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	<title>Jazz | 気ままに音楽生活</title>
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	<description>いささか気ままに──ではありますが　素敵な音楽をご紹介してまいりますので　どうぞよろしくお願いいたします</description>
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	<title>Jazz | 気ままに音楽生活</title>
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		<title>Alan Pasqua, Dave Carpenter, Peter Erskine / The Way You Look Tonight (2007年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 02 Aug 2026 06:48:12 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Jazz]]></category>
		<category><![CDATA[Alan Pasqua]]></category>
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					<description><![CDATA[教育者、作曲家、そして演奏家としてはロックやフュージョンのキーボーディストといった側面をもつアラン・パスクァによる、2008年のグラミー賞にもノミネートされたピアノ・トリオ作品『今宵の君は』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">教育者、作曲家、そして演奏家としてはロックやフュージョンのキーボーディストといった側面をもつアラン・パスクァによる、2008年のグラミー賞にもノミネートされたピアノ・トリオ作品『今宵の君は』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Alan Pasqua, Dave Carpenter, Peter Erskine / The Way You Look Tonight (2007)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : I Could Have Danced All Night</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-2" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-2">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">教育者、作曲家、そして演奏家としてはロックやフュージョンのキーボーディストといった側面をもつアラン・パスクァによる、2008年のグラミー賞にもノミネートされたピアノ・トリオ作品『今宵の君は』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">既存の音楽の枠組みや固定観念にとらわれず、自由な発想や表現を追求</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">スピード感のあるバリバリのハードロックをプレイしていたこともある</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">2000年代に入ってからはピアノ・トリオ作品も何枚か発表している</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">既存の音楽の枠組みや固定観念にとらわれず、自由な発想や表現を追求</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　好きなのにもかかわらず、ご紹介できていないピアニストが、まだまだいる。<strong>アラン・パスクァ</strong>もそのひとり。1990年代の中盤からおよそ15年間、彼のアルバムがリリースされると、ぼくは必ず手にとっていたものだ。パスクァはアメリカ、ニュージャージー州ローゼル・パーク出身のジャズ・ピアニストだけれど、その当時、日本で彼にスポットが当てられる機会は、あまりなかったように思われる。たまに日本国内でアルバムが発売されたりすると、ちょっとは話題にはなるのだが、それは大抵そのとき限りのこととなる。おそらくパスクァがジャズ・ピアニストでありながら、教育者、作曲家、そして演奏家としてはロックやフュージョンのキーボーディストといった側面をもつからかもしれない。なぜか日本では、こういうタイプのミュージシャンは、あまり評価されないのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アメリカではパスクァのように、既存の音楽の枠組みや固定観念にとらわれず、自由な発想や表現を追求する姿勢を示すミュージシャンは存外多い。そういう音楽家は、自分自身を特定のスタイルに縛りつけないようにすることで、新しい価値観や多様な魅力を生み出そうとしているのだろう。しかしながらわが国においては、たとえばモダン・ジャズをこよなく愛するファンから、一極集中するようなプレイヤーが高く評価されるいっぽうで、常に過不足なく調和がとれているようなミュージシャンの場合、そういう音楽性を無個性と捉えられてしまうことが、ままあるのである。むろん一部のクリティックのなかには、フレキシブルな思考と多角的な視点でジャズという音楽を俯瞰する向きもある。世代的なこともあるのかもしれないが、ぼくも後者に属する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　思えばパスクァのことをはじめて知ったのは、英国出身のギタリスト、<strong>アラン・ホールズワース</strong>による初の本人名義のアルバム『<em>ヴェルヴェット・ダークネス</em>』(1976年)において。ホールズワースは自分に断りなく本作をリリースしたCTIレコードに対し憤りを感じていたようだけれど、もともとプログレッシヴ・ロック・バンドでプレイしていた彼ならではのソリッドなギター・ワークとユニークなトーンが際立ったこのレコーディングはいまでも、ギター・ファンのみならずフュージョンの愛好家にとっても垂涎の的である。ところでこのアルバムで、ベーシストの<strong>アルフォンソ・ジョンソン</strong>やドラマーの<strong>ナラダ・マイケル・ウォルデン</strong>とともに、フェンダー・ローズをはじめとする各種のキーボードで熱い演奏を繰り広げているのが、だれあろうパスクァなのである。</p>
<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9505 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/08/pas1.png" alt="ピアノを弾く犬のイラスト" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/08/pas1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/08/pas1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　そもそもこの『<em>ヴェルヴェット・ダークネス</em>』は、CTIレコードの作品としては異色作と云える。CTIは云うまでもなく音楽プロデューサー、<strong>クリード・テイラー</strong>によって設立された、ジャズ・レコード・レーベル。ジャズといってもその作品群は、同時代のソウル、ファンク、ポップス、ブラジリアン・ミュージック、クラシックなどの要素が採り入れられたスタイルが際立っている。また、リズム・セクションに、ストリングス、ウッドウィンズ、ブラスなどが加えられた、オーケストラルな編成によるダイナミックなサウンドが呼びものとなっていた。それすなわちクロスオーヴァーと呼ばれていたもので、CTIはこのジャンルにおいて先鞭をつけたレーベルと云える。しかしながら『<em>ヴェルヴェット・ダークネス</em>』は、ジャズの精神が保持されながらもかなりロック寄りの作品だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このアルバム、他のCTI作品と同様にジャズ・サウンドのパイオニア的エンジニア、<strong>ルディ・ヴァン・ゲルダー</strong>の手によってニュージャージー州イングルウッドクリフスのヴァン・ゲルダー・スタジオで吹き込まれた。にもかかわらず、ちっともCTIサウンドらしく聴こえないのである。それはホールズワースの音楽が、ジャズに対する既存の観念に少しもとらわれることのない、しかもクロスオーヴァーという柔軟な枠にすら収まらないものだからだろう。ホールズワース自身がそういう独特の存在感を放つギタリストで、それが彼の魅力でもあるのだけれど、パスクァもそれに似た風格を感じさせるキーボーディストだ。実はホールズワースとパスクァはともに、1975年の春に結成された<strong>ザ・ニュー・トニー・ウィリアムス・ライフタイム</strong>のメンバーだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このバンドは云うまでもなく、ジャズとロックとを跨いで活躍するイリノイ州シカゴ出身の天才ドラマー、<strong>トニー・ウィリアムス</strong>が率いたクァルテット(ベーシストはミシガン州デトロイト出身の<strong>トニー・ニュートン</strong>)。このバンドでのホールズワースとパスクァのプレイは『<em>ビリーヴ・イット</em>』(1975年)『<em>ミリオン・ダラー・レッグス</em>』(1976年)といった２枚のアルバムで聴くことができる。さらに付言すると、ホールズワースとパスクァは2007年５月、故人となったウィリアムスへのトリビュートとして、このプロジェクトのために新たにバンドを組み、ヨーロッパ・ツアーを行った。メンバーは、<strong>アラン・ホールズワース</strong>(g)、<strong>アラン・パスクァ</strong>(key)、<strong>ジミー・ハスリップ</strong>(b)、<strong>チャド・ワッカーマン</strong>(ds)といった凄腕の４人である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このツアーでは、ホールズワース特有のレガート奏法や独特のハーモニーはもちろんのこと、各メンバーのヴァーチュオシックかつスリリングなインプロヴィゼーションが披露された。この公演のうち2007年5月19日に行われた、ヨーロッパでもっとも有名で歴史のある伝説的なジャズ・クラブ、ベルリンのクオシモード・クラブでのパフォーマンスは、実況録音され商品化されている。ホールズワース、パスクァ、ハスリップ、ワッカーマンの４人名義の２枚組CDアルバム『<em>ブルース・フォー・トニー</em>』(2009年)がそれで、ボスニア(旧ユーゴスラビア)生まれの南イタリア育ち、そしてニューヨークを活動拠点とするプロデューサー、ツアーマネージャー、そしてプロモーターでもある<strong>レオナルド・パヴコヴィッチ</strong>が創設したムーンジューン・レコードからリリースされた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このムーンジューン・レコードだが、プログレッシヴ・ロック、ジャズ・ロック、そしてアヴァンギャルドな音楽に照準が当てられたレーベルであるということが、実に興味深い。つまり４人のパフォーマンスがそれらの音楽ジャンルに属するものと認識されているわけだが、むろんジャズ、フュージョンの愛好家が聴いても大満足のコンテンツとなっている。曲目のほうも<strong>ザ・ニュー・トニー・ウィリアムス・ライフタイム</strong>のレパートリーからメンバーの書き下ろしナンバーまで、充実した内容である。グラミー賞の受賞者でもあるエンジニア、<strong>リッチ・ブリーン</strong>によるレコーディング＆マスタリングも素晴らしい。ちなみに、彼はパスクァのアルバムも何枚か手がけている。本作は、ヴィヴィド・サウンド・コーポレーションによって日本国内でも発売されているので、ぜひとも手にとっていただきたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">スピード感のあるバリバリのハードロックをプレイしていたこともある</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いずれにしても、このライヴでのパスクァのプレイから、ビバップやハード・バップあるいはポスト・バップ的なものであったとしても、アコースティックなジャズ・パフォーマンスを想像することは、なかなか困難なことである。しかも彼は、<strong>ザ・ニュー・トニー・ウィリアムス・ライフタイム</strong>に参加したあとも、ロック・シンガーの<strong>エディ・マネー</strong>のファースト・アルバム『<em>噂のエディー・マネー</em>』(1977年)にキーボーディストとして参加。さらにその後は、ロックの殿堂入りも果たしたシンガーソングライター、<strong>ボブ・ディラン</strong>のバンド・メンバーとなる。ディランのライヴ・アルバム『<em>武道館</em>』(1978年)で、キーボードをプレイしているのはパスクァなのだ。1978年２月28日と３月１日の日本武道館での公演が収録されたものだが、25歳のパスクァはまだまだ無名だった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　パスクァはディランやマネーのレコーディングに継続的に参加するいっぽうで、1980年代に入ると、<strong>ジョン・フォガティ</strong>の『<em>アイ・オブ・ザ・ゾンビー</em>』(1986年)、<strong>スターシップ</strong>の『<em>ノー・プロテクション</em>』(1987年)、<strong>アラン・ホールズワース</strong>の『<em>サンド</em>』(1987年)といった、いわゆるロックの名盤のレコーディングでも起用されている。そんななか特に目を引くのは、メキシコ生まれのロック・ギタリスト、<strong>カルロス・サンタナ</strong>のレコーディング。パスクァはサンタナの『<em>マラソン</em>』(1979年)『<em>ジーバップ！</em>』(1981年)『<em>ハバナ・ムーン</em>』(1983年)といったアルバムに、キーボーディストとして参加している。さらに驚かされるのは、パスクァがテネシー州ナッシュヴィル出身の音楽プロデューサー兼ギタリスト、<strong>ダン・ハフ</strong>とバンドを組んでいたことである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　パスクァとハフは、1987年に<strong>ジャイアント</strong>というバンドを結成している。メンバーは、<strong>ダン・ハフ</strong>(g, vo)、<strong>アラン・パスクァ</strong>(key)、<strong>マイク・ブリグナーデロ</strong>(b)、<strong>デヴィッド・ハフ</strong>(ds)。このグループ、実はなんとハードロックないしヘヴィ・メタル系のバンドなのである。ファースト・アルバム『<em>ラスト・オブ・ザ・ランナウェイズ</em>』(1989年)がスマッシュヒットとなったこともあり、ロック・ファンには広く知られている。セカンド・アルバム『<em>タイム・トゥ・バーン</em>』(1992年)をリリースしたあと一時解散し、2000年に再結成している。パスクァがこのバンドのキーボーディストを務めていたのは、このセカンド・アルバムまでである。いずれにせよ、彼がおよそ５年間、スピード感のあるバリバリのハードロックをプレイしていたというのは、あまりにも意外な事実だった。</p>
<p><img decoding="async" class="aligncenter wp-image-9506 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/08/pas2.png" alt="ウッドベースを弾く犬のイラスト" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/08/pas2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/08/pas2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　そんなパスクァとジャズとが、どのように結びつくのか。実は彼は案外早い時期に、ジャズ・ピアニストとしての才能の片鱗を見せている。それはビバップとスキャット・ジャズの歌唱スタイルを開拓した、ミシガン州デトロイト出身の女性シンガー、<strong>シーラ・ジョーダン</strong>のレコーディングでのこと。ジョーダンのアルバムに『<em>コンファメーション</em>』(1975年)というのがある。彼女にとってセカンド・アルバムに当たるが、日本を代表するジャズ・プロデューサー、<strong>伊藤八十八</strong>が制作を手がけた日本盤で、彼自身が設立したレーベル、イースト・ウィンドからリリースされた。ジョーダンが師と仰ぐ<strong>チャーリー・パーカー</strong>に捧げた、ジャズ・スタンダーズを自由なヴォーカル・スタイルで聴かせる、なかなかの力作。リズム隊とのインタープレイが素晴らしい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところでこのジョーダンのアルバムで、<strong>キャメロン・ブラウン</strong>(b)、<strong>ビーヴァー・ハリス</strong>(ds)、<strong>ノーマン・マーネル</strong>(ts)とともにバックを務めているのが、パスクァなのだ。吹き込みは1975年７月12日、13日、ニューヨークのヴァンガード・スタジオで行われた。ここでのパスクァはポスト・バップ然としたピアノ・プレイを繰り広げている。前述の<strong>ザ・ニュー・トニー・ウィリアムス・ライフタイム</strong>のアルバム『<em>ビリーヴ・イット</em>』と同年同月のレコーディングであることが、なんとも興味深い。かたやジャズ・ファンク、あるいはフュージョンといった音作りのなかで、フェンダー・ローズによって煌びやかで弾けるようなフレーズを綴るパスクァが、ジャズ・ピアニストとして面目躍如たるアコースティック・ピアノによるモダンな演奏を披露しているのだから、愉快と云うしかない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　とはいってもよく聴くと、フェンダー・ローズであってもアコースティック・ピアノであっても、パスクァのピアニズムにはジャズの精神性がしかと感じられるのだ。そんなパスクァはさきにもちょっと触れたが、1952年６月28日、ニュージャージー州ローゼル・パークに生まれた。７歳からクラシック・ピアノのレッスンを受け、10代のころには、ロックやジャズのバンドで演奏。高校卒業後はインディアナ大学に進学し、1970年代初頭にはマサチューセッツ州ボストンのニューイングランド音楽院において、ジャズ・ピアニストの<strong>ジャッキー・バイアード</strong>に師事した。プロ・ミュージシャンになるキッカケは、<strong>スタン・ケントン楽団</strong>において体調を崩したケントンの代役でピアノを弾いたこと。当時のパスクァの同居人、ドラマーの<strong>ピーター・アースキン</strong>が彼をピンチヒッターに推薦した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらに付け加えておくと、若き日のパスクァはニューイングランド音楽院において、<strong>ガンサー・シュラー</strong>、<strong>ジョージ・ラッセル</strong>といった当時のサード・ストリームを主導した作曲家の薫陶を受けている。同音楽院にて関連する学位プログラムを備えた、サード・ストリーム部門を設立したのはシュラーだった。サード・ストリームというのは簡単に云うと、ジャズとクラシック音楽とが融合された音楽ジャンルのこと。1957年、シュラーによって、マサチューセッツ州ウォルサムにあるブランダイス大学での講義のなかで、考案されたものである。彼はのちにこの新しいジャンルの音楽を、ジャズとクラシック音楽とのほぼ中間に位置すると明確に定義しているが、インプロヴィゼーションを重要な要素と捉えているのもまた事実である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いずれにしてもこれまで述べたとおり、パスクァがホールズワースと同様に、ジャズに対する既存の観念に少しもとらわれることもなく、クロスオーヴァーという柔軟な枠にすら収まらない演奏活動を展開するのは、シュラーやラッセルの教えを受けたことが少なからず影響しているからと、ぼくは思うのである。それ故か、パスクァはなかなかモダン・ジャズの現場に戻ってこなかった。なお彼を<strong>ザ・ニュー・トニー・ウィリアムス・ライフタイム</strong>のメンバーに推薦したのは、師のひとりである<strong>ジョージ・ラッセル</strong>だった。またパスクァは後年、ロサンゼルスの南カリフォルニア大学ソーントン音楽学校のジャズ科において、教授として教鞭を執ることになるのだが、その点からも彼が即興演奏をはじめとする音楽理論に精通していることは明白だろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">2000年代に入ってからはピアノ・トリオ作品も何枚か発表している</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　自己のロック・バンド、<strong>ジャイアント</strong>での活動を継続させながら、キーボーディストとして様々なアーティストのレコーディングに参加していたパスクァが、アコースティックなモダン・ジャズに回帰したプレイを披露するようになるのは、1990年代の中ごろまで待たなければならない。彼は1993年10月10日、11日、ニューヨークのサウンド・オン・サウンド・スタジオにおいて、個人名義の初リーダー作を吹き込む。ひょっとすると<strong>ジャイアント</strong>の解散がひとつの節目となり、パスクァは単独名義アルバムの制作への意欲が掻き立てられたのかもしれない。とにもかくにも、このニューヨークのポストカーズというレーベルからリリースされたアルバム『<em>ミラグロ</em>』(1994年)では、それまでの経験に裏打ちされたパスクァの実力が発揮された、現代的かつ冒険的なモダン・ジャズが展開されている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>デイヴ・ホランド</strong>(b)、<strong>ジャック・ディジョネット</strong>(ds)といった、<strong>キース・ジャレット</strong>所縁のリズム隊を軸に、圧倒的なテクニックと多彩な表現力を兼ね備えた<strong>マイケル・ブレッカー</strong>(ts)がフィーチュアされる。故にここではパスクァのピアノ・プレイも含めて、アーバンかつアップトゥデイトなジャズが繰り広げられている。曲目は<strong>コール・ポーター</strong>の「オール・オブ・ユー」と、<strong>トーマス・ペイン・ウェステンドルフ</strong>の「アイル・テイク・ユー・ホーム・アゲイン・キャスリーン」以外は、すべてパスクァのオリジナル・ナンバーでまとめられているが、彼の作曲家としてのセンスが光る。<strong>ロジャー・ローゼンバーグ</strong>(fl)、<strong>デイヴ・トファニ</strong>(bcl)、<strong>ウィリー・オレネック</strong>(tp, fl)、<strong>ジャック・シャッツ</strong>(tb)からなるホーン・セクションのアレンジもまた、異彩を放っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このアルバムを機に、パスクァはモダン・ジャズの演奏にウェイトを置くようになる。とはいっても彼の演奏には、ピアノ・トリオをはじめとする伝統的なコンボ・スタイルが守られながらも、リズムやハーモニーの解釈に関しては現代風に変えられる傾向がある。まあこのころのジャズ/フュージョン・シーンにおいては、アコースティック・サウンドへの回帰とニュージェネレーション・スタイルの模索とが推し進められていたから、パスクァのプレイを時代を体現したものと捉えても差し支えないだろう。そんななかパスクァは、ポストカーズからセカンド・アルバム『<em>デディケーションズ</em>』(1996年)を発表。<strong>デイヴ・ホランド</strong>(b)、<strong>ポール・モチアン</strong>(ds)、<strong>ゲイリー・バーツ</strong>(as)、<strong>マイケル・ブレッカー</strong>(ss, ts)、<strong>ランディ・ブレッカー</strong>(tp)を従えての吹き込みは、いまもなおフレッシュな魅力を放っている。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9507 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/08/pas3.png" alt="ドラムを叩く犬のイラスト" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/08/pas3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/08/pas3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　このアルバムのあとパスクァは、ニューメキシコ州サンタフェに拠点を構えるレーベル、ブルー・フォレスト・レコードから『<em>ラシアン・ペザント</em>』(1999年)というソロ・ピアノ集リリースしている。パスクァ自らレコーディングとミキシングを手がけ、ロサンゼルスのプライヴェート・スタジオで吹き込みを行った。本作は、ニューヨーク州キャッツキル出身の女流作曲家、<strong>ロバータ・フェイゲンバウム</strong>が作曲した楽曲を、パスクァがソロ・ピアノで演奏、解釈するという、ある種のコラボレーション・アルバムである。当時サンタフェ在住だったフェイゲンバウムは、多岐にわたるスタイルで作品を制作する音楽家として知られていたが、本作でもジャズ、フォーク、クラシックなどを融合させた独特の世界を描いている。パウクァによるピアノ演奏がもつ、豊かな音の質感と繊細かつ複雑な表現も絶品だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　実はぼくは、この『<em>ラシアン・ペザント</em>』を聴いて、完全にパスクァという音楽家の虜になったのである。彼のソロ・ピアノには、特定の音楽ジャンルの枠にとらわれない広がりのようなものが感じられる。そしてそれは、難解さとはまったく無縁のリスナーのイマジネーションを優しく刺激するようなもの。パスクァのピアノが描き出す、あたかも淡彩画のような透明感と軽やかさに溢れた音世界に身を委ねるのは、ぼくにとって至福の時間を過ごすことなのだ。自作曲を集めた『<em>ソロ</em>』(2006年)、<strong>ビル・エヴァンス</strong>に捧げられた『<em>ビル・エヴァンスへのオマージュ</em>』(2011年)、スタンダード作品集『<em>ソリロクィ</em>』(2018年)といった、彼がときおり吹き込んできたソロ・ピアノ・アルバムは、どれも何度聴いても新鮮に感じさせる味わい深い作品ばかりだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そのいっぽうでパスクァは、2000年代に入ってからピアノ・トリオ作品も何枚か発表している。なかでも盟友の<strong>ピーター・アースキン</strong>が立ち上げたレーベル、ファジー・ミュージックからリリースされた、<strong>アラン・パスクァ</strong>(p)、<strong>デイヴ・カーペンター</strong>(b)、<strong>ピーター・アースキン</strong>(ds)による『<em>ライヴ・アット・ロッコ</em>』(2000年)『<em>バッドランズ</em>』(2001年)『今宵の君は』(2007年)といった３作では、幅広い音楽性が打ち出されたトリオ・プレイを堪能することができる。このうち１枚目は1999年10月21日、22日、かつてロサンゼルス、ベルエアにあった伝説のジャズ・クラブ、ロッコにおいて実況録音された２枚組CDである。なおカーペンターは2008年６月24日、心臓発作により48歳という若さで急逝したが、後釜には、ポーランド、ヴロツワフ出身のベーシスト、<strong>ダレク “オレス” オレシュキェヴィッチ</strong>が座った。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　上記の３枚のうち、だれにでもお薦めできるのが『<em>今宵の君は</em>』である。前２作がメンバーのオリジナル・ナンバー中心に構成されていたのに対し、本作はすべて比較的よく知られたトラディショナルとジャズ・スタンダーズとでまとめられている。このアルバム、日本で先行発売されたのだが、国内盤はファッションモデルの<strong>竹下玲奈</strong>のモノクローム写真があしらわれたふたつ折りの紙ジャケット。CD本体は、音質面で優秀な濃緑色の特注ポリカーボネート製といった、贅沢な仕様だった。その後アメリカでリリースされた際、ジャケットはグラフィックデザインに、アルバム・タイトルは『<em>スタンダーズ</em>』に変更された。レコーディングは2007年１月18日、19日、カリフォルニア州ラホヤの神経科学研究所の講堂で行われた。ダイレクト・トゥ ２トラック・ステレオによる臨場感溢れる音質が素晴らしい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムは、<strong>ジェローム・カーン</strong>の「今宵の君は」からスタート。３人のウォーミングアップ的な肩ひじを張らない演奏に好感がもてる。内省的なグルーヴが、なんとも心地いい。スウェーデン民謡の「ディア・オールド・ストックホルム」では、パスクァによるリハーモナイゼーションが原曲に新しい色彩を与えている。静かに熱気が高まっていく感じが絶妙だ。<strong>ジミー・ヴァン・ヒューゼン</strong>の「ディープ・イン・ア・ドリーム」では、パスクァの繊細なバラード表現にこころを奪われるばかりだ。<strong>ディジー・ガレスピー</strong>の「コン・アルマ」では、カーペンターとアースキンとが打ち出すアフロビートと４ビートのシークエンスが、都会的なムードを演出する。<strong>リチャード・ロジャース</strong>の「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」では、ピアノを中心とした安らぎを感じさせるスウィング感が絶品だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>クルト・ヴァイル</strong>の「スピーク・ロウ」では、アースキンの華麗なスティック・ワークが随一。<strong>ジミー・ドーシー</strong>の「アイム・グラッド・ゼア・イズ・ユー」では、静寂に包まれるようなバラード演奏に息を呑む。<strong>ジョージ・フラゴス</strong>の「アイ・ヒア・ア・ラプソディ」では、バップ然としたスピーディなピアノ、しなやかなベース、８バースでの当意即妙なドラムスと、終始爽快だ。<strong>ジェローム・カーン</strong>の「アイム・オールド・ファッションド」では、トリオの明るくスッキリした演奏に胸がすく。<strong>フレデリック・ロウ</strong>の「踊り明かそう」では、超スローテンポのプレイに意表をつかれる。個人的には、この叙情的なアレンジが大好き。こころに深く染みるような演奏は、アルバムを締めくくるのに相応しい。そして、ここに収められた10ピースのように、聴けば聴くほど深い感動をもたらすという点は、パスクァの音楽性にそのまま通じるものでもある。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>The Three Sounds / Introducing The Three Sounds (1958年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 12 Jul 2026 07:13:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Jazz]]></category>
		<category><![CDATA[The Three Sounds]]></category>
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					<description><![CDATA[ブルーノート・レコードが生んだ不世出のピアノ・トリオ・スタイルのジャズ・アンサンブル、ザ・スリー・サウンズの記念すべきデビュー・アルバム『イントロデューシング・ザ・スリー・サウンズ』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">ブルーノート・レコードが生んだ不世出のピアノ・トリオ・スタイルのジャズ・アンサンブル、ザ・スリー・サウンズの記念すべきデビュー・アルバム『イントロデューシング・ザ・スリー・サウンズ』</span></h2>

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<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>The Three Sounds / Introducing The Three Sounds (1958)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Tenderly</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-4" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-4">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">ブルーノート・レコードが生んだ不世出のピアノ・トリオ・スタイルのジャズ・アンサンブル、ザ・スリー・サウンズの記念すべきデビュー・アルバム『イントロデューシング・ザ・スリー・サウンズ』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">サウンドに偏りがなくトリオ・プレイは一様に過不足なく調和がとれている</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">ブルーノート復帰後はかつてのコンビネーションの魅力がすっかり薄まる</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">３人の構造的かつ機能的に繋がるプレイの妙味がすでに充分発揮されている</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">サウンドに偏りがなくトリオ・プレイは一様に過不足なく調和がとれている</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくはいわゆるレコード・コレクターではないので、大好きなジャズに関してもあまりディープな知識はもち合わせていない。それでも名門ブルーノート・レコードのアルバムには、主に発売時期によって割り当てられたカタログ番号というものがあり、そのモダン・ジャズの黄金期を築いた歴史的名盤は、大まかに1500番台と4000番台といったシリーズに分けられることくらいは、ぼくでも知っている。そして、なんとなくだけれど、1500番台と4000番台といったふたつのシリーズには、異なるイメージをもっている。簡単に云うと、1500番台は1950年代のジャズ、4000番台は1960年代のジャズといった印象を与えるのだ。さらに云えば、1950年代はモダン・ジャズの草創から成熟への時期、1960年代以降はその大衆化から爛熟への時期と感じられる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　具体的には、1500番台は、12インチLPレコードの本格的なスタートとなったシリーズ。<strong>マイルス・デイヴィス</strong>、<strong>ジョン・コルトレーン</strong>、<strong>アート・ブレイキー</strong>、<strong>ソニー・ロリンズ</strong>などの作品が集中するが、そのカタログにはいわゆる歴史的名盤がズラリと並ぶ。それに対して4000番台は、ハード・バップからモード・ジャズ、さらにフリー・ジャズへと向かう時代のシリーズ。<strong>ハンク・モブレー</strong>、<strong>ウェイン・ショーター</strong>、<strong>ハービー・ハンコック</strong>などの個性的なラインナップは非常に魅力的で、一般的にも人気が高い。なぜならこの4000番台のカタログには、モダン・ジャズといってもハードルの高い作品ばかりではなく、ビギナーからディガーまでカジュアルに楽しめるようなアルバムがたくさんあるからだ。それは、ブルーノート作品が世代を超えて聴き継がれる理由のひとつでもある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところで、ブルーノートのカタログにはBLP-1600という番号をもつレコードがある。むろん1600番台というシリーズは存在せず、このアルバムは1500番台の最後を飾る作品とされている。面白いな。ただこのアルバム、1500番台のシリーズに組み込まれる場合、確かに数字的には不整合なのだが、その特例である1600というカタログ番号から、いみじくも1500番台のその他の作品とは明らかに異なるコンテンツを抱えているということを暗示するに至った。このBLP-1600は『<em>イントロデューシング・ザ・スリー・サウンズ</em>』(1958年)というレコードだが、云うまでもなくピアノ・トリオ・スタイルのジャズ・アンサンブル、<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>のデビュー・アルバムである。このグループ、実は4000番台のカタログにおいては、最多出場アーティストとなっている。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9415 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/07/Three1.png" alt="ピアノを弾く犬とテーブルでカクテルを飲む猫のイラスト" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/07/Three1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/07/Three1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>といえば、ブルーノート・レコードが輩出した、押しも押されもせぬモダン・ジャズの人気グループ。ピアノの<strong>ジーン・ハリス</strong>、ベースの<strong>アンディ・シンプキンス</strong>、ドラムスの<strong>ビル・ダウディ</strong>と、メンバーはみな確たる実力の持ち主だが、我田引水なプレイを展開するものはいない。そのサウンドは極端に偏ることがなく、３人の演奏は一様に過不足なく調和がとれている。