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	<title>Soundtrack | 気ままに音楽生活</title>
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	<description>いささか気ままに──ではありますが　素敵な音楽をご紹介してまいりますので　どうぞよろしくお願いいたします</description>
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	<title>Soundtrack | 気ままに音楽生活</title>
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	<item>
		<title>Michel Colombier / L&#8217;Héritier (1973年)</title>
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		<pubDate>Sun, 26 Jul 2026 07:47:32 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Soundtrack]]></category>
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					<description><![CDATA[フランスが生んだ音楽スタイルの境界を撤廃しようとする理想主義者の作曲家、ミシェル・コロンビエが音楽を手がけたオリジナル・サウンドトラック・アルバム『相続人』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">フランスが生んだ音楽スタイルの境界を撤廃しようとする理想主義者の作曲家、ミシェル・コロンビエが音楽を手がけたオリジナル・サウンドトラック・アルバム『相続人』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Michel Colombier / L&#8217;Héritier (1973)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : L&#8217;Héritier (Thème)</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-2" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-2">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">フランスが生んだ音楽スタイルの境界を撤廃しようとする理想主義者の作曲家、ミシェル・コロンビエが音楽を手がけたオリジナル・サウンドトラック・アルバム『相続人』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">サウンドトラックでありながらオリジナル・アルバムといった風情</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">サウンドトラックだが既成の枠にとらわれない実験的かつ革新的な作品</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">不世出のサウンド・クリエイターが手がけた映画音楽における代表作</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">サウンドトラックでありながらオリジナル・アルバムといった風情</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いまぼくの手元に『<em>相続人</em>』(1973年)という古いLPレコードがあるのだけれど、これは1973年に公開されたフランスとイタリアとが合作したサスペンス映画のサウンドトラック・アルバムだ。監督は<strong>フィリップ・ラブロ</strong>、主演はフランスを代表する人気俳優、<strong>ジャン＝ポール・ベルモンド</strong>。この映画、日本でもフランスとおなじ年に公開され、６年後の1979年には日本テレビ系列の映画番組『水曜ロードショー』において日本語吹替版がテレビ放送されるという、なかなかの人気作品である。シリアスなドラマからアクションやコメディまでこなすベルモンドにとっても、代表作のひとつと云ってもいいだろう。なによりもサントラ盤が日本でもしっかりリリースされるくらいだから、当初からそれなりの人気を集めていたと想像される。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくの所持するレコードはキングレコードが発売した国内盤で、そのタスキには「ロードショー誌 第１回推薦サントラ盤」という記載がある。ということは映画にしても音盤にしても、その時代を生きたひとたちからはそれなりに支持されていたのかもしれない。ぼくは中学生のころにこのレコードを手に入れたのだけれど、映画のほうは『水曜ロードショー』ではじめて観たクチ。とはいっても、映画が気に入ったからサントラ盤を購入したというわけではない。この映画において、ぼくにとってもっとも注目される出来事といえば、実はこの音楽を手がけているのが<strong>ミシェル・コロンビエ</strong>であるということなのである。コロンビエは映画音楽の作曲家であると同時に、ジャズ、フュージョン、ロック、ポップス、クラシック、それに現代音楽など、幅広いジャンルで活躍するミュージシャンだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ミシェル・コロンビエ</strong>(1939年５月23日 &#8211; 2004年11月14日)は、当時のぼくにとって“第三の男”だった。むろん<strong>キャロル・リード</strong>監督によるあの不朽の名作映画とは、なんの関係もない。ミュージック・シーンにおいて、コンポーザー、アレンジャー、キーボーディスト、そしてプロデューサーといった具合に、総合的に活動する音楽家は数多存在するけれど、ぼくがもっとも敬愛するのは<strong>ボブ・ジェームス</strong>と<strong>デイヴ・グルーシン</strong>のふたり。そしてそれに次ぐアーティストといえば、コロンビエしかいないのである。いちばんの理由は、そのミュージカリティの幅の広さ。前述のようにコロンビエは様々なジャンルの音楽に対応したミュージシャンで、通常のスタジオ・ワークのほか映像作品や舞台舞踊にも、たくさんのスコアを提供した。</p>
<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9467 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/07/mc1.png" alt="黒いキーボード(楽器)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/07/mc1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/07/mc1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　そんなコロンビエのヴァーサティリティに富んだ音楽性が、<strong>ボブ・ジェームス</strong>や<strong>デイヴ・グルーシン</strong>のそれとよく似ているのだ。ことにジェームスの『<em>BJ4</em>』(1977年)、グルーシンの『<em>ジェントル・サウンド</em>』(1978年)、そしてコロンビエの『<em>スーパー・フュージョン！</em>』(1979年)といったアルバムは、当時なんとなく音楽家になりたいと思っていたぼくにとって(結局ならなかったけれど)、バイブルのようなもの。幼いころからピアノの個人レッスンは受けていたものの、作曲やアレンジに関して正統な音楽教育を受けなかったぼくには大いに役立った作品だ。いまになってみるとこの３枚、自分でも呆れるほど何度も聴き込んだレコードだった。そんなわけで、サウンドトラック・アルバム『<em>相続人</em>』は、ぼくにとっては手にとるべくして手にとったレコードなのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところでこの『<em>相続人</em>』というアルバム、A面には「相続人のテーマ」「回想」「工場にて」「ホテル・ルテティア」「誘拐」「相続人 (パート２)」といった６曲、B面には「カード占い」「魔法」「カード占い (パート２)」「ブレークダウン」「カード占い (フィナーレ)」といった５曲が収録されている。実はこのアルバムの収録曲のうち、映画『相続人』のサウンドトラックはA面の６曲のみ。ではB面の５曲はなにかというと、<strong>ホセ・マリア・フォルケ</strong>監督によるスペイン、フランス合作のスリラー映画『タロット』(1973年)のサウンドトラックなのである。<strong>ローリング・ストーンズ</strong>や<strong>ピーター・フランプトン</strong>との共演で知られるカナダ出身の女性R&amp;Bシンガー、<strong>ナネット・ワークマン</strong>によるハスキーな歌声とパワフルな歌唱が、強烈な印象を与える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このレコード、<strong>ハーブ・アルパート</strong>と<strong>ジェリー・モス</strong>が設立した、A&amp;Mレコードからリリースされている。それこそ<strong>ピーター・フランプトン</strong>をはじめ、<strong>セルジオ・メンデス</strong>、<strong>クインシー・ジョーンズ</strong>、<strong>バート・バカラック</strong>、<strong>カーペンターズ</strong>、<strong>ポリス</strong>などのヒット・アルバムを世に送り出した、歴史ある名門音楽レーベルだ。その点を鑑みると、この『<em>相続人</em>』というレコードは、サウンドトラック・レコーディングという仕様でありながら、<strong>ミシェル・コロンビエ</strong>のオリジナル・アルバムという風情を感じさせる。リズム・セクションが、<strong>ミシェル・コロンビエ</strong>(key)、<strong>クロード・エンジェル</strong>(g)、<strong>ヤニック・トップ</strong>(b)、<strong>ジャン・シュルタイス</strong>(ds, perc)といった、フランスの名だたる面々で構成されていることからも、そう思えてしまうのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　しかもこのレコード、長年埋もれていた貴重な未発表音源の発掘や、入手困難なレアなレコード、サウンドトラック・アルバム、ライブラリー・ミュージックなどのリイシューで知られるフランスのレーベル、トランスヴェルサル・ディスクによって2025年にリマスター・アナログ盤として復刻された。ということは、よほどの人気盤なのだろう。なおあとになったが、このサウンドトラックの吹き込みは、フランスの著名なレコーディング・エンジニア、<strong>クロード・エルメリン</strong>の手によって、彼が設立および運営に関わったパリの伝説的レコーディング・スタジオ、スタジオ・ダヴーにて行われた。アルバム・プロデュース、そして作曲とアレンジは、コロンビエ自身が一手に担っている。また「カード占い」をはじめとするヴォーカル曲の歌詞は、ワークマンのペンによるものだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ときに、ぼくがコロンビエの名前にはじめて注目したのは、人気フュージョン・ギタリスト、<strong>リー・リトナー</strong>の『<em>キャプテン・フィンガーズ</em>』(1977年)というアルバムでのこと。リトナーのオリジナル曲「ドルフィン・ドリームス」において、ストリングスのアレンジャー＆コンダクターとしてコロンビエのクレジットを発見した。同アルバムには、さきに挙げた<strong>デイヴ・グルーシン</strong>もアレンジャーとして参加しているが、コロンビエのスコアはグルーシンのそれよりもずっとシンフォニックで、楽曲の印象を壮大なものにしていた。それはともかく、同作のクレジットにおいてコロンビエはA&amp;Mレコードの所属と表記されていた。そのことを記憶に留めて彼のレコードを探し求めていたぼくは、ちょうどそのころリイシューされたコロンビエのセカンド・アルバム『<em>ウィングス</em>』(1971年)をショップで発見した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">サウンドトラックだが既成の枠にとらわれない実験的かつ革新的な作品</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ベルギーの芸術家、<strong>ジャン・ミシェル・フォロン</strong>のイラストがジャケットにあしらわれた『<em>ウィングス</em>』を手にしたとき、ぼくは狂喜乱舞したもの。中学生になったばかりのころのことである。ちなみに『<em>ウィングス</em>』のファースト・イシューのジャケットは、悲しくなるくらい味気ない仕様だったりする。まあそれは置いておいて、そのコンテンツといえば、<strong>ハーブ・アルパート</strong>のプロデュースのもと、アルパートの奥さまの<strong>ラニ・ホール</strong>、<strong>ライチャス・ブラザーズ</strong>の<strong>ビル・メドレー</strong>、シンガーソングライターの<strong>ポール・ウィリアムズ</strong>、<strong>シスターズ・ラヴ</strong>の<strong>ヴァーメッタ・ロイスター</strong>などのシンガーがフィーチュアされながらも、オーケストラルなサウンドが際立つ一大組曲となっている。敢えてカテゴライズすれば、プログレッシヴ・ロック。とはいっても、既成の枠にとらわれない実験的であり革新的な作品だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そういう経緯を踏まえると余計に、この『<em>相続人</em>』というレコードが、ちゃんとサウンドトラック・アルバムという体裁を保っているのにもかかわらず、あたかもコロンビエのオリジナル・アルバムであるかのように、ぼくには思えてくるのだ。ひょっとすると、A&amp;Mレコードもそういう売りかたを企図したのかもしれない。いずれにせよ『<em>相続人</em>』は、コロンビエの代表作のひとつと云っていい。その証拠というわけでもないけれど、シンコーミュージック・エンタテイメントが2013年に出版した『ディスク・コレクション サウンドトラック』という書籍のなかで、このアルバムが紹介されている。銀幕に数多くのスコアを提供したコロンビエであるが、同書で採り上げられたサントラ盤はこれ１枚に止めを刺す。そのことからも本作は、映画音楽におけるコロンビエのマスターピースと云えるのかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　また、この書籍に掲載されているアイテムはオリジナルのLPレコードではなく、エマーシー・レコードが2003年にCDでリリースしたフランス盤。オリジナル盤のA面６曲に加え、イタリア出身のシンガー、<strong>ドゥルピ</strong>がフィーチュアされたシングル盤のみの発売となっていた『潮騒』(1974年)、そしてやはり映画公開当初はシングル盤のみがリリースされた『危険を買う男』(1976年)といった、コロンビエが音楽を手がけたサウンドトラックの(初商品化も含む)音源が収録されている。いまのところ『相続人』のスコアを気軽に楽しむことができるのは、このコンピレーション・アルバムくらいのものだ。ちなみに『潮騒』はその後、2017年にフランスのインディペンデント・レーベル、ミュージック・ボックス・レコードによって、単体でCD化された。</p>
<p><img decoding="async" class="aligncenter wp-image-9468 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/07/mc2.png" alt="灰色のキーボード(楽器)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/07/mc2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/07/mc2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　映画『潮騒』と『危険を買う男』はともに、『相続人』と同様に<strong>フィリップ・ラブロ</strong>の監督作品。『潮騒』は<strong>イヴ・モンタン</strong>、<strong>キャサリン・ロス</strong>主演による社会派サスペンス。ロスがヒロイン役を体当たりで演じ話題になった。いっぽう『危険を買う男』は『相続人』とおなじく<strong>ジャン＝ポール・ベルモンド</strong>が主演を務めたアクション映画。こちらは、ベルモンドが自身で危険なスタントに挑んだことが注目を集めた。結局のところ、エマーシーのコンピレーショ・アルバムは、コロンビエの作品集であると同時にラブロ監督の作品集でもあるのだ。コロンビエによるエレクトロニックでグルーヴィーなスコアは、都会的で洗練されたイメージを与えるが、ラブロ監督のスタイリッシュな映像美と非常に相性がよく、作品の魅力を大きく引き立てている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それ故このCDには、オリジナルのレコード『<em>相続人</em>』のB面を占めていた『タロット』の５曲は収録されていない。なお『タロット』のスコアは未発表音源も含めて、2014年、前述のミュージック・ボックス・レコードによって、やはりコロンビエが音楽を手がけた<strong>エリック・リップマン</strong>監督によるフランスの官能映画『甘い戯れ』(1975年)のアンダースコアとともにコンパイルされ、CDアルバムとして発売された。なんだかややこしくなってきたが、結局のところA&amp;Mレコードが1973年に発売したアルバム『<em>相続人</em>』の全曲をCDで聴くためには、２枚のコンピレーション・アルバムを入手しなければならないのである。もしコロンビエのサウンドトラックをはじめて手にとるのなら、ぼくは断然エマーシー盤『<em>相続人/危険を買う男</em>』(2003年)のほうをお薦めする。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくはコロンビエのオリジナル・アルバム『<em>ウィングス</em>』を、既成の枠にとらわれない実験的であり革新的な作品と云ったけれど、その独特のサウンドとおなじベクトルをもつのが、エマーシー盤に収録されている３作品のスコアなのである。ことにオリジナル盤『<em>相続人</em>』に収録されていた６曲のスコアは、秀逸な出来栄え。シンセサイザー、ギター、ベース、パーカッションを主体としたアンサンブルが打ち出す、ロッキッシュな力強いバックビートとジャズ特有の複雑なリズム・アプローチとが交錯するサウンドは、鮮明な印象として残る。本作におけるコロンビエのスコアは、余分な音がなく輪郭がはっきりとしていて、終始シャープでアーバンなムードを醸し出しているが、映画のハードボイルドなタッチによくマッチしている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ではこのあたりでコロンビエについて、もう少し詳しくお伝えしておこう。1939年５月23日、フランスの南東部に位置する都市リヨンに生まれた<strong>ミシェル・コロンビエ</strong>は、６歳から本格的な音楽教育を受けはじめた。音楽家の父親からピアノ演奏、和声法、対位法、そして指揮法を学んだ。11歳で即興演奏をはじめ、14歳でジャズに出会い、スモール・コンボやビッグ・バンドで演奏。それらのバンドではプレイヤーとしてだけではなくアレンジャーとしても活躍し、大胆なスコアを提供していたという。そのいっぽうで当時のコロンビエは、父親の指導のもと教会オルガンやグレゴリオ聖歌についても学んでいた。その後フランス軍での兵役期間中においても、彼はチェンバー・オーケストラからジャズ・バンドに至るまで、きわめて幅広いジャンルの音楽の作曲、編曲、そして演奏をつづけた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　コロンビエは22歳のとき、フランスの前衛作曲家で数多くの映画音楽を手がけた<strong>ミシェル・マーニュ</strong>のもとで１年ほど働いたあと、フランスのバークレー・レコードの音楽監督に就任した。同レーベルにおいて<strong>シャルル・アズナヴール</strong>や<strong>シャルル・トレネ</strong>などのレコーディングを手がけた。コロンビエの最初期の仕事を確認できる音盤は、おそらくフランスのジャズ・シンガー、<strong>サッシャ・ディステル</strong>のライヴ・アルバム『<em>サッシャ・ディステル・ア・ロランピア</em>』(1963年)あたりだろう。こちらはRCA ビクターからリリースされたレコードだが、このアルバムに収録されている12曲のうち５曲において、コロンビエがアレンジを手がけている。その後、<strong>ジャンヌ・モロー</strong>、<strong>セルジュ・ゲンスブール</strong>らの楽曲で、コロンビエがオーケストレーションを手がけたことは、比較的よく知られている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">不世出のサウンド・クリエイターが手がけた映画音楽における代表作</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　コロンビエのことを語るとき、絶対に外せないのがマルセイユ生まれのバレエ振付家、<strong>モーリス・ベジャール</strong>の作品『現代のためのミサ』(1967年)の音楽を手がけたこと。パリ生まれの現代音楽の作曲家、<strong>ピエール・アンリ</strong>とのコラボレーション作品である。アンリはミュジーク・コンクレートの先駆者として広く知られているが、この作品ではコロンビエとともに、実に斬新な電子音楽ジャークを繰り広げている。ジャークというのは、1960年代に流行したロック風の軽快なダンス・ステップのこと。アンリによる多彩な電子音や金属音と、コロンビエによる歯切れのいいロック・ビートとが見事に融合している。シンセサイザー全盛期以前において、エレクトロニクスがバレエの附随音楽のなかに大胆に導入されたケースは、ほかにあまり例を見ない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なおこの刺激的なサウンドは『<em>現代のためのミサ/ピエール・アンリ・コレクション</em>』(1968年)というアルバムで聴くことができるが、特に「サイケ・ロック」「ジェリコ・ジャーク」といった曲は非常に人気が高い。現に『現代のためのミサ』の楽曲は、ずっとあとに英国のダンス・ミュージック・プロデューサー、<strong>ウィリアム・オービット</strong>や、ロンドンのトップクラスのDJ、<strong>ファットボーイ・スリム</strong>などによってリミックスされた。それらのトラックはアルバム『<em>メタモルフォーゼ</em>』(1997年)としてまとめられ日本でも発売された。このアルバム、発表された当時は存外大きな話題になったのだが、コロンビエのファンだったぼくは欣喜雀躍したものである。まあそれはともかく、この実験的かつ革新的な音楽を機にコロンビエはバレエの世界に深く関わるようになる。その点でも、重要な作品だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　コロンビエはこのころからすでに、ヴァーサティリティに富んだ音楽性を発揮していた。上記の『<em>現代のためのミサ/ピエール・アンリ・コレクション</em>』が発売されたすぐあとに、彼は初リーダ・アルバムを発表している。ヌイイ＝シュル＝セーヌ生まれのシンガーソングライター、<strong>ユーグ・オフレ</strong>が創設したレーベル、ラ・コンパニーからリリースされたコロンビエのファースト・アルバム『<em>カポ・ポアンチュ</em>』(1969年)は、いわゆるヴァリエテ・フランセーズ(日本でいうところのフレンチ・ポップ)が特色となった作品。このアルバムと『<em>現代のためのミサ/ピエール・アンリ・コレクション</em>』とは、ほぼ同時期に制作されたわけだが、本来まったく異なる音楽にカテゴライズされるもの。そして、このふたつをつなぐミッシングリンクこそ、コロンビエの音楽性なのである。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9469 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/07/mc3.png" alt="月が映ったグランドピアノ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/07/mc3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/07/mc3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　まあ、コロンビエ本人が自分自身のことを「音楽スタイルの境界を撤廃しようとする、理想主義者の作曲家」と述べているくらいだから、そもそも彼の創造するサウンドをなにかひとつの音楽に結びつけて考えようとすること自体、ナンセンスなのだ。そういった意味では、コロンビエの音楽は純粋なフュージョン・ミュージックと云えるのかもしれない。たとえ既成概念ではぶつかり合うような複数の音楽でも、彼の手にかかってしまうと、説得力のある感動的なミクスチュアとなるのだから、舌を巻くばかりである。それはともかくコロンビエは、1968年からイギリス出身でフランスでも活躍していた女性シンガー、<strong>ペトゥラ・クラーク</strong>の音楽監督を務めていたのだが、彼女とともに渡米。クラークの所属レーベル、A&amp;Mレコードの専属アーティストとなるのであった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　前述のように、コロンビエはA&amp;Mにおいて<strong>ハーブ・アルパート</strong>とのコラボレーションによりアルバム『<em>ウィングス</em>』を制作。人気ポップ・シンガー、実力派のロック・ミュージシャン、そして歴史ある<strong>パリ国立歌劇場管弦楽団</strong>らを、コロンビエが見事にオーガナイズしてクリエイトしたサウンドは、画期的なポップ・シンフォニー、先駆的なロック・オラトリオと、各界から称賛された。コロンビエ自身もこれを機に国際的なメディアから、<strong>ジョージ・ガーシュウィン</strong>や<strong>レナード・バーンスタイン</strong>と肩を並べる存在と云われるほど、高評価を得るようになった。その後の彼は、バレエ音楽、歌曲、室内楽曲、交響曲、協奏曲、ビデオ・オペラなどを作曲するかたわら、映画音楽、ジャズ、ポップ・ミュージックの仕事を精力的に手がけるようになる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんななかコロンビエは1979年、サード・アルバム『<em>スーパー・フュージョン！</em>』を発表。どのような経緯だったのか定かではないが、本作はニュー・ウェイヴやパンクも含めた英国のロック系のレーベル、クリサリス・レコードからリリースされた。このフュージョン・ミュージックの傑作が生み出されるキッカケのひとつは、ブラジル出身の女性シンガー、<strong>フローラ・プリン</strong>のアルバム『<em>エヴリデイ・エヴリナイト</em>』(1978年)の成功にあると、容易に想像される。このプリンのアルバムは実質的に、彼女とコロンビエとのコラボレーション・アルバムと云っても過言ではない。全11曲中８曲をコロンビエが作曲しているし、オーケストレーションもすべて彼が手がけているからだ。この２枚はさきにも触れたが、ぼくにとって座右に置く作品となっている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なお、<strong>ハービー・ハンコック</strong>(key)、<strong>マイケル・ボディッカー</strong>(synth)、<strong>リー・リトナー</strong>(g)、<strong>ジャコ・パストリアス</strong>(b)、<strong>アイルト・モレイラ</strong>(perc)、そして<strong>ロンドン交響楽団</strong>といった、錚々たる顔ぶれがどちらのアルバムにも参加している。確かに『<em>スーパー・フュージョン！</em>』のトータル・サウンドには、ジャズ、フュージョンのテクスチュアが感じられるけれど、ひとつのジャンルには収まり切らない音楽のファクターがたくさんミックスされている。コロンビエほど様々な音楽を熟知し、それらをフレキシブルに採り入れて新しいものに昇華させることができるサウンド・クリエイターを、ぼくはほかに知らない。そしてさらに彼は、２枚組LPのフォース・アルバム『<em>ふぁんたじい</em>』(1983年)で、その音楽世界を拡大。前述のフォロンによるイラストとドローイングも増強される。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この『<em>ふぁんたじい</em>』は『<em>ウィングス</em>』と『<em>スーパー・フュージョン！</em>』とのハイブリッド的な一大作品で、本作以降、コロンビエはさらなる飛躍を予感させたのだが、オリジナル作品では『<em>曼荼羅</em>』(1998年)『<em>カタパルト</em>』(2000年)といったバレエ音楽のアルバムをリリースしたのち、がんを患い2004年11月14日に65歳で鬼籍に入った。ほんとうに惜しまれてならない。そんな不世出のサウンド・クリエイター、<strong>ミシェル・コロンビエ</strong>が手がけた数多くの映画音楽のなかで代表作とされる『相続人』のスコアは、これまで述べてきた彼のオリジナル・アルバムに引けを取らないユニークさをもっている。最後に簡単ではあるが、その楽曲についてメモしておく。重厚なオーケストラとロッキッシュなリズム・セクションが絡み合う「相続人のテーマ」は、アルバム『<em>ウィングス</em>』の楽曲に通じるものがある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらには、テーマ曲のヴァリエーションである「回想」における、オーケストラにエレクトロニクスが効果的にミックスされた静謐で幻想的なサウンドには、コロンビエのアレンジャーとしての繊細さが感じられる。つづく「工場にて」もやはりテーマ曲がアレンジされたものだが、リズミカルなバンド演奏とブラスのアンサンブルとがシンプルに展開されながらも、どこか厳かで気高い印象を与える。テーマの導入部とおなじモティーフによる「ホテル・ルテティア」では、穏やかさのなかにも陰影をつけるような色彩感がなんとも美しい。短尺ながら緊迫したアクションと一瞬の不穏さが詰め込まれた「誘拐」では、躍動感に富んだジャズ・ファンクが展開される。ラストの「相続人 (パート２)」では、リズム隊、エレクトロニクス、ストリングスが溶け合って、重厚感を漂わせた余韻を残す。コンパクトではあるが、コロンビエのファンなら一聴の価値ありである。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>谷川賢作 / 東宝映画「八つ墓村」オリジナル・サウンドトラック (1996年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 05 Jul 2026 07:14:13 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Soundtrack]]></category>
		<category><![CDATA[Kensaku Tanikawa (谷川賢作)]]></category>
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					<description><![CDATA[名匠、市川崑監督が金田一耕助に豊川悦司を迎えて放ったミステリー大作、1996年版『八つ墓村』──谷川賢作が音楽を手がけたそのオリジナル・サウンドトラック・アルバム]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">名匠、市川崑監督が金田一耕助に豊川悦司を迎えて放ったミステリー大作、1996年版『八つ墓村』──谷川賢作が音楽を手がけたそのオリジナル・サウンドトラック・アルバム</span></h2>

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<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>谷川賢作 / 東宝映画「八つ墓村」オリジナル・サウンドトラック (1996)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : 殺めし女</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-4" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-4">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">名匠、市川崑監督が金田一耕助に豊川悦司を迎えて放ったミステリー大作、1996年版『八つ墓村』──谷川賢作が音楽を手がけたそのオリジナル・サウンドトラック・アルバム</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">期待するものは、本格ミステリーとしての醍醐味が維持された構成</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">配給収入においてトップに位置する1977年版は壮大なコケおどし映画</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">本格ミステリーの根本的な性質やもっとも大切な部分を土台としているが…</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">期待するものは、本格ミステリーとしての醍醐味が維持された構成</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　2026年１月27日に映画化が発表された、松竹/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントが配給する新作映画『八つ墓村』は、2026年９月18日に劇場公開される予定とのことだが、当初はスーパーティザービジュアルの公開のみに留まっていた。このスーパーティザービジュアルとは、敢えて作品の具体的な詳細は明かさないままにして、一部のイメージやロゴだけでオーディエンスやユーザーの好奇心を煽り期待感を醸成するという、なんともイヤらしい予告ビジュアルのこと。結果、新作映画『八つ墓村』に関しても、SNSや映画情報サイトにおいて、探偵の金田一耕助、主人公の寺田辰弥を誰が演じるのかという、キャスト予想で大いに盛り上がった。そして2026年６月18日、ようやくキャスト＆スタッフの一部が発表になったのだが、これまた反響を呼んでいるようである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ひとまず今回の発表の主だったところを記すと、以下のとおり──。<strong>尾上松也</strong>(金田一耕助 役)、<strong>奥智哉</strong>(井川辰弥 役)、<strong>堀田真由</strong>(森美也子 役)、<strong>高島礼子</strong>(田治見小竹・小梅 役)、<strong>滝藤賢一</strong>(田治見久弥・要蔵 役)、<strong>小籔千豊</strong>(磯川警部 役)、<strong>中島亜梨沙</strong>(井川鶴子 役)、<strong>尾ヶ井慎太郎</strong>(脚本)、<strong>清水崇</strong>(監督・共同脚本)。この発表に併せて公開された特報映像を確認したところ、舞台は現代、金田一は洋装となっている。音楽はイタリア出身の<strong>アントンジュリオ・フルリオ</strong>が担当。清水監督がメガホンをとるので、やはりホラー色が強くなるのだろう。ぼくもこのブログで、<strong>芥川也寸志</strong>が音楽を手がけた、<strong>野村芳太郎</strong>監督作品『八つ墓村』(1977年)のオリジナル・サウンドトラック・アルバムをご紹介した際、新作映画『八つ墓村』について、根拠のないことをあれこれ語らせてもらったが、まったく虚を衝かれた感じである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　具体的には金田一役についてだが、第49回日本アカデミー賞授賞式(2026年３月13日)をテレビで観ていて、話題賞を受賞し登壇した男性アイドル・グループ<strong>SixTONES</strong>のメンバー、<strong>松村北斗</strong>のオシャレにしてはちょっと不自然なくらいに伸びたヘアスタイルから、ぼくが勝手にイメージしたのが金田一耕助だった。金田一の髪型といえば、雀の巣のような蓬髪。原作に長髪とは書かれていなかったと思うが、視覚的には長いほうが映えるだろう。それはともかく松村さんといえば、外観も然ることながら、演技における間の取りかたや視線の向けかた、平穏な状況ではどちらかというと高めの明るい声色が、いざというときに身体の深いところから出てくるような低音に変わるところなどは、事件の行末を見守る金田一の感情を、フレッシュかつリッチに伝えてくれそう──なんて、ぼくは勝手に思ったのだった。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8913 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones1.png" alt="八つ墓村の明神様のある道" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　まあ、まったく当てが外れたわけだが、松村さんの金田一耕助はなかなかいい線を行っているように思われる。ついでながら云わせてもらうと、ぼくがいまもっとも金田一を演じてもらいたいと思っている俳優は、第49回日本アカデミー賞において複数の部門で優秀賞受賞を果たしたサスペンス映画『爆弾』(2025年)にも出演した<strong>寛一郎</strong>。こういう云いかたをすると失礼にあたるのかもしれないが、父に<strong>佐藤浩市</strong>、祖父に<strong>三國連太郎</strong>をもつという、名優の血を引くサラブレッドだ。重厚な演技から親しみやすい役まで幅広くこなす、実力派の若手俳優と云っていいだろう。ぼくは、どちらかというと贔屓の監督である、<strong>熊澤尚人</strong>がメガホンをとった映画『心が叫びたがってるんだ。』(2017年)において、はじめて<strong>寛一郎</strong>さんのことを知ったのだが、それ以来彼のファンである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　その後、<strong>寛一郎</strong>さんは<strong>東野圭吾</strong>原作のファンタジー映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(2017年)での演技が高く評価され、第27回日本映画批評家大賞の新人男優賞を受賞。