。個人的にも彼のリーダー作のなかでは、もっとも想定外のコンテンツが含まれたものだった。一部にはブルーノート盤に比べると活気に欠けるという向きもあるようだが、ぼくとしては、前衛的なスタイルも含めて様々な演奏経験を重ねたことによる深み、あるいは渋みと捉えたい。軽くハイパー、きわめてスタイリッシュなサウンドは、やはりニコルスらしい。そして、なによりも聴きやすいのがいい。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8953 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/sakurapiano3.png" alt="桜を背景にしたグランドピアノ(ブルー)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/sakurapiano3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/sakurapiano3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　この『<em>ラヴ・グルーム・キャッシュ・ラヴ</em>』というアルバム、発表された当初は３枚のブルーノート盤と同様にセールス的にはまったく振るわなかったのだという。ベツレヘム・レコードといえば、大衆に広く親しまれるような作品を制作する傾向がある。型破りなプレイヤーであるニコルスが珍しく難解な表現を控えめにしているのも、レーベル・カラーを尊重したからかもしれない。ざっくりとした見かたをすれば、カジュアルで軽やかな作品と捉えられる。にもかかわらず本盤が売れなかったのは、ニコルス自身が大衆からそっぽを向かれていたことを物語っているように思われる。それでもわが国の熱心なファンたちの間では、過去にコレクターズ・アイテムとして重宝されていたこともある。でもいまは、安価な<a rel="nofollow noopener" target="_blank" href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=3841547&amp;p_id=170&amp;pc_id=185&amp;pl_id=4062&amp;url=https%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2Fdp%2FB07JHXW98H">アルティメット・ハイ・クオリティCD</a><img loading="lazy" decoding="async" style="border: medium;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=3841547&amp;p_id=170&amp;pc_id=185&amp;pl_id=4062" alt="" width="1" height="1" />で、気軽に聴くことができる。まったく、いい時代になったものだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　もしこの拙文をお読みいただいて、はじめてニコルスに興味をもったかたがいたら、この『<em>ラヴ・グルーム・キャッシュ・ラヴ</em>』を最初に手にとってみるのもいいかもしれない。そして、もし一聴では簡潔で明快な印象を与える本作でのニコルスのピアノ演奏に、幾何学的に観ると鋭い角度からのアプローチ、いささか逆説的なエクスプレッションなどを見出したら、さらにそれがクールかつソフィスティケーテッドなものと感じたら、そこから時間を逆行して『<em>ハービー・ニコルス・トリオ</em>』『<em>ザ・プロフェティック・ハービー・ニコルス Vol. 1</em>』と『<em>ザ・プロフェティック・ハービー・ニコルス Vol. 2</em>』を聴くことを、ぼくは推奨する。個人的には『<em>ハービー・ニコルス・トリオ</em>』を、マスターピースと観ている。ということで最後に、あらためてこのアルバムについて触れておくとしよう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　パーソネルをあらためて記すと、<strong>ハービー・ニコルス</strong>(p)、<strong>アル・マッキボン</strong>(b)、<strong>テディ・コティック</strong>(b)、<strong>マックス・ローチ</strong>(ds)。レコーディングはニュージャージーにおいて、レコードのA面分が1955年８月１日、７日に、そしてB面が1956年４月19日に行われた。なおベーシストは、A面をマッキボン、B面をコティックが担当。エンジニアは云うまでもなく、<strong>ルディ・ヴァン・ゲルダー</strong>である。楽曲は１曲を除いて、すべてニコルスのオリジナル・ナンバーとなっている。アルバム冒頭の「ザ・ギグ」では、インパクトのあるイントロとアウトロ、捻りのきいたメロディック・ラインが印象的。変動するリズムをローチが見事にサポート。ニコルスは力強いタッチで、小気味よく跳ねまくる。都会的な雰囲気とスリリングな構成力とが際立った曲だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　つづく「ハウス・パーティ・スターティング」は、ややグルーミーなムードが醸し出されたミッドテンポの曲。ハーモニー感覚が独特で、リラックスした気分のなかにもニコルスの先進性が感じられる。アップテンポの「チット・チャッティング」では、しっかり４ビートがキープされながらも、既存の枠組みを打破するようなインタープレイが展開される。完成度の高いニコルス・サウンドの典型と云えるかもしれない。前述の「ザ・レディ・シングス・ザ・ブルース」では、ブルージーな心地よい揺らぎのなかで、ニコルスがモダンでアンニュイなフレーズを綴りつづける。短尺ながら、ベース・ソロもアクセントになっている。先鋭的だけれど軽快な「舞踏の女神」では、よくバウンスするニコルスも然ることながら、変幻自在のリズムを打ち出すローチが素晴らしい。途中ラテン・タッチになるのも実にスマートだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　B面の最初の「スピニング・ソング」では、明と暗とが相互に循環するような曲調によって独特の空気が生み出されている。ローチのタム・ワークも面白い。こういう佇まいが、病みつきになるのだ。ファストテンポの「クェアリー」では、クラシカルなメロディック・ラインとソフィスティケーテッドなコード進行とが絶妙に絡み合う。そこには、ある種の爽快感さえある。アルバム中もっともアヴァンギャルドな「ワイルドフラワー」では、ニコルスがシンプルでヴィヴィッドな旋律と即興演奏を展開。耳を澄ませると斬新なシークエンスのなかにも抒情性が感じられる。これもまた、ニコルスの魅力だ。躍動感溢れる「ハングオーヴァー・トライアングル」では、本作のハイライトともいうべきプレイが繰り広げられる。ことに流れるように奇抜な楽句を繰り出すニコルス、高く舞い上がるローチに胸がすく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムのラストを飾るのは、<strong>ジョージ・ガーシュウィン</strong>の「マイン」である。はじめてこのレコードを聴いたとき、なぜこの曲なの？と思った。でもあとからこの絶妙な選曲が、ぼくの本作に対する親しみをより強くさせる要因となったことに気づいた。決してガチガチになって聴く必要はないと思うけれど、どちらかというと常に張り詰めた空気に満ちているようなこの作品において、この寛いだ感じはまさに一服の清涼剤。ほっとひと息ついて感性がリフレッシュされたら、もう一度最初から聴いてみようかなと、ぼくはレコードの盤面をひっくり返すのだった。そういうポジティヴな気持ちにさせられるからか、度々聴きたくなるのがニコルスのアルバムなのである。もともとジャズという音楽にはそういう魅力があるのだろうけれど、ニコラスのそれはその最たるものと云えるかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<!-- START MoshimoAffiliateEasyLink -->
<p><script type="text/javascript">(function(b,c,f,g,a,d,e){b.MoshimoAffiliateObject=a;b[a]=b[a]||function(){arguments.currentScript=c.currentScript||c.scripts[c.scripts.length-2];(b[a].q=b[a].q||[]).push(arguments)};c.getElementById(a)||(d=c.createElement(f),d.src=g,d.id=a,e=c.getElementsByTagName("body")[0],e.appendChild(d))})(window,document,"script","//dn.msmstatic.com/site/cardlink/bundle.js?20220329","msmaflink");msmaflink({"n":"ハービー・ニコルス・トリオ","b":"UNIVERSAL MUSIC GROUP","t":"Herbie Nichols","d":"https:\/\/m.media-amazon.com","c_p":"","p":["\/images\/I\/51l6JXJNy+L._SL500_.jpg"],"u":{"u":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B0CMX9MC49","t":"amazon","r_v":""},"v":"2.1","b_l":[{"id":1,"u_tx":"Amazonで見る","u_bc":"#f79256","u_url":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B0CMX9MC49","a_id":3841547,"p_id":170,"pl_id":27060,"pc_id":185,"s_n":"amazon","u_so":1},{"id":2,"u_tx":"楽天市場で見る","u_bc":"#f76956","u_url":"https:\/\/search.rakuten.co.jp\/search\/mall\/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%AA\/","a_id":3841545,"p_id":54,"pl_id":27059,"pc_id":54,"s_n":"rakuten","u_so":2},{"id":3,"u_tx":"Yahoo!ショッピングで見る","u_bc":"#66a7ff","u_url":"https:\/\/shopping.yahoo.co.jp\/search?first=1\u0026p=%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%AA","a_id":3841549,"p_id":1225,"pl_id":27061,"pc_id":1925,"s_n":"yahoo","u_so":3}],"eid":"ApLBC","s":"l"});</script></p>
<div id="msmaflink-ApLBC">リンク</div>
<!-- MoshimoAffiliateEasyLink END -->


<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-13 sbs-default sbp-l sbis-cn cf block-box">
<div class="speech-person">
<figure class="speech-icon"><img decoding="async" class="speech-icon-image" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2022/12/kimama-listen2.png" alt="" /></figure>
<div class="speech-name"> </div>
</div>
<div class="speech-balloon has-border-color has-ex-a-border-color">
<p>最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
</div>
</div>
<p></p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://kimama-music.com/herbie-nichols-trio-herbie-nichols-trio/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>芥川也寸志 / 八つ墓村 オリジナル・サウンドトラック (1977年)</title>
		<link>https://kimama-music.com/yasushi-akutagawa-village-of-eight-gravestones-original-soundtrack/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=yasushi-akutagawa-village-of-eight-gravestones-original-soundtrack</link>
					<comments>https://kimama-music.com/yasushi-akutagawa-village-of-eight-gravestones-original-soundtrack/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 22 Mar 2026 06:48:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Soundtrack]]></category>
		<category><![CDATA[Yasushi Akutagawa (芥川也寸志)]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://kimama-music.com/?p=8898</guid>

					<description><![CDATA[横溝正史のミステリー小説『八つ墓村』完全新作映画化決定──その原点ともいうべき1977年版のサントラ盤、芥川也寸志による『八つ墓村 オリジナル・サウンドトラック』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">横溝正史のミステリー小説『八つ墓村』完全新作映画化決定──その原点ともいうべき1977年版のサントラ盤、芥川也寸志による『八つ墓村 オリジナル・サウンドトラック』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : 芥川也寸志 / 八つ墓村 (1977)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : 青い鬼火の淵(道行のテーマ)</em></p>
</div>
</div>
<h3><span id="toc2">2026年の秋に公開が決定した新作映画『八つ墓村』について</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ミステリーの金字塔とも称される<strong>横溝正史</strong>の小説『八つ墓村』(角川文庫版)が、完全新作として映画化されることが報じられたのは、今年(2026年)の１月末のこと。ぼくは『八つ墓村』をミステリーの金字塔とは思わないけれど、名探偵、金田一耕助が活躍するシリーズが累計発行部数5500万部を突破しているということもあり、横溝さんは間違いなく日本を代表する推理作家であり、日本の本格ミステリーの礎を築いたひとと云える。おそらく多くのひとがすでにストーリーも犯人も知っていると思われるのだけれど、それでも何度となく映像化されるのだから、やはり『八つ墓村』はミステリー文学の名作と云って然るべきだろう。正直なところかくいうぼくも、映像化される度についつい胸をときめかせてしまうのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところで2026年１月27日に映画化が発表された、松竹/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントが配給する新作映画『八つ墓村』は、2026年の秋に公開される予定とのことだが、現在はスーパーティザービジュアルの公開のみに留まっている。このスーパーティザービジュアルというコトバ、近年よく耳にするのだけれど、映画だけでなく、主にアニメやゲームなどの新商品のプロモーションにおいて、敢えて具体的な詳細は明かさないままにして、一部のイメージやロゴだけでオーディエンスやユーザーの好奇心を煽り期待感を醸成するという、なんともイヤらしい予告ビジュアルのことである。結果、映画『八つ墓村』についても、SNSや映画情報サイトにおいて、探偵の金田一耕助、主人公の寺田辰弥を誰が演じるのかという、キャスト予想で大いに盛り上がっているようだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちょっと余談になるけれど、先日、2026年３月13日に東京のグランドプリンスホテル新高輪、国際館パミールにて開催された第49回日本アカデミー賞授賞式をテレビで観ていて、思ったことがある。ニッポン放送の深夜ラジオ番組『オールナイトニッポン』の一般リスナーによる投票によって選ばれる話題賞を、俳優部門において映画『ファーストキス 1ST KISS』(2025年)、実写映画『秒速5センチメートル』(2025年)に主演した<strong>松村北斗</strong>が受賞した。問題は登壇した松村さんのヘアスタイルなのだが、オシャレにしてはちょっと不自然なくらいに髪が伸びているように感じられた。そこでぼくが勝手にイメージしたのが、金田一耕助である。金田一の髪型といえば、雀の巣のような蓬髪。原作に長髪とは書かれていなかったと思うが、視覚的には長いほうが映えるだろう。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8913 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones1.png" alt="八つ墓村の明神様のある道" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　松村さんは、云うまでもなく男性アイドル・グループ<strong>SixTONES</strong>のメンバーだけれど、アイドル枠を超えた実力派俳優としても認知されている。個人的には、近年だと上記の２作のほか『キリエのうた』(2023年)『夜明けのすべて』(2024年)などでの繊細な心情表現と独自の陰影を湛えた演技に、あらためて彼の俳優としての魅力を実感させられた。実はぼくは、NHKのプレミアムドラマ『一億円のさようなら』(2020年)を観たとき、松村さんのことはまだなにも知らなかったが、いい俳優だなと思いすっかりファンになってしまった。ついでに云うと、このドラマに出演していた<strong>森田望智</strong>にもおなじような思いを抱いた。森田さんは映画『ナイトフラワー』(2025年)に出演し、今回の日本アカデミー賞で最優秀助演女優賞および新人俳優賞を獲得。目が離せない女優さんだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　まあ早合点は大間違いのもとと云うけれど、勝手にあれこれと想像すると、松村さんの金田一耕助はなかなかいい線を行っているように思われる。外観も然ることながら、間の取りかたや視線の向けかた、平穏な状況ではどちらかというと高めの明るい声色が、いざというときに身体の深いところから出てくるような低音に変わるところなどは、事件の行末を見守る探偵、金田一耕助のキャラクターの感情を、フレッシュかつリッチに伝えそうである。いずれにしても、変幻自在な役作りで定評のある松村さんだから、金田一になり切ってくれることだろう。と、これは飽くまでぼくの妄想。原作の『八つ墓村』では、物語が寺田辰弥の一人称で語られ金田一は完全な脇役だが、ファンとしてはどうしても金田一役がいちばん気になってしまうというもの。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　妄想ついでに云っておくと、今回の『八つ墓村』の映画化を耳にしたとき、ぼくが金田一役で思い浮かべた俳優といえば、第49回日本アカデミー賞において複数の部門で優秀賞受賞を果たしたサスペンス映画『爆弾』にも出演した<strong>寛一郎</strong>。こういう云いかたをすると失礼にあたるのかもしれないが、父に<strong>佐藤浩市</strong>、祖父に<strong>三國連太郎</strong>をもつという、名優の血を引くサラブレッドだ。重厚な演技から親しみやすい役まで幅広くこなす、実力派の若手俳優と云っていいだろう。<strong>東野圭吾</strong>原作のファンタジー映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(2017年)での演技が高く評価され、第27回日本映画批評家大賞の新人男優賞を受賞。さらにアナーキーな青春群像劇『菊とギロチン』(2018年)でも、第92回キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞ほか各賞を受賞している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　親譲りの彫りの深い端正な顔立ちと、身長182cmの骨太でしっかりとした体格のもち主である<strong>寛一郎</strong>さんは、原作の金田一像とはかなりかけ離れているけれど、知的な面と無邪気な面を併せもつところは、個人的には金田一役に向いていると思う。ぼくは過去に銀幕に登場した金田一では、映画『悪霊島』(1981年)で<strong>鹿賀丈史</strong>が演じたキャラクターにもっとも親近感が湧いたのだが、<strong>寛一郎</strong>さんにもそれとおなじようなイメージをもったのである。演技に対して真摯に向き合う姿勢や、舞台挨拶などで見せるちょっとシャイな感じから、現代的かつ繊細な金田一を表現してくれるのではないかと、私情で恐縮だが期待してしまう次第。いずれにしても<strong>寛一郎</strong>さんは、父や祖父の威光を感じさせながらも、独立した俳優として実力のある注目株だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで、客観的な根拠や事実に基づかず自分の一方的な見かたで述べるのはこの程度にとどめておくが、往年の横溝ブームを体験したぼくにとって新作映画『八つ墓村』については、今後の展開に期待したいところである。それにこの『八つ墓村』という作品、個人的には<strong>横溝正史</strong>の長編推理小説のなかでもなかなか読み応えのあるものと思っているのだが、なぜかこれまでの映像化作品においては一度も満足することがなかった。