そして、このバランスのとれたコンビネーションが、ジャズという音楽の楽しい部分を自然に引き出している。こういうピアノ・トリオは存外少なくて、ブルーノートがこのトリオを“<strong>ジーン・ハリス・トリオ</strong>”ではなく、敢えてグループ名義でデビューさせたのも、大いに得心がいく。しかもブルーノートがこのグループを積極的に売り込もうとしていたのは、明々白々である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>は、1958年９月16日、28日に『<em>イントロデューシング・ザ・スリー・サウンズ</em>』の吹き込みを行ったあと、大手のヴァーヴ・レコードに引き抜かれ1962年10月13日にアルバム『<em>ブルー・ジーンズ</em>』(1962年)のレコーディングを行うまでの４年間、<strong>ルー・ドナルドソン</strong>や<strong>スタンリー・タレンタイン</strong>とのコラボレーション・アルバムを含めると、ブルーノートから９枚ものリーダー作を発表したことになる。しかも驚くなかれ、その吹き込みのうちの40曲以上が、シングルカットされているのだ。この間、<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>はアメリカ国内で頻繁に演奏ツアーを行い、各地のジャズ・クラブにおいて多くのファンを獲得した。そのサウンドが孕んだポピュラリズムは、一部の有識者からは批判を受けたが、一般的には広く歓迎されたのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ときにブルーノート・レコードといえば、一般的にどんなアーティストが思い浮かべられるのだろう。ぼくは音楽に関しては偏食家なので参考にはならないかもしれないけれど、狭量な見識で恐縮だがここに独断と偏見で、ぼくにとってのブルーノート・アーティスト・ベスト５を挙げておく。このレーベル、モダン・ジャズの黄金時代、そしてハード・バップを象徴するだけに、管楽器のスター・プレイヤーを多く抱えるという印象が強い。しかしながら自分は幼いころからピアノを弾いていたし、それ故ピアニストの作品を多く聴くので、ここはピアニストに絞り込んでみたい。したがって、比類なき名盤を数多く残したという点で、まず<strong>ホレス・シルヴァー</strong>と<strong>ハービー・ハンコック</strong>は、文句なくベスト・アーティストに入るだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　つづいてレーベルへの貢献度からすると、<strong>ソニー・クラーク</strong>と<strong>デューク・ピアソン</strong>もまた然りである。では残りのひとりはというと、これがちょっと逡巡してしまうのだ。<strong>ケニー・ドリュー</strong>と<strong>ウィントン・ケリー</strong>はとても好きなのだけれど、いささかアルバムが少ない。<strong>マッコイ・タイナー</strong>は、圧倒的にインパルス! レコードの作品のほうが好み。<strong>チック・コリア</strong>や<strong>セシル・テイラー</strong>も、私感ではブルーノートのひとではないように思われる。ビバップ・スタイルの第一人者である<strong>バド・パウエル</strong>の場合、ブルーノート作品に芸術的かつ神がかったかつての彼は、もういない。アルバム単位だったら、<strong>ウォルター・デイヴィス・ジュニア</strong>、<strong>ユタ・ヒップ</strong>、<strong>ハービー・ニコルス</strong>なども注目の的なのだが、なにぶんリーダー作が少ないのでランクインは見送られる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それにしても、改めてブルーノートにおけるピアニストのリーダー作を思い浮かべていくと、案外たくさんあるものだ。それでも、ホーン奏者の作品がパッとイメージがひらめくのに対して、ピアニストのそれとなるとにわかにチョイスするのはなかなか困難と云える。そんなわけで、最後のひとりはやはり<strong>ホレス・パーラン</strong>あたりに落ち着くのだろう。彼のレコードをはじめて聴いたときは、ぼくもその独特のピアノ・スタイルに目からウロコが落ちるような気持ちにさせられた。それはコンプレックスを克服して可能にしたというか、制限があったからこそ生み出すことができた、パーランならではの斬新な演奏法。ぼくも彼のブルーノート作品は、いまも愛聴しつづけている。と、ここまでで、ふと<strong>ジーン・ハリス</strong>が入っていないことに気がつくのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">ブルーノート復帰後はかつてのコンビネーションの魅力がすっかり薄まる</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ハリスのピアノ・スタイルをひと言で云うと、それは中庸ということになる。ソウルフルではあるけれど、<strong>ラムゼイ・ルイス</strong>ほどアーシーではない。ハッピー・フィーリングが際立つが、<strong>オスカー・ピーターソン</strong>ほど弾きまくらない。また、しばしばブロック・コードを使用するけれど、<strong>レッド・ガーランド</strong>の弾きかたほどユニークではない。つまりハリスのピアニズムは、いま挙げた３人のように一極集中するようなことはなく、常に過不足がなく調和がとれているのである。それを無個性と云ってしまえばそれまでなのだが、３人のもつスピリットを兼ね備えたハリスのスタイルは、裏を返せばリスナーにモダン・ジャズの楽しさのエッセンスを満遍なく与えるものとも云える。その点、気軽にジャズを楽しめるというところが、最大の魅力となっている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そういうハリスの音楽性は、<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>のもつ固有の性質にそっくりそのまま当てはまる。このトリオは、いわばブルーノートきっての愉快な音楽隊。どちらかというと硬派なレーベルという印象を与えるブルーノートにおいて、このトリオはひときわ異彩を放っている。彼らがプレイするのは、レイドバックでエンジョイアブルなモダン・ジャズ。おそらくブルーノートにおいて、これほど鷹揚で楽しげにスウィングするジャズを聴かせるアーティストは、このトリオをおいてほかにいないだろう。<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>には、前述のヴァーヴをはじめ、マーキュリー、ライムライトといったレーベルにも吹き込みがあるのだけれど、どれもブルーノートでの諸作には到底およばない。それらの点を踏まえると、このトリオは異形でありながら、ブルーノートならではの存在とも云えるのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　とはいえ、<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>が最初に契約を結んだのは、ブルーノート・レコードではなく<strong>オリン・キープニュース</strong>と<strong>ビル・グラウアー</strong>が設立したリヴァーサイド・レコードだった。初レコーディングは、奇しくも『<em>イントロデューシング・ザ・スリー・サウンズ</em>』のそれとおなじ1958年の９月のこと。コルネティストの<strong>ナット・アダレイ</strong>をリーダーとするセッションで、テナー奏者の<strong>ジョニー・グリフィン</strong>とともに<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>が参加した。このときの音源はアダレイのアルバム『<em>ブランチング・アウト</em>』(1958年)としてリリースされた。このアルバム、発売されたのがなんと『<em>イントロデューシング・ザ・スリー・サウンズ</em>』とおなじ、1958年の12月のことである。アダレイとグリフィンとの刺激的なフロントラインも然ることながら、<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>のファンキーなプレイが軽妙だ。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9416 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/07/Three2.png" alt="ダブルベースを弾く犬とテーブルでカクテルを飲む猫のイラスト" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/07/Three2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/07/Three2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>は、もともと1956年にミシガン州ベントン・ハーバーで結成された<strong>フォー・サウンズ</strong>というバンドだった。メンバーには、ハリス、シンプキンス、ダウディのほかに、サクソフォニストの<strong>ロニー・ウォーカー</strong>がいた。1957年にウォーカーが脱退すると、残りの３人はまずワシントンD.C.に、次いでニューヨーク・シティに移動し、<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>として活動を開始した。前述のように一時的にリヴァーサイドと契約していたが、1958年、ニューヨークのオフビート・クラブに出演中、来店していたブルーノートの創設者、<strong>アルフレッド・ライオン</strong>に見初められた。なんとその場で、ブルーノートとの契約が成立。そしてその数日後には、早くもデビュー・アルバム『<em>イントロデューシング・ザ・スリー・サウンズ</em>』が吹き込まれたのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なお、<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>をライオンに薦めたのは、<strong>ホレス・シルヴァー</strong>だったという。云うまでもなくシルヴァーは、ジャズの黄金期を支えた音楽家のひとり。彼のグループが奏でるサウンドには、従前のバップ・スタイルをより上のステージにもっていったような感じがある。そういう意味では、ハード・バップの立役者のひとりとも捉えられる。さらに云えば、シルヴァーは単なるジャズ・ピアニストではなく、音楽の方向性を明確にし、それに沿って楽曲をハイスペックなものに仕上げるという、卓越した才能をもつ音楽家なのだ。彼が制作したアルバムは、リスナーが充分に楽しめる作品として、いつでも高い水準に達している。大衆がなにを望んでいるかをを見抜く鋭い見識をもつシルヴァーの推薦があったからこそ、ライオンも<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>を積極的にアピールしたのだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　実のところ<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>は、ハード・バップ、ファンキー・ジャズ、モーダル・ジャズ、あるいはフリー・ジャズなどが混沌とした1960年代において、常にフレッシュなリラクゼーションをリスナーに提供していた唯一のバンド。肩肘を張らないプレイを展開するピアノ・トリオという点では、右に出るものはいないだろう。ソフィスティケーションやポップ性に関しても、同時代のピアノ・トリオのなかでも、もっとも先を行っていたように思われる。当時のジャズ・シーンにおいて、オリジナル・チューンで勝負するアーティストが多いなか、逡巡せずジャズ・スタンダーズをまえ向きに演奏していたのも<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>だった。しかもそのサウンドは、ファンキーでありながらエレガントでもある。それゆえ彼らのレコードは、いま聴いてもとても新鮮に響くのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんな<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>は、前述のように一旦ブルーノートを離れたあと、所属レーベルをヴァーヴ、マーキュリー、ライムライトといった具合に転々とし、1966年に古巣に舞い戻る。しかしながら、このころからドラマーが<strong>カリル・マディ</strong>、<strong>ドナルド・ベイリー</strong>、<strong>カール・バーネット</strong>と交替し、ベーシストもアルバム『<em>ソウル・シンフォニー</em>』(1969年)から、長年トリオのボトムを支えてきたシンプキンスに替わり<strong>ヘンリー・フランクリン</strong>になる。ブルーノート復帰後の<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>は、ハリスがオルガンを弾いたり、<strong>オリヴァー・ネルソン</strong>、<strong>モンク・ヒギンズ</strong>らのアレンジによるオーケストラと共演したり、サウンド的にもソウル・ジャズへ傾倒する。作品のクオリティは決して低くはないのだが、かつてのコンビネーションの魅力はすっかり薄まったと云える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちなみに、ハリスはバンド名を冠した最後のアルバム『<em>ザ・スリー・サウンズ</em>』(1971年)を吹き込んだあと、ついに個人名義の純然たるソロ・アルバム『<em>ジーン・ハリス・オブ・ザ・スリー・サウンズ</em>』(1972年)を発表する。アルバム・タイトルには相変わらず“<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>”が付されているが、同グループのメンバーは一切参加していないので、まさしくハリスのリーダー作と捉えられる。初期のモータウン・サウンドを支えた<strong>ウェイド・マーカス</strong>をアレンジャーとして迎えた本作は、かなりソウル色が強くなってはいるものの、まだ４ビートを演っていたりする。おなじブルーノート作品でも、BNLAシリーズの『<em>イン・ア・スペシャル・ウェイ</em>』(1976年)のようなジャズ・ファンク・アルバムではない。面白いのは、本作がブルーノート4000番台、最後の作品に当たること。なんだか、運命めいたものが感じられる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">３人の構造的かつ機能的に繋がるプレイの妙味がすでに充分発揮されている</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>の演奏は1970年まで、そして<strong>ジーン・ハリス</strong>のソロ・アーティストとしての吹き込みは1998年まで音盤で聴くことができるのだが、ハード・バップ、ポスト・バップ、ソウル・ジャズ、ジャズ・ファンクと、時代の趨勢とともに装いが変わっていても、それらのなかに出来損ないの作品が１枚もないのに驚かされる。それは、ハリスの柔軟な音楽性に依るところが大きいのではなかろうか。彼は９歳からまったくの独学でピアノを弾きはじめ、地元べントン・ハーバーのバンドで初舞台を踏み、1951年から1954年までアメリカ陸軍の第82空挺師団の軍楽隊で演奏し腕を磨いた。除隊したあとはふたたび地元で演奏活動を行い、前述のように<strong>フォー・サウンズ</strong>を結成する。ソウル志向でありながらエレガントな雰囲気をもつピアノ・スタイルは、不思議なことにどんなジャンルにもフィットした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなハリスの風格を漂わせるプレイは、間を活かしたコンセプト、軽快なタッチ、そして控えめなエクスプレッションから来るのだろうが、そういうところは、ちょっと<strong>アーマッド・ジャマル</strong>を彷彿させる。ただ個人的には、ピアノ・トリオのコンビネーションが最大に発揮された、<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>での演奏が好きだ。そしてやはり、1958年から1962年までの第一次ブルーノート時代の吹き込みがいい。移籍後にも1959年から1962までの吹き込みが『<em>ヘイ・ゼア</em>』(1962年)『<em>イット・ジャスト・ガット・トゥ・ビー</em>』(1963年)『<em>ブラック・オーキッド</em>』(1964年)『<em>アウト・オブ・ディス・ワールド</em>』(1966年)『<em>ベイブス・ブルース</em>』(1986年)『<em>スタンダーズ</em>』(1998年)と、どしどし音盤化されたが、どれも及第点に達するアルバムだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いささか余談になるが、ぼくにとって<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>のアルバムのなかで、特に思い入れがあるのはデビュー作の『<em>イントロデューシング・ザ・スリー・サウンズ</em>』である。個人的なハナシで恐縮なのだけれど、(せいぜい校内放送レベルだが)高校時代に生徒会長のNくんと制作したラジオ番組で、このレコードに収録されている「テンダリー」をテーマ曲として使っていた。チャチャチャ調のリズムが心地よくて、番組の気さくな雰囲気にピッタリだった。ただこのアルバムが出色の出来なのかというと、そういうわけではない。繰り返しになるが、1958年から1962年までに吹き込まれたブルーノートの作品群は佳作揃いで、いわゆるハズレがない。云いかたを変えると、それらにあまり大差はないということになる。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9417 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/07/Three3.png" alt="ドラムスを叩く犬とテーブルでカクテルを飲む猫のイラスト" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/07/Three3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/07/Three3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　というわけで、<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>のアルバムを手にとるとき、たとえばお気に入りのジャズ・スタンダーズが収録されている──というような理由で、気軽に選んでみてはいかがだろう。おそらくもっともポピュラーなのは、やはり(<strong>ルー・ドナルドソン</strong>との共演盤を入れると)５枚目のアルバムに当たる『<em>ムーズ</em>』(1960年)だろう。人気の理由の半分は、麗しく艶やかな女性のお顔があしらわれたジャケットの恩恵による。このご婦人、ラジオ番組のDJでのちにライオン社長の２番目の奥さまになる<strong>ルース・メイソン</strong>というひと。<strong>ソニー・クラーク</strong>の『<em>クール・ストラッティン</em>』(1958年)のジャケットに写っている、あの有名な美脚の主も彼女である。そして残りの半分は、収録曲がジャズ・スタンダーズばかりであるということだろう。お馴染みの曲にエスプリの効いた味付けがなされているところが、一段と楽しい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そういう経緯から、今回は最後にブルーノートが生んだ不世出のピアノ・トリオ・スタイルのジャズ・アンサンブル、<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>の記念すべきデビュー・アルバムであり、個人的にも最初に聴いた彼らのレコードとなる『<em>イントロデューシング・ザ・スリー・サウンズ</em>』について、具体的にご紹介したい。そのまえに付け加えておくと、実はこのアルバムには続編が存在する。タイトルはズバリ『<em>イントロデューシング・ザ・スリー・サウンズ Vol. 2</em>』(1985年)といい、1958年９月16日、28日のセッションの未発表曲集である。ただしハリスのオリジナル「MO-GE」だけは、シングル盤で発表済み。デビュー作のジャケットがオレンジ色であるのに対しイエローグリーンのこの続編、ぼくは大学生のときに購入したのだけれど、あとにもさきにも日本国内でしか発売されていない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なお同日のセッションのうち残りの３曲は、３枚目のアルバム『<em>ボトムス・アップ</em>』(1959年)に収録されている。また、日本独自の続編『<em>イントロデューシング・ザ・スリー・サウンズ Vol. 2</em>』の６曲は、レコードが発売された翌年にデビュー作の８曲とともに、東芝EMIが発売したCD『<em>イントロデューシング・ザ・スリー・サウンズ＋６</em>』(1986年)に収録された。いずれにしても、このときのセッションには一聴の価値がある。３人の構造的かつ機能的につながるプレイの妙味は、すでに充分発揮されている。ハリスはここで、1950年代に流行ったジャズ・スタンダーズにヒップなアレンジを施したり、リラクゼーションに富んだ自作のブルース・ナンバーを提供したりしている。そんな彼のブルース志向を、シンプキンスとダウディは見事に汲み取っている。その一体化したサウンドを、ぜひお楽しみいただきたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムは<strong>ウォルター・グロス</strong>の「テンダリー」からスタート。ピアニストからシンガーまで数多くのアーティストが採り上げている名曲だが、ぼくは<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>のチャチャチャ調のアレンジが昔から大好き。モダンな感じのイントロ、ピアノのブロック・コードによる軽快なメロディック・ライン、そして４ビートでのほどよくブルージーなソロと、総じて肩の力の抜けた演奏が絶妙だ。つづく<strong>アン・ロネル</strong>「ウィロー・ウィープ・フォー・ミー」では、スローテンポでピアノがややアンニュイな感じでテーマを歌ったあと、ダブルタイムになって歯切れのいいフレーズを綴っていく。エンディングもきわめて爽快だ。ハリスの「ボス・サイズ」では、ゴスペル調のグルーヴに乗って、ハリスのブルージーだけれどライトなピアニズムが全開する。アップビートな感覚に胸が弾む。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　A面最後の曲となるハリスの「ブルー・ベルズ」は、落ち着いたブルースフィール溢れるナンバー。ハリスはピアノとともにチェレスタも弾いているが、それ故口当たりのいいタッチに上品さと軽やかさが増している。短尺ながらベース・ソロも、打ち解けた雰囲気をあと押ししている。B面はハリスの「イッツ・ナイス」からスタート。シャッフルするリズムと洗練されたコード進行が都会的。冒頭の「テンダリー」と同様に、ブロック・コードやコンピングの小気味よさが際立ったハリスの特徴的なスタイルが顕著に現れている。つづくハリスの「ゴーイング・ホーム」は、カジュアルなブルース・ナンバー。ピアノとチェレスタがともにかなりソウルフルなフレーズを綴っているが、極端にアーシーにならないところが、<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>ならではのサウンドである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ディジー・ガレスピー</strong>の「ウッドゥン・ユー」では、三位一体のバップ然としたプレイが展開される。アルバム中唯一のアップテンポで、スウィンギーなピアノのアドリブ、俊敏なランニング・ベース、勢いよく降り注ぐようなドラム・ソロと、どこをとっても痛快である。アルバムを締めくくる<strong>アルフレード・マッツッキ</strong>の「オー・ソレ・ミオ」は、ジャズ史上に残る名演と云ってもいいのではなかろうか。原曲のもつ地中海ならではの明るく情熱的なムードが維持されながらも、軽快なキューバ起源のリズムが採り入れられており、ハリスのピアノも一段とファンキーな装いを彩っている。この鷹揚というか、ゆったりとしながらも品格を感じさせるサウンドこそ、<strong>ザ・スリー・サウンズ</strong>ならではのもの。南欧風のリフによるフェードアウトも、爽やかな余韻を残す。この感じが、最高なのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>菅野光亮トリオ / When The World Was Young (1978年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 21 Jun 2026 07:06:01 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Jazz]]></category>
		<category><![CDATA[Mitsuaki Kanno (菅野光亮)]]></category>
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					<description><![CDATA[オリエンタルなメロディと日本固有のグルーヴとが融合されたサウンドとして、海外のクラブ・ジャズ界隈で高く評価される、菅野光亮が残した唯一のピアノ・トリオ作品『ウェン・ザ・ワールド・ウォズ・ヤング』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">オリエンタルなメロディと日本固有のグルーヴとが融合されたサウンドとして、海外のクラブ・ジャズ界隈で高く評価される、菅野光亮が残した唯一のピアノ・トリオ作品『ウェン・ザ・ワールド・ウォズ・ヤング』</span></h2>

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<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>菅野光亮トリオ / When The World Was Young (1978)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : I Wish You Love</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-6" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-6">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">オリエンタルなメロディと日本固有のグルーヴとが融合されたサウンドとして、海外のクラブ・ジャズ界隈で高く評価される、菅野光亮が残した唯一のピアノ・トリオ作品『ウェン・ザ・ワールド・ウォズ・ヤング』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">どういうわけか日本のジャズ作品を聴く機会があまりなかった</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">好んで聴いていた日本のジャズ作品は“慶應三羽烏”のアルバムだった</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">クラシック音楽を学び大学卒業後はジャズ・ピアニストとして活躍</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">どういうわけか日本のジャズ作品を聴く機会があまりなかった</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくは音楽に関しては、どちらかというと偏食家と云えるだろう。とはいっても、特定の音楽を極端に避ける傾向があるわけではない。単に視野が狭いだけなのだろう。まったく甲斐性がないもので、ぼくには敢えてまだ見ぬ世界を深く知ろうとするような、原動力がないのである。ただ自分には、意識的にアンテナを張り巡らせるような習慣はないけれど、音楽だけでなくアートなどの場合もそうなのだが、こころに響くものに出会うと、それに対して深く掘り下げるようなアプローチをするところがある。しかも年を追うごとに、そういう気質が強くなっているようだ。その結果、自室の棚に並ぶレコードといえば、きわめて偏ったラインナップとなっている。むろん、自分の意見に固執したり、他者の視点を考慮しなかったりすることはないけれど──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　世のなかには、ジャズ・シーンで多大な貢献をした熱心な愛好家や、ジャズの歴史や音楽理論に精通した有識者がたくさんいるし、１万枚以上の貴重なレコードや膨大なプライヴェート録音テープなどを集めたコレクターも存在する。そこまでではないにしても、幅広くジャズを聴いているリスナーは星の数ほどいる。まったく羨ましい限りだが、本来ジャズ・ファンとはそういうものであり、ぼくのようなヤツのことはジャズ・ファンとは云わないのかもしれない。ということで、さらに浅学非才の身であるが故、あまり偉そうには云えないのだが、勇気をもって今回もお薦めのレコードをご紹介したいと思う。しかもこの際だから、いつも以上に腹をくくって日本のジャズ作品を採り上げてみようと思った次第である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくにはこれまでに、どういうわけか日本のジャズ作品を聴く機会があまりなかった。だから、日本のジャズ・プレイヤーのことをあまりよく知らない。お恥ずかしい限りだが、たとえば現在ぼくが好んで聴きつづけている日本のジャズ・ピアニストというと、<strong>山中千尋</strong>くらいのものである。ぼくが山中さんのファンになったキッカケは、その初リーダー・アルバム『<em>リヴィング・ウィズアウト・フライデイ</em>』(2001年)で、スウェーデンのジャズ・プレイヤー、<strong>ラーシュ・ヤンソン</strong>のオリジナル・ナンバー「インヴィジブル・フレンズ」が演奏されていたこと。ヤンソンは当時のぼくにとって、もっとも敬愛するジャズ・ピアニストだったのである。ちなみに、ぼくの知人に桐朋学園大学音楽学部出身の女性がいるのだけれど、彼女はスゴい下級生として山中さんのことを鮮明に覚えていた。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9319 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/06/fuwafuwa1.png" alt="ピアノを弾く犬のぬいぐるみ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/06/fuwafuwa1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/06/fuwafuwa1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　山中さんは、桐朋女子高等学校音楽科に在籍していたころから、ピアノ演奏において格別な技巧や能力をもった生徒として注目の的となっていたとのこと。それも山中さんがその後、バークリー音楽大学を首席で卒業したこと、同大学在学中には音楽家というよりも理論家といった印象が強い巨匠、<strong>ジョージ・ラッセル</strong>から絶賛されたことを鑑みれば、大いに得心がいくというもの。クラシックで培ったその確かな基礎に裏打ちされた華麗な速弾きには、いつもウットリさせられる。そんな卓越したテクニックとパッションを兼ね備えたアグレッシヴなタッチが、山中さんのピアノ・プレイの最大の魅力と思われるが、さらにぼくが惹かれる点といえば、彼女が楽曲に施す大胆かつ緻密なアレンジメント。その既存の枠にとらわれないリズムやハーモニーの解釈が、常にフレッシュな音楽を創出している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　クラシックやジャスの世界にヴィルトゥオーソは、それこそ星の数ほどいるのだろうが、山中さんのように技術偏重に陥らず一貫して音楽性の深みや傑出した解釈を押し出すピアニストはなかなかいない。山中さんの音楽が、ぼくの志向性と完全に一致するわけではないけれど、それが自分の感性を刺激するものであることは紛れもない事実。この感覚はある意味で、恋愛感情に似ているかもしれない。いずれにせよぼくは、ヴィブラフォニスト、<strong>ベン・アダムス</strong>の『<em>ザ・フィギュアド・ホイール</em>』(2000年)、ジャズ＆ポップ・シンガー、<strong>マーリーン・ヴァー・プランク</strong>の『<em>イッツ・ハウ・ユー・プレイ・ザ・ゲーム</em>』(2004年)といった、山中さんが参加したマイナーなアルバムにまで手を出すほど、彼女の大ファンなのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなわけで山中さんは、いまのぼくにとって、新譜がリリースされるとそれを必ず手にとるという、数少ない日本人ジャズ・ピアニストのひとりとなっている。とはいっても今回ご紹介するのは山中さんのアルバムではなくて、ぼくがジャズを聴きはじめたころの年代モノの名盤である。引き合いに出してしまった山中さんにはたいへん申し訳ないけれど、彼女の作品についてはひとまず見送らせていただく。もちろん、いつか必ずこのブログで採り上げることをお約束する。ついては今回の話題に関して早速、ずっと過去に遡ることにする。それはぼくが小学校高学年生だったころのこと。従兄の家ではじめてジャズのレコードを聴き、その魅力にとり憑かれて間もなく、ぼくは早々に日本人ジャズ・プレイヤーのレコードを手にする。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それは過日(2026年５月４日)他界された作曲家でありジャズ・ピアニストでもある、<strong>大野雄二</strong>のアルバム『<em>ミスター・ハピゴン</em>』(1973年)だった。大野さんが1971年に<strong>池田芳夫</strong>(b)、<strong>岡山和義</strong>(ds)をサイドに据えたピアノ・トリオで吹き込んだ、初リーダー作である。云うまでもなく大野さんは、ジャズ・ピアニストとしてキャリアをスタートさせたのだが、のちに映画『犬神家の一族』(1976年)やテレビアニメ『ルパン三世』第２シリーズ(1977年 – 1980年)の音楽を手がけ、作曲家として広く知られるようになった音楽家だ。ぼくもはじめは、大野さんがジャズ・ピアニストであるとは思いもよらなかった。ぼくと大野サウンドとの出会いが、<strong>石立鉄男</strong>主演による、日本テレビ系列で1970年代に放映されたホームコメディドラマ・シリーズの第１作『おひかえあそばせ』(1971年)だったからだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　その後ぼくは、やはり日本テレビ系列のドラマシリーズ『火曜日の女』(1969年11月4日 – 1972年3月27日)を観るようになるのだけれど、そのころはまだ大野さんの名前を覚えていなかったかもしれないが、氏の音楽には強く惹かれていたと思う。要するにぼくは、まだ年端もいかない子どものころから、知らず知らずのうちに大野サウンドを刷り込まれていたわけだ。それは同時に、そうと知らずにジャズという音楽に接していたことにもなる。いずれにしても、<strong>大野雄二</strong>という音楽家がもともとジャズ・ピアニストだったということを知るのは、もう少しあとのこと。具体的には1976年に公開された、映画『犬神家の一族』を鑑賞したとき。鑑賞後に購入したパンフレットの巻末に、サントラ盤の宣伝広告のページがあったのだが、そこに大野さんのプロフィールが掲載されていたのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　大野さんがジャズ・ピアニストと知ったぼくはときを移さず、父親に頼み込んでわざわざ銀座の山野楽器まで連れていってもらい、ついに『<em>ミスター・ハピゴン</em>』を手に入れたのだった。いまでもそのときのことをよく覚えているのだけれど、象牙色のジャケットの下のほうに着色されたモノクロームの写真の大野さんがすごく小さくて、どことなく怪しくて気が許せないように感じられた。鮮やかな真紅のタスキに“RCAモダン・ジャズ・シリーズ”と記載されているのを見たとき、小学生のぼくははじめてオトナのアイテムを手にするウレシさみたいなものを感じたりもした。その反面、ジャケットの裏面に写る長髪にラフな格好の大野さんからちょっと赤軍派をイメージしてしまい、恐る恐るレジにもっていった覚えがある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">好んで聴いていた日本のジャズ作品は“慶應三羽烏”のアルバムだった</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　当時の大野さんは、評論家たちの間では主流派に属するジャズ・ピアニストと目されていたようだが、確かに氏のプレイは本質的な部分ではナチュラルでホットに響く。それでも決してそのスタイルは旧態依然としたものではなく、フレッシュな感覚に満ち溢れたもの。その点、いま聴いてもまったく色褪せておらず、ぼくは現在も本盤をとき折ターンテーブルに載せている。それはともかく、ぼくはジャズを本格的に聴くようになるまえは、クラシック、ポップ・ミュージック、映画音楽、それにブラジルの音楽などに親しんでいた。もし大野さんがテレビドラマや映画の音楽を手がけていなかったら、ぼくは『<em>ミスター・ハピゴン</em>』を手にとることはなかったかもしれないし、おそらく日本人ジャズ・プレイヤーの作品とはもっと縁遠くなっていただろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そして、おなじようなケースで手にしたのが、<strong>佐藤允彦</strong>のアルバム『<em>パラディウム</em>』(1969年)。サイドに<strong>荒川康男</strong>(b)、<strong>富樫雅彦</strong>(ds)を従えたトリオによる吹き込みだが、奇しくもこの作品もまた、佐藤さんの初リーダー・アルバムだった。実は前述のドラマシリーズ『火曜日の女』の音楽を最初に担当していたのが、佐藤さんだった。氏は番組がスタートした1969年から1972年までの３年間、計20作品の音楽を手がけている。そして1972年から大野さんが助っ人として登板するようになり、放送時間が変わり『土曜日の女』(1973年４月７日 – 1974年3月30日)になってから番組が終了する1974年まで、すべての作品を手がけている(計17作品)。大野さんのリリーフは、この番組のプロデューサーで、<strong>石立鉄男</strong>主演によるホームコメディドラマ・シリーズも手がけていた、<strong>小坂敬</strong>の肝煎りによるものだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なおこの『火曜日の女』は、サウンドトラック・アルバムが発売されている。東宝レコードがリリースした『<em>佐藤允彦 女を奏う – 火曜日の女 –</em>』(1970年)というレコードだった。おそらく日本のテレビドラマのサウンドトラック・アルバムとしては、草分け的な作品になるのではないだろうか。