さらにアナーキーな青春群像劇『菊とギロチン』(2018年)でも、第92回キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞ほか各賞を受賞している。親譲りの彫りの深い端正な顔立ちと、身長182cmの骨太でしっかりとした体格のもち主である<strong>寛一郎</strong>さんは、原作の金田一像とはかなりかけ離れているけれど、知的な面と無邪気な面を併せもつところは、個人的には金田一役に向いていると思う。ぼくは過去に銀幕に登場した金田一では、映画『悪霊島』(1981年)で<strong>鹿賀丈史</strong>が演じたキャラクターにもっとも親近感が湧いたのだが、<strong>寛一郎</strong>さんにもそれとおなじようなイメージをもったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>寛一郎</strong>さんの演技に対して真摯に向き合う姿勢や、舞台挨拶などで見せるちょっとシャイな感じから、もし機会があれば彼は現代的かつ繊細な金田一を表現してくれるのではないかと、私情で恐縮だが期待してしまう次第。いずれにしても<strong>寛一郎</strong>さんは、父や祖父の威光を感じさせながらも、独立した俳優として実力のある注目株。ぼくにとっては、もっとも目が離せない俳優のひとりである。それはさておき、ミステリーの金字塔とも称される<strong>横溝正史</strong>が著した原作小説『八つ墓村』では、物語が寺田辰弥の一人称で語られており、金田一は完全な脇役となっている。とはいえ多くのファンにとっては、映像化においてはだれが金田一を演じるかが、いちばん気になるところなのかも知れない。むろんぼくにとっても興味をそそられる点だが、個人的には『八つ墓村』の場合、それ以上に着目するところがある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくが『八つ墓村』の映像化に期待するものは、なによりも本格ミステリーとしての醍醐味が維持された構成なのである。原作者の<strong>横溝正史</strong>は間違いなく日本を代表する推理作家であり、日本の本格ミステリーの礎を築いたひとと云える。そんな横溝さんが著した『八つ墓村』は、1949年から1951年にかけて雑誌『新青年』および『宝石』に連載された長編推理小説だが、名探偵、金田一耕助が登場する作品としては８作目にあたる。金田一が活躍するシリーズは累計発行部数5500万部を突破しているとのことだが、その作品群において『八つ墓村』もまた、ミステリー文学の名作と云って然るべきだろう。個人的には横溝さんの長編推理小説のなかでもなかなか読み応えのあるものと思っているのだが、残念なことにこれまでの映像化作品において、ぼくは一度も満足することがなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　横溝さんは『新青年』において、海外のミステリー作品を自ら翻訳していたりもする。氏が翻訳を手がけた作品に、アメリカのミステリー作家、<strong>ケネス・デュアン ウィップル</strong>によって執筆された『鍾乳洞殺人事件』(1934年)というのがあるのだが、実のところ『八つ墓村』は、この小説から影響を受けている。鍾乳洞という閉鎖空間が舞台とされていることをはじめ、物語の随所に見られる展開に共通点があるのだが、それは横溝さん本人も認めるところである。さらに『八つ墓村』は、おなじみの名探偵、エルキュール・ポアロが活躍する<strong>アガサ・クリスティ</strong>の長編推理小説『ABC殺人事件』(1936年)に触発されて書かれた作品でもある。その点で『八つ墓村』は、ミッシング・リンクをテーマとした本格ミステリーと捉えることができるのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところがあいにく、もともと横溝さんの小説といえば登場人物が非常に多く、人物相関も入り組んでいたりするのだが、この『八つ墓村』ではさらにトリックが複雑で巧妙になっているものだから、その映像化作品のいずれにおいても大幅な改編と省略が行われている。ことにトリックのカギとなる殺人計画書のクダリは、ぞんざいに扱われることがほとんどである。一見無差別連続殺人事件のように見えながら、実はそこに一貫した動機があるというところがミソなのだが、それが曖昧になってしまうのだから、自ずと本格ミステリーの醍醐味は半減するというもの。そのことから『八つ墓村』の映像化作品では、たいてい犯人の犯行動機が変更されている。いずれにしても映像化された『八つ墓村』は、原作よりもミステリーとしての味わいがぐっと薄くなっているのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　新作映画『八つ墓村』では、金田一を歌舞伎役者の<strong>尾上松也</strong>がお釜帽にステンカラーコートという出で立ちで演じる。それはぼくにとって確かに想定外のことではあったけれど、尾上さんには申し訳ないが、それほど重要ではない事柄だったりする。その点では、1977年に公開された松竹映画『八つ墓村』において、時代設定が戦後間もない昭和20年代から映画製作当時の現代(昭和40年代)へと移されているため、洋装に麦わら帽子という出で立ちで登場する<strong>渥美清</strong>演じる金田一にもおなじことが云える。本音を云うと、地味に活躍する渥美さんの金田一は、ぼくにはどうしても生真面目になった車寅次郎にしか見えなかった。とはいえ原作でも金田一は完全な脇役となっているので、それはそれでいいとも思った。問題なのは、原作が抱える本格ミステリーのエッセンスが、ことごとく蔑ろにされているということなのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">配給収入においてトップに位置する1977年版は壮大なコケおどし映画</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なるほど、好き嫌いを別にしてもっとも印象に残った『八つ墓村』の映像化作品といえば、圧倒的に1977年に劇場公開された松竹映画だ。あの有名な「祟りじゃ〜っ」というキャッチコピーが流行したのも、この映画のCMからである。しかもこの映画、実は横溝作品の配給収入において、歴史的大ヒットを記録した1976年公開の角川映画第１弾『犬神家の一族』を抜いてトップに位置する。つまり興行的には、もっとも成功した横溝映画なのである。ところがこの作品では、本格ミステリーの要素がすっかり排除されている。そのかわりこの映画は原作のイメージとはまったく違う、いわば伝奇ロマン風超大作といった風情をもつ。小説を読んでいないひとにとっては面白い映画なのだろうが、ぼくには壮大なコケおどし映画のように思えてならない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なぜなら1977年版『八つ墓村』では、謎解きよりも現実ではありえない不思議な怪奇現象、幻想的な物語、伝説や歴史的伝承にスポットが当てられているからである。具体的に云うと、原作小説では比較的さらりと語られる過去のエピソード、すなわち戦国時代の村人たちによる落ち武者の惨殺、そして28年まえ(原作では26年まえ)の多治見家当主による村人32人の虐殺が、いやというほど強調されている。この時点で、映画公開当時小学生だったぼくはゲンナリしてしまったのだが、日本刀と猟銃をもって走ってくる<strong>山﨑努</strong>演じる多治見要蔵のアンデッドのような表情、そして鍾乳洞を飛びまわる<strong>小川真由美</strong>演じる森美也子の夜叉のような形相には、かなりの精神的衝撃を受けたものである。率直に云って、そういうオカルト趣味は他所でやっていただきたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それに反して、1975年に劇場公開された<strong>高林陽一</strong>監督作品『本陣殺人事件』は、しっかり原作の骨格が残されつつ設定などが新しく作り変えられた、出色の横溝映画である。当時、低予算で良質のアート系映画を製作することで注目を集めていた映画会社ATG(日本アート・シアター・ギルド)の配給作品だけに、製作費の都合により、時代設定が原作の1937年(昭和12年)から撮影当時の1970年代に置き換えられている。主演の<strong>中尾彬</strong>が、ヒッピー風のジーンズ姿で金田一を演じているのだが、探偵らしからぬ青年でありながら、飄々とした態度で見事な頭脳明晰ぶりを発揮するところは、まさに金田一。高林監督の原作に対するリスペクトが、しかと感じられる。また監督は、あの有名な密室トリックの謎解きにおいても、じっくりとその仕掛けが動くさまを見せる演出をしている。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8914 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones2.png" alt="八つ墓村の鍾乳洞" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　このATG映画『本陣殺人事件』では、監督自身が執筆したシナリオがとにかく素晴らしい。説明を控えめにした情緒的な語り口が、作品全体に静謐を湛えている。むろんケレン味などまったくないのだが、終始飽きさせない作りとなっている。特に金田一の解説、事件のカギを握る一柳三郎の回想、そして事件の再現シーンを入り組ませた終盤での展開は秀逸。劇的な演出はなされず、事の真相を自然と観客が理解できるような手法がとられているところは、もはや芸術的とも感じられる。また本作では、一柳鈴子の葬列に遭遇した金田一が１年前の事件を回想するというオリジナルの構成がとられているが、オープニングとエンディングにおける美しい田園風景のなかでの野辺送りのシーンは圧巻である。いずれにしてもこの作品は、実際に原作者を納得させたほどの、横溝映画の傑作だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ハナシを1977年版『八つ墓村』に戻すが、やはりこの映画にぼくは横溝作品への愛情が微塵も感じられない。監督の<strong>野村芳太郎</strong>をはじめ、脚本の<strong>橋本忍</strong>、撮影の<strong>川又昂</strong>、そして音楽の<strong>芥川也寸志</strong>と、<strong>松本清張</strong>の同名小説が映画化された大ヒット作『砂の器』(1974年)を創り上げた陣営がそのまま制作に携わっている。松竹は『八つ墓村』を、横溝さんの小説のストーリーを借りて、第２の『砂の器』に仕立てようとしているようにも思われる。芥川さんが書き下ろした美しいワルツを背景に、男女の道行をイメージさせる耽美的な鍾乳洞内の逃避行は、あたかも『砂の器』におけるピアノ協奏曲が連綿と流れるクライマックスの“父子の旅”が再現されているかのごとく。芥川さんの音楽は好きだけれど、この長いシーンはこじつけのように思われてならない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで、長くなったが、この秋に公開される新作映画『八つ墓村』は、1977年版と同様に製作に松竹が関わっている。もし新作が、歴代横溝映画の配給収入においてトップに位置する1977年版をオマージュするものであるのなら、ぼくとしては先行きがあまり期待できない。メガホンをとる<strong>清水崇</strong>は、Jホラーの旗手と目される監督だが、果たしてどのようなアプローチをするのだろうか。特報にはやはり「祟りじゃ〜っ」というセリフが挿入されているが、落ち武者、多治見要蔵、そして森美也子の呪縛から解放されるのだろうか。繰り返しになるけれど、原作小説の『八つ墓村』は本格ミステリーである。できれば、<strong>横溝正史</strong>の世界にオカルト趣味を持ち込むのは、<strong>つのだじろう</strong>のコミックだけにしていただきたい(分かるひとには分かる)。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さて、ここからが本題。なぜか一般にはあまり浸透していないようだが『八つ墓村』は、松竹の1977年版のあと今回の新作映画に先んじて、すでに１回映画化されている。フジテレビジョン、東宝、角川書店が製作し、日本映画界の巨匠、<strong>市川崑</strong>がメガホンをとった、1996年公開の『八つ墓村』である。さきに触れた、<strong>篠田正浩</strong>監督の『悪霊島』以降、金田一耕助は銀幕からしばらく姿を消していたが、この映画で15年ぶりにその姿を見せた。市川監督は、前述の『犬神家の一族』(1976年)を筆頭に『悪魔の手毬唄』(1977年)『獄門島』(1977年)『女王蜂』(1978年)『病院坂の首縊りの家』(1979年)と、それまでに５本の横溝映画を手がけている。金田一をはじめて原作どおりのヨレヨレの着物姿で登場させたのも氏である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　市川監督は、日本の文学作品を数多く映画化しているが、どの場合も単なる忠実な原作の再現にとどまらず、大胆かつ前衛的な改変を加えている。とはいえ、原作のエッセンスをしっかり押さえつつ、作品のテーマを独自の映像美学で現代的に再構築しているのである。たとえば市川監督は折に触れて、金田一耕助は神様や天使のような存在である──というようなことを述べている。出で立ちは原作どおりだが、その性格はかなり改変されている。<strong>石坂浩二</strong>が演じる金田一は、世間にはまったく知られておらず、彼が探偵と知った事件の関係者たちはみな一様に驚く。しかも快刀乱麻を断つというよりも、どちらかというと狂言回しとして人間の運命を悄然と俯瞰しているかのように映る。そういう風格は、まさに天使。そういう原作の再構築はあるものの、市川作品は、ほかのどの横溝映画よりも本格ミステリー然としている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　市川監督は、氏にとって17年ぶりの横溝映画となる『八つ墓村』においても、本格ミステリーの根本的な性質やもっとも大切な部分を土台とし、制作に臨んでいる。監督は、密室殺人の第一人者とも云われる、<strong>ジョン・ディクスン・カー</strong>の小説を愛読するほどのミステリー・マニア。ただ本作では、ストーリーラインは概ね原作に沿っているが、簡素化するためと思われる改変が多々なされている。残念ながら原作小説でトリックのカギとなる殺人計画書のクダリは、カットされている。冒険ロマンの要素である、三千両の黄金を巡る因縁と鍾乳洞での探索もない。そのかわり原作にはない、草木染めのアオバナ染料を使ったトリックが登場。監督と共同で脚本を執筆した<strong>大藪郁子</strong>の趣味が、染め物だったことによる。むろん本作にオカルト解釈はまったくなく、物語は飽くまで現実的な動機による連続殺人事件として描かれている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　個人的に市川崑は、日本映画においてもっとも敬愛する監督である。それでも率直に云って、この『八つ墓村』は失敗作であると、ぼくは思っている。まずなんといっても、金田一役に<strong>石坂浩二</strong>を再起用しなかったことが致命的な誤り。当時トヨエツ・ブームでノリに乗っていた<strong>豊川悦司</strong>が、調子に乗りすぎて奇妙奇天烈な金田一を演じている。ヴィジュアリストである市川監督も作品に様々な技法を施して、大ヒットした『犬神家の一族』(1976年)にはじまる往年のシリーズを再現しようと努力しているのだが、それが却って過剰になってしまい煩わしいとさえ感じられる。ただ原作に従った犯行動機に回帰していること、映像作品では度々削除されてしまう里村典子が比較的重要な役割を果たしていることは、注目に値する。典子は原作小説では、事実上のヒロインなのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">本格ミステリーの根本的な性質やもっとも大切な部分を土台としているが…</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ハイキー処理による26年まえの田治見要蔵による村人虐殺シーン、メインタイトル、寺田辰弥が働く石鹸工場、諏訪弁護士の事務所での井川丑松の死、警察署での辰弥と森美也子との出会い、辰弥の下宿に届いた脅迫状、八つ墓村への帰郷、辰弥と多治見家の人々との対面、辰弥の座敷に現れる濃茶の尼──と、本作は序盤で並外れたテンポのよさを見せる。こういうスピーディな展開は、いかにも市川作品らしい。ところがそのあと、<strong>ヴァンゲリス</strong>風の音楽をバックに、ロングショットで朝靄のなかを歩いてくる長身の金田一が映し出されたとき、ぼくは云いようのない違和感を覚えた。その後、里村典子にいちいち八つ墓村に辿り着くまでの行程を早口で説明するトヨエツ金田一に、これはかつて市川監督が創造した天使とはまったくの別物であると認識した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　その後トヨエツ金田一は、逗留先である郵便局(民宿を兼業)の局長兼女将、ひでに滞在期間を訊ねられると、なぜか陽気に「どうなるのかなぁ」と、蓬髪を掻きむしりフケを飛び散らせる。外食券の代わりに配給米をもち込むクダリも含めて『犬神家の一族』のなかのワンシーンの再現だが、困惑した表情を浮かべる石坂金田一とはまったく異なる印象を与える。また田治見家当代、久弥の通夜の席で、典子の兄、里村慎太郎に住まいを訊かれたトヨエツ金田一は、面映ゆい表情を浮かべつつも、なんだか嬉しそうに「風まかせ」と答える。ぼくにはこれが、余計なセリフと思われた。石坂金田一だったら、おそらく「まあ……」と、お茶を濁すところだろう。前述の八つ墓村に到着した際の典子とのやりとりもそうだが、どうもトヨエツ金田一は喋り過ぎる嫌いがある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　市川監督はなぜか、豊川さんに金田一役に対して最低限守るべき演技事項を伝えただけで、具体的な演技プランは当人に任せたという。豊川さんは、自分なりの金田一を新たに創造しようとしたのかもしれないし、そのために原作小説の金田一像を研究したのかもしれない。確かに、あの取ってつけたような笑顔と、芝居がかった早口のセリフは、原作の金田一に垣間見えるひと懐っこさを、豊川さんなりに表現したものと思えなくもない。ただ結果的には最初に述べたとおり、奇妙奇天烈な金田一となってしまった。この点は、明らかに市川監督の演出ミスである。ただし監督自身「キャスティングが終わったとき、演出は70パーセント終わっている」と述べているが、豊川さんの起用は、監督の意向をよそに東宝側が要望したもの。実はこの映画、初動から踏み誤っていたのかもしれない。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8915 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones3.png" alt="八つ墓村を丘の上から見た景色" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　とにかくトヨエツ金田一は、ひときわ異彩を放っており、観客を圧倒するほどのパワーがある。おかげで、小説を読んだときはそのストーリーラインに夢中にさせられたぼくも、この映画において一連の出来事やエピソードがどのように進行したか、いまとなっては即座に思い出すことができなかったりする。記憶を呼び起こそうとすると、奇妙奇天烈な金田一のことばかりが思い出されるのだ。その点、1996年版の『八つ墓村』は、完全に金田一が主役の映画となっている。エンドクレジットでなぜか<strong>小室等</strong>がセルフカヴァーしたフォークソング「青空に問いかけて」が流れるが、これは『八つ墓村』の物語ではなく、明らかに金田一をイメージさせる趣向。現に本編の金田一が登場するいくつかのシーンで、この曲をインストゥルメンタル化したヴァリエーションが流れるのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　もともと<strong>横溝正史</strong>の小説には古い因習に終止符が打たれるような物語が多いが、市川作品でも『犬神家の一族』の場合は、エンディングに怨念から解放されたひとびとの幸福な行く末を予感させるものがあった。横溝さんが著した『八つ墓村』は本来、寺田辰弥の愛と冒険の物語。終盤で辰弥は、鍾乳洞で発見した大判を披露するとともに、典子と結婚したことを報告しみなの歓声と拍手に包まれる。さらに彼は田治見家相続を辞退、神戸の新居に移り住むまえに典子から妊娠したことを告げられ、彼女を強く抱きしめるのだ。つまりこの物語のミソは、天涯孤独の青年が連続殺人事件に巻き込まれながら自らの過去と向き合い、その因縁を断ち切りほんとうの幸せを手にするということ。その点、市川監督の演出も今回ばかりは、大いにブレている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　これは市川監督の公私にわたるパートナー、脚本家、<strong>和田夏十</strong>の不在が影響しているように思われてならない。ぼくは市川作品では『細雪』(1983年)がもっとも好きなのだけれど、ラストの花見の回想に入る直前の小料理屋における貞之助と女将のシーンは、あまりにも感動的なアレンジだ。18年間、がんと闘病してきた和田さんが逝去する直前に執筆した名シーンである。和田さんは良妻賢母であると同時に、市川作品の生産的な助言者でもあった。そして監督を敬愛するぼくにも、この『細雪』よりあとの市川作品が、ことごとく精彩を欠くように思えてならない。結果的に市川版『八つ墓村』は大ヒットとは云えず、興行目的としては振るわない結果に終わった。むろん配給収入においても、野村監督の1977年版の足元にも及ばなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なお、この映画で辰弥と典子とは恋仲にはならない。彼女は慎太郎とともに大阪へ出ることになり、結局、田治見家の財産はだれも相続しなかった。映画は村を去る日の金田一にスポットを当てた、郵便局でのささやかなエピソードをもって幕を閉じる。やはりこの映画の主役は、金田一だった。スマッシュヒットとならなかった1996年版『八つ墓村』ではあるが、それでも過去に市川監督が手がけた横溝映画と同様に、サウンドトラック・アルバムはしっかりリリースされた。音楽は、作曲家でピアニストの<strong>谷川賢作</strong>が担当。谷川さんは『鹿鳴館』(1986年)以降『かあちゃん』(2001年)を除く、すべての市川作品の音楽を手がけた。ジャズ・ピアニストの<strong>佐藤允彦</strong>に師事したということだが、氏の音楽にジャズっぽさはあまり感じられない。どちらかというと、ニューエイジ・ミュージック系のミュージシャンと云えるかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この『八つ墓村』では、過去に市川監督が手がけた横溝映画のトレードマークとなっていた、流麗なテーマ曲と明朝体の表記とによるオープニングクレジットがない。そのせいか映画を観る限りでは、音楽はほとんど印象に残らない。谷川さんのアンダースコアは、飽くまで情景描写および心理描写に徹しており、たとえばジャズ・ピアニストの<strong>大野雄二</strong>が手がけた『犬神家の一族』の音楽のような推進力をもたない。しかしながら、決してでしゃばることのない、ある意味で背景音楽あるいは環境音楽のような谷川さんのスコアは、アートオリエンテッドな市川監督にとって、理想の映画音楽なのだろう。ただサウンドトラック・アルバムは、独立した音楽作品として楽しめる仕様になるよう、いくばくかの意匠が凝らされている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　映画で使用されたトラックは、谷川さんのシンセサイザーと、<strong>岩佐真帆呂</strong>の各種サクソフォーンとによって演奏されたもの。岩佐さんは、谷川さんの父、<strong>谷川俊太郎</strong>の現代詩を歌うグループ、<strong>DiVa</strong>にも参加していた。そのサウンドは、空間的でシネマティックな広がりをもついっぽうで、ときに瞑想的な美しさを放つときもある。さきにも触れたがギリシャの音楽家、<strong>ヴァンゲリス</strong>からの影響が感じられる。個人的には空間を包み込むようなサウンドが美麗な「殺めし女」が好き。あいにく本編では使用されていないようだ。「名探偵登場」や「金田一旅立つ」は「青空に問いかけて」をアレンジしたもの。また「錆色の村」「黒の惨劇」「報われざる愛」「赫い炎」といった曲では、おなじモティーフが登場するが、おそらくそれが主題なのだろう。ほかにも幻想的かつ緊迫感のあるトラックが満載だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アンダースコアにテーマ曲らしいトラックがないせいかアルバムには、前述の主題を谷川さんがアコースティック・ピアノでソロ演奏した「ピアノスケッチ」が、７つの変奏曲として収録されている。むろん本編では使用されていない。この曲の全長版とも云うべき「ピアノスケッチ 5」あたりは、なかなか聴き応えがあるので、このテーマ曲が映画のなかでアピールされなかったのは、ちょっとお気の毒に思われる。さらに谷川さんは、ソロ・ピアノで「青空に問いかけて」を演奏。アルバムのラストを飾っている。考えてみたらこの曲の歌詞を書いたのは、<strong>谷川俊太郎</strong>だった(作曲は<strong>小室等</strong>)。もちろんこのアルバムでも、ちゃんと小室さんの歌を聴くことができる。市川×大藪×小室といえば、すぐにフジテレビ系列テレビ時代劇『木枯し紋次郎』(1972年)が連想される。やはり『八つ墓村』ではないのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>Eumir Deodato / Bossa Nova Original Motion Picture Soundtrack (2000年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 14 Jun 2026 08:16:30 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Soundtrack]]></category>
		<category><![CDATA[Eumir Deodato]]></category>
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					<description><![CDATA[エウミール・デオダートのオリジナル・スコアとアントニオ・カルロス・ジョビンの既存の曲とで構成された本邦劇場未公開映画『愛のボサノバ』のサウンドトラック・アルバム]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">エウミール・デオダートのオリジナル・スコアとアントニオ・カルロス・ジョビンの既存の曲とで構成された本邦劇場未公開映画『愛のボサノバ』のサウンドトラック・アルバム</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Eumir Deodato / Bossa Nova Original Motion Picture Soundtrack (2000)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Suddenly</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-6" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-6">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">エウミール・デオダートのオリジナル・スコアとアントニオ・カルロス・ジョビンの既存の曲とで構成された本邦劇場未公開映画『愛のボサノバ』のサウンドトラック・アルバム</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">ボサノヴァのコンピレーション・アルバムとしての機能を果たす１枚</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">活動休止中のデオダートによるボサノヴァにフォーカスしたスコア</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">当時ヴァーヴ・レコード期待の新星だったクラウディア・アクーニャも参加</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">ボサノヴァのコンピレーション・アルバムとしての機能を果たす１枚</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ついでと云ってはなんだが、<strong>エウミール・デオダート</strong>が音楽を手がけた映画のサウンドトラック・アルバムを１枚ご紹介しておこうと思う。前回はワーナー・ブラザース・レコードに所属していたころのデオダートのリーダー作『<em>ナイツ・オブ・ファンタジー</em>』(1979年)を採り上げた。クロスオーヴァー・サウンドとブラジリアン・テイストとが首尾よくディスコビートに載った、爽快なアルバムである。ところでその際、自室の棚にある彼のレコードやCDを片っ端から聴き直しているうちに、このサントラCDに行き当たった。恥ずかしながらぼく自身、その存在自体を失念していたのだが、これが存外、ボサノヴァのリズムとハーモニーが明るく爽やかな印象を与える、いかにも精神的に暑さをクールダウンさせるような内容で、この時季にピッタリな１枚だった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このCD、<strong>ブルーノ・バレット</strong>監督、監督の当時の奥さまでもある<strong>エイミー・アーヴィング</strong>主演による『愛のボサノバ』(2000年)という映画のサウンドトラック・アルバムである。バレットはリオデジャネイロ出身の映画監督、アーヴィングはアメリカの女優で、あの<strong>スティーヴン・スピルバーグ</strong>監督のもとの奥さま。どうでもいいことだけれど、彼女はバレット監督とも2005年に離婚している。それはさておき、ぼくはこの映画をまだ観たことがない。日本では劇場未公開だが、過去にBSデジタル放送のスターチャンネルで放映されたことがある。ということで『愛のボサノバ』は、おそらく日本では知るひとぞ知る映画だから、そのサントラ盤を手にとるのは、ぼくのようにデオダートのファンくらいのものだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちなみに『愛のボサノバ』は、ブラジルとアメリカとが合作したロマンティック・コメディ映画。リオデジャネイロを舞台に、英語教師のアメリカ人女性と弁護士のブラジル男性との恋模様が、ボサノヴァの音楽を背景に描かれたオシャレな作品。夫を亡くし、リオで英語教師をしているアメリカ人女性、メアリー・アン・シンプソン(<strong>エイミー・アーヴィング</strong>)は、周囲から新しい恋を勧められるものの、自分には縁がないと思っていた。生徒の中には、イギリスへの移住を控えたサッカー選手、アカシオ(<strong>アレクサンドル・ボージェス</strong>)や、ニューヨーク在住の芸術家、ゲイリーとのネット恋愛に夢中のテクノロジー好き、ナディーン(<strong>ドリカ・モラエス</strong>)などがいる。ある日、彼女の英語クラスに妻と別居中のハンサムなブラジル人弁護士、ペドロ・パウロ(<strong>アントニオ・ファグンデス</strong>)が入学してくる。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9277 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/06/bossanova1.png" alt="ボサノヴァをイメージしたブラジルの風景①" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/06/bossanova1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/06/bossanova1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　メアリー・アンとペドロは惹かれ合うがすれ違いがあったり、太極拳のインストラクターのもとへ去ったペドロの妻の存在などに翻弄されたりする。このふたりの恋の行方を軸に、映画はペドロの娘の恋、ナディーンとゲイリーとのインターネットを通じたロマンス、プレイボーイのアカシオの恋など、複数のキャラクターが交錯する群像劇となっている。ネタバレになるので詳しくは記さないが、メアリー・アンとペドロとの関係、自信過剰でメアリー・アンを口説いたりするアカシオと、ペドロの法律事務所で働く魅力的なインターン、シャロンとの関係、ナディーンとゲイリー(その正体は？)との関係が注目される。いずれにせよこの映画は、リオの美しい景色とボサノヴァの心地いい響きをバックに、様々な愛の形が描かれた軽快でビタースウィートな作品とのこと。と、これは飽くまでにわか知識である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところで、未見どころか海のものとも山のものともつかぬこの映画のサウンドトラック・アルバムを、ぼくが手にとった理由は、オリジナル・スコアを手がけているのが<strong>エウミール・デオダート</strong>であると知ったから。そしてさらに、このアルバムでは20世紀のブラジル音楽を代表する作曲家であり、ボサノヴァの先駆者でもある<strong>アントニオ・カルロス・ジョビン</strong>の楽曲がフィーチュアされていることが、ぼくの気分を高めた。なお映画の資料を見ると、音楽の担当者として<strong>リチャード・マルティネス</strong>がクレジットされている。彼はニューヨークを拠点に活躍する作曲家だが、数多くの映画音楽や舞台音楽を手がけている。おそらく『愛のボサノバ』ではアンダースコアを担当しているのだろうが、サウンドトラック・アルバムにマルティネスの楽曲は収録されていない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このサウンドトラック・アルバムはヴァーヴ・レコードからリリースされたのだが、アルバムのプロデューサーをバレット監督自身が勤めている。また、ミュージック・スーパーヴァイザーとして、アメリカの東西で活躍するコンポーザー、キーボーディスト、そしてプロデューサーの<strong>アラン・パランカー</strong>のクレジットが見てとれる。<strong>ボブ・ジェームス</strong>、<strong>イリアーヌ・イリアス</strong>、<strong>レニー・ホワイト</strong>などの作品でお馴染みのひとだ。パランカーは、デオダートが唯一アトランティック・レコードに残したリーダー・アルバム『<em>サムウェア・アウト・ゼア</em>』(1989年)や、それ以前に彼がワーナー・ブラザース・レコードに吹き込んだ『<em>ハッピー・アワー</em>』(1982年)などで、キーボードやプログラミングを担当した。そのことからも、この映画でデオダートが起用されたのは、パランカーの肝煎りと思われる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにこのCD盤における楽曲の選曲、編集、そしてランニング・オーダーを、ヴァーヴ・レコードの音楽プロデューサー、<strong>リチャード・サイデル</strong>と、当時ヴァーヴ・ミュージック・グループの社長兼CEOを務めていた<strong>ロン・ゴールドスタイン</strong>が手がけている。以上のことを勘案すると、このサウンドトラック・アルバムは、サントラ盤としてよりもむしろ、ボサノヴァのコンピレーション・アルバムとしての機能を果たす１枚と捉えることができる。そのいっぽうで、デオダートの吹き込みとしても、さきに挙げた『<em>サムウェア・アウト・ゼア</em>』以来リーダー作の制作が途絶えていた彼だけに、当時はきわめて貴重なものに思われた。ついでに云わせてもらうと、この『<em>サムウェア・アウト・ゼア</em>』は、完全なヴォーカル・アルバム。この作品では、従来の軽快なインストゥルメンタルを堪能することはできないのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　実のところデオダートは、プレイヤーとしては15年ほど活動を休止していたのである。彼が復活するのは2001年のことで、この年からコンサートを中心に徐々に演奏活動を広げていく。そんななか、2007年４月３日および４日にリオデジャネイロのセシリア・メイレレス・ホールで行われたコンサートの模様が、実況録音盤としてリリースされたときは、ぼくも小躍りしたもの。この<strong>エウミール・デオダート・トリオ</strong>名義の『<em>アオ・ヴィーヴォ・ノ・リオ</em>』(2007年)では、大ヒットした<strong>リヒャルト・シュトラウス</strong>の交響詩のパラフレーズ・ナンバー「ツァラトゥストラはかく語りき」をはじめ、クロスオーヴァー時代の名曲たちが見事に再演されていた。さらにデオダートは2008年８月、丸の内のライヴ・レストラン、コットンクラブにて来日公演を果たし、以降もときおり日本を訪れていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">活動休止中のデオダートによるボサノヴァにフォーカスしたスコア</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　デオダートはその後、イタリアのバンド、<strong>ノヴェチェント</strong>のメンバー(ニコローシ一家)の全面協力を得て、久々のスタジオ・アルバム『<em>ザ・クロッシング</em>』(2010年)を制作した。洗練されたフェンダー・ローズの音色、心地いいブラジリアン・ビート、ディープなファンク・サウンドが交錯するメロウ・グルーヴが際立った、往年のクロスオーヴァー・シーンにおける巨匠の面目躍如たる１作である。シンガーの<strong>アル・ジャロウ</strong>、ギタリストの<strong>ジョン・トロペイ</strong>、ドラマーの<strong>ビリー・コブハム</strong>、パーカッショニストの<strong>アイルト・モレイラ</strong>といった、かつての僚友たちのアルバム参加にも驚かされた。ただこのアルバムは、どちらかというとCTIレコード時代の作品に代表されるクロスオーヴァー・サウンドへのオマージュと云える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それに対して『愛のボサノバ』のサウンドトラック・アルバムにおけるデオダートのスコアは、文字どおりボサノヴァにフォーカスしたものだ。前回もお伝えしたが、デオダートがスターダムにのし上がったのは、CTIレコードでハウス・アレンジャーとして働くようになってから。さきに挙げた、CTIレコードにおける彼の最初のリーダー・アルバム『<em>ツァラトゥストラはかく語りき</em>』(1973年)からシングルカットされた同名曲は、500万枚以上のセールスを上げた。しかしながら、その才能はそれよりもずっと以前に開花していたのである。デオダートは1967年にリオデジャネイロからニューヨークに移住したのだが、その時点ですでに、故郷のブラジルではコンポーザー、アレンジャー、キーボーディストとして、高い評価を得ていたのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　1942年6月22日、リオデジャネイロで生を受けたデオダートは、12歳でアコーディオンを手にする。14歳のときにピアノを弾きはじめると同時に、管弦楽法や指揮法を独学で習得。特にアレンジについては、<strong>ヘンリー・マンシーニ</strong>の作法を通信教育で学んだという。