原作の『八つ墓村』は、1949年から1951年にかけて雑誌『新青年』および『宝石』に連載された長編推理小説だが、金田一耕助が登場する作品としては８作目にあたる。なお『新青年』は国内外の探偵小説を数多く紹介したことで知られるが、横溝さんはこの雑誌で作家デビューしたばかりでなく、２代目編集長としても活躍した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">これまでに映像化された『八つ墓村』を振り返る</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらに横溝さんは『新青年』において、海外のミステリー作品を自ら翻訳していたりもする。氏が翻訳を手がけた作品に、アメリカのミステリー作家、<strong>ケネス・デュアン ウィップル</strong>によって執筆された『鍾乳洞殺人事件』(1934年)というのがあるのだが、実のところ『八つ墓村』は、この小説から影響を受けている。鍾乳洞という閉鎖空間が舞台とされていることをはじめ、物語の随所に見られる展開に共通点があるのだが、それは横溝さん本人も認めるところである。また同時に『八つ墓村』は、おなじみの名探偵、エルキュール・ポアロが活躍する<strong>アガサ・クリスティ</strong>の長編推理小説『ABC殺人事件』(1936年)に触発されて書かれた作品でもある。その点で『八つ墓村』は、ミッシング・リンクをテーマとした本格ミステリーと捉えることができるのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところが残念なことに、もともと横溝さんの小説といえば登場人物が非常に多く、人物相関も入り組んでいたりするのだが、この『八つ墓村』ではさらにトリックが複雑で巧妙になっているものだから、その映像化作品のいずれにおいても大幅な改編と省略が行われている。ことにトリックのカギとなる殺人計画書のクダリは、ぞんざいに扱われることがほとんどである。一見無差別連続殺人事件のように見えながら、実はそこに一貫した動機があるというところがミソなのだが、それが曖昧になってしまうのだから、自ずと本格ミステリーの醍醐味は半減するというもの。そのことから『八つ墓村』の映像化作品では、たいてい犯人の犯行動機が変更されている。いずれにしても映像化された『八つ墓村』は、原作よりもミステリーとしての味わいがぐっと薄くなっているのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ではここでこれまでに映像化された『八つ墓村』を、簡単にではあるが具体的に挙げてみよう。本作を原作とした映画は３本、テレビドラマは７作品となる。まず映画だが、東映製作、<strong>松田定次</strong>監督による『八ツ墓村』(1951年)。ぼくはこの映画を観たことがないのだが、<strong>片岡千恵蔵</strong>演じるスーツ姿の金田一が活躍、原作に登場しない人物が犯人に仕立てられているという。つづいて横溝ブームのまっただなかに松竹によって製作された、<strong>野村芳太郎</strong>監督の『八つ墓村』(1977年)。時代設定が当時の現代に変更されているため、<strong>渥美清</strong>演じる金田一は洋装に麦わら帽子という出で立ちで登場。地味に活躍するが、ぼくにはどうしても生真面目になった車寅次郎にしか見えなかった。とはいえ原作でも金田一は脇役なので、それはそれでいいのかもしれない。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8914 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones2.png" alt="八つ墓村の鍾乳洞" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　さきに触れた<strong>篠田正浩</strong>監督の『悪霊島』以降、金田一耕助は銀幕からしばらく姿を消す。ふたたびその姿を見せるのは、15年後のこと。<strong>市川崑</strong>監督の『八つ墓村』(1996年)で、当時トヨエツ・ブームでノリに乗っていた<strong>豊川悦司</strong>が、調子に乗りすぎて奇妙奇天烈な金田一を演じた。ヴィジュアリストである市川監督も作品に様々な技法を施して、大ヒットした『犬神家の一族』(1976年)にはじまる往年のシリーズを再現しようと努力しているのだが、それが却って過剰になってしまい煩わしいとさえ感じられる。ただ原作に従った犯行動機に回帰していること、映像作品では度々削除されてしまう里村典子が比較的重要な役割を果たしていることは、注目に値する。典子は原作小説では、事実上のヒロインなのだけれど──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いっぽうテレビドラマのほうだが、最初の映像化はNET(現在のテレビ朝日)系のテレビシリーズ『怪奇ロマン劇場』の１本として製作された『八つ墓村』(1969年)である。再放送がなかったことからフィルムが現存しないと長らく認識されていたが、2022年の４月にいきなりCS「東映チャンネル」にて再放送され、多くの横溝ファンを驚かせた。主人公の寺田辰弥を、若き日の<strong>田村正和</strong>が演じているのが目を引く。洋装の金田一は、声優としても知られる<strong>金内吉男</strong>が演じているのだが、職業探偵ではなく城南大学の法医学博士として登場。後輩にあたる辰弥からの手紙を受け取り来村、法医学の知識を駆使して事件の解決にあたる。驚くべきはドラマの全長が、たったの48分であるということ。原作の雰囲気が引き継がれ、コンパクトにまとめられているという点で、一見の価値ありだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　つづいて、NHK総合のドラマシリーズ『銀河ドラマ』の１本『サスペンスシリーズ 八つ墓村』(1971年)。ぼくはこの作品は未見だが、１話30分の全5話という構成で丁寧に描かれたせいか、殺人事件がいくつかはカットされているものの、大筋は後続のドラマ化と比較するとかなり原作に忠実であるとのこと。劇団俳優座の同期であるふたり、<strong>山本耕一</strong>が寺田辰弥を、<strong>水野久美</strong>が森美也子をそれぞれ演じている。なお、金田一は登場しないという。そしてその７年後、横溝ブームの勢いが頂点に達していたころに製作されたのが、TBSテレビ系列において全5回で放送された『横溝正史シリーズII・八つ墓村』(1978年)である。金田一を演じたのは、“ミスター金田一”の異名をとる、おなじみの<strong>古谷一行</strong>である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このドラマはもっとも長尺の映像化ということで、観応えはあるしけっこう面白い。ただ前半の展開が比較的原作に忠実なのに対し、後半のストーリーラインは大きく改変されている。犯人は原作どおりだが、その犯行動機がまったく違う。しかも真犯人が、意外な人物に殺害されてしまう。ヒロインの里村典子は登場せず、その代わりに森美也子が寺田辰弥と恋仲になるという設定は、前年に公開された<strong>野村芳太郎</strong>監督の映画『八つ墓村』の大ヒットが影響したのかもしれない。なによりも驚かされるのは、辰弥の母である井川鶴子の恋人、亀井陽一が意外な人物として登場すること、諏訪弁護士がワルものになっていること、そして事件終結後に辰弥があまりにも皮肉な悲劇的末路をたどることだ。それに対する金田一の、超自然的な“祟り”の存在を肯定、暗示するようなセリフも、いかがなものだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　古谷さん演じる金田一は、TBSテレビ系列の２時間ドラマ『月曜ドラマスペシャル』の１本『名探偵・金田一耕助シリーズ・八つ墓村』(1991年)で、ふたたび登場。今度はドラマの尺が114分とコンパクトにまとめられたため、物語は比較的原作に近い形で進行するのだが、エピソードの簡素化はかなり激しい。しかも犯人の犯行動機の改変、典子の削除は相変わらず。はっきり云って、きわめて物足りなさを感じさせる作品である。TBSの『名探偵・金田一耕助シリーズ』(1983年 &#8211; 2005年)は、全32作にもおよぶ人気シリーズだったが、率直に云うと第１作に当たる『本陣殺人事件』(1983年)以外は、作品のクオリティが２時間ドラマの域を出ていない。本人にはお気の毒だが、古谷さん演じる金田一がどんどん老け込んでいくのも正視に耐えなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そして残りのテレビドラマ３作に関してはたいへん恐縮なのだが、内容のいいわるいよりも自分の嗜好に合わないところが多々あるため、どうしても許容できない。フジテレビ系列の２時間ドラマ『金曜エンタテイメント』の１本である『横溝正史シリーズ６・八つ墓村』(1995年)では、<strong>片岡鶴太郎</strong>演じる金田一をぼくはまったく好きになれない。個人的には歴代の金田一のなかで、ワースト１位だ。べつに片岡さんが嫌いというわけではないのだけれど、氏が演じる理性を失うほど情に脆い金田一が疎ましいのだ。おなじ『金曜エンタテイメント』枠で放送された『金田一耕助シリーズ・八つ墓村』(2004年)では、横溝作品へのリスペクトは感じられるものの、バラエティ番組風の過剰な演出に嫌気が差す。自ずと<strong>稲垣吾郎</strong>演じる金田一も、なんだか遊んでいるように見えてしまう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">純然たる鑑賞用音楽として芥川サウンドをじっくり味わう</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　NHK BSプレミアムの『スーパープレミアム』枠で放送された『八つ墓村』(2019年)では、一貫性に欠ける演出に戸惑いを覚える。シリアスなシーンでも緊張感が削がれるような演出が散見される。このシリーズ、一般的な評価は高いようだが、ぼくには本来劇的に描かれるべき場面が、ずいぶん情緒に欠けているように感じられた。そして<strong>吉岡秀隆</strong>演じる金田一、本人には申し訳ないがまったく金田一に見えない。あまつさえ、ぼくには吉岡さんにしか見えないのである。彼は役者魂に溢れた素晴らしい俳優だが、ハッキリ云って金田一には合わない。白髪、凄みのある瞠目、甲高い声といった個性が押し出され、ひとの道理などを説かれた日には、かなりゲンナリさせられる。ただこの作品、これまで削除されがちだった典子が、ラストで村を去る辰弥に押しかけ女房的についてくるところは好きだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　以上のように、映像化された『八つ墓村』は、過去に10作品も存在する。横溝作品のなかでは、飽くまでアダプテーションという点においてだが、11回映像化された『犬神家の一族』に次ぐ人気を誇る。ぼくは書き出しから、過去に『八つ墓村』の映像化作品を観て満足したことは一度もなかったと述べたが、好き嫌いを別にしてもっとも印象に残った作品といえば、圧倒的に1977年に劇場公開された松竹映画だ。あの有名な「祟りじゃ〜っ」というキャッチコピーが流行したのは、この映画のCMからである。しかもこの映画、実は横溝作品の配給収入において、歴史的大ヒットを記録した1976年公開の角川映画第１弾『犬神家の一族』を抜いてトップに位置する。つまり興行的には、もっとも成功した横溝映画なのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　またこの映画、企画がもち上がったのは『犬神家の一族』よりもまえの1975年のこと。当初は原作小説の文庫版を発行する角川書店の当時の社長、<strong>角川春樹</strong>が本作のプロデュースに名乗りを上げていた。ところが結局、角川書店と松竹との提携は決裂し『八つ墓村』は松竹単独の製作となり、それを機に角川書店は新たに『犬神家の一族』を製作することとなった。念のために云っておくと、金田一がヨレヨレの和服に袴、お釜帽にボサボサ頭という、原作の記述が忠実に再現されたのは角川映画の『犬神家の一族』が最初だった。あとに公開された松竹の『八つ墓村』において、<strong>渥美清</strong>演じる金田一が洋装で登場し、時代設定が戦後間もない昭和20年代から映画製作当時の現代(昭和40年代)へと移されているのは、その企画が『犬神家の一族』以前のものだったことに起因するのではなかろうか。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8915 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones3.png" alt="八つ墓村を丘の上から見た景色" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　いずれにしても、この『八つ墓村』は横溝映画延いては松竹映画の歴代に残る大ヒット作である。原作のイメージとはまったく違う伝奇ロマン風超大作といった風情をもつ作品だが、小説を読んでいないひとにとっては面白い映画なのだろう。つまりこの映画では、謎解きよりも現実ではありえない不思議な怪奇現象、幻想的な物語、伝説や歴史的伝承にスポットが当てられているのだ。よって戦国時代の村人たちによる落ち武者の惨殺、そして28年まえの多治見家当主による村人32人の虐殺が、いやというほど強調されている。この時点で、当時小学生だったぼくはゲンナリしてしまったのだが、日本刀と猟銃をもって走ってくる<strong>山﨑努</strong>演じる多治見要蔵のアンデッドのような表情、そして鍾乳洞を飛びまわる<strong>小川真由美</strong>演じる森美也子の夜叉のような形相には、かなりの精神的衝撃を受けたものである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　また、この『八つ墓村』では、監督の<strong>野村芳太郎</strong>をはじめ、脚本の<strong>橋本忍</strong>、撮影の<strong>川又昂</strong>、そして音楽の<strong>芥川也寸志</strong>と、<strong>松本清張</strong>の同名小説が映画化された大ヒット作『砂の器』(1974年)を創り上げた陣営がそのまま起用されている。おそらく松竹は『八つ墓村』を、横溝さんの小説のストーリーを借りて、第２の『砂の器』に仕立てようとしたのだろう。つまり松竹がいちばんやりたかったのは『砂の器』で芥川さんが音楽監督を、<strong>菅野光亮</strong>が作曲とピアノ演奏を、そして<strong>東京交響楽団</strong>が演奏を務めた、ピアノ協奏曲「宿命」が連綿と流れるクライマックスの“父子の旅”を、今度は『八つ墓村』で芥川さんが書き下ろした美しいワルツ「青い鬼火の淵(道行のテーマ)」を背景に、男女の道行をイメージさせる耽美的な鍾乳洞内の逃避行として再現することだったと思われるのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　確かに辰弥と美也子とが洞窟のなかを「龍の顎(あぎと)」を探し歩く場面では、トラジックかつロマンティックな雰囲気と、重厚なオーケストラによる甘美な旋律とが相まって、作品中もっとも美しいシークエンスが創出されている。そしてぼくにとって、この映画のなかで唯一の救いといえば、まさにこの芥川さんによるスコアなのである。実はぼくは、クラシック音楽の愛好者だった父親の影響で、幼いころから芥川さんの音楽に親しんでいた。特に『交響三章(トリニタ・シンフォニカ)』(1948年)はすごく好きで、1963年に芥川さん自らが指揮した<strong>東京交響楽団</strong>による録音盤は、擦り切れるほど聴いたもの。そんなわけで、映画本編は受け入れ難いのだけれど、サウンドトラック・アルバムは、当時からよく聴いていた。ビクター・レコードから発売された『<a rel="nofollow noopener" target="_blank" href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=3841547&amp;p_id=170&amp;pc_id=185&amp;pl_id=4062&amp;url=https%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2Fdp%2FB00005EKMP">八つ墓村 オリジナル・サウンドトラック</a><img loading="lazy" decoding="async" style="border: medium;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=3841547&amp;p_id=170&amp;pc_id=185&amp;pl_id=4062" alt="" width="1" height="1" />』(1977年)は、CD化もされたが残念ながら現在は入手が困難とのこと。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　しかしながら2014年、芥川さんによるスコアは、松竹レコードの貴重な音楽マスターテープをCD化する「あの頃映画サントラシリーズ」の１枚として蘇った。もともと当時のサントラ盤に収録されていた楽曲は、フィルムスコアリングとは異なるミックスがなされたもの、あるいはまったく別のヴァージョンばかりだった。たとえばアルバム冒頭の「メインタイトル」などは、ブラスの入りかたがまるで違う。ところがこの「あの頃映画サントラシリーズ」盤では、映画本編で使用されたトラックが余すことなく収録されているほか、公開当時に発売されたシングル・レコード音源、抜粋になるがLPレコード音源も収録されている。実際に映画を観たひとにとっては、むしろ本盤のほうがシックリくるかもしれない。なお演奏は、シングル盤のみ<strong>新日本フィルハーモニー交響楽団</strong>、そのほかは<strong>新室内楽協会</strong>によるものである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　作曲と指揮を手がけた芥川さんは、この『八つ墓村』で第１回日本アカデミー賞で最優秀音楽賞を獲得している。なお氏が同年に音楽を手がけた『八甲田山』(1977年)との同時受賞だが、こちらも素晴らしいスコアだった。ときに『八つ墓村』のスコアだが、いかにも芥川さんらしく、ロシア音楽に代表される色彩豊かでドラマティックな管弦楽法を土台とし、ノスタルジックで劇的な日本的要素が融合されている。芥川さんといえば、日本民謡などに根ざしたオスティナート技法を、より洗練された近代的なオーケストレーションに昇華させた音楽家だけれど、ここでも日本の風景や時代情緒が巧みに表現されている。そんな和の趣きと現代音楽的な不協和音とが絡み合いながら展開される音楽は、映画『八つ墓村』にスケールの大きな恐怖と緊張感、そして郷愁をもたらしている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いまでもぼくは、横溝ミステリーとして映画本編をあまり観る気はしないのだけれど、こうしてあらためてサウンドトラックを聴き直すと、もう一度チャレンジしてみようかなという気持ちが湧いてきたりする。芥川さんの音楽は、やはり素晴らしい。このスコアでは「辰弥の回想」が映画『鍵』(1959年)の音楽を、また「落武者のテーマ」がNHKの大河ドラマ『赤穂浪士』(1964年)のテーマ曲を、それぞれ彷彿させたりするけれど、まあそれはご愛嬌ということで、純然たる鑑賞用音楽として芥川サウンドをじっくり味わおうではないか。そして、やはり「青い鬼火の淵(道行のテーマ)」は、何度聴いても感動的な名曲。嬉しいことに「あの頃映画サントラシリーズ」盤には、もっとも長いヴァージョンが収録されている。しみじみとしながらも、新作映画『八つ墓村』が1977年版のような仕様にならないことを祈る今日このごろである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<!-- START MoshimoAffiliateEasyLink -->
<p><script type="text/javascript">(function(b,c,f,g,a,d,e){b.MoshimoAffiliateObject=a;b[a]=b[a]||function(){arguments.currentScript=c.currentScript||c.scripts[c.scripts.length-2];(b[a].q=b[a].q||[]).push(arguments)};c.getElementById(a)||(d=c.createElement(f),d.src=g,d.id=a,e=c.getElementsByTagName("body")[0],e.appendChild(d))})(window,document,"script","//dn.msmstatic.com/site/cardlink/bundle.js?20220329","msmaflink");msmaflink({"n":"八つ墓村","b":"SONY MUSIC","t":"芥川也寸志","d":"https:\/\/m.media-amazon.com","c_p":"","p":["\/images\/I\/61clKJWn1CL._SL500_.jpg"],"u":{"u":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B00KKS0JE4","t":"amazon","r_v":""},"v":"2.1","b_l":[{"id":1,"u_tx":"Amazonで見る","u_bc":"#f79256","u_url":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B00KKS0JE4","a_id":3841547,"p_id":170,"pl_id":27060,"pc_id":185,"s_n":"amazon","u_so":1},{"id":2,"u_tx":"楽天市場で見る","u_bc":"#f76956","u_url":"https:\/\/search.rakuten.co.jp\/search\/mall\/%E5%85%AB%E3%81%A4%E5%A2%93%E6%9D%91\/","a_id":3841545,"p_id":54,"pl_id":27059,"pc_id":54,"s_n":"rakuten","u_so":2},{"id":3,"u_tx":"Yahoo!ショッピングで見る","u_bc":"#66a7ff","u_url":"https:\/\/shopping.yahoo.co.jp\/search?first=1\u0026p=%E5%85%AB%E3%81%A4%E5%A2%93%E6%9D%91","a_id":3841549,"p_id":1225,"pl_id":27061,"pc_id":1925,"s_n":"yahoo","u_so":3}],"eid":"Ko3Lm","s":"l"});</script></p>
<div id="msmaflink-Ko3Lm">リンク</div>
<!-- MoshimoAffiliateEasyLink END -->