アルバム・タイトルからも分かるとおり、収録曲はすべて佐藤さんのスコアである。大野さんの楽曲はいまだに商品化されていないが、ぼくとしては今後日の目を見ることを切望する。レコーディング・メンバーは、<strong>佐藤允彦</strong>(key)、<strong>石川晶</strong>(ds)、<strong>荒川康男</strong>(b)、<strong>稲葉国光</strong>(b)、<strong>杉本喜代志</strong>(g)、<strong>後藤芳子</strong>(vo)といった、当時の一流のジャズ・プレイヤーたちで固められている。クレジットの記載はないが、曲によっては弦楽器、管楽器、打楽器なども加えられている。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9320 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/06/fuwafuwa2.png" alt="コントラバスを演奏する犬のぬいぐるみ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/06/fuwafuwa2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/06/fuwafuwa2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　思い返せば、この『火曜日の女』の音楽は、佐藤さんの曲にしても大野さんの曲にしても、のちにふたりが手がけた映像作品の音楽と比較すると、かなりジャズのトーンが強めだった。それは1970年代前半という時代を反映するもので、フリー・ジャズ、ジャズ・ロック、ボサノヴァ、イージー・リスニングといった1960年代の音楽を発展させたようなサウンドだった。特にリズムの面では、のちのフュージョンのように16ビートが主体となることはない。しかしながら、ふたりの紡ぎ出す流麗なメロディック・ラインや捻りを加えたソフィスティケーテッドなハーモニーからは、すでにそれとわかる強烈な独自性が感じられる。いずれにせよ大野さんの場合と同様に、ぼくはこのドラマシリーズを観ていなかったら、佐藤さんの『<em>パラディウム</em>』を手にしなかったかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この『<em>パラディウム</em>』のコンテンツは、バークリー音楽院(現バークリー音楽大学)への留学から帰国したばかりの佐藤さんの、はじめてのレコーディング・セッションである。曲目は<strong>ザ・ビートルズ</strong>の有名な曲「ミッシェル」以外は、すべて佐藤さんのオリジナル・ナンバー。かつて氏がバークリー入学の際にデモンストレーション用に作曲した曲も含まれており、本作では終始アートオリエンテッドなサウンドが展開される。ときにはフリー・フォームのインタープレイや、プリペアード・ピアノの演奏も飛び出してくる。そんな前衛的なスタイルがエナジェティックに展開されるシーンもあるのだが、小学生のぼくでも存外この作品に拒否反応を示すことはなかった。そういう音楽には『火曜日の女』のアンダースコアで、すでに親しんでいたからだろう。 　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　確かに佐藤さんの作品には、ジャズを高みへ誘うような風情がある。しかしながら、高いステージや水準を見据えた音楽ばかりを創出しているわけではない。たとえば1980年代には、<strong>佐藤允彦＆メディカル・シュガー・バンク</strong>というグループを組んで、ドープなフュージョン・サウンドを繰り広げたり、<strong>リチャード・デューセンバーグ III世</strong>という変名で、<strong>ザ・ベルエア・ストリングス</strong>という弦楽器をメインに据えたプロジェクトを率いたりもした。特に後者の一連の作品には、ジャズやフュージョンというよりもハイグレードなイージー・リスニングといった趣きがある。このプロジェクトで佐藤さんは当初、本名を隠していたのだけれど、ストリングスの特徴的なカウンターメロディなどから、ぼくはすぐにこの謎の人物が氏であると気がついたものである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　またそのいっぽうで、佐藤さんは自己のプロデュース・レーベル、バージ・レコードから『<em>リフレクションズ</em>』(1997年)という、カジュアルなソロ・ピアノ作品集を発表している。佐藤さんのアルバムには、新しい趣向や表現方法、あるいは未知の領域に挑むような作品が多々ある。でもこのアルバムにはそういうムードはなく、いささかハーモニーに捻りがきいているとはいえ、飽くまでリラックスして浸ることができるような極上の味わいがある。そんな佐藤さんの懐の深い音楽性に、ぼくは惹かれるのである。なお佐藤さんと大野さんとが共演した作品に、日本コロムビアからリリースされた『<em>エレクトロ・キーボード・オーケストラ</em>』(1975年)というアルバムがある。８人の鍵盤奏者が20台のシンセサイザーをプレイするという、現代ではあり得ないプロジェクトが実現されている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このレコードでぼくが新たに興味をもったジャズ・ピアニストが、“コルゲン”こと<strong>鈴木宏昌</strong>(2001年５月21日 60歳没)だった。コルゲンさんはこのプロジェクトに参加したあと、日本のフュージョンの草分けとして、自己のグループ、<strong>コルゲン・バンド</strong>結成し『<em>スキップ・ステップ・コルゲン</em>』(1977年)『<em>トリトン</em>』(1979年)『<em>ア・ロンリー・フォーリング・スター</em>』(1981年)といったアルバムを発表。さらにバンド名を<strong>ザ・プレイヤーズ</strong>に変更し、さらなる飛躍を遂げた。このバンドは、演奏技術から、即興力と応用力、音感やリズム感に至るまでどこをとってもトップクラス。日本のフュージョン・バンドの最高峰に位置すると云っても、過言ではないだろう。かたや氏は、ストレート・アヘッドなジャズ・アルバムも吹き込んでいる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>鈴木宏昌</strong>という名前は、氏がTBS系列のテレビアニメ『海のトリトン』(1972年４月１日 &#8211; ９月30日)の音楽を手がけたことで、なんとなくだが、ぼくの記憶に残っていた。大野さんの場合と同様に、あとでコルゲンさんがジャズ・ピアニストと知って、意外な発見と深い納得とが入り混じった心境に至ったものである。コルゲンさんはファンキーなフュージョン・アルバム『<em>ハイ・フライング</em>』(1976年)を発表した直後に、<strong>稲葉国光</strong>(b)、<strong>日野元彦</strong>(ds)をサイドに据えた『<em>コルゲン・ワールド</em>』(1976年)、さらにその２年後に<strong>井野信義</strong>(b)、<strong>スティーヴ・ジャクソン</strong>(ds)と組んだ『<em>プリムローズ</em>』(1978年)といった、ピアノ・トリオ作品をリリースしている。どちらも、初期の<strong>チック・コリア</strong>を彷彿させる躍動感のあるピアノ・プレイと、オリジナリティに富んだ洒落たソングライティングが際立っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">クラシック音楽を学び大学卒業後はジャズ・ピアニストとして活躍</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで、<strong>大野雄二</strong>、<strong>佐藤允彦</strong>、<strong>鈴木宏昌</strong>の３人は、ぼくが長年敬愛してきた数少ない日本のジャズ・ピアニスト。そしてこの３人は、当時から単なるジャズ・ピアニストではなく実にクリエイティヴな音楽家だった。前述の『<em>エレクトロ・キーボード・オーケストラ</em>』でも、作曲やアレンジ、それにシンセサイザーの操作にもっとも意匠を凝らしていたのは彼らだった。そういう音楽性をもったジャズ・プレイヤーだったからこそ、ぼくは彼らに惹かれたのだろう。なお奇しくもこの３人は、名門ビッグ・バンド、<strong>慶應義塾大学ライト・ミュージック・ソサイェティー</strong>の出身で、俗に“慶應三羽烏”と呼ばれている。と、ここまで長々と偏食家であるぼくが敬愛する日本人ジャズ・ピアニストについてお伝えしてきたが、最後にもうひとり、どうしてもご紹介したいプレイヤーがいる──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　これまで述べたとおり当時のぼくは、意識的に国産のジャズ作品を聴こうとしたわけでなく、琴線に触れた映像作品の劇伴を手がけた音楽家の作品を深掘りしただけ。そしてその作曲家たちが、期せずしてジャズ・ピアニストだったのである。すなわちぼくは、ジャズをジャズと知るまえから、その響きに惹かれていたのだろう。さきに挙げた３人と同様に、ぼくが<strong>菅野光亮</strong>のレコードを手にとるキッカケは、氏が音楽を担当した映像作品を体験したことだった。その作品とは、1974年10月19日に公開された松竹映画『砂の器』で、<strong>松本清張</strong>の社会派ミステリー小説が<strong>橋本忍</strong>と<strong>山田洋次</strong>との共同脚本、<strong>川又昂</strong>の撮影、そして<strong>野村芳太郎</strong>の演出によって映像化された不朽の名作だ。音楽監督を務める<strong>芥川也寸志</strong>が劇伴の作曲を依頼したのが、氏の東京藝術大学音楽学部の後輩にあたる菅野さんだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この映画において、<strong>熊谷弘</strong>が指揮する<strong>東京交響楽団</strong>と、自らピアノ演奏を務めた菅野さんとの共演による「ピアノと管弦楽のための組曲『宿命』」は、多くの観客のハートを鷲づかみにした。ピアノと３管編成のオーケストラとによって演奏されるこの曲には、確かに<strong>セルゲイ・ラフマニノフ</strong>の「ピアノ協奏曲第２番」を彷彿させるところがあるけれど、それは単に甘美なメロディをもつという点において。それよりも菅野さんのスコアには、純粋なクラシック作品の枠に収まらない音楽性が感じられる。西洋音楽にはないに日本的情緒が強く伝わってくるのも然ることながら、電子楽器が使用されたミュージック・コンクレートのエッセンスや、ピアノのカデンツァに現れるジャズのマナーが与える衝撃が、なんとも新鮮に映るのである。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9321 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/06/fuwafuwa3.png" alt="ドラムスを叩く犬のぬいぐるみ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/06/fuwafuwa3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/06/fuwafuwa3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　そんな菅野さんは、クラシック音楽の作曲法を学びながらも、大学卒業後はジャズ・ピアニストとして活躍するという変わり種。映像作品も多数手がけたが、残念なことに過労による体調急変のため1983年８月15日、44歳という若さでこの世を去った。日本の美意識をジャズで表現した『<em>詩仙堂の秋</em>』(1973年)、唯一のピアノ・トリオ作『<em>ウェン・ザ・ワールド・ウォズ・ヤング</em>』(1978年)、<strong>ゲイリー・フォスター</strong>(as, ss)をゲストに迎えたダイレクト・ディスク『<em>ビューティフル・フレンドシップ</em>』(1979年)、<strong>森寿男とブルーコーツ</strong>との共演盤『<em>ドン･キホーテの詩</em>』(1980年)、<strong>大野三平</strong>こと<strong>大野肇</strong>(p)、小説家とは別人の<strong>菊地秀行</strong>(as)も参加した『<em>冬の終わりに A LA FIN D’HIVER</em>』(1981年)といった、数少ないジャズ作品は、どれも出色の出来栄えである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　菅野さんの書く曲は、映画『砂の器』の音楽がそうであるように、叙情味に溢れていて淀みなく美しい。しかも難解なところがなく、一度聴いただけで口ずさめるようなメロディをもつ。そしてそれは、ピアノ演奏にもおなじことが云える。<strong>テディ・ウィルソン</strong>を敬愛する菅野さんのピアノ・プレイは、メロディアスでタッチが力強く、聴くものに鮮烈な印象を与える。ジャズ作品においては、モダンなコードとフレーズとを次々に繰り出して、よくスウィングする。シングル・ノート、オクターヴ、ブロック・コードを上手く使い分けて徐々に盛り上げていく展開には、それこそスウィング・ピアノの巨人ともいうべきウィルソンのプレイを連想させるものがある。そのブリリアント・ピアノは、ジャズ・シンガー、<strong>上野尊子</strong>のデビュー・アルバム『<em>グッド・モーニング・ハートエイク</em>』(1977年)でも、大いに発揮された。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ただなぜか日本では、菅野さんのジャズ作品が取り沙汰される機会が非常に少ない。オリエンタルなメロディと日本固有のグルーヴとが融合されたサウンドとして、菅野さんの音楽を高く評価しているのは、実は海外のクラブ・ジャズ界隈で、特に『<em>詩仙堂の秋</em>』と『<em>ウェン・ザ・ワールド・ウォズ・ヤング</em>』は、DJやレコード・コレクターのあいだでマストハヴなアイテムとされている。特に大野さんや佐藤さんとも共演歴のある<strong>福井五十雄</strong>(b)、スタジオジブリの楽曲が本格的にジャズ化された『<em>ジャズ・フォー・チルドレン</em>』(2009年)というリーダー作が話題となった<strong>野口迪生</strong>(ds)をサイドに迎えた後者は、前述のように<strong>菅野光亮</strong>唯一のピアノ・トリオ作品ということもあり、たいへん貴重な吹き込み。ぼくにとっても、長年の愛聴盤である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このピアノ・トリオ作品は、菅野さんの優れた音楽性に基づくピアノ・プレイがもっとも際立ったアルバムであると、ぼくは信じている。現代においても色褪せるどころか、ますます輝きを増しているように思われる。オープニングの「ノー・モア・ブルース」を聴いただけでも、その魅力がお分かりいただけるだろう。原曲は<strong>アントニオ・カルロス・ジョビン</strong>の「想いあふれて」だが、ここではボサノヴァではなく軽快なサンバにアレンジされている。ブラシとベースとが打ち出す強力なリズムに乗って、ピアノがなんとも雄弁に歌いまくる。つづく「ウェン・ザ・ワールド・ウォズ・ヤング」は、もともと<strong>フィリップ・ジェラール</strong>のシャンソン「パリの騎士」だった。リリカルなイントロから瀟洒なジャズ・ワルツへと移行する。ベースのソロもなかなかだが、ピアノのドラマティックな展開が絶品だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ガス・アーンハイム</strong>の「スウィート・アンド・ラヴリー」は、ピアニストの名演が数多く存在する有名曲。落ち着いた感じの演奏だが、途中ダブルタイムになる展開が素晴らしい。この曲で、疾走感が演出されるというのは稀かもしれない。菅野さんのオリジナル「パストラル」は、ベースがフィーチュアされたモーダルなナンバー。緊張と緩和とのサイクルがゆったりと繰り返される、あたかも映画音楽のような曲だ。B面トップの「ユー・アー・マイ・ハーツ・ディライト」は、<strong>フランツ・レハール</strong>のオペレッタ『微笑みの国』のなかの有名なアリアが原曲。ベース・ソロ、ピアノのブロック・コード、４バースでのドラムス・ソロと、アルバム中もっともスウィンギーでダイナミックな演奏が繰り広げられる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　菅野さんのオリジナル曲「ティアドロップス・オブ・ジ・エンジェル」は、リリカルでセンチメンタルなメロディック・ラインが『砂の器』の音楽を彷彿させる。とはいってもアドリブ・パートではテンポが上がり、菅野さんならではの華麗なピアノのエクスプレッションが全開。メロディアスで力強いタッチが、痛快無比である。数多くの歌唱で知られる「アイ・ウィッシュ・ユー・ラヴ」は、<strong>シャルル・トレネ</strong>のシャンソン「残されし恋には」が原曲。ぼくはこの曲が、歌詞も含めて大好きなのだけれど、菅野さんの繊細な味つけが光るこのヴァージョンもまたお気に入り。後半の転調が泣かせる。そしてラスト、<strong>デヴィッド・マン</strong>の「イン・ザ・ウィ・スモール・アワーズ・オブ・ザ・モーニング」では、情感たっぷりのソロ・ピアノが温かな余韻を残す。いやはや、何度聴いても感動するな──このアルバム。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>The Bill Evans Trio / Moon Beams (1962年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 31 May 2026 06:45:37 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Jazz]]></category>
		<category><![CDATA[Bill Evans]]></category>
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					<description><![CDATA[スコット・ラファロを事故で失ったビル・エヴァンスが、新しいベーシスト、チャック・イスラエルを迎えた新トリオで録音した復活作『ムーン・ビームス』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">スコット・ラファロを事故で失ったビル・エヴァンスが、新しいベーシスト、チャック・イスラエルを迎えた新トリオで録音した復活作『ムーン・ビームス』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>The Bill Evans Trio / Moon Beams (1962)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Very Early</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-8" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-8">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">スコット・ラファロを事故で失ったビル・エヴァンスが、新しいベーシスト、チャック・イスラエルを迎えた新トリオで録音した復活作『ムーン・ビームス』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">エヴァンスのアルバムのなかで唯一魅惑の美女が際立ったアートワーク</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">エヴァンスの魅力は即興性に富んだトリオ間のインタープレイだけではない</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">悲しみを乗り越え新しいメンバーでふたたび強固なトリオを結成した</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">エヴァンスのアルバムのなかで唯一魅惑の美女が際立ったアートワーク</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　今回は<strong>ビル・エヴァンス</strong>のバラード集『<em>ムーン・ビームス</em>』(1962年)をご紹介する。バラード集というと、20世紀のジャズ・ジャイアンツのひとり、サクソフォニストの<strong>ジョン・コルトレーン</strong>のアルバム『<em>バラード</em>』(1963年)がすぐに思い出される。というか浅学非才の身であるぼくには、とっさにそれくらいしか思い浮かばないのだ。そのぶん、ぼくにとってこの２枚のアルバムは、双璧をなす名バラード集となっている。思えばぼくの場合、敢えてバラードばかりが収められたレコードをターンテーブルに載せる機会は、滅多にない。生来ひとつのことを長期的につづけるのが苦手なぼくにとって、たとえ40分程度の時間でも、スローテンポの曲ばかりに集中することは精神的な負担を伴うのだろう。まったく甲斐性のないことである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　タンブラー片手にジャズに浸るようなハイソな趣味をおもちのかたにとっては、バラード集は重宝するのかもしれないけれど、生憎ぼくには、親しい知己とならいざ知らず、ひとりでアルコール類をお供に音楽を楽しむような習慣がないのだ。ゆったりとしたテンポと心地いいスウィング感は、脳にアルファ波を促し極上のリラクゼーションや疲労回復をもたらすというから、愛飲家のかたの気持ちはよくわかるのだけれど──。そんなぼくでも最初から最後まで夢中になれるのだから、上記の２枚は没入感が非常に高いバラード集の名盤と云えるだろう。各々のアルバム・コンテンツは優劣をつけ難いほど素晴らしいのだが、正直なところ外観的には『<em>ムーン・ビームス</em>』のほうが上を行くように、ぼくには思えるのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この『<em>ムーン・ビームス</em>』のジャケットには見目麗しい女性のアップ写真があしらわれているが、このひとはドイツ出身のファッションモデル兼シンガーソングライターの<strong>クリスタ・ペーフゲン</strong>、通称<strong>ニコ</strong>である。彼女はこのジャケットのモデルを務める直前に、フランスの映画俳優、<strong>アラン・ドロン</strong>とのあいだに子供を儲けている。それよりもなによりも<strong>ニコ</strong>といえば、のちに<strong>ボブ・ディラン</strong>の紹介で<strong>アンディ・ウォーホル</strong>の実験的映像作品に出演し、ウォーホルがプロデュースを務める<strong>ルー・リード</strong>率いるロック・バンド、<strong>ヴェルヴェット・アンダーグラウンド</strong>のファースト・アルバム『<em>ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ</em>』(1967年)において、リード・シンガーを務めたことが有名だ。むろんぼくにとっては、ずっとあとで知ったことである。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9230 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/moonbeams1.png" alt="満月のアップ　左下にグランドピアノ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/moonbeams1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/moonbeams1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　いずれにしても、この『<em>ムーン・ビームス</em>』のジャケットは、エヴァンスのアルバムのなかでは、ぼくの知る限り唯一の魅惑の美女が際立ったアートワークである。コルトレーンの顔が決してわるいわけではないけれど、レコードを手にとるとき音楽そのものだけでなく、ジャケットも作品のうちと考えるジャズ・ファンにとっては、やはり『<em>バラード</em>』よりも『<em>ムーン・ビームス</em>』のほうがありがたみが大きいのではなかろうか。ジャズの愛好家のなかには、存外ジャケ買いをする向きが多い。そもそもめくるめく美女ジャケは、男性中心の購買層に向けた有効なマーケティング手法によるものなのだが、視覚的な魅力で音楽の抽象的なイメージを補完し、リスナーの想像力を掻き立てるアートとして機能していることも確かだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ただこのジャケット、多くのファンのかたから顰蹙を買うかもしれないが、実はぼくにはエヴァンスのアルバムのジャケットとしては、いささか品性に欠けるようにも思われるのだ。というのも、エヴァンスのアルバムのなかでジャケットに女性の画像があしらわれたものといえば、屈指の名盤『<em>ワルツ・フォー・デビイ</em>』(1962年)がその頂点に君臨するから。黒と紫を基調に、女性の横顔とおぼしき朦朧としたシルエットを浮かばせた端正なデザインは、実に格調高いアートワークと云えるだろう。これは1950年代から1960年代にかけて、名門リヴァーサイド・レコードにおいて、数々の名盤のジャケット・デザインを手がけたグラフィックデザイナー、<strong>ケン・ディアドフ</strong>によるもの。とはいってもこのシルエット、実はペーパーカッティングの手法で抽象的にデザインされた架空の女性らしい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それはともかく、この『<em>ワルツ・フォー・デビイ</em>』はご承知のとおり、エヴァンスが1961年にヴィレッジ・ヴァンガードで行ったライヴ演奏が収録されたアルバム。一般的に『<em>ポートレイト・イン・ジャズ</em>』(1960年)『<em>エクスプロレイションズ</em>』(1961年)『<em>サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード</em>』(1961年)とあわせて“リヴァーサイド４部作”と云われているが、リリース的にはトリを飾る作品である。ピアノに対して高音域のカウンターメロディを繰り出す、交通事故により25歳という若さでこの世を去った天才ベーシスト、<strong>スコット・ラファロ</strong>と、まるでエヴァンスに真っ向から向き合うかのようなブラシ＆シンバル・ワークを展開する<strong>ポール・モチアン</strong>を従えたトリオによる正式なアルバムは、この４枚だけである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらに云うと、この1961年６月25日、ニューヨークの名門クラブで行われた吹き込みのうち、ラファロのベース・プレイのフィーチュアリングが際立った音源は『<em>ワルツ・フォー・デビイ</em>』に先立ち『<em>サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード</em>』としてまとめられた。ライヴの11日後である７月６日にこの世を去ったラファロの追悼盤として、急遽発売されたというわけである。なおこのときの音源は、ラファロの生涯で最後の公式な録音となった。ときに残りのテイクからチョイスされた音源がまとめられたのが『<em>ワルツ・フォー・デビイ</em>』なのだが、結局『<em>サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード</em>』よりもエヴァンス寄りのカラーが強調されることとなった。抒情的なメロディック・ライン、緻密なハーモニー、そして洗練されたインタープレイと、どこをとっても極上と云える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このように味わいが微妙に異なる２枚のアルバムを制作するという慧眼は、リヴァーサイドのプロデューサー、<strong>オリン・キープニュース</strong>のもの。もしこのときの音源が２枚組のライヴ・アルバムとしてリリースされていたら、それほど滋味豊かなものに聴こえなかったかもしれない。そして前述の『<em>ワルツ・フォー・デビイ</em>』の美麗なデザインのジャケットは、アルバム・コンテンツをそのまま表している。エヴァンスの世にも美しい音楽が、容易にイメージされる。とにもかくにも本作では、クラシックの技法の導入、洗練されたヴォイシングの確立といった小難しいことを理解しなくても、あたかも水晶のような音色と琴線に触れる流麗な旋律とを堪能することができるのである。このアルバムが、ふだんジャズを聴かないという若い女性に人気があるというのも、大いに得心がいくというものだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">エヴァンスの魅力は即興性に富んだトリオ間のインタープレイだけではない</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　エヴァンスのアルバムには、まあ例外もあるけれど、そんなに聴きにくいものはない。むろんジャズのいちばんの醍醐味といえば、インプロヴィゼーションと云える。その点、この『<em>ワルツ・フォー・デビイ</em>』でも素晴らしい成果が上げられている。というか、ここでのトリオによる即興演奏には、それだけに止まらないものがある。従前のピアノ・トリオといえば、各々のプレイヤーにソロ・パートが与えられる場合もあるけれど概ねピアノが主役で、ベースはボトムを支えることに、ドラムスはリズムをキープすることにそれぞれ徹していた。しかしながら、エヴァンス、ラファロ、モチアンの３人は対等に近い立場にあって、その場のコール・アンド・レスポンスで、確たる音楽を創造しているのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　たとえ三者三様に歌いまくっていても、出来するサウンドは一体となって響いてくるのだから、これは魔法とでも云うしかない。ジャズでは演奏中にプレイヤー同士が会話するようにリアルタイムで反応し合い、新たな音楽を創り出す相互作用のことをインタープレイと云い、別段珍しいことではない。たとえば、だれかのアドリブ・ソロに対して、他のプレイヤーが合いの手を入れたり、フレーズを真似したりするのはごく当たりまえ。バッキングにおいても、ピアニストの演奏にインスパイアされて、サイドメンがリズムや音色を自在に変化させることは自然なことなのである。ところがエヴァンス・トリオのインタープレイでは、ピアノ、ベース、ドラムスが対等に絡み合うからスゴい。それはいわば、インタープレイの極致である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなわけで、この『<em>ワルツ・フォー・デビイ</em>』をはじめとする“リヴァーサイド４部作”は、押しなべて旧来のピアノ・トリオのスタイルを打ち破った傑作である。そういう革新的な側面をもちながら、そのいっぽうで日常生活のBGMの１枚としてセレクトすることもできるという特性が、名盤『<em>ワルツ・フォー・デビイ</em>』が多くの音楽ファンのこころを惹きつける所以であると、ぼくは思う。つまりエヴァンスの音楽は、彼がどんなにスゴいことを演っているかを理解しなくても、十分に楽しむことができるのである。レコードに針を落とすと間もなく、エヴァンスのピアノが「ト、トン」ラファロのベースが「ブォーン」モチアンのシンバルが「シャーッ」と鳴り出す。<strong>ビクター・ヤング</strong>による名曲「マイ・フーリッシュ・ハート」だが、その響きだけでもリスナーに感動を与えるのだから、やはりスゴい。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9231 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/moonbeams2.png" alt="グランドピアノ　左横に満月" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/moonbeams2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/moonbeams2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　以前にも触れたことがあるが、あらためてここにエヴァンスのプレイの特徴を記しておく。まずそのリズム感だが、きわめて流動的で広がりがある。彼は８分音符を敢えて均等に連ねず、３連符のようなニュアンスで弾く。その点、バップ系のプレイヤーのフレージングとは明らかに違う。しかも彼の場合、右手で３連符のラインを作りながら、左手のコンピングは２拍のコードをキープしていたりする。そのポリリズムが生み出す浮遊感が、一般的なスウィング感とはかなり違った印象を与える。しかもベースやドラムスとともに一定のリズムを刻まず、自由にリズムを崩しながら弾く場面が散見されるのだ。そんなタイム感はいわゆるブロークン・タイムというものなのだけれど、このスタイルを確立したのはエヴァンスと云ってもいいのではなかろうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにつけ加えると、エヴァンスはバップならではスタッカートの効いたアグレッシヴな奏法をほとんど用いることがなく、レガート・タッチで音を羅列する。しかもクロマティックなアプローチで、より滑らかなラインを形成させる。それが彼のピアノ演奏に抒情性が生み出される要因のひとつと、ぼくは観ている。右手がそんな感じで進行するなか、かたや左手のほうがときに単なる伴奏ではなく美しいメロディを奏でるときもある。これはヴォイス・リーディングという手法なのだけれど、クラシック音楽で云うところの対位法的なアプローチだ。そういえば細かいことだが、インプロヴィゼーションにおいて、トリルやターンといった装飾音が頻繁に鏤められるのも、エヴァンスのプレイにクラシックからの影響が感じられるところである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　クラシックからの影響といえば、エヴァンスが奏でる色彩豊かな印象派的なハーモニーには、それこそ<strong>モーリス・ラヴェル</strong>や<strong>クロード・ドビュッシー</strong>のピアノ作品に通じるものが感じられる。そのエクスプレッションがなんとも幽玄な響きを生み出しており、どこか宙に浮いたような感じを与えながら、ところどころに美しいイディオムが交えられていくのだ。その空気感は、まさにフランスの印象主義音楽を連想させる。ひょっとすると、そういうエヴァンスの透明感のある繊細なタッチが、ふだんジャズを聴かないという若い女性のハートさえも、鷲掴みにしてしまうのかもしれない。ピアノを弾く立場の人間として云わせていただくと、エヴァンスのピアノ・テクニックはきわめて高度で難しい。しかしながら、彼が紡ぎ出す音楽は、複雑さよりも美しさのほうが際立つ。なんとも素晴らしい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ここまでお伝えしたエヴァンスのピアニズムについては、彼の熱心なファンだったら百も承知のことだろう。それなのに、それをくどくど述べたのは、一般的にエヴァンスについて語られるとき、そのジャズ・スタンダーズの独創的な解釈とともに、“リヴァーサイド４部作”で披露された即興性に富んだトリオ間のインタープレイばかりが高く評価されることが多いからだ。確かにエヴァンスは、ピアノ・トリオの新しい方向性を示し、後続のジャズ・ピアニストたちに多大な影響を与えたけれど、たとえそのことをを考慮に入れなくても、不世出のジャズ・ピアニストであることに変わりはない。ぼくは、それを云いたかったのである。たとえば、彼の初リーダー・アルバム『<em>ニュー・ジャズ・コンセプションズ</em>』(1957年)をひとつとっても、そう確信するのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このアルバム、よく冒頭の<strong>コール・ポーター</strong>の名曲「アイ・ラヴ・ユー」でのエヴァンスのプレイがピックアップされて、そのピアノ・スタイルが未完成であるとか、<strong>バド・パウエル</strong>からの影響が強いとか云われる。しかも、そのことが根拠とされる機会は非常に多く、本作の一般的な評価は押しなべて低いと云える。しかしながらぼくには、エヴァンスの独自のピアノ・スタイルが、このアルバムにおいてすでに完成の域に達しているように思えるのだ。そもそも彼は、パウエルからほとんど影響を受けていないのではなかろうか。ぼくには、エヴァンスが単に当時のトレンドであるバップ・スタイルを弾いてみせただけのように、思われて仕方がない。というのも、次曲のオリジナル・ナンバー「ファイヴ」におけるポリリズムやリリシズムに、エヴァンスならではの新しい概念が感じられるからだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この『<em>ニュー・ジャズ・コンセプションズ</em>』を聴いただけでも、エヴァンスがきわめて有能で革新的なジャズ・ピアニストであるとわかる。しかも彼は、上記の「ファイヴ」をはじめ「ディスプレイスメント」「ワルツ・フォー・デビイ」「ノー・カヴァー・ノー・ミニマム」といった自作曲をもってして、作曲の才能も確かなものであることを実証している。とはいうもののこのアルバム、バップ・スタイルが導入されていることもあり、統一された音楽的個性に欠けているというのもまた事実。おそらくエヴァンスは、プロデューサーのキープニュースの意向に沿って、ビジネスライクに流行りのスタイルも採り入れたのだろう。あいにくレコードは、800枚程度しか売れなかったという。自分の信念を貫かったことに対する自責の念からか、エヴァンスはその後２年と３か月のあいだ、リーダー・アルバムを制作しなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">悲しみを乗り越え新しいメンバーでふたたび強固なトリオを結成した</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　自己批判的なエヴァンスが満を持して吹き込みに挑んだセカンド・アルバム『<em>エヴリバディ・ディグズ・ビル・エヴァンス</em>』(1959年)は、前作とは対照的に各方面から高く評価された。アルバム・ジャケットには、<strong>マイルス・デイヴィス</strong>、<strong>ジョージ・シアリング</strong>、<strong>アーマッド・ジャマル</strong>、<strong>キャノンボール・アダレイ</strong>といった、エヴァンスに一目置く同時代のミュージシャンたちからの賛辞が掲載されている。エヴァンスがプロデューサーのキープニュースに「どうして母にもコメントを求めなかったの？」と、ジョークを飛ばしたことはあまりにも有名だ。そんなエヴァンス自身も出来栄えに満足したという本作では、彼らしさが全開している。<strong>ジジ・グライス</strong>の「マイノリティ」でのシャープなフレージングは、エヴァンス・スタイルの完成形と云っても過言ではないだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そして『<em>エヴリバディ・ディグズ・ビル・エヴァンス</em>』の収録曲でなにかと取り沙汰されるのは、なんといってもエヴァンスのオリジナル・ナンバー「ピース・ピース」だろう。