その影響はブラジル時代のデオダートのアルバムに、色濃く反映している。そんなデオダートは17歳にして、プロのアレンジャーとしてのキャリアをスタートさせる。1960年代の初頭に自己のバンドを結成。メンバーは、<strong>セルソ・ブランド</strong>(g)、<strong>セルジオ・バローゾ</strong>(b)、<strong>ジョアン・パルマ</strong>(ds)、<strong>ウーゴ・マロッタ</strong>(vib)、<strong>アンリ・アクセルルード</strong>(fl)といった、錚々たる顔ぶれで占められている。このバンドには、のちにボサノヴァのパイオニア、<strong>ホベルト・メネスカル</strong>もギタリストとして参加する。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9278 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/06/bossanova2.png" alt="ボサノヴァをイメージしたブラジルの風景②" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/06/bossanova2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/06/bossanova2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　デオダートが初リーダー・アルバム『<em>無意味な風景</em>』(1964年)を発表したのは、22歳のとき。<strong>アントニオ・カルロス・ジョビン</strong>の楽曲集で、デオダートの卓越したアレンジとクールなピアノ演奏を堪能することができる。その後も彼はCTIレコードで活躍するようになるまでの間に、数多くのアルバムを吹き込んでいる。ソロ名義のリーダー作には『<em>イデイアス (着想点)</em>』(1964年)『<em>サンバ・ノヴァ・コンセプサォン</em>』(1964年)『<em>ペルセプサォン</em>』(1972年)といった３作がある。なかでも面白いのは、ブラジルのロンドン・レコードからリリースされた『<em>ペルセプサォン</em>』で、なんと本作のレコーディングにデオダートは参加していないのだ。ブラジリアン・ジャズとシンフォニック・サウンドとの融合はいかにも彼らしいのだが、これはまあ、どうしたことか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　これにはわけがあって、実はこのアルバムはデオダートがリオデジャネイロに残したスコアをもとに、本人不在のまま制作されたものなのである。すでにCTIレコードのハウス・アレンジャーとして活躍していたデオダートは、完成した音盤をニューヨークで受けとり、スコアの再現度の高さに感激したという。まあピアノやギターの演奏も即興ではなく書き譜によるものであるとのことだから、出来するサウンドがデオダートらしいのは当たりまえなのだけれど──。なお本作の冒頭に収録されている「ジア・ジ・ヴェラォン」という曲は、のちに『<em>ツァラトゥストラはかく語りき</em>』で演奏されたデオダートのオリジナル・ナンバー「スピリット・オヴ・サマー」の原曲。いずれにせよ本作では、CTIサウンドとはひと味もふた味も違うエレガントなオーケストレーションを味わうことができる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　上記のアルバム以外にも、デオダートは<strong>オス・カテドラーチコス</strong>というグループ名義の『<em>インプルソ！サンバ</em>』(1964年)『<em>トレメンダォン</em>』(1964年)『<em>アタッキ</em>』(1965年)『<em>オ・ソン・ドス・カテドラーチコス</em>』(1970年)『<em>オス・カテドラーチコス 73</em>』(1973年)、<strong>オス・ガトス</strong>名義の『<em>オス・ガトス</em>』(1964年)『<em>オス・ガトス 2 (アケレ・ソン・ドス・ガトス)</em>』(1966年)、<strong>オルケストラ・ロス・ダンセーロス</strong>名義の『<em>ロス・ダンセーロス・エン・ボレロ</em>』(1964年)といったアルバムを発表している。なお『<em>オス・カテドラーチコス 73</em>』では『<em>ツァラトゥストラはかく語りき</em>』に収録されている「カーリーとキャロル」の原曲「カルロッタとカロリーナ」そして『<em>ラプソディー・イン・ブルー</em>』(1973年)に収録されている「スカイスクレイパーズ」の原曲「摩天楼」を聴くことができる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この時代のデオダート・サウンドには、さながらボサノヴァ・ポップあるいはラウンジ・ボッサといった風情がある。そして『愛のボサノバ』のサウンドトラック・アルバムにおける彼のスコアには、そんな昔日を彷彿とさせるものがある。むろんそれは、以前よりコンテンポラリーな響きを奏でている。それでもぼくは、このアルバムでデオダートが採り上げている「無意味な風景」「ワン・ノート・サンバ」「あなたでなければならない」そして「平和な愛」といった、<strong>アントニオ・カルロス・ジョビン</strong>の楽曲が新たにアレンジされたトラックに耳を傾けていると、どうしてもノスタルジックな気分になってくるのだ。というのも、これらの４曲はすべて、前述のデオダートの初リーダー・アルバム『<em>無意味な風景</em>』に収録されている曲だからだ。その点、本盤は実に示唆に富んでいる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さきにも触れたが、この『愛のボサノバ』のサウンドトラック・アルバムでは、<strong>アントニオ・カルロス・ジョビン</strong>の楽曲がフィーチュアされている。全15曲中、デオダートによるスコアは８曲だが、残りの７曲はジョビンの既存のアルバムからの再収録である。その詳細は以下のとおり──。ジョビンは1994年12月８日、心臓発作のため67歳という若さでこの世を去ったが、彼の最後のスタジオ・アルバムとなった『<em>アントニオ・ブラジレイロ</em>』(1994年)から「ハウ・インセンシティヴ」がチョイスされている。このトラックでは、ジョビンとイギリスのロックバンド、<strong>ポリス</strong>のもとメンバー、<strong>スティング</strong>とが英語でデュエットしている。ホーンズとストリングスのアレンジは、ジョビンの息子でギタリストの<strong>パウロ・ジョビン</strong>が担当。ビタースウィートな味わいが絶品だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ジャズ・テナー奏者の<strong>スタン・ゲッツ</strong>と“ボサノヴァの父”と称されるシンガー兼ギタリスト、<strong>ジョアン・ジルベルト</strong>との共作で、グラミー賞４部門を獲得した大ヒット・アルバム『<em>ゲッツ/ジルベルト</em>』(1964年)からは「イパネマの娘」と「クワイエット・ナイツ・オブ・クワイエット・スターズ(コルコヴァード)」の２曲がセレクトされている。<strong>アストラッド・ジルベルト</strong>が英語の歌詞を、アンニュイで飾らない表現で歌う。ジョビンは言の葉を紡ぐような美しいタッチのピアノ演奏を披露。むろんポルトガル語で詩を朗読するかのように歌うジョアン、歌唱の隙間に気怠くも甘いテナー・プレイで入り込んでくるゲッツも素晴らしい。本来のボサノヴァとは別モノという意見もあるが、このアルバムがアメリカにおけるボサノヴァ・ブームを決定づけたことは、紛うことなき事実である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">当時ヴァーヴ・レコード期待の新星だったクラウディア・アクーニャも参加</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ジョビンの５枚目のリーダー・アルバムであると同時に、CTIレコードが世に送り出した２枚目の作品でもある『<em>波</em>』(1967年)からは、タイトル曲の「波」が選曲されている。ジョビンのアコースティック・ピアノが主軸に据えられたインストゥルメンタル・ナンバー。サウダージ感覚が溢れるメロディック・ラインとコーラスでの気持ちのいいモジュレーションが絶品。無駄が削ぎ落とされ美しさが際立った、ストリングスのメイン・メロディとカウンター・メロディ、フルートとホルンとのユニゾンが特徴的だが、当時CTIレコードのハウス・アレンジャーだった、ドイツ出身の<strong>クラウス・オガーマン</strong>のアレンジとコンダクティングによるものだ。さらに、ジョビンの初リーダー作『<em>イパネマの娘</em>』(1963年)からの「ノー・モア・ブルース(想いあふれて)」も、おなじコラボレーションによって生み出された名トラックである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この「ノー・モア・ブルース(想いあふれて)」は、最初のボサノヴァ・ソングとされる歴史的名曲。このトラックはインストゥルメンタルだが、もともとこの曲は<strong>ヴィニシウス・ジ・モライス</strong>が作詞を手がけた、“サンバ･カンサゥンの女王”と称されるシンガー、<strong>エリゼッチ・カルドーゾ</strong>のアルバム『<em>想いあふれて(カンサゥン・ド・アモール・ジマイス</em>)』(1958年)のために用意された歌曲。はじめて世に出たときは、ほとんど注目を浴びなかったが、１年後に<strong>ジョアン・ジルベルト</strong>が歌ってスマッシュヒットとなった。なおジョビンのアルバム『<em>イパネマの娘</em>』は『<em>ゲッツ/ジルベルト</em>』と同様に、ヴァーヴ・レコードからリリースされた。この２枚と上記の『<em>波</em>』は、CTIレコードの創設者、<strong>クリード・テイラー</strong>のプロデュース作品である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そして最後になったが、ブラジルでもっとも人気のある女性シンガー、<strong>エリス・レジーナ</strong>とジョビンとの共演盤『<em>ばらに降る雨</em>』(1974年)から「ウォーターズ・オブ・マーチ(三月の雨)」と「無意味な風景」が選曲されている。前者はジョビン自身のペンによるズミカルな歌詞、レジーナとジョビンとのデュエットにおける絶妙な掛け合いが際立った楽しいトラック。後者はジョビンのリリカルかつブルージーなソロ・ピアノを背景に、レジーナの感情豊かで凛とした歌声が織りなすメランコリックな世界が、なんとも味わい深い。ジョビンのハミングによるセンシティヴなヴォーカル・オブリガートも絶妙。ブラジルのフィリップス・レコードからリリースされたオリジナル・アルバムは、いまもブラジル音楽史上もっとも高い人気を誇る１枚となっている。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9279 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/06/bossanova3.png" alt="ボサノヴァをイメージしたブラジルの風景③" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/06/bossanova3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/06/bossanova3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ということで、以上が既存のアルバムからのトラックである。残りの８曲は、デオダートによる書き下ろしのスコアとなる。レコーディングは、チリ出身のジャズ・ヴォーカリスト、<strong>クラウディア・アクーニャ</strong>が歌ったメアリー・アンのテーマ「サドゥンリー」のみ、1999年12月16日にニューヨークのライト・トラック・スタジオで行われた。その際のパーソネルは、<strong>エウミール・デオダート</strong>(p)、<strong>ポール・メイヤーズ</strong>(g)、<strong>デヴィッド・フィンク</strong>(b)、<strong>ダルシ・セイシャス</strong>(perc)、<strong>エドソン・アパレシド・ダ・シルヴァ</strong> a.k.a. <strong>カフェ</strong>(perc)。残りの７トラックは、1999年６月におなじくライト・トラック・スタジオをはじめ、やはりニューヨークのアヴァター・スタジオ、クリントン・スタジオで録音された。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　レコーディング・メンバーは、<strong>エウミール・デオダート</strong>(p)、<strong>ホメロ・ルバンボ</strong>(g)、<strong>ジェイ・バーリナー</strong>(g)、<strong>ポール・メイヤーズ</strong>(g)、<strong>セルジオ・ブランドン</strong>(b)、<strong>ヘナート・ブラサ</strong>(ds)、<strong>ダルシ・セイシャス</strong>(perc)、<strong>マウロ・レフォスコ</strong>(perc)、<strong>コンラッド・ハーウィッグ</strong>(tb)。さらにフィーチュアリング・ヴォーカリストとして、リオデジャネイロ出身の<strong>バーバラ・メンデス</strong>、かつて<strong>セルジオ・メンデス</strong>のグループ・メンバーだった<strong>キャロル・ロジャース</strong>、そしてブラジル北東部アラゴアス州の首都マセイオ出身、MPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)シーンのスーパースター、シンガーソングライターの<strong>ジャヴァン</strong>が参加している。むろんデオダートが、ジョビンの曲を除くスコアの作曲、すべての編曲、そして指揮を一手に担っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバム収録順に８曲をご紹介していくと、トップを飾るのはジョビンの「無意味な風景」で、ここではデオダートのピアノ伴奏とメンデスのヴォーカルのみで演奏される。というかどちらかというとソロ・ピアノにヴォーカルが載っかっているような風情だ。デオダートのリリカルでブルージーなエクスプレッションがジョビンのそれを彷彿させる。やはりジョビンの「ワン・ノート・サンバ」は、メンデスのスキャットがフィーチュアされた軽快なボサノヴァ。歌詞は歌われない。シンプルかつエフェクティヴなストリングスとソフィスティケーテッドなリハーモナイゼーションがオシャレだ。つづいてデオダートの「サドゥンリー」とジョビンの「あなたでなければならない」とのメドレー。というかクレジットには記載がないが、イントロはジョビンの「太陽の道」だったりする。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このメドレー、前半はゆったりした調子で「サドゥンリー」がインストゥルメンタルで演奏される。ホーン・セクションにホルンが使われているところが、デオダートらしい。短尺ながらハーウィッグのトロンボーンもソロをとる。その後テンポが上がって、ロジャースと<strong>ジャヴァン</strong>とのデュエットによる「あなたでなければならない」となる。キュートな高音と深みのある低音がいい具合に溶け合っている。つづく「サドゥンリー」は、ヴォーカル・ヴァージョン。前述のアクーニャがフィーチュアされている。このトラックは、彼女のデビュー・アルバム『<em>南風</em>』(2000年)のレコーディングのおよそ１か月後に吹き込まれた。当時のアクーニャは<strong>ダイアナ・クラーク</strong>につづくヴァーヴ・レコード期待の新星だった。彼女の起用は、<strong>リチャード・サイデル</strong>の采配によるものだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アクーニャのスモーキーで落ち着いたトーンの歌声が、ぼくは好きなのだけれど、ここでの彼女は緩やかなボサノヴァのリズムに乗って、エモーショナルかつエレガントなパフォーマンスを展開。デオダートのピアノ・ソロも、こころなし上品に聴こえる。この曲、アルバムの後半でギターの伴奏のみでロジャースも歌っているが、個人的にはアクーニャのヴァージョンのほうが好きだ。ロジャースの愛くるしくも活発なヴォーカルもチャーミングで好きなのだけれど、フレーズの繊細な変化、トーンの方向性という点で、今回はアクーニャのほうに軍配を上げたいと思う。なおこのメランコリックなナンバーの作詞は、ジョビンの楽曲をはじめとするボサノヴァの名曲の英語歌詞をたくさん手がけた<strong>ノーマン・ギンベル</strong>によるものである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにアルバムは、デオダートの「ファンのテーマ」へとつづく。シネマティックなインストゥルメンタルだが、ストリングスのアンサンブルとピアノを主軸とした、いささか重苦しい雰囲気の曲だ。次曲がジョビンの「平和な愛」なのだが、こちらは爽快で瀟洒な感じ。前曲とのコントラストが鮮やかだ。ここではふたたびメンデスのスキャットがフィーチュアされるが、まさに一服の清涼剤といったところだ。アルバムのラストを飾るのは、デオダートによるインストゥルメンタル「ソウル・メイツ」だが、そのシンフォニック・サウンドのマナーは、前述の『<em>ペルセプサォン</em>』における彼のスコアを彷彿させる。後半コード進行が「無意味な風景」のそれになるのが、なんともこころ憎い。本作は、そんな爽やかなあと味も好印象を与える１枚である。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<div class="speech-balloon has-border-color has-ex-a-border-color">
<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>大野雄二 = Yuji Ohno, You &#038; Explosion Band / Made In Y.O. (2005年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 24 May 2026 06:55:06 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Soundtrack]]></category>
		<category><![CDATA[Yuji Ohno (大野雄二)]]></category>
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					<description><![CDATA[追悼 大野雄二──日本が生んだミュージック・シーンの至宝による珠玉の名曲の数々が本人の手によって新録音されたアルバム『Made In Y.O.』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">追悼 大野雄二──日本が生んだミュージック・シーンの至宝による珠玉の名曲の数々が本人の手によって新録音されたアルバム『Made In Y.O.』</span></h2>

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<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>大野雄二 = Yuji Ohno, You &amp; Explosion Band / Made In Y.O. (2005)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : LOVE SAVES THE EARTH</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-8" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-8">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">追悼 大野雄二──日本が生んだミュージック・シーンの至宝による珠玉の名曲の数々が本人の手によって新録音されたアルバム『Made In Y.O.』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">ジャズ・ピアニストとしてプロの道を歩み出すが、ほどなく作曲家へ転身</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">2000年代に入ってから本格的にジャズ・プレイヤーとして復帰する</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">大野さん自身の意向により、単なるベスト・アルバムにはなっていない</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">ジャズ・ピアニストとしてプロの道を歩み出すが、ほどなく作曲家へ転身</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　音楽家、<strong>大野雄二</strong>がこの世を去った。ついにこのときが来てしまったのか──。突然の訃報は去る５月13日、大野さんの公式Xなどを通じて伝えられた。発表によると、大野さんは2026年５月４日午前６時８分、老衰のため東京都の自宅で永眠された。直前まで普段と変わることなく過ごされていて、就寝中に苦しむことなく安らかに旅立たれたとのこと。享年84歳だった。葬儀および告別式は近親者で行われ、喪主はお姉さんの<strong>栗田和子</strong>さんが務められたが、後日、お別れの会が開かれるという。さらに同月14日、大野さんの公式Xが更新され、その内容が反響を呼んでいる。そこには「では又、バイビー」と綴られ、笑顔でカメラに向かって手を振る大野さんの写真が掲載されている。気さくな大野さんらしいメッセージだが、なぜかぼくのこころは和むことはなかった。いまはただ、謹んで哀悼の意を表するばかりである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　大野さんは間違いなく、ぼくがもっとも影響を受けた日本の音楽家だ。このブログでも大野さんの作品を何度となく採り上げさせていただいた。云うまでもなく大野さんは、ジャズ・ピアニストとしてキャリアをスタートさせ、その後、映画『犬神家の一族』(1976年)やテレビアニメ『ルパン三世』第２シリーズ(1977年 – 1980年)の音楽を手がけ、作曲家として広く知られるようになった音楽家。1941年５月30日、スタジオジブリのアニメ映画『おもひでぽろぽろ』(1991年)の舞台となったローマ風呂で知られる、静岡県熱海市のホテル大野屋の次男坊として生まれた大野さんは、中学時代にジャズに目覚め、高校時代にはバンド演奏を開始。さらに<strong>慶應義塾大学ライト・ミュージック・ソサイェティー</strong>で活躍し、<strong>鈴木宏昌</strong>、<strong>佐藤允彦</strong>とともに“慶應三羽烏”として勇名を馳せた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　大学卒業後はクラリネット奏者、<strong>藤家虹二</strong>のクインテットに加入、プロ・ミュージシャンとしての道を歩み出す。しかしながら、モダン・ジャズのみに集中することを決意した大野さんは、１年ほどでこのスウィング系バンドを脱退。しばらくフリーのプレイヤーとして活動したのち1965年、今度は<strong>白木秀雄クインテット</strong>に加入。同バンドにおいて大野さんはプレイヤーにとどまらず、すでにアレンジャーとしても活躍した。その後、<strong>大野雄二トリオ</strong>、<strong>日野皓正クァルテット</strong>、<strong>富樫雅彦=鈴木弘クインテット</strong>などで演奏するとともに、<strong>マーサ三宅</strong>、<strong>笠井紀美子</strong>、<strong>弘田三枝子</strong>らのアカンパニストを務め、ジャズ・ミュージシャンとしての地位を確立。1971年には<strong>池田芳夫</strong>(b)、<strong>岡山和義</strong>(ds)をサイドに据えたトリオでレコーディングを行ったが、その音源こそ<strong>大野雄二</strong>の初リーダー作『<em>ミスター・ハピゴン</em>』(1973年)である。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9191 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/yo1.png" alt="グランドピアノとユリの花束" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/yo1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/yo1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　奇しくもこのアルバムの吹き込みが行われたころから、大野さんはジャズ・プレイヤーと作曲家との二足の草鞋を履くようになり、次第にジャズ・シーンから遠ざかっていく。氏は初リーダー作をものする以前に、すでにNHKのドキュメンタリー風ドラマ『ナタを追え～朝日新聞東京版“捜査員”より～』(1970年)の音楽を手がけていたが、広く知られる大野サウンドのはじまりは、なんといっても<strong>石立鉄男</strong>主演による、日本テレビ系列で1970年代に放映されたホームコメディドラマ・シリーズの第１作『おひかえあそばせ』(1971年)だろう。さらにそれは、日本テレビ系列の『火曜日の女』(1969年11月４日 – 1972年3月27日)、同系列の昼ドラ『愛のサスペンス劇場』(1975年３月31日 – 1977年３月４日)、NHKの『少年ドラマシリーズ』(1972年１月１日 – 1983年10月11日)といったドラマシリーズで、お茶の間に浸透した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　大野さんが圧倒的な存在感を放ったのは、1970年代の後半のこと。大ブームとなった角川映画の第１作『犬神家の一族』および第２作『人間の証明』(1977年)、そしてテレビアニメ『ルパン三世』の音楽を手がけたことにより一躍脚光を浴びた。ことに1978年は、スゴいことになっている。サウンドトラック・アルバムだけでも『<em>ルパン三世 オリジナル・サウンドトラック</em>』『<em>大追跡</em>』『<em>24時間テレビ 愛は地球を救う</em>』『<em>野性の証明</em>』と立てつづけにリリースされていき、クリスマスまえには早くも『<em>ルパン三世・２</em>』が発売された。しかもその間隙を縫って、大野さんにとってはじめての本格的フュージョン・スタイルのリーダー作『<em>スペース・キッド</em>』が制作され、氏とは長年コンビを組んだブラジル、サンパウロ出身のシンガー、<strong>ソニア・ローザ</strong>の4thアルバム『<em>サンバ・アモール</em>』のレコーディングも行われている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　サウンドトラック・アルバムこそリリースされなかったものの、テレビや映画を賑わせた大野さんの音楽はまだまだある。1978年はほんとうに、<strong>大野雄二</strong>一色の年だった。ご当人は寝食を忘れるほど仕事に没頭していたのだろう、どれもクオリティの高い作品ばかりだ。テレビドラマだと、日本テレビ系列では「土曜グランド劇場」の１本『貝がらの街』(２月18日〜４月22日)、「金曜劇場」の１本、<strong>西村寿行</strong>原作『犬笛 – 娘よ、生命の笛を吹け -』(７月７日〜８月25日)、またNHK「銀河テレビ小説」の１本、<strong>森村誠一</strong>原作『凶水系』(３月13日〜３月24日)、そしてTBS系列で放送された3時間ドラマ、<strong>松浦行真</strong>原作の『風が燃えた』(８月29日)などがある。なおこれらのテレビドラマのうち『貝がらの街』と『犬笛 – 娘よ、生命の笛を吹け -』は、主題曲のシングル・レコードが発売された。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　個人的には1978年を“ニッポン<strong>大野雄二</strong>年”と定めたい。補筆すると映画では、<strong>松田優作</strong>主演、<strong>村川透</strong>監督による“遊戯”シリーズのうち『最も危険な遊戯』(4月８日)と『殺人遊戯』(12月２日)が公開されている。ともに<strong>小林旭</strong>主演、<strong>鈴木則文</strong>監督による『多羅尾伴内』<strong>舘ひろし</strong>主演、<strong>長谷部安春</strong>監督による『皮ジャン反抗族』が併映された、東映セントラルフィルム製作のいわゆるプログラムピクチャー。“遊戯”シリーズは3000万円の予算枠で製作された作品ではあったが、思いのほか高評価を得た。当然のごとく公開当時にはサウンドトラック・アルバムなどは発売されなかったけれど、即興演奏が活かされたりオケの代わりにソリーナ・ストリング・アンサンブルが上手く使われたりしたハードボイルドなサウンドは、各方面から称賛された。そして音源は結局、1993年にCD化された。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　以上は飽くまで、大野ワークスの一部である。際限がないので、これ以上はその作品を枚挙することは控えさせていただくが、当時、<strong>大野雄二</strong>という音楽家がいかにときのひとだったかはおわかりいただけたであろう。かく云うぼくも、おそらく盆と正月が一緒に来たような状況にあったであろう大野さんに、あらためて「おつかれさまでした」と云いたい気分になってくる。ここではテレビドラマと映画音楽にしか触れなかったが、大野さんは、明治乳業「レディーボーデン」や明治製菓の「きのこの山」をはじめとするCM音楽を星の数ほど作曲しているし、シティ・ポップや歌謡曲、ゲーム音楽、ユニークな例としてはプロレスや競輪のテーマ曲なども手がけている。この場でそれらを列挙することは不可能だが、大野さんは間違いなく日本を代表するオールラウンドな音楽家と云える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">2000年代に入ってから本格的にジャズ・プレイヤーとして復帰する</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　1970年代から長らくサウンド・クリエイターとして大いに腕を振るった大野さんだが、ときおりクラブに姿を現しジャズ・スタンダーズを弾いたりもしていた。1990年代のことだが、ぼくは銀座にあったサテンドールという小規模なクラブで、ピアノ・トリオで出演していた大野さんと、おハナシする時間をいただいたことがある。タオルを首からさげたポロシャツ姿の大野さんは、セットの合間にトマトジュースやオレンジジュースを飲みながら、さばさばした感じで音楽のハナシをされていた。そのざっくばらんな語り口も然ることながら、音楽に対する博覧強記ぶりに驚かされた。自然体で接していただいているのにもかかわらず、青二才のぼくは大野さんに一種、畏怖の念すら覚えたもの。ほんとうに、いい思い出である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それはさておき、大野さんは2000年代に入ってから本格的にジャズ・プレイヤーとして復帰する。そのキッカケとなったのは、1999年にスタートした“LUPIN THE THIRD「JAZZ」”と銘打たれたジャズ・アルバムのシリーズだった。どのアルバムもハード・バップ系のピアニスト、<strong>レッド・ガーランド</strong>へのリスペクトを感じさせる、<strong>大野雄二トリオ</strong>が主幹をなす作品だった。このころの大野さんのピアノ・プレイには、ブロックコード奏法をはじめとする、まさにガーランドを彷彿させる展開が垣間見えるようになった。なによりもアドリブが、依然としてファンキーではあるものの、前述の『<em>ミスター・ハピゴン</em>』のそれと比べるとずいぶんシンプルになった。あたかも即興演奏の道理、ひいては音楽の真理みたいなものを見極めたかのごとく、ひとつひとつの音を丁寧に弾いていたのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　大野さんが、この“LUPIN THE THIRD「JAZZ」”のシリーズで自己の音楽性のルーツを辿っていったとき、次に行き着いたのは<strong>ホレス・シルヴァー</strong>が統率していたころの<strong>ザ・ジャズ・メッセンジャーズ</strong>と思われる。むろん2006年に結成された<strong>Yuji Ohno &amp; Lupintic Five</strong>の演奏では、ハード・バップのスタイルがそのまま再現されるのではなく、大野さんが影響を受けたあらゆる音楽の要素が盛り込まれた、新しい感覚のコンボ・スタイルが展開された。現にこのバンドのレパートリーには、４ビートのみならず、ジャズ・ロックやフュージョンが盛んに飛び出してくる。その点、現代のジャズ・シーンにおいて稀有なバンドと云える。このバンドは2016年、メンバーチェンジが行われるとともに、新たにハモンド・オルガン奏者が加えられ、<strong>Yuji Ohno &amp; Lupintic Six</strong>へと進化した。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9192 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/yo2.png" alt="グランドピアノとストップウォッチ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/yo2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/yo2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　結局このバンドは、<strong>Yuji Ohno &amp; Lupintic Five</strong>時代も含めると18年と半年もの間、活動が継続された。ただその間、2022年３月に大野さんが体調不良により入院し、しばらく療養に専念することになり、バンドは活動休止状態となった。しかしながら、2024年５月30日(大野さんの誕生日)に活動を再開。大野さんのオンステージはないものの、バンドは<strong>Lupintic Six with Fujikochans Produced by YUJI OHNO</strong>として、港区赤坂のビルボードライヴ東京において２セットの公演を果たした。バンドは同年の10月14日、恵比寿ザ・ガーデンホールにて開催されたEBISU JAM 2024にも出演した。大野さんは、復帰後は演奏に参加せず、アレンジとプロデュースに専念していたが、氏の音楽を創造することへの並々ならぬ情熱が感じられた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで、大野さんの来歴を駆け足でお伝えしてきたが、まったく語り切れていない。その仕事量の多さから、このブログではどうコトバを尽くしても一部始終をお伝えすることは不可能と云える。もしこの拙文から、<strong>大野雄二</strong>という音楽家の奥深さや素晴らしさが伝わらなかったら、それはひとえに筆者であるぼくの責任である。大野さんは間違いなく、日本が生んだミュージック・シーンの至宝なのだから──。そんな思いもあって、今回は大野さんの珠玉の名曲の数々が、ご本人の手によって新録音されたアルバム『<em>Made In Y.O.</em>』(2005年)をご紹介させていただき、こころから氏へ哀悼の意を捧げたいと思う。むろんこれが大野サウンドのすべてではないけれど、一面の真実として極上の音楽であることは間違いない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このアルバムでは、大野さんの歴代の楽曲はもちろんのこと、書き下ろしの新曲も２曲収録されており、計20曲が10曲ずつに分けられた２枚組CDの豪華ボックス仕様となっている。CD盤とともにデータブックおよびフォトブックも同梱されており、往年の大野サウンドのファンだけでなく、はじめて大野さんの音楽に触れるかたでも手軽に楽しめる作りなので、ぜひ手にとっていただきたい。演奏は<strong>ユー＆エクスプロージョン・バンド</strong>となっているが、このクレジット、大野さんがその全盛期に関わった諸々の音盤で散見されたので、懐かしく思う向きも多いだろう。このバンド名義はもともと、NTVM(日本テレビ音楽)の<strong>飯田則子</strong>(故人)がエグゼクティヴ・プロデューサーを務める作品にのみ使用されていたものなのだが、めでたく復活の運びとなった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　レコーディングの正確な年月日は不明だが、大野さん自身が３か月レコーディングに没頭したと語っていること、アルバムの発売が2005年７月21日であることなどを勘案すると、アルバム制作は2005年の春から初夏にかけて行われたものと思われる。レコーディング・スタジオは『ルパン三世』第２シリーズのサウンドトラックなどの吹き込みでお馴染みの、港区麻布台のサウンド・シティ・スタジオ、千代田区四番町のサウンドインスタジオ。レコーディング・エンジニアを務めたのは、音楽制作プロダクション、ジェニュインの代表者である<strong>三浦克浩</strong>。三浦さんはもと日本コロムビアのミキサーで、大野さんの作品では、その昔『<em>スペースコブラ オリジナル・サウンドトラック</em>』(1982年)のレコーディングとミキシングを担当。2000年代以降、大野サウンドにおいてなくてはならない存在となった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　レコーディングには数え切れないほどのミュージシャン(総勢100名を超えるとのこと)が参加しているが、一応、ゲストアーティストも含めて可能な限り列挙してみようと思う。抜けや漏れがあったら、お許しいただきたい。リズム・セクションは、<strong>大野雄二</strong>(key)、<strong>永田一郎</strong>(org)、<strong>吉田潔</strong>(synth)、<strong>梶原順</strong>(g, ukl)、<strong>杉本喜代志</strong>(g)、<strong>俵山昌之</strong>(b)、<strong>渡辺直樹</strong>(b)、<strong>市原康</strong>(ds)、<strong>則竹裕之</strong>(ds)、<strong>川瀬正人</strong>(perc)、<strong>仙道さおり</strong>(perc)、<strong>矢坂順一</strong>(perc)、<strong>大井貴司</strong>(vib)、<strong>西脇辰弥</strong>(hmc)、<strong>上妻宏光</strong>(shamisen)となっている。