<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-13 sbs-default sbp-l sbis-cn cf block-box">
<div class="speech-person">
<figure class="speech-icon"><img decoding="async" class="speech-icon-image" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2022/12/kimama-listen2.png" alt="" /></figure>
<div class="speech-name"> </div>
</div>
<div class="speech-balloon has-border-color has-ex-a-border-color">
<p>最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
</div>
</div>
<p></p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://kimama-music.com/yasushi-akutagawa-village-of-eight-gravestones-original-soundtrack/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>大野雄二 / Space Kid (1978年)</title>
		<link>https://kimama-music.com/yuji-ohno-space-kid/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=yuji-ohno-space-kid</link>
					<comments>https://kimama-music.com/yuji-ohno-space-kid/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 15 Mar 2026 07:29:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Fusion]]></category>
		<category><![CDATA[Yuji Ohno (大野雄二)]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://kimama-music.com/?p=8870</guid>

					<description><![CDATA[ジャズ・ピアニストから作曲家に転身した大野雄二がサウンド・クリエイターとしてはじめて制作した本格的なリーダー・アルバム『スペース・キッド』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">ジャズ・ピアニストから作曲家に転身した大野雄二がサウンド・クリエイターとしてはじめて制作した本格的なリーダー・アルバム『スペース・キッド』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : 大野雄二 / Space Kid (1978)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Mayflower</em></p>
</div>
</div>
<h3><span id="toc2">そのジャズ・ピアニスト時代と作曲家への転身</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　久々に<strong>大野雄二</strong>のアルバムを採り上げる。云うまでもなく大野さんは、ジャズ・ピアニストとしてキャリアをスタートさせ、その後、映画『犬神家の一族』(1976年)やテレビアニメ『ルパン三世』第２シリーズ(1977年 &#8211; 1980年)の音楽を手がけ、作曲家として広く知られるようになった音楽家。1941年５月30日、スタジオジブリのアニメ映画『おもひでぽろぽろ』(1991年)の舞台となったローマ風呂で知られる、静岡県熱海市のホテル大野屋の次男坊として生まれた大野さんは、中学時代にジャズに目覚め、高校時代にはバンド演奏を開始。さらに慶應義塾大学ライト・ミュージック・ソサイェティーで活躍し、<strong>鈴木宏昌</strong>、<strong>佐藤允彦</strong>とともに“慶應三羽烏”として勇名を馳せた。卒業後はクラリネット奏者、<strong>藤家虹二</strong>のクインテットに加入、プロ・ミュージシャンとしての道を歩み出す。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　モダン・ジャズのみに集中することを決意した大野さんは、１年ほどで<strong>藤家虹二クインテット</strong>を脱退。しばらくフリーのプレイヤーとして活動したのち1965年、今度は<strong>白木秀雄クインテット</strong>に加入。同バンドのレコーディングにおいて大野さんはプレイヤーにとどまらず、すでにアレンジャーとしても活躍したが、ファンキー・ジャズからボサノヴァまで、そのモダンなセンスを発揮した。ピアノのプレイ・スタイルのほうもファンキーかつソウルフルで、そのパフォーマンスはいささか<strong>ホレス・シルヴァー</strong>や<strong>ラムゼイ・ルイス</strong>を彷彿させる。その後、<strong>大野雄二トリオ</strong>、<strong>日野皓正クァルテット</strong>、<strong>富樫雅彦=鈴木弘クインテット</strong>などで演奏するとともに、<strong>マーサ三宅</strong>、<strong>笠井紀美子</strong>、<strong>弘田三枝子</strong>らのアカンパニストを務め、ジャズ・ミュージシャンとしての地位を確立した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんな大野さんは、1971年ごろからジャズ・プレイヤーと作曲家との二足の草鞋を履くようになり、次第にジャズ・シーンから遠ざかっていくのだった。1971年といえば、氏が音楽を手がけたテレビドラマ『おひかえあそばせ』の放送が開始された年。<strong>石立鉄男</strong>主演、<strong>松木ひろし</strong>脚本による、日本テレビ系列で1970年代に放映されたホームコメディドラマ・シリーズの第１作だ。ぼくが大野サウンドにはじめて触れたのは、おそらくこのドラマにおいてだろう。その後やはり日本テレビ系列のドラマシリーズ『火曜日の女』(1969年11月4日 – 1972年3月)において、ぼくは大野さんの音楽に再会。そのころにはまだ氏の名前を覚えていなかったかもしれないが、そのサウンドに強く惹かれたことはハッキリ覚えている。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8882 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/Spacekid1.png" alt="青空に浮かぶヤギの子ども" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/Spacekid1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/Spacekid1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ぼくが大野さんの実像についてはじめて知り得たのは、その後大ブームとなった角川映画の第１作『犬神家の一族』(1976年)を劇場で観たときのこと。鑑賞後に購入したパンフレットの巻末に、サウンドトラック・シングルの宣伝広告のページがあった。そこにはレコーディング中の大野さんと、それを訪ねた主演俳優の<strong>石坂浩二</strong>とのツーショットとともに、氏のプロフィールが掲載されていたのである。いまでは信じられないだろうけれど、自宅の住所まで明らかにされていたりして、平和なというかちょっと不用心な時代だったと思い返される。それはともかく、大野さんをジャズ・ピアニストと知ったぼくがときを移さず手にとったのは、<strong>大野雄二トリオ</strong>の『<em>ミスター・ハピゴン</em>』(1973年)というレコードだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このレコードが発売されたのは1973年のことだが、<strong>池田芳夫</strong>(b)、<strong>岡山和義</strong>(ds)をサイドに据えたトリオによるレコーディングが行われたのは1971年のことだから、本盤は正真正銘、大野さんの初リーダー・アルバムということになるのだろう。ちなみに、同一のトリオで吹き込まれたレコードといえば、不遇のクラブ・シンガー、<strong>アン・ヤング</strong>の『<em>春の如く</em>』(1975年)くらいのものである。いずれにしても『<em>ミスター・ハピゴン</em>』は、大野さんがジャズ・ピアニストとしてもっとも脂が乗っていた時期の吹き込み。しかしながら皮肉なことに、大野さんは間もなくもちまえの作曲、編曲の才能を活かしてテレビCM、テレビ番組や映画の音楽、ポップ・ミュージックにおける、サウンド・クリエイターとしての活動に専念するようになる。ジャズ・ピアニストとしては、このアルバムに止めを刺した感が強い。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　念のために云っておくと、この『<em>ミスター・ハピゴン</em>』はあっという間に廃盤になってしまったのだが、幸いなことにRCAの“日本のJAZZ 1500”と銘打たれた定価1,500円の廉価盤シリーズの１枚としてリイシューされた。ただその盤は、ジャケットのデザインや曲順はそのままだったが、なぜかアルバム・タイトルが『<em>マイ・リトル・エンジェル</em>』(1976年)に変更された。もしかすると、ジャズ評論家の<strong>岩波洋三</strong>による本作のライナーノーツに、“ハピゴン”がベーシストの<strong>水橋孝</strong>のニックネームであるという記述があるのにもかかわらず、アルバム・タイトルに堂々と掲げられた“ミスター・ハピゴン”を大野さんのことと勘違いする向きが、案外多くあったのかもしれない。いずれにせよ本盤は、それ以降のCD化などにおいて『<em>マイ・リトル・エンジェル</em>』として定着した。 　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところで、大野さんは『<em>ミスター・ハピゴン</em>』をレコーディングする以前に、NHKのドキュメンタリー風ドラマ『ナタを追え～朝日新聞東京版“捜査員”より～』(1970年)の音楽を手がけている。おそらく本作が、氏が音楽を担当した最初の映像作品になるのだろう。本格的にこの分野を深めるようになるのは、やはり前述の『おひかえあそばせ』をはじめとする、<strong>石立鉄男</strong>主演によるホームコメディドラマのシリーズからだ。さらに大野さんは同時期に、さきに挙げた『火曜日の女』のほか、日本テレビ系列の昼ドラ『愛のサスペンス劇場』(1975年３月31日 &#8211; 1977年３月４日)や、NHKの『少年ドラマシリーズ』(1972年１月１日 &#8211; 1983年10月11日)といったドラマシリーズの作品に楽曲を提供していた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　当時のぼくは、それらのテレビ番組で大野さんのクレジットを発見するたびにひとりでニヤニヤしながら「やっぱり」と思っていたのである。なかでもフジテレビ系列で放映された時代劇『戦国ロック はぐれ牙』(1973年８月４日 – 1973年９月29日)の、<strong>丹阿弥谷津子</strong>のナレーションが入るオープニング・テーマをはじめて聴いたときは、なんてカッコいい曲なのだろうと思ったもの。なおこの曲は部分的に『ルパン三世』のサブタイトルや第１話の劇中などで流用された。とにもかくにも、寡聞にして恥ずかしい限りだが、そのころのぼくは大野さんがどういう人物かはまったく知らなかった。それでもすでに大野サウンドのファンだったわけで、その後『犬神家の一族』でそのプロフィールを知ったぼくは、氏が関わったレコードを探すようになった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　繰り返しになるけれど、大野さんは1970年代の前半からジャズ・ピアニストを休業し、作曲家活動に専念するようになったので、サウンドトラック・アルバムを除く氏のオリジナル・アルバムを見つけるのはなかなか困難だった。ぼくが『<em>ミスター・ハピゴン</em>』のつぎに手に入れた大野さんのアルバムといえば、テイチクレコードからリリースされた『<em>パーフェクト・サウンド/スクリーン・テーマ</em>』(1972年)である。映画音楽やポップ・ナンバーばかりがセレクトされたイージー・リスニング・アルバムとして企画されたものだから、厳密には大野さんのリーダー作とは云えないが、レコードのジャケットにはしっかり「<strong>大野雄二</strong> 編曲・指揮のオーケストラ」というクレジットを見出すことができる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">サウンドトラック・アルバムを除くオリジナル・アルバム</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このアルバム、当時のオーディオ技術の歴史的遺産として知られる、ディスクリート方式の４チャンネル・ステレオ・レコード規格、CD-4方式で制作されたアナログ・ディスクである。いかにも企画モノといった風情だが、音のよさも然ることながら、原曲をなぞるだけのイージー・リスニング作品とは趣きを異にする大野さんのアレンジが独特。フィリー・ソウル風のストリングスを擁した華麗でメロウなサウンド、グルーヴィーなリズムとアンサンブルのヒットは、一聴で大野サウンドとわかるものだ。逆に当時のトレンドだったムード音楽としては、かなり異色の作品と思われる。おそらくオーディオファイルに向けて制作されたレコードなのだろうが、あのころは、ぼくのように大野さんのクレジットにつられて手にとった向きは少数だったろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　つづいてぼくが手にしたレコードは、日本コロムビアからリリースされた『<em>エレクトロ・キーボード・オーケストラ</em>』(1975年)というアルバム。ただしこれは、大野さん単独のリーダー作ではない。この作品では、前述の“慶應三羽烏”である<strong>鈴木宏昌</strong>、<strong>佐藤允彦</strong>、<strong>大野雄二</strong>をはじめ、<strong>八木正生</strong>、<strong>羽田健太郎</strong>、<strong>市川秀男</strong>、<strong>大原繁仁</strong>、<strong>藤井貞泰</strong>といった８人の鍵盤奏者が20台のシンセサイザーをプレイするという、現代ではあり得ないプロジェクトが実現されているが、そこで作曲やアレンジ、それにシンセサイザーの操作にもっとも意匠を凝らしていたのは、やはり“慶應三羽烏”。大野さんをはじめとするこの３人は、当時から単なるジャズ・ピアニストではなく実にクリエイティヴな音楽家だった。のちの各々の活躍を考慮すれば、容易に想像がつくだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このアルバムに大野さんは「メイフラワー」「海猫」という、２曲のオリジナル・ナンバーを提供している。両曲はそれ以降、大野さんのリーダー作や氏が参加した他のアーティストの作品などで、しばしば採り上げられることになる。その点で、大野さんの代表曲と云っていいだろう。また、ここで使用されているコルグの700Sと800DVとはそれぞれ、単音発声機能のみを有するいわゆるモノフォニック・シンセサイザー、独立した２系統のヴォイスを搭載したデュオフォニック・シンセサイザーだったため、大野さんはストリングスによるアンサンブルの雰囲気を醸成するのにかなり苦労したという。氏はこの取り組みで電子楽器に対するアレルギーを克服したとさえ述べているので、本作はその後の大野サウンドにつながる重要なプロジェクトだったと云える。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8883 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/Spacekid2.png" alt="青空に浮かぶ宇宙服を着た男の子" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/Spacekid2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/Spacekid2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　さらにもう１枚、大野さんのリーダー作にレコード会社のCBS・ソニーレコードではなく、総合電機メーカーのソニーからリリースされた『<em>サウンド・アドヴェンチャー・アクト・１</em>』(1975年)というアルバムがある。サブタイトルに「AN EVENING WITH YUJI OHNO」とあるように、1975年８月５日に新宿の東京厚生年金会館大ホール(2010年３月31日に閉館)で行われたコンサートが実況録音されたもの。大野さんのキーボードを中心としたリズム・セクションに、ホーンズ＆ストリングス、さらに<strong>LOVE</strong>と銘打たれた女性コーラス・グループが加えられた、贅沢な編成によるライヴ・パフォーマンスの記録である。そのプログラムは、オリジナル・ナンバーをはじめ、映画音楽、ジャズ・スタンダーズ、ソウル・ミュージックと幅広く採り上げられている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このアルバムでもっとも気になるのは、<strong>スティーヴィー・ワンダー</strong>、<strong>パティ・ラベル</strong>、<strong>チャカ・カーン</strong>、<strong>ボビー・ヘブ</strong>らのレパートリーが採用されていること。トータル・サウンドは『ルパン三世』のテーマ曲に代表されるクロスオーヴァー風なのだが、このころの大野サウンドはよりリズム・アンド・ブルースやソウル・ミュージックからの影響を色濃く感じさせる。そのファンキーかつグルーヴィーなサウンドは、いまも輝きを失ってはいない。なおこのライヴでは、さきに挙げた「メイフラワー」と「海猫」(CD盤のみ収録)も演奏された。さらに云えば、この「海猫」と本作の冒頭に収録されている<strong>スティーヴィー・ワンダー</strong>の「トゥー・ハイ」は、<strong>原信夫とシャープス＆フラッツ</strong>の『<em>結成25周年記念リサイタル</em>』(1976年)でも再演された。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　思えばこの『<em>結成25周年記念リサイタル</em>』もまた、東京厚生年金会館大ホールでのライヴ・レコーディングが収録されたものだった。このリサイタルが開催されたのは、大野さんのコンサートよりおよそ７か月あとの1976年３月19日のこと。２部構成で行われたコンサートの第１部は、バンドのOBたちをゲストに迎えシャープス＆フラッツの歴史を辿る趣向となっていたが、第２部では当時、新進気鋭のミュージシャンとして注目を集めていた大野さんと、キーボーディストかつシンセシストの<strong>深町純</strong>とによるアレンジとコンポジションが大胆にフィーチュアされる。結果、主にスウィング・ジャズを演奏するこのビッグ・バンドにしてはごく稀な、当時のコトバで云うところのクロスオーヴァー・サウンドが繰り広げられた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それはさておき『<em>サウンド・アドヴェンチャー・アクト・１</em>』は、もともとソニーのオーディオ製品のデモンストレーション・リファレンス用として制作、頒布された非売品レコードだった。それでも当時、ぼくは中古ショップでほぼ新品状態の本盤を度々見かけたもの。そんな本作はオーディオ機器の音質チェック用として制作されたため、ライヴ盤でありながらカッティングやサウンド・クオリティーが非常に素晴らしい。当然、限定プレスということで入手困難な状態がつづいたようだが、そのコンテンツの秀逸さからもDJやコレクターのあいだで幻の名盤として注目されてきた。しかしながら2015年、ついにソニー・ミュージックエンタテインメントが開発したBlu-spec CD2規格で、しかもボーナス・トラックが追加されCD化された。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それはそうと1970年代の後半といえば、大野さんにとっては、映画『犬神家の一族』さらに『人間の証明』(1977年)、そしてテレビアニメ『ルパン三世』の音楽を手がけたことにより一躍脚光を浴び、その後一気に仕事が舞い込むようになった時期。おそらく盆と正月が一緒に来たような状況にあったであろう大野さんに、リーダー作を期待するのは無理からぬことだが、驚くべきことに非の打ちどころのないスタジオ・レコーディング作品を発表している。それが今回ご紹介する『<em>スペース・キッド</em>』(1978年)なのだが、ジャズ・ピアニストとして決定的な一打を与えるような『<em>ミスター・ハピゴン</em>』に対して、氏のサウンド・クリエイターとしての本領が遺憾なく発揮されたのがこのアルバム。紛うかたなき傑作である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　実は大野さんは、この『<em>スペース・キッド</em>』を制作するちょっとまえに、おなじCBS・ソニーレコードに『<em>永遠のヒーロー/ジェームズ・ディーン</em>』(1977年)というアルバムを吹き込んでいる。タイトルからもわかるように本盤は、夭逝した銀幕のスター、<strong>ジェームズ・ディーン</strong>の映画の世界観が、主演映画のテーマ曲やオリジナル・ナンバーで表現されたもの。これまた<strong>淀川長治</strong>と<strong>片岡義男</strong>の解説、<strong>谷川俊太郎</strong>のポエムが添えられた企画モノなのだが、大野さんによるジャズ/フュージョンを基調としたノスタルジックでスタイリッシュなそのサウンドは、いささかサウンドトラック調とはいえ独立した音楽作品として十二分に楽しむことができるもの。レコーディングやパフォーマンスの面でも、いわば『<em>スペース・キッド</em>』の前哨戦的なセッションだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">サウンド・クリエイターとしての本領が遺憾なく発揮されたアルバム</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで、ここからはアルバム『<em>スペース・キッド</em>』についてお伝えしていくが、レコーディング、ミックスダウン、そしてマスタリングは、1978年の３月１日から４月８日にかけて、港区麻布台のサウンド・シティ・スタジオにおいて行われた。なおレコーディング・エンジニアは、大野作品ではおなじみの<strong>伊豫部富治</strong>が務めている。収録曲はすべて、大野さんのペンによるものだ。ところで1978年といえば、ぼくはかねてから、大野サウンドが洗練された華麗な様式美を極めるに至った年と観ている。もともとジャズ・ピアニストでありながら、アメリカン・ポップ、フィリー・ソウル、ブラジリアン・ミュージックなどから影響を受けてきた大野さんは、ちょうどこのころ、ついに自己の音楽をおなじみのフュージョン・スタイルに昇華させたのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんな大野さんのクールな音楽は、この年にレコードとして矢継ぎ早に世に送り出された。サウンドトラック・アルバムだと『<em>ルパン三世</em>』『<em>大追跡</em>』『<em>24時間テレビ「愛は地球を救う」</em>』『<em>野性の証明</em>』とリリースされていき、クリスマスまえには早くも『<em>ルパン三世・２</em>』が発売された。なお『<em>24時間テレビ「愛は地球を救う」</em>』と『<em>野性の証明</em>』とは、同時進行で吹き込まれたという。それらのレコードのリリースの間隙を縫って制作されたのが、大野さんにとってはじめての本格的フュージョン・スタイルのリーダー作『<em>スペース・キッド</em>』だ。ちなみに、本作にも参加しているブラジル、サンパウロ出身で1969年から活動の拠点を日本に置いていたシンガー、<strong>ソニア・ローザ</strong>の４枚目のアルバム『<em>サンバ・アモール</em>』(1979年)の吹き込みもこの年。むろん大野さんがプロデュース、作編曲、キーボードを担当している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ときに『<em>スペース・キッド</em>』のレコーディング・メンバーだが、大野さんの作品ではおなじみの顔ぶれがズラリ並ぶ。列挙すると、<strong>大野雄二</strong>(key)、<strong>松木恒秀</strong>(g)、<strong>岡沢章</strong>(b)、<strong>高水健司</strong>(b)、<strong>市原康</strong>(ds)、<strong>穴井忠臣</strong>(perc)、<strong>ラリー寿永</strong>(perc)、<strong>斎藤不二男</strong>(perc)、<strong>衛藤幸雄</strong>(fl)、<strong>篠原猛</strong>(fl)、<strong>相馬充</strong>(fl)、<strong>ジェイク H. コンセプション</strong>(as)、<strong>鈴木武久</strong>(flh)、<strong>中沢健次</strong>(flh)、<strong>鈴木稔グループ</strong>(Str)、<strong>山川恵子</strong>(hp)、<strong>伊集加代子グループ</strong>(Chor)、<strong>ソニア・ローザ</strong>(vo)、<strong>杉原和司</strong>(synth prog)といった具合。ちなみにリズム・セクションの松木、岡沢、市原、穴井(敬称略)の４人は当時、<strong>鈴木宏昌</strong>率いる<strong>コルゲン・バンド</strong>(のちの<strong>ザ・プレイヤーズ</strong>)のメンバー。みな日本のスタジオ・ミュージシャンとしては、トップクラスのひとたちだ。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8884 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/Spacekid3.png" alt="青空に浮かぶキーボードとつり革" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/Spacekid3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/Spacekid3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　また、アルバムにクレジットはないのだが「ア・シングル・トレース・オブ・ラヴ」という曲でオーボエ奏者がリードをとっている。フルート奏者がもち替えで演奏しているのか、あるいはノンクレジットのオーボエ奏者が存在するのか、定かではない。もしかすると大野作品ではおなじみの<strong>石橋雅一</strong>、もしくは直近の『<em>野性の証明</em>』のレコーディングに参加した<strong>坂逸郎</strong>あたりが、オーボエを吹いているのかもしれない。いっぽう大野さんの本作での使用楽器は、アコースティック・ピアノ、フェンダー・ローズ、ヤマハ・エレクトリック・グランド、モーグ・シンセサイザー、ヤマハ・シンセサイザー CS-80。なかでも当時の大野さんは、ヤマハが開発した８音ポリフォニックの最高機種であるCS-80を好んで使用していた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにつけ加えておくと、この『<em>スペース・キッド</em>』は当時、CBS・ソニーレコードによって展開されていた高品質レコード、マスター・サウンド・シリーズの１枚。通常の２倍の時間をかけたハーフスピード・マスタリングによって、繊細で広い周波数レンジが実現された。確かに、いま聴いてもいい音がする。アルバム冒頭の「プロローグ &#8211; クリスタル・ラヴ -」のフェンダー・ローズのソロでは、透明感が際立つ。その後リズム・セクションがフェードインしてくるが、そのファンキーなビート感には、<strong>デイヴ・グルーシン</strong>や<strong>ボブ・ジェームス</strong>からの影響が感じられる。ただヤマハ・エレクトリック・グランドやストリングスによるシネマティックなメロディック・ラインは、大野さんならではのもの。のちに『<em>Made In Y.O.</em>』(2005年)でも再演された、大野サウンドを象徴する名曲だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　２曲目の「スペース・キッド」は、フィリピン出身の<strong>ジェイク H. コンセプション</strong>のアルトがフィーチュアされたディスコ・ナンバー。大野サウンドならでは女性コーラスもスタイリッシュ。シンプルな歌詞は、プロダクション・コーディネーターの<strong>砂田有子</strong>によるもの。また、イントロの「ミョ〜ン」という音は、CS-80によるもの。コードを押さえながら鍵盤の上部に付いているリボン・コントローラーというベルトを指でなぞると、こういう音が出る。このイントロのカット、劇場アニメ『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)でも印象的に使用されているので、ああ、あれかと思われる向きも多いだろう。フェードアウトしたあとはストリングスのアンサンブルによる「インタールード」が挿入される。ダイナミックかつソフィスティケーテッドなアレンジが、清涼感を与える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　つづいて途切れることなく、次曲の「メイフラワー」がフェードイン。前述のように度々採り上げられる大野さんの代表曲だが、その後も『<em>LUPIN THE THIRD「JAZZ」Funky &amp; Pop</em>』(2001年)において、ピアノ・トリオ・ヴァージョンを聴くことができる。ここではアコースティック・ピアノとストリングスとが絡み合いながら、ドリーミーな世界を演出。コーラス部のグルーヴィーな展開も心地いい。個人的には、このアレンジが決定版と思っている。A面最後の「ネヴァー・モア」は、<strong>ソニア・ローザ</strong>のコケティッシュなヴォーカルがフィーチュアされた軽快なサンバ。パーカッシヴなフルートや、コージーなピアノ・ソロも軽妙。ソニアさん自身が恋の終わりを綴ったポルトガル語の歌詞、そして彼女のスキャット＆ヴォーカリーズと、どこまでも爽やかだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　B面の冒頭を飾る「メルティング・スポット」は、フリューゲルホーンがリードをとるファンキーなフュージョン・ナンバー。ソウル＆ファンクを基調に華麗なストリングスが配されるところはCTIサウンドを彷彿させるが、メロディアスなコーラス部は、大野節以外のなにもでもない。つづく「ソーラー・サンバ」は、サンバ・テイストのラテン・フュージョン。開放感のあるパーカッション群と煌びやかなホーン・セクションをバックに、大野さんによるエレクトリック・グランドが跳ねまくる。さらにリズミカルかつプレイフルな「ダンシング・ラクーン」では、ソニアさんのスキャットと大野さんのモーグとのやりとりが小粋で楽しい。前述の「ア・シングル・トレース・オブ・ラヴ」は、オーボエが奏でる素朴なメロディがしっとりとした情感を与える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この曲などは、砂田さんによるきわめて明快な歌詞といい、<strong>伊集加代子グループ</strong>による垢抜けたコーラスといい、<strong>石立鉄男</strong>主演によるホームコメディドラマのシリーズに通じるハートウォーミングな響きをもっている。大野さんのアルバムが、常に他のフュージョン系の作品では味わうことのできないメロウなサウンドに仕上がっているのは、やはり氏の映像世界での経験が活かされているからだろう。また、それを逡巡することなくまえに押し出すところが、<strong>大野雄二</strong>という音楽家の懐の深さでもある。氏が単なるジャズ・ピアニストで終わっていたら、こうはいかなかっただろう。アルバムのラストをピアノとローズのみによる「エピローグ &#8211; クリスタル・ラヴ -」で締めくくり、余韻を残しながらアルバムの物語性を強めているところもさすが。非の打ちどころのない傑作である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<!-- START MoshimoAffiliateEasyLink -->
<p><script type="text/javascript">(function(b,c,f,g,a,d,e){b.MoshimoAffiliateObject=a;b[a]=b[a]||function(){arguments.currentScript=c.currentScript||c.scripts[c.scripts.length-2];(b[a].q=b[a].q||[]).push(arguments)};c.getElementById(a)||(d=c.createElement(f),d.src=g,d.id=a,e=c.getElementsByTagName("body")[0],e.appendChild(d))})(window,document,"script","//dn.msmstatic.com/site/cardlink/bundle.js?20220329","msmaflink");msmaflink({"n":"スペース・キッド","b":"BRIDGE-INC.","t":"大野雄二","d":"https:\/\/m.media-amazon.com","c_p":"","p":["\/images\/I\/51Jf5D+5pBL._SL500_.jpg"],"u":{"u":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B00C1BQD9I","t":"amazon","r_v":""},"v":"2.1","b_l":[{"id":1,"u_tx":"Amazonで見る","u_bc":"#f79256","u_url":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B00C1BQD9I","a_id":3841547,"p_id":170,"pl_id":27060,"pc_id":185,"s_n":"amazon","u_so":1},{"id":2,"u_tx":"楽天市場で見る","u_bc":"#f76956","u_url":"https:\/\/search.rakuten.co.jp\/search\/mall\/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%83%E3%83%89\/","a_id":3841545,"p_id":54,"pl_id":27059,"pc_id":54,"s_n":"rakuten","u_so":2},{"id":3,"u_tx":"Yahoo!ショッピングで見る","u_bc":"#66a7ff","u_url":"https:\/\/shopping.yahoo.co.jp\/search?first=1\u0026p=%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%83%E3%83%89","a_id":3841549,"p_id":1225,"pl_id":27061,"pc_id":1925,"s_n":"yahoo","u_so":3}],"eid":"CzPOo","s":"l"});</script></p>
<div id="msmaflink-CzPOo">リンク</div>
<!-- MoshimoAffiliateEasyLink END -->


<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-13 sbs-default sbp-l sbis-cn cf block-box">
<div class="speech-person">
<figure class="speech-icon"><img decoding="async" class="speech-icon-image" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2022/12/kimama-listen2.png" alt="" /></figure>
<div class="speech-name"> </div>
</div>
<div class="speech-balloon has-border-color has-ex-a-border-color">
<p>最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
</div>
</div>
<p></p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://kimama-music.com/yuji-ohno-space-kid/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>Bill Evans / You Must Believe In Spring (1981年)</title>
		<link>https://kimama-music.com/bill-evans-you-must-believe-in-spring/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=bill-evans-you-must-believe-in-spring</link>
					<comments>https://kimama-music.com/bill-evans-you-must-believe-in-spring/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 08 Mar 2026 09:25:10 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Jazz]]></category>
		<category><![CDATA[Bill Evans]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://kimama-music.com/?p=8835</guid>