ソロ・ピアノで演奏されたこの曲、そのバラード演奏の静謐を湛えた美しさに、多くのリスナーが得も云われぬ心地よさを覚えると同時に、フランスの作曲家、<strong>エリック・サティ</strong>のピアノ曲を連想したのではなかろうか。サティの作風を彷彿させるのは、旋法が扱われることで独特の清澄な雰囲気が醸し出されているから。その影響は、<strong>マイルス・デイヴィス</strong>の『<em>カインド・オブ・ブルー</em>』(1959年)に収録されている「フラメンコ・スケッチ」という曲に色濃く反映されている。というかこのマイルスの曲は、明らかにエヴァンスのアイディアに基づくものだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ついでに云わせてもらうと、ぼくは『<em>エヴリバディ・ディグズ・ビル・エヴァンス</em>』のなかでは、<strong>ヴァーノン・デューク</strong>のバラード「ホワット・イズ・ゼア・トゥ・セイ」が大好きだ。研ぎ澄まされたタッチと繊細なハーモニーが描き出す透明感と憂愁に満ちた景色は、紛うことなきエヴァンスの音世界である。そしてこのトラックの特徴は、そのまま『<em>ムーン・ビームス</em>』の収録曲に直結するものでもあるのだ。そしてこの『<em>エヴリバディ・ディグズ・ビル・エヴァンス</em>』のあとにつづくのが、“リヴァーサイド４部作”のうち最初の吹き込みに当たる『<em>ポートレイト・イン・ジャズ</em>』である。４部作がジャズ・シーンに広げた波紋があまりにも大き過ぎて、前後の作品の魅力や価値が一段落ちて見えてしまうのも無理からぬことだが、ぼくは『<em>ムーン・ビームス</em>』も含めてどのアルバムにも、それぞれのもち味があると思う。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9232 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/moonbeams3.png" alt="グランドピアノ　右に満月　左に流れ星" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/moonbeams3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/moonbeams3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ということで、すっかりあとになってしまったが、ここからはエヴァンスの極上のバラード集『<em>ムーン・ビームス</em>』に集中する。ここでいま一度、本作のジャケットを眺めていただきたい。妖精<strong>ニコ</strong>の写真に気をとられて見落としがちだが、このアルバムのジャケットには、バンド名が“The Bill Evans Trio”と定冠詞つきで表記されている。これには理由があって、実は天才ベーシスト、ラファロの急逝に伴う新体制トリオの本格的な始動を宣言するという、意味合いが込められているのだ。最良のパートナーの喪失に深いショックを受けたエヴァンスは１年ほど演奏活動を休止するが、その悲しみを乗り越え新しいメンバーでふたたび強固なトリオを結成。トリオの復活をアピールするが故に、敢えて“The”が冠された。なお、同日録音のアルバム『<em>ハウ・マイ・ハート・シングス</em>』(1964年)では、それが外された。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　新体制でのセッションは、1962年５月17日、29日、６月５日にニューヨークのサウンド・メーカーズ・スタジオで行われ、音源はスローテンポを中心とした落ち着いた感じの楽曲は『<em>ムーン・ビームス</em>』に、ミッドテンポ以上のスウィンギーなナンバーは『<em>ハウ・マイ・ハート・シングス</em>』に、それぞれ振り分けられた。後発の『<em>ハウ・マイ・ハート・シングス</em>』も、個人的には愛聴盤となっているので、機会があればご紹介したいと思う。なお、このときのセッションはのちにマイルストーン・レコードによって、２枚組LP『<em>ザ・セカンド・トリオ</em>』(1977年)としてまとめられたこともあるが、ご放念いただいても構わないだろう。ときに新生トリオは、<strong>ビル・エヴァンス</strong>(p)、<strong>チャック・イスラエルズ</strong>(b)、<strong>ポール・モチアン</strong>(ds)。新加入のイスラエルズは、ラファロと比べるとよりトラディショナルなベーシストだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　エヴァンス・トリオにおけるイスラエルズのプレイは、ラファロのようにイノベーティヴネスに欠けるが故、過小評価されることがままあるが、メロディ、リズム、ハーモニーなどの選択において、きわめて自制的で無駄がない。アカンパニストととしてトップ・ベース・プレイヤーのひとりと云っても過言ではないだろうし、このセッションにおいても不要な要素を極力排除した彼のスタイルが、結果的にスポットライトをエヴァンスのピアノ演奏に一点集中させている。そのヴォイシングに華やかさはないかもしれないけれど、インタープレイも堅実に行われているのだ。これは余談だが以前、吉祥寺の老舗ジャズ喫茶、MEGのマスターで辛口の批評家でもある<strong>寺島靖国</strong>が、もっとも好きなエヴァンスのアルバムは『<em>ムーン・ビームス</em>』であると明言していた。寺島ファンのぼくは、いたく腑に落ちたものである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバム冒頭の「リ・パーソン・アイ・ニュー」のタイトルは、直訳すると「わたしの知っていたひとについて」という変な意味になるが、これはプロデューサー、キープニュースの名前のアナグラム(Orrin Keepnews → &#8220;Re: Person I Knew&#8221; )。エヴァンスのオリジナルだが、センシティヴでリリカルな曲調とピアノが紡ぎ出す淀みのないラインが陶酔を誘う。エヴァンスの無駄のないフレージングと力強いタッチが素晴らしい。モチアンのグルーヴ感とイスラエルズのメロディアスなソロも絶妙。<strong>ジミー・ヴァン・ヒューゼン</strong>の「ポルカ・ドッツ・アンド・ムーンビームス」では、しっとりとしたルバートからインテンポする際の転調に胸がすく。愁いを帯びながらも爽やかな空気が作り出されているのは、曲のよさばかりでなくインタープレイの軽妙さに負うところもままあると、ぼくは思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ジューリー・スタイン</strong>の「アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥー・イージリー」では、さりげない演奏のなかにもエヴァンスの細やかな表現が垣間見える。リリシズムが広がるなか、ブロック・コードが使われる箇所ではやや熱くなる。<strong>マッティ・マルネック</strong>と<strong>フランク・シニョレッリ</strong>とによる「星へのきざはし」では、エヴァンスの特徴的なピアノのテクニックが次々に繰り出される。手垢のついたバラードだが、その斬新な解釈と流暢な語り口とがフレッシュな印象を与える。個人的には、この曲のアウトロが大好きだ。B面のトップは<strong>タッド・ダメロン</strong>の「イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ」だが、エヴァンスはこの曲をダメロンのリーダー作『<em>ザ・マジック・タッチ</em>』(1962年)でも演っていた。ここでは、もはやエヴァンスのオリジナルと見紛うばかりの、抑揚の利いた美しいバラードとして完成。名演である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>リチャード・ロジャース</strong>の「春の如く」では、わりと長めの演奏となっているが、終始リラックスしたムードがキープされる。主役は飽くまでピアノだが、そのきめ細やかなタッチと表現豊かなフレージングは、飽きるどころか一瞬も見逃せない。<strong>ジェローム・カーン</strong>の「イン・ラヴ・イン・ヴェイン」では、静謐を湛えた演奏では至高の一品。比較的地味な曲だが、エヴァンスのリリカルな表現とモーダルな味つけによって、名篇に押し上げられている。アルバムのラストを飾るエヴァンスのオリジナル「ヴェリー・アーリー」は、浮遊感のあるコード進行と心地いいトリプル・タイムが際立った名曲。これぞ、エヴァンス。これを聴かずして、エヴァンスは語れない。個人的には、地方都市のジャズ・バーではじめてリクエストというものを体験した、思い出の曲。ぼくは大好きなのである、この曲が──。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<div class="speech-balloon has-border-color has-ex-a-border-color">
<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>Rob Van Bavel / Rob Van Bavel Plays Chick Corea (2022年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 10 May 2026 07:27:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Jazz]]></category>
		<category><![CDATA[Rob Van Bavel]]></category>
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					<description><![CDATA[2021年突然この世を去ったチック・コリアの名曲の数々がピアノ・トリオで録音された、オランダのピアニスト、ロブ・ヴァン・バヴェルによるコリア・トリビュート・アルバム『500マイルズ・ハイ〜チック・コリアに捧ぐ』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">2021年突然この世を去ったチック・コリアの名曲の数々がピアノ・トリオで録音された、オランダのピアニスト、ロブ・ヴァン・バヴェルによるコリア・トリビュート・アルバム『500マイルズ・ハイ〜チック・コリアに捧ぐ』</span></h2>

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<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Rob Van Bavel / Rob Van Bavel Plays Chick Corea (2022)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Bud Powell</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-10" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-10">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">2021年突然この世を去ったチック・コリアの名曲の数々がピアノ・トリオで録音された、オランダのピアニスト、ロブ・ヴァン・バヴェルによるコリア・トリビュート・アルバム『500マイルズ・ハイ〜チック・コリアに捧ぐ』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">アメリカで才能と実力を認められながら日本では10年以上も放って置かれた</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">インターネットを駆使して探し求めたヴァン・バヴェルのリーダー作</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">チック・コリアの音楽の素晴らしさをフレッシュな感覚で伝える</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">アメリカで才能と実力を認められながら日本では10年以上も放って置かれた</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　オランダを代表する実力派のジャズ・ピアニスト、<strong>ロブ・ヴァン・バヴェル</strong>といえば、いまでは日本でもすっかり広く知られるようになったが、初リーダー・アルバムがリリースされたころは、わが国のジャズ・ファンのなかに彼のことを知るものはほとんどいなかったのではなかろうか。かくいうぼくもヴァン・バヴェルの演奏にはじめて触れたのは、2000年代に入ってから。彼はビバップをはじめ、モダン・ジャズ、フュージョン、さらにはクラシックの影響を感じさせるスタイルまで幅広くこなすプレイヤーだが、そのピアノ演奏は、センシティヴなタッチとリッチなリズム感を有し、一部からは“ピアノの詩人”とも称されるような叙情的な表現が際立つ。国際的にも高い評価を得ているヴァン・バヴェルだけに、日本でもさらにスポットライトが当てられることを期待したい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ロブ・ヴァン・バヴェル</strong>は1965年１月16日、オランダ南部のブレダに生まれた。現在61歳、バリバリ現役である。ピアノの教師である父とギターとオルガンの教師である母をもつ。両親は当時楽器店も経営しており、ヴァン・バヴェルの周囲には、生まれたときから音楽が溢れかえっていた。そんな環境のもと、彼は３歳からクラリネットやハーモニカを吹き、７歳からはピアノのレッスンを受けるようになる。はじめはクラシックのピアニストを目指していたが、中学時代にジャズに開眼。ディキシーランド・ジャズのバンドでも演奏したことがあるという。その後、ロッテルダム音楽院で学び、1987年に同院を主席で卒業している。なお息子のセバスチャンもピアニストで、ジャズに現代音楽の要素を採り入れたトリオで活動中だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ヴァン・バヴェルは、新人ジャズ・プレイヤーの登竜門として知られる、セロニアス・モンク国際ジャズ・コンペティションの記念すべき第１回のピアノ・コンペで第２位を獲得している。彼がロッテルダム音楽院を卒業した、1987年のことである。審査員は<strong>ローランド・ハナ</strong>、<strong>バリー・ハリス</strong>、<strong>ハンク・ジョーンズ</strong>、<strong>ロジャー・ケラウェイ</strong>が務めたが、その顔ぶれのスゴさも然ることながら、彼らからその才能と実力を認められたヴァン・バヴェルも伊達ではない。なんといったって、アルバム・デビューすら果たしていない20代前半のオランダの若者が、400人以上の応募者がいるアメリカのジャズ・コンペで上位に入賞したのだから、これを快挙と云わずしてなんと云おう。ちなみに、このとき第１位を獲得したのは、当時<strong>ウィントン・マルサリス</strong>(tp)のグループのピアニストを務めていた<strong>マーカス・ロバーツ</strong>だった。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9128 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/robpf1.png" alt="オランダの風車と緑色のピアノ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/robpf1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/robpf1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　さらにヴァン・バヴェルはこれとおなじ年に、オランダのもっとも主要なジャズ賞であるヴェッセル・イルケン賞を受賞。翌年の1988年には、ドイツの有名なジャズ・フェスティヴァル、レーヴァークーゼナー・ジャズターゲにおいて、ヨーロピアン・ヤング・ジャズ・アーティスト賞を獲得。さらに1990年には、オランダのグラミー賞とも云われるエジソン賞を受賞している。ヨーロッパだけでなくジャズの本場であるアメリカにおいても、ひとかどのジャズ・ピアニストとしてのオーソライズを得たヴァン・バヴェルが、なぜ日本では10年以上も放って置かれたのか、ぼくは不思議でならない。おそらく当時のわが国のレコード産業において、オランダのジャズ・プレイヤーは、まだマーケティングの対象外だったのだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いずれにしても、オランダのサークル・プロダクションというマイナー・レーベルと通商関係を最初に切り拓いたのは、あの澤野工房だった。大阪市浪速区にある履物屋の４代目店主、<strong>澤野由明</strong>は、趣味が高じて日本のジャズ・アルバムをヨーロッパに輸出したり、逆にヨーロッパのジャズ作品を輸入販売したりしていた。そのうち澤野さんはCD制作にも乗り出すようになり、自己のレコード・レーベルを立ち上げた。それが独立系ジャズ・レーベル、澤野工房である。その影響は日本に止まらず世界中に波及した。ことにヨーロッパを中心とした、世界中の知られざる実力のあるアーティストの発掘において、その功績は非常に大きいと云える。また、入手困難な過去の名盤を、可能な限りオリジナルに近い形で復刻するという姿勢も、多くのジャズ・ファンに歓迎された。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで、サークル・プロダクションにヴァン・バヴェルがトリオ編成で吹き込んだ、彼の初リーダー・アルバム『<em>ジャスト・フォー・ユー</em>』(1988年)は、澤野工房によってリイシューされた。ジャケットにおいても、オリジナル盤のそれに近いアートワークが採用されている。世界ではじめてのCD化となったが、オリジナル盤が発売されてから12年後の2000年のことだった。というかこのアルバム、現在もオリジナルのLPレコードと澤野工房のCD盤しか存在しない。いずれにしても、ヴァン・バヴェルが日本で最初に注目されるキッカケを作ったのは、澤野工房である。思えば当時の澤野工房は、旧ソ連、レニングラード出身のピアニスト、<strong>ウラジミール・シャフラノフ・トリオ</strong>の新作『<em>ムーヴィン・ヴォーヴァ！</em>』(2000年)をリリースしたことで、注目を集めていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなんこともあって、ほとんどの大手CDショップにはすでに澤野工房の特設コーナーが設けられており、ヴァン・バヴェルのアルバムも一緒に陳列されていた。ぼくもそんな状況で『<em>ジャスト・フォー・ユー</em>』を手にしたのだが、一聴で彼の演奏が気に入ってしまった。<strong>ロブ・ヴァン・バヴェル</strong>(p)、<strong>マーク・ヴァン・ローイ</strong>(b)、<strong>ハンス・ヴァン・オーステルハウト</strong>(ds)といったトリオが、このアルバムでプレイするのはヴァン・バヴェルの自作曲が中心。彼のペンによる曲はどれも奇を衒うようなところがなく、まるで有名なジャズ・スタンダーズのように親しみやすい。それでいて、モダン・ジャズには収まり切らないポップなテイストを、そこはかとなく感じさせるようなところがある。前述のようにヴァン・バヴェルは、様々の音楽スタイルを幅広くこなすプレイヤーなのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ヴァン・バヴェルのピアノ演奏といえば、けっこう躍動感に溢れていながら、まったくといっていいほど外連味がない。むしろタッチはいい意味で軽い。しかも随所にほどよいリリシズムの片鱗をうかがわせるような、上品な美しさがある。なんといっても、小難しさのない鷹揚な演奏に好感がもてる。とにかく気軽に楽しめるところが、ぼくは大好きなのだ。ただ『<em>ジャスト・フォー・ユー</em>』を聴いた多くのジャズ・ファンが、その後ヴァン・バヴェルのことを追いかけたのかというと、ちょっと疑わしい。日本の音盤業界にしても、相変わらず彼の音楽に食指を動かされることはなかったようだ。というのも、その後に国内発売されたヴァン・バヴェルのリーダー作というと、『<em>オールモスト・ブルー〜トリビュート・トゥ・チェット・ベイカー</em>』(2005年)まで待たなければならない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このアルバムは、オランダのミューニック・レコードによって制作されたものだが、むろん澤野工房の手引きによってヴァン・バヴェルのファンになったぼくが、本作がトランペッターである<strong>チェット・ベイカー</strong>の最後のピアニストという謳い文句とともに国内発売されるまでのおよそ５年間、ただ手をこまねいているはずもない。ジャズを愛好するかたであれば、きっとお解りいただけることと思う。はじめて出会ったミュージシャンのプレイが気に入れば、そのひとの演奏をもっと聴きたくなるのが人情というもの。その期間、わが国のジャズの専門誌においてヴァン・バヴェルについて触れられることは皆無だったけれど、そんな残念な状況を指をくわえて見ているわけにはいかないのである。結局、輸入盤を探さざるを得なかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">インターネットを駆使して探し求めたヴァン・バヴェルのリーダー作</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　とはいってもヴァン・バヴェルのアルバムは、リアル店舗でまったく見かけることがなかった。仕方なくぼくは、インターネットを駆使して彼のアルバムを探し求めた。いささか偏執的な愛情を注いだ甲斐あって、ぼくは何枚かのヴァン・バヴェル作品を入手することができた。比較的簡単に手に入ったのは、オランダのチャレンジ・レコードからリリースされた『<em>ソロ・ピアノ &#8211; ジャズ・アット・ザ・パインヒル</em>』(2000年)というアルバム。これはオランダのピアニストたちがソロ・ピアノをスタジオ・ライヴ形式で披露するシリーズの１枚。吹き込みは1999年５月７日で、肩肘を張らずに聴くことができる楽しい演奏となっている。ここでのヴァン・バヴェルはけっこうダイナミックにピアノを弾いているのだけれど、それがまったく慌ただしさを感じさせない、リラックスした素晴らしいプレイなのだ。個人的には、ますます彼のことが好きになった作品でもある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ヴァン・バヴェルのアルバムでなんといってもお薦めしたいのは、初期のトリオ作品。メインストリームの伝統が継承されたモダン・ジャズが展開されているが、彼の魅力が全開している。結局のところ個人輸入するしか方法はなかったのだが、なんとか入手することができた以下の２枚のアルバムでは、ヴァン・バヴェルを実力派のピアニストと評価するに相応しい、ファンタスティックな演奏を聴くことができる。そのアルバムというのは、ミラサウンド・プロダクションからリリースされたセカンド作『<em>ロブ・ヴァン・バヴェル・トリオ</em>』(1989年)、そして自主制作盤のフォース作『<em>ジ・アザー・サイド</em>』(1991年)である。個人的には、この２枚と『<em>ジャスト・フォー・ユー</em>』とをあわせて、初期のヴァン・バヴェル作品のベスト・スリーとしたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　上記の２枚はともにピアノ・トリオによる吹き込みだが、レコーディング・メンバーは『<em>ジャスト・フォー・ユー</em>』と同様に、<strong>ロブ・ヴァン・バヴェル(</strong>p)、<strong>マーク・ヴァン・ローイ</strong>(b)、<strong>ハンス・ヴァン・オーステルハウト</strong>(ds)の３人。なお前者には<strong>フェルディナンド・ポヴェル</strong>(ts)が、後者には<strong>ベン・ヴァン・デン・ドゥンエン</strong>(ts, ss)と<strong>ピーター・グイディ</strong>(fl)が、それぞれゲスト参加している。個人的な好みになるが『<em>ロブ・ヴァン・バヴェル・トリオ</em>』が、もっともよく聴く１枚となっている。なぜかというと、このアルバムでのヴァン・バヴェルのピアノ・プレイが、その魅力のひとつである小難しさのない鷹揚さがもっとも際立ったものと感じられるから。全編にわたって肩の力を抜いて聴くことができて、とにかくこころが弾む。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9129 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/robpf2.png" alt="オランダの風車と桜色のピアノ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/robpf2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/robpf2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　いずれにしても上記の３枚は、ヴァン・バヴェルの終始優美なピアノのタッチはもちろんのこと、極上の味わいをもつオーソドックスなジャズのスタイルを、気軽に楽しむことができる。もしこれらのアルバムをどこかで見かけたら、ジャズははじめて──というかたも、遠慮しないで手にとっていただきたいものである。あらためて云うけれど、ヴァン・バヴェルのピアノ演奏には、メインストリームの伝統が受け継がれているのが顕著に見てとれる。残念なことに、一部のジャズ・ファンのなかには、そういうオーソドックスな演奏形態には興味や関心が湧かないという向きもある。そういうひとは、驚天動地の斬新な趣向が凝らされたプレイのほうに、視線を向けるのだろう。もちろん、緊張感や高揚感を求める気持ちは理解できるし、そういう演奏もそれはそれで素晴らしい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ただぼくの場合、進取の気性に富んだアーティストも大歓迎だけれど、どちらかというと伝統的で穏健な表現方法で極上の演奏を聴かせてくれるプレイヤーのほうに、こころ惹かれる傾向がある。そしてまさにヴァン・バヴェルは、明らかに後者のタイプのピアニストなのである。繰り返しになるけれど、彼のピアニズムに面倒な理屈っぽさはまったくない。ビギナーのかたも、まったく逡巡することはない。ヴァン・バヴェルの音楽は、きわめてわかりやすいのだから。そんな気やすさが、ぼくにはとても魅力的に感じられるのである。しかしながら裏を返せば、そんなヴァン・バヴェルの音楽性こそが、センスとテクニックにおいて申し分のない力量をもつ彼を、長らく知るひとぞ知る存在のままにした、最大の原因と云えるのかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにヴァン・バヴェルの作品には、正統派ジャズ・ファンの心証を害するようなものもあった。正直に云うと、ぼくもこのアルバムには肩透かしを食らわされた。それは、ヴァン・バヴェルの自主制作盤『<em>デイドリームス</em>』(1991年)である。おそらくこのアルバム、河合楽器製作所が開発したデジタル・シンセサイザーのデモンストレーションのために作られたアルバムなのだろう。本作には、ヴァン・バヴェルのトリオの当時のレギュラー・メンバーである<strong>ハンス・ヴァン・オーステルハウト</strong>(ds)も参加しているのだが、どちらかというとKAWAIのシンセサイザーやコンピュータが駆使されたフュージョン作品といった趣がある。確かに彼の作曲や編曲の才能が光るところもあるのだが、どうひいき目に見ても、そのピアニズムにおける本来の能力や特性が引き出されているとは、ぼくには到底思えない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そういう意味では、ミューニック・レコードからリリースされた『<em>クァランティーン</em>』(2002年)にもおなじことが云える。このアルバムは、<strong>ザ・ピッチ・パイン・プロジェクト</strong>というグループ名義で吹き込まれた、バリバリのフュージョン作品。メンバーは、<strong>ロブ・ヴァン・バヴェル</strong>(key)、<strong>マルティン・ヴァン・イテルソン</strong>(g)、<strong>ウド・パンネケート</strong>(elb)、<strong>クリス・ストリック</strong>(ds)、<strong>トム・ベーク</strong>(sax, bcl)。ヴァン・バヴェルは、アコースティック・ピアノのほかにフェンダー・ローズやシンセサイザーも弾いている。<strong>ウェザー・リポート</strong>を彷彿させるサウンドはなかなか聴き応えがあるが、やはりヴァン・バヴェルにフュージョンは似合わない。なおこのグループ、チャレンジ・レコードからセカンド作『<em>アンプレセデンティド・クラリティ</em>』(2008年)もリリース。<strong>ランディ・ブレッカー</strong>(tp, flh)が、ゲスト参加している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんななか、やはりミューニック・レコードからリリースされた『<em>ピアノ・グランド・スラム</em>』(2003年)は、ぜひともお薦めしたい１枚である。澤野工房が埋もれていたオランダ屈指の逸材を発掘してからの５年間、その存在が高く評価される機会はほとんどなかったが、このアルバムだけは日本のCDショップをいくぶん賑わせた。本作では、<strong>レニー・トリスターノ</strong>、<strong>ビル・エヴァンス</strong>、<strong>ハービー・ハンコック</strong>、<strong>バド・パウエル</strong>、<strong>マッコイ・タイナー</strong>といった、ヴァン・バヴェルが敬愛するピアノ・レジェンズの楽曲が、彼なりの新しい解釈で演奏されている。不躾ながら、おそらくショップのバイヤーさんも多くのジャズ・ファンのかたも、まずはヴァン・バヴェルの名前よりも、彼が採り上げた５人のビッグネームに視線を向けたのではなかろうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　というのも、思うところがあるからだ。実は『<em>ピアノ・グランド・スラム</em>』は、<strong>ザ・ニュー・ロブ・ヴァン・バヴェル・トリオ</strong>名義でリリースされている。このトリオのサイドメンは、<strong>クレメンス・ヴァン・デル・フィーン</strong>(acb)、<strong>クリス・ストリック</strong>(ds)だが、このトリオをベースとした２作品、華やかなゲスト・プレイヤーで彩られたミューニック盤『<em>ジェネレーションズ</em>』(2006年)、そして2008年にトリオのみで吹き込まれ、５年後にR&amp;M ミュージックからリリースされた『<em>ダッチ・ジャズ</em>』(2013年)などは、一部の熱心な愛好家を除くジャズ・ファンの間では、口の端にも上らなかった。ちなみにR&amp;M ミュージックは、ヴァン・バヴェルと彼の妻である韓国出身のピアニスト、<strong>ミハン・ホン</strong>とが立ち上げたプライヴェート・レーベルである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">チック・コリアの音楽の素晴らしさをフレッシュな感覚で伝える</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ときに『<em>ピアノ・グランド・スラム</em>』では上記のトリオに加え、のちにオランダの有名なプログレッシヴ・ロック・バンド、<strong>フォーカス</strong>のメンバーとなる<strong>ウド・パンネケート</strong>(elb)が、フレットレス・ベース・ギターでコンテンポラリーなプレイを披露。さらに当時11歳のヴァン・バヴェルの息子、<strong>セバスチャン・ヴァン・バヴェル</strong>(p)も１曲だけ参加している。本作はタイトルからもわかるように、クール・ジャズ、ビバップ、モーダル・ジャズなど、モダン・ジャズのスタイルをすべて制覇するというような内容で、ヴァン・バヴェルの飽くなき探求心の結晶とも云うべきアルバム。彼の３曲のオリジナル・ナンバーでも、いつになく叙情的なムード、現代的なハーモニ、シンコペーションを効かせたリズムなどが際立っていて、作曲家としての本領が発揮されている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　曲によってはその様式に則って、ボトムがアコースティック・ベースからエレクトリック・ベース・ギターに替わるわけだが、そのことが１枚のアルバム・コンテンツとして、不自然な印象や場違いな感じを与えたりすることはない。まずはその音楽性の幅広さとセンスのよさに、感服させられる。ヴァン・バヴェル自身もアコースティック・ピアノのほかに、フェンダー・ローズ・エレクトリック・ピアノも弾いている。楽曲のアレンジもトリオの演奏も素晴らしいし、彼の高度なピアノ・テクニックも冴えわたっている。ただこのアルバムは、楽曲の扱いかたが巧妙であるという点から、全体的には実験作の印象が強い。そのぶん、前述したような本来ヴァン・バヴェルがもつ大らかな魅力は、いささか薄まっていると云えるかもしれない。ぼくは、好きだけれど──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いずれにしても、この輸入盤『<em>ピアノ・グランド・スラム</em>』や、前述の国内盤『<em>オールモスト・ブルー〜トリビュート・トゥ・チェット・ベイカー</em>』あたりから徐々にではあるが、ヴァン・バヴェルの人気もようやく日本のジャズ・ファンの間に浸透しはじめた。ただ彼が澤野工房によってはじめて国内で紹介されて以来、多くのジャズの愛好家から高い関心や評価を得るのは、2020年代に入ってからのこと。特に『<em>タイム・フォー・バラッズ〜ザ・マーネ・セッションズ</em>』(2021年)『<em>タイム・フォー・バラッズ〜ザ・スタジオ・セッションズ</em>』(2022年)といった、２枚のトリオ編成による極上のバラード集は、多くのリスナーのハートを鷲づかみにした。なおこのときのサイドメンは、<strong>フランス・ヴァン・ヘースト</strong>(b)、<strong>マーセル・セリールセ</strong>(ds)が務めた。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9130 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/robpf3.png" alt="オランダの風車と青色のピアノ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/robpf3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/05/robpf3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　このふたりは、オランダが誇るビッグ・バンド、<strong>ジャズ・オーケストラ・オブ・ザ・コンセルトヘボウ</strong>のメンバーとして、２度ほど来日したこともある。2008年の公演では<strong>ジェシ・ヴァン・ルーラー</strong>、2012年の公演では<strong>リー・リトナー</strong>といった大物ギタリストがゲスト参加したこともあり、このバンドのことを記憶に留めているかたは存外多いのではなかろうか。それはともかくヴァン・バヴェルは、上記の２枚のバラード集と同時期に吹き込んだ、2021年に急逝した<strong>チック・コリア</strong>のトリビュート・アルバム『<em>500マイルズ・ハイ〜チック・コリアに捧ぐ</em>』(2022年)と、ファンキーかつソウルフルなピアニスト、<strong>ホレス・シルヴァー</strong>のソング・ブック『<em>ホレス・シルヴァーに捧ぐ</em>』(2022年)を、立てつづけにリリースして大きな話題になった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　まあジャズ・ピアニストなら多かれ少なかれ、コリアやシルヴァーから影響を受けるのだろうが、ヴァン・バヴェルの場合、これまで作品を通じてそれを明らかにしたことはなかった。このタイムレス・レコードからリリースされた２枚のアルバムが素晴らしいのは、リスペクトの対象がしっかりイメージされながら、同時にヴァン・バヴェルの解釈に独自性が認められること。特にコリアのトリビュート作は、欧米のピアニストのなかではもっとも早い発表となったが、ヴァン・バヴェルの姿勢に最大限の敬意が感じられる。コリアのファンのかたはもちろんのこと、そうでないかたもコリアの偉大さ、ヴァン・バヴェルのきわめて高い表現力をあらためて確認できる名盤なので、最後に要点だけ記して本作をぼくのイチオシとさせていただく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　レコーディングは2021年10月18日、オランダのザイスト市にあるスタジオ・スメデレイで行われた。メンバーは<strong>ロブ・ヴァン・バヴェル</strong>(p)、<strong>マリウス・ビーツ</strong>(b)、<strong>エリック・イケネ</strong>(ds)。ビーツとイケネとはともに、オランダを代表するモダン・ジャズ・ピアニスト、<strong>レイン・デ・グラーフ</strong>のグループで活躍したことで知られる。最初の２曲「ライザ」と「トーンズ・フォー・ジョーンズ・ボーンズ」は、コリアの初リーダー作『<em>トーンズ・フォー・ジョーンズ・ボーンズ</em>』(1968年)からの選曲。ヴァン・バヴェルのリズミカルかつスピーディなフレージングがコリアのそれを彷彿させる。トリオ全員がフィーチュアされるが、その一体感が見事。<strong>スタン・ゲッツ</strong>の『<em>スウィート・レイン</em>』(1967年)のためにコリアが書いた「ウィンドウズ」では、ビーツのベース・ソロが随一。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>リターン・トゥ・フォーエヴァー</strong>の『<em>ライト・アズ・ア・フェザー</em>』(1973年)からの「500マイルズ・ハイ」では、ややテンポが落とされより上品で感傷的な印象を与える。ライヴ盤『<em>チック・コリア&amp;ゲイリー・バートン・イン・コンサート</em>』(1980年)に収録されていた「バド・パウエル」では、ヴァン・バヴェルのビバップ・プレイを堪能するのみ。最高だ！もっとも新しい解釈で演奏されたのは『<em>ザ・チック・コリア・エレクトリック・バンド</em>』(1986年)からの「ゴット・ア・マッチ」で、高速で駆け抜けるブルージーでモーダルなピアノのアドリブは、ヴァン・バヴェル入魂のプレイと云える。<strong>ディジー・ガレスピー</strong>の「コン・アルマ」は、前述の『<em>スウィート・レイン</em>』の収録曲。本来のヴァン・バヴェルらしい、オーソドックスなスタイルでの演奏となっている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　コリアが<strong>デイヴ・ブルーベック</strong>に捧げた「ワルツ・フォー・デイヴ」は『<em>フレンズ</em>』(1978年)からの選曲。ベースのソロも含めて叙情的な音世界が展開される。コリアが<strong>ブルー・ミッチェル</strong>の『<em>ザ・シング・トゥ・ドゥ</em>』(1964年) に提供した「チックス・チューン」では、その魅力といえばビーツによるエレクトリック・ベースの独擅場となっている。とにかく心地いい。<strong>セロニアス・モンク</strong>の「パノニカ」は、名作『<em>ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブス</em>』(1968年)のアルバム未収録曲(CDボーナス・トラック)。リラクゼーション溢れる、美しいバラード演奏となっている。<strong>アーヴィング・バーリン</strong>の「ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン」は、<strong>チック・コリア・アコースティック・バンド</strong>の『<em>ラウンド・ミッドナイト</em>』(1991年)に収録されていた。ヴァン・バヴェルは、コリアとは異なる解釈で、王道を行く。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムのラストを飾る「ブルース・フォー・アルマンド」は、ヴァン・バヴェル、ビーツ、イケネの共作。というか、コリアと<strong>スタンリー・クラーク</strong>とが演奏したベースラインをもとにした即興演奏である。こういうファンク・グルーヴは、ヴァン・バヴェルのアルバムではあまりお目にかからない。ただ本作では、彼の終始優美なピアノのタッチを確認することができるし、一部ではあるが極上の味わいをもつオーソドックスなジャズのスタイルも窺い知ることができる。ヴァン・バヴェルがコリアからどれほどの影響を受けたのかは定かでないが、少なくとも彼は<strong>チック・コリア</strong>の音楽の素晴らしさをフレッシュな感覚で伝えることに成功している。その点からも、ヴァン・バヴェルが懐の深い音楽家であると、ぼくはあらためて感じた。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<figure class="speech-icon"><img decoding="async" class="speech-icon-image" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2022/12/kimama-listen2.png" alt="" /></figure>