つづいてサクソフォーン以外のウッドウィンズは、<strong>旭孝</strong>(fl, Ocarina)、<strong>田部井雅世</strong>(fl)、<strong>木津芳夫</strong>(fl)、<strong>斎藤寛</strong>(fl)、<strong>篠原猛</strong>(fl)、<strong>中川昌三</strong>(fl, afl, bfl)、<strong>西沢幸彦</strong>(fl)、<strong>比護いずみ</strong>(fl, afl)、<strong>星野正</strong>(cl)、<strong>庄司知史</strong>(ob)である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　サックス・セクションは、<strong>山口真文</strong>(ss, ts)、<strong>近藤和彦</strong>(as, ts)、<strong>ロバート・ザング</strong>(as)、<strong>山田穣</strong>(as)、<strong>平原まこと</strong>(as, ts, bs)、<strong>アンディ・ウルフ</strong>(ts)、<strong>近藤淳</strong>(ts)、<strong>吉田治</strong>(ts)、<strong>宮本剣一</strong>(ts)、<strong>つづらの敦司</strong>(bs)、<strong>原田忠幸</strong>(bs)、<strong>宮本大路</strong>(bs)。ブラス・セクションは、<strong>奥村晶</strong>(tp)、<strong>岸義和</strong>(tp)、<strong>数原晋</strong>(tp, flh)、<strong>寺島基文</strong>(tp)、<strong>横山均</strong>(tp, flh)<strong>萩原顕彰</strong>(hr)、<strong>藤田乙比古</strong>(hr)、<strong>片岡雄三</strong>(tb)、<strong>佐藤洋樹</strong>(tb)、<strong>鹿討奏</strong>(tb)、<strong>中川英二郎</strong>(tb)、<strong>野々下興一</strong>(tb)、<strong>パトリック・ハララン</strong>(tb)、<strong>広原正典</strong>(tb)、<strong>フレッド・シモンズ</strong>(tb)、ストリング・セクションは、<strong>小林陽一郎グループ</strong>、<strong>篠崎正嗣グループ</strong>が担当。さらに、<strong>朝川朋之</strong>(hp)、<strong>中谷勝昭</strong>(cond)が加わる。余談になるが、ハープは調律費や運搬費で高くつく楽器。つまり本作の吹き込みは、贅が尽くされているのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">大野さん自身の意向により、単なるベスト・アルバムにはなっていない</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　またバック・コーラスは、<strong>伊集加代子</strong>、<strong>斉藤妙子</strong>、<strong>佐々木久美</strong>、<strong>広谷順子</strong>が担当。そしてフィーチュアリング・ヴォーカリストとして、<strong>石井竜也</strong>、<strong>サーカス</strong>、<strong>タケカワユキヒデ</strong>、<strong>トミー・スナイダー</strong>、<strong>DOUBLE</strong>が参加している。この錚々たる顔ぶれには、大御所から若き実力派まで、とにかく日本のトップアーティストが集結したという印象を受ける。プロデュースとアレンジは、すべて大野さんが手がけている。云うまでもなく、このCDに収録されている20曲はすべて氏のペンによるものである。アレンジの特色としては、比較的有名な曲では敢えてオリジナルとは異なるアプローチがなされていること、それに反して当時音盤ではなかなか聴くことができない楽曲はオリジナルに近いスタイルがとられていることが挙げられる。単なるベスト・アルバムにはしないという、大野さん自身の意向によるものだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　では簡単ではあるが、各曲について触れていこう。アルバムは、お馴染みのテレビアニメ『ルパン三世』オープニング・テーマ 「ルパン三世のテーマ &#8217;80」(2005 version)からスタート。オリジナルは、アルバム『<em>ルパン三世 オリジナル・サウンドトラック３</em>』(1979年)に収録されているが、あの有名なテーマ曲のビッグ・バンド・ジャズ・ヴァージョンである。昔とった杵柄で、大野さんのフルバンドのアレンジは見事のひとこと。ここでは原曲のスウィング感がキープされながら、さらにシンセやストリングスが加えられ、よりダイナミックなサウンドが展開されている。オリジナル版の<strong>松石和宏</strong>によるマレット捌きも鮮やかだったが、ニュー・ヴァージョンにおける<strong>大井貴司</strong>のプレイもなかなかのものだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　角川映画第３弾『野性の証明』(1978年)の主題歌「戦士の休息」では、もと<strong>ズー・ニー・ヴー</strong>の<strong>町田義人</strong>が歌った、ロッキッシュかつリフレッシングなバラードを、ここではもと<strong>米米CLUB</strong>の<strong>石井竜也</strong>が熱唱する。原曲よりいくぶんポップでゴージャスなアレンジが、石井さんのエモーショナルなヴォーカル・パフォーマンスによくマッチしている。オンワードのファッションブランド、ジェーンモアのCF曲 「ミスティ・トワイライト」は、シティ・ポップ・シンガー、<strong>麻倉未稀</strong>のデビュー曲でもある。オリジナルは、彼女のファースト・アルバム『<em>SEXY ELEGANCE</em>』(1981年)に収録されている。ここでは大野さんのピアノが主軸に据えられた、ボサノヴァ・インストゥルメンタルとなっている。メロディアスなピアノのアドリブが、実に軽妙である。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9193 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/yo3.png" alt="グランドピアノと大野雄二の肖像画" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/yo3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/yo3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　アルバム『<em>ルパン三世・２</em>』に収録されている、<strong>サンディー＆ザ・サンセッツ</strong>の<strong>サンドラ・ホーン</strong>が歌った「ラヴ・スコール」は、R&amp;B系女性シンガー、<strong>DOUBLE</strong>がカヴァー。ゆったりしたテンポ、転調が活かされたソングストラクチュアによって、原曲よりビルドアップする。ソウルフルなヴォーカル・パフォーマンスが感動的だ。<strong>ユー＆エクスプロージョン・バンド</strong>のオリジナル・アルバム『<em>フル・コース</em>』(1983年)からの「ROUTE 246」は、バウンシーなグルーヴは原曲どおりだが、ここではホーン・セクションが加えられている。ピアノとソプラノ・サックスとがジャジーなソロを展開する。なおこの曲、ブラジル出身のフュージョン・バンド、<strong>アジムス</strong>の「ディア・リマーツ」という曲からの影響が強い。興味のあるかたは、ぜひお試しあれ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　角川映画『犬神家の一族』の主題曲「愛のバラード」は、原曲の骨格や雰囲気はそのまま活かされているが、<strong>上妻宏光</strong>の三味線によるテーマ部とソロが繰り広げられるダブル・タイムが、なんともユニーク。オリジナル版で印象的な打弦楽器ハンマード・ダルシマーは、ここでは使用されていない。シングル盤のみが発売された、日本テレビ系アニメ『海底超特急マリンエクスプレス』(1979年)の主題歌「THE MARINE EXPRESS」は、16ビートのディスコ・フュージョン。ここでは原曲のヴォーカリスト、<strong>トミー・スナイダー</strong>、そして<strong>タケカワユキヒデ</strong>といった<strong>ゴダイゴ</strong>のコンビによるデュエットが楽しい。映画『最も危険な遊戯』からの「メインテーマ」は、低予算故のコンボ・スタイルから、ここではメインのミュート・トランペットにホーンズ＆ストリングスが加えられた、贅沢なアレンジのジャズ・ナンバーに様変わりしている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　NHK連続テレビ小説『マー姉ちゃん』(1979年)の主題曲「マー姉ちゃん」は、巧みなコード進行と跳ねるようなリズムが<strong>バート・バカラック</strong>の曲を彷彿させる。口笛風のシンセ、ウクレレ、クラリネットなどが効果的に使われたハッピーなナンバー。嬉しいエクステンデッド・ヴァージョンである。書き下ろしの新曲「Made In Y.O.」は、３部構成の大野版シンフォニック・ジャズ。知的で陰影に富んだ雰囲気は、<strong>クラウス・オガーマン</strong>の「神々の出現そして不在」という曲を連想させる。そして以下は、２枚目のCDとなる。フジテレビ系アニメ『スペースコブラ』(1982 &#8211; 1983)のエンディング・テーマ「シークレット・デザイアー」では、<strong>前野曜子</strong>に替わって<strong>サーカス</strong>がヴォーカルをとっている。よりジャジーなアレンジ、秀逸なコーラス・ワークを楽しむことができる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　日本テレビ系ドラマ『大追跡』(1978年)の主題曲「大追跡のテーマ」は、ブラスによるテーマとストリングスによるコーラスとのコントラストが映えるアップテンポの曲。キャッチーなサウンドの元ネタは、大野さんが敬愛するピアニスト、<strong>ラムゼイ・ルイス</strong>の「スリック」という曲。NHKアニメ『キャプテン・フューチャー』の主題歌「夢の舟乗り」は、オリジナルと同様に<strong>タケカワユキヒデ</strong>が歌っている。フィリー・ソウル風のディスコ・チューンが、ここではヴォーカルも含めてよりソウルフルになっている。アルバム『<em>スペース・キッド</em>』からの「クリスタル・ラヴ」は、原曲どおりやはりフェンダー・ローズのルバート演奏が印象的。ピアノやストリングスによるシネマティックなメロディック・ラインがいかにも大野さんらしい、まさにマスターピースと呼ぶべき１曲だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　角川映画『人間の証明』の主題歌「人間の証明のテーマ」では、<strong>ジョー山中</strong>に替わって<strong>トミー・スナイダー</strong>がヴォーカリストを務めている。次曲の劇場アニメ『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)の主題歌「炎のたからもの」そしてそのあとのNHKの紀行番組『小さな旅』(1983年 &#8211; 放送中)の主題曲「小さな旅」とともに、もっとも原曲と異なるアレンジが施されている。まず「人間の証明のテーマ」はロック色が薄くなり、どちらかというとメロウ・ソウル調。<strong>西脇辰弥</strong>のハーモニカも新鮮だ。次の「炎のたからもの」は<strong>ボビー</strong>のR&amp;Bテイストのフロウが特徴的なヴォーカル・ナンバーからビッグ・バンド・ジャズのインストゥルメンタルに、さらに「小さな旅」はオーボエが主旋律を奏でるノスタルジックな曲からトロンボーンやアコースティック・ギターがフィーチュアされたボサノヴァ・チューンにアレンジされている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>石立鉄男</strong>主演によるホームコメディドラマ・シリーズの第５作「水もれ甲介」(1974年 &#8211; 1975年)の主題歌でシングル盤も発売された「水もれ甲介」では、ほぼオリジナルのムードがキープされている。洗練されたポップスの作風は、バカラック・マナーを感じさせる。原曲を歌った、<strong>シンガーズ・スリー</strong>の<strong>伊集加代子</strong>の参加が嬉しい。新曲のビッグ・バンド・スタイルのジャズ・バラード「Jiggy Beans」を挟んで、アルバム『<em>24時間テレビ 愛は地球を救う</em>』収録の「LOVE SAVES THE EARTH」が、アルバムを締めくくる。<strong>アレクサンダー・カレッジ</strong>の「宇宙大作戦のテーマ」を彷彿させる、スペクタクルな曲調が爽快。ここではサンバ・ジ・エンヘード風にリアレンジされているが、ぼくはこのヴァージョンのほうが好き。ということでざっくりとお伝えしたが、本作は<strong>大野雄二</strong>という偉大なる音楽家の足跡を辿る上で格好のアルバムとなっている。ぜひ多くのかたに、手にとっていただきたいものである。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<div class="speech-balloon has-border-color has-ex-a-border-color">
<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>岩代太郎 / アナザヘヴン コンプレックス &#8211; SCORE (2000年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 03 May 2026 07:28:46 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Soundtrack]]></category>
		<category><![CDATA[Taro Iwashiro (岩代太郎)]]></category>
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					<description><![CDATA[岩代太郎が手がけた映画＆テレビドラマの劇中音楽がノンストップMIXで収録されたオリジナル・サウンドトラック・アルバム『アナザヘヴン コンプレックス &#8211; SCORE 』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">岩代太郎が手がけた映画＆テレビドラマの劇中音楽がノンストップMIXで収録されたオリジナル・サウンドトラック・アルバム『アナザヘヴン コンプレックス &#8211; SCORE 』</span></h2>

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<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : 岩代太郎 / アナザヘヴン コンプレックス &#8211; SCORE (2000)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : #7 Welcome To Another Heaven (For TV)</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-10" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-10">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">岩代太郎が手がけた映画＆テレビドラマの劇中音楽がノンストップMIXで収録されたオリジナル・サウンドトラック・アルバム『アナザヘヴン コンプレックス &#8211; SCORE 』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">オカルト、サブカルチャー的な終末感のブームが意識されて制作された作品</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">オカルトやホラーといったジャンルを究めつづけるブレないスタンス</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">オーケストラルなスコアとポップなトラックとが融合した上質の観賞用音楽</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">オカルト、サブカルチャー的な終末感のブームが意識されて制作された作品</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちょっとまえのことになるが、Amazonプライム・ビデオのコンテンツのなかに、おすすめ映画として『アナザヘヴン』(2000年)が表示されているのに気がついた。とても懐かしく思うと同時に、たいへん失礼な云いかたになるが、いまさらこの映画を観たいと思うひとがどれだけいるのだろうと疑問に感じてしまった。この映画、<strong>飯田譲治</strong>と<strong>梓河人</strong>との共著であるホラー小説『アナザヘヴン』を映像化したもの。小説は1995年から角川書店(現KADOKAWA)が刊行していた『小説ASUKA』において連載され、1999年に文庫化(上下巻)された。ふたりの刑事が正体不明の犯人を追うという内容だが、刑事ドラマという手垢のついたジャンルに、SFホラーの要素が加えられたことから、当時はなかなかの人気を博したと記憶する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ときに新たなミレニアムを目前に控え、世のなかには1999年のノストラダムスの大予言に代表される世紀末ブームみたいなものがあった。当時、あの大ヒットしたテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年 &#8211; 1996年)をはじめ、映像作品にも1990年代のおわりに対する終末感や不安感、そして2000年への高揚感を煽るようなものが散見された。正直云って、当時のぼくにはそういう時代の趨勢に辟易するところもあったのだが、単純に面白いと思われる作品もあった。たとえば、これまた大ヒットしたアメリカのテレビシリーズ『Xファイル』(1993年 &#8211; 2018年)の製作総指揮で知られる、<strong>クリス・カーター</strong>が脚本と演出を手がけた『ミレニアム』(1996年 &#8211; 1999年)というサイコ・サスペンス・テレビドラマは、大好きで観ていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところで『アナザヘヴン』もまた世紀末の香りが漂う作品だが、原作者のひとりで映画版のシナリオライターと監督を務めた<strong>飯田譲治</strong>といえば、カルト的な人気を博したSFテレビドラマ『NIGHT HEAD』(1992年 &#8211; 1993年)の原作、脚本、演出を手がけたひと。当初はサイコキネシスやリーディングといった超能力を扱った、サスペンス・タッチのSFドラマという印象を与えたが、物語の後半では、前半から仕込まれていた超古代文明や精神世界などの要素が前面に押し出されていき、ストーリーラインはついに人類が築いた物質文明と精神文明における変革という壮大なテーマにまで及ぶ。そういう意味ではこの『NIGHT HEAD』もまた、オカルト、サブカルチャー的な終末感のブームが意識されて制作された作品のように思われる。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9100 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/endothcentury1.png" alt="世紀末の風景(爆発)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/endothcentury1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/endothcentury1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　いささかわき道に逸れるが、この『NIGHT HEAD』は個人的に思い出深いテレビ番組でもあるので、少し作品について言及させていただく。当時まだ20代だったぼくは、心身ともにそれなりに充実していて、もっともバリバリ仕事をこなしていた時期にあたる。毎日のように残業していたぼくの帰宅時間といえば、いつも日付が変わる直前だった。そして仕事の疲れを癒やすために一献傾け、どちらかというと夜食というべき夕餉を楽しみながら、なんとはなしに観ていたのがこのテレビドラマだったのである。毎週木曜日の深夜、具体的には金曜日の０時40分から１時10分までの30分間だが、あのころのぼくといえばいつの間にか、この番組をチェックするのがお決まりになっていた。当初は、まさかのちに映画化までされるとは、思いもよらなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　あらかじめ云っておくと、ぼくは1970年代のオカルトブームを、少年時代に体験した世代である。<strong>五島勉</strong>の著書『ノストラダムスの大予言』(1973年)も手にとったし、日本テレビ系列局のバラエティ番組『木曜スペシャル』(1973年 &#8211; 1994年)における、<strong>ユリ・ゲラー</strong>のスプーン曲げ、<strong>矢追純一</strong>のUFO追跡、謎の動物オリバー君の正体解明といった特集をリアルタイムで観たし、なかでも初代<strong>引田天功</strong>の大脱出シリーズは欠かさずチェックしていた。いっぽうテレビ朝日系列局で放送されていた『水曜スペシャル』(1976年 &#8211; 1986年)における、<strong>川口浩</strong>の探検隊シリーズは毎回放送をこころ待ちにするほど、大好きな番組だった。ずっとあとのことになるが、このシリーズのDVDをまとめてレンタルしてきて、ひとりで晩ごはんを食べながら鑑賞していたら、妻に大笑いされた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　まあ、個人的には霊能力や超能力、あるいは幽霊などの現象を科学的証拠に基づいて否定するようなつもりはないのだけれど、そうかといって論理的な説明がなされないハナシを鵜呑みにすることもない。それでもぼくがそういった類のテレビ番組を観ていたのは、単純に面白いと感じたからだろうし、同時に飽くまでバラエティ番組として、本気ではなくからかい半分、遊び感覚で楽しんでいたからだろう。ファンのかたからはひんしゅくを買うかもしれないが、正直に告白すると実は『NIGHT HEAD』についても、ぼくは当初そんな受けとめかたで観ていた。つまりぼくは『NIGHT HEAD』を、本来SFテレビドラマとして制作された作品と認識しながらも、突っ込みどころ満載のストーリーラインを面白がって鑑賞していたのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この『NIGHT HEAD』の主人公は、サイコキネシスを使う青年、霧原直人と、その弟でリーディングやプレコグニションの能力をもつ霧原直也のふたり。超能力者であるが故、15年まえの幼いころから両親と離れ、人里離れた山中にある研究所に隔離されていた。研究所には絶大な超能力をもつ岬老人によって結界が張られていたが、老人の死によって結界が解かれ、霧原兄弟は研究所を脱走することに成功する。物語はそういった過去には触れられず、いきなり逃亡中の兄弟が車で移動しているところからはじまる。そういう細かい説明をあとまわしにした演出が、却って視聴者の興味をそそるわけだ。ただあとになって、ドライヴァーの直人はいつどこで運転免許を取得したのか、それとも無免許のままサイコキネシスで車を動かしているのか──そんなバカな疑問を、ぼくはもってしまった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この霧原兄弟は毎回さまざまな場所に赴き、さまざまな人物と出会う。そういう点でこのドラマは、ふたりの異能者をメインキャラクターとしたバディ・ロードムービーと捉えることもできる。しかもその全21話は、概ね１話完結のストーリー展開を見せるのだが、演出家が度々入れ替わることもあり、基本的にはサイキック・サスペンスでありながら、ディストピアもの、ホラー、刑事もの、恋愛ドラマ、ヒューマンドラマというように、その都度テイストを変える。そういう多様性がこのテレビドラマを、飽きずに楽しむことができるものにしている。演出を手がけているのは、原作者の<strong>飯田譲治</strong>をはじめ、<strong>落合正幸</strong>、<strong>土坂浩輝</strong>、<strong>土方政人</strong>、<strong>本広克行</strong>と、当時は無名だったがのちに世間から非常に注目されるようになる、錚々たる顔ぶれである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">オカルトやホラーといったジャンルを究めつづけるブレないスタンス</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところで、主人公である霧原兄弟はようやく束縛のない外の世界に出てきたのにもかかわらず、毎度のごとくトラブルに巻き込まれてしまう。なぜかふたりは、厄介なひとと関わってしまうのだ。むろん超能力者同士の戦いもあるのだが、悪意をもった一般人との諍いも目立った。たとえば他人の利益や公の場での責任を無視して、自分の利益や欲望だけを追求する人間、あるいは自己中心的で感情的、あるいは無意識に他人を傷つける言動をとるひとなどが大勢登場する。そんななか、霧原兄弟に次々と襲いかかる過酷な運命は、あたかもふたりが自由な一般社会に出てきたことがキッカケで生み出されているように見えてくる。軽率にもぼくは当初、それがなんとも滑稽に思われて、この兄弟を笑いの対象にしてしまっていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなぼくも、ドラマを最後まで鑑賞して偏った見かたを改めさせられた。というのも実は霧原兄弟がもつ超能力こそが、外の世界に溢れているマイナスのエネルギーを引き寄せている──ということが、次第に明らかにされていくからだ。おそらく原作者の飯田さんは、超能力をもつことで苦しみ、悲しみ、不幸になっていくような、ペシミスティックなヒーローを創造しようとしたのだろう。超能力をもつことがネガティヴに描かれるような作品はそれまでなかったように思われるが、その逆説的なリアリティのなかに精神世界の未来が構想されているところが、当時は斬新に感じられた。とはいっても、いまもぼくは『NIGHT HEAD』が突っ込みどころ満載の作品であると信じている。その点で個人的に、大ヒットとは関係なく、好きなテレビドラマとなっている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　一般的に『NIGHT HEAD』は、ワンシーズン終了後、放送が深夜の時間帯だったのにもかかわらず、女性層を中心に圧倒的な人気を得た。ドラマの主演において、霧原直人に<strong>豊川悦司</strong>、霧原直也に<strong>武田真治</strong>という、ちょっとミステリアスな美形俳優が起用され、終始シリアスでトラジックな演技が披露されたことが、女性層を中心とした多くのファンのこころをつかんだのだろう。思えば主演俳優のふたりはまだ無名に近かったが、それが却ってフレッシュな魅力を放っていたように思われる。いずれにしても『NIGHT HEAD』は、再放送の視聴率もよく、その後『NIGHT HEAD 劇場版』(1994年)として映画化もされ、さらには小説、コミック、写真集、ゲーム、アニメなど、メディアミックス展開されるという社会現象を巻き起こした。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9101 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/endothcentury2.png" alt="世紀末の風景(電磁波)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/endothcentury2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/endothcentury2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　これを機に<strong>飯田譲治</strong>の名前は一躍世に知れ渡ったのだが、近年あまりその名前を聞かないなと思っていたら、<strong>和田雅成</strong>主演のサヴァイヴァル・マーダー・ミステリー『神様のサイコロ』(2024年)というテレビドラマをこっそり制作していた。BS日テレで放送された全８話のテレビドラマは、やはり飯田さんが原作、脚本、演出を手がけている。それはともかくこの作品、相変わらず劇中で超常現象が頻繁に起こる、オカルト的な要素の強いドラマだ。やはり飯田さんはそちらのかたなのかと、ぼくは大いに腑に落ちてしまった。ただ新感覚のマーダー・ミステリーという触れ込みだった『神様のサイコロ』は、大ヒットした『NIGHT HEAD』と比較すると、かなりスケールが小さく、ストーリーラインにしても演出にしてもハッキリ云って精彩を欠いていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　これは個人的な感想だけれど、近年オカルトやホラーといったジャンルにおいて、申し分のない仕上がりの映像作品といえば皆無のように思われる。そもそも、前述のようにオカルトブームを少年時代に体験した世代であるぼくは、現代において超常現象という題材自体が、はなはだアナクロニズム的なものと感じているのだ。それでも時代錯誤やときの逆転を問題視せず(少しは意識しているのかな？)、このジャンルを究めつづける飯田さんのブレないスタンスには敬服させられる。こういうタイプの映像作家は、日本のメディア制作業界にはなかなかいないかもしれない。長野県諏訪市出身の飯田さんは、明治大学在学中に自主制作した８ミリ映画『休憩』(1981年)で、ぴあフィルムフェスティバルに入選して以来、映像の道を邁進してきた。現在67歳である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　飯田さんの監督デビュー作は『キクロプス』(1987年)というSFホラー映画だが、ぼくが最初に触れた飯田作品といえば、フジテレビ系列で1990年から現在まで断続的に放送されているオムニバス・テレビドラマ『世にも奇妙な物語』のなかの何本か。特に脚本と演出を手がけた「常識酒場」(1992年) と「トラブルカフェ」(1992年)は有名なタイトルだが、実際ぼくにとっても強く印象に残った２本である。このふたつの作品が『NIGHT HEAD』の原点であることは、広く知られている。なおこの２作では、霧原直人を<strong>今井雅之</strong>が、霧原直也を<strong>東根作寿英</strong>がそれぞれ演じている。また『世にも奇妙な物語』の長い歴史のなかでも、続編が制作されるケースはごく稀。むろん評判がよかったからだろうが、確かに当時の映像作品としては、ちょっと先進的に感じられたものである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ついでに云っておくと、この『世にも奇妙な物語』の２本の放送から『NIGHT HEAD』の制作に至るまでのスパンが、きわめて短いことに驚かされる。まず「常識酒場」が1992年４月30日に放送され、好評につきときを移さず続編の「トラブル・カフェ」が制作され、同年９月３日に放送された。さらにそのほぼ１か月あとの10月８日には『NIGHT HEAD』の第１話「REAL PSI -念力-」が放送されているのである。しかもこの短期間のうちに、オトナの複雑な事情もあるのだろうが、配役が一新されている。そして、オリジナルの映像コンテンツがリノヴェーションされるなかで、このキャスティングの変更こそがもっとも作品に新しい風を吹き込んでいるし、のちの爆発的ヒットに直結したと云っても過言ではないだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ことに主人公の霧原兄弟に関しては、まことに失礼ながら率直に云わせてもらうと、<strong>今井雅之</strong>と<strong>東根作寿英</strong>よりも<strong>豊川悦司</strong>と<strong>武田真治</strong>のほうが、どう見ても容姿端麗である。テレビドラマにしても映画にしても『NIGHT HEAD』が女性層を中心に圧倒的な人気を得るに至った大きな要因は、この新たなキャスティングであることは明らかだ。かつてマガジン・マガジンから発行されていた耽美系の小説、漫画雑誌『JUNE』(1995年に休刊)の1993年５月号において、豊川さんと武田さんのインタビューやグラビアの掲載を含む『NIGHT HEAD』の特集が組まれたことも、そのことを裏づけている。この雑誌はいわゆるBL(ボーイズラブ)文化の萌芽期において独特の存在感を示していたが、霧原兄弟の関係性(美しい男性同士の関係)が当時の読者に激しく響いたのだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">オーケストラルなスコアとポップなトラックとが融合した上質の観賞用音楽</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　むろん飯田さんにとって、豊川さんと武田さんがそういうスポットライトの浴びかたをしたのは、想定外のことだったのだろう。特に豊川さんがのちにTBS系「金曜ドラマ」枠で放送されたテレビドラマ『愛していると言ってくれ』(1995年)において耳の不自由な青年画家を演じ、そのミステリアスでトランスペアレントな存在感から人気を不動のものにし、いわゆるトヨエツ・ブームを巻き起こすほど爆発的ブレイクを果たすとは、氏も想像だにしなかっただろう。なにせ『NIGHT HEAD』の直前に制作された、<strong>実相寺昭雄</strong>監督によるオリジナル・ビデオ作品『堕落 ディアローグ「對話」より ある人妻の追跡調査』(1992年)のなかの豊川さんといえば、コトバを選ばずに云うと、女性が生理的に受けつけないような印象を湛えていたのだから。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　豊川さんが女性層から注目を浴びるようになったのは、やはり『NIGHT HEAD』から。とはいってもドラマがスタートしたころの豊川さんは、いささか野暮ったく映る。おそらく飯田さんも、霧原直人を精神的な弱さや孤独を抱えた、どちらかというとダークなキャラクターとして設定するばかりで、端から特別にスタイリッシュな風貌の人物として描くつもりはなかったのだろう。実際全話をとおして観ると、回を重ねるごとに霧原直人が徐々に垢抜けていくのがわかる。不思議なことに豊川さん自身も、どんどん男まえになっていくように見えるのだ。はじめて登場したときの直人は髪にパーマをかけていて、あの時代にしても野暮ったく見えた。ぼくなどは、おいおい結界のなかにもヘアサロンがあるのかと、思わず突っ込みを入れたくなったほどだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　長々と語ってしまったが、そういう懸念材料も多々ある『NIGHT HEAD』は、同時に多彩な要素が詰まった作品でもある。つまり、多種多様な魅力が混在しているからこそ、最初から最後まで視聴者を惹きつけつづけるのだろう。単刀直入に云うと『NIGHT HEAD』は目下のところ、映像作家、<strong>飯田譲治</strong>の最高傑作となっている。その後、飯田さんが脚本と演出を手がけた作品というと、オリジナル・ビデオ『東京BABYLON 1999』(1993年)、テレビドラマ・シリーズ『飯田譲治Presents 幻想ミッドナイト』のなかの１本「夢の島クルーズ」(1997年)、映画『らせん』(1998年)などがあるが、どれもブレない軸をもってはいるものの、上質のコンテンツとは云い難い。そういうわけで、飯田さんが中心となってメディアミックスの手法で展開された『アナザヘヴン』に当初期待したのは、ぼくだけではあるまい。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9102 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/endothcentury3.png" alt="世紀末の風景(少女)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/endothcentury3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/endothcentury3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　映像作品としては、まず<strong>大沢たかお</strong>主演のテレビドラマ『アナザヘヴン〜eclipse〜』が2000年４月20日に、テレビ朝日系列の「木曜ドラマ」枠で放送が開始された(同年６月29日まで全11回が放送された)。その後、<strong>江口洋介</strong>と<strong>原田芳雄</strong>とがバディを組んだ映画『アナザヘヴン』が2000年４月29日に公開された。テレビドラマと映画とは連動する形で展開されているのだが、各々では前後する形で起こる別の事件が扱われている。原作小説に沿って脳味噌料理にはじまる猟奇殺人が主題とされた映画版に対し、テレビ版のほうはオリジナルのストーリーラインとなっており、女性の連続失踪事件がテーマとなっている。ただ映画版のキャラクター、江口さん演じる早瀬マナブ、原田さん演じる飛鷹健一郎といったふたりの刑事、<strong>岡元夕紀子</strong>演じる事件のカギを握る女子大生、柏木千鶴などは、テレビ版にも登場する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この小説、テレビドラマ、映画、そのサウンドトラック・アルバム、さらにゲームソフトも含めた作品群は、“アナザヘヴン・コンプレックス”と称され、複数のメディアを複合的に楽しむという仕掛けが施された意欲的な試みとして注目されたが、そのコンテンツはハッキリ云って斬新さに欠けるものだった。テレビドラマと劇場映画が同時に相互連動するという企画は画期的だったが、ホラー、サイコ・スリラー、そしてSF要素が混ざったその作品世界からは、たとえば『羊たちの沈黙』(1991年)『ボディ・スナッチャーズ』(1993年)『セブン』(1995年)『スピーシーズ 種の起源』(1995年)といった、1990年代の既存の映画作品を連想せざるを得なかった。ひとの意識や身体がなにかに乗っ取られるというテーマには、個人的にもいささか食傷気味だった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ただ、“アナザヘヴン・コンプレックス”のプロジェクトにおいて、唯一サウンドトラック・アルバムはクオリティが高かった。まず、テレビ版と映画版共通の主題歌として、人気ロック・バンド、<strong>LUNA SEA</strong>の12枚目のシングル「gravity」が採用されたことが、大きな話題となった。いっぽうサウンドトラック・アルバムは『<em>アナザヘヴン・コンプレックス &#8211; VARIOUS</em>』(2000年)と『<em>アナザヘヴン・コンプレックス &#8211; SCORE</em>』(2000年) との２枚が同時発売された。前者は<strong>BUGY CRAXONE</strong>、<strong>LUNA SEA</strong>、<strong>MIO</strong>、<strong>SAKURA</strong>、<strong>UNITED JAZZY</strong>、<strong>wyolica</strong>、<strong>吉田美奈子</strong>といった７人のアーティストによる劇中曲に、<strong>岩代太郎</strong>による５曲のアンダースコアが加えられた、オシャレなコンピレーション・アルバム。むろん主題歌の「gravity」も、収録されている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　後者は<strong>岩代太郎</strong>によるスコアがまとめられた、正真正銘のオリジナル・サウンドトラック・アルバム。このCDでは映画版とテレビ版両方のトラックがミックスされ、19曲が途切れることなくプレイされる。なおアルバムのラストには「gravity」のオーケストレイテッド・ヴァージョンが収録されており、<strong>LUNA SEA</strong>の<strong>RYUICHI</strong>こと<strong>河村隆一</strong>(vo)と<strong>SUGIZO</strong>(g)が参加している。劇伴を担当した岩代さんは、もともと東京藝術大学音楽学部作曲科を首席で卒業したクラシック畑の作曲家だが、それに留まらない幅広い音楽性を身につけた音楽家で、純音楽をはじめとするオリジナル作品以外にも、多くの映像作品の音楽を手掛けている。このサウンドトラックでは岩代さんの壮大なオーケストレーションに加え、やはり作編曲家の<strong>深澤秀行</strong>によるシンセサイザーが駆使されたポップでリズミカルなアレンジが、スコアに彩りを添えている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　レコーディング・メンバーはすこぶる豪華で、<strong>岩代太郎</strong>(key, vib)、<strong>千代正行</strong>(acg)、<strong>松下誠</strong>(elg)、<strong>高水健司</strong>(b)、<strong>ペッカー</strong>(perc)、<strong>小池修</strong>(as)、<strong>中西俊博</strong>(vln)、<strong>河井英里</strong>(vo)、<strong>深澤秀行</strong>(synth prog)といったリズム・セクションに、<strong>相馬充</strong>(fl)、<strong>西沢幸彦</strong>(fl)、<strong>山根公男</strong>(cl)、<strong>石橋雅一</strong>(ob)、<strong>藤田乙比古</strong>(hr)、<strong>小林祐治</strong>(hr)、<strong>大石真理恵</strong>(perc)、<strong>山城純子</strong>(tb)、<strong>中川英二郎</strong>(tb)、<strong>清岡太郎</strong>(tb)、<strong>杉山康人</strong>(tub)、<strong>朝川朋之</strong>(hp)、<strong>加藤高志</strong>(vln)率いる<strong>JOEストリングス</strong>、<strong>篠崎正嗣ストリングス</strong>といったオーケストラが加わる。前述のヴォーカルもののコンピレーションもスタイリッシュだけれど、個人的にはこのスコア盤のほうが好きだ。映画版のオーケストラルなスコアと、テレビ版のポップなトラックとが見事に融合。アルバムは、上質の観賞用音楽作品に仕上がっている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　重厚なオーケストラによるミステリオーソなサウンド、ダーク・アンビエントな世界も然ることながら、リズム・セクションを主体としたキャッチーな楽曲が耳につく。時代の趨勢ということもあるのだろうが、ヒップホップやスムース・ジャズのエッセンスが散見される。岩代さんのピアノ、高水さんのフレットレス・ベース、中西さんのヴァイオリン、小池さんのアルトなどのソロ演奏も際立っている。ドラマーは不在でビートを刻んでいるのはコンピュータだが、却ってブレイクビーツをベースにしたグルーヴがカジュアルな空気を生み出している。なかでも中西さんのソロがフィーチュアされた「#7 Welcome To Another Heaven (For TV)」での、クラブ・ミュージックとニューエイジ・ミュージックとの出会いが爽やか。ほかにも軽やかでリラックスしたトラックが満載の本作を、不満が残る映像作品のサントラ盤として封印するのは、あまりにももったいない。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>Henry Mancini / Mancini Plays The Theme From Love Story (1970年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 12 Apr 2026 07:49:52 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Soundtrack]]></category>