					<description><![CDATA[ビル・エヴァンス・トリオにおける音楽的表現力の到達点、そしてもっとも泣ける作品『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">ビル・エヴァンス・トリオにおける音楽的表現力の到達点、そしてもっとも泣ける作品『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Bill Evans / You Must Believe In Spring (1981)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Theme From M*A*S*H (aka. Suicide Is Painless)</em></p>
</div>
</div>
<h3><span id="toc2">もっとも衝撃的な音楽家、エヴァンスとの出会い</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ビル・エヴァンス</strong>は間違いなく、ぼくの人生においてもっとも衝撃的な音楽家だった。はじめて聴いたのは、小学校高学年のころ。むろんそれ以前にもジャズには触れていたのだろうけれど、意識的にジャズを聴くようになったのは、エヴァンスとの出会いからだ。おさないころからクラシック・ピアノのレッスンを受け、ときにポピュラー・ピアノを弾いていたぼくにとって、エヴァンスのピアノ演奏はほんとうにセンセーショナルなもので、一時的にそれまで弾いていたクラシック・ピアノが退屈なもののように思えるほどだった。エヴァンスと同時に<strong>バド・パウエル</strong>のレコードも聴いたのだけれど、もしパウエルしか体験しなかったら、そんな気持ちにならなかったと思う。せいぜい超絶技巧の鍵盤捌きに感動する程度だったろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いやいや、それだけでも本来はスゴいことだと思うのだけれど、ぼくにとってエヴァンスのピアノ演奏はそれ以上に驚異的に感じられたのである。10歳以上も歳の離れた従兄の家で、はじめてエヴァンスの演奏に触れたときの衝撃をぼくはいまだに忘れることができない。ビルが隣接していたため雨戸が閉めっぱなしになっていた薄暗い部屋、それも一間半四方の座敷。部屋の一隅には結構立派なオーディオ装置が鎮座していたが、残りの三方には本やレコードがところ狭しと山積みされていた。奇跡的に残された小さな空間にぼくは座り、世にも美しい音楽に包み込まれた。ターンテーブルに載っていたレコードは、<strong>マイルス・デイヴィス</strong>の『<em>カインド・オブ・ブルー</em>』(1959年)。云うまでもなく彼の代表作であり、モダン・ジャズの歴史に残る名盤でもある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　マイルスの技巧に走ることなく、叙情性に重点を置くようなプレイに、ぼくは好感を覚えた。とにかく音楽全体が美しい。これほど耽美的なジャズ作品はほかにないのではなかろうか。そして、なんといってもピアニストだ。ぼくはこのアルバムでは「ソー・ホワット」と「フラメンコ・スケッチ」が特に好きなのだけれど、はじめて聴いたときは「ソー・ホワット」のイントロのピアノ演奏にシビレた。当時ぼくがクラシック・ピアノの先生に無理を云って弾かせてもらっていた、<strong>モーリス・ラヴェル</strong>や<strong>クロード・ドビュッシー</strong>のピアノ作品に通じるものを感じた。この曲のピアノの序奏がなんとも幽玄で、その後も宙に浮いたような感じを与えながら、ところどころに美しいイディオムが交えられる。その空気感に、フランスの印象主義音楽を連想させられた。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8844 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/evanstrio1.png" alt="３人のビル・エヴァンス(背景 : 青)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/evanstrio1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/evanstrio1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ぼくはピアノの個人レッスンを大学１年まで受けていたのだけれど、そちらではもっぱらクラシック・ピアノを教わるばかり。ジャズ・ピアノのほうは、独力で学んだ。中学生のころから教則本を手に入れて練習しはじめたのだが、エヴァンスのピアノ演奏に触れるまえからポピュラー・ピアノを弾いていたぼくは、もともとコードやスケールについての知識はそれなりに身につけていたので、ジャズを演奏するための体系的な手順や方法はすぐに理解した。でも結論から云うと、エヴァンスのような演奏をすることはできなかった。彼が当時２歳だった姪のために作曲した有名な「ワルツ・フォー・デビイ」の楽譜を買ってきて、実際に弾いてみると存外それほど難しくはない。でも、その美しいハーモニーと煌めくようなフレーズを即興的に創出するなど、到底できることではない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくは高校時代に本格的にジャズ・ピアノを独学しはじめたのだが、主にレコードを聴いて気に入ったフレーズを楽譜に転記し、あとはそれを弾けるようになるまでひたすら練習するという方法をとっていた。マスターした楽節をどんどんストックしていき、いざ実戦に臨んだときそれを引用するのである。このアプローチは、思いのほか有効かつ愉快痛快だった。そしてこのときぼくが集中的に聴いていたレコードといえば、<strong>ソニー・クラーク</strong>と<strong>ウィントン・ケリー</strong>のアルバム。さらにそれから少し遅れてのことになるが、<strong>トミー・フラナガン</strong>のリーダー作も自分にとって重要な教材となった。だがこのときのぼくは、もっとも影響を受けたはずのエヴァンスの演奏を、もはや真似しようなどとは思わなくなっていたのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　エヴァンスのピアノ演奏でぼくがまず気になったのは、なんといってもハーモニー。当時のぼくにはルート音を省略して弾くことにすら、目からウロコが落ちる思いだったのだが、彼が9th, 11th, 13thといったいわゆるテンション・ノートを多用していることに、もっとも衝撃を受けた。ジャズ・ピアノをかじったひとなら、そんなの当たりまえと云うのだろうが、なにせこのころのぼくといえば、ちゃんとレッスンを受けたのはクラシック・ピアノのみだったものだから──。それでも『<em>カインド・オブ・ブルー</em>』を聴いたときはなんとなくだけれど、ぼくはエヴァンスが奏でる色彩豊かな印象派的なハーモニーに、ラヴェルやドビュッシーからの影響を感じたのである。それにはじめて彼のピアノ演奏に触れて、その透明感のある繊細な響きに憧れるのは、なにもぼくだけではあるまい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　またエヴァンスのプレイの特徴としては、流動的で広がりのあるリズム感が挙げられる。彼は８分音符を敢えて均等に弾かない。その３連符を弾くようなニュアンスが、バップ系のプレイヤーのフレージングとは明らかに違う。しかも彼の場合、右手で３連符のラインを作りながら、左手のコンピングは２拍のコードをキープしていたりする。そのポリリズムが生み出す浮遊感が、一般的なスウィング感とはかなり違った印象を与える。しかもベースやドラムスとともに一定のリズムを刻まず、自由にリズムを崩しながら弾く場面が散見されるのだ。そんなタイム感はいわゆるブロークン・タイムというものなのだけれど、このスタイルを確立したのはエヴァンスと云ってもいいのではなかろうか。むろんその点に注目するようになったのは、彼のレコードを何枚か聴いたあとのことである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにつけ加えると、エヴァンスはバップならではスタッカートの効いたアグレッシヴな奏法をほとんど用いることがなく、レガート・タッチで音を羅列する。しかもクロマティックなアプローチで、より滑らかなラインを形成させる。それは彼のピアノ演奏に抒情性が生み出される要因のひとつと、ぼくには思われる。右手がそんな感じで進行するなか、かたや左手のほうがときに単なる伴奏ではなく美しいメロディを奏でるときもある。これはヴォイス・リーディングという手法なのだけれど、クラシック音楽で云うところの対位法的なアプローチだ。そういえば細かいことだが、インプロヴィゼーションにおいて、トリルやターンといった装飾音が頻繁に鏤められるのも、エヴァンスのプレイにクラシックからの影響が感じられるところである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　まあ、いまだからエヴァンスのピアノ・テクニックについていっぱしの口を叩いているけれど、はじめて彼の演奏に触れたときのばくがそんなことを認識するはずもない。たぶん単純に途轍もなくあか抜けた音楽と、感じたくらいのものだろう。でも同時に自分が聴きたかった音楽、そしてほんとうに演りたい音楽はこれだと思ったのも確かだ。繰り返しになるが、エヴァンスの音楽は、抒情的なメロディック・ライン、緻密なハーモニー、そして洗練されたインタープレイと、どこをとっても理知的である。一般的にはジャズ・ピアノの詩人と称されるほど。彼が1961年にヴィレッジ・ヴァンガードで行ったライヴ演奏が収録されたアルバム『<em>ワルツ・フォー・デビイ</em>』(1962年)は、ふだんジャズを聴かないという若い女性からも人気があるという。それには、大いに得心がいく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">だれにも真似することができない、エヴァンスの演奏</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　エヴァンスのアルバムは、まあ例外もあるけれど、そんなに聴きにくいものはない。彼がどんなにスゴいことを演っているかを理解しなくても、雰囲気だけ楽しむこともできる。これまでにエヴァンスのピアノを一度も聴いたことがないというひとでもご安心あれ、彼が奏でるあたかも水晶のような音色と琴線に触れる流麗な旋律とに、魅了されること請け合いである。もし『<em>ワルツ・フォー・デビイ</em>』のジャケットを目にして気に入ったら、ぜったいに手にとるべき。黒と紫を基調とした、女性の横顔とおぼしきぼんやりしたシルエットが浮かび上がった、あの美麗なデザインのジャケットは、アルバム・コンテンツをそのまま表している。それくらいエヴァンスの音楽は美しい。クラシックの技法の導入とか、洗練されたヴォイシングの確立とかは、ひとまず置いておこう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それはさておき、ぼくが『<em>カインド・オブ・ブルー</em>』を聴くやいなや、エヴァンスのピアノ演奏に夢中になったのは確かなこと。特に「フラメンコ・スケッチ」のバラード演奏の美しさに、ぼくは得も云われぬ心地よさを覚えた。そこにはまるで<strong>エリック・サティ</strong>の作風のように、旋法が扱われることで独特の清澄な雰囲気が醸し出されている。一般的に『<em>カインド・オブ・ブルー</em>』はモード・ジャズの傑作との呼び声が高いけれど、もちろんこのときのぼくはモード手法がどういうものかは知らなかった。管楽器の静謐を湛えるソロの連鎖から、直感的にモードを感じていたのだと思う。そしてなによりもピアノが奏でる美しいハーモニーから、ぼくはこころの安らぎさえ得ることができた。平たく云ば、すごく気持ちがよかったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらに云えば同時に、エヴァンスのコード感覚こそが『<em>カインド・オブ・ブルー</em>』というアルバム全体のサウンドに大きな広がりをもたせていると、小学生のぼくでもなんとなく感じていたのである。にもかかわらず、いざ自分がジャズ・ピアノを独学しはじめたとき、ぼくが彼の演奏を模範とすることはなかった。決して<strong>ソニー・クラーク</strong>、<strong>ウィントン・ケリー</strong>、あるいは<strong>トミー・フラナガン</strong>のテクニックやアーティキュレーションがイージーというわけではないけれど、モダン・ジャスにおいては広く認められている確実な技法というか、きわめてオーソドックスな様式だ。それに対してエヴァンスのスタイルは、ビギナーが独学するのに手本とするにはあまりにも独特というか革新的だった。なにごともそうだが、まずは基本を固めることがいちばんの近道なのである。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8845 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/evanstrio2.png" alt="３人のビル・エヴァンス(背景 : ピンク)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/evanstrio2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/evanstrio2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ここでハッキリ断言するけれど、エヴァンスのピアノ・テクニックはきわめて高度で難しい。ぼくが演ったように単に楽譜をなぞるだけなら、ちょっとでもピアノ演奏の心得があるひとならラクに弾けるかもしれない。でも自分であの特有のサウンドやニュアンスを再現するとなると、相当繊細なテクニックと音楽理論への深い理解が必要だろう。エヴァンスが紡ぎ出す音が醸し出す、あの抒情的な雰囲気を彷彿させるものを漂わせるピアニストはたくさんいるけれど、ぼくにとってそれは似て非なるもの。プロのピアニストでもエヴァンスに近づくのが難しいのだから、ぼくのようなヒヨッコが真似しようなんておこがましい、というか不可能。エヴァンスのピアノ・プレイのスゴいところは、物理的な速弾きよりも、ハーモニーの知的な構成、絶妙なタッチのコントロール、そしてリズムの独自の解釈なのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなわけで、ぼくはエヴァンスに関しては、もっぱら聴くほうに徹している。それ故か彼は、いまもぼくにとってもっとも好きなピアニストのままでいる。ハナシが戻るが、ぼくが『<em>カインド・オブ・ブルー</em>』につづいて聴いたエヴァンスの演奏といえば、彼のリーダー作『<em>フロム・レフト・トゥ・ライト</em>』(1971年)だった。むろん本作は、間違ってもエヴァンスの代表作とは云い難い。やはりぼくはこのアルバムを従兄に聴かせてもらったのだが、彼はこのレコードをターンテーブルに載せるときに「面白くないぞ」と、ひとこと添えた。でもぼくにしてみれば、少しも興ざめするようなところはなく、楽しんで聴くことができる作品だった。もともとフェンダー・ローズの音色は好きだったし、<strong>マイケル・レナード</strong>によるストリングスとウッドウィンズもなかなかいい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　実はジャズ好きの従兄は、エヴァンスのことがあまり好きではなかったようで、彼のレコードはほんの数枚しか所持していなかったのだ。ではなぜよりによってこのアルバムなのか、いま思えばちょっと謎なのだけれど、あるいはくわえタバコに右手でフェンダー・ローズ、左手でスタインウェイという、キャッチーなジャケットにこころ惹かれたのかもしれない。イージーリスニングと云ってバカにする向きもある『<em>フロム・レフト・トゥ・ライト</em>』ではあるが、ぼくにとっては案外いいことづくめだったりする。たとえば、冒頭にぼくが当時から好きだった<strong>ミシェル・ルグラン</strong>の「これからの人生」が収録されているのにも、親近感が湧いた。また、エヴァンスと関係の深い<strong>アール・ジンダース</strong>の曲が「ソワレ」「ララバイ・フォー・ヘレン」と、２曲も採り上げられている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらに、その後ぼくが影響を受けることになるブラジルの音楽家、<strong>ルイス・エサ</strong>の代表曲「ザ・ドルフィン」も２パターンで収録されている。これもまたぼくの好きな<strong>ジミー・ヴァン・ヒューゼン</strong>が書いた名曲「ライク・サムワン・イン・ラヴ」のバラード演奏などは、ちゃんとエヴァンスらしさが出ているし、彼に寄り添うようなオーケストラのアレンジもなかなか味わい深い。なぜ多くのジャズ・クリティックから酷評されるのか、ぼくには理解できない。オーケストラとの共演だからか、それともエレクトリック・ピアノやエレクトリック・ベースが入るからか、はたまたオーバーダブのせいか若干音質が劣化しているからか、いずれにしてもぼくにとっては、一向に目くじらを立てる理由にはならない。敢えて云うけれど、不朽の名盤『<em>ワルツ・フォー・デビイ</em>』だけがエヴァンスではないのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　結局、従兄の部屋でジャズにというよりもエヴァンスという音楽家に強い関心をもったぼくは、彼のリーダー作を手当たり次第聴いていくことになる。もちろん、ピアノに対して高音域のカウンターメロディを繰り出す、25歳という若さでこの世を去った天才ベーシスト、<strong>スコット・ラファロ</strong>と、まるでエヴァンスに真っ向から向き合うかのようなブラシ＆シンバル・ワークを展開する<strong>ポール・モチアン</strong>とを従えたトリオによる、いわゆる“リヴァーサイド４部作”もほどなくして手にとった。云うまでもなく『<em>ポートレイト・イン・ジャズ</em>』(1960年)『<em>エクスプロレイションズ</em>』(1961年)『<em>サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード</em>』(1961年)『<em>ワルツ・フォー・デビイ</em>』(1962年)といった４枚だが、押し並べて旧来のピアノ・トリオのスタイルを打ち破った傑作である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　でも、それはエヴァンスのひとつの側面が捉えられたもので、いくら空前絶後の傑作とはいえこの４作品を聴いただけでは、そのピアノ・プレイの醍醐味を堪能し尽くしたことにはならないように、ぼくには思える。エヴァンスが創出する音世界に足を踏み入れる端緒を開いた作品が、たまたま『<em>フロム・レフト・トゥ・ライト</em>』だったせいかぼくの場合、一般的に高く評価されるリリカルでデリケートなピアノ・トリオ編成による作品でなくても、それほど抵抗感なく受け入れられた。たとえば、フェンダー・ローズが大胆に導入されエヴァンスの自作曲ばかりが採り上げられた『<em>ザ・ビル・エヴァンス・アルバム</em>』(1971年)は、だれがなんと云おうとぼくにとって、彼の音楽を俯瞰するときマイルストーンのような役割を果たす重要なアルバムだったりする。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　うっかり“リヴァーサイド４部作”だけでは、エヴァンスの音楽を味わい尽くすことができないと、大口を叩いてしまったが、かく云うぼくにも彼の作品に苦手なものがないわけではない。多くのエヴァンス・ファン延いてはジャズ・ファンからそしりを受けるアルバムといえば、なんといっても<strong>クラウス・オガーマン</strong>がオーケストレーションを担当した『<em>プレイズ・V.I.P.s・アンド・グレイト・ソングス</em>』(1963年)、そして<strong>ジョージ・ラッセル・オーケストラ</strong>との共演作『<em>リヴィング・タイム</em>』(1972年)だろう。確かにエヴァンスのリーダー作としては、かなり厄介なアルバムだ。前者は<strong>クリード・テイラー</strong>がプロデュースを手がけたイージー・リスニング作品、後者はジャズとロックとがブレンドされた意欲作である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">これを聴かずして、エヴァンスを語ることはできない</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　確かにこの２枚には、それこそトリオ編成のときのリリカルでデリケートなタッチのエヴァンスはどこにもいない。ところがぼくの場合、たまにまったく脈絡なく突然聴きたくなることがあるから不思議だ。前者はジャズらしさはまるで感じられないのだけれど、BGMとして聴くぶんにはけっこう心地いい。ときにエヴァンスがオガーマンによるオーケストラ・サウンドの波に乗って、張り切って弾いている場面に出くわすこともあり、なかなか楽しい。後者はラッセルのすべて自作曲でまとめられているが、いかにも彼らしく既存の枠にとらわれない前衛的なサウンドが展開されている。デリカシーというコトバとは無縁のアグレッシヴなアプローチが繰り広げられるなか、エヴァンスが別の意味でカッコいいパフォーマンスを披露。そんな彼を満喫するのも、また一興かと──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　個人的に苦手なアルバムでは、西海岸で活躍したドラマー、<strong>シェリー・マン</strong>との共演作『<em>エンパシー</em>』(1962年)が筆頭に挙げられる。<strong>アーヴィング・バーリン</strong>のブロードウェイ・ナンバー「ワシントン・ツイスト」でのユーモラスにスウィングするブルージーな展開や、<strong>リチャード・ロジャース</strong>の映画音楽「我が心に歌えば」の後半におけるエスプリを効かせたアヴァンギャルド風のパフォーマンスは、エヴァンスらしくない。どちらかというと内省的な音楽家の彼に、こういうアソビは似合わないように思われる。とはいえ、繊細な語り口で描き出される美しきノスタルジーが光る「ダニー・ボーイ」や、リリカルでモダンなフレーズが淀みなく綴られていき都会的なムードを醸し出す「アイ・ビリーヴ・イン・ユー」といったエヴァンス屈指の名演も収録されており、それこそ厄介なアルバムと云える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにもう１枚、クインテットで吹き込まれた『<em>クロスカレント</em>』(1978年)は、エヴァンス贔屓のぼくでもついつい避けてしまうアルバムだ。<strong>リー・コニッツ</strong>のアルト、<strong>ウォーン・マーシュ</strong>のテナーがフロントに置かれたプロジェクト自体はわるくない。1966年から長年エヴァンス・トリオのベーシストを務めてきた<strong>エディ・ゴメス</strong>、1976年からレギュラー・ドラマーとなった<strong>エリオット・ジグムンド</strong>といったリズム隊も、ぼくは好きだ。しかしながらいざフタを開けてみると、アルバムはコンセプトが明確化されていないコンテンツで埋め尽くされている。平たく云えばなにを演りたいのか、まったくわからない。方向性に一貫性がないのもそうだが、各々のプレイにも熱意やモチベーションが感じられず、ハッキリ云って１枚とおして聴くのはちょっとしんどい。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8846 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/evanstrio3.png" alt="３人のビル・エヴァンス(背景 : 緑)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/evanstrio3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/evanstrio3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　では逆にぼくが特別に親しみを覚えるアルバムといえば、実はワーナー・ブラザース・レコードからリリースされた４作品だったりする。具体的にはオーヴァーダブとソロ・ピアノとで吹き込まれた『<em>未知との対話 &#8211; 独白・対話・そして鼎談</em>』(1978年)、ジャズ・ハープのパイオニア、<strong>トゥーツ・シールマンス</strong>との共演作『<em>アフィニティ</em>』(1979年)、エヴァンスにとって最後のスタジオ・レコーディングとなったクインテット編成の『<em>ウィ・ウィル・ミート・アゲイン</em>』(1980年)、彼の死後に発売されたトリオ作『<em>ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング</em>』(1981年)といったアルバム。さらに同一のトリオによるアルバムで、ワーナー・ブラザース移籍直前に吹き込まれたファンタジー盤『<em>アイ・ウィル・セイ・グッドバイ</em>』(1980年)も、好きな１枚である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　これらのアルバムはすべて、ぼくがエヴァンス存命中の期間にリアルタイムで聴いたもの。どれもこれまでになく、エヴァンスの創作意欲に溢れた作品である。ところがアルバム制作への熱意とは裏腹に、彼の肉体は徐々に深く蝕まれていった。そして『<em>ウィ・ウィル・ミート・アゲイン</em>』がリリースされたあと、1980年９月15日15時30分、エヴァンスはこの世を去った。まだ51歳だった。訃報は日本の新聞にも、さほど大きくはなかったが写真入りで掲載された。肝硬変と出血性潰瘍による失血性ショック死ということだったが、もとをただせば長きにわたる飲酒と薬物使用が大きく影響したことは容易に想像がつく。このとき、衝撃的な出会いから４年足らず、ぼくはこころの拠りどころをひとつ失ったような、そんな喪失感に見舞われたのであった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なおワーナー・ブラザース盤のうち最初にリリースされた３枚では、ことごとくフェンダー・ローズが使用されている。トレンドとはまったく関係のない、エヴァンスのこだわりが感じられる。個人的に出会いの１枚となった『<em>フロム・レフト・トゥ・ライト</em>』以来、しばしば実施していたエレクトリック・ピアノの導入は、明らかに彼の音楽において有効な手段だったと、ぼくは信じてやまない。前述の『<em>ザ・ビル・エヴァンス・アルバム</em>』と同様にこの３枚では、ローズによるサウンド・エフェクトが、各楽曲に新鮮な空気を与え、その展開をよりドラマティックなものにしている。そんなエヴァンスのサウンド・クリエイトへの意欲が晩年に再燃したのは、それらよりもまえに吹き込まれた『<em>ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング</em>』が、トリオ・スタイルの最終的な段階に達する作品となったからかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　1977年８月23日から25日にかけてハリウッドのキャピトル・スタジオにおいて吹き込まれた『<em>ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング</em>』は、なぜか当初リリースが見送られたが、エヴァンスの逝去を機に追悼盤として発売された。ぼくはこの作品を一聴して、彼の音楽的表現力の到達点と感じた。きわめて音楽全体が美しい。その点では、“リヴァーサイド４部作”よりも上。すこぶる耽美的、しかもオンリーワンの味わいという点では『<em>カインド・オブ・ブルー</em>』に匹敵する。およそ３か月まえに録音された『<em>アイ・ウィル・セイ・グッドバイ</em>』とは、<strong>エディ・ゴメス</strong>(b)、<strong>エリオット・ジグムンド</strong>(ds)といったサイドメンこそ共通するものの、まったく印象を異にする。前作は久しぶりのトリオ作品ということでフレッシュに響いたが、音楽としての深い味わい、エヴァンスの精神的な奥行きという点では、まだまだだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この『<em>ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング</em>』でのエヴァンスは、いつになく感傷的だ。前述したハーモニー、タッチ、リズムなどにおける彼独自の高度なテクニックが十分に成熟しているが故か、むしろ稀に見る心情の吐露が際立っているように、ぼくには思われる。そういう意味で本作は、もっとも泣けるエヴァンス作品と云えるかもしれない。冒頭のエヴァンスが12年間内縁関係の末、不幸な死を遂げた女性、<strong>エレイン・シュルツ</strong>への思いを綴った「Bマイナー・ワルツ」では、リリカルなタッチとエモーショナルな転調に泣かされる。つづく<strong>ミシェル・ルグラン</strong>の「ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング」でも、原曲以上に哀愁と懐かしさに浸りながらエヴァンスは泣きつづける。ゴメスがそっと寄り添ったあとの、畳み掛けるようなエヴァンスの熱いソロが素晴らしい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　エヴァンスと共演歴のあるヴィブラフォニスト、<strong>ゲイリー・マクファーランド</strong>の隠れた名曲「ゲイリーのテーマ」では、ワルツ・タイムによるモダニズムを感じさせる抒情性が美しい。都会的なムードは、ふたりの共通点。そして38歳という若さで悲劇的な最後を迎えたマクファーランドの早すぎる才能の喪失は、少なからずエヴァンスにも寂寥感を与えたことだろう。エヴァンスが兄のハリーに捧げた「ウィ・ウィル・ミート・アゲイン」は、やはりセンティメンタルなワルツ。この録音から１年と９か月あと、ハリーは動機不詳の拳銃自殺を遂げる。エヴァンスはなにか胸騒ぎを感じていたのか、サイドとともに激しくも悲哀に満ちたインタープレイを展開。エヴァンス本人の死、意味深長なタイトルも含めて、ただただ泣けてくる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　盤面を裏返すと、ピアニストであり、ヴォーカリストであり、そしてコンポーザーとしても才覚のあった<strong>ジミー・ロウルズ</strong>の「ピーコックス」のマイナー調の美しいメロディが流れ出す。エヴァンスのリリシストとしての一面が、遺憾なく発揮される。その詩的な美しさを湛えたバラード・プレイは、ため息の出るような深い哀感を漂わせる。アルゼンチン出身のジャズ・ピアニスト、<strong>セルジオ・ミハノヴィッチ</strong>の「サムタイム・アゴー」は、サウダージ感覚に溢れたブライトトーンのワルツ。エヴァンス、そしてゴメスによる繊細かつ流麗なソロに、こころが温まる。ラストの<strong>ジョニー・マンデル</strong>による映画音楽「マッシュのテーマ」では、エヴァンスにしては珍しくラテン・タッチの演奏が展開される。転調を活かしたインタープレイで、トリオは静かで激しい情動を燃やす。この清涼感は、きわめて稀有。やはり本作を聴かずして、エヴァンスを語ることはできない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<!-- START MoshimoAffiliateEasyLink -->
<p><script type="text/javascript">(function(b,c,f,g,a,d,e){b.MoshimoAffiliateObject=a;b[a]=b[a]||function(){arguments.currentScript=c.currentScript||c.scripts[c.scripts.length-2];(b[a].q=b[a].q||[]).push(arguments)};c.getElementById(a)||(d=c.createElement(f),d.src=g,d.id=a,e=c.getElementsByTagName("body")[0],e.appendChild(d))})(window,document,"script","//dn.msmstatic.com/site/cardlink/bundle.js?20220329","msmaflink");msmaflink({"n":"ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング","b":"UNIVERSAL MUSIC GROUP","t":"Bill Evans","d":"https:\/\/m.media-amazon.com","c_p":"","p":["\/images\/I\/410JHsOvhyL._SL500_.jpg"],"u":{"u":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B0F99QTL7R","t":"amazon","r_v":""},"v":"2.1","b_l":[{"id":1,"u_tx":"Amazonで見る","u_bc":"#f79256","u_url":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B0F99QTL7R","a_id":3841547,"p_id":170,"pl_id":27060,"pc_id":185,"s_n":"amazon","u_so":1},{"id":2,"u_tx":"楽天市場で見る","u_bc":"#f76956","u_url":"https:\/\/search.rakuten.co.jp\/search\/mall\/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0\/","a_id":3841545,"p_id":54,"pl_id":27059,"pc_id":54,"s_n":"rakuten","u_so":2},{"id":3,"u_tx":"Yahoo!ショッピングで見る","u_bc":"#66a7ff","u_url":"https:\/\/shopping.yahoo.co.jp\/search?first=1\u0026p=%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0","a_id":3841549,"p_id":1225,"pl_id":27061,"pc_id":1925,"s_n":"yahoo","u_so":3}],"eid":"zMFbk","s":"l"});</script></p>
<div id="msmaflink-zMFbk">リンク</div>
<!-- MoshimoAffiliateEasyLink END -->


<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-13 sbs-default sbp-l sbis-cn cf block-box">
<div class="speech-person">
<figure class="speech-icon"><img decoding="async" class="speech-icon-image" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2022/12/kimama-listen2.png" alt="" /></figure>
<div class="speech-name"> </div>
</div>
<div class="speech-balloon has-border-color has-ex-a-border-color">
<p>最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
</div>
</div>
<p></p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://kimama-music.com/bill-evans-you-must-believe-in-spring/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>Mark Isham / Quiz Show From The Original Motion Picture Soundtrack (1994年)</title>
		<link>https://kimama-music.com/mark-isham-quiz-show-from-the-original-motion-picture-soundtrack/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=mark-isham-quiz-show-from-the-original-motion-picture-soundtrack</link>
					<comments>https://kimama-music.com/mark-isham-quiz-show-from-the-original-motion-picture-soundtrack/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 22 Feb 2026 06:36:35 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Soundtrack]]></category>
		<category><![CDATA[Mark Isham]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://kimama-music.com/?p=8805</guid>