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</div>
<div class="speech-balloon has-border-color has-ex-a-border-color">
<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
</div>
</div>
<p></p>]]></content:encoded>
					
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		<title>McCoy Tyner Trio / Reaching Fourth (1963年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 19 Apr 2026 06:29:05 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Jazz]]></category>
		<category><![CDATA[McCoy Tyner]]></category>
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					<description><![CDATA[マッコイ・タイナーがコルトレーンの人脈から外れたサイドメンとともに吹き込んだジャズ・スタンダーズ中心のトリオ作『リーチング・フォース』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">マッコイ・タイナーがコルトレーンの人脈から外れたサイドメンとともに吹き込んだジャズ・スタンダーズ中心のトリオ作『リーチング・フォース』</span></h2>

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<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : McCoy Tyner Trio / Reaching Fourth (1963)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Reaching Fourth</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-12" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-12">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">マッコイ・タイナーがコルトレーンの人脈から外れたサイドメンとともに吹き込んだジャズ・スタンダーズ中心のトリオ作『リーチング・フォース』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">20世紀のジャズの巨人、ジョン・コルトレーンとの出会い</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">コルトレーン作品で得た収穫、マッコイ・タイナーとの出会い</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">マッコイ・タイナーのアルバムを聴くならインパルス!盤にかぎる</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">20世紀のジャズの巨人、ジョン・コルトレーンとの出会い</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　振り返ってみると、20世紀のジャズの巨人のひとりであるのにもかかわらず、<strong>ジョン・コルトレーン</strong>を俎上に載せる機会といえば、なぜかこれまであまりなかったように思う。いまもジャズ好きの友人と音楽について談笑するときも、彼のことをまな板の上に載せることはほとんどない。べつに隠しているわけでもないのだけれど、こんなぼくにもコルトレーンの音楽に心酔していた時期がある。具体的にそれは、高校時代から大学時代にかけてのことだ。理由はいろいろある。ジャズを愛好するものの嗜みとして、コルトレーンの演奏を聴き見識をもつことは、ある種の礼儀でもある──なんてわけはないのだが、当時そんな空気があったこともまた事実である。いまはそんなことはないと思うけれど、もしそんな主張があるとすればまったくのナンセンスだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そうはいっても、かく云うぼくのコルトレーンを聴きはじめるキッカケは、そういう無稽な説に踊らされたこと。なんともお恥ずかしいハナシだが、あのころのぼくはジャズを聴くものとして、あるいは演るものとして、承認欲求が強かったのだろう。まさに若気の至りとはこのことなのだが、それでも若さゆえの血気の多さ、あるいは経験不足から、無分別にコルトレーンのレコードを聴きまくったことが自分にとって無駄だったのかというと、一概にそうとは云えない。ぼくは高校時代から本格的にジャズ・ピアノを独学しはじめたのだが、ジャズという音楽において不可避であるインプロヴィゼーションを理解する上で、コルトレーンが構築したイノヴェイティヴな方法論は非常に役立った。また自分にとっては、コルトレーンの演奏を聴くことから、音楽に対して多角的な視点をもつようになったことが大きい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　当時ぼくが聴いていたコルトレーンのレコードといえば、彼がモダン・ジャズの帝王、トランペッターの<strong>マイルス・デイヴィス</strong>の名作『<em>カインド・オブ・ブルー</em>』(1959年)のレコーディングに参加したあとに発表した作品に集中した。すなわち彼がアトランティック・レコードに移籍してすぐに発表した『<em>ジャイアント・ステップス</em>』(1960年)からである。アルバムを手にとる動機となったのは、当時ぼくがもっとも関心をもっていたピアニストのふたり、<strong>トミー・フラナガン</strong>と<strong>ウィントン・ケリー</strong>が参加していたことだった。それはともかく、このころのコルトレーンといえば、ハード・バップのテナー奏者から脱却すべく、様々な試みをするようになっていた。ことに積極的な自作曲の作成、そして革新的な即興演奏の展開は、独自の音楽性を打ち出すこととなった。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9042 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/stonejazz1.png" alt="緑色のグランドピアノと金色のトランペット" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/stonejazz1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/stonejazz1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　自分にとって『<em>ジャイアント・ステップス</em>』は、はじめて手にしたコルトレーンのレコードだったのだが、確かにあのころのぼくには、高校生の若輩者とはいえジャズの素晴らしさを理解するものとして他者から認められたいという気持ちがあった。進学と同時に吹奏楽部に入部したぼくは、フルート奏者を志望するもオーディションの印象がよくなかったのだろう、あえなくサックス・パートにまわされた。それまでピアニストのアルバムばかりを聴いていたぼくは、思いがけず自分がサクソフォーンを吹くことになったものだから、あたふたとレコード店に足を運びサックス奏者の作品を購入。そのとき浅学なジャズ少年はさしあたり、ジャズの名盤と誉れ高い『<em>ジャイアント・ステップス</em>』を手にとったというわけである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ただ本来ならいのいちばんにサクソフォーンに注目するべきところなのだが、そのころのぼくといえば、ちょうどジャズ・ピアノを独学していたところで、どうしてもピアノに耳がいってしまう。その結果サックスそっちのけで、フラナガンにハマってしまったのだった。テンションの高い状況においても、決してバランスを崩さない彼のプレイに強く惹かれた。それでもコルトレーンの前進志向の音楽性には、目を見張った。云うまでもなく『<em>ジャイアント・ステップス</em>』はコルトレーンにとって、モーダル・ジャズに傾倒する直前の、コード進行に基づく即興演奏の限界を極めた作品である。超難曲のタイトル・ナンバーは、ハイテンポで目まぐるしくコードが変化する(10回転調する)。そんな強烈な緊張感のなかでも、バンドに均衡を保った演奏を展開させたコルトレーンのリーダーシップは、やはりスゴい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで『<em>ジャイアント・ステップス</em>』は、個人的には複数の因果性をもったアルバムということになるのだが、そういう理由からも本作は実にすそ野が広い魅力を有する名盤と、ぼくは思っている。それはさておき、ぼくはその後もコルトレーンのレコードを次々に手にとっていくのだが、彼の音楽に夢中になったのは、やはり『<em>マイ・フェイヴァリット・シングス</em>』(1961年)を聴いたときから。1959年の４月、５月、そして12月と長いスパンのレコーディングによって完成させた、さきの『<em>ジャイアント・ステップス</em>』で大きな名声を得たコルトレーンは、1960年の春、<strong>マイルス・デイヴィス</strong>のバンドを脱退する。新たに結成したバンドのリーダーとして、積極的に活動することを優先させたからだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　コルトレーンは、早速レギュラー・バンドでツアーを行い、同年の10月には大規模なレコーディングを敢行した。このときのセッションが『<em>マイ・フェイヴァリット・シングス</em>』そして『<em>ジョン・コルトレーン・プレイズ・ザ・ブルース</em>』(1962年)『<em>夜は千の目を持つ</em>』(1964年)といった３枚のアルバムとして、音盤化されたことは周知のとおり。なかでもアルバム『<em>マイ・フェイヴァリット・シングス</em>』のタイトル・ナンバーは、コルトレーンの最初のヒット曲となった。この曲でのスリー・フォー・タイム、マイナー・メロディ、そしてソプラノ・サックスというコンビネーションは、それ以降コルトレーンの定型パターンとして繰り返し用いられた。またジャズやフュージョンにおいてソプラノ・サックスが定番アイテムとなったのは、本作からの影響が大きいと思われる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところで「マイ・フェイヴァリット・シングス」という曲だが、もとは<strong>リチャード・ロジャース</strong>作曲、<strong>オスカー・ハマースタイン２世</strong>作詞による、1959年のブロードウェイ作品『サウンド・オブ・ミュージック』のなかの１曲だ。このミュージカル、1965年に<strong>ロバート・ワイズ</strong>監督、<strong>ジュリー・アンドリュース</strong>主演で映画化され、第38回アカデミー賞において数々の賞に輝いたが、そのことからも一般的には映画版のほうが有名と云える。ぼくは小学校高学年のときからクラシック・ピアノの個人レッスンと並行して、ポピュラー・ピアノも弾くようになっていたのだが、最初に演奏した曲が「サウンド・オブ・ミュージック」だった。映画の冒頭でアンドリュース演じるマリアが、山々に囲まれた緑の大地で踊りながら朗々と歌い上げるあの曲だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">コルトレーン作品で得た収穫、マッコイ・タイナーとの出会い</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくはこの曲を演奏したのを機に映画のほうも鑑賞するに至ったのだが、マリアが雷鳴に怯えて自室に集まってきた子供たちに向けて歌う「マイ・フェイヴァリット・シングス」も、しかと記憶に留めている。彼女がオーストリアの家庭生活のささやかな日用品のなかから、“私のお気に入り”を次々に挙げていく可愛らしい歌詞の美しいワルツだが、コルトレーンのカヴァー以来、国の内外を問わず多くのアーティストによって採り上げられつづけている人気曲だ。コルトレーンにとっても、音楽の方向性がモード・ジャズからフリー・スタイルへと変化していく晩年に至るまで、ライヴでの定番曲となっていた。そしてこのカヴァーでは、モード手法が用いられたことで原曲のもつ明るいムードが消え去り、演奏は終始ヒプノティックでパッショネートな表情を湛える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ビバップ以来モダン・ジャズでは、コード進行やコードの分解に基づくインプロヴィゼーションが行われてきたわけだが、ハード・バップに至っては、メロディック・ラインがより洗練されたことによってコードの構成も複雑化したため、即興演奏に対する制限がさらに増した。そのため目まぐるしくコードを変化させて、アドリブ・ソロの進行感を演出したのが、まさにコルトレーンの「ジャイアント・ステップス」だったわけだ。しかしながら、それにも限界というものがある。モードに基づく旋律による進行において、コードの劇的な変化は抑制されてしまったものの、インプロヴィゼーションは飛躍的に自由度が増した。イオニアンやドリアン・モードのなかで同一のモティーフを提示し、コード進行を主体とせず特定のスケールのなかで即興演奏を展開するというのがコルトレーンの解釈だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　コルトレーンは、明るく愛らしいミュージカル・ナンバーである「マイ・フェイヴァリット・シングス」を、モード・ジャズの手法を用いることで、非常に深みのある現代的なムードを漂わせたジャズ・ナンバーに変えてしまった。その音世界といったら、ある意味で精神的かつ神秘的で、いささか退廃的で陰鬱な雰囲気すら醸し出している。端的に云うと、とてもシックでジャジーなのだ。おそらくこの曲、コルトレーンのアレンジと演奏を超えるようなオリジナリティ溢れるヴァージョンは、これまでにもなかっただろうし、今後もお目にかかることは困難だろう。いずれにしてもコルトレーンは、1960年代をとおしてモーダルな即興演奏を、ほかの誰よりも深く追究したジャズ・プレイヤーと云っても過言ではないだろう。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9043 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/stonejazz2.png" alt="桜色のグランドピアノと金色のトランペット" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/stonejazz2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/stonejazz2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　さて、ハナシがいささか長くなってきたが、ぼくにとってコルトレーンのレコードを聴いて得たいちばんの収穫といえば、前述のように音楽に対して多角的な視点をもつようになったことである。そしてさらに有益だったのは、ピアニストの<strong>マッコイ・タイナー</strong>、ベーシストの<strong>ジミー・ギャリソン</strong>、ドラマーの<strong>エルヴィン・ジョーンズ</strong>といった革新的なプレイヤーの演奏に触れられたことである。タイナーとジョーンズは『<em>マイ・フェイヴァリット・シングス</em>』からすでにコルトレーンのグループのメンバーだったが、ぼくの好きな『<em>バラード</em>』(1962年)『<em>ジョン・コルトレーン＆ジョニー・ハートマン</em>』(1963年)『<em>インプレッションズ</em>』(1963年)『<em>至上の愛</em>』(1965年)といった、インパルス! レコード移籍後のコルトレーン作品では、この３人がリズムやハーモニーを支えていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　特にぼくにとって衝撃的だったのは、タイナーの演奏である。ぼくがジャズを独学する際に参考にしていたピアニストは、<strong>ソニー・クラーク</strong>、<strong>ウィントン・ケリー</strong>、そして<strong>トミー・フラナガン</strong>だった。みなどちらかというと、ハード・バップを中心としたモダン・ジャズの王道を行くようなピアニストだ。タイナーはハード・バップにアプローチすることもあるが、なにせぼくは『<em>マイ・フェイヴァリット・シングス</em>』ではじめて彼の演奏に触れたものだから、彼はクォータル・ハーモニーとドリアン・モードとを活かした次世代のピアニストという印象を受けた。１コード・セクションにおいてモード・スケールで敏捷に駆け抜けるソロ、そしてハンマー奏法のようなダイナミックなコンピングを、当時のぼくは羨望の眼差しで観ていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　またこれはちょっとあとで知ったことだが、コルトレーンは1955年ごろからタイナーと知り合いだったらしい。ところでコルトレーンのアルバムに、1958年にプレスティッジ・レコードにおいて吹き込まれた音源が、あとから１枚にまとめられた『<em>ザ・ビリーヴァー</em>』(1964年)というのがある。ハード・バップ時代のレコーディングということでピアノを<strong>レッド・ガーランド</strong>が弾いているのだけれど、このアルバムのトップを飾る表題曲、実はタイナーのオリジナルなのだ。この曲を聴くと、コルトレーンのコードの構成音をすべて使いきるようなプレイ、いわゆる“シーツ・オブ・サウンド”と呼ばれる奏法も然ることながら、録音時期を鑑みると信じられないほどモーダルな響きを放っていることに、とにかく驚かされる。コルトレーンの陰に、すでにタイナーありだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　すでにこのころからタイナーは、コルトレーンにとって必要不可欠な存在だったのかもしれない。タイナーは1955年の夏、当時演奏活動をともにしていたフィラデルフィア・ブラック・ジャズの導師とも称されるトランペッター、<strong>カル・マッセイ</strong>からコルトレーンを紹介されたのだという。考えてみれば、タイナーは17歳の誕生日を迎えるまえだった。13歳からピアノをはじめたとのことだから、単に早熟と云うよりも神童と呼ぶに相応しいずば抜けた才能の持ち主である。おそらくコルトレーンは、出会ったときからタイナーの天賦の才に注目していたのだろう。そしてタイナーのほうも、<strong>レッド・ガーランド</strong>(p)、<strong>ポール・チェンバース</strong>(b)、<strong>フィリー・ジョー・ジョーンズ</strong>(ds)とともに、<strong>マイルス・デイヴィス</strong>のバンドで堂々とプレイするコルトレーンに、さぞや尊敬の念を抱いていたことだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　当初からタイナーは、スタイルこそ未完成だったが、コルトレーンのインプロヴィゼーションに対するアプローチに心服していたと思われる。というのもコルトレーンがマイルスのもとを離れると、まるで吸い寄せられるように彼が新たに結成したバンドに加入したタイナーは、およそ５年半もの間、コルトレーン・サウンドを支えつづけたからだ。しかもタイナーは、即興演奏において高度なテクニックを有しながらアカンパニストに徹することを心がけていたような節がある。たとえば『<em>インプレッションズ</em>』のなかの表題曲などを聴くと、コルトレーンの奔放なソロがはじまるとタイナーが早々に手を休めているのを確認することができる。これは飽くまで一例で、タイナーにはコルトレーンのプレイが白熱すればするほど、バッキングを控える傾向があるのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">マッコイ・タイナーのアルバムを聴くならインパルス!盤にかぎる</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　むろん、ここぞという場面では、歯切れのいいリズムを刻んだり、美しいハーモニーを奏でたりするタイナー。ときにはソロの合間に、ドラムスの<strong>エルヴィン・ジョーンズ</strong>と呼応するように、強靭なバッキングを披露することもある。ファストテンポの曲だけでなくバラード・プレイにおいても、リッチなコードワークとモーダルでオープンなフレージングで、浮遊感のある響きを生み出している。どちらかというとパワフル・タッチなのにもかかわらず、そこからデリケートなフィーリングが伝わってくるのは、タイナーがコルトレーン・バンドのピアニストに抜擢されたときから、常に伴奏者としての責務を果たそうとこころがけていたことが、影響しているのではなかろうか。いずれにしても彼は、どういうアプローチをするべきか達観していたように思われる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところが1965年12月、長年コルトレーンに敬意を払ってきたタイナーも、ついにバンドから離脱する。理由はコルトレーンが、1964年に<strong>オーネット・コールマン</strong>らと共演したことからフリー・ジャズの可能性に注目し、自己のバンドでも集団即興作品である『<em>アセンション</em>』(1965年)を吹き込んだことに端を発する。以降コルトレーンがフリー・ジャズに傾倒し、大きな足跡を残したことは周知のとおり。タイナーは無調の世界、そして長大化する即興演奏に方向性の違いを感じただろうし、なによりもコルトレーンのバンドにおけるアカンパニストとしてのレゾンデートルをもはや見出すことができなくなったのだろう。その証拠に、バンド在籍中にタイナーがインパルス! レコードに吹き込んだ６枚のリーダー作では、コルトレーン作品では観られない彼の歌ごころが横溢している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　タイナーがインパルス! レコードに残したリーダー作を具体的に挙げると『<em>インセプション</em>』(1962年)『<em>リーチング・フォース</em>』(1963年)『<em>バラードとブルースの夜</em>』(1963年)『<em>トゥデイ・アンド・トゥモロウ</em>』(1964年)『<em>ライヴ・アット・ニューポート</em>』(1964年)『<em>プレイズ・エリントン</em>』(1965年)となる。ずっとあとに吹き込まれた『<em>ブルース・フォー・コルトレーン/トリビュート・トゥ・コルトレーン</em>』(1988年)という、MCA傘下時代のインパルス!盤もあるが、当然のごとくこれは対象外。しかも個人的には、話題性ばかりが先行した甚だ残念な作品と観ている。まあ、さらなるバッシングを受けることを覚悟の上で云わせてもらうと、タイナーのアルバムを聴くならインパルス!盤にかぎる。純粋にピアニズムを探求していたころの彼が、ぼくはもっとも好きなのだ。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-9044 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/stonejazz3.png" alt="銀色のグランドピアノと金色のサクソフォン" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/stonejazz3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/04/stonejazz3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　当時、忠犬のようにコルトレーンに寄り添っていたタイナーが、上記の６枚のリーダー作では、あたかも師匠の呪縛から解放されたかのように、トラディショナルなジャズ魂を発揮している。とはいってもタイナーは間違いなくコルトレーンをリスペクトしていたわけで、これはぼくの想像だけれど、テクニカルな上手さだけでなく、エモーショナルかつナチュラルな表現が際立った自身の演奏を、彼が真っさきに見せたかったのは、まさにコルトレーンそのひとだったのではなかろうか。あいにくタイナーは、のちにジャズが複雑多様なものへと変化していくなかで、時代の波に翻弄される。ときにはフュージョンやアフロ・キューバンを演ったりもした。そう、コルトレーンが不帰の客となった1967年以降のタイナーは、まるで自らの音楽を育む指標を失ったかのようだった。ぼくの目には、そう映ったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それはそうと、６枚のインパルス!盤でどれがお薦めかというと、たまたま最初に手にとった作品ということもあるのだろうが、個人的にもっとも衝撃を受けた『<em>インセプション</em>』をいのいちばんに挙げる。コルトレーンの門下生、<strong>エルヴィン・ジョーンズ</strong>のポリメトリックなドラミングが、タイナーに終始刺激を与えつづけている。それを受けてタイナーのほうも、気持ちよさそうに鮮明で力強いフレーズを息つく暇もなく繰り出している。また、コルトレーンの『<em>オーレ！コルトレーン</em>』(1961年)で共演済みの<strong>アート・デイヴィス</strong>による歯切れのいいソロも然ることながら、軽快なウォーキングベースが印象に残る。そんなエキサイティングな演奏とは対比的なリラックスしたプレイを堪能するのなら『<em>バラードとブルースの夜</em>』をセレクトするべきだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ベースに<strong>スティーヴ・デイヴィス</strong>、ドラムスに<strong>レックス・ハンフリーズ</strong>(ds)を据えたトリオが、ゆったりとした時間を演出してくれる。とはいってもタイナーのピアノ・プレイは、控えめな優雅さと優しさを湛えながらもけっこう刺激的だったりする。ぼくは大学時代、このアルバムの冒頭を飾る「サテン・ドール」のコピー譜を入手して実際にタイナーの演奏をなぞったことがあるのだけれど、その煌びやかなフレーズを再現するのはなかなか難解だった。そんななか、よくバランスがとれていて作品の完成度がもっとも高いのは『<em>リーチング・フォース』</em>だろう。ベーシストの<strong>ヘンリー・グライムス</strong>、ドラマーの<strong>ロイ・ヘインズ</strong>といった、コルトレーンの人脈から外れたサイドメンが採用されているのが興味深い。管楽器やパーカッションを入れたリーダー作の多いタイナーのトリオ盤という点でも、貴重な１枚である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　レコーディングは1962年11月14日、ニュージャージー州のヴァン・ゲルダー・スタジオにて行われた。アルバム冒頭のタイナーのオリジナル「リーチング・フォース」は、疾走感に富んだモーダルなナンバーだが、コルトレーンからの影響が強く感じられる。タイナーの右手が鍵盤を縦横無尽に駆けめぐる。左手のコード・ワークも力強く色彩豊かだ。グライムスのアルコ・ベース、ヘインズのドラム・ソロも実に小気味いい。ヘインズのドラミングは、いつも軽やかで気持ちがいい。しかもタイコの音が、最高に綺麗。たぶんチューニングのせいなのだろう。シンバルも含めてドラムスのセッティングでは、ぼくはこのひとのがいちばん好きだ。<strong>チック・コリア</strong>の『<em>ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブス</em>』(1968年)でのプレイも、本作と併せてお薦めする。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ゴードン・ジェンキンス</strong>の「グッドバイ」は、もともとメランコリックな味わいをもった曲だが、タイナーのモードを採り入れたエクスプレッションが甘美な心地よさを生み出している。なんとも聴き飽きるのが難しい、名バラード・プレイである。テナー奏者の<strong>フレッド・レイシー</strong>の「アーニーのテーマ」では、タイナーの軽妙なタッチと機知に富んだフレージングを堪能できる。彼はただ力強いだけのピアニストではないのだ。師匠のほうも『<em>ソウルトレーン</em>』(1958年)で採り上げているが、そちらはストレートなバラード。<strong>レッド・ガーランド</strong>がピアノを弾いている。ぼくは、瀟洒で爽やかなタイナーの解釈のほうが好きだ。グライムスのソロもスマートで、好感度が高い。B面トップの「ブルース・バック」はタイナーによるブルース・ナンバーだが、彼のモーダル・ブルースへのアプローチが都会的なムードを醸成している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>バートン・レーン</strong>のブロードウェイ・ナンバー「オールド・デヴィル・ムーン」では、タイナーによる意匠の凝らされたアレンジが光る。一聴、なんの曲だかわからなかったりする。グライムスとヘインズとが打ち出す足取りの軽いテンポ感、タイナーによる弾むようなフレージングにこころが躍る。こういう楽しげな演奏は、コルトレーンのバンドでは、ほとんど聴くことができない。さらにアルバム・ラストの<strong>リチャード・ロジャース</strong>の「ジョーンズ嬢に会ったかい？」では、テンポが高速になるがやはり軽やかなプレイが展開される。タイナーの流麗なアドリブも然ることながら、グライムスとヘインズとによる堅実なリズム・キープが素晴らしい。特にヘインズのブラシ・ワークが、自らを目立たせようとはせず、タイナーを上手く乗せているのがいい。やや緊張感が漂うのは表題曲のみの本盤、タイナーのアルバムではもっとも爽やかと云えるかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>Herbie Nichols Trio / Herbie Nichols Trio (1956年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 29 Mar 2026 07:51:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Jazz]]></category>
		<category><![CDATA[Herbie Nichols]]></category>
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					<description><![CDATA[モダン・ジャズの隠れた天才、あるいは早すぎた奇才と称されるハービー・ニコルスのリーダー・アルバム『ハービー・ニコルス・トリオ』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">モダン・ジャズの隠れた天才、あるいは早すぎた奇才と称されるハービー・ニコルスのリーダー・アルバム『ハービー・ニコルス・トリオ』</span></h2>

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<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Herbie Nichols Trio / Herbie Nichols Trio (1956)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Mine</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-14" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-14">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">モダン・ジャズの隠れた天才、あるいは早すぎた奇才と称されるハービー・ニコルスのリーダー・アルバム『ハービー・ニコルス・トリオ』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">大衆に受け入れられなかったが、のちに高い評価を得た。</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">“レディ・デイ”が歌った「ザ・レディ・シングス・ザ・ブルース」は有名</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">ニコルスのリーダー作では、これがマスターピース</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">大衆に受け入れられなかったが、のちに高い評価を得た。</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ハービー・ニコルス</strong>というピアニスト、好きか嫌いかと問われれば、好きと答えるだろう。ただし好きなタイプのピアニストかというと、決してそうではない。なにせニコルスといえば、世間でハード・バップがもてはやされていた時代に、それとはかけ離れた個性的なプレイをしていたひとなのだから。そういう意味では、<strong>セロニアス・モンク</strong>や<strong>エルモ・ホープ</strong>と似たような存在感を放っている。まあ実際にその演奏を聴いてみればよくわかるのだけれど、ブルーノート・レコードからリリースされたレコードだったら、ニコルスのアルバムよりも<strong>ホレス・シルヴァー</strong>のそれのほうが断然人気があっただろう。そのことにとどまらず、結局のところニコルスは生前は過小評価されつづけたと云わざるを得ない。つまり彼は、不遇のジャズ・ピアニストだったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくがジャズを聴きはじめたのは小学校高学年のころで、最初に耳にしたピアニストは<strong>バド・パウエル</strong>と<strong>ビル・エヴァンス</strong>だった。特にエヴァンスは、ぼくが当時もっとも夢中になったプレイヤーで、いまもいちばん好きなピアニストである。また、自分でもジャズ・ピアノを弾くようになった高校時代にぼくは、<strong>ソニー・クラーク</strong>、<strong>ウィントン・ケリー</strong>、そして<strong>トミー・フラナガン</strong>などのレコードを集中的に聴き、彼らの即興演奏を採譜したりしていた。まあエヴァンスは別格だけれど、どちらかというとオーソドックスなスタイルでよくスウィングするピアニストが好きだったのだ。その後、<strong>マッコイ・タイナー</strong>や<strong>レイ・ブライアント</strong>などの高度なテクニックに衝撃を受け、様々なタイプのピアニストのアルバムを手にとるようになった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなときに出会ったのが、ニコルスのレコード。大学生のころのことだが、最初に手に入れたのは<strong>アル・マッキボン</strong>(b)、<strong>テディ・コティック</strong>(b)、<strong>マックス・ローチ</strong>(ds)をサイドに従えたトリオによる、ブルーノート・レコードからリリースされた『<em>ハービー・ニコルス・トリオ</em>』(1956年)だった。初っ端から、マッキボンが弾き出す安定したビートとスウィング感、そしてローチのオーソドックスなプレイのなかにもとき折見せる鋭敏なタッチに胸がスッとした。ところが、肝心のニコルスのピアノにはなんとなくモヤモヤしてしまった。当初ぼくのなかで彼のプレイが、あたかも霧がかかったように実体がはっきりしないまま、レコードは終焉を迎えたのである。だが、なんとはなしにもう一度はじめから聴いてみると、不思議なことにニコルスの演奏がとても洗練されたものに感じられたのである。 　</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8951 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/sakurapiano1.png" alt="桜を背景にしたグランドピアノ(グリーン)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/sakurapiano1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/sakurapiano1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ニコルスはニューヨーク市マンハッタンのサンファン・ヒル地区に生まれ、ハーレム・エリアで育ったのだが、望むと望まざるとにかかわらず生涯の大半をディキシーランド・ジャズのミュージシャンとして活動した。当初、ほとんど大衆に受け入れられなかった彼の演奏スタイルは、いまはリスナーに想念や心象風景を喚起させるようなもの、いわゆる標題音楽の一種と捉えられ高い評価を得ている。むろんぼくは、はじめて『<em>ハービー・ニコルス・トリオ</em>』を聴いたときは、そんなことは知る由もなかった。