		<category><![CDATA[Henry Mancini]]></category>
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					<description><![CDATA[ヘンリー・マンシーニのもっともマンシーニらしくもっともイージー・リスニングなリーダー・アルバム『ある愛の詩/マンシー二 最新スクリーン・ヒット曲集』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">ヘンリー・マンシーニのもっともマンシーニらしくもっともイージー・リスニングなリーダー・アルバム『ある愛の詩/マンシー二 最新スクリーン・ヒット曲集』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Henry Mancini / Mancini Plays The Theme From Love Story (1970)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Whistling Away The Dark</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-12" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-12">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">ヘンリー・マンシーニのもっともマンシーニらしくもっともイージー・リスニングなリーダー・アルバム『ある愛の詩/マンシー二 最新スクリーン・ヒット曲集』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">マンシーニの音楽を端的に云い表すとオシャレのひとことに尽きる</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">即興演奏よりもアンサンブルが主軸に据えられたスウィンギーなサウンド</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">映像作品のスコア盤、サントラ盤以外のリーダー・アルバム</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">マンシーニの音楽を端的に云い表すとオシャレのひとことに尽きる</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　何度となく云ってきたけれど、<strong>ヘンリー・マンシーニ</strong>はある意味で映画少年だったころのぼくにとって、もっとも影響力のあったアメリカの作曲家と云える。というのも、彼が1960年代に<strong>オードリー・ヘプバーン</strong>主演の映画作品をいくつか手がけたからだ。ぼくは小学校高学年のころから池袋の有名な名画座、文芸坐(現在の<a rel="noopener" target="_blank" href="https://www.shin-bungeiza.com">新文芸坐</a>)に頻繁に足を運んでいたが、すぐに映画館のスクリーンに映るヘプバーンのチャーミングな魅力にこころを奪われた。この文芸坐ではヘプバーンの特集が組まれたこともあり、そのとき劇場ではオリジナルのパンフレットまで販売されていて、ぼくも映画を鑑賞したあとに購入したもの。たぶん、ぼくはヘプバーンの出演作品をほとんど観ていると思うけれど、アカデミー主演女優賞を獲得した名作『ローマの休日』(1953年)のときよりも、どちらかというと30代のころの彼女が好きだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　云うまでもないが、マンシーニは1960年代に『ティファニーで朝食を』(1961年)『シャレード』(1963年)などをはじめとする、ヘプバーン主演作品で注目を浴びた。特に『ティファニーで朝食を』ではヘプバーンが劇中で歌った「ムーン・リヴァー」が、スタンダードとなった。また同作の監督である<strong>ブレイク・エドワーズ</strong>のほとんどの作品の音楽を、マンシーニが手がけている。そして上記の２作品に加え、マンシーニが多忙を極めていたため弟子にあたる<strong>ジョン・ウィリアムズ</strong>が代わりにアンダースコアを手がけた『おしゃれ泥棒』(1966年)、そしてマンシーニ自身が音楽を担当した『いつも2人で』(1967年)と『暗くなるまで待って』(1967年)は、ぼくの好きなヘプバーン主演作品。まさにヘプバーン、32歳から38歳までの作品である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　当時すでにクラシック・ピアノのレッスンを受けていたぼくは、それと並行してポピュラー・ピアノも弾くようになっていた。最初に弾いたポピュラー・ソングは、忘れもしない「サウンド・オブ・ミュージック」──1965年の映画音楽だ。いま思い返すと、<strong>リチャード・ロジャース</strong>という作曲家の名前を知ったのはこのときのことで、ジャズを聴いたり演ったりするまえの出来事だったわけだ。まあそれはともかく、この曲を弾いたことからぼくは、映画作品のほうにも興味をそそられたのだった。とすると、ぼくが映画少年になったキッカケはこの曲ということになる。いずれにしても、そのころからぼくは隔週土曜日、４時限授業を終えて下校すると必ずと云っていいほど文芸坐に赴き、なにがしかの映画を鑑賞するようになったのである。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9009 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/cinemarecords1.png" alt="映画撮影のカチンコ(緑色)と映画館の座席で泣いているウサギ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/cinemarecords1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/cinemarecords1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　のべつ幕なしに、しかも手当たり次第に映画を観ているうちに今度は逆に、ぼくは映画音楽の虜になる。あげくの果てには分をわきまえず、将来は映画音楽の作曲家になると決心したほど(ならなかったけれど)。当初よく聴いていた映画音楽の作曲家といえば、<strong>ジョルジュ・ドルリュー</strong>、<strong>フランシス・レイ</strong>、<strong>ミシェル・ルグラン</strong>、<strong>エンニオ・モリコーネ</strong>、<strong>アルマンド・トロヴァヨーリ</strong>など。ヨーロッパの作曲家ばかりだが、たまたま観ていた作品が欧州映画に集中していたからだろう。しかもレイとルグランは1960年代から1970年代にかけて、日本でも高い人気を誇っていた。たとえば、このころポピュラー音楽のジャンルとして耳目を集めていたイージー・リスニング(当時は一般的にムード音楽と呼ばれていた)において、彼らの楽曲は積極的に採り上げられていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　あのころを振り返ると、<strong>ポール・モーリア・グランド・オーケストラ</strong>や<strong>レイモン・ルフェーヴル・グランド・オーケストラ</strong>のレコードが、どこの家庭でも必ずといっていいほど所持されているような時代だった。モーリアなどは、日本産高級ワイン、シャトー・メルシャンのテレビCMのために「そよ風のメヌエット」(1977年)という曲を作曲し、自らCMに出演しチェンバロを弾いていた。ジャズを愛好するものがこんなことを云うと失笑を買うかもしれないが、だれがなんと云おうと、ぼくは可憐で軽快なあの曲が好きだ。いかにもフランス人らしいエスプリの効いたエレガントかつリズミカルなアレンジは、とにかくモダンでスタイリッシュに感じられた。むろんレイやルグランの楽曲も原曲のメロディが活かされつつ、華麗な味つけがなされていたもの。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そういうことも影響して、レイとルグランの楽曲は映画音楽としては、当時の日本においてもっとも親しまれている部類だったのである。楽譜においてもポピュラー・ピアノの曲集には、必ずと云っていいほどふたりの曲が収録されていた。そういう時代の趨勢のなかで、ぼくが聴くにしても演るにしても、いち早く親しんだのはやはりヨーロッパの映画音楽だった。ところが前述のように、ヘプバーンの出演作品を観るうちに、自然とマンシーニの音楽に導かれていった。むろん彼の曲も、ポピュラー・ピアノの曲集では頻繁に採り上げられていた。マンシーニの音楽を端的に云い表すと、それこそ『おしゃれ泥棒』ではないけれど、オシャレのひとことに尽きる。しかもどちらかというとサッパリとした、あるいは音の芯がハッキリした音楽と受けとられる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　レイやルグランの音楽は大好きなのだけれど、いささか湿っぽいというか、メランコリックというか、概ねどこか空間的な余韻のようなものを感じさせる。云うまでもなくその点が魅力となっているのだが、マンシーニ・サウンドが与えるようなストレートでポジティヴな印象は希薄で、敢えて云うならいささかウエットである。それがわるいわけではないし、感傷的な気分に浸るには極上の音楽と云える。マンシーニの曲にも悲愴感が横溢するクラシカルで重厚なイメージをもった作品があるにはあるが、総じて彼の音楽は優美でさわやかな雰囲気を醸成する。ときにそれは、思い切りリズミカルでポップ、あるいはキャッチーでアクセシブルだったりする。その得も云われぬ軽やかさが、そのおオシャレな印象につながっていると、ぼくは思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなスタイリストのマンシーニのオリジナルにも、珍しく哀切きわまりない曲がある。<strong>ヴィットリオ・デ・シーカ</strong>監督による映画『ひまわり』(1970年)のテーマ曲である。不適切な云いかたになるかもしれないけれど、その旋律はストレートにお涙ちょうだいの音楽に類するものだ。たとえばレイの『ある愛の詩』(1970年)や、ルグランの『シェルブールの雨傘』(1964年)などのテーマ曲も、同じ類いの音楽と云える。まあ映画自体が悲恋の物語を扱った作品だから、作曲家が観客を泣かせにかかるのは当然のこと。実際どちらの曲も、涙を誘うどころか胸が締めつけられるような悲哀感さえ横溢する。そして「ひまわり 愛のテーマ」もまた、思い切り泣ける曲だ。とはいっても実のところ、ぼくはそういう直情的な音楽がちょっと苦手だったりする。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">即興演奏よりもアンサンブルが主軸に据えられたスウィンギーなサウンド</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この「ひまわり 愛のテーマ」は、戦争によって引き裂かれた男女の悲哀が直線的に表現されている。ところがどっこい、ぼくはこの曲が狂おしいほど好きなのだ。その理由を敢えて説明すると、一聴、この曲は通俗的かつ情緒的にも響くのだけれど、実はマンシーニらしく現代的で新しい感覚もしっかり鏤められているのだ。実際にピアノで演奏してみるとよくわかるのだけれど、たとえばテーマのトップ・ノート(メロディ)がコードに対して、３小節の３拍目がフラットファイヴ(♭5)に、６小節のアタマがテンション・ノート(♭9)になっていたりする。これらの音が入ることによって、曲がとてもモダンに聴こえるのだ。マンシーニのセンスのよさも然ることながら、大して演奏技術もない小学生のぼくがピアノで弾いても、なんとなく瀟洒に響くという構造がスゴい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　実を云うと、ぼくがもっとも影響を受けたアメリカの映画音楽の作曲家というと、<strong>デイヴ・グルーシン</strong>を真っ先に挙げる。ただ、もともとジャズ・ピアニストだった彼が、映画音楽の作曲家として脚光を浴びるのはマンシーニよりもあとのこと。グルーシンは1960年代の後半からフィルムスコアを手がけていたけれど、ぼくが彼の映画音楽に注目するようになったのも『コンドル』(1975年)からだった。ということで、ぼくがポピュラー・ピアノを弾きはじめたころもっとも多く聴いていたアメリカの映画音楽は、マンシーニの作品ということになる。ちなみにグルーシンは、もともとマンシーニをリスペクトする作曲家であり、名匠<strong>トミー・リピューマ</strong>のプロデュースのもと『<em>酒とバラの日々～ヘンリー・マンシーニに捧ぐ</em>』(1997年)という素晴らしいアルバムを吹き込んだりしている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ただしよりモダンでソフィスティケーテッドなグルーシン・サウンドと比較しても、マンシーニの音楽のほうが格段にオシャレだ。オシャレであるが故に、彼の音楽はエレベーター・ミュージックと呼ばれることもある。欧米ではエレベーターのなかで音楽が流されるのは、一般的なこと。そこでかかるような音楽だから、エレベーター・ミュージック。つまりそれは、ショップ、レストラン、ホテル、あるいは病院などで流されるBGMの呼称である、ミューザックとおなじようなニュアンスで使われるコトバである。そしてその云いかたは、BGMにしかなり得ない平凡で無個性な音楽というスラングでもあるのだが、ぼくはその観かたには、まったく賛同しかねる。むしろ一聴でそれとわかるようなマンシーニの音楽を、個性的とさえ云いたいくらいだ。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9010 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/cinemarecords2.png" alt="映画撮影のカチンコ(紫色)と映画館の座席で泣いているウサギ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/cinemarecords2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/cinemarecords2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　そんなマンシーニは1924年４月16日、アメリカ、オハイオ州クリーブランドに生まれ、ペンシルベニア州で育った。フルート奏者だった父親の影響で、８歳のときからフルートとピッコロを吹いていた。12歳になるとピアノとオーケストレーションを学びはじめる。ハイスクールを卒業したあとには、一度はピッツバーグのカーネギー工科大学(現在のカーネギー・メロン大学)に入学したが、間もなく名門ジュリアード音楽院のオーディションに合格し転校。その際、尊敬する<strong>ベニー・グッドマン</strong>の勧めでニューヨークへ移住、同音楽院で本格的に音楽理論を究めた。彼は第二次世界大戦中、アメリカ陸軍航空隊に入隊し空軍音楽隊での演奏経験をもつ。それが縁で<strong>グレン・ミラー楽団</strong>にピアニスト兼アレンジャーとして採用された。ミラーもまた、陸軍航空隊のひとだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　マンシーニがミラーの楽団に在籍したことは、のちの彼のサウンドに大きな影響を与えたと思われる。親しみやすいエレガントでロマンティックなメロディック・ラインと、ダンス・ミュージックとしても重宝されるような、即興演奏よりもアンサンブルが主軸に据えられたスウィンギーなサウンドは、ミラーの楽曲と共通する。ただこれはぼくの個人的な感想だけれど、マンシーニの音楽にはジャズのエッセンスが溢れているものの、情熱的なジャズ・スピリッツのようなものは感じられない。アクの強さなど毛ほどもないのだ。それは彼がイタリア系アメリカ人であることが関係しているのかもしれない。つまりそのサウンドは、あたかもジャズを異国の音楽として俯瞰しているかのように聴こえる。そのちょうどいい塩梅にジャジーなところが、オシャレに響くのではなかろうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　その後マンシーニは1952年、ユニバーサル・ピクチャーズに入社する。当時同社の音楽部門の責任者を務めていた、指揮者で音楽監督の<strong>ジョセフ・ガーシェンソン</strong>のアシスタントとして働くようになる。初期のキャリアを観ると、マンシーニはカルト的人気を誇るSFホラー映画『大アマゾンの半魚人』(1954年)や、お笑いコンビの<strong>アボットとコステロ</strong>の本邦未公開コメディ映画『凸凹キーストン・コップスに会う』(1955年)などのアンダースコアを手がけていたりする。彼が頭角を現したのは、アレンジャーを担当した<strong>ジェームズ・ステュアート</strong>主演の『グレン・ミラー物語』(1954年)や、全面的に音楽を手がけた<strong>オーソン・ウェルズ</strong>監督によるフィルム・ノワール『黒い罠』(1958年)あたり。忘れることができないのは、1958年から1961年までNBCとABCで放映されたテレビシリーズ『ピーター・ガン』のテーマ曲だろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このシリーズ、僚友である<strong>ブレイク・エドワーズ</strong>が原案と脚本を手がけたアクション・ミステリー。当時のテレビドラマの劇伴といえばクラシカルなサウンドが定番だったが、マンシーニのスコアはモダン・ジャズのエッセンスがふんだんに採り入れられたものだった。特にロッキッシュなリズムとビッグ・バンド・スタイルのブラス・サウンドが際立ったあのテーマ曲は、ひとたび聴いたら忘れられない名曲だ。グルーシンも前述の『<em>酒とバラの日々～ヘンリー・マンシーニに捧ぐ</em>』において、アルバム・オープナーとしている。マンシーニは1958年の８月から９月にかけて、ハリウッドにおいて音盤用のレコーディングを行ったが、ロサンゼルスを拠点に活躍するジャズ・プレイヤーを採用。門弟の<strong>ジョン・ウィリアムズ</strong>も、ピアニストとして参加している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ウィリアムズはレコーディングにおけるピアノのアドリブ・パートを担当しているのだが、テーマ曲のあの特徴的なバッソ・オスティナートでギターとユニゾンしているのもまた彼である。音源はアルバム『<em>ミュージック・フロム・ピーター・ガン</em>』(1959年)として、RCAビクターからリリースされた。このレコードはぼくも大好きな１枚で、特にモダンなウォーキング・ナンバー「ナイト・クラブの事件」ハートウォーミングなバラード「ドリームスヴィル」といった曲からは、大きな影響を受けた。この２曲を聴くだけでも、マンシーニ・サウンドがいかにオシャレかが、おわかりいただけると思う。なおこのアルバムは、第１回グラミー賞において年間最優秀アルバム賞を獲得。間もなく『<em>モア・ミュージック・フロム・ピーター・ガン</em>』(1959年)も発売された。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">映像作品のスコア盤、サントラ盤以外のリーダー・アルバム</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　以降マンシーニは1994年6月14日、膵臓および肝臓癌のためビバリーヒルズの自宅にて、70歳でこの世を去る寸前まで、映像作品にスコアを提供しつづけた。ぼくも実際に数えたことはないが、生涯で彼が手がけた作品は100本以上に上ると云われている。映画の音盤もたくさん存在するが、アルバムには“MUSIC FROM……”と表記されていることが多い。つまり、それらは厳密にはサントラ盤ではないのである。これはマンシーニ・マナーとして広く知られていることだが、マンシーニは音盤にフィルム用に録音された音源をそのまま使わずに、わざわざ新たにスタジオ・レコーディングを行い、鑑賞用音楽と同等のレベルのトラックを仕込むことが多かった。そういう仕様だから、彼の映画音楽のレコードは、映画から離れても良質のイージー・リスニング作品として楽しむことができるものばかりだったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　またマンシーニは、映像作品のオリジナル・スコア盤ないし純然たるサントラ盤以外にも、自己のリーダー作を数多く吹き込んでいる。今回はそちらのほうにスポットを当てるつもりなのだが、まずはぼくの自室のレコード棚にあるアルバムのなかから目を引くコンテンツを抱えた作品を何枚かご紹介しておく。手はじめに1960年６月、ハリウッドにおいて録音された、ジャズ・アルバム『<em>コンボ！</em>』(1961年)をお薦めしたい。ウェストコースト・ジャズの名うてプレイヤーが顔を揃えたビッグ・コンボによるジャズ・スタンダーズ集だが、マンシーニらしいスマートなアレンジは相変わらず。アルト奏者の<strong>アート・ペッパー</strong>がクラリネットを吹いていたり、<strong>ジョン・ウィリアムズ</strong>がピアノのほかにチェンバロを弾いていたりする。世にも稀なる、オシャレさが際立ったジャズ・アルバムだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちなみに、ビッグ・バンド・スタイルのアルバムならば『<em>マンシーニ &#8217;67!</em>』(1967年)がお薦め。このレコード、日本で最初に発売されたときは『<em>ニュー・サウンド・オブ・ヘンリー・マンシーニ</em>』というタイトルだった。曲順も変更されているのだが、彼のリーダー作の国内盤では当初、ジャケットも含めてこういうオリジナル仕様のものが散見された。さらに本作はCD化の際、曲順とジャケットは米国のオリジナル盤の仕様に戻されたものの、邦題は『<em>ビッグ・バンド・サウンド</em>』と改められた。まあそれはともかく、形はどうあれしっかり国内盤が発売されるのだから、本作はなかなかの人気盤なのかもしれない。レコーディングは1966年の２月、やはりハリウッドにおいて行われた。マンシーニの自作は１曲のみで、残りのセレクションは11曲、すべてカヴァーである。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9011 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/cinemarecords3.png" alt="映画撮影のカチンコ(桜色)と映画館の座席で泣いているウサギ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/cinemarecords3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/cinemarecords3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　それでもこのアルバム、一聴でマンシーニのリーダー作とすぐにわかる。<strong>クインシー・ジョーンズ</strong>、<strong>ラロ・シフリン</strong>、<strong>デューク・エリントン</strong>、<strong>レイ・ノーブル</strong>といったビッグ・バンド・ミュージシャンのレパートリーが採り上げられているが、どの曲も劇的にマンシーニ・サウンドに変わっている。ジャズ色は薄いけれど、ライト・アンド・エアリーなリズムとハーモニーとの調和が、なんともオシャレだ。ジャズのコアなファンのなかには、所詮イージー・リスニングと冷笑する向きもあるかもしれないが、個人的にはマンシーニならではの粋で瀟洒なジャズ・サウンドを大いに歓迎する。アルト・フルート、バス・フルート、はたまたフレンチ・ホルンといった、既存のスタイルにとらわれない独創的な楽器使用にも注目したい。なおこのバンドでピアノを弾いているのは、あの<strong>ジミー・ロウルズ</strong>である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　マンシーニのリーダー作には上記の２枚とは趣きを異にする、シンフォニックな作品もある。なかでも自信をもってご紹介したいのは『<em>スクリーン・コンサート・オブ・ヘンリー・マンシーニ</em>』(1976年)で、原題は『<em>In A Concert Of Film Music</em>』というが、海外では単体および2in1仕様でCD化されている。マンシーニ自身の指揮による<strong>ロンドン交響楽団</strong>が、メドレーないしスイート風にアレンジされた映画音楽を豪華で厚みのあるサウンドで表現。マンシーニの自作曲をはじめ、レイとルグラン、弟子のウィリアムズ、そしてイタリア出身の<strong>ニーノ・ロータ</strong>らの名曲が採り上げられている。壮大なオーケストラ・サウンドは、見事と云うしかない。リリースは1976年の４月だが、レコーディングはそれより少しまえにロンドンのアビー・ロード・スタジオで行われた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらに、マンシーニの作品群でもとりわけ異彩を放つ作品として『<em>シンフォニック・ソウル</em>』(1975年)を、お薦めしておく。録音は1975年に従来どおりハリウッドで行われたのだが、セレクトされた楽曲がユニーク。本作でのマンシーニは、ディスコ、R&amp;B、クロスオーヴァーといったジャンルの当時のヒット・ナンバーを、ソウルフルなリズムと、華やかで清涼感溢れるオーケストラ・サウンドで聴かせる。自作の「ピーター・ガン」や「スロー・ホット・ウィンド(ルージョン)」も、グルーヴィーな味つけがなされている。リズム・セクションに、<strong>ジョー・サンプル</strong>(key)、<strong>リー・リトナー</strong>(g)、<strong>デヴィッド T. ウォーカー</strong>(g)、<strong>エイブラハム・ラボリエル</strong>(b)、<strong>ハーヴィー・メイソン</strong>(ds)らが参加していることから、フュージョンの隠れ名盤と云えるかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そして最後に、個人的には小学生のころからずっと親しんできた『<em>ある愛の詩/マンシー二 最新スクリーン・ヒット曲集</em>』(1970年)についてお伝えする。原題は『<em>Mancini Plays The Theme From Love Story</em>』で、1970年にハリウッドで吹き込まれたアルバム。もっともマンシーニらしくもっともイージー・リスニングなアルバムだ。しかしながら本作におけるマンシーニのアレンジには、押し並べてユニークなアイディアとスタイリッシュなセンスが窺える。ぼくはいまもこのレコードをごろ寝しながら聴くのが好きなのだけれど、ときおり予期せぬ発見に気づく瞬間があったりする。なお国内盤は、ぼくが所有する海外盤とはジャケットと曲順が異なるのだが、各曲については原盤の順番に従わせていただく。また、説明のないものは同名映画のテーマ曲である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　オープニングを飾るのは<strong>フランシス・レイ</strong>の「ある愛の詩のテーマ」だが、テーマをピアノとストリングスが切なく歌い上げるところは原曲どおり。しかし女性コーラスとグルーヴィーなベース・ラインはマンシーニ調。<strong>ジョニー・マンデル</strong>の「マッシュのテーマ」は、軽快なジャズ・ロックにアレンジされている。主旋律にオカリナを採用しているのが独特。マンシーニの「ナイト・ヴィジターのテーマ」では、シンセサイザーによるメロディと、チェンバロのアルペジオとが不穏な空気を作り出す。おなじくマンシーニの「大洋のかなたにのテーマ」は、そのまま明るいフラ・タッチの曲だが、どこか垢抜けて聴こえるのはマンシーニ・サウンドならでは。やはりマンシーニの「トゥモロウ・イズ・マイ・フレンド」は、映画『シカゴ・シカゴ/ボスをやっつけろ！』(1969年)のなかの１曲。モダンなアカペラをご堪能あれ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　A面のラスト、<strong>エンニオ・モリコーネ</strong>の「復讐のバラード」は、映画『ウェスタン』(1968年)のテーマ曲。ハーモニカがアンニュイに鳴きまくる。B面のトップ、マンシーニの「暗闇にさようなら」は、映画『暁の出撃』(1970年)の主題歌。口笛と女性コーラス、そして心地いいリズムとノスタルジックなメロディック・ラインと、マンシーニ節が全開。<strong>クロード・ボリング</strong>の「ボルサリーノのテーマ」では、チアフルかつユーモラスなアルト・サックス、ホンキートンク・ピアノ、シロフォンなどが楽しい。マンシーニの「三人のテーマ」は映画『暗くなるまで待って』(1967年)からの１曲。ピアノの調律を敢えてずらす手法は有名だ。「ロス・オブ・ラヴ(ひまわり 愛のテーマ)」は、前述のとおり、永遠の名曲。<strong>レスリー・ブリカッス</strong>の「どうもありがとう」は、映画『クリスマス・キャロル』(1970年)からの１曲。陽気なマーチングでアルバムを締めくくるところにも、不世出のスタイリストであるマンシーニの機知が感じられる。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>芥川也寸志 / 八つ墓村 オリジナル・サウンドトラック (1977年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 22 Mar 2026 06:48:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Soundtrack]]></category>
		<category><![CDATA[Yasushi Akutagawa (芥川也寸志)]]></category>
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					<description><![CDATA[横溝正史のミステリー小説『八つ墓村』完全新作映画化決定──その原点ともいうべき1977年版のサントラ盤、芥川也寸志による『八つ墓村 オリジナル・サウンドトラック』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">横溝正史のミステリー小説『八つ墓村』完全新作映画化決定──その原点ともいうべき1977年版のサントラ盤、芥川也寸志による『八つ墓村 オリジナル・サウンドトラック』</span></h2>

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<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : 芥川也寸志 / 八つ墓村 (1977)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : 青い鬼火の淵(道行のテーマ)</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-14" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-14">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">横溝正史のミステリー小説『八つ墓村』完全新作映画化決定──その原点ともいうべき1977年版のサントラ盤、芥川也寸志による『八つ墓村 オリジナル・サウンドトラック』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">2026年の秋に公開が決定した新作映画『八つ墓村』について</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">これまでに映像化された『八つ墓村』を振り返る</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">純然たる鑑賞用音楽として芥川サウンドをじっくり味わう</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">2026年の秋に公開が決定した新作映画『八つ墓村』について</span></h3>
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<p>　ミステリーの金字塔とも称される<strong>横溝正史</strong>の小説『八つ墓村』(角川文庫版)が、完全新作として映画化されることが報じられたのは、今年(2026年)の１月末のこと。ぼくは『八つ墓村』をミステリーの金字塔とは思わないけれど、名探偵、金田一耕助が活躍するシリーズが累計発行部数5500万部を突破しているということもあり、横溝さんは間違いなく日本を代表する推理作家であり、日本の本格ミステリーの礎を築いたひとと云える。おそらく多くのひとがすでにストーリーも犯人も知っていると思われるのだけれど、それでも何度となく映像化されるのだから、やはり『八つ墓村』はミステリー文学の名作と云って然るべきだろう。正直なところかくいうぼくも、映像化される度についつい胸をときめかせてしまうのである。</p>
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<p>　ところで2026年１月27日に映画化が発表された、松竹/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントが配給する新作映画『八つ墓村』は、2026年の秋に公開される予定とのことだが、現在はスーパーティザービジュアルの公開のみに留まっている。このスーパーティザービジュアルというコトバ、近年よく耳にするのだけれど、映画だけでなく、主にアニメやゲームなどの新商品のプロモーションにおいて、敢えて具体的な詳細は明かさないままにして、一部のイメージやロゴだけでオーディエンスやユーザーの好奇心を煽り期待感を醸成するという、なんともイヤらしい予告ビジュアルのことである。結果、映画『八つ墓村』についても、SNSや映画情報サイトにおいて、探偵の金田一耕助、主人公の寺田辰弥を誰が演じるのかという、キャスト予想で大いに盛り上がっているようだ。</p>