					<description><![CDATA[ロバート・レッドフォードの監督、マーク・アイシャムの音楽で送る、テレビ番組のスキャンダルが描かれた社会派サスペンス『クイズ・ショウ』のサウンドトラック・アルバム]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">ロバート・レッドフォードの監督、マーク・アイシャムの音楽で送る、テレビ番組のスキャンダルが描かれた社会派サスペンス『クイズ・ショウ』のサウンドトラック・アルバム</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Mark Isham / Quiz Show From The Original Motion Picture Soundtrack (1994)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Your Secret&#8217;s Safe With Me</em></p>
</div>
</div>
<h3><span id="toc2">あのジャズ・スタンダーズが象徴的に使用された重厚な人間ドラマ</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ジャズ・スタンダーズのなかに「モリタート」という有名な曲がある。ジャズ・ファンだったら真っ先に思い浮かべるのは、テナー奏者、<strong>ソニー・ロリンズ</strong>のアルバム『<em>サキソフォン・コロッサス</em>』(1956年)の収録曲であるということ。ロリンズらしく明るくて温かみのある演奏は、何度聴いても気持ちがいい。個人的には、サイドメンを務めた<strong>トミー・フラナガン</strong>のピアノ・プレイに影響を受けた。この曲は多くのジャズ・プレイヤー、ことにシンガーに採り上げられているけれど、もともとは1928年初演のミュージカル『三文オペラ』の劇中歌。ドイツの劇作家、<strong>ベルトルト・ブレヒト</strong>が戯曲を書き、やはりドイツの作曲家である<strong>クルト・ヴァイル</strong>が音楽を手がけた。この劇中歌、当初は「メッキー・メッサーのモリタート」というタイトルだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　原曲のドイツ語の歌詞はブレヒトが書いたものだったが、1954年のニューヨーク公演の際、アメリカの作曲家、<strong>マーク・ブリッツスタイン</strong>が英語詞を付して「マック・ザ・ナイフ」というタイトルで知られるようになった。その昔「匕首マック」というスゴい邦題が付いていたけれど、匕首(あいくち)などと云われても、いまのひとにはなんのことやらさっぱりわからないだろう。要はツバのない短刀のことで、サメのような歯を真珠色に光らせているオトコ、マックはそれとおなじようなジャック・ナイフを忍ばせているヤツ──と歌われているところからきている。このミュージカルの主人公、マック・ザ・ナイフことメッキー・メッサーは貧民街の顔役、いわゆるギャングなのである。なおこのミュージカル、何度か映画化もされるほどの人気作である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この曲、すでにあの<strong>サッチモ</strong>こと<strong>ルイ・アームストロング</strong>が歌っていたのだが、大ヒットしたのは俳優でもあるシンガーの<strong>ボビー・ダーリン</strong>が歌ったとき。彼が1959年に発表したシングル「マック・ザ・ナイフ」は、ビルボード誌のホット100において10月５日からの９週間、第１位を記録するメガヒットとなった。当時のポップス・シーンにおいては、驚異的な記録と云える。 またダーリンは、翌1960年にこの曲でグラミー賞の最優秀レコード賞を獲得している。さらにダーリン版の「マック・ザ・ナイフ」は、1999年にグラミーの殿堂入りを果たしている。なおこの曲は、ダーリンのセカンド・アルバム『<em>ザッツ・オール</em>』(1959年)に、有名な「ビヨンド・ザ・シー」とともに収録されているので、ぜひ聴いていただきたい。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8818 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/quizshow1.png" alt="クイズ番組の回答者席" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/quizshow1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/quizshow1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ところで、このボビー・ダーリンが歌った「マック・ザ・ナイフ」こと「モリタート」だが、ある映画のオープニングのシーンで使用されている。それは1950年代に実在したNBCの人気テレビ番組『21(トウェンティワン)』をめぐるスキャンダルが描かれた、社会派ドラマ『クイズ・ショウ』(1994年)という作品。<strong>ジョン F. ケネディ</strong>および<strong>リンドン・ジョンソン</strong>政権でスピーチライターや補佐官を務めた、アメリカの政治顧問で作家の<strong>リチャード N. グッドウィン</strong>の著書『60年代アメリカ衝撃の真実』(1988年)が映画化されたものだ。監督は俳優の<strong>ロバート・レッドフォード</strong>が務めた。レッドフォードが惜しまれくも89歳で、2025年９月16日の朝、ユタ州プロボ郊外の自宅において就寝中に死去したことは、まだ記憶に新しい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちなみに映画のなかで、原作者のグッドウィンは立法管理小委員会の捜査官、<strong>ディック・グッドウィン</strong>として描かれている。1991年から1993年まで３年連続でゴールデングローブ賞テレビドラマ部門最優秀男優賞にノミネートされたことで、当時熱い視線が注がれていた俳優、<strong>ロブ・モロー</strong>が演じた。むろん、<strong>ジョン・タトゥーロ</strong>演じる、テレビ番組の不正を告発する<strong>ハービー・ステンペル</strong>、そして<strong>レイフ・ファインズ</strong>演じる、自らが番組のやらせに加担したことを告白する元コロンビア大学の講師、<strong>チャールズ・ヴァン・ドーレン</strong>も、ともに実在の人物。クイズ・ショウ・スキャンダル(1956年 &#8211; 1959年)は、ケネディ暗殺事件(1963年)、ウォーターゲート事件（1972年 &#8211; 1974年）とともに、アメリカの20世紀後半における国民的な信頼の崩壊を招いた、重要な出来事なのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この映画のメガホンをとったレッドフォードは、ハリウッド屈指の二枚目俳優として広く知られているけれど、その演技力も然ることながら製作人としても傑出した能力を発揮したひと。監督としては、自身の出演作で確立したイメージに依存することなく、この『クイズ・ショウ』もそうだが多くの場合、アメリカ社会の歪みや真実を批判精神をもって描き出していた。たとえば、監督としてのデビュー作であり、アカデミー作品賞および監督賞、ゴールデングローブ監督賞を受賞した『普通の人々』(1980年)では、アメリカのどこにでもある家庭の家族間の崩壊と再生、そして人間の内面的な葛藤を繊細に描いた。しかも一般的なハリウッド作品のような派手な演出はせず、物語の本質を誠実に伝えることに集中している。その控えめで静かなトーンには、ぼくも大いに感銘を受けた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ほかにも、環境破壊と開発をテーマとしたファンタジックな作品『ミラグロ/奇跡の地』(1988年)、古きよきアメリカの自然や家族の絆が叙情的に描かれた『リバー・ランズ・スルー・イット』(1992年)、現代的な都会生活のストレスに対する癒しとこころの再生の物語『モンタナの風に抱かれて』(1998年)、政治とメディアの責任を問うリアルな現代ドラマ『大いなる陰謀』(2007年)といったレッドフォードの監督作品では、一貫して人間の尊厳や道徳、あるいは誠実さが追求されている。どれも観客を圧倒するような視覚的なインパクト、壮大なアクション、煌びやかな世界観とは無縁だが、観るものに静謐を湛えた深い感動と社会的な視点を与える。そういうレッドフォード監督作品の特徴は、彼の人間性の現れでもあるのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで、この『クイズ・ショウ』もまた、いかにもレッドフォードの監督作品らしいメディアの功罪や正義、誠実さとはなにかを問いかける重厚な人間ドラマとなっている。むろん本作は、1950年代後半を舞台とするテレビ番組のやらせスキャンダルが描かれた実話ベースのサスペンスとしても、あるいは緊張感溢れる生放送のクイズ番組が再現された心理エンターテインメントとしても十分に楽しむことができる作品に仕上がっている。実話に基づいた物語は、人気テレビ番組『21』に出演する一般人で知識豊富なクイズ王、ステンペルを、番組側サイドが視聴率低下を理由に降板させようとするところからはじまる。番組のプロデューサーは、新たなクイズ王としてステンペルから見栄えのいい大学講師、ヴァン・ドーレンへ交代させるため、彼にクイズの解答を事前に教えようとする──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">ジャズとクラッシックとの両ジャンルにまたがってスコアを書く音楽家</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　冷遇され憤慨したステンペルは番組の八百長を大陪審に告発するが、なぜか封印されてしまう。封印ということに疑問を覚えた、立法管理小委員会の捜査官、グッドウィンはテレビ局の不正を暴こうとニューヨークに向かう──。まあこれ以上ストーリーをお伝えするとネタバレにもなるので、この辺でやめておくことにするが、本作では視聴率のためなら嘘も厭わないテレビ業界の裏側、テレビの全盛期のアメリカ国民の異常な熱狂、そして不正が明るみに出る過程の緊迫感が、鋭いタッチでリアルに描写されている。情報量の多さから主に前半では作品世界に集中しにくい部分もあるが、レッドフォードの冴えた演出が功を奏し、最後まで観客を飽きさせない構成となっているので、未見のかたにはぜひともご覧いただきたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さて、ここでハナシを音楽に戻すが、映画の冒頭といえば、自動車の展示場でグッドウィンがクルマの仕様について販売員から説明を受けているシーン。やがて彼をコックピットに座らせるまでに至ったそのクルマとは、1958年型のクライスラー、すなわちピカピカの最新モデルだ。そして豪華な自動車は、当時のアメリカン・ドリームの象徴でもある。クライスラーのラジオからは、ソビエト連邦が開発した世界初の人工衛星スプートニク１号の打ち上げ成功を伝えるニュースが聞こえてくる。そしてグッドウィンがラジオのボタンを押し直すと、<strong>ボビー・ダーリン</strong>の歌う「マック・ザ・ナイフ」が流れ出す。それはあたかも、やがてアメリカの全国民が感じることになる、完璧だった日常の揺らぎから生まれる不安を、暗示するかのような場面だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　よくよく考えてみると、公職に就くグッドウィンが、自分の給料では到底買えない高級車を眺めるというこのシーン、この映画のテーマを上手く表している。つまり一見物語に直接関係のないように思われるこの場面、実は名声や金銭の誘惑、そしてそれに関わる道徳的葛藤を、視覚的に提示したものなのである。そこにきて、<strong>ボビー・ダーリン</strong>の「マック・ザ・ナイフ」だ。ダーリンの小気味いい歌唱が牽引する軽快でスウィンギーなサウンドが流れるなか、ひきつづきスタジオの観客の歓声、カメラのフラッシュ、司会者の熱気、クイズ挑戦者の緊張の面持ちなどがダイナミックに展開されていく。そしてギャングのことを軽快に謳ったこの曲は、その時代の雰囲気を醸し出すものであるのと同時に、クイズ番組の不正という、裏にあるダークな要素を暗示するものでもあるのだ。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8819 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/quizshow2.png" alt="クイズ番組の回答者席" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/quizshow2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/quizshow2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ただし、このダーリンが歌った「マック・ザ・ナイフ」こと「モリタート」は、映画のサウンドトラック・アルバムには未収録なので、聴きたいかたは前述のアルバム『<em>ザッツ・オール</em>』を手にとっていただきたい。アトランティック・レコードのサブ・レーベルであるアトコ・レコードからリリースされたこのレコードは、もちろん日本でも発売されたしすでにCD化もされている。なお『クイズ・ショウ』のサントラ盤のほうには、<strong>ライル・ラヴェット</strong>が歌ったヴァージョンが収録されている。ラヴェットはオルタナティヴ・カントリー系のシンガーソングライターだが、俳優としても多くの映画作品に出演しているひと。特に<strong>ロバート・アルトマン</strong>の監督作品では常連となっており、顔を見たら「ああ、あのひとか」と思う向きも多いだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ラヴェット版の「モリタート」は映画のエンドクレジットで使用されているが、映画のために新たに吹き込まれたものだ。アレンジは映画のアンダースコアも手がけた作曲家、そしてトランペッターの<strong>マーク・アイシャム</strong>が担当。映画のエンディングに漂う、スキャンダルの真相が暴かれたあとの虚無感と皮肉とが交じり合った、ほろ苦く静かなムードをそのまま表現したアイシャムのアレンジが素晴らしい。オープニングで使用された<strong>ボビー・ダーリン</strong>の明るく軽快なヴァージョンとのコントラストが、より高まっている。こんなにビターな味わいの「モリタート」は、あとにもさきにもこのヴァージョンしかないのではなかろうか。終盤で華やかなテレビ業界の裏側に潜む人間の弱さと、組織の非情さが浮き彫りになるという、社会派映画らしい苦味のあるあと味にピッタリだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それでは、ここからは映画『クイズ・ショウ』の音楽、サウンドトラック・アルバムについてお伝えしていこう。物語の背景になっている1950年代後半を音楽で描写するには、ダーリンの「マック・ザ・ナイフ」と同様に当時のヒット曲を並べるという方法もあっただろう。しかしながら監督のレッドフォードは、ほかの作品でしばしば見られるそんな常套手段を好まなかった。その代わり彼は、ビッグバンドやコンボによるスウィンギーかつモダンなジャズ・サウンド、そしてオーケストラによるシリアスあるいはリッチなクラシカルなスコアを採用した。もちろんオリジナル曲ばかりである。そして、そんなジャズとクラッシックとの両ジャンルにまたがってスコアを書く音楽家として、白羽の矢が立ったのが<strong>マーク・アイシャム</strong>である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このときアイシャムにとって、レッドフォードの監督作品の音楽を手がけるのは、はじめてのことではなかった。<strong>ノーマン・マクリーン</strong>の自伝的処女作『マクリーンの川』(1976年)を原作とした、まだ無名だった俳優の<strong>ブラッド・ピット</strong>の出世作でもある『リバー・ランズ・スルー・イット』のノスタルジックでちょっとセンチメンタルなスコアは、アイシャムによるもの。レッドフォードにとっては監督第３作に当たるが、アカデミー賞において撮影賞を獲得している。あのモンタナ州の雄大な自然とフライ・フィッシングの美しい描写において、古風ではあるが素朴で温かみのある音楽で彩りを添えていたのは、アイシャム。つまり『クイズ・ショウ』の音楽担当は彼にとって、レッドフォード監督作では２度目の登板だったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それまでのレッドフォードといえば、第１作『普通の人々』では<strong>マーヴィン・ハムリッシュ</strong>、第２作『ミラグロ/奇跡の地』では<strong>デイヴ・グルーシン</strong>と、過去に自分が俳優として主演を務めた映画の音楽を手がけた作曲家を起用している。ハムリッシュはレッドフォード主演の『追憶』(1973年)の音楽を担当、アカデミー作曲賞を獲得している。かたやグルーシンは『コンドル』(1975年)『出逢い』(1979年)『ハバナ』(1990年)と、レッドフォードが出演した３作品の音楽を手がけている。興味深いのは、いま挙げた都合４作品はすべて<strong>シドニー・ポラック</strong>がメガホンをとった映画であること。実はレッドフォードはポラックのことを、お互いの感性とリズム感を深く共有し合える、もっとも信頼できるコラボレーターと、高く評価していたのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">クァルテット、ビッグ・バンド、オーケストラと、３つのスタイルで録音</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ポラックの映画といえば、社会的にはリベラル、政治的にはモデレート、そしてストーリーラインはとてもリアルだ。ラヴ・ストーリーを描いても甘口にはならないし、サスペンス・スリラーを取り扱っても過剰な演出はしない。この辺りは、レッドフォードの監督作品とも共通する。そしてポラックが厚い信頼を寄せていた作曲家といえば、ほかでもないグルーシンである。25年ほどつづいたふたりの名コラボレーションをあらためて振り返ると『ザ・ヤクザ』(1974年)『コンドル』(1975年)『ボビー・デアフィールド』(1977年)『出逢い』(1979年)『スクープ 悪意の不在』(1981年)『トッツィー』(1982年)『ハバナ』(1990年)『ザ・ファーム 法律事務所』(1993年)『ランダム・ハーツ』(1999年)と、９本を数える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにポラックがメガホンをとらず製作総指揮を手がけた『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』(1989年)でも、グルーシンが音楽を担当した。ハリウッドのコマーシャリズムとは一線を画すようなポラックの作風が、ぼくは大好きなのだが、グルーシンもまたハリウッドの伝統を汲みながら、ちょっとそこから逸脱するような多様性と革新性をもった音楽家。そういう点で、ポラックとグルーシンとの相性は抜群だった。そして『ミラグロ/奇跡の地』におけるレッドフォードとグルーシンとのコンビネーションも、また絶妙。物語の舞台となったニューメキシコの風土が反映されたグルーシンのスコアは、ラテン・ジャズやフォークロアのエッセンスが採り入れられた詩情豊かな美しいサウンドを極めていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なおグルーシンはこの映画で、アカデミー作曲賞を受賞、ゴールデングローブ賞の作曲部門にもノミネートされた。グルーシンは個人的にもっとも敬愛する音楽家なのだけれど、ぼくは当然のように『ミラグロ/奇跡の地』で見事栄冠に輝いた彼が『リバー・ランズ・スルー・イット』でも起用されるものと、勝手に思い込んでいた。でもフタを開けてみると、スコアを一任されたのはアイシャムだった。実はレッドフォードは、音楽が物語を説明し過ぎることを好まず、映像の邪魔をすることなく、それでいて情緒を深めるような、控えめなサウンドを求めていたのだ。むろんグルーシンの音楽も決して出しゃばるようなことはないが、彼は映画音楽の作曲家であると同時に、コンテンポラリー・ジャズ・シーンの押しも押されもせぬ人気アーティスト。そのサウンドは、すでに強い個性を放っていた。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8820 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/quizshow3.png" alt="クイズ番組のステージ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/quizshow3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/quizshow3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　その点、アイシャムは当時まだそれほど手垢のついていないアーティストだったし、シンプルさと繊細さをもってして物語の感情的な核心を支える能力に長けていた。彼は過去にトランペッターとして、ECMレコードにおいてパフォーマンス・アートのアンサンブル、ウィンダム・ヒル・レコードではニューエイジといった、どちらかというとフレキシブルな音楽をクリエイトしていた。また、ヴァージン・レコードからリリースされたアイシャムの２枚のオリジナル・アルバム『カスタリア』(1988年)『幻想秘夜』(1990年)では、彼のトランペットによってジャジーなフレーズがつぎつぎと繰り出されるいっぽうで、トータル・サウンドはアンビエント・ミュージックのようなムードとリズム・セクションのジャムアウトするプレイとが交錯するようなものだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いずれにしても、アーティスティックなインスピレーションやリラクゼーションを喚起するような、ある種の音響芸術とも云うべきアイシャムの音楽作品は、その映画のアンダースコアに直結する。そんなアイシャムの抑制の効いた感情表現を好むレッドフォードは『リバー・ランズ・スルー・イット』以降も『クイズ・ショウ』をはじめ、前述の『大いなる陰謀』そしてリンカーン大統領暗殺事件を題材にした歴史映画『声をかくす人』(2010年)で、彼を起用した。その点ではレッドフォードの慧眼は、なかなかのもの。それまで金管楽器、シンセサイザー、そしてエレクトロニクスを巧みに操り、プログレッシヴ・ロック、ミニマル・ミュージック、あるいはアンビエント・ミュージックにカテゴライズされるようなオリジナル作品を発表してきたアイシャムを、映画音楽の作曲家として定着させたのだから──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アイシャムが映画業界に足を踏み入れたのは、1980年代の前半のことだけれど、その頭角を表したのは1990年代に入ってから。ここでアイシャムの手がけた映像作品を列挙することは控えるが、その数はテレビ番組も含めると200本以上に上るという。恥ずかしながらぼくは、最近まで60本程度かと思っていたのだが、それはまったくの勘違いだった。いずれにしてもアイシャムはいまや映画音楽の老練家であり、音楽家としての本領が発揮された作品といえば、やはりフィルム・スコアの数々だろう。いま振り返ると彼は、1980年代から2000年代にかけて、ぼくがもっとも多くの作品を聴いた映画音楽の作曲家でもあった。そしてこの『クイズ・ショウ』のサウンドトラック・アルバムは、間違いなく彼の代表作のひとつだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムのプロデュースはアイシャム自身が手がけており、楽曲のアレンジは彼自身と、トロンボーン奏者の<strong>ケン・クーグラー</strong>、そしてオーケストレーターの<strong>キム・シャーンバーグ</strong>とで分業している。アイシャムの作品では、お馴染みのチームワークだ。レコーディングは、<strong>マーク・アイシャム</strong>(tp)、<strong>デヴィッド・ゴールドブラット</strong>(p)、<strong>ジョン・クレイトン</strong>(b)、<strong>カート・ウォートマン</strong>(ds)といったクァルテット、20名からなるスウィンギーなビッグ・バンド、そしてクラシカルなオーケストラと３つのスタイルで行われた。オーケストラの編曲と指揮は、毎度のごとくクーグラーが担当している。CDアルバムは、現在ウォルト・ディズニー・カンパニーの傘下にあるハリウッド・レコードがリリース。日本での販売権は当時、ポニーキャニオンが所有していた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムは前述のラヴェット版「モリタート」からスタート。クールでアーバンな響きが琴線に触れる。つづく「世界一の賢者」は、ビッグ・バンドによる煌びやかなサウンドが爽快。<strong>コンテ・カンドリ</strong>のトランペットと<strong>ピート・クリストリーブ</strong>のテナーとが、小気味いいソロをとる。クァルテットによる「オーバーサイト・ブルース」では、アイシャムのミュート・トランペットとゴールドブラットのピアノとが、ブルージーなムードを高める。ビッグ・バンドによる「敗者」は、スウィンギーだがややダークな雰囲気。やはりカンドリとクリストリーブとがフィーチュアされる。ソロ・ピアノによる「秘密を守って」は、ゴールドブラッドの美しく切ない語り口が極上。アイシャムの右腕である彼は、個人的にも贔屓のピアニストである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ビッグ・バンドによる「ハンティング・イン・ユア・アンダーウェア」では、やはりカンドリとクリストリーブとがフロントに立つ。ジャジーだがちょっとシニカルな感じなのが映像的。以下はオーケストラによる演奏がつづくが、内省的な「ショルダーズ・オブ・ライフ」では、短尺ながらアイシャムが美しいトランペット演奏を披露する。その後、エレガントな「ブックス・アンド・ラーニング」ピリピリした空気が漂う「人生におけるチャンス」より張り詰めたムードの「委員会の呼び出し」不安定な響きを醸し出す「偽りの言葉」とつづいていく。後半の３曲では、アイシャムがフィーチュアされる。さらにシリアスで重厚な「テレビの試練」やるせなさに溢れた「全ての代償」とつづき、アルバムは締めくくられる。アイシャムによるトランペットが人間の悲哀を表現しながらも、ほのかな爽やかさを残すところは感動的。さすがである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<!-- START MoshimoAffiliateEasyLink -->
<p><script type="text/javascript">(function(b,c,f,g,a,d,e){b.MoshimoAffiliateObject=a;b[a]=b[a]||function(){arguments.currentScript=c.currentScript||c.scripts[c.scripts.length-2];(b[a].q=b[a].q||[]).push(arguments)};c.getElementById(a)||(d=c.createElement(f),d.src=g,d.id=a,e=c.getElementsByTagName("body")[0],e.appendChild(d))})(window,document,"script","//dn.msmstatic.com/site/cardlink/bundle.js?20220329","msmaflink");msmaflink({"n":"クイズ・ショウ オリジナル・サウンドトラック","b":"ポニーキャニオン","t":"Mark Isham","d":"https:\/\/m.media-amazon.com","c_p":"","p":["\/images\/I\/41CRdoVAFhL._SL500_.jpg"],"u":{"u":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B000UVA92S","t":"amazon","r_v":""},"v":"2.1","b_l":[{"id":1,"u_tx":"Amazonで見る","u_bc":"#f79256","u_url":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B000UVA92S","a_id":3841547,"p_id":170,"pl_id":27060,"pc_id":185,"s_n":"amazon","u_so":1},{"id":2,"u_tx":"楽天市場で見る","u_bc":"#f76956","u_url":"https:\/\/search.rakuten.co.jp\/search\/mall\/%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%A6%20%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%B8%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF\/","a_id":3841545,"p_id":54,"pl_id":27059,"pc_id":54,"s_n":"rakuten","u_so":2},{"id":3,"u_tx":"Yahoo!ショッピングで見る","u_bc":"#66a7ff","u_url":"https:\/\/shopping.yahoo.co.jp\/search?first=1\u0026p=%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%A6%20%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%B8%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF","a_id":3841549,"p_id":1225,"pl_id":27061,"pc_id":1925,"s_n":"yahoo","u_so":3}],"eid":"fAJJk","s":"l"});</script></p>
<div id="msmaflink-fAJJk">リンク</div>
<!-- MoshimoAffiliateEasyLink END -->


<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-13 sbs-default sbp-l sbis-cn cf block-box">
<div class="speech-person">
<figure class="speech-icon"><img decoding="async" class="speech-icon-image" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2022/12/kimama-listen2.png" alt="" /></figure>
<div class="speech-name"> </div>
</div>
<div class="speech-balloon has-border-color has-ex-a-border-color">
<p>最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
</div>
</div>
<p></p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://kimama-music.com/mark-isham-quiz-show-from-the-original-motion-picture-soundtrack/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>Chick Corea / The Leprechaun (1976年)</title>
		<link>https://kimama-music.com/chick-corea-the-leprechaun/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=chick-corea-the-leprechaun</link>
					<comments>https://kimama-music.com/chick-corea-the-leprechaun/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 15 Feb 2026 06:53:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Fusion]]></category>
		<category><![CDATA[Chick Corea]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://kimama-music.com/?p=8767</guid>