ただこのアルバムを繰り返し聴くうちに、直感的にニコルスが創出するサウンドが、同時代のハード・バップのそれときわめて異なる、クリエイティヴでイマジナティヴな貴重なものであると感じるようになったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　これもあとで知ったことだが、ニコルスの独創的なスタイルの原点は、実はディキシーランドだったのである。この20世紀初頭にニューオーリンズを中心に発展したポリフォニックなマーチング・スタイルの音楽に、彼はビバップ様式、西インド諸島の民俗音楽、そして<strong>エリック・サティ</strong>や<strong>バルトーク・ベーラ</strong>といった近現代音楽の作曲家の作品がもつ独特のハーモニー感覚をかけ合わせたのだった。構成するひとつひとつの音を丁寧に発するところ、緊張感のある不協和音を奏でるところは、<strong>セロニアス・モンク</strong>に似ている。とはいってもモンクのプレイが予定不調和であるのに対し、ニコルスのそれは独自のテンションを醸成しつづけながらも、ちゃんと整合性がとれているのだ。それゆえ彼の演奏は、リスナーに心理的な負担を与えることはほとんどない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　確かにニコルスがもつ独自の世界観は、なにかとモンクのそれと比較される機会が多いし、実際にふたりの間には親交があったようだ。とはいってもニコルスの演奏は、モンクのそれよりも遥かに聴きやすい。アヴァンギャルドだけれどフリー・ジャズのように完全に自由なわけではなく、綿密に計算された構成のなかでフリーキーなインプロヴィゼーションが展開されるのである。そのダスティカラーのようなトーンが、モンクに軽視される原因だったのかもしれないけれど、ぼくにはその明るさと暗さが混ざったような深みのある色合いが、とてもスタイリッシュなものとして受けとめられた。そのプレイにおける非正統的なアプローチと正確無比なタッチとを兼ね備えたモンクは天才ではあるが、いささか一聴では理解しにくい部分も多々ある。その点、ニコルスはきわめてわかりやすい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにぼくは『<em>ハービー・ニコルス・トリオ</em>』を聴いて、ニコルスは作曲家としてもなかなかいいセンスをしていると思った。いくぶん斜に構えたようなメロディック・ラインと、ひとクセもふたクセもあるユニークなコード・ワークとが生み出す、予測不可能な展開を見せる彼のオリジナル・ナンバーは非常に魅力的だし、ひとたびその心地よさに気がつくと病みつきになるようなところがある。聴き込んでいくと、若干アイロニカルでそれでいてどこかメランコリックなその旋律は、ユーモアやペーソスさえ感じさせる。そういうところが逆にジャズ・ピアニストとしてのニコルスに、落ち着いた感じというか知的で静かな印象を与えているのではなかろうか。いずれにしてもぼくには、彼の創出するサウンドがすこぶるクールに感じられたのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ニコルスは1919年１月３日、セントクリストファー島出身者とトリニダード島出身者との両親の間に生まれた。彼のピアノ・スタイルに西インド諸島の民俗音楽からの影響があるのは、このことからだろう。９歳からピアノをはじめた彼は10代のときすでに、1930年代後半から1940年代初頭にかけて活動したジャズ・バンド、<strong>ザ・ロイヤル・バロンズ</strong>で演奏していた。ニコルスの最良の理解者であるベーシスト、<strong>ジョージ・デュヴィヴィエ</strong>とは、このバンドで知り合った。1937年ごろのことである。1941年に徴兵されて歩兵連隊に入隊、退役後は作曲活動およびハーレム・エリアでの演奏活動に従事した。当時、トランペッターの<strong>ラッセル・ジャケー</strong>、その実弟でテナー奏者の<strong>イリノイ・ジャケー</strong>、バリトン奏者の<strong>レオ・パーカー</strong>、トロンボニストの<strong>J. J. ジョンソン</strong>などと共演した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">“レディ・デイ”が歌った「ザ・レディ・シングス・ザ・ブルース」は有名</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにニコルスは<strong>ジョン・カービー・オーケストラ</strong>、<strong>エドガー・サンプソン・オーケストラ</strong>などでも演奏したが、その後マンハッタン西54丁目のジミー・ライアンズ・ジャズ・クラブを中心にディキシーランドを演奏するかたわら、グリニッジ・ヴィレッジ地区のバロウ・ストリートにできたばかりのジャズ・クラブ、カフェ・ボヘミアにおいて自己のトリオでプレイした。このころのニコルスといえば、すでに1952年、不世出の女性ピアニスト兼作編曲家の<strong>メアリー・ルー・ウィリアムズ</strong>が、彼の書いた曲をいくつかレコーディングしていたことから、その名前はそれなりに知れわたっていた。その間二コルスは、ずっと<strong>アルフレッド・ライオン</strong>にブルーノート・レコードとの契約を哀願しつづけたという。念願叶って彼は同レーベルで、1955年の５月６日と13日、待望のリーダー作を10インチ盤で吹き込んだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そのアルバムとは、<strong>アル・マッキボン</strong>(b)、<strong>アート・ブレイキー</strong>(ds)をサイドに従えたトリオ編成による『<em>ザ・プロフェティック・ハービー・ニコルス Vol. 1</em>』(1955年)と『<em>ザ・プロフェティック・ハービー・ニコルス Vol. 2</em>』(1955年)である。ぼくはすでに社会人になっていたが、東芝EMIが「ブルーノート LPコレクション・オリジナル“5000”」において復刻した際、逡巡することなく２枚とも入手した。ともにニコルスのオリジナル・ナンバーで埋め尽くされているが、想像していたとおり伝統的なスタイルと前衛的なアプローチとが鮮やかに交錯している。比較的軽快なテンポがつづくなか、ニコルスならではの異彩を放つフレーズが次々と、淀みなく繰り出されていく様がことのほか爽快である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ニコルスの独特のピアノ・スタイル、そしてユニークなコンポジションは、この２枚の10インチ盤ですでに完成されているように思われる。彼の音楽的ルーツである西インド諸島の民俗音楽のエッセンスも感じられる。たとえば『<em>ザ・プロフェティック・ハービー・ニコルス Vol. 1</em>』の冒頭を飾る「ザ・サード・ワールド」の、どこかエキゾティックな響きとカリビアン調の跳ねるようなリズム感などがまさにそれだ。コード進行も異色の展開を見せる。この曲以外にも、<strong>デューク・エリントン</strong>の軽妙さに捻りをきかせたり、<strong>レニー・トリスターノ</strong>風にアヴァンギャルド・ジャズへアプローチしたり、そしてやはり<strong>セロニアス・モンク</strong>へのリスペクトを感じさせたりもする。まだまだ興味深い点は多々あるのだが、おしなべて、ニコルスの演奏と楽曲は構築美を感じさせる。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8952 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/sakurapiano2.png" alt="桜を背景にしたグランドピアノ(ピンク)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/sakurapiano2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/sakurapiano2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　いろいろ書いてしまうと、ニコルスの音楽は小難しいもののように受けとられてしまいそうだが、決してそんなことはない。確かに彼の楽曲は一聴風変わりではあるが、聴き込むほどにその緻密な構造がクセになるのだ。そのピアノ・プレイの味わいにしても、噛めば噛むほど味が出るところは、さながらスルメイカやビーフジャーキーのようだ。まったく発想が貧困で申し訳ないが、彼の音楽に特有の奥深さがあることは確かである。前述のように、はじめてニコルスのアルバムを聴いたときは、ぼくのようになんだかモヤモヤしてしまうかもしれない。そんなときは、ぜひもう一度はじめから聴いてみていただきたい。ひとたびその良さを知ってしまったら、その魅力や刺激から抜け出せず、何度も繰り返し聴くようになること請け合いである。ああ、これはぼくのことだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　まあ、そんな複雑な構成とキャッチーなメロディやフレーズが同居するようなニコルスの不思議な世界観は、すこぶる魅力的であると同時に理解されにくいものでもある。生前はほとんど正当な評価を受けず、商業的にも成功はしなかったニコルスだが、後年モダン・ジャズの隠れた天才、あるいは早すぎた奇才として高く評価されるようになる。不遇のなかで彼が残したレコーディングは、どれも貴重と云える。その先見性と精神性に富んだ演奏と楽曲は、再評価されて然るべきものである。ぼくは書き出しで、ニコルスの演奏を好きか嫌いかと問われれば好きと答えるが、ただし好きなタイプのピアニストかというとそうではないと云った。彼の音楽的価値は認めるし、聴いていて心地よさを感じる。しかし自分でピアノを弾くとき、それを模倣しようとは思わなかった。いや、できなかったのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちなみに『<em>ザ・プロフェティック・ハービー・ニコルス Vol. 1</em>』と『<em>ザ・プロフェティック・ハービー・ニコルス Vol. 2</em>』そして『<em>ハービー・ニコルス・トリオ</em>』といった３枚のブルーノート盤は、のちに２枚組のレコード『<em>ザ・サード・ワールド</em>』(1975年)としてリイシューされたが、その際ライナーノーツを執筆したのが、トロンボニストの<strong>ラズウェル・ラッド</strong>だった。彼もまた若いころディキシーランドを演奏していたとのことだが、一般的にはフリー・ジャズやアヴァンギャルド・ジャズの作品で知られる音楽家だ。ラッドは1960年代にニコルスと共演を果たしたばかりでなく、自己のリーダー作においても彼の楽曲を積極的に採り上げた。おそらくニコルスのことをもっとも早い時期から高く評価していたのは、ラッドではなかろうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ニコルスの書く曲は実に風変わりだけれど、そのどれもが独創的なアイデアや表現によって、とてもフレッシュな響きが生み出されている。現代においてもまったく色褪せることのない、しかも流行とは関係のないタイムレスなナンバーばかりである。そのうえ存外親しみやすくて、個人的には彼の曲が大好きだ。ぼくがニコルスのアルバムを聴きはじめたころの日本では、たとえ嗜好の多様性を踏まえたとしても、おしなべて彼のことを高く評価するというか、ジャズ・シーンにおける貴重な存在と観る傾向があったと記憶する。その点ではいつも感じることなのだけれど、わが国のジャズ・ファンはほんとうに慧眼の持ち主が多いと思う。前述の東芝EMIによる「ブルーノート LPコレクション・オリジナル“5000”」の復刻も含めて、こういうときは日本に生まれてよかったな──なんて、調子よく思ったりするのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ついでに云っておくと、ニコルスの自作曲で一般的にもっとも広く知られているのは、やはり「ザ・レディ・シングス・ザ・ブルース」だろう。有名になるキッカケは、ほかでもない“レディ・デイ”の呼称で知られる、アメリカを代表する女性ジャズ・シンガー、<strong>ビリー・ホリデイ</strong>によって歌われたこと。ニコルスが作曲した「セレナーデ」に、ホリデイ自らが歌詞をつけて「ザ・レディ・シングス・ザ・ブルース」となった。ヴァーヴ・レコードからリリースされた『<em>ビリー・ホリデイ物語 &#8211; 奇妙な果実</em>』(1956年)に収録されている。こちらでは、<strong>ウィントン・ケリー</strong>がピアノを弾いていた。これに先立つインストゥルメンタル・ヴァージョンは、さきに挙げた『<em>ハービー・ニコルス・トリオ</em>』に収録されているので、ぜひ聴き比べていただきたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ホリデイもそうなのだが、一般的には真価を認める向きが少なかったのに対し、ジャズ・プレイヤーのなかには当初からニコルスの音楽性を高く評価するものもそれなりに存在していた。だが、実際にリーダー作のレコーディングに彼を採用するミュージシャンは、あまりいなかったのである。おそらく自己のバンドのスタイルや方針を維持するプレイヤーにとっては、ニコルスの個性があまりにも強すぎたからだろう。彼が参加したアルバムといえば、当時はジャズトーンからリリースされた<strong>レックス・スチュワート・アンド・ヒズ・ディキシーランダーズ</strong>の『<em>ディキシーランド・フリー・フォー・オール</em>』(1955年)や、アトランティック・レコードからリリースされた<strong>ヴィック・ディッケンソン＆ジョー・トーマス</strong>の『<em>メインストリーム</em>』(1959年)ほか、数枚しかなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">ニコルスのリーダー作では、これがマスターピース</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　まあ、ニコルスが参加した音盤が少ないのは当然のことながら、彼が1963年4月12日、ニューヨーク市において白血病のため44歳という若さでこの世を去ったことも影響している。なおニコルスは、ニューヨーク州ファーミングデールにあるロングアイランド国立墓地に埋葬された。そんなわけで、ニコルスの吹き込みはきわめて貴重である。最初期の演奏を聴くことができるのは、サヴォイ・レコードからリリースされた『<em>アイ・ジャスト・ラヴ・ジャズ・ピアノ！</em>』(1957年)というアルバムで、<strong>ザ・ハービー・ニコルス・クァルテット</strong>によって1952年に吹き込まれた３曲が収録されている。トリオにギターを加えた編成だが、主役は飽くまでニコルス。力強いタッチはその後のプレイと変わらないが、オーソドックスにスウィングしているところは彼の場合、むしろ稀と云える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そしてもう１枚、さきに挙げた『<em>ハービー・ニコルス・トリオ</em>』のレコーディングからおよそ１年と７か月後の1957年11月に吹き込まれた『<em>ラヴ・グルーム・キャッシュ・ラヴ</em>』(1958年)というアルバムがある。<strong>ジョージ・デュヴィヴィエ</strong>(b)、<strong>ダニー・リッチモンド</strong>(ds)をサイドに従えた、ベツレヘム・レコードからリリースされたニコルス最後のリーダー作である。わが国でも1974年にポリドール・レコードから発売されていて、ぼくは学生時代、これを幸いなことに中古レコード店において安価で入手した。本作でも相変わらず彼の非凡な才能が発揮されており、予測不可能で複雑なメロディック・ラインとインプロヴィゼーションは健在。デュヴィヴィエとリッチモンドもエナジェティックなプレイを展開。ニコルスとの息もピッタリ合っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それでもブルーノート・レコードの３枚と比較すると、アヴァンギャルドな味わいはかなり薄くなっている。逆に<strong>ジミー・ヴァン・ヒューゼン</strong>が作曲した映画『抱擁』(1957年)の主題歌で、主演の<strong>フランク・シナトラ</strong>が歌ったあまりにも有名な「オール・ザ・ウェイ」などでは、フレッシュなフレージングとユニークなハーモニーをまといながらも、ニコルスはオーソドックスなバラード・プレイを披露。個人的にも彼のリーダー作のなかでは、もっとも想定外のコンテンツが含まれたものだった。一部にはブルーノート盤に比べると活気に欠けるという向きもあるようだが、ぼくとしては、前衛的なスタイルも含めて様々な演奏経験を重ねたことによる深み、あるいは渋みと捉えたい。軽くハイパー、きわめてスタイリッシュなサウンドは、やはりニコルスらしい。そして、なによりも聴きやすいのがいい。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8953 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/sakurapiano3.png" alt="桜を背景にしたグランドピアノ(ブルー)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/sakurapiano3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/03/sakurapiano3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　この『<em>ラヴ・グルーム・キャッシュ・ラヴ</em>』というアルバム、発表された当初は３枚のブルーノート盤と同様にセールス的にはまったく振るわなかったのだという。ベツレヘム・レコードといえば、大衆に広く親しまれるような作品を制作する傾向がある。型破りなプレイヤーであるニコルスが珍しく難解な表現を控えめにしているのも、レーベル・カラーを尊重したからかもしれない。ざっくりとした見かたをすれば、カジュアルで軽やかな作品と捉えられる。にもかかわらず本盤が売れなかったのは、ニコルス自身が大衆からそっぽを向かれていたことを物語っているように思われる。それでもわが国の熱心なファンたちの間では、過去にコレクターズ・アイテムとして重宝されていたこともある。でもいまは、安価な<a rel="nofollow noopener" target="_blank" href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=3841547&amp;p_id=170&amp;pc_id=185&amp;pl_id=4062&amp;url=https%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2Fdp%2FB07JHXW98H">アルティメット・ハイ・クオリティCD</a><img loading="lazy" decoding="async" style="border: medium;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=3841547&amp;p_id=170&amp;pc_id=185&amp;pl_id=4062" alt="" width="1" height="1" />で、気軽に聴くことができる。まったく、いい時代になったものだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　もしこの拙文をお読みいただいて、はじめてニコルスに興味をもったかたがいたら、この『<em>ラヴ・グルーム・キャッシュ・ラヴ</em>』を最初に手にとってみるのもいいかもしれない。そして、もし一聴では簡潔で明快な印象を与える本作でのニコルスのピアノ演奏に、幾何学的に観ると鋭い角度からのアプローチ、いささか逆説的なエクスプレッションなどを見出したら、さらにそれがクールかつソフィスティケーテッドなものと感じたら、そこから時間を逆行して『<em>ハービー・ニコルス・トリオ</em>』『<em>ザ・プロフェティック・ハービー・ニコルス Vol. 1</em>』と『<em>ザ・プロフェティック・ハービー・ニコルス Vol. 2</em>』を聴くことを、ぼくは推奨する。個人的には『<em>ハービー・ニコルス・トリオ</em>』を、マスターピースと観ている。ということで最後に、あらためてこのアルバムについて触れておくとしよう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　パーソネルをあらためて記すと、<strong>ハービー・ニコルス</strong>(p)、<strong>アル・マッキボン</strong>(b)、<strong>テディ・コティック</strong>(b)、<strong>マックス・ローチ</strong>(ds)。レコーディングはニュージャージーにおいて、レコードのA面分が1955年８月１日、７日に、そしてB面が1956年４月19日に行われた。なおベーシストは、A面をマッキボン、B面をコティックが担当。エンジニアは云うまでもなく、<strong>ルディ・ヴァン・ゲルダー</strong>である。楽曲は１曲を除いて、すべてニコルスのオリジナル・ナンバーとなっている。アルバム冒頭の「ザ・ギグ」では、インパクトのあるイントロとアウトロ、捻りのきいたメロディック・ラインが印象的。変動するリズムをローチが見事にサポート。ニコルスは力強いタッチで、小気味よく跳ねまくる。都会的な雰囲気とスリリングな構成力とが際立った曲だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　つづく「ハウス・パーティ・スターティング」は、ややグルーミーなムードが醸し出されたミッドテンポの曲。ハーモニー感覚が独特で、リラックスした気分のなかにもニコルスの先進性が感じられる。アップテンポの「チット・チャッティング」では、しっかり４ビートがキープされながらも、既存の枠組みを打破するようなインタープレイが展開される。完成度の高いニコルス・サウンドの典型と云えるかもしれない。前述の「ザ・レディ・シングス・ザ・ブルース」では、ブルージーな心地よい揺らぎのなかで、ニコルスがモダンでアンニュイなフレーズを綴りつづける。短尺ながら、ベース・ソロもアクセントになっている。先鋭的だけれど軽快な「舞踏の女神」では、よくバウンスするニコルスも然ることながら、変幻自在のリズムを打ち出すローチが素晴らしい。途中ラテン・タッチになるのも実にスマートだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　B面の最初の「スピニング・ソング」では、明と暗とが相互に循環するような曲調によって独特の空気が生み出されている。ローチのタム・ワークも面白い。こういう佇まいが、病みつきになるのだ。ファストテンポの「クェアリー」では、クラシカルなメロディック・ラインとソフィスティケーテッドなコード進行とが絶妙に絡み合う。そこには、ある種の爽快感さえある。アルバム中もっともアヴァンギャルドな「ワイルドフラワー」では、ニコルスがシンプルでヴィヴィッドな旋律と即興演奏を展開。耳を澄ませると斬新なシークエンスのなかにも抒情性が感じられる。これもまた、ニコルスの魅力だ。躍動感溢れる「ハングオーヴァー・トライアングル」では、本作のハイライトともいうべきプレイが繰り広げられる。ことに流れるように奇抜な楽句を繰り出すニコルス、高く舞い上がるローチに胸がすく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムのラストを飾るのは、<strong>ジョージ・ガーシュウィン</strong>の「マイン」である。はじめてこのレコードを聴いたとき、なぜこの曲なの？と思った。でもあとからこの絶妙な選曲が、ぼくの本作に対する親しみをより強くさせる要因となったことに気づいた。決してガチガチになって聴く必要はないと思うけれど、どちらかというと常に張り詰めた空気に満ちているようなこの作品において、この寛いだ感じはまさに一服の清涼剤。ほっとひと息ついて感性がリフレッシュされたら、もう一度最初から聴いてみようかなと、ぼくはレコードの盤面をひっくり返すのだった。そういうポジティヴな気持ちにさせられるからか、度々聴きたくなるのがニコルスのアルバムなのである。もともとジャズという音楽にはそういう魅力があるのだろうけれど、ニコラスのそれはその最たるものと云えるかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>Bill Evans / You Must Believe In Spring (1981年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 08 Mar 2026 09:25:10 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Jazz]]></category>
		<category><![CDATA[Bill Evans]]></category>
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					<description><![CDATA[ビル・エヴァンス・トリオにおける音楽的表現力の到達点、そしてもっとも泣ける作品『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">ビル・エヴァンス・トリオにおける音楽的表現力の到達点、そしてもっとも泣ける作品『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』</span></h2>

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<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Bill Evans / You Must Believe In Spring (1981)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Theme From M*A*S*H (aka. Suicide Is Painless)</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-16" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-16">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">ビル・エヴァンス・トリオにおける音楽的表現力の到達点、そしてもっとも泣ける作品『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">もっとも衝撃的な音楽家、エヴァンスとの出会い</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">だれにも真似することができない、エヴァンスの演奏</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">これを聴かずして、エヴァンスを語ることはできない</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">もっとも衝撃的な音楽家、エヴァンスとの出会い</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ビル・エヴァンス</strong>は間違いなく、ぼくの人生においてもっとも衝撃的な音楽家だった。はじめて聴いたのは、小学校高学年のころ。むろんそれ以前にもジャズには触れていたのだろうけれど、意識的にジャズを聴くようになったのは、エヴァンスとの出会いからだ。おさないころからクラシック・ピアノのレッスンを受け、ときにポピュラー・ピアノを弾いていたぼくにとって、エヴァンスのピアノ演奏はほんとうにセンセーショナルなもので、一時的にそれまで弾いていたクラシック・ピアノが退屈なもののように思えるほどだった。エヴァンスと同時に<strong>バド・パウエル</strong>のレコードも聴いたのだけれど、もしパウエルしか体験しなかったら、そんな気持ちにならなかったと思う。せいぜい超絶技巧の鍵盤捌きに感動する程度だったろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いやいや、それだけでも本来はスゴいことだと思うのだけれど、ぼくにとってエヴァンスのピアノ演奏はそれ以上に驚異的に感じられたのである。10歳以上も歳の離れた従兄の家で、はじめてエヴァンスの演奏に触れたときの衝撃をぼくはいまだに忘れることができない。ビルが隣接していたため雨戸が閉めっぱなしになっていた薄暗い部屋、それも一間半四方の座敷。部屋の一隅には結構立派なオーディオ装置が鎮座していたが、残りの三方には本やレコードがところ狭しと山積みされていた。奇跡的に残された小さな空間にぼくは座り、世にも美しい音楽に包み込まれた。ターンテーブルに載っていたレコードは、<strong>マイルス・デイヴィス</strong>の『<em>カインド・オブ・ブルー</em>』(1959年)。云うまでもなく彼の代表作であり、モダン・ジャズの歴史に残る名盤でもある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　マイルスの技巧に走ることなく、叙情性に重点を置くようなプレイに、ぼくは好感を覚えた。とにかく音楽全体が美しい。これほど耽美的なジャズ作品はほかにないのではなかろうか。そして、なんといってもピアニストだ。ぼくはこのアルバムでは「ソー・ホワット」と「フラメンコ・スケッチ」が特に好きなのだけれど、はじめて聴いたときは「ソー・ホワット」のイントロのピアノ演奏にシビレた。当時ぼくがクラシック・ピアノの先生に無理を云って弾かせてもらっていた、<strong>モーリス・ラヴェル</strong>や<strong>クロード・ドビュッシー</strong>のピアノ作品に通じるものを感じた。この曲のピアノの序奏がなんとも幽玄で、その後も宙に浮いたような感じを与えながら、ところどころに美しいイディオムが交えられる。その空気感に、フランスの印象主義音楽を連想させられた。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8844 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/evanstrio1.png" alt="３人のビル・エヴァンス(背景 : 青)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/evanstrio1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/evanstrio1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ぼくはピアノの個人レッスンを大学１年まで受けていたのだけれど、そちらではもっぱらクラシック・ピアノを教わるばかり。ジャズ・ピアノのほうは、独力で学んだ。中学生のころから教則本を手に入れて練習しはじめたのだが、エヴァンスのピアノ演奏に触れるまえからポピュラー・ピアノを弾いていたぼくは、もともとコードやスケールについての知識はそれなりに身につけていたので、ジャズを演奏するための体系的な手順や方法はすぐに理解した。でも結論から云うと、エヴァンスのような演奏をすることはできなかった。彼が当時２歳だった姪のために作曲した有名な「ワルツ・フォー・デビイ」の楽譜を買ってきて、実際に弾いてみると存外それほど難しくはない。でも、その美しいハーモニーと煌めくようなフレーズを即興的に創出するなど、到底できることではない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくは高校時代に本格的にジャズ・ピアノを独学しはじめたのだが、主にレコードを聴いて気に入ったフレーズを楽譜に転記し、あとはそれを弾けるようになるまでひたすら練習するという方法をとっていた。マスターした楽節をどんどんストックしていき、いざ実戦に臨んだときそれを引用するのである。このアプローチは、思いのほか有効かつ愉快痛快だった。そしてこのときぼくが集中的に聴いていたレコードといえば、<strong>ソニー・クラーク</strong>と<strong>ウィントン・ケリー</strong>のアルバム。さらにそれから少し遅れてのことになるが、<strong>トミー・フラナガン</strong>のリーダー作も自分にとって重要な教材となった。だがこのときのぼくは、もっとも影響を受けたはずのエヴァンスの演奏を、もはや真似しようなどとは思わなくなっていたのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　エヴァンスのピアノ演奏でぼくがまず気になったのは、なんといってもハーモニー。当時のぼくにはルート音を省略して弾くことにすら、目からウロコが落ちる思いだったのだが、彼が9th, 11th, 13thといったいわゆるテンション・ノートを多用していることに、もっとも衝撃を受けた。ジャズ・ピアノをかじったひとなら、そんなの当たりまえと云うのだろうが、なにせこのころのぼくといえば、ちゃんとレッスンを受けたのはクラシック・ピアノのみだったものだから──。それでも『<em>カインド・オブ・ブルー</em>』を聴いたときはなんとなくだけれど、ぼくはエヴァンスが奏でる色彩豊かな印象派的なハーモニーに、ラヴェルやドビュッシーからの影響を感じたのである。それにはじめて彼のピアノ演奏に触れて、その透明感のある繊細な響きに憧れるのは、なにもぼくだけではあるまい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　またエヴァンスのプレイの特徴としては、流動的で広がりのあるリズム感が挙げられる。彼は８分音符を敢えて均等に弾かない。その３連符を弾くようなニュアンスが、バップ系のプレイヤーのフレージングとは明らかに違う。しかも彼の場合、右手で３連符のラインを作りながら、左手のコンピングは２拍のコードをキープしていたりする。そのポリリズムが生み出す浮遊感が、一般的なスウィング感とはかなり違った印象を与える。しかもベースやドラムスとともに一定のリズムを刻まず、自由にリズムを崩しながら弾く場面が散見されるのだ。そんなタイム感はいわゆるブロークン・タイムというものなのだけれど、このスタイルを確立したのはエヴァンスと云ってもいいのではなかろうか。むろんその点に注目するようになったのは、彼のレコードを何枚か聴いたあとのことである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにつけ加えると、エヴァンスはバップならではスタッカートの効いたアグレッシヴな奏法をほとんど用いることがなく、レガート・タッチで音を羅列する。しかもクロマティックなアプローチで、より滑らかなラインを形成させる。それは彼のピアノ演奏に抒情性が生み出される要因のひとつと、ぼくには思われる。右手がそんな感じで進行するなか、かたや左手のほうがときに単なる伴奏ではなく美しいメロディを奏でるときもある。これはヴォイス・リーディングという手法なのだけれど、クラシック音楽で云うところの対位法的なアプローチだ。そういえば細かいことだが、インプロヴィゼーションにおいて、トリルやターンといった装飾音が頻繁に鏤められるのも、エヴァンスのプレイにクラシックからの影響が感じられるところである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　まあ、いまだからエヴァンスのピアノ・テクニックについていっぱしの口を叩いているけれど、はじめて彼の演奏に触れたときのばくがそんなことを認識するはずもない。たぶん単純に途轍もなくあか抜けた音楽と、感じたくらいのものだろう。でも同時に自分が聴きたかった音楽、そしてほんとうに演りたい音楽はこれだと思ったのも確かだ。繰り返しになるが、エヴァンスの音楽は、抒情的なメロディック・ライン、緻密なハーモニー、そして洗練されたインタープレイと、どこをとっても理知的である。一般的にはジャズ・ピアノの詩人と称されるほど。彼が1961年にヴィレッジ・ヴァンガードで行ったライヴ演奏が収録されたアルバム『<em>ワルツ・フォー・デビイ</em>』(1962年)は、ふだんジャズを聴かないという若い女性からも人気があるという。それには、大いに得心がいく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">だれにも真似することができない、エヴァンスの演奏</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　エヴァンスのアルバムは、まあ例外もあるけれど、そんなに聴きにくいものはない。彼がどんなにスゴいことを演っているかを理解しなくても、雰囲気だけ楽しむこともできる。これまでにエヴァンスのピアノを一度も聴いたことがないというひとでもご安心あれ、彼が奏でるあたかも水晶のような音色と琴線に触れる流麗な旋律とに、魅了されること請け合いである。もし『<em>ワルツ・フォー・デビイ</em>』のジャケットを目にして気に入ったら、ぜったいに手にとるべき。黒と紫を基調とした、女性の横顔とおぼしきぼんやりしたシルエットが浮かび上がった、あの美麗なデザインのジャケットは、アルバム・コンテンツをそのまま表している。それくらいエヴァンスの音楽は美しい。クラシックの技法の導入とか、洗練されたヴォイシングの確立とかは、ひとまず置いておこう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　それはさておき、ぼくが『<em>カインド・オブ・ブルー</em>』を聴くやいなや、エヴァンスのピアノ演奏に夢中になったのは確かなこと。特に「フラメンコ・スケッチ」のバラード演奏の美しさに、ぼくは得も云われぬ心地よさを覚えた。そこにはまるで<strong>エリック・サティ</strong>の作風のように、旋法が扱われることで独特の清澄な雰囲気が醸し出されている。一般的に『<em>カインド・オブ・ブルー</em>』はモード・ジャズの傑作との呼び声が高いけれど、もちろんこのときのぼくはモード手法がどういうものかは知らなかった。管楽器の静謐を湛えるソロの連鎖から、直感的にモードを感じていたのだと思う。そしてなによりもピアノが奏でる美しいハーモニーから、ぼくはこころの安らぎさえ得ることができた。平たく云ば、すごく気持ちがよかったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらに云えば同時に、エヴァンスのコード感覚こそが『<em>カインド・オブ・ブルー</em>』というアルバム全体のサウンドに大きな広がりをもたせていると、小学生のぼくでもなんとなく感じていたのである。にもかかわらず、いざ自分がジャズ・ピアノを独学しはじめたとき、ぼくが彼の演奏を模範とすることはなかった。決して<strong>ソニー・クラーク</strong>、<strong>ウィントン・ケリー</strong>、あるいは<strong>トミー・フラナガン</strong>のテクニックやアーティキュレーションがイージーというわけではないけれど、モダン・ジャスにおいては広く認められている確実な技法というか、きわめてオーソドックスな様式だ。それに対してエヴァンスのスタイルは、ビギナーが独学するのに手本とするにはあまりにも独特というか革新的だった。なにごともそうだが、まずは基本を固めることがいちばんの近道なのである。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8845 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/evanstrio2.png" alt="３人のビル・エヴァンス(背景 : ピンク)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/evanstrio2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/evanstrio2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　ここでハッキリ断言するけれど、エヴァンスのピアノ・テクニックはきわめて高度で難しい。