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<p>　ちょっと余談になるけれど、先日、2026年３月13日に東京のグランドプリンスホテル新高輪、国際館パミールにて開催された第49回日本アカデミー賞授賞式をテレビで観ていて、思ったことがある。ニッポン放送の深夜ラジオ番組『オールナイトニッポン』の一般リスナーによる投票によって選ばれる話題賞を、俳優部門において映画『ファーストキス 1ST KISS』(2025年)、実写映画『秒速5センチメートル』(2025年)に主演した<strong>松村北斗</strong>が受賞した。問題は登壇した松村さんのヘアスタイルなのだが、オシャレにしてはちょっと不自然なくらいに髪が伸びているように感じられた。そこでぼくが勝手にイメージしたのが、金田一耕助である。金田一の髪型といえば、雀の巣のような蓬髪。原作に長髪とは書かれていなかったと思うが、視覚的には長いほうが映えるだろう。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8913 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones1.png" alt="八つ墓村の明神様のある道" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　松村さんは、云うまでもなく男性アイドル・グループ<strong>SixTONES</strong>のメンバーだけれど、アイドル枠を超えた実力派俳優としても認知されている。個人的には、近年だと上記の２作のほか『キリエのうた』(2023年)『夜明けのすべて』(2024年)などでの繊細な心情表現と独自の陰影を湛えた演技に、あらためて彼の俳優としての魅力を実感させられた。実はぼくは、NHKのプレミアムドラマ『一億円のさようなら』(2020年)を観たとき、松村さんのことはまだなにも知らなかったが、いい俳優だなと思いすっかりファンになってしまった。ついでに云うと、このドラマに出演していた<strong>森田望智</strong>にもおなじような思いを抱いた。森田さんは映画『ナイトフラワー』(2025年)に出演し、今回の日本アカデミー賞で最優秀助演女優賞および新人俳優賞を獲得。目が離せない女優さんだ。</p>
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<p>　まあ早合点は大間違いのもとと云うけれど、勝手にあれこれと想像すると、松村さんの金田一耕助はなかなかいい線を行っているように思われる。外観も然ることながら、間の取りかたや視線の向けかた、平穏な状況ではどちらかというと高めの明るい声色が、いざというときに身体の深いところから出てくるような低音に変わるところなどは、事件の行末を見守る探偵、金田一耕助のキャラクターの感情を、フレッシュかつリッチに伝えそうである。いずれにしても、変幻自在な役作りで定評のある松村さんだから、金田一になり切ってくれることだろう。と、これは飽くまでぼくの妄想。原作の『八つ墓村』では、物語が寺田辰弥の一人称で語られ金田一は完全な脇役だが、ファンとしてはどうしても金田一役がいちばん気になってしまうというもの。</p>
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<p>　妄想ついでに云っておくと、今回の『八つ墓村』の映画化を耳にしたとき、ぼくが金田一役で思い浮かべた俳優といえば、第49回日本アカデミー賞において複数の部門で優秀賞受賞を果たしたサスペンス映画『爆弾』にも出演した<strong>寛一郎</strong>。こういう云いかたをすると失礼にあたるのかもしれないが、父に<strong>佐藤浩市</strong>、祖父に<strong>三國連太郎</strong>をもつという、名優の血を引くサラブレッドだ。重厚な演技から親しみやすい役まで幅広くこなす、実力派の若手俳優と云っていいだろう。<strong>東野圭吾</strong>原作のファンタジー映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(2017年)での演技が高く評価され、第27回日本映画批評家大賞の新人男優賞を受賞。さらにアナーキーな青春群像劇『菊とギロチン』(2018年)でも、第92回キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞ほか各賞を受賞している。</p>
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<p>　親譲りの彫りの深い端正な顔立ちと、身長182cmの骨太でしっかりとした体格のもち主である<strong>寛一郎</strong>さんは、原作の金田一像とはかなりかけ離れているけれど、知的な面と無邪気な面を併せもつところは、個人的には金田一役に向いていると思う。ぼくは過去に銀幕に登場した金田一では、映画『悪霊島』(1981年)で<strong>鹿賀丈史</strong>が演じたキャラクターにもっとも親近感が湧いたのだが、<strong>寛一郎</strong>さんにもそれとおなじようなイメージをもったのである。演技に対して真摯に向き合う姿勢や、舞台挨拶などで見せるちょっとシャイな感じから、現代的かつ繊細な金田一を表現してくれるのではないかと、私情で恐縮だが期待してしまう次第。いずれにしても<strong>寛一郎</strong>さんは、父や祖父の威光を感じさせながらも、独立した俳優として実力のある注目株だ。</p>
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<p>　ということで、客観的な根拠や事実に基づかず自分の一方的な見かたで述べるのはこの程度にとどめておくが、往年の横溝ブームを体験したぼくにとって新作映画『八つ墓村』については、今後の展開に期待したいところである。それにこの『八つ墓村』という作品、個人的には<strong>横溝正史</strong>の長編推理小説のなかでもなかなか読み応えのあるものと思っているのだが、なぜかこれまでの映像化作品においては一度も満足することがなかった。原作の『八つ墓村』は、1949年から1951年にかけて雑誌『新青年』および『宝石』に連載された長編推理小説だが、金田一耕助が登場する作品としては８作目にあたる。なお『新青年』は国内外の探偵小説を数多く紹介したことで知られるが、横溝さんはこの雑誌で作家デビューしたばかりでなく、２代目編集長としても活躍した。</p>
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<h3><span id="toc3">これまでに映像化された『八つ墓村』を振り返る</span></h3>
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<p>　さらに横溝さんは『新青年』において、海外のミステリー作品を自ら翻訳していたりもする。氏が翻訳を手がけた作品に、アメリカのミステリー作家、<strong>ケネス・デュアン ウィップル</strong>によって執筆された『鍾乳洞殺人事件』(1934年)というのがあるのだが、実のところ『八つ墓村』は、この小説から影響を受けている。鍾乳洞という閉鎖空間が舞台とされていることをはじめ、物語の随所に見られる展開に共通点があるのだが、それは横溝さん本人も認めるところである。また同時に『八つ墓村』は、おなじみの名探偵、エルキュール・ポアロが活躍する<strong>アガサ・クリスティ</strong>の長編推理小説『ABC殺人事件』(1936年)に触発されて書かれた作品でもある。その点で『八つ墓村』は、ミッシング・リンクをテーマとした本格ミステリーと捉えることができるのだ。</p>
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<p>　ところが残念なことに、もともと横溝さんの小説といえば登場人物が非常に多く、人物相関も入り組んでいたりするのだが、この『八つ墓村』ではさらにトリックが複雑で巧妙になっているものだから、その映像化作品のいずれにおいても大幅な改編と省略が行われている。ことにトリックのカギとなる殺人計画書のクダリは、ぞんざいに扱われることがほとんどである。一見無差別連続殺人事件のように見えながら、実はそこに一貫した動機があるというところがミソなのだが、それが曖昧になってしまうのだから、自ずと本格ミステリーの醍醐味は半減するというもの。そのことから『八つ墓村』の映像化作品では、たいてい犯人の犯行動機が変更されている。いずれにしても映像化された『八つ墓村』は、原作よりもミステリーとしての味わいがぐっと薄くなっているのだ。</p>
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<p>　ではここでこれまでに映像化された『八つ墓村』を、簡単にではあるが具体的に挙げてみよう。本作を原作とした映画は３本、テレビドラマは７作品となる。まず映画だが、東映製作、<strong>松田定次</strong>監督による『八ツ墓村』(1951年)。ぼくはこの映画を観たことがないのだが、<strong>片岡千恵蔵</strong>演じるスーツ姿の金田一が活躍、原作に登場しない人物が犯人に仕立てられているという。つづいて横溝ブームのまっただなかに松竹によって製作された、<strong>野村芳太郎</strong>監督の『八つ墓村』(1977年)。時代設定が当時の現代に変更されているため、<strong>渥美清</strong>演じる金田一は洋装に麦わら帽子という出で立ちで登場。地味に活躍するが、ぼくにはどうしても生真面目になった車寅次郎にしか見えなかった。とはいえ原作でも金田一は脇役なので、それはそれでいいのかもしれない。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8914 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones2.png" alt="八つ墓村の鍾乳洞" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　さきに触れた<strong>篠田正浩</strong>監督の『悪霊島』以降、金田一耕助は銀幕からしばらく姿を消す。ふたたびその姿を見せるのは、15年後のこと。<strong>市川崑</strong>監督の『八つ墓村』(1996年)で、当時トヨエツ・ブームでノリに乗っていた<strong>豊川悦司</strong>が、調子に乗りすぎて奇妙奇天烈な金田一を演じた。ヴィジュアリストである市川監督も作品に様々な技法を施して、大ヒットした『犬神家の一族』(1976年)にはじまる往年のシリーズを再現しようと努力しているのだが、それが却って過剰になってしまい煩わしいとさえ感じられる。ただ原作に従った犯行動機に回帰していること、映像作品では度々削除されてしまう里村典子が比較的重要な役割を果たしていることは、注目に値する。典子は原作小説では、事実上のヒロインなのだけれど──。</p>
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<p>　いっぽうテレビドラマのほうだが、最初の映像化はNET(現在のテレビ朝日)系のテレビシリーズ『怪奇ロマン劇場』の１本として製作された『八つ墓村』(1969年)である。再放送がなかったことからフィルムが現存しないと長らく認識されていたが、2022年の４月にいきなりCS「東映チャンネル」にて再放送され、多くの横溝ファンを驚かせた。主人公の寺田辰弥を、若き日の<strong>田村正和</strong>が演じているのが目を引く。洋装の金田一は、声優としても知られる<strong>金内吉男</strong>が演じているのだが、職業探偵ではなく城南大学の法医学博士として登場。後輩にあたる辰弥からの手紙を受け取り来村、法医学の知識を駆使して事件の解決にあたる。驚くべきはドラマの全長が、たったの48分であるということ。原作の雰囲気が引き継がれ、コンパクトにまとめられているという点で、一見の価値ありだ。</p>
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<p>　つづいて、NHK総合のドラマシリーズ『銀河ドラマ』の１本『サスペンスシリーズ 八つ墓村』(1971年)。ぼくはこの作品は未見だが、１話30分の全5話という構成で丁寧に描かれたせいか、殺人事件がいくつかはカットされているものの、大筋は後続のドラマ化と比較するとかなり原作に忠実であるとのこと。劇団俳優座の同期であるふたり、<strong>山本耕一</strong>が寺田辰弥を、<strong>水野久美</strong>が森美也子をそれぞれ演じている。なお、金田一は登場しないという。そしてその７年後、横溝ブームの勢いが頂点に達していたころに製作されたのが、TBSテレビ系列において全5回で放送された『横溝正史シリーズII・八つ墓村』(1978年)である。金田一を演じたのは、“ミスター金田一”の異名をとる、おなじみの<strong>古谷一行</strong>である。</p>
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<p>　このドラマはもっとも長尺の映像化ということで、観応えはあるしけっこう面白い。ただ前半の展開が比較的原作に忠実なのに対し、後半のストーリーラインは大きく改変されている。犯人は原作どおりだが、その犯行動機がまったく違う。しかも真犯人が、意外な人物に殺害されてしまう。ヒロインの里村典子は登場せず、その代わりに森美也子が寺田辰弥と恋仲になるという設定は、前年に公開された<strong>野村芳太郎</strong>監督の映画『八つ墓村』の大ヒットが影響したのかもしれない。なによりも驚かされるのは、辰弥の母である井川鶴子の恋人、亀井陽一が意外な人物として登場すること、諏訪弁護士がワルものになっていること、そして事件終結後に辰弥があまりにも皮肉な悲劇的末路をたどることだ。それに対する金田一の、超自然的な“祟り”の存在を肯定、暗示するようなセリフも、いかがなものだろう。</p>
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<p>　古谷さん演じる金田一は、TBSテレビ系列の２時間ドラマ『月曜ドラマスペシャル』の１本『名探偵・金田一耕助シリーズ・八つ墓村』(1991年)で、ふたたび登場。今度はドラマの尺が114分とコンパクトにまとめられたため、物語は比較的原作に近い形で進行するのだが、エピソードの簡素化はかなり激しい。しかも犯人の犯行動機の改変、典子の削除は相変わらず。はっきり云って、きわめて物足りなさを感じさせる作品である。TBSの『名探偵・金田一耕助シリーズ』(1983年 &#8211; 2005年)は、全32作にもおよぶ人気シリーズだったが、率直に云うと第１作に当たる『本陣殺人事件』(1983年)以外は、作品のクオリティが２時間ドラマの域を出ていない。本人にはお気の毒だが、古谷さん演じる金田一がどんどん老け込んでいくのも正視に耐えなかった。</p>
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<p>　そして残りのテレビドラマ３作に関してはたいへん恐縮なのだが、内容のいいわるいよりも自分の嗜好に合わないところが多々あるため、どうしても許容できない。フジテレビ系列の２時間ドラマ『金曜エンタテイメント』の１本である『横溝正史シリーズ６・八つ墓村』(1995年)では、<strong>片岡鶴太郎</strong>演じる金田一をぼくはまったく好きになれない。個人的には歴代の金田一のなかで、ワースト１位だ。べつに片岡さんが嫌いというわけではないのだけれど、氏が演じる理性を失うほど情に脆い金田一が疎ましいのだ。おなじ『金曜エンタテイメント』枠で放送された『金田一耕助シリーズ・八つ墓村』(2004年)では、横溝作品へのリスペクトは感じられるものの、バラエティ番組風の過剰な演出に嫌気が差す。自ずと<strong>稲垣吾郎</strong>演じる金田一も、なんだか遊んでいるように見えてしまう。</p>
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<h3><span id="toc4">純然たる鑑賞用音楽として芥川サウンドをじっくり味わう</span></h3>
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<p>　NHK BSプレミアムの『スーパープレミアム』枠で放送された『八つ墓村』(2019年)では、一貫性に欠ける演出に戸惑いを覚える。シリアスなシーンでも緊張感が削がれるような演出が散見される。このシリーズ、一般的な評価は高いようだが、ぼくには本来劇的に描かれるべき場面が、ずいぶん情緒に欠けているように感じられた。そして<strong>吉岡秀隆</strong>演じる金田一、本人には申し訳ないがまったく金田一に見えない。あまつさえ、ぼくには吉岡さんにしか見えないのである。彼は役者魂に溢れた素晴らしい俳優だが、ハッキリ云って金田一には合わない。白髪、凄みのある瞠目、甲高い声といった個性が押し出され、ひとの道理などを説かれた日には、かなりゲンナリさせられる。ただこの作品、これまで削除されがちだった典子が、ラストで村を去る辰弥に押しかけ女房的についてくるところは好きだ。</p>
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<p>　以上のように、映像化された『八つ墓村』は、過去に10作品も存在する。横溝作品のなかでは、飽くまでアダプテーションという点においてだが、11回映像化された『犬神家の一族』に次ぐ人気を誇る。ぼくは書き出しから、過去に『八つ墓村』の映像化作品を観て満足したことは一度もなかったと述べたが、好き嫌いを別にしてもっとも印象に残った作品といえば、圧倒的に1977年に劇場公開された松竹映画だ。あの有名な「祟りじゃ〜っ」というキャッチコピーが流行したのは、この映画のCMからである。しかもこの映画、実は横溝作品の配給収入において、歴史的大ヒットを記録した1976年公開の角川映画第１弾『犬神家の一族』を抜いてトップに位置する。つまり興行的には、もっとも成功した横溝映画なのである。</p>
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<p>　またこの映画、企画がもち上がったのは『犬神家の一族』よりもまえの1975年のこと。当初は原作小説の文庫版を発行する角川書店の当時の社長、<strong>角川春樹</strong>が本作のプロデュースに名乗りを上げていた。ところが結局、角川書店と松竹との提携は決裂し『八つ墓村』は松竹単独の製作となり、それを機に角川書店は新たに『犬神家の一族』を製作することとなった。念のために云っておくと、金田一がヨレヨレの和服に袴、お釜帽にボサボサ頭という、原作の記述が忠実に再現されたのは角川映画の『犬神家の一族』が最初だった。あとに公開された松竹の『八つ墓村』において、<strong>渥美清</strong>演じる金田一が洋装で登場し、時代設定が戦後間もない昭和20年代から映画製作当時の現代(昭和40年代)へと移されているのは、その企画が『犬神家の一族』以前のものだったことに起因するのではなかろうか。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8915 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones3.png" alt="八つ墓村を丘の上から見た景色" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/eightgravestones3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　いずれにしても、この『八つ墓村』は横溝映画延いては松竹映画の歴代に残る大ヒット作である。原作のイメージとはまったく違う伝奇ロマン風超大作といった風情をもつ作品だが、小説を読んでいないひとにとっては面白い映画なのだろう。つまりこの映画では、謎解きよりも現実ではありえない不思議な怪奇現象、幻想的な物語、伝説や歴史的伝承にスポットが当てられているのだ。よって戦国時代の村人たちによる落ち武者の惨殺、そして28年まえの多治見家当主による村人32人の虐殺が、いやというほど強調されている。この時点で、当時小学生だったぼくはゲンナリしてしまったのだが、日本刀と猟銃をもって走ってくる<strong>山﨑努</strong>演じる多治見要蔵のアンデッドのような表情、そして鍾乳洞を飛びまわる<strong>小川真由美</strong>演じる森美也子の夜叉のような形相には、かなりの精神的衝撃を受けたものである。</p>
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<p>　また、この『八つ墓村』では、監督の<strong>野村芳太郎</strong>をはじめ、脚本の<strong>橋本忍</strong>、撮影の<strong>川又昂</strong>、そして音楽の<strong>芥川也寸志</strong>と、<strong>松本清張</strong>の同名小説が映画化された大ヒット作『砂の器』(1974年)を創り上げた陣営がそのまま起用されている。おそらく松竹は『八つ墓村』を、横溝さんの小説のストーリーを借りて、第２の『砂の器』に仕立てようとしたのだろう。つまり松竹がいちばんやりたかったのは『砂の器』で芥川さんが音楽監督を、<strong>菅野光亮</strong>が作曲とピアノ演奏を、そして<strong>東京交響楽団</strong>が演奏を務めた、ピアノ協奏曲「宿命」が連綿と流れるクライマックスの“父子の旅”を、今度は『八つ墓村』で芥川さんが書き下ろした美しいワルツ「青い鬼火の淵(道行のテーマ)」を背景に、男女の道行をイメージさせる耽美的な鍾乳洞内の逃避行として再現することだったと思われるのだ。</p>
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<p>　確かに辰弥と美也子とが洞窟のなかを「龍の顎(あぎと)」を探し歩く場面では、トラジックかつロマンティックな雰囲気と、重厚なオーケストラによる甘美な旋律とが相まって、作品中もっとも美しいシークエンスが創出されている。そしてぼくにとって、この映画のなかで唯一の救いといえば、まさにこの芥川さんによるスコアなのである。実はぼくは、クラシック音楽の愛好者だった父親の影響で、幼いころから芥川さんの音楽に親しんでいた。特に『交響三章(トリニタ・シンフォニカ)』(1948年)はすごく好きで、1963年に芥川さん自らが指揮した<strong>東京交響楽団</strong>による録音盤は、擦り切れるほど聴いたもの。そんなわけで、映画本編は受け入れ難いのだけれど、サウンドトラック・アルバムは、当時からよく聴いていた。ビクター・レコードから発売された『<a rel="nofollow noopener" target="_blank" href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=3841547&amp;p_id=170&amp;pc_id=185&amp;pl_id=4062&amp;url=https%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2Fdp%2FB00005EKMP">八つ墓村 オリジナル・サウンドトラック</a><img loading="lazy" decoding="async" style="border: medium;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=3841547&amp;p_id=170&amp;pc_id=185&amp;pl_id=4062" alt="" width="1" height="1" />』(1977年)は、CD化もされたが残念ながら現在は入手が困難とのこと。</p>
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<p>　しかしながら2014年、芥川さんによるスコアは、松竹レコードの貴重な音楽マスターテープをCD化する「あの頃映画サントラシリーズ」の１枚として蘇った。もともと当時のサントラ盤に収録されていた楽曲は、フィルムスコアリングとは異なるミックスがなされたもの、あるいはまったく別のヴァージョンばかりだった。たとえばアルバム冒頭の「メインタイトル」などは、ブラスの入りかたがまるで違う。ところがこの「あの頃映画サントラシリーズ」盤では、映画本編で使用されたトラックが余すことなく収録されているほか、公開当時に発売されたシングル・レコード音源、抜粋になるがLPレコード音源も収録されている。実際に映画を観たひとにとっては、むしろ本盤のほうがシックリくるかもしれない。なお演奏は、シングル盤のみ<strong>新日本フィルハーモニー交響楽団</strong>、そのほかは<strong>新室内楽協会</strong>によるものである。</p>
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<p>　作曲と指揮を手がけた芥川さんは、この『八つ墓村』で第１回日本アカデミー賞で最優秀音楽賞を獲得している。なお氏が同年に音楽を手がけた『八甲田山』(1977年)との同時受賞だが、こちらも素晴らしいスコアだった。ときに『八つ墓村』のスコアだが、いかにも芥川さんらしく、ロシア音楽に代表される色彩豊かでドラマティックな管弦楽法を土台とし、ノスタルジックで劇的な日本的要素が融合されている。芥川さんといえば、日本民謡などに根ざしたオスティナート技法を、より洗練された近代的なオーケストレーションに昇華させた音楽家だけれど、ここでも日本の風景や時代情緒が巧みに表現されている。そんな和の趣きと現代音楽的な不協和音とが絡み合いながら展開される音楽は、映画『八つ墓村』にスケールの大きな恐怖と緊張感、そして郷愁をもたらしている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いまでもぼくは、横溝ミステリーとして映画本編をあまり観る気はしないのだけれど、こうしてあらためてサウンドトラックを聴き直すと、もう一度チャレンジしてみようかなという気持ちが湧いてきたりする。芥川さんの音楽は、やはり素晴らしい。このスコアでは「辰弥の回想」が映画『鍵』(1959年)の音楽を、また「落武者のテーマ」がNHKの大河ドラマ『赤穂浪士』(1964年)のテーマ曲を、それぞれ彷彿させたりするけれど、まあそれはご愛嬌ということで、純然たる鑑賞用音楽として芥川サウンドをじっくり味わおうではないか。そして、やはり「青い鬼火の淵(道行のテーマ)」は、何度聴いても感動的な名曲。嬉しいことに「あの頃映画サントラシリーズ」盤には、もっとも長いヴァージョンが収録されている。しみじみとしながらも、新作映画『八つ墓村』が1977年版のような仕様にならないことを祈る今日このごろである。</p>
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<p style="text-align: center;">&#8211; 追記 &#8211;</p>
<p>　2026年６月18日、松竹/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントが配給する新作映画『八つ墓村』のキャスト＆スタッフの一部が発表になりましたので、以下に記しておきます。<strong>尾上松也</strong>(金田一耕助 役)、<strong>奥智哉</strong>(井川辰弥 役)、<strong>堀田真由</strong>(森美也子 役)、<strong>高島礼子</strong>(田治見小竹・小梅 役)、<strong>滝藤賢一</strong>(田治見久弥・要蔵 役)、<strong>尾ヶ井慎太郎</strong>(脚本)、<strong>清水崇</strong>(監督・共同脚本)。舞台は現代、金田一は洋装のようです。清水監督がメガホンをとるので、やはりホラー色が強くなるのでしょうか……。</p>
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<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>Mark Isham / Quiz Show From The Original Motion Picture Soundtrack (1994年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 22 Feb 2026 06:36:35 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Soundtrack]]></category>
		<category><![CDATA[Mark Isham]]></category>
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					<description><![CDATA[ロバート・レッドフォードの監督、マーク・アイシャムの音楽で送る、テレビ番組のスキャンダルが描かれた社会派サスペンス『クイズ・ショウ』のサウンドトラック・アルバム]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">ロバート・レッドフォードの監督、マーク・アイシャムの音楽で送る、テレビ番組のスキャンダルが描かれた社会派サスペンス『クイズ・ショウ』のサウンドトラック・アルバム</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Mark Isham / Quiz Show From The Original Motion Picture Soundtrack (1994)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Your Secret&#8217;s Safe With Me</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-16" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-16">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">ロバート・レッドフォードの監督、マーク・アイシャムの音楽で送る、テレビ番組のスキャンダルが描かれた社会派サスペンス『クイズ・ショウ』のサウンドトラック・アルバム</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">あのジャズ・スタンダーズが象徴的に使用された重厚な人間ドラマ</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">ジャズとクラッシックとの両ジャンルにまたがってスコアを書く音楽家</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">クァルテット、ビッグ・バンド、オーケストラと、３つのスタイルで録音</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">あのジャズ・スタンダーズが象徴的に使用された重厚な人間ドラマ</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ジャズ・スタンダーズのなかに「モリタート」という有名な曲がある。ジャズ・ファンだったら真っ先に思い浮かべるのは、テナー奏者、<strong>ソニー・ロリンズ</strong>のアルバム『<em>サキソフォン・コロッサス</em>』(1956年)の収録曲であるということ。ロリンズらしく明るくて温かみのある演奏は、何度聴いても気持ちがいい。個人的には、サイドメンを務めた<strong>トミー・フラナガン</strong>のピアノ・プレイに影響を受けた。この曲は多くのジャズ・プレイヤー、ことにシンガーに採り上げられているけれど、もともとは1928年初演のミュージカル『三文オペラ』の劇中歌。ドイツの劇作家、<strong>ベルトルト・ブレヒト</strong>が戯曲を書き、やはりドイツの作曲家である<strong>クルト・ヴァイル</strong>が音楽を手がけた。この劇中歌、当初は「メッキー・メッサーのモリタート」というタイトルだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　原曲のドイツ語の歌詞はブレヒトが書いたものだったが、1954年のニューヨーク公演の際、アメリカの作曲家、<strong>マーク・ブリッツスタイン</strong>が英語詞を付して「マック・ザ・ナイフ」というタイトルで知られるようになった。その昔「匕首マック」というスゴい邦題が付いていたけれど、匕首(あいくち)などと云われても、いまのひとにはなんのことやらさっぱりわからないだろう。要はツバのない短刀のことで、サメのような歯を真珠色に光らせているオトコ、マックはそれとおなじようなジャック・ナイフを忍ばせているヤツ──と歌われているところからきている。このミュージカルの主人公、マック・ザ・ナイフことメッキー・メッサーは貧民街の顔役、いわゆるギャングなのである。なおこのミュージカル、何度か映画化もされるほどの人気作である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この曲、すでにあの<strong>サッチモ</strong>こと<strong>ルイ・アームストロング</strong>が歌っていたのだが、大ヒットしたのは俳優でもあるシンガーの<strong>ボビー・ダーリン</strong>が歌ったとき。彼が1959年に発表したシングル「マック・ザ・ナイフ」は、ビルボード誌のホット100において10月５日からの９週間、第１位を記録するメガヒットとなった。当時のポップス・シーンにおいては、驚異的な記録と云える。 またダーリンは、翌1960年にこの曲でグラミー賞の最優秀レコード賞を獲得している。さらにダーリン版の「マック・ザ・ナイフ」は、1999年にグラミーの殿堂入りを果たしている。なおこの曲は、ダーリンのセカンド・アルバム『<em>ザッツ・オール</em>』(1959年)に、有名な「ビヨンド・ザ・シー」とともに収録されているので、ぜひ聴いていただきたい。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8818 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/quizshow1.png" alt="クイズ番組の回答者席" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/quizshow1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/quizshow1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ところで、このボビー・ダーリンが歌った「マック・ザ・ナイフ」こと「モリタート」だが、ある映画のオープニングのシーンで使用されている。それは1950年代に実在したNBCの人気テレビ番組『21(トウェンティワン)』をめぐるスキャンダルが描かれた、社会派ドラマ『クイズ・ショウ』(1994年)という作品。<strong>ジョン F. ケネディ</strong>および<strong>リンドン・ジョンソン</strong>政権でスピーチライターや補佐官を務めた、アメリカの政治顧問で作家の<strong>リチャード N. グッドウィン</strong>の著書『60年代アメリカ衝撃の真実』(1988年)が映画化されたものだ。監督は俳優の<strong>ロバート・レッドフォード</strong>が務めた。レッドフォードが惜しまれくも89歳で、2025年９月16日の朝、ユタ州プロボ郊外の自宅において就寝中に死去したことは、まだ記憶に新しい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちなみに映画のなかで、原作者のグッドウィンは立法管理小委員会の捜査官、<strong>ディック・グッドウィン</strong>として描かれている。1991年から1993年まで３年連続でゴールデングローブ賞テレビドラマ部門最優秀男優賞にノミネートされたことで、当時熱い視線が注がれていた俳優、<strong>ロブ・モロー</strong>が演じた。むろん、<strong>ジョン・タトゥーロ</strong>演じる、テレビ番組の不正を告発する<strong>ハービー・ステンペル</strong>、そして<strong>レイフ・ファインズ</strong>演じる、自らが番組のやらせに加担したことを告白する元コロンビア大学の講師、<strong>チャールズ・ヴァン・ドーレン</strong>も、ともに実在の人物。クイズ・ショウ・スキャンダル(1956年 &#8211; 1959年)は、ケネディ暗殺事件(1963年)、ウォーターゲート事件（1972年 &#8211; 1974年）とともに、アメリカの20世紀後半における国民的な信頼の崩壊を招いた、重要な出来事なのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この映画のメガホンをとったレッドフォードは、ハリウッド屈指の二枚目俳優として広く知られているけれど、その演技力も然ることながら製作人としても傑出した能力を発揮したひと。監督としては、自身の出演作で確立したイメージに依存することなく、この『クイズ・ショウ』もそうだが多くの場合、アメリカ社会の歪みや真実を批判精神をもって描き出していた。たとえば、監督としてのデビュー作であり、アカデミー作品賞および監督賞、ゴールデングローブ監督賞を受賞した『普通の人々』(1980年)では、アメリカのどこにでもある家庭の家族間の崩壊と再生、そして人間の内面的な葛藤を繊細に描いた。しかも一般的なハリウッド作品のような派手な演出はせず、物語の本質を誠実に伝えることに集中している。その控えめで静かなトーンには、ぼくも大いに感銘を受けた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ほかにも、環境破壊と開発をテーマとしたファンタジックな作品『ミラグロ/奇跡の地』(1988年)、古きよきアメリカの自然や家族の絆が叙情的に描かれた『リバー・ランズ・スルー・イット』(1992年)、現代的な都会生活のストレスに対する癒しとこころの再生の物語『モンタナの風に抱かれて』(1998年)、政治とメディアの責任を問うリアルな現代ドラマ『大いなる陰謀』(2007年)といったレッドフォードの監督作品では、一貫して人間の尊厳や道徳、あるいは誠実さが追求されている。どれも観客を圧倒するような視覚的なインパクト、壮大なアクション、煌びやかな世界観とは無縁だが、観るものに静謐を湛えた深い感動と社会的な視点を与える。そういうレッドフォード監督作品の特徴は、彼の人間性の現れでもあるのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで、この『クイズ・ショウ』もまた、いかにもレッドフォードの監督作品らしいメディアの功罪や正義、誠実さとはなにかを問いかける重厚な人間ドラマとなっている。むろん本作は、1950年代後半を舞台とするテレビ番組のやらせスキャンダルが描かれた実話ベースのサスペンスとしても、あるいは緊張感溢れる生放送のクイズ番組が再現された心理エンターテインメントとしても十分に楽しむことができる作品に仕上がっている。実話に基づいた物語は、人気テレビ番組『21』に出演する一般人で知識豊富なクイズ王、ステンペルを、番組側サイドが視聴率低下を理由に降板させようとするところからはじまる。番組のプロデューサーは、新たなクイズ王としてステンペルから見栄えのいい大学講師、ヴァン・ドーレンへ交代させるため、彼にクイズの解答を事前に教えようとする──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">ジャズとクラッシックとの両ジャンルにまたがってスコアを書く音楽家</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　冷遇され憤慨したステンペルは番組の八百長を大陪審に告発するが、なぜか封印されてしまう。封印ということに疑問を覚えた、立法管理小委員会の捜査官、グッドウィンはテレビ局の不正を暴こうとニューヨークに向かう──。