					<description><![CDATA[チック・コリアが描き出すファンタジックかつロマンティックで、あたかもコンセプチュアル・アートのような音世界の嚆矢となったアルバム『妖精』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">チック・コリアが描き出すファンタジックかつロマンティックで、あたかもコンセプチュアル・アートのような音世界の嚆矢となったアルバム『妖精』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Chick Corea / The Leprechaun (1976)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Lenore</em></p>
</div>
</div>
<h3><span id="toc2">そのピアノ・プレイは正確無比かつ変幻自在</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>チック・コリア</strong>のアルバムを聴いていていつも感心するのは、どんなスタイルの作品であっても、常にそのクオリティが一定の水準に達しているということだ。しかもそのレベルが、ほかのアーティストのそれよりも非常に高いのである。そしてさらに、コリアの音楽作品に触れたときは必ずと云っていいほど、なにがしかの発見がある。だから彼のアルバムをターテーブルに乗せた日といえば、ぼくは身もこころも満ち足りた状態になるのだ。たとえそこに、いささか自分の嗜好とのズレがあったとしても、コリアのアルバムを聴き終わったあとには、この上ない充足感に満たされるものだから、まったく敬服するばかりだ。むろん彼はピアニストとしてもトップクラスのひとだけれど、個人的にはその圧倒的なクリエイティヴィティに強く惹かれる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　思えばぼくがコリアの音楽を聴きはじめてから半世紀近くも経つが、いまもそれは楽しみ尽くすことがないものとなっている。ぼくがコリアのアルバムを手にとるキッカケは、中学２年生のときにクラスメイトのKくんが強力にプッシュしてくれたこと。彼はクラスでいちばんの優等生だったけれど、ちょっとほかの生徒たちよりも大人びていた。Kくんは高校生のお兄さんの影響でジャズを愛好していた。彼にとって共通の趣味をもっているおなじ年ごろの子どもといえば、ぼくがはじめてだったとのこと。あのころの中学生のあいだでは、<strong>ゴダイゴ</strong>、<strong>サザンオールスターズ</strong>、それに<strong>オフコース</strong>などの曲が流行っていた。稀に見る洋楽好きでも愛聴している音楽といえば、<strong>アバ</strong>、<strong>クイーン</strong>、それに<strong>ザ・ビートルズ</strong>と、ロックが中心だった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ジャズやフュージョンを聴いている中学生は、間違いなく少数派だった。そんなわけで、転校生だったこともあってクラスでちょっと浮いた存在だったぼくは、Kくんとふたりでよく音楽の話題で盛り上がっていた。彼とはジャズ以外のハナシはあまりしなかったけれど、会話に興じているときのぼくといえば、なんとなく自分の価値が認められているような気がして、内向的な人間としてはずいぶんと救われたものである。そんなKくんが敬愛していたピアニストが、<strong>ジョー・サンプル</strong>、そして<strong>チック・コリア</strong>だった。それまでぼくは、このふたりについては名前こそ知っていたが、実際にその演奏に触れたことは一度もなかった。Kくんについていこうといういじましさと、未知の音楽への好奇心から、ぼくは慌ててこのふたりのレコードを１枚ずつ購入した。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8790 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/leprechaun1.png" alt="グランドピアノと３人の妖精(背景色が緑)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/leprechaun1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/leprechaun1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　<strong>ジョー・サンプル</strong>は云うまでもなく、テキサス州ヒューストン生まれのフュージョン・グループ、<strong>ザ・クルセイダーズ</strong>のキーボーディスト。ぼくが最初に手に入れたのは彼の個人名義のリーダー作で、ABCレコードからリリースされた『<em>虹の楽園</em>』(1978年)というアルバム。この作品でサンプルはわりとアーシーに弾きまくっているのだけれど、それに対して彼の書いた曲ははどれもメロディアスかつロマンティックなものばかりで、このレコードはまだビギナーだったぼくにもとても聴きやすいものだった。問題は<strong>チック・コリア</strong>のほう。中学生のお財布にやさしい廉価盤という理由だけで、ぼくがレジカウンターにもっていったのは、ソリッド・ステート・レコードからリリースされた『<em>ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブス</em>』(1968年)というアルバムだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このアルバム、ピアノ・トリオの歴史を塗りかえるような革命的な作品として、広く受け入れられている。ベーシストを<strong>ミロスラフ・ヴィトウス</strong>、ドラマーを<strong>ロイ・ヘインズ</strong>が務めた伝説的なレコーディング。はじめて聴いたときは正直云って、あまりその良さがわからなかった。ただ、一聴でコリアがスゴいピアニストであるということだけは、ぼくにもハッキリとわかった。それでもコリアの超絶技巧のピアノ・プレイには圧倒されるばかりで、それを純粋に楽しむゆとりなど、未熟なぼくにはまったくなかったのである。いまでは、のちにブルーノート・レコードからリリースされた『<em>サークリング・イン</em>』(1975年)で日の目を見たアウトテイクスも含めてこのときの演奏には、ぼくもすっかり慣れ親しんでいるのだけれど──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　中学時代にはじめて聴いたサンプルとコリアのピアノ・プレイについて、各々の本来の音楽性や活動状況からすれば、比較する必要はないと思われる。それでも個人的にはふたりの演奏を同時に聴いたものだから、ぼくは自然とふたつのスタイルを並べて違いを見つけるようなことをしてしまった。いまでも敢えてその共通点を挙げることに、価値や重要性はまったくないと思われるのだが、当時のぼくの感想を素直に云っておくと、それはサンプルにしてもコリアにしてもとにかくよく指を動かすピアニストというものだった。サンプルの第一印象は、ときにファンキーときにリリカルなピアニスト。ただフィンガリングは躍動的でタッチも力強いのだけれど、あまり秩序立てて弾くプレイヤーではないと思われた。嫌いではないが概して云えば、彼はぼくの好みのタイプのピアニストではない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それでもサンプルのときにリリカル、ときにダイナミックな演奏は、聴いていて胸がすくほど気持ちがいい。その点ではコリアにもおなじことが云えるのだが、彼の場合はそのタッチがもっと繊細で力強く、感情表現の幅が非常に広いと感じられた。なによりもそのプレイで驚かされたのは、コリアの紡ぎ出す一音一音がきわめて正確で、高速のパッセージにおいてもまったく濁るようなことはなく、煌びやかで透明感が際立っているということ。当時のぼくの感覚では、<strong>マッコイ・タイナー</strong>をもっとシャープにしたような感じというか、粒立ちのよさという点ではタイナーよりも秀でているように思われた。とにかくコリアの奏でる音の揃いかたは、ぼくにはまるで機械のように正確と感じられたのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　しかもコリアはリズム感も抜群によく、右手が忙しく動いているのにもかかわらず、左手のコンピングにおいても、絶妙なタイミングでパーカッシヴな捻りやアクセントがつけられているのだ。さらにそれには、不協和音も織り交ぜられた独自のハーモニーが含まれていて、コリアのピアノ・プレイといえば、もはや正確無比かつ変幻自在と云うしかない。まあ当時のぼくは、そんな点にただただ驚嘆するばかりで、コリアという音楽家のほんとうの素晴らしさを理解していなかったと思う。そもそもぼくの聴きかたに問題があった。難易度の高い演奏技術が駆使されて創造される音楽というものは、実はアタマで理解しようとしてはダメなのだ。音楽は理屈で理解するものではなく、こころに響かせるもの。そんな当たりまえのことに、そのころのぼくは少しも気付いていなかったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">音楽においてもっとも重要視しているのは創造性</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それでもぼくは、クラスメイトのなかで唯一の自分の理解者がすすめてくれたアーティストのレコードだから、わけもわからず『<em>ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブス</em>』を繰り返し聴いていた。そしてあるとき、自分がとらわれていたであろう雑念のようなものが、ふと解消された。すなわち、それまでスリリングな演奏のなかに紛れて見えなかった、コリアの映像的とも云える美しい歌ごころを、ぼくの感性はようやくキャッチしたのだった。そもそも彼は、指をどれだけ速く動かせるかを聴衆に見せつけるために、高度なテクニックを用いているのではないのだ。自分のなかに浮かんだ心象風景や空想世界を、思いのままに音楽として表現するのに必要だからこそ、コリアはときに難易度の高い演奏に傾倒するのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなことを意識しながらあらためてコリアの音楽に触れてみると、彼は音楽至上主義というよりもしごく透明感に溢れたイマジネーションの独自性が高いミュージシャンと思われる。以降、ぼくにとってコリアの存在はぐっと身近になり、次はどんな音楽の旅に連れていってくれるのだろうと、彼の新譜をこころ待ちにするほどになった。とはいっても、ぼくにとって彼はいつまでも、はじめて聴いたときの印象どおり、クリアなアーティキュレーション、鋭敏なリズム感、そして豊かなクリエイティヴィティに富んだフレージングと、とにかくスゴいテクニックをもったピアニストなのである。ぼくもピアノを弾くけれど、たとえコリアの千倍練習したとしても、彼には及びもつかないだろう。そんなことは、百も承知、二百も合点なのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それでもぼくがコリアの音楽にシンパシーを感じるのは、彼がどんな音楽作品をクリエイトするときでも、自分の想像力を大事にしているという点。コリアの音楽を聴いていると、どんな場合でも彼が自己の知識を基に新しいイメージを生み出しているように感じられるのだ。たとえ直接見聞きしていない事象や経験したことのない未来、あるいは現実には存在しないものであっても、コリアはそれをアタマのなかで思い描き音楽という形で具現化することができるのだと、ぼくは思う。しかも彼の場合、その創造性はジャンルを超えた多様性、絶え間ない革新への意欲、そしてスパニッシュな感性に特徴づけられている。ジャズであろうがフュージョンであろうが、コリアは常に新しい音楽的探求をしつづけた。そんな彼がミュージック・シーンに与えた影響は大きい。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8791 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/leprechaun2.png" alt="グランドピアノと３人の妖精(背景色が水色)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/leprechaun2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/leprechaun2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ぼくは冒頭でコリアの音楽について、どんなスタイルの作品であっても、常にそのクオリティが一定の水準に達していると云ったけれど、その判断に至った根拠はまさにそこにあるのだ。多様性という点では、たとえば『<em>ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブス</em>』におけるピアノ・トリオでのアグレッシヴで幾何学的な演奏から、彼の初期のグループ作品『<em>リターン・トゥ・フォーエヴァー</em>』(1972年)におけるフェンダー・ローズをメインに据えたエレクトリック・ジャズへのアプローチ、さらにデジタル時代のフュージョン・グループ作『<em>ザ・チック・コリア・エレクトリック・バンド</em>』(1986年)における多種多様のシンセサイザーが駆使されたサウンドまで、使用する楽器や編成だけに着目しても多岐にわたっていることがわかる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　音楽のスタイルの面でもコリアは、ジャズの帝王ことトランペッターの<strong>マイルス・デイヴィス</strong>のバンドでの実験的な活動を経て、ベーシストの<strong>デイヴ・ホランド</strong>、ドラマーの<strong>バリー・アルトシュル</strong>らと組んだグループ、<strong>サークル</strong>で大胆なフリー・ジャズを展開しているし、その後自身のバンド、<strong>リターン・トゥ・フォーエヴァー</strong>を結成し、フュージョンという新しい音楽ジャンルの確立において中心的役割を果たした。音楽ジャンルで考えてみても、コリアはジャズを基盤としながらも、クラシック、ラテン、スパニッシュなど世界中の音楽文化を融合させて、独自のサウンドを生み出した。いずれにしてもその多様性は、コリアが卓越した演奏技術を身につけていながら、音楽においてもっとも重要視していたのは創造性であると、ぼくは確信する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにもうひとことつけ加えると、次々に音楽的探求と多様性に富んだ作品を発表してきたコリアだが、それらにはスタイルやジャンルは違えども確たる一貫性がある。一部には否定的な意見もあるようだけれど、ぼくはそう確信している。引き合いに出して申し訳ないが、コリアとは何度も共演しているピアニストの<strong>ハービー・ハンコック</strong>と比較すると、ますますそう固く信じて疑わなくなってしまうのだ。ハンコックもまたコリアと同様に、多様性に富んだミュージシャンだ。だがオーソドックスなジャズ作品からエレックトリック・ジャズをはじめとするポップ・アルバムまで、ハンコックの手がけた音楽作品の全体を俯瞰してみると、それらは明らかに一貫性に欠けるている。なかには事前に情報を知らされずに聴かされたら、だれが演奏しているのかわからないような楽曲もあるのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなわけで、音楽的探求と多様性に富んだ、しかもクオリティの高いコリアの膨大な数の作品群のなかからベストワンを選ぶのは、きわめて困難と云える。ピアノ・トリオによるレコーディングのみに絞り込んでも、彼は作品の方向性によってサイドメンを選ぶのだろう、12種類のトリオが存在する。このこともまた、コリアのコンセプトに応じて柔軟に対応する、飽くまで創造性重視の音楽性をよくあらわしていると、ぼくは思う。多くのジャズ・ピアニストの場合、音楽性を高め合える相性のいいサイドメンとともに、長きにわたり活動するもの。しかしながらコリアの場合は違う。彼はアルバムを制作する際には程度の差こそあれ、必ず一定のテーマに基づいて編成や楽曲を選んでいるのだ。そういう意味で、コリアは単なるジャズ・ピアニストではなく、終始表現の自由にこだわり抜いた偉大な音楽家だった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さて、長々とコリアの音楽性について自身の思いの丈を述べてきたが、ここからはその珠玉の作品群のなかから、ぼくにとって特に思い入れのあるアルバムをご紹介したいと思う。トリオ、フリー・ジャズ、フュージョン、クラシック、ソロ・ピアノ、デュオと、まあとにかく多彩を極めるコリアの夥しい数の作品のなかでも、ある種のコンセプト・アルバムのようなものに、ぼくは強く惹かれる。特にジャズというひとつのジャンルにとらわれることなく、彼がイメージする心象、あるいは空想する世界が自由に表現され、実にカラフルなサウンドが創出された３作品をお薦めする。それらはどれもファンタジーに満ちたロマンティックなアルバムだが、すべて1970年代後半の作品。幻想的な音世界が描き出されているという点では、<strong>リターン・トゥ・フォーエヴァー</strong>の『<em>浪漫の騎士</em>』(1976年)以降の作品とも共通する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">アイルランドに伝わる妖精の物語で構成された作品</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ときにその３作品とは、アイルランドに伝わる妖精の物語で構成された『<em>妖精</em>』(1976年)、過去の作品からもすでに影響が感じられていたスペインの音楽にディープに傾倒した『<em>マイ・スパニッシュ・ハート</em>』(1976年)、<strong>ルイス・キャロル</strong>の小説『不思議の国のアリス』や『鏡の国のアリス』にインスパイアされた『<em>マッド・ハッター</em>』(1978年)。以上のアルバムでは、ファンタジックかつドラマティックな展開や、ジャズ/フュージョンのなかにクラシックが盛り込まれた不思議な音世界が特徴となっている。３作はすべてポリドール・レコードからリリースされたが、なかでも『<em>妖精</em>』と『<em>マッド・ハッター</em>』は、特にファンタジーの色彩が強い作品。そのどこか異国情緒が漂う魔法がかったようなサウンドには、何度聴いてもワクワクさせられる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　３作のうち制作順ではまんなかに位置する『<em>マイ・スパニッシュ・ハート</em>』は、ほかの２作と比較すると異世界風というわけではないが、壮大な音楽絵巻という印象を与えるところは共通する。アコースティック・ピアノ、フェンダー・ローズ、そして当時の最先端だった各種のシンセサイザーが巧みに使いわけられ、ジャズ、ラテン、クラシックの境界線が越えられているというのも同様。コリアの音楽的ルーツであるスペイン音楽への憧憬が、全面的に独自の解釈で表現されているという点では、彼のディスコグラフィにおいて重要な作品と云える。コリアはポリドールにおいてひきつづき『<em>シークレット・エージェント</em>』(1978年)『<em>フレンズ</em>』(1978年)といったアルバムを制作するが、ファンタジー色は薄まったものの彼の想像力豊かな世界観はそのまま引き継がれている。この２作もまた、個人的に好きな作品だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで今回は、コリアが描き出すファンタジックかつロマンティックで、あたかもコンセプチュアル・アートのような音世界の嚆矢となったアルバム『<em>妖精</em>』についてお伝えする。レコーディングは、レコードのジャケット等にその記載はないが、おそらく1975年にニューヨークのレコード・プラント・スタジオで行われたのだろう。当時のコリアといえば、<strong>リターン・トゥ・フォーエヴァー</strong>のアルバムを吹き込む際に、毎回このスタジオを利用していたからね──。エンジニアはコリアの作品を多く手がけている<strong>バーニー・カーシュ</strong>が務めている。またコリアの作品において、彼の妻(1972年に結婚)でもと<strong>マハヴィシュヌ・オーケストラ</strong>のメンバーだった、<strong>ゲイル・モラン</strong>のヴォーカルがフィーチュアされるのも、本作がはじめてだった。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8792 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/leprechaun3.png" alt="グランドピアノと３人の妖精(背景色が灰色)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/leprechaun3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/leprechaun3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　モランはその後『<em>マイ・スパニッシュ・ハート</em>』『<em>マッド・ハッター</em>』『<em>シークレット・エージェント</em>』さらに『<em>タップ・ステップ</em>』(1980年)『<em>タッチストーン</em>』(1982年)と、コリアのアルバムでは常連となる。さらに彼女は<strong>リターン・トゥ・フォーエヴァー</strong>のメンバーとなり、アルバムでは『<em>ミュージックマジック</em>』(1977年)『<em>ザ・コンプリート・コンサート</em>』(1978年)の吹き込みに参加している。そのいっぽうで、ワーナー・ブラザース・レコードからリリースされたモランのリーダー作『<em>妖精の舞</em>』(1979年)では、コリアがプロデューサーを務めている。コリアはもちろんのこと、<strong>リターン・トゥ・フォーエヴァー</strong>のベーシスト、<strong>スタンリー・クラーク</strong>も参加しているので、興味のあるかたは手にとってみてはいかがだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところでレコーディング・メンバーは、<strong>チック・コリア</strong>(key, perc)、<strong>エディ・ゴメス</strong>(b)、<strong>アンソニー・ジャクソン</strong>(b)、<strong>スティーヴ・ガッド</strong>(ds)、<strong>ジョー・ファレル</strong>(ss, fl, ehr)、<strong>ダニー・カーン</strong>(tp)、<strong>ボブ・ミリカン</strong>(tp)、<strong>ジョン・ガッチェル</strong>(tp)、<strong>ビル・ワトラス</strong>(tb)、<strong>ウェイン・アンドレ</strong>(tb)。さらにクラシカルなストリング・クァルテット(vln ×２, Vla ×1, Vc ×1)が加わる。なお云うまでもないが、ゴメスはアコースティック・ベース、ジャクソンはエレクトリック・ベース・ギターを弾いている。すべてのドラムスをガッドが担っているが、相変わらず精緻なリニア・ドラミング、歌うようなタム回し、そしてタイトかつグルーヴィーなタイム感を披露している。彼のキャリアにおいて、代表的なパフォーマンスのひとつと云ってもいいだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いっぽうコリアが本作で使用している楽器は、アコースティック・ピアノ、フェンダー・ローズ・エレクトリック・ピアノ、ヤマハ・エレクトリック・オルガン、ホーナー・クラヴィネット、アープ・オデッセイ、マイクロモーグ、モーグ・モデル 15 モジュラー・シ​​ンセサイザー。またこのレコーディングには、パーカッショニストは参加しておらず、ボンゴ、ベル、ウッドブロック、ベルツリー、タムタムなどは、コリア自身が演奏している。アルバム・タイトルの原題となっているレプラコーンは、ケルト神話に由来する老人の姿をした靴職人の小妖精。虹のたもとに金貨の入った壺を隠していて、捕まえた者に富をもたらすと云われている。ある意味で、コリアの創造力と音楽的な遊びごころを体現したキャラクターと云ってもいいだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　収録曲は１曲を除いて、すべてコリアが作編曲したもの。アルバムはエキゾティックなムードが漂う「インプス・ウェルカム」からスタート。オーヴァー・ダブによるコリアの独奏。マイクロモーグのソロがリスナーをファンタジーの世界へ誘う。つづく「レノア」は、軽快なフュージョン・ナンバー。ガッドのファンキーかつタイトなドラミングに乗って、コリアがアコースティック・ピアノとモーグとでエナジェティックなアドリブを展開する。内省的な雰囲気の「夢想」では、コリアのリリカルなソロ・ピアノが静謐を湛えた美しい世界を描き出す。モランの透明感に溢れたコーラスも素晴らしい。そのモランが作詞作曲を手がけた「世界を見つめて」は、アコースティックなポップ・ナンバー。ストリング・カルテットの力強い演奏も印象的だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　モランのヴォーカル・パートは柔らかで優しい感じだが、後半のインストゥルメンタル・パートではゴスペル・タッチかつプログレッシヴ・ロック風な展開になる。歌詞の意味はよくわからないけれど、個人的にはコリアのことを歌っているようにも思われる。ファンキーなグルーヴが炸裂する「夜の精」は、アルバム中もっともアグレッシヴなナンバー。コリアのシンセ、ファレルのソプラノのソロも然ることながら、ジャクソンとガッドとによる精力的かつ歯切れのいいリズム・キープが素晴らしい。ジャクソンのゴースト・ノートを効果的に採り入れたライン、ガッドのダイナミックな変幻自在のドラミングに胸がすく。<strong>ネヴィル・ポーター</strong>が作詞した「ソフト・アンド・ジェントル」は、歌詞もそうだが詩情豊かなナンバー。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ポーターは<strong>リターン・トゥ・フォーエヴァー</strong>の楽曲の歌詞で、おなじみのひと。ストリング・クァルテットが加わったパフォーマンスは、クラシカルでリリカルな雰囲気を溢れさせながら、やがて重厚感を増すようになる。モランのヴォーカルも滑らかな感じで歌い出し、次第にエモーショナルになっていく。ゴメスによるベースの音色も印象的な、アコースティックな１曲だ。いかにも妖精たちがコミカルに踊っているようなイメージの「ピクシランド・ラグ」では、コリアがラグタイム調の軽やかなソロを披露。短尺ながら、彼の遊びごころが横溢する楽しいナンバーだ。ラストの「妖精の夢」は、２部構成の大作。幻想的なテーマ、複雑なアンサンブル、各ミュージシャンの熱いソロと、実に聴き応えのある１曲。この越境するクリエイティヴィティこそ、まさにコリアの世界そのもの。ぜひ聴いていただきたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<!-- START MoshimoAffiliateEasyLink -->
<p><script type="text/javascript">(function(b,c,f,g,a,d,e){b.MoshimoAffiliateObject=a;b[a]=b[a]||function(){arguments.currentScript=c.currentScript||c.scripts[c.scripts.length-2];(b[a].q=b[a].q||[]).push(arguments)};c.getElementById(a)||(d=c.createElement(f),d.src=g,d.id=a,e=c.getElementsByTagName("body")[0],e.appendChild(d))})(window,document,"script","//dn.msmstatic.com/site/cardlink/bundle.js?20220329","msmaflink");msmaflink({"n":"妖精","b":"Universal","t":"Chick Corea","d":"https:\/\/m.media-amazon.com","c_p":"","p":["\/images\/I\/61TQyWy2W2L._SL500_.jpg"],"u":{"u":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B00S1MK356","t":"amazon","r_v":""},"v":"2.1","b_l":[{"id":1,"u_tx":"Amazonで見る","u_bc":"#f79256","u_url":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B00S1MK356","a_id":3841547,"p_id":170,"pl_id":27060,"pc_id":185,"s_n":"amazon","u_so":1},{"id":2,"u_tx":"楽天市場で見る","u_bc":"#f76956","u_url":"https:\/\/search.rakuten.co.jp\/search\/mall\/%E5%A6%96%E7%B2%BE\/","a_id":3841545,"p_id":54,"pl_id":27059,"pc_id":54,"s_n":"rakuten","u_so":2},{"id":3,"u_tx":"Yahoo!ショッピングで見る","u_bc":"#66a7ff","u_url":"https:\/\/shopping.yahoo.co.jp\/search?first=1\u0026p=%E5%A6%96%E7%B2%BE","a_id":3841549,"p_id":1225,"pl_id":27061,"pc_id":1925,"s_n":"yahoo","u_so":3}],"eid":"qnLRn","s":"l"});</script></p>
<div id="msmaflink-qnLRn">リンク</div>
<!-- MoshimoAffiliateEasyLink END -->


<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-13 sbs-default sbp-l sbis-cn cf block-box">
<div class="speech-person">
<figure class="speech-icon"><img decoding="async" class="speech-icon-image" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2022/12/kimama-listen2.png" alt="" /></figure>
<div class="speech-name"> </div>
</div>
<div class="speech-balloon has-border-color has-ex-a-border-color">
<p>最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
</div>
</div>
<p></p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://kimama-music.com/chick-corea-the-leprechaun/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>Jaki Byard / Hi-Fly (1962年)</title>
		<link>https://kimama-music.com/jaki-byard-hi-fly/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=jaki-byard-hi-fly</link>
					<comments>https://kimama-music.com/jaki-byard-hi-fly/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 08 Feb 2026 07:16:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Jazz]]></category>
		<category><![CDATA[Jaki Byard]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://kimama-music.com/?p=8740</guid>