ぼくが演ったように単に楽譜をなぞるだけなら、ちょっとでもピアノ演奏の心得があるひとならラクに弾けるかもしれない。でも自分であの特有のサウンドやニュアンスを再現するとなると、相当繊細なテクニックと音楽理論への深い理解が必要だろう。エヴァンスが紡ぎ出す音が醸し出す、あの抒情的な雰囲気を彷彿させるものを漂わせるピアニストはたくさんいるけれど、ぼくにとってそれは似て非なるもの。プロのピアニストでもエヴァンスに近づくのが難しいのだから、ぼくのようなヒヨッコが真似しようなんておこがましい、というか不可能。エヴァンスのピアノ・プレイのスゴいところは、物理的な速弾きよりも、ハーモニーの知的な構成、絶妙なタッチのコントロール、そしてリズムの独自の解釈なのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなわけで、ぼくはエヴァンスに関しては、もっぱら聴くほうに徹している。それ故か彼は、いまもぼくにとってもっとも好きなピアニストのままでいる。ハナシが戻るが、ぼくが『<em>カインド・オブ・ブルー</em>』につづいて聴いたエヴァンスの演奏といえば、彼のリーダー作『<em>フロム・レフト・トゥ・ライト</em>』(1971年)だった。むろん本作は、間違ってもエヴァンスの代表作とは云い難い。やはりぼくはこのアルバムを従兄に聴かせてもらったのだが、彼はこのレコードをターンテーブルに載せるときに「面白くないぞ」と、ひとこと添えた。でもぼくにしてみれば、少しも興ざめするようなところはなく、楽しんで聴くことができる作品だった。もともとフェンダー・ローズの音色は好きだったし、<strong>マイケル・レナード</strong>によるストリングスとウッドウィンズもなかなかいい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　実はジャズ好きの従兄は、エヴァンスのことがあまり好きではなかったようで、彼のレコードはほんの数枚しか所持していなかったのだ。ではなぜよりによってこのアルバムなのか、いま思えばちょっと謎なのだけれど、あるいはくわえタバコに右手でフェンダー・ローズ、左手でスタインウェイという、キャッチーなジャケットにこころ惹かれたのかもしれない。イージーリスニングと云ってバカにする向きもある『<em>フロム・レフト・トゥ・ライト</em>』ではあるが、ぼくにとっては案外いいことづくめだったりする。たとえば、冒頭にぼくが当時から好きだった<strong>ミシェル・ルグラン</strong>の「これからの人生」が収録されているのにも、親近感が湧いた。また、エヴァンスと関係の深い<strong>アール・ジンダース</strong>の曲が「ソワレ」「ララバイ・フォー・ヘレン」と、２曲も採り上げられている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらに、その後ぼくが影響を受けることになるブラジルの音楽家、<strong>ルイス・エサ</strong>の代表曲「ザ・ドルフィン」も２パターンで収録されている。これもまたぼくの好きな<strong>ジミー・ヴァン・ヒューゼン</strong>が書いた名曲「ライク・サムワン・イン・ラヴ」のバラード演奏などは、ちゃんとエヴァンスらしさが出ているし、彼に寄り添うようなオーケストラのアレンジもなかなか味わい深い。なぜ多くのジャズ・クリティックから酷評されるのか、ぼくには理解できない。オーケストラとの共演だからか、それともエレクトリック・ピアノやエレクトリック・ベースが入るからか、はたまたオーバーダブのせいか若干音質が劣化しているからか、いずれにしてもぼくにとっては、一向に目くじらを立てる理由にはならない。敢えて云うけれど、不朽の名盤『<em>ワルツ・フォー・デビイ</em>』だけがエヴァンスではないのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　結局、従兄の部屋でジャズにというよりもエヴァンスという音楽家に強い関心をもったぼくは、彼のリーダー作を手当たり次第聴いていくことになる。もちろん、ピアノに対して高音域のカウンターメロディを繰り出す、25歳という若さでこの世を去った天才ベーシスト、<strong>スコット・ラファロ</strong>と、まるでエヴァンスに真っ向から向き合うかのようなブラシ＆シンバル・ワークを展開する<strong>ポール・モチアン</strong>とを従えたトリオによる、いわゆる“リヴァーサイド４部作”もほどなくして手にとった。云うまでもなく『<em>ポートレイト・イン・ジャズ</em>』(1960年)『<em>エクスプロレイションズ</em>』(1961年)『<em>サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード</em>』(1961年)『<em>ワルツ・フォー・デビイ</em>』(1962年)といった４枚だが、押し並べて旧来のピアノ・トリオのスタイルを打ち破った傑作である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　でも、それはエヴァンスのひとつの側面が捉えられたもので、いくら空前絶後の傑作とはいえこの４作品を聴いただけでは、そのピアノ・プレイの醍醐味を堪能し尽くしたことにはならないように、ぼくには思える。エヴァンスが創出する音世界に足を踏み入れる端緒を開いた作品が、たまたま『<em>フロム・レフト・トゥ・ライト</em>』だったせいかぼくの場合、一般的に高く評価されるリリカルでデリケートなピアノ・トリオ編成による作品でなくても、それほど抵抗感なく受け入れられた。たとえば、フェンダー・ローズが大胆に導入されエヴァンスの自作曲ばかりが採り上げられた『<em>ザ・ビル・エヴァンス・アルバム</em>』(1971年)は、だれがなんと云おうとぼくにとって、彼の音楽を俯瞰するときマイルストーンのような役割を果たす重要なアルバムだったりする。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　うっかり“リヴァーサイド４部作”だけでは、エヴァンスの音楽を味わい尽くすことができないと、大口を叩いてしまったが、かく云うぼくにも彼の作品に苦手なものがないわけではない。多くのエヴァンス・ファン延いてはジャズ・ファンからそしりを受けるアルバムといえば、なんといっても<strong>クラウス・オガーマン</strong>がオーケストレーションを担当した『<em>プレイズ・V.I.P.s・アンド・グレイト・ソングス</em>』(1963年)、そして<strong>ジョージ・ラッセル・オーケストラ</strong>との共演作『<em>リヴィング・タイム</em>』(1972年)だろう。確かにエヴァンスのリーダー作としては、かなり厄介なアルバムだ。前者は<strong>クリード・テイラー</strong>がプロデュースを手がけたイージー・リスニング作品、後者はジャズとロックとがブレンドされた意欲作である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">これを聴かずして、エヴァンスを語ることはできない</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　確かにこの２枚には、それこそトリオ編成のときのリリカルでデリケートなタッチのエヴァンスはどこにもいない。ところがぼくの場合、たまにまったく脈絡なく突然聴きたくなることがあるから不思議だ。前者はジャズらしさはまるで感じられないのだけれど、BGMとして聴くぶんにはけっこう心地いい。ときにエヴァンスがオガーマンによるオーケストラ・サウンドの波に乗って、張り切って弾いている場面に出くわすこともあり、なかなか楽しい。後者はラッセルのすべて自作曲でまとめられているが、いかにも彼らしく既存の枠にとらわれない前衛的なサウンドが展開されている。デリカシーというコトバとは無縁のアグレッシヴなアプローチが繰り広げられるなか、エヴァンスが別の意味でカッコいいパフォーマンスを披露。そんな彼を満喫するのも、また一興かと──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　個人的に苦手なアルバムでは、西海岸で活躍したドラマー、<strong>シェリー・マン</strong>との共演作『<em>エンパシー</em>』(1962年)が筆頭に挙げられる。<strong>アーヴィング・バーリン</strong>のブロードウェイ・ナンバー「ワシントン・ツイスト」でのユーモラスにスウィングするブルージーな展開や、<strong>リチャード・ロジャース</strong>の映画音楽「我が心に歌えば」の後半におけるエスプリを効かせたアヴァンギャルド風のパフォーマンスは、エヴァンスらしくない。どちらかというと内省的な音楽家の彼に、こういうアソビは似合わないように思われる。とはいえ、繊細な語り口で描き出される美しきノスタルジーが光る「ダニー・ボーイ」や、リリカルでモダンなフレーズが淀みなく綴られていき都会的なムードを醸し出す「アイ・ビリーヴ・イン・ユー」といったエヴァンス屈指の名演も収録されており、それこそ厄介なアルバムと云える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　さらにもう１枚、クインテットで吹き込まれた『<em>クロスカレント</em>』(1978年)は、エヴァンス贔屓のぼくでもついつい避けてしまうアルバムだ。<strong>リー・コニッツ</strong>のアルト、<strong>ウォーン・マーシュ</strong>のテナーがフロントに置かれたプロジェクト自体はわるくない。1966年から長年エヴァンス・トリオのベーシストを務めてきた<strong>エディ・ゴメス</strong>、1976年からレギュラー・ドラマーとなった<strong>エリオット・ジグムンド</strong>といったリズム隊も、ぼくは好きだ。しかしながらいざフタを開けてみると、アルバムはコンセプトが明確化されていないコンテンツで埋め尽くされている。平たく云えばなにを演りたいのか、まったくわからない。方向性に一貫性がないのもそうだが、各々のプレイにも熱意やモチベーションが感じられず、ハッキリ云って１枚とおして聴くのはちょっとしんどい。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8846 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/evanstrio3.png" alt="３人のビル・エヴァンス(背景 : 緑)" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/evanstrio3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/evanstrio3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　では逆にぼくが特別に親しみを覚えるアルバムといえば、実はワーナー・ブラザース・レコードからリリースされた４作品だったりする。具体的にはオーヴァーダブとソロ・ピアノとで吹き込まれた『<em>未知との対話 &#8211; 独白・対話・そして鼎談</em>』(1978年)、ジャズ・ハープのパイオニア、<strong>トゥーツ・シールマンス</strong>との共演作『<em>アフィニティ</em>』(1979年)、エヴァンスにとって最後のスタジオ・レコーディングとなったクインテット編成の『<em>ウィ・ウィル・ミート・アゲイン</em>』(1980年)、彼の死後に発売されたトリオ作『<em>ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング</em>』(1981年)といったアルバム。さらに同一のトリオによるアルバムで、ワーナー・ブラザース移籍直前に吹き込まれたファンタジー盤『<em>アイ・ウィル・セイ・グッドバイ</em>』(1980年)も、好きな１枚である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　これらのアルバムはすべて、ぼくがエヴァンス存命中の期間にリアルタイムで聴いたもの。どれもこれまでになく、エヴァンスの創作意欲に溢れた作品である。ところがアルバム制作への熱意とは裏腹に、彼の肉体は徐々に深く蝕まれていった。そして『<em>ウィ・ウィル・ミート・アゲイン</em>』がリリースされたあと、1980年９月15日15時30分、エヴァンスはこの世を去った。まだ51歳だった。訃報は日本の新聞にも、さほど大きくはなかったが写真入りで掲載された。肝硬変と出血性潰瘍による失血性ショック死ということだったが、もとをただせば長きにわたる飲酒と薬物使用が大きく影響したことは容易に想像がつく。このとき、衝撃的な出会いから４年足らず、ぼくはこころの拠りどころをひとつ失ったような、そんな喪失感に見舞われたのであった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なおワーナー・ブラザース盤のうち最初にリリースされた３枚では、ことごとくフェンダー・ローズが使用されている。トレンドとはまったく関係のない、エヴァンスのこだわりが感じられる。個人的に出会いの１枚となった『<em>フロム・レフト・トゥ・ライト</em>』以来、しばしば実施していたエレクトリック・ピアノの導入は、明らかに彼の音楽において有効な手段だったと、ぼくは信じてやまない。前述の『<em>ザ・ビル・エヴァンス・アルバム</em>』と同様にこの３枚では、ローズによるサウンド・エフェクトが、各楽曲に新鮮な空気を与え、その展開をよりドラマティックなものにしている。そんなエヴァンスのサウンド・クリエイトへの意欲が晩年に再燃したのは、それらよりもまえに吹き込まれた『<em>ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング</em>』が、トリオ・スタイルの最終的な段階に達する作品となったからかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　1977年８月23日から25日にかけてハリウッドのキャピトル・スタジオにおいて吹き込まれた『<em>ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング</em>』は、なぜか当初リリースが見送られたが、エヴァンスの逝去を機に追悼盤として発売された。ぼくはこの作品を一聴して、彼の音楽的表現力の到達点と感じた。きわめて音楽全体が美しい。その点では、“リヴァーサイド４部作”よりも上。すこぶる耽美的、しかもオンリーワンの味わいという点では『<em>カインド・オブ・ブルー</em>』に匹敵する。およそ３か月まえに録音された『<em>アイ・ウィル・セイ・グッドバイ</em>』とは、<strong>エディ・ゴメス</strong>(b)、<strong>エリオット・ジグムンド</strong>(ds)といったサイドメンこそ共通するものの、まったく印象を異にする。前作は久しぶりのトリオ作品ということでフレッシュに響いたが、音楽としての深い味わい、エヴァンスの精神的な奥行きという点では、まだまだだった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この『<em>ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング</em>』でのエヴァンスは、いつになく感傷的だ。前述したハーモニー、タッチ、リズムなどにおける彼独自の高度なテクニックが十分に成熟しているが故か、むしろ稀に見る心情の吐露が際立っているように、ぼくには思われる。そういう意味で本作は、もっとも泣けるエヴァンス作品と云えるかもしれない。冒頭のエヴァンスが12年間内縁関係の末、不幸な死を遂げた女性、<strong>エレイン・シュルツ</strong>への思いを綴った「Bマイナー・ワルツ」では、リリカルなタッチとエモーショナルな転調に泣かされる。つづく<strong>ミシェル・ルグラン</strong>の「ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング」でも、原曲以上に哀愁と懐かしさに浸りながらエヴァンスは泣きつづける。ゴメスがそっと寄り添ったあとの、畳み掛けるようなエヴァンスの熱いソロが素晴らしい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　エヴァンスと共演歴のあるヴィブラフォニスト、<strong>ゲイリー・マクファーランド</strong>の隠れた名曲「ゲイリーのテーマ」では、ワルツ・タイムによるモダニズムを感じさせる抒情性が美しい。都会的なムードは、ふたりの共通点。そして38歳という若さで悲劇的な最後を迎えたマクファーランドの早すぎる才能の喪失は、少なからずエヴァンスにも寂寥感を与えたことだろう。エヴァンスが兄のハリーに捧げた「ウィ・ウィル・ミート・アゲイン」は、やはりセンティメンタルなワルツ。この録音から１年と９か月あと、ハリーは動機不詳の拳銃自殺を遂げる。エヴァンスはなにか胸騒ぎを感じていたのか、サイドとともに激しくも悲哀に満ちたインタープレイを展開。エヴァンス本人の死、意味深長なタイトルも含めて、ただただ泣けてくる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　盤面を裏返すと、ピアニストであり、ヴォーカリストであり、そしてコンポーザーとしても才覚のあった<strong>ジミー・ロウルズ</strong>の「ピーコックス」のマイナー調の美しいメロディが流れ出す。エヴァンスのリリシストとしての一面が、遺憾なく発揮される。その詩的な美しさを湛えたバラード・プレイは、ため息の出るような深い哀感を漂わせる。アルゼンチン出身のジャズ・ピアニスト、<strong>セルジオ・ミハノヴィッチ</strong>の「サムタイム・アゴー」は、サウダージ感覚に溢れたブライトトーンのワルツ。エヴァンス、そしてゴメスによる繊細かつ流麗なソロに、こころが温まる。ラストの<strong>ジョニー・マンデル</strong>による映画音楽「マッシュのテーマ」では、エヴァンスにしては珍しくラテン・タッチの演奏が展開される。転調を活かしたインタープレイで、トリオは静かで激しい情動を燃やす。この清涼感は、きわめて稀有。やはり本作を聴かずして、エヴァンスを語ることはできない。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>Jaki Byard / Hi-Fly (1962年)</title>
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		<pubDate>Sun, 08 Feb 2026 07:16:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Jazz]]></category>
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					<description><![CDATA[ジャズの伝統を受け継ぎながら守備範囲が広いピアニスト、ジャッキー・バイアードの口当たりのいいアルバム『ハイ・フライ』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">ジャズの伝統を受け継ぎながら守備範囲が広いピアニスト、ジャッキー・バイアードの口当たりのいいアルバム『ハイ・フライ』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Jaki Byard / Hi-Fly (1962)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Hi-Fly</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-18" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-18">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">ジャズの伝統を受け継ぎながら守備範囲が広いピアニスト、ジャッキー・バイアードの口当たりのいいアルバム『ハイ・フライ』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">ジャズ・ピアノの歴史をひとりで抱え込んでしまったようなピアニスト</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">特定の音楽学校で正式な英才教育を受けなかったピアニスト</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">刺激は少ないがそのぶん口当たりのよさでは群を抜いているアルバム</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">ジャズ・ピアノの歴史をひとりで抱え込んでしまったようなピアニスト</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　レコード・コレクターズ誌の2026年２月号では「この曲のピアノを聴け！ ジャズ・フュージョン編」という特集が組まれていたが、そのなかで<strong>ジャッキー・バイアード</strong>(ほんとうは“ジャキ”という表記のほうが実際の発音に近いらしい)のアルバム『<em>ヒアズ・ジャッキー</em>』(1961年)が採り上げられていたのが、個人的には気になった。名門プレスティッジ・レコードのサブレーベル、ニュー・ジャズからリリースされたバイアードのデビュー作。この吹き込みが行われたとき、彼はすでに38歳だった。第二次世界大戦に従軍する以前、16歳のときからジャズ・ピアニストとして食い扶持を稼いでいたというから、ずいぶん遅れてのお披露目ということになる。それ故このデビュー作におけるバイアードは、なかなか貫禄のあるプレイを披露している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちなみに、バイアードのリーダー作でもっとも早い時期に吹き込まれたアルバムは、おそらくキャンディド・レコードからリリースされたソロ・ピアノ作『<em>ブルース・フォー・スモーク</em>』(1978年)だろう。レコーディングは1960年の12月とされているが、世に出たのは10年以上あとのことだった。ところで『<em>ヒアズ・ジャッキー</em>』のほうだが、<strong>ロン・カーター</strong>(b)、<strong>ロイ・ヘインズ</strong>(ds)をサイドメンとして迎えたトリオ作品。ソロ・ピアノでの吹き込みが多いバイアードだけに、トリオ編成のアルバムは珍しくもあり、トリオ好きのぼくにとっても嬉しい１枚である。彼はある意味で、ジャズ・ピアノの歴史をひとりで抱え込んでしまったようなユニークなスタイリストだけれど、どちらかというと地味な存在と云える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなバイアードのプレイが、天下のレコード・コレクターズ誌において、鍵盤がもつ可能性を最大限まで拡張する演奏として注目されたことに、ぼくにはちょっとした驚きと、そのいっぽうですこぶる腑に落ちるところがあった。同誌ではアルバム『<em>ヒアズ・ジャッキー</em>』の冒頭を飾るバイアードのオリジナル曲「シンコ・イ・クアトロ」が採り上げられているが、ラテン・タッチのグルーヴ感が横溢するなかで、ポリメトリックなピアノ・プレイを展開するバイアードは、確かにただならぬ気配を感じさせる。のちにベーシストの<strong>チャールズ・ミンガス</strong>やマルチリード・プレイヤーの<strong>ローランド・カーク</strong>からお呼びがかかるのが、よくわかる。なぜならここでの彼の演奏は、すでにアヴァンギャルドな香りを放っているからだ。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8745 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/pianocolor1.png" alt="黒いトイピアノ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/pianocolor1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/pianocolor1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　マサチューセッツ州ウースター出身のバイアードは、最初ボストンに演奏活動の拠点を構え、1950年にアルト奏者の<strong>チャーリー・マリアーノ</strong>と共演し、はじめてレコーディングを経験した。その模様はのちに米国のインペリアル・レコードからリリースされたアルバム『<em>チャーリー・マリアーノ・ウィズ・ヒズ・ジャズ・グループ</em>』(1997年)で日の目を見た。バイアードはこの吹き込みに参加していたトランペッター、<strong>ハーブ・ポメロイ</strong>のバンドに1952年から1955年まで参加。さらに1959年から1962年までは、やはりトランペット奏者の<strong>メイナード・ファーガソン</strong>のバンドに在籍する。彼はこのバンドでピアニスト兼アレンジャーを務めたが、当時からリズム、ハーモニー、そしてインプロヴィゼーションにおいて実験的な嗜好をもっていたため、閉塞感を抱いていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなバイアードにそのポテンシャルを最大化できる機会を与えたのは、やはり<strong>チャールズ・ミンガス</strong>だったのではないだろうか。バイアードは1960年にニューヨークに移住し、前述の『<em>ブルース・フォー・スモーク</em>』のレコーディングを行なったが、ちょうどおなじころミンガスとはじめての共演を果たしている。そして1962年から64年にかけて、彼はミンガスと数多くのレコーディングを行った。インパルス！レコードからリリースされた『<em>黒い聖者と罪ある女</em>』(1963年)『<em>ファイヴ・ミンガス</em>』(1964年)といった、ミンガスにとって重要なアルバムにおいてピアニストを務めているのは、ほかでもないバイアード。特に前者では、アヴァンギャルドなプレイが垣間見える。さらに彼は1964年にミンガスのヨーロッパ・ツアーにも同行している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　また、バイアードがこのころ、さきに挙げた<strong>ローランド・カーク</strong>、やはりマルチリード・プレイヤーの<strong>エリック・ドルフィー</strong>、テナー奏者の<strong>ブッカー・アーヴィン</strong>、おなじくテナー奏者の<strong>サム・リヴァース</strong>らのレコーディングにサイドマンとして参加したことは、よく知られている。特にドルフィーの『<em>惑星</em>』(1960年)においてのプレイは、彼をモダン・ジャズのピアニストとして最前線に押し上げたとも云える。このドルフィーのアルバムは『<em>ヒアズ・ジャッキー</em>』と同様にニュー・ジャズ・レーベルの１枚だが、彼の初リーダー作に当たる。ドルフィーは本作ですでに、アルト・サックスやフルートとともに、従来クラシック音楽の楽器とされていたバス・クラリネットを使用しているが、のちのジャズ・プレイヤーたちに多大な影響を与えた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このアルバムを聴くと、ドルフィーがデビュー作からジャズ・シーンにおいて特異なスタイルを、とうに完成させていたことがわかる。その演奏は一般的にフリー・ジャズに分類されるもので、ことにハーモニーに対する観念の類似性からアルト奏者の<strong>オーネット・コールマン</strong>とよく比較される。とはいってもドルフィーのスタイルは、基本的に音楽理論に則りインプロヴィゼーションを展開するというもの。その点、彼は非常に論理的なミュージシャンと云える。ドルフィーといえばブルーノート・レコードに『<em>アウト・トゥ・ランチ</em>』(1964年)という大傑作を残しているけれど、彼のアヴァンギャルドなプレイは激しく不協和音を奏でていながらも存外聴きやすい。それはドルフィーのスタイルが、音楽理論がしっかり押さえられた上であらためて解体されたものだからだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ところでバイアードにも、ドルフィーと同様の風情が感じられる。ぼくはバイアードをフリー・ジャズ系のピアニストとは思っていないけれど、確かに彼のプレイには既存のジャズ・マナーに加え、フリー・ジャズの即興性や自由なアプローチが縦横無尽に採り入れられている。ぼくは冒頭でバイアードのことをジャズ・ピアノの歴史をひとりで抱え込んでしまったようなピアニストと云ったけれど、実際彼はラグタイム、ストライド、スウィング、ビバップ、そしてフリー・ジャズと、ジャズの歴史におけるあらゆるスタイルを独学でマスターしている。つまり包括的なジャズ・ピアニストなのだ。そんな変幻自在のテクニックの持ち主だからか、バイアードの前衛的な表現のなかには、伝統的なジャスのスタイルがしかと息づいているのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">特定の音楽学校で正式な英才教育を受けなかったピアニスト</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　バイアードがプレスティッジ・レコードで吹き込んだ作品に『<em>フリーダム・トゥゲザー！</em>』(1966年)というのがある。実は彼はマルチ・インストゥルメンタリストとして知られるのだが、このアルバムではピアノのほかにフェンダー・ローズ・エレクトリック・ピアノ、チェレスタ、テナー・サックス、ヴィブラフォン、それにドラムスまで操っている。<strong>リチャード・デイヴィス</strong>(b, vc)、<strong>アラン・ドーソン</strong>(ds, tim, vib)を従えてのレコーディングだが、アルバム・タイトルからもわかるようにバイアードはこの作品でフリー・ジャズ的なアプローチを見せる。ただしここでの彼は、前衛的な手法を単なる混沌としたもので終わらせるのではなく、スウィング感やブルース・フィーリングと共存させている。しかも彼の遊びごころも相まって、気楽に楽しむことができる演奏となっている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　バイアードのフリー・ジャズに対する解釈は、たとえばおなじピアニストの<strong>セシル・テイラー</strong>による現代音楽的なアプローチとはかなり印象を異にする。テイラーのスタイルは完全なる無調、即興に終始するが、それに対しバイアードは、伝統的なジャズの調性やリズムの重要性を理解した上で、その枠組みを自在に崩したり再構築したりするエクレクティックな手法を志向した。そのあたりはミンガスやドルフィーからの影響が強いのだろう。彼らの作品に収録されている実験的で前衛的な楽曲の核を担い、そのフリー・ジャズ的なセッションを支えていたのは、ほかでもないバイアードそのひとなのだから。なおバイアード、デイヴィス、ドーソンといったトリオは、プレスティッジ作品ではおなじみだが、この組み合わせを高く評価する向きも多いようだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなバイアードの来歴について、飽くまでぼくの知る範囲だが触れておくことにする。<strong>ジャッキー・バイアード</strong>は1922年６月15日、マサチューセッツ州の中央部にある都市ウースターに生まれた。ウースターは、のちに彼が拠点を置くボストンの西70キロメートルに位置している。両親はともに音楽好きだったが、母親はピアノを嗜み叔父や祖母もピアノを弾いた。特に祖母は、無声映画時代に映画館で演奏していたという。その影響からバイアードも６歳からピアノのレッスンを受けるようになる。ところが家族が大恐慌の煽りを受けたため、彼のレッスンは中断を余儀なくされる。そのいっぽうでバイアードは、父親から譲り受けたトランペットを継続的に吹いていた。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8746 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/pianocolor2.png" alt="ピンクのトイピアノ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/pianocolor2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/pianocolor2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　バイアードの少年時代のアイドルは、スウィング・ジャズ時代にもっとも影響力をもったミュージシャンであり、ビバップの先駆者と云われるトランペッター、<strong>ロイ・エルドリッジ</strong>、トランペット奏者でヴォーカリストとしても活躍した<strong>ウォルター・フラー</strong>だった。そのころ彼は、ウースター近郊にあるクインシガモンド湖で開催されていた、ジャズ・バンドのライヴ演奏を度々聴きにいっていたという。またバイアードはラジオから流れる、<strong>ベニー・グッドマン楽団</strong>、<strong>ラッキー・ミリンダー楽団</strong>、<strong>チック・ウェッブ楽団</strong>といったスウィング・バンドやリズム・アンド・ブルースのバンドの音楽に親しみ、ピアニストでは<strong>ファッツ・ウォーラー</strong>の演奏をよく聴いていた。それらが自身のスタイルに少なからず影響を与えたと、彼は後年語っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　バイアードは、特定の音楽学校で正式な英才教育を受けておらず、音楽理論やジャズ・ピアノのテクニックに関してもほとんど独学。ウースター周辺で活動していたローカル・バンドに参加したり、居酒屋などで演奏したり、兵役中には軍楽隊の一員として活躍したり、とにかく彼は実践的な現場を通じて音楽を学び、その才能を磨いた稀有なジャズ・ミュージシャンだ。特に軍隊在籍中にバイアードは、もともとピアノとトランペットを演奏していたが、新たにトロンボーンを習得。除隊後にはテナーおよびアルト・サックスも演奏するようになる。そのいっぽうで従軍中にバイアードは、<strong>フレデリック・ショパン</strong>や<strong>イーゴリ・ストラヴィンスキー</strong>といったクラシック音楽の作曲家の研究にも励んでおり、このことがのちの彼独自のエクレクティックなプレイ・スタイルの礎になったと思われる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　バイアードは1946年に除隊しているが、ときを移さず陸軍時代に知り合ったアルト奏者、<strong>アール・ボスティック</strong>のバンドに加わり演奏旅行に同行している。その後彼が1940年代後半から1950年代にかけて、<strong>チャーリー・マリアーノ</strong>のグループや<strong>ハーブ・ポメロイ</strong>のバンドなどで活躍したしことはすでにお伝えした。それにしても、現代では独学と実践が最速かつもっとも深いスキル習得法などと云われたりするが、バイアードは世に稀なる才能と学習能力とを兼ね備えた人物だったのだろう。その知識と技術は、相当なものと想像される。その証拠に、彼はのちにニューイングランド音楽院、マンハッタン音楽学校、そしてハート音楽院などで教鞭を執ることになる。実はバイアードは、アメリカの音楽院で最初にジャズを教えた教育者のひとりでもあるのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで、守備範囲の広い、しかも確たる実力をもったジャズ・ピアニストであるバイアードのリーダー作は千種万様である。彼のアルバムは40枚以上もあるのだけれど、もちろんぼくもそのすべてを聴いてはいない。代表作について語り合ったら、メインストリーム・ジャズ派からフリー・ジャズ派まで、十人十色となるだろう。そんななかで、ぼくが度々ターンテーブルに載せるのは、それこそ個人的な好みで、どうしてもトリオ作品になってしまう。特によく聴いているのは、前述の『<em>ヒアズ・ジャッキー</em>』をはじめ、おなじくニュー・ジャズ・レーベルの『<em>ハイ・フライ</em>』(1962年)、そしてプレスティッジ・レコードからリリースされた『<em>サンシャイン・オブ・マイ・ソウル</em>』(1968年)といったアルバムになる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なんだ芸がないではないかと思われた向きも多いと思われるが、この３枚は多くのジャズ・ファンのニーズに応えるものであり、自信をもってお薦めできる名盤である。この３枚のうち『<em>サンシャイン・オブ・マイ・ソウル</em>』は、<strong>デイヴィッド・アイゼンソン</strong>(b)、<strong>エルヴィン・ジョーンズ</strong>(ds)がサイドに据えられたトリオ作品だが、１曲だけバイアードはギターも弾いている。また、ジョーンズもティンパニを叩いたりしている。そう、ご想像のとおりこのアルバムは、バイアード流のフリー・ジャズが思い切り展開されているのだ。とはいっても、やはり耳を塞ぎたくなるようなところはないのでご安心を──。本作はソウル・ジャズとフリー・フォームなポスト・バップとが融合した、確かにアヴァンギャルドではあるけれど、同時にグルーヴィーでエレガントな作品でもある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">刺激は少ないがそのぶん口当たりのよさでは群を抜いているアルバム</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ただ『<em>サンシャイン・オブ・マイ・ソウル</em>』は、どちらかというとダイナミックなパフォーマンスと、そこに生まれるスパイラルなテンションが際立った作品。まあそれが魅力なのだけれど、リスナーの集中力が自然と極限まで高められたりする場合もあるだろう。ここではバイアードのピアノが、アグレッシヴかつポリリズミック。ジョーンズのドラムス、そしてメロディアスだが推進力のあるラインを形成しながら、ときには高速なパッセージを繰り出すアイゼンソンのベースと、互角に渡り合っている。そんなとき、彼のフリー・フォームなアプローチは全開する。そういう激しく展開されるインタープレイに、緊張感が伴うのは当然至極。とはいうものの、このガチンコ対決とも云うべきトリオの全力を出し切った演奏は、爽快感をもたらすのだけれど──。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そういった一面があるいっぽうで『<em>サンシャイン・オブ・マイ・ソウル</em>』というアルバムには、たとえば<strong>ウィリアム・クリストファー・ハンディ</strong>が作曲した有名な「セント・ルイス・ブルース」における、バイアードのエスプリの効いた解釈が、こころを和ませてくれたりするシーンもある。１枚で彼のまさにエクレクティックでヴァラエティに富んだピアノ・スタイルが堪能できるという点が、本作の人気を高めているようにぼくは思う。そしてこのアルバムでは、個性的で演奏技術の高いリズム隊による極上のパフォーマンスも然ることながら、さきに述べたようなバイアードの広範囲にわたる音楽的知識と創造性によって、ジャズ作品としてのクオリティが向上させられているように思われる。そういう意味でも本作は、文句なしの名盤である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そして『<em>ヒアズ・ジャッキー</em>』『<em>サンシャイン・オブ・マイ・ソウル</em>』といった傑作を押さえて、ぼくにとってオールタイム・フェイヴァリットとなっているのが、実は『<em>ハイ・フライ</em>』である。バイアードのアルバムだから、フリー・ジャズはもちろんのことバップやブギウギのエッセンスが含まれている。ただ彼の演奏にしては珍しく比較的端正でリラックスしたものとなっており、そのピアノ・プレイがもつ豊かなエクスプレッションと新鮮なハーモニーを、こころゆくまで堪能することができる作品となっている。