まあこれ以上ストーリーをお伝えするとネタバレにもなるので、この辺でやめておくことにするが、本作では視聴率のためなら嘘も厭わないテレビ業界の裏側、テレビの全盛期のアメリカ国民の異常な熱狂、そして不正が明るみに出る過程の緊迫感が、鋭いタッチでリアルに描写されている。情報量の多さから主に前半では作品世界に集中しにくい部分もあるが、レッドフォードの冴えた演出が功を奏し、最後まで観客を飽きさせない構成となっているので、未見のかたにはぜひともご覧いただきたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さて、ここでハナシを音楽に戻すが、映画の冒頭といえば、自動車の展示場でグッドウィンがクルマの仕様について販売員から説明を受けているシーン。やがて彼をコックピットに座らせるまでに至ったそのクルマとは、1958年型のクライスラー、すなわちピカピカの最新モデルだ。そして豪華な自動車は、当時のアメリカン・ドリームの象徴でもある。クライスラーのラジオからは、ソビエト連邦が開発した世界初の人工衛星スプートニク１号の打ち上げ成功を伝えるニュースが聞こえてくる。そしてグッドウィンがラジオのボタンを押し直すと、<strong>ボビー・ダーリン</strong>の歌う「マック・ザ・ナイフ」が流れ出す。それはあたかも、やがてアメリカの全国民が感じることになる、完璧だった日常の揺らぎから生まれる不安を、暗示するかのような場面だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　よくよく考えてみると、公職に就くグッドウィンが、自分の給料では到底買えない高級車を眺めるというこのシーン、この映画のテーマを上手く表している。つまり一見物語に直接関係のないように思われるこの場面、実は名声や金銭の誘惑、そしてそれに関わる道徳的葛藤を、視覚的に提示したものなのである。そこにきて、<strong>ボビー・ダーリン</strong>の「マック・ザ・ナイフ」だ。ダーリンの小気味いい歌唱が牽引する軽快でスウィンギーなサウンドが流れるなか、ひきつづきスタジオの観客の歓声、カメラのフラッシュ、司会者の熱気、クイズ挑戦者の緊張の面持ちなどがダイナミックに展開されていく。そしてギャングのことを軽快に謳ったこの曲は、その時代の雰囲気を醸し出すものであるのと同時に、クイズ番組の不正という、裏にあるダークな要素を暗示するものでもあるのだ。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8819 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/quizshow2.png" alt="クイズ番組の回答者席" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/quizshow2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/quizshow2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ただし、このダーリンが歌った「マック・ザ・ナイフ」こと「モリタート」は、映画のサウンドトラック・アルバムには未収録なので、聴きたいかたは前述のアルバム『<em>ザッツ・オール</em>』を手にとっていただきたい。アトランティック・レコードのサブ・レーベルであるアトコ・レコードからリリースされたこのレコードは、もちろん日本でも発売されたしすでにCD化もされている。なお『クイズ・ショウ』のサントラ盤のほうには、<strong>ライル・ラヴェット</strong>が歌ったヴァージョンが収録されている。ラヴェットはオルタナティヴ・カントリー系のシンガーソングライターだが、俳優としても多くの映画作品に出演しているひと。特に<strong>ロバート・アルトマン</strong>の監督作品では常連となっており、顔を見たら「ああ、あのひとか」と思う向きも多いだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ラヴェット版の「モリタート」は映画のエンドクレジットで使用されているが、映画のために新たに吹き込まれたものだ。アレンジは映画のアンダースコアも手がけた作曲家、そしてトランペッターの<strong>マーク・アイシャム</strong>が担当。映画のエンディングに漂う、スキャンダルの真相が暴かれたあとの虚無感と皮肉とが交じり合った、ほろ苦く静かなムードをそのまま表現したアイシャムのアレンジが素晴らしい。オープニングで使用された<strong>ボビー・ダーリン</strong>の明るく軽快なヴァージョンとのコントラストが、より高まっている。こんなにビターな味わいの「モリタート」は、あとにもさきにもこのヴァージョンしかないのではなかろうか。終盤で華やかなテレビ業界の裏側に潜む人間の弱さと、組織の非情さが浮き彫りになるという、社会派映画らしい苦味のあるあと味にピッタリだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それでは、ここからは映画『クイズ・ショウ』の音楽、サウンドトラック・アルバムについてお伝えしていこう。物語の背景になっている1950年代後半を音楽で描写するには、ダーリンの「マック・ザ・ナイフ」と同様に当時のヒット曲を並べるという方法もあっただろう。しかしながら監督のレッドフォードは、ほかの作品でしばしば見られるそんな常套手段を好まなかった。その代わり彼は、ビッグバンドやコンボによるスウィンギーかつモダンなジャズ・サウンド、そしてオーケストラによるシリアスあるいはリッチなクラシカルなスコアを採用した。もちろんオリジナル曲ばかりである。そして、そんなジャズとクラッシックとの両ジャンルにまたがってスコアを書く音楽家として、白羽の矢が立ったのが<strong>マーク・アイシャム</strong>である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このときアイシャムにとって、レッドフォードの監督作品の音楽を手がけるのは、はじめてのことではなかった。<strong>ノーマン・マクリーン</strong>の自伝的処女作『マクリーンの川』(1976年)を原作とした、まだ無名だった俳優の<strong>ブラッド・ピット</strong>の出世作でもある『リバー・ランズ・スルー・イット』のノスタルジックでちょっとセンチメンタルなスコアは、アイシャムによるもの。レッドフォードにとっては監督第３作に当たるが、アカデミー賞において撮影賞を獲得している。あのモンタナ州の雄大な自然とフライ・フィッシングの美しい描写において、古風ではあるが素朴で温かみのある音楽で彩りを添えていたのは、アイシャム。つまり『クイズ・ショウ』の音楽担当は彼にとって、レッドフォード監督作では２度目の登板だったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それまでのレッドフォードといえば、第１作『普通の人々』では<strong>マーヴィン・ハムリッシュ</strong>、第２作『ミラグロ/奇跡の地』では<strong>デイヴ・グルーシン</strong>と、過去に自分が俳優として主演を務めた映画の音楽を手がけた作曲家を起用している。ハムリッシュはレッドフォード主演の『追憶』(1973年)の音楽を担当、アカデミー作曲賞を獲得している。かたやグルーシンは『コンドル』(1975年)『出逢い』(1979年)『ハバナ』(1990年)と、レッドフォードが出演した３作品の音楽を手がけている。興味深いのは、いま挙げた都合４作品はすべて<strong>シドニー・ポラック</strong>がメガホンをとった映画であること。実はレッドフォードはポラックのことを、お互いの感性とリズム感を深く共有し合える、もっとも信頼できるコラボレーターと、高く評価していたのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">クァルテット、ビッグ・バンド、オーケストラと、３つのスタイルで録音</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ポラックの映画といえば、社会的にはリベラル、政治的にはモデレート、そしてストーリーラインはとてもリアルだ。ラヴ・ストーリーを描いても甘口にはならないし、サスペンス・スリラーを取り扱っても過剰な演出はしない。この辺りは、レッドフォードの監督作品とも共通する。そしてポラックが厚い信頼を寄せていた作曲家といえば、ほかでもないグルーシンである。25年ほどつづいたふたりの名コラボレーションをあらためて振り返ると『ザ・ヤクザ』(1974年)『コンドル』(1975年)『ボビー・デアフィールド』(1977年)『出逢い』(1979年)『スクープ 悪意の不在』(1981年)『トッツィー』(1982年)『ハバナ』(1990年)『ザ・ファーム 法律事務所』(1993年)『ランダム・ハーツ』(1999年)と、９本を数える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにポラックがメガホンをとらず製作総指揮を手がけた『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』(1989年)でも、グルーシンが音楽を担当した。ハリウッドのコマーシャリズムとは一線を画すようなポラックの作風が、ぼくは大好きなのだが、グルーシンもまたハリウッドの伝統を汲みながら、ちょっとそこから逸脱するような多様性と革新性をもった音楽家。そういう点で、ポラックとグルーシンとの相性は抜群だった。そして『ミラグロ/奇跡の地』におけるレッドフォードとグルーシンとのコンビネーションも、また絶妙。物語の舞台となったニューメキシコの風土が反映されたグルーシンのスコアは、ラテン・ジャズやフォークロアのエッセンスが採り入れられた詩情豊かな美しいサウンドを極めていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なおグルーシンはこの映画で、アカデミー作曲賞を受賞、ゴールデングローブ賞の作曲部門にもノミネートされた。グルーシンは個人的にもっとも敬愛する音楽家なのだけれど、ぼくは当然のように『ミラグロ/奇跡の地』で見事栄冠に輝いた彼が『リバー・ランズ・スルー・イット』でも起用されるものと、勝手に思い込んでいた。でもフタを開けてみると、スコアを一任されたのはアイシャムだった。実はレッドフォードは、音楽が物語を説明し過ぎることを好まず、映像の邪魔をすることなく、それでいて情緒を深めるような、控えめなサウンドを求めていたのだ。むろんグルーシンの音楽も決して出しゃばるようなことはないが、彼は映画音楽の作曲家であると同時に、コンテンポラリー・ジャズ・シーンの押しも押されもせぬ人気アーティスト。そのサウンドは、すでに強い個性を放っていた。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8820 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/quizshow3.png" alt="クイズ番組のステージ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/quizshow3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/quizshow3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　その点、アイシャムは当時まだそれほど手垢のついていないアーティストだったし、シンプルさと繊細さをもってして物語の感情的な核心を支える能力に長けていた。彼は過去にトランペッターとして、ECMレコードにおいてパフォーマンス・アートのアンサンブル、ウィンダム・ヒル・レコードではニューエイジといった、どちらかというとフレキシブルな音楽をクリエイトしていた。また、ヴァージン・レコードからリリースされたアイシャムの２枚のオリジナル・アルバム『カスタリア』(1988年)『幻想秘夜』(1990年)では、彼のトランペットによってジャジーなフレーズがつぎつぎと繰り出されるいっぽうで、トータル・サウンドはアンビエント・ミュージックのようなムードとリズム・セクションのジャムアウトするプレイとが交錯するようなものだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いずれにしても、アーティスティックなインスピレーションやリラクゼーションを喚起するような、ある種の音響芸術とも云うべきアイシャムの音楽作品は、その映画のアンダースコアに直結する。そんなアイシャムの抑制の効いた感情表現を好むレッドフォードは『リバー・ランズ・スルー・イット』以降も『クイズ・ショウ』をはじめ、前述の『大いなる陰謀』そしてリンカーン大統領暗殺事件を題材にした歴史映画『声をかくす人』(2010年)で、彼を起用した。その点ではレッドフォードの慧眼は、なかなかのもの。それまで金管楽器、シンセサイザー、そしてエレクトロニクスを巧みに操り、プログレッシヴ・ロック、ミニマル・ミュージック、あるいはアンビエント・ミュージックにカテゴライズされるようなオリジナル作品を発表してきたアイシャムを、映画音楽の作曲家として定着させたのだから──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アイシャムが映画業界に足を踏み入れたのは、1980年代の前半のことだけれど、その頭角を表したのは1990年代に入ってから。ここでアイシャムの手がけた映像作品を列挙することは控えるが、その数はテレビ番組も含めると200本以上に上るという。恥ずかしながらぼくは、最近まで60本程度かと思っていたのだが、それはまったくの勘違いだった。いずれにしてもアイシャムはいまや映画音楽の老練家であり、音楽家としての本領が発揮された作品といえば、やはりフィルム・スコアの数々だろう。いま振り返ると彼は、1980年代から2000年代にかけて、ぼくがもっとも多くの作品を聴いた映画音楽の作曲家でもあった。そしてこの『クイズ・ショウ』のサウンドトラック・アルバムは、間違いなく彼の代表作のひとつだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムのプロデュースはアイシャム自身が手がけており、楽曲のアレンジは彼自身と、トロンボーン奏者の<strong>ケン・クーグラー</strong>、そしてオーケストレーターの<strong>キム・シャーンバーグ</strong>とで分業している。アイシャムの作品では、お馴染みのチームワークだ。レコーディングは、<strong>マーク・アイシャム</strong>(tp)、<strong>デヴィッド・ゴールドブラット</strong>(p)、<strong>ジョン・クレイトン</strong>(b)、<strong>カート・ウォートマン</strong>(ds)といったクァルテット、20名からなるスウィンギーなビッグ・バンド、そしてクラシカルなオーケストラと３つのスタイルで行われた。オーケストラの編曲と指揮は、毎度のごとくクーグラーが担当している。CDアルバムは、現在ウォルト・ディズニー・カンパニーの傘下にあるハリウッド・レコードがリリース。日本での販売権は当時、ポニーキャニオンが所有していた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムは前述のラヴェット版「モリタート」からスタート。クールでアーバンな響きが琴線に触れる。つづく「世界一の賢者」は、ビッグ・バンドによる煌びやかなサウンドが爽快。<strong>コンテ・カンドリ</strong>のトランペットと<strong>ピート・クリストリーブ</strong>のテナーとが、小気味いいソロをとる。クァルテットによる「オーバーサイト・ブルース」では、アイシャムのミュート・トランペットとゴールドブラットのピアノとが、ブルージーなムードを高める。ビッグ・バンドによる「敗者」は、スウィンギーだがややダークな雰囲気。やはりカンドリとクリストリーブとがフィーチュアされる。ソロ・ピアノによる「秘密を守って」は、ゴールドブラッドの美しく切ない語り口が極上。アイシャムの右腕である彼は、個人的にも贔屓のピアニストである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ビッグ・バンドによる「ハンティング・イン・ユア・アンダーウェア」では、やはりカンドリとクリストリーブとがフロントに立つ。ジャジーだがちょっとシニカルな感じなのが映像的。以下はオーケストラによる演奏がつづくが、内省的な「ショルダーズ・オブ・ライフ」では、短尺ながらアイシャムが美しいトランペット演奏を披露する。その後、エレガントな「ブックス・アンド・ラーニング」ピリピリした空気が漂う「人生におけるチャンス」より張り詰めたムードの「委員会の呼び出し」不安定な響きを醸し出す「偽りの言葉」とつづいていく。後半の３曲では、アイシャムがフィーチュアされる。さらにシリアスで重厚な「テレビの試練」やるせなさに溢れた「全ての代償」とつづき、アルバムは締めくくられる。アイシャムによるトランペットが人間の悲哀を表現しながらも、ほのかな爽やかさを残すところは感動的。さすがである。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>Herbie Hancock / Death Wish Original Soundtrack Recording (1974年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 01 Feb 2026 06:27:43 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Soundtrack]]></category>
		<category><![CDATA[Herbie Hancock]]></category>
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					<description><![CDATA[ミュージック・シーンに新風を巻き起こしたハービー・ハンコックが手がけたグルーヴィーなサウンドトラック・アルバム『狼よさらば』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">ミュージック・シーンに新風を巻き起こしたハービー・ハンコックが手がけたグルーヴィーなサウンドトラック・アルバム『狼よさらば』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Herbie Hancock / Death Wish Original Soundtrack Recording (1974)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Joanna&#8217;s Theme</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-18" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-18">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">ミュージック・シーンに新風を巻き起こしたハービー・ハンコックが手がけたグルーヴィーなサウンドトラック・アルバム『狼よさらば』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">ハンコックはジャズの範疇に収まり切らない音楽家</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">あまり触れられる機会がないハンコックが手がけた映画音楽</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">サントラ盤だがハンコックのアルバムとしても聴き応えのある１枚</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">ハンコックはジャズの範疇に収まり切らない音楽家</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ジャズ・ピアニストの<strong>ハービー・ハンコック</strong>が音楽を手がけた映画というと、<strong>ミケランジェロ・アントニオーニ</strong>監督の『欲望』(1966年)がすぐに思い出される。ハンコックにとってははじめてのフィルム・スコアだけれど、そのメイン・テーマとアンダースコアは、アーバンでソフィスティケーテッドでちょっとミステリアスなムードを漂わせる、ジャズ・サウンドで構成されている。当時<strong>ジェフ・ベック</strong>と<strong>ジミー・ペイジ</strong>という２大ギタリストが在籍していた<strong>ヤードバーズ</strong>による、破壊的なガレージ・ロック・ナンバーの収録も相まって、サウンドトラック・アルバムはスタイリッシュな作品としていまも非常に人気が高い。要は都会的なクールさが際立つモダン・ジャズと、エナジェティックなシックスティーズ・ロックとがミックスされた、おしゃれなレコードなのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そしてもう１本、ハンコックが音楽監督を務めた<strong>ベルトラン・タヴェルニエ</strong>の監督作品『ラウンド・ミッドナイト』(1986年)を忘れるわけにはいかないだろう。映画のタイトルはもちろん、独特のスタイルのバップ・ピアニスト、<strong>セロニアス・モンク</strong>が1943年に作曲した「ラウンド・ミッドナイト」に由来している。この曲は映画のなかでも使用されるが、ハンコックがアレンジしたものだ。映画は1950年代末のパリのジャズ・シーンとミュージシャンたちの友情が描かれたもので、テナー奏者の<strong>レスター・ヤング</strong>とピアニストの<strong>バド・パウエル</strong>とをモデルにした主人公を、やはりテナー奏者の<strong>デクスター・ゴードン</strong>が演じている。ゴードンは演技のほうもなかなかのもので、アカデミー主演男優賞にノミネートされた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　実はこの映画にはハンコックも出演していて、薬物依存に苦しむ主人公を支えるピアニスト兼バンド・リーダーを演じている。演技のほうはともかく、彼がアレンジしたジャズ・スタンダーズやオリジナル曲は魅力的だ。実際ハンコックはこの作品で、アカデミー作曲賞を受賞している。サウンドトラック・アルバムでは、主役のゴードンをはじめ、<strong>ウェイン・ショーター</strong>(ts)、<strong>フレディ・ハバード</strong>(tp)、<strong>ロン・カーター</strong>(b)、<strong>トニー・ウィリアムス</strong>(ds)、<strong>ビリー・ヒギンズ</strong>(ds)といった、ハンコック所縁の名ジャズ・プレイヤーたちの臨場感溢れるジャズ・セッションをじっくり味わうことができる。このサントラ、追加曲が収録されたゴードン名義のアルバム『<em>ラウンド・ミッドナイトの向こう側</em>』(1986年)と併せて、いまも高い人気を誇る。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8728 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/deathwish1.png" alt="グランドピアノのイラスト" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/deathwish1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/deathwish1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ぼくは最初にハンコックのことを軽々しくジャズ・ピアニストと云ってしまったけれど、彼はジャズの範疇に収まり切る音楽家ではない。むろんジャズ・プレイヤーとしても超一流である。ハンコックは名門ブルーノート・レコードにおいて、押しも押されもせぬニュー・メインストリームのスター・アーティストだった。デビュー作『<em>テイキン・オフ</em>』(1962年)をはじめとする、７枚のリーダー作はどれも素晴らしい。また彼が1963年から1968年まで、<strong>マイルス・デイヴィス・クインテット</strong>のメンバーだったこと、1976年から1979年までは、同クインテットのメンバーだった<strong>ウェイン・ショーター</strong>(ss, ts)、<strong>ロン・カーター</strong>(b)、<strong>トニー・ウィリアムス</strong>(ds)に、<strong>フレディ・ハバード</strong>(tp)を加えた<strong>V.S.O.P.クインテット</strong>を率いたことは、ジャズ・ファンだったらだれもが知っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そういったハード・バップやポスト・バップといったオーソドックスなジャズ作品と並行して、ハンコックは早い時期からエレクトリック・サウンドやエスノ・ミュージック、殊にアフリカのポリリズムを導入した作品を吹き込んでいた。ブルーノートからワーナー・ブラザース・レコードに移籍し、彼が最初に制作したアルバム『<em>ファット・アルバート・ロトゥンダ</em>』(1969年)が、その嚆矢となった。さらにコロムビア・レコードに移籍したあとに発表した『<em>ヘッド・ハンターズ</em>』(1973年)は、ハンコックのエレクトリック・ジャズ作品のなかでも代表的な１枚であると同時に、のちのジャズ・ファンクやフュージョンに多大な影響を与えた革新的なアルバム。ビルボード誌のジャズ・チャートで１位を獲得、総合アルバム・チャートでも20位内にランク入りした名盤である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにハンコックはアルバム『<em>シークレッツ</em>』(1976年)において、ダンス・ミュージックへの傾倒の片鱗をのぞかせる。その後<strong>V.S.O.P.クインテット</strong>によるモダン・ジャズ・スタイルに集中するが、２年ぶりにエレクトリック作品を発表。それは、それまでのファンク路線が踏襲されながらも、ポップス、ディスコ、ラテン、それにジャズなど、様々な要素が織り交ぜられたフュージョン作『<em>サンライト</em>』(1978年)である。彼はこのアルバムで、人声を電子音に変換するシンセサイザー、ドイツのゼンハイザー社製アナログ・ヴォコーダーVSM-201を導入。アルバム中３曲でハンコック自身がこの楽器を使ってヴォーカルを披露している。おしなべて、フェンダー・ローズが主軸に据えられ、多種のシンセサイザーが肩肘張らずに使用されたサウンドは、従来以上に心地いいものだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この『<em>サンライト</em>』以降ハンコックは、<strong>カルロス・サンタナ</strong>(g)、<strong>レイ・パーカー・ジュニア</strong>(g)、<strong>ロッド・テンパートン</strong>(key)、<strong>ビル・ラズウェル</strong>(b)といった、ジャズ以外のミュージシャンとのコラボレーションにより、自己のリーダー作にディスコからヒップ・ホップまで大胆に導入していく。特にベーシスト兼プロデューサーを務めたラズウェルの、実験的な音楽アイディアをもとに制作された『<em>フューチャー・ショック</em>』(1983年)では「ロック・イット」「フューチャー・ショック」といったヒップ・ホップにアプローチしたナンバーが大ヒット。<strong>グランドミキサー D.ST.</strong>によるDJスクラッチを採用したスタイルは、その後のクラブ・ミュージックの方向性を決定づけるものだった。スクラッチがフィーチュアされた「ロックイット」は、世界中で大ブレイクした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このポップ路線には、批判的なひとも多い。ジャズ以外の音楽に溶け込んでいくハンコックを、体色変化にたとえてカメレオンと揶揄する向きもあった。確かにオーソドックスなジャズ作品からエレックトリック・ジャズをはじめとするポップ・アルバムまで、彼の手がけた音楽作品の全体を俯瞰した場合、それらが一貫性に欠けるのは事実だろう。たとえば、ぼくの敬愛する<strong>ボブ・ジェームス</strong>や<strong>デイヴ・グルーシン</strong>などは、ジャズを演ってもフュージョンを演っても、いつも首尾一貫した音楽性が伝わってくる。それに対してハンコックの作品のなかには、もし情報を知らされずに楽曲を聴かされたら、だれが演奏しているのかわからないようなものもある。そういう事象が発生するのは、ハンコックが演奏能力はもちろんこと、対応力や適応力がきわめて高い音楽家だからだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">あまり触れられる機会がないハンコックが手がけた映画音楽</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　つまりハンコックは、オールラウンダーなのである。その点で彼は、個人的にはいまひとつのめり込むことのできない音楽家でもあるのだけれど、活動の幅を広げつづけるというその行きかたについては、ぼくも受け入れざるを得ない。音楽家はやりたいことをやればいい。きっとハンコックの音楽に対する好奇心は、とどまることを知らないのだろう。そんな彼は1990年代、現代のポピュラー・ソングをフレッシュなシャズ・ナンバーにアレンジしてプレイした『<em>ザ・ニュー・スタンダード</em>』(1996年)、そしてアメリカン・ミュージックの父とも称される作曲家、<strong>ジョージ・ガーシュウィン</strong>の生誕100周年を記念した『<em>ガーシュウィン・ワールド</em>』(1998年)といった、伝統的なジャズの愛好者を納得させるような作品も発表している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さて、ここで映画音楽のハナシに戻るが、多様なジャンルに触れながら新しい価値を創造するような音楽的才能の持ち主であるハンコックのことだから、間違いなく映像作品の仕事にも強い関心を示しただろう。映画が無音の映像から総合芸術へと引き上げられる過程で、その一翼を担うのは音楽である。映像だけでは伝えきれない感情、心理、そして世界観を補完するだけでなく、物語を増幅させる重要な要素ともなる映画音楽に対して、新たなジャンルに積極的に挑戦する姿勢とマインドとを兼ね備えたハンコックが食指を動かされないはずがない。実際彼は1960年代後半から現在に至るまで、数多くの映画やテレビ番組の音楽を手がけている。ただ不思議なことに、さきに挙げた『欲望』や『ラウンド・ミッドナイト』以外については、あまり触れられる機会がないようだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで、ハンコックが音楽を手がけた映画を、ぼくの知る範囲でいくつか挙げてみる。まず<strong>アイヴァン・ディクソン</strong>監督の社会派アクション映画『ブラック・ミッション／反逆のエージェント』(1973年)だが、アフリカ系アメリカ人が客層として想定された1970年代前半から製作されるようになった映画、いわゆるブラックスプロイテーションの１本である。ちょうど『<em>ヘッド・ハンターズ</em>』が制作された時期と重なり、ハンコックによるスコアはエレクトロニックなサウンドとファンキーなリズムとが融合したジャズ・ファンクとなっている。サウンドトラック・アルバムは、彼のディスコグラフィのなかでも隠れた名盤と云われている。つづいて1980年代に飛ぶが、<strong>ノーマン・ジュイソン</strong>監督の人種差別がテーマに盛り込まれたミステリー映画『ソルジャー・ストーリー』(1984年)がある。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8729 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/deathwish2.png" alt="ニューヨーク、マンハッタンの遠景" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/deathwish2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/deathwish2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　この『ソルジャー・ストーリー』が製作されたころのハンコックといえば、前述の「ロックイット」をヒットさせエレクトロ・ファンクに集中していた時代に当たる。だが映画のスコアではアコースティック・ピアノや管楽器を中心としたジャズ・サウンド、さらには濃厚なブルースやゴスペルにアプローチされており、そのブルージーでシリアスな音楽は緊迫した会話劇やサスペンスフルなムードを引き立てている。特定のジャンルやスタイルに固執しない、ハンコックならではの作品だ。その２年後、ハンコックは、<strong>デンゼル・ワシントン</strong>が荒廃した高校を立て直す熱血校長を演じた、<strong>エリック・ラニューヴィル</strong>監督の社会派ドラマ『ジョージ・マッケンナ物語 暴力教室に挑んだ男』(1986年)の音楽を担当する。こちらはシリアスな内容でも、1980年代を象徴するエレクトロニック・スコアが採用されている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　同年ハンコックは、伝説のコメディアン、<strong>リチャード・プライヤー</strong>が監督、製作、脚本、そして主演を務めた半自叙伝的映画『ジョ・ジョ・ダンサー』(1986年)の音楽も担当。前述の『ラウンド・ミッドナイト』を手がけた年でもあり、ハンコックのフィルム・ミュージック対する創作意欲が感じられる。ここでの彼は、お得意のファンク、ソウル、エレクトロニックな要素をふんだんに採り入れたサウンドを構築。コメディアンの映画ではあるが重厚でシリアスなドラマとなっている本作のアンダースコアは、アーバンでクール、そしてドラマティックで緊迫感のあるフュージョン・サウンドが基調となっている。その後もハンコックは映画音楽の仕事に取り組んでおり、1988年には２本の映画にスコアを提供している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　具体的には、<strong>クレイグ R. バクスリー</strong>監督のアクション映画『アクション・ジャクソン/大都会最前線』(1988年)と、<strong>デニス・ホッパー</strong>監督の社会派警察ドラマ『カラーズ 天使の消えた街』(1988年)といった話題作。前者でハンコックは<strong>マイケル・ケイメン</strong>と共同でスコアを手がけているが、なかでもエレクトロニックなサウンド、シンセサイザーによるベース・ラインなどが特徴的な、緊迫感のあるジャズ・ファンク・ナンバーが特に印象に残る。また、後者でハンコックはヒップホップとエレクトロを大胆に採り入れており、ギャングの街のリアルな緊張感、当時のストリートの空気感を見事に表現している。思えば、映画音楽に当時最先端だったヒップホップ・ミュージックがいち早く採り入れられたのは、この作品においてだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ハンコックの銀幕への楽曲提供はまだつづく。<strong>エディ・マーフィ</strong>が主演、監督、脚本、製作総指揮のひとり４役をこなしたコメディ映画『ハーレム・ナイト』(1989年)のスコアは、ハンコックのペンによるものだ。この作品で彼は、1930年代の禁酒法時代のニューヨーク・ハーレムのムードを再現しながら、アンダースコアに現代的なテイストも加味している。かたやビッグバンドのサウンドを基調とした、華やかで力強いスウィンギーなナンバーで物語を牽引する。時代を映し出す「スウィングしなけりゃ意味ないね」「A列車で行こう」といった、<strong>デューク・エリントン楽団</strong>の往年の名曲をカヴァーしたりもしている。そのいっぽうで、クライム・サスペンス調のエレクトロニック・サウンドとオーケストラとを組み合わせた、こころもちダークな曲も書いている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この『ハーレム・ナイト』の音楽制作などは、オーソドックスなジャズとエレクトリック・ジャズとの二足のワラジを履くハンコックに、もってこいの仕事だったように思われる。映画公開当初、サウンドトラック・アルバムはリリースされなかったが、2019年にスペインのマドリードに拠点を構える、サウンドトラック専門のインディペンデント・レーベル、クァルテット・レコードによってCDアルバムがリリースされた。この音盤にはハンコックによるスコアはもちろんのこと、前述の本編で使用された<strong>デューク・エリントン楽団</strong>や<strong>カウント・ベイシー楽団</strong>のジャズ・スタンダーズも、ボーナス・トラックとして収録されている。これを機に、ハンコックによる終始緊迫感に包まれるようなアンダースコアは、あらためて高く評価された。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">サントラ盤だがハンコックのアルバムとしても聴き応えのある１枚</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ハンコックが音楽を手がけた映画であまり知られていないのが、<strong>マイケル・シュルツ</strong>が監督したコメディ映画『リヴィン・ラージ/大金持ちになりたい！』(1991年)。アフリカ系アメリカ人のシュルツは低俗なコメディと社会性とを融合した作品で知られるユニークな監督だが、<strong>スパイク・リー</strong>や<strong>ジョン・シングルトン</strong>などの先駆け的存在で、ブラック・シネマの旗手と云える。ロサンゼルスの洗車場での１日が描かれたコメディ映画『カー・ウォッシュ』(1976年)、<strong>ザ・ビートルズ</strong>の有名なアルバム『<em>サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド</em>』(1967年)がベースとされたミュージカル『サージャント・ペッパー』(1978年)といった作品で知られる。後者のように失敗作も多いが、とにかく多作の映画監督である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ときにハンコックは、この1990年代初頭のブラック・カルチャーを捉えた作品『リヴィン・ラージ/大金持ちになりたい！』では、スコアにやはり1990年代初頭のアーバンでグルーヴィーなファンク・スタイルやヒップホップ・サウンドを積極的に導入している。彼が得意とするシンセサイザーやプログラミングはもちろんのこと、<strong>ザ・ドン</strong>こと<strong>ドン・サンダース</strong>という若きMCによるラップも採用。この映画のスコアにおいてハンコックは、1980年代の大ヒット「ロックイット」以降のエレクトロ・ファンク路線をさらに進化させ、よりラップやヒップホップの文脈に近づいたと云える。本作はサウンドトラック・アルバムもリリースされているが、ハンコックによるトラックは１曲のみの収録となっており、どちらかというとアーバン・コンテンポラリーやファンク・ナンバーのコンピレーションといった感じだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで浅薄な知識で恐縮だが、ハンコックが音楽を手がけた映画をいくつか挙げてみた。おそらく彼が楽曲を提供した作品は、ほかにも多数あるだろう。しかしながら、ぼくは彼の熱狂的なファンというわけでもないので、この辺で切り上げておくほうがよさそうだ。そこでその代わりと云ってはなんだが、個人的にお薦めのハンコックのサウンドトラック・アルバムを１枚ご紹介しておこう。それは<strong>マイケル・ウィナー</strong>監督によるアクション・スリラー映画『狼よさらば』(1974年)のサントラ盤。