					<description><![CDATA[ジャズの伝統を受け継ぎながら守備範囲が広いピアニスト、ジャッキー・バイアードの口当たりのいいアルバム『ハイ・フライ』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">ジャズの伝統を受け継ぎながら守備範囲が広いピアニスト、ジャッキー・バイアードの口当たりのいいアルバム『ハイ・フライ』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Jaki Byard / Hi-Fly (1962)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Hi-Fly</em></p>
</div>
</div>
<h3><span id="toc2">ジャズ・ピアノの歴史をひとりで抱え込んでしまったようなピアニスト</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　レコード・コレクターズ誌の2026年２月号では「この曲のピアノを聴け！ ジャズ・フュージョン編」という特集が組まれていたが、そのなかで<strong>ジャッキー・バイアード</strong>(ほんとうは“ジャキ”という表記のほうが実際の発音に近いらしい)のアルバム『<em>ヒアズ・ジャッキー</em>』(1961年)が採り上げられていたのが、個人的には気になった。名門プレスティッジ・レコードのサブレーベル、ニュー・ジャズからリリースされたバイアードのデビュー作。この吹き込みが行われたとき、彼はすでに38歳だった。第二次世界大戦に従軍する以前、16歳のときからジャズ・ピアニストとして食い扶持を稼いでいたというから、ずいぶん遅れてのお披露目ということになる。それ故このデビュー作におけるバイアードは、なかなか貫禄のあるプレイを披露している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちなみに、バイアードのリーダー作でもっとも早い時期に吹き込まれたアルバムは、おそらくキャンディド・レコードからリリースされたソロ・ピアノ作『<em>ブルース・フォー・スモーク</em>』(1978年)だろう。レコーディングは1960年の12月とされているが、世に出たのは10年以上あとのことだった。ところで『<em>ヒアズ・ジャッキー</em>』のほうだが、<strong>ロン・カーター</strong>(b)、<strong>ロイ・ヘインズ</strong>(ds)をサイドメンとして迎えたトリオ作品。ソロ・ピアノでの吹き込みが多いバイアードだけに、トリオ編成のアルバムは珍しくもあり、トリオ好きのぼくにとっても嬉しい１枚である。彼はある意味で、ジャズ・ピアノの歴史をひとりで抱え込んでしまったようなユニークなスタイリストだけれど、どちらかというと地味な存在と云える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなバイアードのプレイが、天下のレコード・コレクターズ誌において、鍵盤がもつ可能性を最大限まで拡張する演奏として注目されたことに、ぼくにはちょっとした驚きと、そのいっぽうですこぶる腑に落ちるところがあった。同誌ではアルバム『<em>ヒアズ・ジャッキー</em>』の冒頭を飾るバイアードのオリジナル曲「シンコ・イ・クアトロ」が採り上げられているが、ラテン・タッチのグルーヴ感が横溢するなかで、ポリメトリックなピアノ・プレイを展開するバイアードは、確かにただならぬ気配を感じさせる。のちにベーシストの<strong>チャールズ・ミンガス</strong>やマルチリード・プレイヤーの<strong>ローランド・カーク</strong>からお呼びがかかるのが、よくわかる。なぜならここでの彼の演奏は、すでにアヴァンギャルドな香りを放っているからだ。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8745 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/pianocolor1.png" alt="黒いトイピアノ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/pianocolor1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/pianocolor1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　マサチューセッツ州ウースター出身のバイアードは、最初ボストンに演奏活動の拠点を構え、1950年にアルト奏者の<strong>チャーリー・マリアーノ</strong>と共演し、はじめてレコーディングを経験した。その模様はのちに米国のインペリアル・レコードからリリースされたアルバム『<em>チャーリー・マリアーノ・ウィズ・ヒズ・ジャズ・グループ</em>』(1997年)で日の目を見た。バイアードはこの吹き込みに参加していたトランペッター、<strong>ハーブ・ポメロイ</strong>のバンドに1952年から1955年まで参加。さらに1959年から1962年までは、やはりトランペット奏者の<strong>メイナード・ファーガソン</strong>のバンドに在籍する。彼はこのバンドでピアニスト兼アレンジャーを務めたが、当時からリズム、ハーモニー、そしてインプロヴィゼーションにおいて実験的な嗜好をもっていたため、閉塞感を抱いていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなバイアードにそのポテンシャルを最大化できる機会を与えたのは、やはり<strong>チャールズ・ミンガス</strong>だったのではないだろうか。バイアードは1960年にニューヨークに移住し、前述の『<em>ブルース・フォー・スモーク</em>』のレコーディングを行なったが、ちょうどおなじころミンガスとはじめての共演を果たしている。そして1962年から64年にかけて、彼はミンガスと数多くのレコーディングを行った。インパルス！レコードからリリースされた『<em>黒い聖者と罪ある女</em>』(1963年)『<em>ファイヴ・ミンガス</em>』(1964年)といった、ミンガスにとって重要なアルバムにおいてピアニストを務めているのは、ほかでもないバイアード。特に前者では、アヴァンギャルドなプレイが垣間見える。さらに彼は1964年にミンガスのヨーロッパ・ツアーにも同行している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　また、バイアードがこのころ、さきに挙げた<strong>ローランド・カーク</strong>、やはりマルチリード・プレイヤーの<strong>エリック・ドルフィー</strong>、テナー奏者の<strong>ブッカー・アーヴィン</strong>、おなじくテナー奏者の<strong>サム・リヴァース</strong>らのレコーディングにサイドマンとして参加したことは、よく知られている。特にドルフィーの『<em>惑星</em>』(1960年)においてのプレイは、彼をモダン・ジャズのピアニストとして最前線に押し上げたとも云える。このドルフィーのアルバムは『<em>ヒアズ・ジャッキー</em>』と同様にニュー・ジャズ・レーベルの１枚だが、彼の初リーダー作に当たる。ドルフィーは本作ですでに、アルト・サックスやフルートとともに、従来クラシック音楽の楽器とされていたバス・クラリネットを使用しているが、のちのジャズ・プレイヤーたちに多大な影響を与えた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このアルバムを聴くと、ドルフィーがデビュー作からジャズ・シーンにおいて特異なスタイルを、とうに完成させていたことがわかる。その演奏は一般的にフリー・ジャズに分類されるもので、ことにハーモニーに対する観念の類似性からアルト奏者の<strong>オーネット・コールマン</strong>とよく比較される。とはいってもドルフィーのスタイルは、基本的に音楽理論に則りインプロヴィゼーションを展開するというもの。その点、彼は非常に論理的なミュージシャンと云える。ドルフィーといえばブルーノート・レコードに『<em>アウト・トゥ・ランチ</em>』(1964年)という大傑作を残しているけれど、彼のアヴァンギャルドなプレイは激しく不協和音を奏でていながらも存外聴きやすい。それはドルフィーのスタイルが、音楽理論がしっかり押さえられた上であらためて解体されたものだからだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところでバイアードにも、ドルフィーと同様の風情が感じられる。ぼくはバイアードをフリー・ジャズ系のピアニストとは思っていないけれど、確かに彼のプレイには既存のジャズ・マナーに加え、フリー・ジャズの即興性や自由なアプローチが縦横無尽に採り入れられている。ぼくは冒頭でバイアードのことをジャズ・ピアノの歴史をひとりで抱え込んでしまったようなピアニストと云ったけれど、実際彼はラグタイム、ストライド、スウィング、ビバップ、そしてフリー・ジャズと、ジャズの歴史におけるあらゆるスタイルを独学でマスターしている。つまり包括的なジャズ・ピアニストなのだ。そんな変幻自在のテクニックの持ち主だからか、バイアードの前衛的な表現のなかには、伝統的なジャスのスタイルがしかと息づいているのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">特定の音楽学校で正式な英才教育を受けなかったピアニスト</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　バイアードがプレスティッジ・レコードで吹き込んだ作品に『<em>フリーダム・トゥゲザー！</em>』(1966年)というのがある。実は彼はマルチ・インストゥルメンタリストとして知られるのだが、このアルバムではピアノのほかにフェンダー・ローズ・エレクトリック・ピアノ、チェレスタ、テナー・サックス、ヴィブラフォン、それにドラムスまで操っている。<strong>リチャード・デイヴィス</strong>(b, vc)、<strong>アラン・ドーソン</strong>(ds, tim, vib)を従えてのレコーディングだが、アルバム・タイトルからもわかるようにバイアードはこの作品でフリー・ジャズ的なアプローチを見せる。ただしここでの彼は、前衛的な手法を単なる混沌としたもので終わらせるのではなく、スウィング感やブルース・フィーリングと共存させている。しかも彼の遊びごころも相まって、気楽に楽しむことができる演奏となっている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　バイアードのフリー・ジャズに対する解釈は、たとえばおなじピアニストの<strong>セシル・テイラー</strong>による現代音楽的なアプローチとはかなり印象を異にする。テイラーのスタイルは完全なる無調、即興に終始するが、それに対しバイアードは、伝統的なジャズの調性やリズムの重要性を理解した上で、その枠組みを自在に崩したり再構築したりするエクレクティックな手法を志向した。そのあたりはミンガスやドルフィーからの影響が強いのだろう。彼らの作品に収録されている実験的で前衛的な楽曲の核を担い、そのフリー・ジャズ的なセッションを支えていたのは、ほかでもないバイアードそのひとなのだから。なおバイアード、デイヴィス、ドーソンといったトリオは、プレスティッジ作品ではおなじみだが、この組み合わせを高く評価する向きも多いようだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなバイアードの来歴について、飽くまでぼくの知る範囲だが触れておくことにする。<strong>ジャッキー・バイアード</strong>は1922年６月15日、マサチューセッツ州の中央部にある都市ウースターに生まれた。ウースターは、のちに彼が拠点を置くボストンの西70キロメートルに位置している。両親はともに音楽好きだったが、母親はピアノを嗜み叔父や祖母もピアノを弾いた。特に祖母は、無声映画時代に映画館で演奏していたという。その影響からバイアードも６歳からピアノのレッスンを受けるようになる。ところが家族が大恐慌の煽りを受けたため、彼のレッスンは中断を余儀なくされる。そのいっぽうでバイアードは、父親から譲り受けたトランペットを継続的に吹いていた。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8746 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/pianocolor2.png" alt="ピンクのトイピアノ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/pianocolor2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/pianocolor2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　バイアードの少年時代のアイドルは、スウィング・ジャズ時代にもっとも影響力をもったミュージシャンであり、ビバップの先駆者と云われるトランペッター、<strong>ロイ・エルドリッジ</strong>、トランペット奏者でヴォーカリストとしても活躍した<strong>ウォルター・フラー</strong>だった。そのころ彼は、ウースター近郊にあるクインシガモンド湖で開催されていた、ジャズ・バンドのライヴ演奏を度々聴きにいっていたという。またバイアードはラジオから流れる、<strong>ベニー・グッドマン楽団</strong>、<strong>ラッキー・ミリンダー楽団</strong>、<strong>チック・ウェッブ楽団</strong>といったスウィング・バンドやリズム・アンド・ブルースのバンドの音楽に親しみ、ピアニストでは<strong>ファッツ・ウォーラー</strong>の演奏をよく聴いていた。それらが自身のスタイルに少なからず影響を与えたと、彼は後年語っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　バイアードは、特定の音楽学校で正式な英才教育を受けておらず、音楽理論やジャズ・ピアノのテクニックに関してもほとんど独学。ウースター周辺で活動していたローカル・バンドに参加したり、居酒屋などで演奏したり、兵役中には軍楽隊の一員として活躍したり、とにかく彼は実践的な現場を通じて音楽を学び、その才能を磨いた稀有なジャズ・ミュージシャンだ。特に軍隊在籍中にバイアードは、もともとピアノとトランペットを演奏していたが、新たにトロンボーンを習得。除隊後にはテナーおよびアルト・サックスも演奏するようになる。そのいっぽうで従軍中にバイアードは、<strong>フレデリック・ショパン</strong>や<strong>イーゴリ・ストラヴィンスキー</strong>といったクラシック音楽の作曲家の研究にも励んでおり、このことがのちの彼独自のエクレクティックなプレイ・スタイルの礎になったと思われる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　バイアードは1946年に除隊しているが、ときを移さず陸軍時代に知り合ったアルト奏者、<strong>アール・ボスティック</strong>のバンドに加わり演奏旅行に同行している。その後彼が1940年代後半から1950年代にかけて、<strong>チャーリー・マリアーノ</strong>のグループや<strong>ハーブ・ポメロイ</strong>のバンドなどで活躍したしことはすでにお伝えした。それにしても、現代では独学と実践が最速かつもっとも深いスキル習得法などと云われたりするが、バイアードは世に稀なる才能と学習能力とを兼ね備えた人物だったのだろう。その知識と技術は、相当なものと想像される。その証拠に、彼はのちにニューイングランド音楽院、マンハッタン音楽学校、そしてハート音楽院などで教鞭を執ることになる。実はバイアードは、アメリカの音楽院で最初にジャズを教えた教育者のひとりでもあるのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで、守備範囲の広い、しかも確たる実力をもったジャズ・ピアニストであるバイアードのリーダー作は千種万様である。彼のアルバムは40枚以上もあるのだけれど、もちろんぼくもそのすべてを聴いてはいない。代表作について語り合ったら、メインストリーム・ジャズ派からフリー・ジャズ派まで、十人十色となるだろう。そんななかで、ぼくが度々ターンテーブルに載せるのは、それこそ個人的な好みで、どうしてもトリオ作品になってしまう。特によく聴いているのは、前述の『<em>ヒアズ・ジャッキー</em>』をはじめ、おなじくニュー・ジャズ・レーベルの『<em>ハイ・フライ</em>』(1962年)、そしてプレスティッジ・レコードからリリースされた『<em>サンシャイン・オブ・マイ・ソウル</em>』(1968年)といったアルバムになる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なんだ芸がないではないかと思われた向きも多いと思われるが、この３枚は多くのジャズ・ファンのニーズに応えるものであり、自信をもってお薦めできる名盤である。この３枚のうち『<em>サンシャイン・オブ・マイ・ソウル</em>』は、<strong>デイヴィッド・アイゼンソン</strong>(b)、<strong>エルヴィン・ジョーンズ</strong>(ds)がサイドに据えられたトリオ作品だが、１曲だけバイアードはギターも弾いている。また、ジョーンズもティンパニを叩いたりしている。そう、ご想像のとおりこのアルバムは、バイアード流のフリー・ジャズが思い切り展開されているのだ。とはいっても、やはり耳を塞ぎたくなるようなところはないのでご安心を──。本作はソウル・ジャズとフリー・フォームなポスト・バップとが融合した、確かにアヴァンギャルドではあるけれど、同時にグルーヴィーでエレガントな作品でもある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">刺激は少ないがそのぶん口当たりのよさでは群を抜いているアルバム</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ただ『<em>サンシャイン・オブ・マイ・ソウル</em>』は、どちらかというとダイナミックなパフォーマンスと、そこに生まれるスパイラルなテンションが際立った作品。まあそれが魅力なのだけれど、リスナーの集中力が自然と極限まで高められたりする場合もあるだろう。ここではバイアードのピアノが、アグレッシヴかつポリリズミック。ジョーンズのドラムス、そしてメロディアスだが推進力のあるラインを形成しながら、ときには高速なパッセージを繰り出すアイゼンソンのベースと、互角に渡り合っている。そんなとき、彼のフリー・フォームなアプローチは全開する。そういう激しく展開されるインタープレイに、緊張感が伴うのは当然至極。とはいうものの、このガチンコ対決とも云うべきトリオの全力を出し切った演奏は、爽快感をもたらすのだけれど──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そういった一面があるいっぽうで『<em>サンシャイン・オブ・マイ・ソウル</em>』というアルバムには、たとえば<strong>ウィリアム・クリストファー・ハンディ</strong>が作曲した有名な「セント・ルイス・ブルース」における、バイアードのエスプリの効いた解釈が、こころを和ませてくれたりするシーンもある。１枚で彼のまさにエクレクティックでヴァラエティに富んだピアノ・スタイルが堪能できるという点が、本作の人気を高めているようにぼくは思う。そしてこのアルバムでは、個性的で演奏技術の高いリズム隊による極上のパフォーマンスも然ることながら、さきに述べたようなバイアードの広範囲にわたる音楽的知識と創造性によって、ジャズ作品としてのクオリティが向上させられているように思われる。そういう意味でも本作は、文句なしの名盤である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そして『<em>ヒアズ・ジャッキー</em>』『<em>サンシャイン・オブ・マイ・ソウル</em>』といった傑作を押さえて、ぼくにとってオールタイム・フェイヴァリットとなっているのが、実は『<em>ハイ・フライ</em>』である。バイアードのアルバムだから、フリー・ジャズはもちろんのことバップやブギウギのエッセンスが含まれている。ただ彼の演奏にしては珍しく比較的端正でリラックスしたものとなっており、そのピアノ・プレイがもつ豊かなエクスプレッションと新鮮なハーモニーを、こころゆくまで堪能することができる作品となっている。しかもその音景はいつになく都会的で、バイアードが放つアーティキュレーションもしごく軽妙洒脱。要は肩の力を抜いて楽しむことができる好盤なのだ。甘ちゃんと云われてしまうかもしれないが、ぼくは抑制の効いたバイアードの演奏に、底知れない含蓄を感じる。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8747 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/pianocolor3.png" alt="赤いトイピアノ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/pianocolor3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/pianocolor3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　この『<em>ハイ・フライ</em>』のレコーディングは、1962年１月30日、ニュージャージー州イングルウッド・クリフスのシルヴァン・アヴェニュー445番地に所在する、おなじみのヴァン・ゲルダー・スタジオにおいて行われた。云うまでもなくエンジニアは名匠<strong>ルディ・ヴァン・ゲルダー</strong>。サイドには<strong>ロン・カーター</strong>(b)と<strong>ピート・ラ・ロカ</strong>(ds)が据えられているが、この組み合わせも絶妙だ。カーターのベースはリズムの安定感を高めているし、ラ・ロカのドラムスはそのリズムの隙間に歯切れのいいフレーズを投入している。このふたりのプレイが、手堅くバイアードのピアノの魅力を引き出していると云っていいだろう。バイアードはブルージーかつテクニカルな、そしてリリカルかつエナジェティックな独創的なフレーズを、遊びごころも交えて気持ちよさそうに綴っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムはピアニストの<strong>ランディ・ウェストン</strong>が作曲した「ハイ・フライ」からスタート。イントロのまるで印象派のようなピアノのルバート演奏が美しい。インテンポしてからバイアードは、<strong>セロニアス・モンク</strong>を彷彿させるアブストラクトなタッチでテーマを奏でたあと、スウィンギーかつパーカッシヴにアドリブを展開していく。そのゆとりのあるプレイが、得も云われぬリラクゼーションを生み出している。個人的には、彼の控えめで品のある演奏が際立ったこの１曲で、このアルバムがもつモダンでソフィスティケーテッドな音世界に引き込まれてしまう。つづくバイアードのオリジナル「ティリー・バターボール」では、バップ・スタイルが基調とされながら、ブルージーなフィーリングとフリー・フォームなアプローチとが、散りばめられている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんな程よいブレンド加減のバイアードのピアノ・プレイに惹きつけられているうちに、この曲はあっという間に幕を閉じる。それだけ彼の表現力には、リスナーに対する強い影響力があるのだ。カーターの渋いソロを忘れさせるくらいに──。３曲目の「ヤマクロー」は、ストライド奏法の先駆者と目されるピアニスト、<strong>ジェームズ P. ジョンソン</strong>の曲。彼が書いたジャズとクラシックとを融合させたシンフォニック・ジャズからの抜粋である。バイアードの弾むようなブロック・コード、そして彼が敬愛するストライド・ピアノのフィーリングが、なんとも心地いい。ラ・ロカとの軽妙な４バースも、楽曲のハッピーなムードをより高めている。A面のラストを飾る「ゼア・アー・メニー・ワールズ」は、バイアードの２曲目のオリジナル。彼の音楽的特徴である、エクレクティックなナンバーだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この曲は洗練された都会的センスに溢れたナンバーだが、大胆なコード・ワークと精緻な構成にバイアードの優れたコンポジション・スキルが感じられる。そして彼のピアノ・プレイならではのエレガンスとダイナミクスとを同時に楽しむことができる好トラックでもある。メロディック・ラインが<strong>デューク・エリントン</strong>風なのも、興味深い。B面はやはりバイアードのオリジナル「ヒア・トゥ・ヒアー」からスタートする。アルバム中もっともフリー・ジャズにアプローチされたナンバー。アブストラクトなパフォーマンスから高速のバップ・スタイルへ移行。バイアードのピアノは激しくアヴァンギャルドなフレーズを繰り出しつづけ、サイドのトリオの熱量も最高潮に達する。中盤からはクールダウンしてリリカルな美しいバラード演奏となる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　つづく「バードランドの子守唄」は、云わずと知れたクール・ジャズ・ピアニスト、<strong>ジョージ・シアリング</strong>の曲。バイアードは独自のハーモニーとリズムで、そつなくプレイ。ある意味で、シアリングよりもクールでリフレッシングに響くが、その軽妙さに彼の遊びごころが垣間見える。その点、次曲の「ラウンド・ミッドナイト」にも同じことが云える。<strong>セロニアス・モンク</strong>によるバラードの名曲だが、風変わりな旋律と複雑な和声進行からどちらかというと重たい印象を受ける。ところが、バイアードのプレイは、いい意味で軽い。モダンなハーモニー感覚とクラシックやストライドを織り交ぜた緩急のある語り口が、楽曲をエレガントで色彩豊かなものにしている。それに寄り添う感じのカーターのソロもまた、美しくなだらかだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムのラストを飾る「ブルース・イン・ザ・クローゼット」は、ベーシストの<strong>オスカー・ペティフォード</strong>がピアニストの<strong>バド・パウエル</strong>のために書いたブルース・ナンバー。バイアードのピアノが、フリー・フォームを交えたユニークなバップ・スタイルで軽快に駆け抜ける。カーターはアルコ・ベースで存在感を示し、ラ・ロカはスティック捌きも歯切れよく軽やかに飛翔する。バイアードとの４バースも痛快。まさにアルバムのラストを締めくくるに相応しい、三位一体のエナジェティックな高速ナンバーである。バイアードのリーダー作のなかでは、本作はどちらかというと刺激が少ないアルバムと云えるのかもしれないが、そのぶん口当たりのよさでは群を抜いていると、ぼくは思う。もし彼の演奏に触れたことがないというのなら、まず本作を手にとることをお薦めする。</p>
<p>&nbsp;</p>
<!-- START MoshimoAffiliateEasyLink -->
<p><script type="text/javascript">(function(b,c,f,g,a,d,e){b.MoshimoAffiliateObject=a;b[a]=b[a]||function(){arguments.currentScript=c.currentScript||c.scripts[c.scripts.length-2];(b[a].q=b[a].q||[]).push(arguments)};c.getElementById(a)||(d=c.createElement(f),d.src=g,d.id=a,e=c.getElementsByTagName("body")[0],e.appendChild(d))})(window,document,"script","//dn.msmstatic.com/site/cardlink/bundle.js?20220329","msmaflink");msmaflink({"n":"ハイ・フライ","b":"UNIVERSAL MUSIC GROUP","t":"Jaki Byard ","d":"https:\/\/m.media-amazon.com","c_p":"","p":["\/images\/I\/51N1wUsBOBL._SL500_.jpg"],"u":{"u":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B001KNVJYW","t":"amazon","r_v":""},"v":"2.1","b_l":[{"id":1,"u_tx":"Amazonで見る","u_bc":"#f79256","u_url":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B001KNVJYW","a_id":3841547,"p_id":170,"pl_id":27060,"pc_id":185,"s_n":"amazon","u_so":1},{"id":2,"u_tx":"楽天市場で見る","u_bc":"#f76956","u_url":"https:\/\/search.rakuten.co.jp\/search\/mall\/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%A4\/","a_id":3841545,"p_id":54,"pl_id":27059,"pc_id":54,"s_n":"rakuten","u_so":2},{"id":3,"u_tx":"Yahoo!ショッピングで見る","u_bc":"#66a7ff","u_url":"https:\/\/shopping.yahoo.co.jp\/search?first=1\u0026p=%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%A4","a_id":3841549,"p_id":1225,"pl_id":27061,"pc_id":1925,"s_n":"yahoo","u_so":3}],"eid":"w55bB","s":"l"});</script></p>
<div id="msmaflink-w55bB">リンク</div>
<!-- MoshimoAffiliateEasyLink END -->


<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-13 sbs-default sbp-l sbis-cn cf block-box">
<div class="speech-person">
<figure class="speech-icon"><img decoding="async" class="speech-icon-image" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2022/12/kimama-listen2.png" alt="" /></figure>
<div class="speech-name"> </div>
</div>
<div class="speech-balloon has-border-color has-ex-a-border-color">
<p>最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
</div>
</div>
<p></p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://kimama-music.com/jaki-byard-hi-fly/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>Herbie Hancock / Death Wish Original Soundtrack Recording (1974年)</title>
		<link>https://kimama-music.com/herbie-hancock-death-wish-original-soundtrack-recording/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=herbie-hancock-death-wish-original-soundtrack-recording</link>
					<comments>https://kimama-music.com/herbie-hancock-death-wish-original-soundtrack-recording/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 01 Feb 2026 06:27:43 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Soundtrack]]></category>
		<category><![CDATA[Herbie Hancock]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://kimama-music.com/?p=8709</guid>