しかもその音景はいつになく都会的で、バイアードが放つアーティキュレーションもしごく軽妙洒脱。要は肩の力を抜いて楽しむことができる好盤なのだ。甘ちゃんと云われてしまうかもしれないが、ぼくは抑制の効いたバイアードの演奏に、底知れない含蓄を感じる。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8747 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/pianocolor3.png" alt="赤いトイピアノ" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/pianocolor3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/02/pianocolor3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　この『<em>ハイ・フライ</em>』のレコーディングは、1962年１月30日、ニュージャージー州イングルウッド・クリフスのシルヴァン・アヴェニュー445番地に所在する、おなじみのヴァン・ゲルダー・スタジオにおいて行われた。云うまでもなくエンジニアは名匠<strong>ルディ・ヴァン・ゲルダー</strong>。サイドには<strong>ロン・カーター</strong>(b)と<strong>ピート・ラ・ロカ</strong>(ds)が据えられているが、この組み合わせも絶妙だ。カーターのベースはリズムの安定感を高めているし、ラ・ロカのドラムスはそのリズムの隙間に歯切れのいいフレーズを投入している。このふたりのプレイが、手堅くバイアードのピアノの魅力を引き出していると云っていいだろう。バイアードはブルージーかつテクニカルな、そしてリリカルかつエナジェティックな独創的なフレーズを、遊びごころも交えて気持ちよさそうに綴っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムはピアニストの<strong>ランディ・ウェストン</strong>が作曲した「ハイ・フライ」からスタート。イントロのまるで印象派のようなピアノのルバート演奏が美しい。インテンポしてからバイアードは、<strong>セロニアス・モンク</strong>を彷彿させるアブストラクトなタッチでテーマを奏でたあと、スウィンギーかつパーカッシヴにアドリブを展開していく。そのゆとりのあるプレイが、得も云われぬリラクゼーションを生み出している。個人的には、彼の控えめで品のある演奏が際立ったこの１曲で、このアルバムがもつモダンでソフィスティケーテッドな音世界に引き込まれてしまう。つづくバイアードのオリジナル「ティリー・バターボール」では、バップ・スタイルが基調とされながら、ブルージーなフィーリングとフリー・フォームなアプローチとが、散りばめられている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんな程よいブレンド加減のバイアードのピアノ・プレイに惹きつけられているうちに、この曲はあっという間に幕を閉じる。それだけ彼の表現力には、リスナーに対する強い影響力があるのだ。カーターの渋いソロを忘れさせるくらいに──。３曲目の「ヤマクロー」は、ストライド奏法の先駆者と目されるピアニスト、<strong>ジェームズ P. ジョンソン</strong>の曲。彼が書いたジャズとクラシックとを融合させたシンフォニック・ジャズからの抜粋である。バイアードの弾むようなブロック・コード、そして彼が敬愛するストライド・ピアノのフィーリングが、なんとも心地いい。ラ・ロカとの軽妙な４バースも、楽曲のハッピーなムードをより高めている。A面のラストを飾る「ゼア・アー・メニー・ワールズ」は、バイアードの２曲目のオリジナル。彼の音楽的特徴である、エクレクティックなナンバーだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この曲は洗練された都会的センスに溢れたナンバーだが、大胆なコード・ワークと精緻な構成にバイアードの優れたコンポジション・スキルが感じられる。そして彼のピアノ・プレイならではのエレガンスとダイナミクスとを同時に楽しむことができる好トラックでもある。メロディック・ラインが<strong>デューク・エリントン</strong>風なのも、興味深い。B面はやはりバイアードのオリジナル「ヒア・トゥ・ヒアー」からスタートする。アルバム中もっともフリー・ジャズにアプローチされたナンバー。アブストラクトなパフォーマンスから高速のバップ・スタイルへ移行。バイアードのピアノは激しくアヴァンギャルドなフレーズを繰り出しつづけ、サイドのトリオの熱量も最高潮に達する。中盤からはクールダウンしてリリカルな美しいバラード演奏となる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　つづく「バードランドの子守唄」は、云わずと知れたクール・ジャズ・ピアニスト、<strong>ジョージ・シアリング</strong>の曲。バイアードは独自のハーモニーとリズムで、そつなくプレイ。ある意味で、シアリングよりもクールでリフレッシングに響くが、その軽妙さに彼の遊びごころが垣間見える。その点、次曲の「ラウンド・ミッドナイト」にも同じことが云える。<strong>セロニアス・モンク</strong>によるバラードの名曲だが、風変わりな旋律と複雑な和声進行からどちらかというと重たい印象を受ける。ところが、バイアードのプレイは、いい意味で軽い。モダンなハーモニー感覚とクラシックやストライドを織り交ぜた緩急のある語り口が、楽曲をエレガントで色彩豊かなものにしている。それに寄り添う感じのカーターのソロもまた、美しくなだらかだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムのラストを飾る「ブルース・イン・ザ・クローゼット」は、ベーシストの<strong>オスカー・ペティフォード</strong>がピアニストの<strong>バド・パウエル</strong>のために書いたブルース・ナンバー。バイアードのピアノが、フリー・フォームを交えたユニークなバップ・スタイルで軽快に駆け抜ける。カーターはアルコ・ベースで存在感を示し、ラ・ロカはスティック捌きも歯切れよく軽やかに飛翔する。バイアードとの４バースも痛快。まさにアルバムのラストを締めくくるに相応しい、三位一体のエナジェティックな高速ナンバーである。バイアードのリーダー作のなかでは、本作はどちらかというと刺激が少ないアルバムと云えるのかもしれないが、そのぶん口当たりのよさでは群を抜いていると、ぼくは思う。もし彼の演奏に触れたことがないというのなら、まず本作を手にとることをお薦めする。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>Armando Trovajoli / Softly (1959年)</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kimama]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 18 Jan 2026 07:02:44 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Jazz]]></category>
		<category><![CDATA[Armando Trovajoli]]></category>
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					<description><![CDATA[マエストロと称えられるイタリア映画音楽の巨匠、アルマンド・トロヴァヨーリのスタイリッシュなジャズ・アルバム『ソフトリー』]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span id="toc1">マエストロと称えられるイタリア映画音楽の巨匠、アルマンド・トロヴァヨーリのスタイリッシュなジャズ・アルバム『ソフトリー』</span></h2>

<div class="wp-block-cocoon-blocks-label-box-1 label-box block-box has-border-color has-ex-a-border-color">
<div class="label-box-label block-box-label box-label"><span class="label-box-label-text block-box-label-text box-label-text">recommendation</span></div>
<div class="label-box-content block-box-content box-content">
<p class="wp-block-paragraph"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-703 alignleft" style="margin-bottom: 0px;" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png" alt="" width="101" height="92" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-500x456.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records-300x274.png 300w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2023/02/records.png 640w" sizes="(max-width: 101px) 100vw, 101px" /><em>Album : Armando Trovajoli / Softly (1959)</em></p>
<p style="text-align: right;"><em>Today&#8217;s Tune : Lullaby In Rhythm</em></p>
</div>
</div>

  <div id="toc" class="toc tnt-disc toc-center tnt-disc border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-20" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-20">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">マエストロと称えられるイタリア映画音楽の巨匠、アルマンド・トロヴァヨーリのスタイリッシュなジャズ・アルバム『ソフトリー』</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">渋谷系カルチャーにおいて、オシャレな音楽の象徴として位置づけられた</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">映画音楽の作曲家として知られるが、もともとは立派なジャズ・ピアニスト</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">ある意味で雰囲気重視の、リラックスして楽しむべきジャズ作品</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h3><span id="toc2">渋谷系カルチャーにおいて、オシャレな音楽の象徴として位置づけられた</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いまから30年以上もまえのことだけれど、<strong>マルコ・ヴィカリオ</strong>監督のイタリア映画『黄金の七人』(1965年)のサウンドトラック・アルバムが、わが国においてアナログ・レコードで復刻されて、渋谷に集まる若者たちを中心に<strong>アルマンド・トロヴァヨーリ</strong>の音楽がちょっとしたブームになった。いわゆる1990年代の渋谷系ムーヴメントにおいて、彼の音楽は大きな注目を集めたのである。映画『黄金の七人』はイタリアの犯罪コメディ作品で、<strong>モンキー・パンチ</strong>によるコミック『ルパン三世』のもとネタになったとも云われている。トロヴァヨーリはイタリアの作曲家で、彼が音楽を手がけた映像作品といえば驚くなかれ、なんと200作を超えるという。そんな彼のサウンドが渋谷系カルチャーにおいて、オシャレな音楽の象徴として位置づけられたことは、個人的にも嬉しい出来事だった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくは小学生のころからトロヴァヨーリの音楽に親しんでいたのだけれど、ジャズ、ロックあるいはラテンといった音楽ジャンルがミックスされた、その軽妙なサウンドを当時からキャッチーなものとして受けとめていた。その独特な音楽スタイルはまさにシックスティーズ・タッチと云われるもので、そこにあるヒップでグルーヴィーなサウンドが1990年代を生きる若者たちにもウケたのだろう。このブーム、<strong>ピチカート・ファイヴ</strong>や<strong>フリッパーズ・ギター</strong>といった渋谷系を代表するアーティストたちが、トロヴァヨーリの楽曲をネタとして自作に採り入れたり、彼が音楽を担当した映画の題名を自己のアルバム・タイトルで引用したりしたことが、そもそものはじまりだったと記憶する。いっぽう当時の渋谷にあった外資系CDショップも、こぞってトロヴァヨーリの音盤をレコメンドしていたもの。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　どこのショップでもイタリアから輸入されたトロヴァヨーリのレコードやCDが積極的に取り扱われていたし、いまはなきWAVEに至っては基本的にソフトの販売店でありながら1980年代からレコード制作にも携わっていたこともあり、ディストリビューターとしてトロヴァヨーリ作品を何枚も復刻していた。そういったショップの尽力が、トロヴァヨーリ・ブームをあと押ししていたことは、まず間違いない。渋谷系が志向するスタイリッシュでグルーヴィーな音楽性とパーフェクトなまでにに合致するトロヴァヨーリの音盤は、当時なにかと話題になることが多かったが、ことに前述の『黄金の七人』と<strong>パスクァーレ・フェスタ・カンパニーレ</strong>監督によるイタリア式コメディ映画『女性上位時代』(1968年)のサウンドトラック・アルバムは、たいへんな人気を博した。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8663 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/italy1.png" alt="イタリアの国旗とITARYという文字" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/italy1.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/italy1-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　これはいささか余談になるけれど、ある意味でトロヴァヨーリの代表作とも云うべき『黄金の七人』と『女性上位時代』とは、実は音楽以外にも共通するところがある。それはこの２本の映画ではともに、イタリア式コメディやソード＆サンダルといったジャンルの作品を多く手がけた<strong>ガイア・ロマニーニ</strong>が衣装デザインを担当している。彼女は1950年代から1980年代にかけてイタリア映画界で活躍した、著名な衣裳デザイナーあるいは美術デザイナー。彼女の仕事のなかでも、やはり『黄金の七人』の<strong>ロッサナ・ポデスタ</strong>、そして『女性上位時代』の<strong>カトリーヌ・スパーク</strong>といった、見目麗しく美しい曲線を誇る女優が纏う、ファッションショーのごときクイックチェンジを見せる衣裳のデザインが、もっとも印象的である。そして、このあたりもまた渋谷系に影響を与えているよう思われるのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　たとえばポデスタの不二子ちゃん顔負けのゴージャスな“泥棒ファッション”といえば、タイトなミニドレス、大ぶりなジュエリー、そして未来的なシルエットはレトロスペクティヴだけれどフレッシュに映る。いっぽうスパークは、ヘルシーでコケティッシュないわゆるフレンチ・イタリアン・シックと呼ばれる装いが魅力的。ボーダー、ミニスカート、フラットシューズなどは、それこそ<strong>ピチカート・ファイヴ</strong>にストレートに影響を与えた1960年代を象徴するモッズ・スタイルである。いずれにせよ、ポデスタにしてもスパークにしても1960年代のイタリア映画のアイコンだったわけで、そのファッションは1990年代の再流行も然ることながら、現代の渋谷においても、ヴィンテージ・ラグジュアリーあるいはシックスティーズ・レトロとして注目を集めている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ときにトロヴァヨーリの音楽だが、その楽器の使いかたにいささかワッキーな感覚を発揮していることは否定できないだろう。むろん彼はふざけているわけではないのだろう。トロヴァヨーリは作為的にそういうサウンドをクリエイトしていて、それが独特の趣きというか、唯一無二の味わいとなっているのである。彼のマナーには映像に合わせるという大義名分を掲げて、ちょっと悪ノリして、まるで無邪気なイタズラでもするようなところが散見される。だがそんな茶目っ気感覚が、ぼくは昔から大好きなのだ。道徳的に問題がありそうなシーンでも、トロヴァヨーリに「ボヨーン」とやられてしまうと、なにやら妙に明るくほのぼのとした様相を帯びてくるのだから、それはまさにトロヴァヨーリ・マジックとでも云うしかない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんなトロヴァヨーリ・サウンドは、リズムの面でもジャズの４ビート、マンボやボサノヴァ、ロックの８ビートから斬新な16ビートまで変幻自在。そればかりか、ときにはそこにバロック音楽まで飛び出してくるのだ。たとえばブームの口火を切った『黄金の七人』のフィルム・スコアは、なんとも痛快無比ですこぶるキャッチーだ。メインとなるテーマは「黄金の七人」と「ロッサナのテーマ」の２曲のみで、あとはそれらのヴァリエーションによって構成されている。なんたって２週間で１本分のサウンドトラックを完成させなければならないほど、量産されるイタリア映画のコンポーザーは忙しい。タイトなスケジュールに苦慮しながらも、卓越したアイディアと鋭敏なセンスでそれを乗り切ってしまうのだから、トロヴァヨーリは天才的職人と云える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ぼくの好きな渋谷系に支持された1960年代のトロヴァヨーリ・サウンドのトレードマークといえば、あの「ダバダバ」というスキャットであり、スタイリッシュな口笛であり、弾けんばかりのパーカッシヴなオルガンであり、煌びやかなチェンバロである。ときにはアニメ作品などでよく聴かれる口琴を使ったりして「ボヨーン」と、とぼけた感じを出したりもする。そんなトロヴァヨーリ・サウンドのチャームポイントのほとんどを、この『黄金の七人』のサウンドトラック・アルバムにおいて確認することができる。特に「黄金の七人」では「ダバダバ」スキャット、バロックとジャズがよくブレンドされたアレンジ、いっぽう「ロッサナのテーマ」では、ミュート・トランペット、口笛、オルガンのとろけるようなトーンが際立っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc3">映画音楽の作曲家として知られるが、もともとは立派なジャズ・ピアニスト</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　なお、このサウンドトラックで口笛を吹いているのは、<strong>イ・カントリーニ・モデルーニ</strong>というコーラス・グループのリーダーである<strong>アレッサンド・アレッサンドローニ</strong>というひと。そのスタイリッシュな口笛が、トロヴァヨーリ作品には欠かせないというのも然ることながら、当時のイタリア映画のサウンドトラックに登場する口笛のほとんどが彼によるものであるという事実に、驚嘆させられる。この作品には『続・黄金の七人/レインボー作戦』(1966年)『新・黄金の七人 ７×７』(1968年)といった続編が存在するのだが、後者ではバロックのメロディック・ラインとジャズ・ビート、そしてスピーディなスキャットがフィーチュアされる。また、シリーズとはなんの関係もない『黄金の７人・１+６/エロチカ大作戦』(1971年)では「ボヨーン」という口琴も登場する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　すっかりあとになったが、<strong>アルマンド・トロヴァヨーリ</strong>(1917年９月２日 – 2013年２月28日)の来歴を簡単に記しておく。トロヴァヨーリは、イタリアの首都ローマに生まれた。幼いころは、４歳のときにヴァイオリニストの父親からヴァイオリンを学び、６歳からピアノのレッスンも受けるようになる。のちにローマにあるサンタ・チェチーリア音楽院においてピアノと作曲を学んだ。ちなみにこの国立音楽院、数多くの国際的な音楽家を輩出しているが、映画音楽の作曲家では<strong>ニーノ・ロータ</strong>や<strong>エンニオ・モリコーネ</strong>もここの出身。トロヴァヨーリの先輩には、やはり映画音楽で名を馳せたジェノヴァ出身の<strong>アンジェロ・フランチェスコ・ラヴァニーノ</strong>がいた。リリカルでドラマティックなメロディとリッチなオーケストレーションを特徴とする作曲家だ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　トロヴァヨーリとラヴァニーノは、ともに作曲活動に切磋琢磨したという。もっともトロヴァヨーリは音楽院に入学するまえから、高級ナイト・クラブでジャズ・ピアノを弾いていた。彼が17歳のときのことである。実はクラブにおけるジャズの演奏は、家庭の経済状況が厳しいことからはじめたアルバイトだった。そんな思いがけない経験が、のちの彼の音楽性に大きく影響したことは、容易に想像できる。トロヴァヨーリは1948年、音楽院を卒業後すぐに演奏活動を開始する。1949年５月にパリで開催された、第１回国際ジャズ・フェスティヴァルにもピアノ・トリオで参加。ただ当時のイタリアでは純然たるジャズ・プレイヤーとして生計を立てるのは困難だったので、彼はラジオ番組での作曲や演奏にも従事していた。結局トロヴァヨーリは、それを足がかりに映画界に進出する。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8664 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/italy2.png" alt="スプーン、フォーク、ナイフとBUONOという文字" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/italy2.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/italy2-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　トロヴァヨーリが作曲した最初の映画音楽は、<strong>エドモンド・ロッツィ</strong>が監督したイタリアのコメディ映画『マラカトゥンバ…マ・ノ・ネ・ウナ・ルンバ(マラカトゥンバ…でもルンバじゃない)』(1949年)のなかの１曲「ビバップ」だが、音源は商品化されておらず映画のほうも日本未公開ということで、ぼくもいまだに聴いたことがない。ただ曲のタイトルと映画の製作時期を鑑みると、漠然とではるがジャジーなトラックと想像される。トロヴァヨーリは、前述のように1934年からクラブでジャズを演奏しはじめ、1944年にはピアノ・トリオにクラリネット、ギター、ヴィブラフォンを加えた、<strong>ベニー・グッドマン</strong>のスタイルに倣ったセクステットを率いたりもしている。いまでこそその名前は映画音楽の世界に轟きわたっているけれど、もともと彼は立派なジャズ・ピアニストだったのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　トロヴァヨーリのジャズ・ピアニストとしての全盛期は1950年代で、このころの彼は<strong>ロマーノ・ムッソリーニ</strong>と並んで、イタリアを代表するモダン・ジャズのピアニストとして注目を集めた。彼のピアノ・スタイルはオーソドックスだけれど、メロディアスでタッチが力強く鮮やかな印象を与える。それはちょうどグッドマンのセクステットのメンバーだった<strong>テディ・ウィルソン</strong>を彷彿させるような、モダンなコードとフレーズを繰り出しながらよくスウィングするピアノ演奏である。そのパフォーマンスは実にフレキシブルなもので、ときにはウェストコースト・ジャズのようなクールさを、ときにはニューヨークのパップ系ジャズのごときファンキーさを窺わせる。そしてトロヴァヨーリのフィルム・スコアにおいて独特のモダンなセンスが際立つのは、その音楽性の根幹をなすのがジャズだからである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　トロヴァヨーリは、RCAイタリアーナに『<em>シャンパン・フォー・ディナー</em>』(1955年)をはじめ、<strong>アルマンド・トロヴァヨーリ・イ・ラ・スア・オルケストラ</strong>名義でアルバムを数枚吹き込んでいるが、それらはジャズありラテンありポップスありカントリーありと、要はなんでもありの、どちらかといえばイージーリスニング系の作品だ。一部にトロヴァヨーリのクール・ジャズ・スタイルの演奏を聴くことができる『<em>マジック・モーメンツ</em>』(1958年)のみ、日本でもリリースされた。トータル的にはストリングスによるアンサンブルの美麗さ、チェンバロや女性のスキャットなどの軽妙洒脱さが際立つが、曲によってはピアノ・トリオによるスウィンギーなナンバーも収録されている。このごった煮感は、のちのトロヴァヨーリ・サウンドにつながる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　トロヴァヨーリのジャズ・ピアニストとしてのアルバムでは、やはりRCAイタリアーナに吹き込まれたクァルテットによる『<em>トロヴァヨーリ・ジャズ・ピアノ</em>』(1959年)、セクステットによる『<em>ソフトリー</em>』(1959年)といった２枚が、国内で発売されたこともあり、ジャズ・ファンの間ではよく知られている。あとは同レーベルからリリースされた<strong>アルマンド・トロヴァヨーリ・イ・ラ・スア・オルケストラ</strong>名義の『<em>ザ・ビート・ジェネレーション</em>』(1960年)が、本格的なビッグバンド・ジャズ作品ということで、昔から一部の熱狂的な愛好家からは支持されている。しかしながら前述のように、彼は1949年から映画音楽の仕事をしていて、1960年代に入ると次第にジャズから遠ざかり、専らサウンドトラックの作曲と指揮に集中するようになる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ただ『<em>ザ・ビート・ジェネレーション</em>』では、トロヴァヨーリはピアノも弾いているけれど、どちらかというとアレンジャー兼コンダクターとしての存在感が強い。彼のピアノ・プレイをもっとも満喫することができるアルバムは、間違いなく『<em>トロヴァヨーリ・ジャズ・ピアノ</em>』だろう。<strong>アルマンド・トロヴァヨーリ</strong>(p)、<strong>エンツォ・グリリーニ</strong>(g)、<strong>ベルト・ピサーノ</strong>(b)、<strong>セルジオ・コンティ</strong>(ds)といったクァルテットでの吹き込みだが、ギターは一切ソロをとらずバッキングに徹しているので、本作はピアノ・トリオ作品のような感覚で楽しむことができる。すなわち、主役はどこまでもトロヴァヨーリのピアノ。冒頭の「時間通りに教会へ」におけるその俊敏な指遣いの鮮やかさから、彼がジャズ・ピアニストとして卓越したテクニックの持ち主であることがすぐにわかる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この曲は云うわずと知れた、1956年初演のミュージカル『マイ・フェア・レディ』のなかの１曲。<strong>アラン・ジェイ・ラーナー</strong>作詞、<strong>フレデリック・ロウ</strong>作曲による、ジャズ・スタンダーズとしても有名なナンバー。ぼくはこのトロヴァヨーリのヴァージョンがすごく好きなのだけれど、疾風のような軽快さも然ることながら、心地いいビート感と明るいヴァイブレーションが、いかにもトロヴァヨーリらしい。その雰囲気といったら、それこそ『黄金の七人』のテーマ曲を彷彿させる、徹頭徹尾、痛快無比でキャッチーなもの。<strong>ヘレン・メリル</strong>のバックを勤めたこともあるグリリーニ、作曲家でもあり指揮者でもあるピサーノ、そして多くのイタリア人ドラマーに影響を与えたコンティによるサポートも、軽やかで洒落た雰囲気を生み出している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span id="toc4">ある意味で雰囲気重視の、リラックスして楽しむべきジャズ作品</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そんな素晴らしい吹き込みを残しているものの、トロヴァヨーリがいっぱしのジャズ・ピアニストであることを知っているジャズの愛好家といえば、日本はもちろん欧米においてもきわめて少数だろう。そもそも本国のイタリアにおいて、19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカで誕生したジャズという音楽に、大衆がほんとうに目覚めるのは、かなり遅れてのことだった。なにせイタリアでは第二次世界大戦中のファシズム政権下において、ジャズはいわゆる敵性文化と見なされて、おおやけの場での演奏や放送は制限されたり禁止されたりしたのだから。そんな抑圧された時代から演奏活動を行っていたトロヴァヨーリは、実はイタリアン・ジャズの旗手とも云うべき存在。1950年代のイタリアを代表するジャズ・ピアニストとして、わが国でも再評価されることが望まれる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ちなみにこれはいささか余談になるが、さきに触れたトロヴァヨーリとも交流のあった同時代のピアニスト、<strong>ロマーノ・ムッソリーニ</strong>は、なにを隠そうファシズムを提唱した独裁者、<strong>ベニート・ムッソリーニ</strong>の息子なのだ。彼は父親がジャズを弾圧していたにもかかわらず、トロヴァヨーリと同様に積極的にジャズを演奏していたが、なんとも皮肉な事実である。それはともかく、そんなイタリアン・ジャズが本邦で紹介されるのもまた、かなり遅かった。イタリアの音楽といえば、なんといってもオペラ、そしてカンツォーネだったのだ。ぼくが小学生のころ手にいれた『黄金の七人』のサウンドトラック・アルバムは、1976年に発売された国内盤だったけれど、日本でリリースされた彼のレコードとしては最初期のものと思われる。そのキャリアの出発点となるジャズ作品など、知る由もなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　思えばトロヴァヨーリのレコードといえば、映画音楽も含めて輸入盤でしか入手できなかった時代が長くつづいた。国内盤が出回るようになったのは、やはり1990年代の渋谷系ムーヴメントにおいて、トロヴァヨーリ・サウンドが注目を集めるようになってからのこと。さきに挙げた『<em>マジック・モーメンツ</em>』『<em>トロヴァヨーリ・ジャズ・ピアノ</em>』そして『<em>ソフトリー</em>』といった３枚のRCAイタリアーナ盤が、日本でCDではなく敢えてアナログ・レコードで復刻されたのも1994年のことだった。ここまで知ったような口を利いてきたぼくも、実は３枚ともこのときにはじめて手にしたのだった。そのスウィンギーなリズム感と滑らかなインプロヴィゼーションを実際に体験して、それまでトロヴァヨーリを<strong>エンニオ・モリコーネ</strong>や<strong>ピエロ・ピッチオーニ</strong>などと同列の音楽家と捉えていたぼくは、認識をあらためた。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-8665 size-full" src="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/italy3.png" alt="GRAZIEという文字" width="500" height="300" srcset="https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/italy3.png 500w, https://kimama-music.com/wp-content/uploads/2026/01/italy3-300x180.png 300w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>　なお本邦初のお目見えとなった３枚のRCAイタリアーナ盤は、BMGビクター(現在のBMG JAPAN)による「イタリア・RCA・オリジナル・LP・コレクション」という企画のラインナップに含まれていたもの。トロヴァヨーリのアルバム以外では、前掲の<strong>ロマーノ・ムッソリーニ</strong>をはじめ、トランペッターの<strong>ニーニ・バッソ</strong>とトロンボニストの<strong>ジャンニ・ヴァルダンブリニ</strong>とによるユニット、<strong>バッソ＝ヴァルダンブリニ</strong>、そしてベルギー出身のギタリスト、<strong>ルネ・トーマ</strong>と同郷のテナー奏者兼フルーティスト、<strong>ボビー・ジャスパー</strong>とによる双頭バンド、<strong>トーマ＝ジャスパー・クインテット</strong>といった個性的なアーティストの、ヨーロッパ・ジャズの熱烈な愛好家にとっては垂涎の逸品がリリースされた。こんなマニアックな企画が実現に至ったのも、レコード会社が渋谷系ムーヴメントに触発されたからだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ということで最後に、上記の３枚のRCAイタリアーナ盤のうち、個人的なお薦めとして『<em>ソフトリー</em>』をご紹介しておこう。ピンク色を基調とした上目遣いの見目麗しい女性のアップショットといったジャケットが、ソフィスティケーテッドでエレガント。不純な動機かもしれないが、その点でもついつい手にとってしまう１枚。ちなみに、この女性モデルについてはまったく不明。ときにコンテンツのほうはといえば、タイトルからも想像されるように、ソフトでスウィートなジャズが展開されている。ある意味で雰囲気重視の、リラックスして楽しむべき作品だ。ジャズ・プレイヤーのストイックさを高く評価する向きには、甘口と見下されてしまうかもしれないが、音楽に心地よさを求めるぼくには、ジャズ作品として遜色のない出来と思われる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　本作は1959年に発表されたアルバムだが、吹き込み日時についてはジャケットに記載がない。一部の資料には録音日として、1957年１月14日という具体的な日付が記されているが、真偽は定かではない。レコーディング・メンバーは、ちょうど『<em>トロヴァヨーリ・ジャズ・ピアノ</em>』のクァルテットの顔ぶれに、フルーティストの<strong>ジェリー・マリナッチ</strong>とヴィブラフォニストの<strong>フランコ・キアーリ</strong>とが加わった６人。なおこのアルバムでは『<em>トロヴァヨーリ・ジャズ・ピアノ</em>』と同様に、アーティスト名がファーストネームが省略された“トロヴァヨーリ”名義となっている。個性的で響きのいいファミリーネームをアーティスト名として強調するほうが、聴衆に広く浸透しやすいと判断されたのかもしれない。イタリアでは卓越した音楽家に対して、敬意を込めて名字だけで呼称する習慣もあるが、彼の場合、それはまださきのことだろう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルバムは<strong>コール・ポーター</strong>の「ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス」からスタートする。ピアノのマイルドな語り口が心地いい。フルートとギターのソロも軽妙だ。<strong>ベニー・グッドマン</strong>と<strong>エドガー・サンプソン</strong>との共作「ララバイ・イン・リズム」では、トロヴァヨーリらしい浮遊感と躍動感が横溢するピアニズムが全開。ギターのソロもよく跳ねている。<strong>ホーギー・カーマイケル</strong>の「ニアネス・オブ・ユー」では、クリアで温かみのあるフルートがフィーチュアされる。ピアノも美しい調べを奏でる。<strong>アラン・ジェイ・ラーナー</strong>作詞、<strong>フレデリック・ロウ</strong>作曲による『マイ・フェア・レディ』のなかの１曲「ウィズ・ア・リトル・ビット・オブ・ラック」では、こころが弾むようなテンポに乗って、ピアノが明るく上品なタッチで歌いまくる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　A面のラスト、トロヴァヨーリのオリジナル「フォギー・ナイト」では、フルートとヴィブラフォンの絡みが独特の清涼感を生み出している。ピアノの繊細で静穏なバラード・プレイも彩りを添える。B面のオープナー、<strong>バーニー・ミラー</strong>の「バーニーズ・チューン」では、フルートとギターがフロントに据えられた展開がユニーク。ピアノとベースのソロも小気味いい。<strong>ウォルター・ドナルドソン</strong>の「愛のもつれ」では、もっともブルージーでスウィンギーなピアノ・プレイが披露される。ギターとベースのソロも花を添える。トロヴァヨーリの自作曲「サムタイムズ・ア・ハート・ゴーズ・アストレイ」では、やはりフルートとヴィブラフォンとが得も云われぬ清々しさを生み出す。ピアノとギターとが響かせるトーンも口当たりがいい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>ジョン・ションバーガー</strong>の「ウィスパリング」では、フルート、ピアノ、ギターが順にのびやかなプレイを繰り出す。ソフトでエレガントなサウンドが空間に広がっていくような感じが爽やかだ。アルバムのラストは<strong>ジミー・マクヒュー</strong>の「恋のため息」で締め括られる。フルートのリズミカルでアップビートなパフォーマンスのあと、ピアノとギターがまったく淀みのないソロを展開。ここまで本作では、包括的にリラックスしたムード、そして洗練されたストーリー性が高められている。まったく触れなかったが、そのスムースな流れの一端を担っているのは、コンティによる歯切れのいいブラシ・ワークだったりする。ジャズにおいてここまで軽やかなサウンドは、却って貴重かもしれない。しかもそれをスタイリッシュなものとして感じさせるのだから、トロヴァヨーリのセンスのよさはホンモノと云える。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p class="wp-block-paragraph">最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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