<strong>チャールズ・ブロンソン</strong>が主演を務めたこの映画は、たいへんな好評を博しシリーズ化され、その後『ロサンゼルス』(1982年)『スーパー・マグナム』(1985年)『バトルガンM‐16』(1987年)『狼よさらば 地獄のリベンジャー』(1994年)といった続編が製作された。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8730 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/deathwish3.png" alt="髭を生やした男のイラスト" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/deathwish3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/deathwish3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ただし全５作のうち、無駄を削ぎ落とした簡潔な演出が際立つ英国出身のウィナーが監督を務めたのは最初の３本、ハンコックに至っては１作目のみの参加である。個人的には、映像にしても音楽にしても、もっともクオリティの高さとコンテンツの深さを誇るのはシリーズ第１弾『狼よさらば』であると、ぼくは思う。このサウンドトラック・アルバムは、全編にわたりハンコックの楽曲で埋め尽くされているが、大ヒットした『<em>ヘッド・ハンターズ</em>』をはじめとする彼のリーダー作と同様に、<strong>デヴィッド・ルービンソン</strong>がプロデューサーを務めたもの。ハンコックが当時所属していた、コロムビア・レコードからリリースされた。楽曲は飽くまで映像を補完するものとなっているが、音盤はハンコック自身のアルバムの系譜に連なる１枚としても楽しむことができる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　主要なレコーディング・メンバーは、<strong>ハービー・ハンコック</strong>(key)、<strong>ベニー・モウピン</strong>(ss, ts, bcl)、<strong>ワー・ワー・ワトソン</strong>(g)、<strong>ポール・ジャクソン</strong>(g) 、<strong>マイク・クラーク</strong>(ds) <strong>ビル・サマーズ</strong>(perc)といったお馴染みの顔ぶれ。ストリングスのアレンジとコンダクティングを、<strong>ジェリー・ピーターズ</strong>が担当。レコーディング・エンジニアは『<em>ヘッド・ハンターズ</em>』も手がけた<strong>フレッド・カテロ</strong>が務めている。吹き込みは1974年の春から夏にかけて、カリフォルニア州のバーバンク・スタジオ、ウェスタン・レコーダーズ(ロサンゼルス)、ウォーリー・ハイダー・スタジオ(サンフランシスコ)などで行われた。なおハンコックは、ピアノ、フェンダー・ローズ、ホーナー・クラヴィネット、アープ・オデッセイ、アープ・プロソロイスト、アープ 2600、アープ・ストリング・アンサンブルなどを演奏している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このサントラ盤には、面白いエピソードがある。この映画の撮影がはじまるまで、監督のウィナーはハンコックのことをまったく知らなかったという。当初、彼はほかのミュージシャンを検討していたが、スーパーのレジ係役で映画に出演した女優の<strong>ソニア・マンザーノ</strong>の熱烈な推薦から、ハンコックに関心を寄せた。マンザーノは、有名な子ども向けテレビ教育番組『セサミストリート』で、44年間マリア・ロドリゲスを演じたことで知られるが、ウィナー監督の当時の恋人とも云われている。それはともかく、監督は早速『<em>ヘッド・ハンターズ</em>』のレコードを手に入れ聴いてみたところ即座にこころを掴まれ、直接ハンコックに作曲依頼の電話をかけたという。かくしてハンコックは、シンセサイザーとオーケストラとを組み合わせた、機知に富んだスコアの構想を練ることとなった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ハンコックが『狼よさらば』の音楽制作において与えられた時間は、たったの６週間だったという。寝食を忘れてサウンドトラックを完成させることに没頭するハンコックだったが、最後の最後までもっとも重要な１曲を残していた。それはブロンソン演じる主人公が殺害された妻を思い出すという、哀惜の念に堪えないシーンでの音楽である。それは寂寥としたメロディと美しいコード進行をもった「ジョアンナのテーマ」という曲。この曲、映画本編ではサントラ盤に収録されているグルーヴィーなトラックとは異なり、シンプルかつアンビエントなアレンジで、しかもモティーフがいくつかに分けられて流される。ウィナー監督は完成した音源を聴いて涙を浮かべて感激したという。ハンコックはこの曲を、盟友<strong>ウェイン・ショーター</strong>とともに『<em>ネイティヴ・ダンサー</em>』(1975年)『<em>1+1</em>』(1997年)で再演しているが、ともに美しい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムはジャズ・ファンク・ナンバー「狼よさらば(メイン・タイトル)」からスタート。反復するベース・ラインに乗って、ハンコックのローズによるソロが縦横無尽に展開される。重厚なブラスとワウ・ギターも効果的。ストリングスによる旋律が緊張感を与えるアーバンなナンバーだ。つづく「ジョアンナのテーマ」は、フィルム・ヴァージョンとは異なり、哀愁を漂わせながらもグルーヴィーなクロスオーヴァー風のサウンドが際立つ。ハンコックのファンキーなアコースティック・ピアノとシャープなストリングスとが爽快感をもたらす。サスペンスフルな「やっちまえ！」では、軽快なリズムと不穏な空気感とがクロス。さらにストリング・アンサンブルが緊迫した状況を演出する。不気味な「尻をぬれ！」では、オーケストラとシンセとがサイケデリックな世界を創り出す。ハンコックの実験精神が結実したトラックだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ピースフルな「豊かなる地」では、オーケストラによる異国情緒を感じさせる、どこか神秘的で温かみのある表現にこころが和まされる。９分半にも及ぶメドレー「復讐組曲」では、オケとシンセ、それにパーカッション類が活かされた、アヴァンギャルドなジャズが展開される。不協和音や複雑なリズムは、<strong>イーゴリ・ストラヴィンスキー</strong>からの影響。途中登場するドラムスの逆再生も面白い。さらに「オチョア・ノーズ」は、ポリリズムとテンション・コードが上手く使われた曲。先鋭的な重奏とハンコックの美しいピアノ演奏とが絡み合う。さらにその硬質なサウンドが引き継がれた「パーティの人々」では、美しいローズの音色が得も云われぬ虚無感を与える。ラストの「銃を持て！」では、モウピンのソプラノ、ハンコックのローズがソロをとる。リズム・セクションがカオス状態の６拍子ジャズ・ファンクだ。この曲などは特にそうだが、本作はハンコックのアルバムとしても聴き応えのある１枚である。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>Michel Legrand, London Symphony Orchestra / Performs His Symphonic Suite From &#8220;The Umbrellas Of Cherbourg&#8221; &#038; Theme And Variations For Two Pianos And Orchestra From &#8220;The Go-Between&#8221; (1979年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 11 Jan 2026 06:30:52 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Soundtrack]]></category>
		<category><![CDATA[Michel Legrand]]></category>
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					<description><![CDATA[ミシェル・ルグラン自身がフィルム・スコアを色彩豊かな交響組曲に発展させロンドン交響楽団が演奏した『交響組曲「シェルブールの雨傘」』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">ミシェル・ルグラン自身がフィルム・スコアを色彩豊かな交響組曲に発展させロンドン交響楽団が演奏した『交響組曲「シェルブールの雨傘」』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Michel Legrand, London Symphony Orchestra / Performs His Symphonic Suite From &#8220;The Umbrellas Of Cherbourg&#8221; &amp; Theme And Variations For Two Pianos And Orchestra From &#8220;The Go-Between&#8221; (1979)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Symphonic Suite From &#8220;The Umbrellas Of Cherbourg&#8221;</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-20" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-20">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">ミシェル・ルグラン自身がフィルム・スコアを色彩豊かな交響組曲に発展させロンドン交響楽団が演奏した『交響組曲「シェルブールの雨傘」』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">映画『ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家』とリスペクターたち</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">ルグランの技巧が凝らされた豪華絢爛な音楽表現とフィルム・スコア</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">ルグランの代表作であるミュージカル映画『シェルブールの雨傘』の音楽</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">映画『ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家』とリスペクターたち</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ミシェル・ルグラン</strong>といえば、昨年の９月に映画『ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家』(2024年)が日本で公開されたことが記憶に新しい。これは、フランス、カンヌ出身の<strong>デヴィッド・ヘルツォーク・デシテス</strong>が監督、脚本、製作を手がけたルグランのドキュメンタリー映画。ぼくはこのひとのことはよく知らないけれど、彼は映像の世界で仕事をするまえからルグランの音楽を深く敬愛していたらしい。好きが高じて2017年にルグラン本人とはじめて対面すると、すぐに自らがドキュメンタリー映画を製作することを提案したという。作品のコンテンツは、親族へのインタビューをはじめ、ルグランの残したインタビュー、コンサート、テレビ番組、プライヴェートな16ミリフィルムなど、数1000時間に及ぶ膨大なアーカイヴから構成されたものだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　映像と音楽が渦巻くなかで、ルグランの生涯と運命が描き出されるこの映画を世に送り出したデシテス監督は、もとはカンヌ市役所の職員として清掃業務に従事していた。1999年に渡米しているが、2000年代のはじめからプロデューサーとして頭角を現した。映像の世界では、製作、脚本、監督、撮影、編集、さらに一部の作品では音楽も手がけるという多芸多才ぶりを発揮。ディズニー・アニメ『トレジャー・プラネット』(2002年)、フランスのコメディ映画『ミッション・クレオパトラ』(2002年)などの製作に関わったり、2004年にはあの<strong>デヴィッド・リンチ</strong>の監督作品『マルホランド・ドライブ』(2001年)のメイキング・ドキュメンタリーを監督したりもしている。まあとにかく、今年53歳を迎えるデシテス監督は、フィルム・インダストリーにおいては幅広い分野に携わっているようだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ときに、このドキュメンタリー映画『ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家』の背景音楽といえば、サウンドトラック・アルバムというかコンピレーション・アルバムとしてしっかり商品化されている。実のところぼくは日本で映画が公開されるまえに、デッカ・レコードから発売されたフランス盤『<em>Il était une fois</em>』(2024年)を、映画のサントラ盤とは知らずに入手していた。個人的にはコンピレーション盤に食指を動かす機会があまりないのだけれど、このアルバムには過去に聴いたことのない曲がいくつか見受けられたので、取り敢えず購入した次第。実際、未発表曲が複数収録されているのだが、それにしても選曲がいささかマニアックである。でも逆にこのことから、いかにデシテス監督がルグランの音楽に熱狂的にのめり込んでいるかが、ひしひしと感じられる。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8620 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/umbrella1.png" alt="フランスの国旗" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/umbrella1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/umbrella1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ちなみに、このアルバム・タイトルであり映画の原題でもあるフランス語は、英語で謂うところの“Once upon a time”で、云うまでもなく“むかしむかし”という常套句である。これにはぼくも、ちょっとニヤニヤしてしまった。ルグランのファンならご存じのことと思われるが、彼が書いた有名な曲に「ワンス・アポン・ア・サマータイム」というのがある。もともとはルグランの初期の作品「リラのワルツ」というシャンソンだったが、アメリカの作詞家、<strong>ジョニー・マーサー</strong>が英詞を書いてそのタイトルが付された。そしてこの曲といえばなんといっても、ジャズ・シンガーの<strong>ブロッサム・ディアリー</strong>がピアノの弾き語りをしたアルバム『<em>ワンス・アポン・ア・サマータイム</em>』(1959年)で、あまねくひとに知られるようになったと云えるだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それはともかく、アルバム『<em>Il était une fois</em>』は、日本での映画公開に併せて『<em>ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家 オリジナル・サウンドトラック</em>』と適切に銘打たれ、めでたく本邦においてもリリースされた。ちょっと毛色の変わったルグランのコンピレーション・アルバムではあるが、彼の音楽をディープに楽しみたい向きは、手にとってみてはいかがだろう。ただ“ベスト・オブ・ルグラン”的なセレクションで構成されたアルバムを求めるかたには、あまりお薦めできない。たとえば、日本で独自に企画された２枚組CD『<em>エッセンシャル・ワークス・オブ・ミシェル・ルグラン</em>』(2020年)あたりのほうが無難かもしれない。なにせルグランのオーソリティとしては日本では最高峰だろう、音楽ライターでアンソロジストの<strong>濱田高志</strong>が、本盤の監修を務めているのだから──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　個人的によく聴いているのは、マーキュリー・レコードからリリースされた『<em>ル・メイユール・ドゥ・ミシェル・ルグラン</em>』(1999年)。フィルム・スコアはもちろんのこと、ポップ・ミュージック、ジャズ、クラッシックなど、ルグランの音楽を多面的に楽しむことができる。多種多様のルグラン・サウンド23曲が１枚のアルバムにぎゅっと詰まっているが、すべての曲がリマスタリングされたこともあり、プレイリストの進行はいたって自然に聴こえるし、その連続性にはまったく違和感が感じられない。手軽に楽しんでもよし、存分に味わってもよしの、ある意味でハイスペックな１枚と云える。いささかハナシがわき道にそれてしまったが、くだんのドキュメンタリー映画を観たひとなら間違いなく、さらに多くのルグラン・サウンドを欲するようになるだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところで、映画『ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家』が日本で公開された際に、著名な音楽家たちがコメントを寄せている。その顔ぶれを見ると、実に幅広いジャンルのミュージシャンたちに、ルグランの音楽が影響を与えていることをあらためて知らされる。ちょっと挙げてみると、サクソフォニストで作曲家の<strong>菊地成孔</strong>、映画やテレビの音楽を多く手がけている<strong>ゲイリー芦屋</strong>、もと<strong>ピチカート・ファイヴ</strong>のリーダー、<strong>小西康陽</strong>、音楽プロデューサーで作曲家の<strong>鷺巣詩郎</strong>、ジャズ・ピアニストで作曲家の<strong>島健</strong>、多種多様の映像作品のアンダースコアを手がける<strong>服部隆之</strong>、ポップス・シーンのヒットメーカー、<strong>林哲司</strong>、アルファレコードの創設者として知られる<strong>村井邦彦</strong>、女優としても活躍するシンガーソングライター、<strong>森山良子</strong>といった具合だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なかでも村井さんは、昔からルグランの支持者として知られている。<strong>市川崑</strong>監督作品である映画『火の鳥』(1978年)でプロデューサーを務め、ルグランにテーマ曲の作曲を依頼したのは氏である。ルグラン自らがタクトを振った<strong>ロンドン交響楽団</strong>の演奏によるアルバム『<em>火の鳥</em>』(1978年)、シンセシストとして一世を風靡した<strong>深町純</strong>によるスコアを<strong>新日本フィルハーモニー交響楽団</strong>が演奏した『<em>火の鳥 オリジナル・サウンドトラック</em>』(1978年)、テーマ曲のカヴァーが収録された『<em>サーカス 1</em>』(1978年)は、アルファレコードからリリースされた。なお、<strong>松崎しげる</strong>が歌ったイメージ・ソングのシングル盤『<em>火の鳥</em>』(1978年)はビクター・レコードから、やはりカヴァーが収録された<strong>ハイ・ファイ・セット</strong>のアルバム『<em>SWING</em>』(1978年)は東芝EMIから発売されたが、ともに村井さんのプロデュースによるものだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　これはいくぶん余談になるが、キーボーディストでシンガーでもある<strong>横倉裕</strong>が1970年初頭に結成したバンド、<strong>NOVO</strong>がルグランの作曲した「風のささやき」をカヴァーしている。躍動感のあるブラジリアン・グルーヴが炸裂するユニークなアレンジが、フレッシュで心地いい。いっぽう<strong>NOVO</strong>は、ポップ・デュオ、<strong>トワ・エ・モワ</strong>が歌った1971年の旭化成のCMソング「愛を育てる」と、フォーク・グループ、<strong>赤い鳥</strong>が1973年に発表した「窓に明りがともる時」を採り上げている。この２曲はどちらも作詞を<strong>山上路夫</strong>、作曲を<strong>村井邦彦</strong>といった黄金コンビによるものだ。その後、横倉さんはアメリカでの事業展開を模索していた村井さんを頼って渡米し、アルファレコードにおいてソロデビュー・アルバム『<em>ラヴ・ライト</em>』(1978年)を発表する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">ルグランの技巧が凝らされた豪華絢爛な音楽表現とフィルム・スコア</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　その点を踏まえると、<strong>NOVO</strong>がルグランの「風のささやき」をカヴァーした件に関しても、村井さんが一枚噛んでいるようにも思われる。そんな村井さん、音楽家としては類稀なるメロディメーカーといった印象を与えるが、その楽曲がルグランのそれを彷彿させるのかというと、実はまったくそんなことはない。氏がペンをとった曲といえば、<strong>慶應義塾大学ライト・ミュージック・ソサイェティー</strong>の出身ということもあり、ジャズの素養が活かされているのだろう、概ね洗練された都会的なイメージをもつ。むろんどちらがいいということではないけれど、ルグランの曲よりもむしろ村井さんのそれのほうが、透明感があって淑やかな感じのものとして、ぼくには受けとられる。それに対してルグランの音楽はすこぶる豪華で、思わず耳を奪われるようなものなのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　私感では、<strong>鷺巣詩郎</strong>の音楽にもっともルグランっぽいものが感じられる。鷺巣さんが関わった音楽では、英国のプロデューサー兼キーボーディストの<strong>マーティン・ラスセルズ</strong>と組んだ<strong>MASH</strong>というユニットの作品に、ぼくはもっとも興味をそそられた。このユニットの楽曲では、ファンキーなグルーヴとソウルフルなヴォーカルのフロウとが横溢する背景に、とき折ストリングスのアンサンブルによる彩りも鮮やかなサウンドがレイアウトされたりする。この絶妙なコントラストが、得も言われぬ心地よさを生んでいるように、ぼくには思われるのだ。この弦楽器群による煌びやかなダイナミクスは、一般的に氏の代表作とされる、テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年 &#8211; 1996年)のスコアにおいても散見されるが、こういうアレンジはおそらくルグランからの影響だろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ルグランがその華麗な音世界をオーケストラで表現するとき、その技法はきわめてユニークと云える。しかしながら彼のアレンジの作法をコピーしても、そう上手くいくものではない。プロの音楽家においても、ルグランのマナーを模倣して失敗している例をしばしば見かける。その点、鷺巣さんのアレンジはごく稀な成功例で、ただただ敬服するばかりだ。ルグランはもっとも合理的かつ効果的にオケを鳴らす方法を知り尽くしていて、さらにそこから飛躍する。むろんジャンプすることも容易ではないが、見事にランディングをキメることのほうが至難の業。ルグランはそれができる数少ない音楽家。おなじフランスの作曲家でヒラメキで流麗な旋律を創出する<strong>フランシス・レイ</strong>が天才ならば、ルグランはさながら天才的な山師といったところである。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8621 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/umbrella2.png" alt="黄色いレインコートを着た女性" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/umbrella2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/umbrella2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　いささか云いかたがわるくなったが、ルグランの技巧が凝らされた豪華絢爛な音楽表現を目の当たりにすると、ぼくはついついそんなイメージをもってしまうのである。すっかりあとになってしまったが、<strong>ミシェル・ルグラン</strong>は、1932年２月24日パリの20区メニルモンタン生まれの音楽家。ジャズ・ピニスト、ポップ・シンガーという側面ももつが、一般的には映画音楽の作曲家として広く知られる。彼は2019年１月26日にパリ西部近郊ヌイイ＝シュル＝セーヌにおいて、86歳でこの世を去る前年まで映画音楽の仕事をつづけていた。具体的には、巨匠<strong>オーソン・ウェルズ</strong>の未完の映画『風の向こうへ』(2018年)において、ウェルズの親友でもあったルグランは最後の力を振り絞ってスコアを書き上げた。このクラシックとジャズとを織り交ぜたフィルム・ミュージックが彼の遺作となった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この『風の向こうへ』のサウンドトラック・アルバムは、映画やテレビのサントラ盤でおなじみのララ・ランド・レコードからリリースされたが、そのコンテンツは一聴でルグランの手がけたものとわかる。ただ、ダイナミックなオーケストラの演奏や、スタイリッシュなジャズ・プレイが展開されるなかにも、とき折アヴァンギャルドな面が窺われ、あらためてその感性の瑞々しさに驚かされた。20世紀後半のフランス映画音楽シーンをリードしつづけた音楽家の、まさに面目躍如たる仕事ぶりと云える。ミュート・トランペットが奏でるクールでドライなテーマ曲が印象的な<strong>フランソワ・レシャンバック</strong>の監督作品『アメリカの裏窓』(1960年)からこの映画に至るまで、ルグランが携わった映像作品の数はテレビも含めると、結局のところ200以上にも上る。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちなみに『アメリカの裏窓』と『風の向こうへ』の音楽はともに、前述の『<em>ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家 オリジナル・サウンドトラック</em>』に収録されている。やはりこのアルバムからは、デシテス監督のこだわりの強さというか、ルグランに対する深い知識や見識が感じられる。ぼくも小学生のころからルグランの音楽に親しんできたけれど、見識的なことはともかく知識量ではデシテス監督の足もとにも及ばない。ぼくが影響を受けたフランス出身の映画音楽の作曲家といえば、<strong>ジョルジュ・ドルリュー</strong>、<strong>フランシス・レイ</strong>、そして<strong>ミシェル・ルグラン</strong>だ。３人のなかでもっとも長い期間、そしてもっとも多くの作品を聴いた音楽家といえば、やはりルグランになるのだろう。しかし彼のすべてが好きかというと、実はそうでもない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いま思えば、ドルリューやレイの音楽にはじめて触れたときも、いたく感動させられたけれど、ルグラン・サウンドとの出会いには、それをはるかに凌駕するインパクトがあった。小学生とはいえピアノを弾き作曲や編曲にも興味をもちはじめていたぼくは、彼の書くスコアにすこぶる好奇心がそそられたものである。彼のオーケストレーションの非凡なところといえば、音楽上のアイディアに大きなブレークスルーが生み出されているというところ。パリ国立高等音楽院でピアノ演奏とともに和声学を徹頭徹尾学び、同校を首席で卒業したルグランだけに、当然のごとく楽器の組み合わせかたや演奏のさせかたには精通している。ところが彼には、会得した正統的なマナーを打ち破り、飛躍的に前進するような志向がある。ルグランという音楽家が余人をもって代えがたいのは、そういうところがあるからだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　彼は一般的な音楽理論はもちろんのこと、汲めども尽きぬ知恵の泉をもってして、すべての楽器が渾然一体となった世界を創り上げる。惜しげもなく大きく展開されるルグラン・サウンドは、けっこう派手に聴こえるのだが、決して乱脈を極めることもなく心地よく響く。これはいわば、ルグラン・マジック。そんな劇的効果を出せるのは、世界広しといえども彼だけだろう。だが、それが却ってアダになることもある。ルグランの音楽自体は間違いなく一級品だけれど、映画のアンダースコアとして観たとき、少々まえに出過ぎるきらいがあると感じられるのだ。というのもぼくは、映像作品の劇伴の至上命題といえば、テーマ・ソングやインサート・ソングとは異なり、後方で物語を支えながら作品の世界観を深めることにあると考えるからだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それに反してルグランの音楽は、それ自体が絶えず存在感を示している。たとえば<strong>ジョルジュ・ドルリュー</strong>には、映画のシーンにおけるアンダースコアの要不要を的確に判断するような風情がある。つまり彼が映画音楽を手がけるとき、そのスコアが劇伴音楽に徹しつづけるケースがままある。いささか地味な作風と受けとられるかもしれないけれど、彼の簡潔で論理的なマナーによって創り出されるメロディとサウンドは、とにかく美しい。個人的には1960年代から1970年代の作品が好みなのだけれど、ハリウッドで仕事をするようになってからも、ドルリューはそういう確固たる個性を音楽に反映させつづけた。そんな傑出した才能にぼくは尊敬の念を抱くのだが、実はこのドルリュー、才華爛発なルグランをして“最高の作曲家”と云わしめたほどスゴいひとなのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">ルグランの代表作であるミュージカル映画『シェルブールの雨傘』の音楽</span></h3>
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<p>　ルグランの音楽は、映像やストーリーラインがどうであろうと、作品の華となる。むろんそういう特色が、有益である場合もある。たとえば全編音楽のみでほかのセリフが一切ないミュージカル、ヌーヴェルヴァーグの左岸派とされる<strong>ジャック・ドゥミ</strong>の監督作品『シェルブールの雨傘』(1964年)と『ロシュフォールの恋人たち』(1967年)、パリ、ニューヨーク、モスクワ、ベルリンといった４都市を舞台とし、各々の場所での物語がシャンソン、ジャズ、ロシアン・フォーク・ソング、クラシックといった音楽で彩られながら綴られていく、フランス屈指のヴィジュアリストである<strong>クロード・ルルーシュ</strong>の監督作品『愛と哀しみのボレロ』(1981年)、あるいはシンガーの<strong>バーブラ・ストライサンド</strong>が監督、製作、脚本、主演を務めたミュージカル映画『愛のイエントル』(1983年)などは、その好例である。</p>
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<p>　上記の映画は、ある意味で音楽が主役だ。もしそこにルグランの音楽がなかったら、作品は無味乾燥で月並みなものとなっていたかもしれない。なかでも『シェルブールの雨傘』は、第17回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した、世界的に知名度の高さを誇る作品。わが国での人気も非常に高く、2009年に公開45周年を記念して製作された、初のデジタル・リマスター版が世界に先駆けて公開されたのは日本だった。また、2013年にはデジタル修復完全版がプロデュースされ、第66回カンヌ国際映画祭のカンヌ・クラシックスで上映された。そんな後世に残るような優れた作品ではあるものの、この『シェルブールの雨傘』のシノプシスだけを参照すると、戦争という時代の流れに翻弄される若い男女の悲恋物語という、ちょっと陳腐なものに映る。</p>
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<p>　そんな使い古されたストーリーの映画を時代を超えた名作に押し上げたのは、セリフをすべてレチタティーヴォやアリオーソあるいはアリアとして役者に歌わせてしまう(実際は歌手に吹き替えで歌わせる)というドゥミ監督のアイディアも然ることながら、なんといっても、彼が書いた歌詞というか台詞に一分の隙もなく華やかで優雅な旋律を載せてしまう、希代の音楽家ルグランのアビリティだろう。ドゥミ監督は、ありふれたひとの営みをミュージカルやファンタジーで表現したロマンティックな作品を多く残しているが、彼が描く世界はある意味で非常に現実離れした情緒的で甘美なもの。そしてドゥミ監督の概念を増幅させているのが、ルグランによる豪華絢爛なサウンドであることは、一目瞭然である。逆にルグランにとってもドゥミは、最高のコンビネーションを発揮する監督と云える。</p>
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<p>　まあ、ある意味で映画『シェルブールの雨傘』は、従来のミュージカル映画の定石を破った野心的な作品と云えるのだが、この映画をはじめて観たときまだ小学生だったぼくは、1920年代後半からはじまるストーリーラインに沿って俳優が楽曲を歌うというスタイルの映画の歴史や定法について知る由もなかった。正直に云うと、そういう事柄はぼくにとっていまでも枝葉末節なことで、この映画での個人的な最大の留意事項といえば、ルグランによる珠玉の楽曲が満載であるということ。映画『シェルブールの雨傘』をはじめて体験したときのぼくの意識は、どちらかというと映像よりも音楽のほうに終始集中していたのである。その楽曲群の卓越性は、３部構成であるこの映画の第１部「はじまり──1957年11月」だけを採ってみても、遺憾なく発揮されている。</p>
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<p>　あのだれもが知る感傷的な美しい「テーマ」が粛々と奏でられたあと、軽快な「ガレージのシーン」がジャジーに展開され、さらにスウィート・アンド・ラヴリーな「店の前で」が柔らかに流れはじめるといった最初のシークエンスだけで、ぼくはすっかりルグランの音楽にこころを奪われてしまった。やがてのちに「ウォッチ・ホワット・ハプンズ」というタイトルで知られるようになる、エレガントな「宝石商(デュプール氏)の家で」がマイルドな味わいで歌われる。ちなみにこの曲はもともと、ドゥミ監督のデビュー作で『シェルブールの雨傘』の前日譚にあたる映画『ローラ』(1961年)のために書かれた曲。両作に登場するヨハネスブルグで宝石商として成功を収めた紳士、ローラン・カサールに関連づけての流用である。</p>
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<p>　第１部はメイン・タイトルの「テーマ」と同一曲である「駅：ギイの出発」によって、離ればなれになる恋人たちの切ない別れが、深い哀しみを湛えた壮大な音像で描き出され締めくくられる。このあまりにも有名な曲は、<strong>ノーマン・ギンベル</strong>が英語の歌詞を書き「アイ・ウィル・ウェイト・フォー・ユー」といタイトルが付され、世界的なスタンダード・ナンバーとなった。それはさておき、映画は第２部「別離──1958年１月」第３部「帰郷──1959年」とつづくわけだが、ぼくはこの作品をラストまで観届けたときには、<strong>ミシェル・ルグラン</strong>という音楽家にゾッコンになっていた。当然のごとく、サウンドトラック・アルバムを求めていそいそとショップに赴き、どうせならと通常盤ではなく２枚組の『<em>シェルブールの雨傘 完全オリジナル・サウンドトラック</em>』(1964年)のほうを購入した(国内盤は1973年に発売)。</p>
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<p>　このレコード、ぼくは手に入れた当初はよく聴いていたのだけれど、いまはあまりターンテーブルに載せることがない。現代では多種多様のメディアやオンデマンド配信サービスが存在する。だが当時は映画を観る手段といえば、劇場に足を運ぶかテレビ放送を待つかしかなかった。日常的に『シェルブールの雨傘』の音楽を楽しむには、このレコードだけが頼りだったのである。いまならこの完全盤LPを手にとるくらいだったら、配信サービスで本編を観たほうが、その作品世界をより立体的に堪能することができるのだ。そこでお薦めするのが『<em>交響組曲「シェルブールの雨傘」</em>』(1979年)というアルバム。ルグラン自身が、フィルム・スコアをピアノとオーケストラのための交響組曲にアレンジしたものだ。演奏は、前述のアルバム『<em>火の鳥</em>』で共演済みの<strong>ロンドン交響楽団</strong>である。</p>
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<p>　ルグランと<strong>ロンドン交響楽団</strong>とは、1978年４月２日にロンドンのロイヤル・アルバート・ホールにおいてコンサートも開催。公演ではルグランが作曲した数々の映画音楽が、彼自身による指揮とピアノ演奏によって披露された。その点、ルグランとこのオーケストラは『<em>交響組曲「シェルブールの雨傘」</em>』でも、息のピッタリ合ったところ見せている。指揮とピアノは、やはりルグラン自らが担当。数々のミュージカル・ナンバーがほぼ映画の進行どおりに、豪華絢爛かつ響徹雲霄なシンフォニック・サウンドで再現される。ときにはビッグバンド・ジャズ風なパフォーマンスもあり、オーケストラにエレクトリック・ギター、ベース、ドラムスといったリズム・セクションも加わる。それこそ天才的な山師のごとき、ルグランのアレンジの妙技をたっぷり味わうことができる１枚となっている。</p>
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<p>　なおレコーディングは、1979年５月21日から24日にかけてロンドンのEMIスタジオにおいて行われた。この交響組曲は28分強、切れ目なしに演奏されるが、レコードではA面のすべてを占める。B面には<strong>ジョゼフ・ロージー</strong>が監督したイギリス映画『恋』(1971年)のテーマ曲を、“２台のピアノとオーケストラのための主題と変奏”にアレンジしたものが収録されている。いまひとりのピアニストは、<strong>ロンドン交響楽団</strong>の<strong>ロバート・ノーブル</strong>が務めた。やはり編曲にルグランのひと並み外れた才能が感じられるが、22分近くひとつのテーマのヴァリエーションを聴かされるのには、正直なところ、ぼくはストレスを感じる。ただそれを差し引いても、このアルバムはルグランの才気が遺憾なく発揮された、鑑賞用音楽として一級品の音盤であることは間違いない。</p>
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