					<description><![CDATA[ミュージック・シーンに新風を巻き起こしたハービー・ハンコックが手がけたグルーヴィーなサウンドトラック・アルバム『狼よさらば』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">ミュージック・シーンに新風を巻き起こしたハービー・ハンコックが手がけたグルーヴィーなサウンドトラック・アルバム『狼よさらば』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Herbie Hancock / Death Wish Original Soundtrack Recording (1974)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Joanna&#8217;s Theme</em></p>
</div>
</div>
<h3><span id="toc2">ハンコックはジャズの範疇に収まり切らない音楽家</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ジャズ・ピアニストの<strong>ハービー・ハンコック</strong>が音楽を手がけた映画というと、<strong>ミケランジェロ・アントニオーニ</strong>監督の『欲望』(1966年)がすぐに思い出される。ハンコックにとってははじめてのフィルム・スコアだけれど、そのメイン・テーマとアンダースコアは、アーバンでソフィスティケーテッドでちょっとミステリアスなムードを漂わせる、ジャズ・サウンドで構成されている。当時<strong>ジェフ・ベック</strong>と<strong>ジミー・ペイジ</strong>という２大ギタリストが在籍していた<strong>ヤードバーズ</strong>による、破壊的なガレージ・ロック・ナンバーの収録も相まって、サウンドトラック・アルバムはスタイリッシュな作品としていまも非常に人気が高い。要は都会的なクールさが際立つモダン・ジャズと、エナジェティックなシックスティーズ・ロックとがミックスされた、おしゃれなレコードなのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そしてもう１本、ハンコックが音楽監督を務めた<strong>ベルトラン・タヴェルニエ</strong>の監督作品『ラウンド・ミッドナイト』(1986年)を忘れるわけにはいかないだろう。映画のタイトルはもちろん、独特のスタイルのバップ・ピアニスト、<strong>セロニアス・モンク</strong>が1943年に作曲した「ラウンド・ミッドナイト」に由来している。この曲は映画のなかでも使用されるが、ハンコックがアレンジしたものだ。映画は1950年代末のパリのジャズ・シーンとミュージシャンたちの友情が描かれたもので、テナー奏者の<strong>レスター・ヤング</strong>とピアニストの<strong>バド・パウエル</strong>とをモデルにした主人公を、やはりテナー奏者の<strong>デクスター・ゴードン</strong>が演じている。ゴードンは演技のほうもなかなかのもので、アカデミー主演男優賞にノミネートされた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　実はこの映画にはハンコックも出演していて、薬物依存に苦しむ主人公を支えるピアニスト兼バンド・リーダーを演じている。演技のほうはともかく、彼がアレンジしたジャズ・スタンダーズやオリジナル曲は魅力的だ。実際ハンコックはこの作品で、アカデミー作曲賞を受賞している。サウンドトラック・アルバムでは、主役のゴードンをはじめ、<strong>ウェイン・ショーター</strong>(ts)、<strong>フレディ・ハバード</strong>(tp)、<strong>ロン・カーター</strong>(b)、<strong>トニー・ウィリアムス</strong>(ds)、<strong>ビリー・ヒギンズ</strong>(ds)といった、ハンコック所縁の名ジャズ・プレイヤーたちの臨場感溢れるジャズ・セッションをじっくり味わうことができる。このサントラ、追加曲が収録されたゴードン名義のアルバム『<em>ラウンド・ミッドナイトの向こう側</em>』(1986年)と併せて、いまも高い人気を誇る。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8728 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/deathwish1.png" alt="グランドピアノのイラスト" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/deathwish1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/deathwish1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ぼくは最初にハンコックのことを軽々しくジャズ・ピアニストと云ってしまったけれど、彼はジャズの範疇に収まり切る音楽家ではない。むろんジャズ・プレイヤーとしても超一流である。ハンコックは名門ブルーノート・レコードにおいて、押しも押されもせぬニュー・メインストリームのスター・アーティストだった。デビュー作『<em>テイキン・オフ</em>』(1962年)をはじめとする、７枚のリーダー作はどれも素晴らしい。また彼が1963年から1968年まで、<strong>マイルス・デイヴィス・クインテット</strong>のメンバーだったこと、1976年から1979年までは、同クインテットのメンバーだった<strong>ウェイン・ショーター</strong>(ss, ts)、<strong>ロン・カーター</strong>(b)、<strong>トニー・ウィリアムス</strong>(ds)に、<strong>フレディ・ハバード</strong>(tp)を加えた<strong>V.S.O.P.クインテット</strong>を率いたことは、ジャズ・ファンだったらだれもが知っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そういったハード・バップやポスト・バップといったオーソドックスなジャズ作品と並行して、ハンコックは早い時期からエレクトリック・サウンドやエスノ・ミュージック、殊にアフリカのポリリズムを導入した作品を吹き込んでいた。ブルーノートからワーナー・ブラザース・レコードに移籍し、彼が最初に制作したアルバム『<em>ファット・アルバート・ロトゥンダ</em>』(1969年)が、その嚆矢となった。さらにコロムビア・レコードに移籍したあとに発表した『<em>ヘッド・ハンターズ</em>』(1973年)は、ハンコックのエレクトリック・ジャズ作品のなかでも代表的な１枚であると同時に、のちのジャズ・ファンクやフュージョンに多大な影響を与えた革新的なアルバム。ビルボード誌のジャズ・チャートで１位を獲得、総合アルバム・チャートでも20位内にランク入りした名盤である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにハンコックはアルバム『<em>シークレッツ</em>』(1976年)において、ダンス・ミュージックへの傾倒の片鱗をのぞかせる。その後<strong>V.S.O.P.クインテット</strong>によるモダン・ジャズ・スタイルに集中するが、２年ぶりにエレクトリック作品を発表。それは、それまでのファンク路線が踏襲されながらも、ポップス、ディスコ、ラテン、それにジャズなど、様々な要素が織り交ぜられたフュージョン作『<em>サンライト</em>』(1978年)である。彼はこのアルバムで、人声を電子音に変換するシンセサイザー、ドイツのゼンハイザー社製アナログ・ヴォコーダーVSM-201を導入。アルバム中３曲でハンコック自身がこの楽器を使ってヴォーカルを披露している。おしなべて、フェンダー・ローズが主軸に据えられ、多種のシンセサイザーが肩肘張らずに使用されたサウンドは、従来以上に心地いいものだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この『<em>サンライト</em>』以降ハンコックは、<strong>カルロス・サンタナ</strong>(g)、<strong>レイ・パーカー・ジュニア</strong>(g)、<strong>ロッド・テンパートン</strong>(key)、<strong>ビル・ラズウェル</strong>(b)といった、ジャズ以外のミュージシャンとのコラボレーションにより、自己のリーダー作にディスコからヒップ・ホップまで大胆に導入していく。特にベーシスト兼プロデューサーを務めたラズウェルの、実験的な音楽アイディアをもとに制作された『<em>フューチャー・ショック</em>』(1983年)では「ロック・イット」「フューチャー・ショック」といったヒップ・ホップにアプローチしたナンバーが大ヒット。<strong>グランドミキサー D.ST.</strong>によるDJスクラッチを採用したスタイルは、その後のクラブ・ミュージックの方向性を決定づけるものだった。スクラッチがフィーチュアされた「ロックイット」は、世界中で大ブレイクした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このポップ路線には、批判的なひとも多い。ジャズ以外の音楽に溶け込んでいくハンコックを、体色変化にたとえてカメレオンと揶揄する向きもあった。確かにオーソドックスなジャズ作品からエレックトリック・ジャズをはじめとするポップ・アルバムまで、彼の手がけた音楽作品の全体を俯瞰した場合、それらが一貫性に欠けるのは事実だろう。たとえば、ぼくの敬愛する<strong>ボブ・ジェームス</strong>や<strong>デイヴ・グルーシン</strong>などは、ジャズを演ってもフュージョンを演っても、いつも首尾一貫した音楽性が伝わってくる。それに対してハンコックの作品のなかには、もし情報を知らされずに楽曲を聴かされたら、だれが演奏しているのかわからないようなものもある。そういう事象が発生するのは、ハンコックが演奏能力はもちろんこと、対応力や適応力がきわめて高い音楽家だからだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">あまり触れられる機会がないハンコックが手がけた映画音楽</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　つまりハンコックは、オールラウンダーなのである。その点で彼は、個人的にはいまひとつのめり込むことのできない音楽家でもあるのだけれど、活動の幅を広げつづけるというその行きかたについては、ぼくも受け入れざるを得ない。音楽家はやりたいことをやればいい。きっとハンコックの音楽に対する好奇心は、とどまることを知らないのだろう。そんな彼は1990年代、現代のポピュラー・ソングをフレッシュなシャズ・ナンバーにアレンジしてプレイした『<em>ザ・ニュー・スタンダード</em>』(1996年)、そしてアメリカン・ミュージックの父とも称される作曲家、<strong>ジョージ・ガーシュウィン</strong>の生誕100周年を記念した『<em>ガーシュウィン・ワールド</em>』(1998年)といった、伝統的なジャズの愛好者を納得させるような作品も発表している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さて、ここで映画音楽のハナシに戻るが、多様なジャンルに触れながら新しい価値を創造するような音楽的才能の持ち主であるハンコックのことだから、間違いなく映像作品の仕事にも強い関心を示しただろう。映画が無音の映像から総合芸術へと引き上げられる過程で、その一翼を担うのは音楽である。映像だけでは伝えきれない感情、心理、そして世界観を補完するだけでなく、物語を増幅させる重要な要素ともなる映画音楽に対して、新たなジャンルに積極的に挑戦する姿勢とマインドとを兼ね備えたハンコックが食指を動かされないはずがない。実際彼は1960年代後半から現在に至るまで、数多くの映画やテレビ番組の音楽を手がけている。ただ不思議なことに、さきに挙げた『欲望』や『ラウンド・ミッドナイト』以外については、あまり触れられる機会がないようだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで、ハンコックが音楽を手がけた映画を、ぼくの知る範囲でいくつか挙げてみる。まず<strong>アイヴァン・ディクソン</strong>監督の社会派アクション映画『ブラック・ミッション／反逆のエージェント』(1973年)だが、アフリカ系アメリカ人が客層として想定された1970年代前半から製作されるようになった映画、いわゆるブラックスプロイテーションの１本である。ちょうど『<em>ヘッド・ハンターズ</em>』が制作された時期と重なり、ハンコックによるスコアはエレクトロニックなサウンドとファンキーなリズムとが融合したジャズ・ファンクとなっている。サウンドトラック・アルバムは、彼のディスコグラフィのなかでも隠れた名盤と云われている。つづいて1980年代に飛ぶが、<strong>ノーマン・ジュイソン</strong>監督の人種差別がテーマに盛り込まれたミステリー映画『ソルジャー・ストーリー』(1984年)がある。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8729 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/deathwish2.png" alt="ニューヨーク、マンハッタンの遠景" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/deathwish2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/deathwish2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　この『ソルジャー・ストーリー』が製作されたころのハンコックといえば、前述の「ロックイット」をヒットさせエレクトロ・ファンクに集中していた時代に当たる。だが映画のスコアではアコースティック・ピアノや管楽器を中心としたジャズ・サウンド、さらには濃厚なブルースやゴスペルにアプローチされており、そのブルージーでシリアスな音楽は緊迫した会話劇やサスペンスフルなムードを引き立てている。特定のジャンルやスタイルに固執しない、ハンコックならではの作品だ。その２年後、ハンコックは、<strong>デンゼル・ワシントン</strong>が荒廃した高校を立て直す熱血校長を演じた、<strong>エリック・ラニューヴィル</strong>監督の社会派ドラマ『ジョージ・マッケンナ物語 暴力教室に挑んだ男』(1986年)の音楽を担当する。こちらはシリアスな内容でも、1980年代を象徴するエレクトロニック・スコアが採用されている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　同年ハンコックは、伝説のコメディアン、<strong>リチャード・プライヤー</strong>が監督、製作、脚本、そして主演を務めた半自叙伝的映画『ジョ・ジョ・ダンサー』(1986年)の音楽も担当。前述の『ラウンド・ミッドナイト』を手がけた年でもあり、ハンコックのフィルム・ミュージック対する創作意欲が感じられる。ここでの彼は、お得意のファンク、ソウル、エレクトロニックな要素をふんだんに採り入れたサウンドを構築。コメディアンの映画ではあるが重厚でシリアスなドラマとなっている本作のアンダースコアは、アーバンでクール、そしてドラマティックで緊迫感のあるフュージョン・サウンドが基調となっている。その後もハンコックは映画音楽の仕事に取り組んでおり、1988年には２本の映画にスコアを提供している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　具体的には、<strong>クレイグ R. バクスリー</strong>監督のアクション映画『アクション・ジャクソン/大都会最前線』(1988年)と、<strong>デニス・ホッパー</strong>監督の社会派警察ドラマ『カラーズ 天使の消えた街』(1988年)といった話題作。前者でハンコックは<strong>マイケル・ケイメン</strong>と共同でスコアを手がけているが、なかでもエレクトロニックなサウンド、シンセサイザーによるベース・ラインなどが特徴的な、緊迫感のあるジャズ・ファンク・ナンバーが特に印象に残る。また、後者でハンコックはヒップホップとエレクトロを大胆に採り入れており、ギャングの街のリアルな緊張感、当時のストリートの空気感を見事に表現している。思えば、映画音楽に当時最先端だったヒップホップ・ミュージックがいち早く採り入れられたのは、この作品においてだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ハンコックの銀幕への楽曲提供はまだつづく。<strong>エディ・マーフィ</strong>が主演、監督、脚本、製作総指揮のひとり４役をこなしたコメディ映画『ハーレム・ナイト』(1989年)のスコアは、ハンコックのペンによるものだ。この作品で彼は、1930年代の禁酒法時代のニューヨーク・ハーレムのムードを再現しながら、アンダースコアに現代的なテイストも加味している。かたやビッグバンドのサウンドを基調とした、華やかで力強いスウィンギーなナンバーで物語を牽引する。時代を映し出す「スウィングしなけりゃ意味ないね」「A列車で行こう」といった、<strong>デューク・エリントン楽団</strong>の往年の名曲をカヴァーしたりもしている。そのいっぽうで、クライム・サスペンス調のエレクトロニック・サウンドとオーケストラとを組み合わせた、こころもちダークな曲も書いている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この『ハーレム・ナイト』の音楽制作などは、オーソドックスなジャズとエレクトリック・ジャズとの二足のワラジを履くハンコックに、もってこいの仕事だったように思われる。映画公開当初、サウンドトラック・アルバムはリリースされなかったが、2019年にスペインのマドリードに拠点を構える、サウンドトラック専門のインディペンデント・レーベル、クァルテット・レコードによってCDアルバムがリリースされた。この音盤にはハンコックによるスコアはもちろんのこと、前述の本編で使用された<strong>デューク・エリントン楽団</strong>や<strong>カウント・ベイシー楽団</strong>のジャズ・スタンダーズも、ボーナス・トラックとして収録されている。これを機に、ハンコックによる終始緊迫感に包まれるようなアンダースコアは、あらためて高く評価された。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">サントラ盤だがハンコックのアルバムとしても聴き応えのある１枚</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ハンコックが音楽を手がけた映画であまり知られていないのが、<strong>マイケル・シュルツ</strong>が監督したコメディ映画『リヴィン・ラージ/大金持ちになりたい！』(1991年)。アフリカ系アメリカ人のシュルツは低俗なコメディと社会性とを融合した作品で知られるユニークな監督だが、<strong>スパイク・リー</strong>や<strong>ジョン・シングルトン</strong>などの先駆け的存在で、ブラック・シネマの旗手と云える。ロサンゼルスの洗車場での１日が描かれたコメディ映画『カー・ウォッシュ』(1976年)、<strong>ザ・ビートルズ</strong>の有名なアルバム『<em>サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド</em>』(1967年)がベースとされたミュージカル『サージャント・ペッパー』(1978年)といった作品で知られる。後者のように失敗作も多いが、とにかく多作の映画監督である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ときにハンコックは、この1990年代初頭のブラック・カルチャーを捉えた作品『リヴィン・ラージ/大金持ちになりたい！』では、スコアにやはり1990年代初頭のアーバンでグルーヴィーなファンク・スタイルやヒップホップ・サウンドを積極的に導入している。彼が得意とするシンセサイザーやプログラミングはもちろんのこと、<strong>ザ・ドン</strong>こと<strong>ドン・サンダース</strong>という若きMCによるラップも採用。この映画のスコアにおいてハンコックは、1980年代の大ヒット「ロックイット」以降のエレクトロ・ファンク路線をさらに進化させ、よりラップやヒップホップの文脈に近づいたと云える。本作はサウンドトラック・アルバムもリリースされているが、ハンコックによるトラックは１曲のみの収録となっており、どちらかというとアーバン・コンテンポラリーやファンク・ナンバーのコンピレーションといった感じだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで浅薄な知識で恐縮だが、ハンコックが音楽を手がけた映画をいくつか挙げてみた。おそらく彼が楽曲を提供した作品は、ほかにも多数あるだろう。しかしながら、ぼくは彼の熱狂的なファンというわけでもないので、この辺で切り上げておくほうがよさそうだ。そこでその代わりと云ってはなんだが、個人的にお薦めのハンコックのサウンドトラック・アルバムを１枚ご紹介しておこう。それは<strong>マイケル・ウィナー</strong>監督によるアクション・スリラー映画『狼よさらば』(1974年)のサントラ盤。<strong>チャールズ・ブロンソン</strong>が主演を務めたこの映画は、たいへんな好評を博しシリーズ化され、その後『ロサンゼルス』(1982年)『スーパー・マグナム』(1985年)『バトルガンM‐16』(1987年)『狼よさらば 地獄のリベンジャー』(1994年)といった続編が製作された。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8730 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/deathwish3.png" alt="髭を生やした男のイラスト" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/deathwish3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/deathwish3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ただし全５作のうち、無駄を削ぎ落とした簡潔な演出が際立つ英国出身のウィナーが監督を務めたのは最初の３本、ハンコックに至っては１作目のみの参加である。個人的には、映像にしても音楽にしても、もっともクオリティの高さとコンテンツの深さを誇るのはシリーズ第１弾『狼よさらば』であると、ぼくは思う。このサウンドトラック・アルバムは、全編にわたりハンコックの楽曲で埋め尽くされているが、大ヒットした『<em>ヘッド・ハンターズ</em>』をはじめとする彼のリーダー作と同様に、<strong>デヴィッド・ルービンソン</strong>がプロデューサーを務めたもの。ハンコックが当時所属していた、コロムビア・レコードからリリースされた。楽曲は飽くまで映像を補完するものとなっているが、音盤はハンコック自身のアルバムの系譜に連なる１枚としても楽しむことができる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　主要なレコーディング・メンバーは、<strong>ハービー・ハンコック</strong>(key)、<strong>ベニー・モウピン</strong>(ss, ts, bcl)、<strong>ワー・ワー・ワトソン</strong>(g)、<strong>ポール・ジャクソン</strong>(g) 、<strong>マイク・クラーク</strong>(ds) <strong>ビル・サマーズ</strong>(perc)といったお馴染みの顔ぶれ。ストリングスのアレンジとコンダクティングを、<strong>ジェリー・ピーターズ</strong>が担当。レコーディング・エンジニアは『<em>ヘッド・ハンターズ</em>』も手がけた<strong>フレッド・カテロ</strong>が務めている。吹き込みは1974年の春から夏にかけて、カリフォルニア州のバーバンク・スタジオ、ウェスタン・レコーダーズ(ロサンゼルス)、ウォーリー・ハイダー・スタジオ(サンフランシスコ)などで行われた。なおハンコックは、ピアノ、フェンダー・ローズ、ホーナー・クラヴィネット、アープ・オデッセイ、アープ・プロソロイスト、アープ 2600、アープ・ストリング・アンサンブルなどを演奏している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このサントラ盤には、面白いエピソードがある。この映画の撮影がはじまるまで、監督のウィナーはハンコックのことをまったく知らなかったという。当初、彼はほかのミュージシャンを検討していたが、スーパーのレジ係役で映画に出演した女優の<strong>ソニア・マンザーノ</strong>の熱烈な推薦から、ハンコックに関心を寄せた。マンザーノは、有名な子ども向けテレビ教育番組『セサミストリート』で、44年間マリア・ロドリゲスを演じたことで知られるが、ウィナー監督の当時の恋人とも云われている。それはともかく、監督は早速『<em>ヘッド・ハンターズ</em>』のレコードを手に入れ聴いてみたところ即座にこころを掴まれ、直接ハンコックに作曲依頼の電話をかけたという。かくしてハンコックは、シンセサイザーとオーケストラとを組み合わせた、機知に富んだスコアの構想を練ることとなった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ハンコックが『狼よさらば』の音楽制作において与えられた時間は、たったの６週間だったという。寝食を忘れてサウンドトラックを完成させることに没頭するハンコックだったが、最後の最後までもっとも重要な１曲を残していた。それはブロンソン演じる主人公が殺害された妻を思い出すという、哀惜の念に堪えないシーンでの音楽である。それは寂寥としたメロディと美しいコード進行をもった「ジョアンナのテーマ」という曲。この曲、映画本編ではサントラ盤に収録されているグルーヴィーなトラックとは異なり、シンプルかつアンビエントなアレンジで、しかもモティーフがいくつかに分けられて流される。ウィナー監督は完成した音源を聴いて涙を浮かべて感激したという。ハンコックはこの曲を、盟友<strong>ウェイン・ショーター</strong>とともに『<em>ネイティヴ・ダンサー</em>』(1975年)『<em>1+1</em>』(1997年)で再演しているが、ともに美しい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムはジャズ・ファンク・ナンバー「狼よさらば(メイン・タイトル)」からスタート。反復するベース・ラインに乗って、ハンコックのローズによるソロが縦横無尽に展開される。重厚なブラスとワウ・ギターも効果的。ストリングスによる旋律が緊張感を与えるアーバンなナンバーだ。つづく「ジョアンナのテーマ」は、フィルム・ヴァージョンとは異なり、哀愁を漂わせながらもグルーヴィーなクロスオーヴァー風のサウンドが際立つ。ハンコックのファンキーなアコースティック・ピアノとシャープなストリングスとが爽快感をもたらす。サスペンスフルな「やっちまえ！」では、軽快なリズムと不穏な空気感とがクロス。さらにストリング・アンサンブルが緊迫した状況を演出する。不気味な「尻をぬれ！」では、オーケストラとシンセとがサイケデリックな世界を創り出す。ハンコックの実験精神が結実したトラックだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ピースフルな「豊かなる地」では、オーケストラによる異国情緒を感じさせる、どこか神秘的で温かみのある表現にこころが和まされる。９分半にも及ぶメドレー「復讐組曲」では、オケとシンセ、それにパーカッション類が活かされた、アヴァンギャルドなジャズが展開される。不協和音や複雑なリズムは、<strong>イーゴリ・ストラヴィンスキー</strong>からの影響。途中登場するドラムスの逆再生も面白い。さらに「オチョア・ノーズ」は、ポリリズムとテンション・コードが上手く使われた曲。先鋭的な重奏とハンコックの美しいピアノ演奏とが絡み合う。さらにその硬質なサウンドが引き継がれた「パーティの人々」では、美しいローズの音色が得も云われぬ虚無感を与える。ラストの「銃を持て！」では、モウピンのソプラノ、ハンコックのローズがソロをとる。リズム・セクションがカオス状態の６拍子ジャズ・ファンクだ。この曲などは特にそうだが、本作はハンコックのアルバムとしても聴き応えのある１枚である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<!-- START MoshimoAffiliateEasyLink -->
<p><script type="text/javascript">(function(b,c,f,g,a,d,e){b.MoshimoAffiliateObject=a;b[a]=b[a]||function(){arguments.currentScript=c.currentScript||c.scripts[c.scripts.length-2];(b[a].q=b[a].q||[]).push(arguments)};c.getElementById(a)||(d=c.createElement(f),d.src=g,d.id=a,e=c.getElementsByTagName("body")[0],e.appendChild(d))})(window,document,"script","//dn.msmstatic.com/site/cardlink/bundle.js?20220329","msmaflink");msmaflink({"n":"狼よさらば　オリジナル・サウンドトラック","b":"SMJ","t":"Herbie Hancock","d":"https:\/\/m.media-amazon.com","c_p":"\/images\/I","p":["\/51A8dyvxXpL._SL500_.jpg","\/51TlvIZQZ-L._SL500_.jpg"],"u":{"u":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B07HGHQZ75","t":"amazon","r_v":""},"v":"2.1","b_l":[{"id":1,"u_tx":"Amazonで見る","u_bc":"#f79256","u_url":"https:\/\/www.amazon.co.jp\/dp\/B07HGHQZ75","a_id":3841547,"p_id":170,"pl_id":27060,"pc_id":185,"s_n":"amazon","u_so":1},{"id":2,"u_tx":"楽天市場で見る","u_bc":"#f76956","u_url":"https:\/\/search.rakuten.co.jp\/search\/mall\/%E7%8B%BC%E3%82%88%E3%81%95%E3%82%89%E3%81%B0%E3%80%80%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%B8%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF\/","a_id":3841545,"p_id":54,"pl_id":27059,"pc_id":54,"s_n":"rakuten","u_so":2},{"id":3,"u_tx":"Yahoo!ショッピングで見る","u_bc":"#66a7ff","u_url":"https:\/\/shopping.yahoo.co.jp\/search?first=1\u0026p=%E7%8B%BC%E3%82%88%E3%81%95%E3%82%89%E3%81%B0%E3%80%80%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%B8%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF","a_id":3841549,"p_id":1225,"pl_id":27061,"pc_id":1925,"s_n":"yahoo","u_so":3}],"eid":"seSKz","s":"l"});</script></p>
<div id="msmaflink-seSKz">リンク</div>
<!-- MoshimoAffiliateEasyLink END -->


<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-13 sbs-default sbp-l sbis-cn cf block-box">
<div class="speech-person">
<figure class="speech-icon"><img decoding="async" class="speech-icon-image" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2022/12/kimama-listen2.png" alt="" /></figure>
<div class="speech-name"> </div>
</div>
<div class="speech-balloon has-border-color has-ex-a-border-color">
<p>最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
</div>
</div>
<p></p>]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://kimama-music.com/herbie-hancock-death-wish-original-soundtrack-recording/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>
